生きるとは、自分の物語をつくること

 以前から気になっていた小川洋子さんと、故・河合隼雄先生の対談集です。


生きるとは、自分の物語をつくること
小川洋子・河合隼雄/新潮社/2008

 心理学を学ぶ前に、数学科で学び、高校の数学教師をしていたこともあった河合先生が、数学がテーマである小川さんの「博士の愛した数式」を読み、それがきっかけで2度の対談が実現しました。それを書籍化したのがこの本です。河合先生が、元々数学を専攻されていたとは知らなかった。そんな河合先生ならではの「博士の愛した数式」の読みがとても面白い。しかも、それは作者の小川さんも考えていなかったこと。数学と心理学の両方から「博士の~」を読むとこうなるのか!!と驚いてしまいました。作者が作品に入れようと考えていなくても、無意識に入ってしまう。これが深層心理というものなのかな…。

 タイトルの「生きるとは、自分の物語をつくること」。これは、小川さんが小説を書く時に考えていることなのだそうだ。
人は、生きていくうえで難しい現実をどうやって受け入れていくかということに直面した時に、それをありのままの形では到底受け入れがたいので、自分の心の形に合うように、その人なりに現実を物語化して記憶にしていくという作業を、必ずやっていると思うんです。小説で一人の人間を表現しようとするとき、作家は、その人がそれまで積み重ねてきた記憶を、言葉の形、お話の形で取り出して、再確認するために書いているという気がします。
(45~46ページ)

 一方、臨床心理も、自分の「物語」をつくれずにいる人が、自分の「物語」を発見し、生きてゆけるような「場」を提供していると河合先生も考えてカウンセリングをしていた。これにはなるほどと思った。小説を読んでいて、「これは私のことか!?」とまさに自分のことが書かれてある作品や文章に出会って、抱えていた悩みや重荷と感じていることが楽なほうへ向かうこともある。また、物語でなくても日記などの文章を書いていて、もやもやとした気持ちを表現するのにピッタリな言葉を見つけて、霧が晴れていくようなことを感じたこともあった。自分の心の形に合わないから、どうしたらいいかわからず、もやもやと心の中に停滞する。それを、「物語」とすることで、今自分がどんな状態にあるのか、理解できるようになる。ああ、私にもこんなことが合ったなと頷きながら読みました。

 しかし、小説家とカウンセラーで異なるのは、小説家は自分自身が言葉をつむぎ、物語の形にしてゆくのに対して、カウンセラーは患者の話を聞き、何かを作るのは患者自身であること。患者さんではなく、質問するカウンセラーの側が解決したい、納得したくて、誘導するような質問をするなどして、勝手に物語を作ってしまうこともある。カウンセラーが、患者さんのことを了解不能だと感じて、了解して安心・納得できるようなことを言って、患者さんに付き添うつもりが置き去りにしてしまう。カウンセラーというのは本当に難しい仕事だと思う。しかし、河合先生は、黙っている患者さんに対しても、黙ったままでいる。それはただ、何も言わないのではなく、心の中で別なことを考えてしまったら、何か言わずにはいられなくなる。患者さんもそれを敏感に感じ取ってしまう。河合先生も「僕よりも偉大なやつが来た」と思った高校生の話には唸るばかりでした。

 神話や「源氏物語」も、そのような「物語」のひとつであり、また、宗教や民族による文化の違いが表れているという内容も興味深かった。河合先生のほかの著作を読んでいても感じるのですが、本当に多方面にわたって詳しい、本当の「豊かな教養」を持っていた方なのだなぁと思う。心理学は、人間の心という全く不思議で不可解で深い世界を解き、個々の心に寄り添う学問だと私は感じている。文系の学問に分類されてはいるけれども、医学にも関わるし、歴史、宗教、文化、社会、教育、文学、芸術などなど…幅広い分野に関係のある学問だと思う。個々の心に寄り添うとなると、その患者さんごとに異なる世界、「物語」に寄り添うことになる。懐が大きくないと出来ない学問だと感じます。河合先生は、患者さんや話をした著名人の話を、「アースされて」すぐに忘れてしまう、と。だから、カウンセリングでの秘密も守れる。所々に出てくるジョークにも、にんまりします。読んでいて、生きることは難しいな、辛いな、と思うのに、いいタイミングでジョークを言う河合先生。すごいなぁと思います。

 この本は、本当は3部構成の予定でした。しかし、2007年7月に河合先生が亡くなられ、予定されていた対談の続きが出来なくなってしまった。その部分は小川さんのあとがきになり、その文章に私も共感するのですが、3回目の対談が実現していたらどんなお話になったのだろう…と思うばかりです。

 河合先生の対談で、こちらも面白そうなので読んでみたいと思ってます。

こころと脳の対話

河合隼雄・茂木健一郎 / 潮出版社



 あと、この本を再読してみたり。

こころの処方箋 (新潮文庫)

河合 隼雄 / 新潮社




・過去関連記事:博士の愛した数式
 この本の中では、映画版の話も出てくるのですが、映画版をまだ観ていなかった!DVD借りてきます。
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by halca-kaukana057 | 2010-10-21 22:49 | 本・読書


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