天地明察

 この本を読んだのは、今年5月ごろだった。「本屋大賞」第1位に選ばれた作品で、しかも日本の天文学がテーマの小説。天文学がテーマと聞いて、読まずにはいられなかった。読んで、感想を書こう書こう…と思い続け約半年。感想を書いてしまうと、この作品を「読み終わった」ように感じる…つまり、「読み終えたくない」。でも、今年のうちに感想を書いておこうと思う。

天地明察
冲方 丁(うぶかた・とう)/角川書店(角川グループパブリッシング)/2009
(去年発売された作品だと、今気がつきました)


 江戸時代、日本で初めて日本独自の暦(カレンダー)を考案した渋川春海(安井算哲、のちに保井、晩年に渋川春海を正式に名乗る)。幕府に登城を許されている碁打ち衆のうちの一家・安井家の次男(正確には長男だが、春海が生まれる前に養子をもらい、その義兄・算知が長男となったため、春海は次男)で、将軍の前で碁を打ち、老中などの重役の指導碁を務めている。その一方で春海は、算術や天文学、更には神道にも通じていた。その渋川春海が、碁打ち衆という役務の傍ら、算術と天文学に情熱を傾け、日本独自の暦をつくり採用させるという大掛かりなプロジェクトを実現するまでの物語です。

 当時の暦は、唐の時代の中国から輸入した「宣明暦(せんみょうれき)」が使われていた。遣唐使の廃止により、中国から暦を輸入することが出来なくなったので平安時代から800年以上も使われていた。当時の暦は、「太陰太陽暦」という月の満ち欠けを基本単位とした「陰暦」を、季節推移に合わせるために「閏月」を挿入した暦だった。この「太陰太陽暦」は年月日を無理に季節に合わせようとしたため、複雑な計算が必要だった。また、日食や月食が宗教的な意味合いを強く持っていた時代、その日時を正確に予報することも暦に求められた。しかし、「宣明暦」での日食・月食の予報にズレが出て、「宣明暦」の誤りが指摘されるようになった。しかし、新しい暦を作るには、全く新しい計算方法や暦法が必要。それをどうするか。これに立ち向かったのが、渋川春海だった。

 城での碁打ちは決まった打ち方に沿ったもので、それを退屈だと感じていた春海。真剣勝負をしたくても、将軍の理解できない対局は打つことができない。安泰な碁打ち衆としての安井家のひとりではなく、自分だけの何かを成し遂げたい。真剣勝負がしたい。その想いが、算術、そして天文学・暦法に向かってゆく。

 この作品を読んで、まず江戸時代の天文学について学ぶきっかけとなった。天文学に興味はあるけれども、江戸時代に日本ではどの程度の天文学研究がされていたのか。渋川春海の名前はもちろんのこと、江戸時代につくられた日本独自の暦のことも全く知らなかった。知っていたのは日本の測量をした伊能忠敬ぐらい…(測量も天文学と深い関係があります)。でも、例えば野尻抱影の日本の星の民俗のように、日本人も独自の視点から星を、宇宙を見つめていた。天文学という科学の面では、西洋や中国には遅れるけれども春海をはじめとする人々が様々な機器を使って観測をし、計算をして天の理に迫ろうとしていた。この作品がきっかけとなって、春海の後の江戸時代の天文学に関する本も読んだのだが(後日書きます)、本当に興味深かった。天文好きとして、且つ日本人として、日本での天文学の歴史もちゃんと理解しておきたい。宇宙に惹かれ、宇宙をもっと知りたいと思っていた日本人は、江戸時代にもちゃんといた。西洋の専門書はそう簡単には手に入らないが、限られた環境でも宇宙への情熱を持ち続け、熱心に研究していた先人がいた。そう思うと嬉しくなった。

 この作品の幹となるのが、春海が日本独自の新しい暦「大和暦(のちに「貞享暦(じょうきょうれき)」と呼ばれる)」をつくり、採用されるまでの物語。しかし、それは20年以上もかかる大事業だった。若い春海は、天文学の先輩たちと全国各地で天体観測をし、また、和算の祖である関孝和の背中を追いかけるように算術の研鑽をした。大和暦をつくるまで、春海は何度も間違い・失敗をする。算術でも、暦法でも、そして碁でも。しかし、初めは間違った自分を恥じていても、もう一度、もう一度…と精進を重ね、挑戦し続ける。この春海の姿には何度も勇気付けられた。春海は全国各地で北極星の観測を命じられるが、その観測隊員であった建部昌明と伊藤重孝が、春海が出した間違いを、「精魂を打ち込んで誤謬を為した」(209ページ)と評価し、「精進せよ、精進せよ」とあたたかく励まし、更なる学びを求め続ける姿にも励まされた。間違って、失敗して、私たちは学んでゆく。それは、歴史上の偉人も同じ。春海のように大いに間違えて、でも腐らずに謙虚に学んでいこうと心から思う。

 春海が大和暦を作ったことがこの作品の幹だが、その作るまでの過程の方が長く、重きをおいて語られている。これに私は嬉しくなった。何を為したかも重要だが、何を為そうとしたか、為す過程で何をしていたか。「何を為したかではなく、何を為そうとしたか」。これは山本周五郎の言葉で、周五郎が作品を書く時に最も大事としていたことだが、これに通ずるものがこの作品にはあった。天文学だけではなく、算術、碁、政治、神道など様々な面が語られる。実際、複雑な物語だと思う。でも、その多岐にわたる分野で、春海は研鑽を積んでゆく。飽きを感じていた碁でも、真剣勝負をする。そんな熱心な春海や、関孝和などその周囲の人々に魅了されっぱなしでした。

 ただ、残念だったのが緯度と経度が取り違えて書かれている点。また、江戸時代、西洋の天文学がどの程度日本に入ってきていたかについて。天文学の専門書ではない、小説ではあるが、緯度と経度の2つは全く別物なので細かくチェックして欲しかった。西洋の天文学の知識についても。

 この作品で、冲方さんの作品を初めて読みました。ライトノベルやアニメ作品を手がけている作家さんということで、時代物としてはとても読みやすく感じました。春海たち登場人物が皆個性的で、惹かれます。あの水戸光国も出てきますし、山本周五郎「樅ノ木は残った」でも登場した酒井”雅楽頭(うたのかみ)”忠清も出てきます。「樅ノ木は残った」とは違う面に、驚きました。ひとりの人物も、見方・描かれ方によって随分異なるのだなぁ、と。

 時代物小説としても、天文学に関する読み物(あくまで”読み物”ですが)としても、とても面白く興味深い作品です。何度読み返しても面白い。ベストセラーにもなったということで、江戸時代の天文学や暦・暦法に関しての興味のきっかけとなれば、と思います。
 ちなみに、映画化が決まったそうです。詳細はまだ不明。長い作品なのでどうまとめるかが問題ですが、春海たちを誰がどう演じるのか、楽しみです。



【過去関連記事】
6.26部分月食&ISSを見よう! ~曇りのち、ぼんやり月食
12.21皆既月食を観よう ~そんな天気で大丈夫か?
 今年は月食の多い年でしたが、その度にこの「天地明察」のことを思いました。日食・月食を今とは違う見方をしていた江戸時代。当時の人々は、そして春海はどのような気持ちで、観ていたのだろうと思います。

樅ノ木は残った
 山本周五郎の代表作。酒井”雅楽頭”忠清が出てくる作品です。これら2作品では、本当に別人かと思うような描かれ方の違いに驚きました。

 あと、絵馬に数学の問題を書いて奉納する「算額絵馬」がこの物語で重要なものとして登場しますが、川端裕人「算数宇宙の冒険 アリスメトリック!」でも、重要なものとして出てきます。この作品は途中で挫折しました…来年リベンジしたいです。現在でも、算額絵馬を奉納する神社があるそうです。見てみたいなぁ。



【2011.10.6 お詫びと訂正】
 コメントにて、「春海」の漢字が間違っている、とのご指摘をいただきました。この記事の全てで間違えたまま、表記していました。間違った表記の記事を読んで気分を害された方がいらっしゃり、また、誤解を与えてしまいました。謹んでお詫び申し上げます。
 漢字は全て訂正しました。ご指摘があれば、コメント欄などでお知らせください。
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by halca-kaukana057 | 2010-12-27 23:54 | 本・読書


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