ドーン

 宇宙SF的ストーリーと、「分人」という考え方で気になっていた本。


ドーン
平野 啓一郎/講談社/2009

 佐野明日人(あすと)は医師であり、宇宙飛行士として人類初の火星有人探査ミッションに参加。無事帰還した。しかし、その火星宇宙船「ドーン」の中では、ある事件が起こっていた。「ドーン」の中で起こったこと、その事件に関わった「ドーン」のクルーたち。さらに、アメリカ大統領選挙と、パパラッチの謎の死…。明日人は大きな流れに巻き込まれてゆく。

 本当に難しい本でした。読むのが大変でした。宇宙SFのノリで読めるかと思ったのですが、アメリカ大統領選挙とアメリカの政治、テロと戦争、複雑な人間関係と各々の思惑、SF的技術など難しい要素が次々と出てきて一日に数ページ読むのが精一杯でした。あらすじも上記のように簡潔に書きましたが、実際はもっと複雑です。明日人と妻・今日子、「ドーン」のクルーたちと、映像クリエイターのウォーレンと謎の男・ジム・キルマーを軸に、様々な方向へ話が飛んでいきます。あちこちへ飛んだ伏線が、物語の過程でどう絡み合うのだろう…。読みながら、どこへ向かうかわからない不安と好奇心を覚えました。

 さて、この作品のテーマと言える「分人主義(dividualism)」。「分人(dividual)」は、「個人(individual)」("分ける"という意味の"divide"に否定の接頭辞のinが付いて"in-dividual"="分けることができないもの"という意味)も対人関係や状況、場所によって異なる自分がいる、というもの。その場限りの「キャラの使い分け」や「本当の自分」という二元論的な考え方とは異なる。自分が意図して使い分けているのではなく、相手や場所に応じて様々な「分人」が出てくる。そしてそれらの「分人」には中心がなく、「分人」同士がネットワーク化されている。「分人」を包括するのが「個人」である。そして、身の回りの多様な人間関係や状況に応じて、自分も多様であったほうがいいという考え方が「分人主義」です。

 この「分人」の考え方になるほどと思いました。私にも、様々な「分人」がいる。家族といる時、仕事をしている時・職場での「分人」、友人といる時、天文仲間たちといる時、ひとりで本を読んだり音楽を聴いている時、PCに向かってこのブログを書いている時、何かを考え込んでいる時…。これらは「キャラの使い分け」という意図があってやっていることではない。その時・その場・向かっている相手があって、自然と出てくる。例えば仕事をしているのに、友達といる時のようにフランクになるわけにはいかない。何かを考え込んでいる時のように、寡黙になるわけにもいかない。こんな自分の見つめ方もあったんだと、新たな視点を得ました。

 一方で、自分は好ましくないと思っている「分人」も存在する。私にもそんな「分人」はある。あまり思い出したくない過去の自分。その好ましくない「分人」を無意識に、記憶の底に追いやろうとしている。しかし、その「分人」に関わる人に偶然会ったり、年賀状をもらったりすると好ましくない「分人」が出てくる。私は嫌だと思っていても。

 明日人も、好ましくないと感じている「分人」を抱えている。火星宇宙船「ドーン」の中で起こった出来事。クルーであるアフリカ系アメリカ人・ノノの病気と、共和党副大統領候補の娘でもあるリリアンの妊娠。明日人は医師として彼らに接するが、明日人自身も"限界"を感じていた。地球に帰還しても、消えることなくさらに明日人を追い詰める「分人」。そしてその「分人」は社会・メディアの中で暴走し始め、明日人を見る人々の目が変わってゆく。そんな「分人」を明日人はどうするか。明日人がその「分人」をもてあまし、何もかもをぶち壊しにするような告白をしようとしたのに対して、NASAの上司であるハリスが怒るシーンが印象的だった。
「君は気分がいいだろう。何もかも言ってしまった。一度で済ませれば楽なことだ。世間からは嘲笑を浴びるだろうが、その痛みに耐えつつ、自分は正しいことをしたんだと、うっとりしながら心の中で念じ続けるだろう。しかし、君だけの問題ではないんだぞ!」
「世界と君とが、どちらもメチャクチャになって、そのあとどうなる?君の中のまるで無関係なディヴィジュアルまでみんなダメにしてしまって、これからどうやって生きていく?私にだって家族がある。君にもあるだろう。NASAの職員だって、このプロジェクトに誇りを持っている。そういう人たちを守り、自分を守りながら果たすべき責任を果たす方法をどうして丁寧に考えようとしない?」
(452~453ページ)

「誰も自分の中のすべてのディヴィジュアルに満足など出来ない。しかし、一つでも満更でもないディヴィジュアルがあれば、それを足場にして生きていくことが出来るはずだ。君がどうしても、自分の中にそれを見出せないというのであれば、私のところに来たまえ。こうして向かい合って話している君は、なかなかの好漢だと思うがね。……」(460ページ)

 明日人は好ましくない「分人」を見つめなおし、ひとつの答えを出す。"ひとつの「分人」としての一面である明日人"を見る社会・人々・メディアの目はそう簡単には変わらない。それでも、ゆっくりと歩き始める。

 この作品が出したひとつの答えは、あくまでひとつの答えだと思う。人によって反応はそれぞれだろう。でも、ハリスの言うように、「誰も自分の中のすべてのディヴィジュアルに満足など出来ない。しかし、一つでも満更でもないディヴィジュアルがあれば、それを足場にして生きていくことが出来るはず」。これはこの複雑な社会・人間関係の荒波の中を生きていくうえで、ひとつのヒントになると感じました。

 あまりにも内容が複雑かつ広範囲すぎて、私が語れるのはこれだけです。実際はもっと奥の深い、複雑な物語です。この世界の複雑さを、そのまま小説にしたみたいだ。
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by halca-kaukana057 | 2010-01-29 23:46 | 本・読書


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