雨のみちのく・独居のたのしみ

 これまで山本周五郎は小説ばかりを読んできましたが、たまにはエッセイも読んでみたくなった。

雨のみちのく・独居のたのしみ
山本 周五郎/新潮社・新潮文庫

 「樅ノ木は残った」の取材のために宮城・山形を旅した「雨のみちのく」や、「青べか物語」の舞台である浦粕を30年ぶりに訪れた「三十年後の青べか」、日常のことや食事のこと、家族と離れての独り暮らしのこと、世相・社会・町に生きる人々のことなどが描かれている。既に読んだ「樅ノ木は残った」「青べか物語」といった山本周五郎の小説にはこんな背景があったのだなぁと感心しつつ読みました。まだ読んでいない「虚空遍歴」や「季節のない街」に関する文章もあったので、これを手掛かりに読んでみようと思う。

 山本周五郎の日常生活について読めるのも興味深かった。家族は居るけれども独り暮らしをしていた周五郎。独り暮らしの気楽さや、自炊生活のこと、好きな酒のことがユーモアも交えて語られる。これまで読んだ小説が、どんな環境で生まれたのか、どんな想いで執筆していたのかがうかがい知れて興味深い。「曲軒」とあだ名されたこともあり、私は周五郎はもっと堅い人だと思っていた。ところが、エッセイにはユーモアも溢れているし、「旅館について」では、旅館で迷い自分の部屋へ戻れないまま大部屋でのんだくれた話まで。周五郎の作品が人間味に溢れているように、周五郎自身も厳しくも人間味に溢れる人だったのだろう。

 読みどころはⅢ章。年末の町の様子、人々の様子を描いた歳末随想。さすがは周五郎。暮れの庶民の様子を事細かに描いている。年末は新しい年への希望もあるけれども、借金の取り立てなど、苦しい面もある。この随想が書かれた昭和30年代は戦後の高度成長の時代。景気は良くなり、人々は豊かになっていったが、それが全てではない。苦しむ人もいるし、豊かになれない人もいる。そしてその後の不況。そんな人々への視点は、周五郎ならではだと思う。この本の最後に収められた「人生の冬・自然の冬」は、大不況と呼ばれる今に通じるものがあると思う。少し引用します。
 いまさらのようだが、人間の生活には波があって、好況があれば必ず不況がある。好況のときにはスポーツ・カーなどを買って乗り廻したり、キャバレーで金をばらまいたりする。そして不況、倒産となると、すぐに一家心中とか自殺にはしってしまう。もちろん、そこに至る経過は単純ではなく、多くの複雑な因果関係が絡みあっていることだろうが、自分が苦しいときは他人も苦しいということ。その苦境は永久的なものではなく、いつか好転するということをなぜ考えられないのだろう。
(212ページ)

どんなに産業がマンモス化しマスプロ化し、ボタン作業が発達しても、人間の力がまったく不要になることはないだろう。社会はつねにあなたがたを求めているのだ。事業の失敗や失業は経験であって、絶対なものでもないし、社会関係との断絶でもない。時に離合があり対立があるかもしれないが、しかもあなたはまぎれもなく社会の一員であり、社会はあなたを求めているのです。
(212ページ)

 つまづいて転んだままのびてしまう人を見ると、見ている者までが脱力感におそわれる。これに反して、転んでも転んでも起きあがってゆく人を見ると、こちらまで勇気づけられる。これはどんな状態になっても人間はひとりではなく、いつも人間どうしの相互関係でつながれている、ということだろう。子供っぽいことをいうようだが、人間感情の本質的な面に触れようとすれば、哲学的であるより、子供っぽいすなおさをおそれてはなるまい。不況はなおも続くもようである。苦しいときほど人間がもっとも人間らしくなるときはない。お互いにがん張ってゆきましょう
(213~214ページ)


 苦しい時を生き抜くのは、たやすいことではない。この苦しみが他人にわかるものか…そう思い塞ぐこともあるだろう。でも、貧しい人々や豊かになれない人々を見つめ、時にともに暮らした周五郎は、彼らの暮らしが苦しみばかりではないことを実感している、それを文章にしている。引用した文章は少し厳しい内容かもしれない。私自身、はじめ読んだ時は厳しい言葉だなと感じた。弱気な時にはあまり読みたくない文章だとも感じた。でも、皆でいつか好転する日を信じて、起きあがって歩いてゆこう。そんな励ましの言葉と受け取りました。

 エッセイを読んで、山本周五郎の作品をもっと楽しめると感じました。
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by halca-kaukana057 | 2009-09-16 20:27 | 本・読書


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