渡りの足跡

 少し前に、梨木香歩さんの新刊(と言っても1年ぐらい前に出たものも)が結構出ていることを知りました。小説でもエッセイでも、梨木さんの文章を読んでいると心が落ち着きます。ざわざわしていたものが鎮まり、視界がクリアになってゆく。書いてある内容がたとえ厳しい現実を直視したものでも、不思議と受け止められます。


渡りの足跡
梨木香歩/新潮社/2010

 渡り鳥は、季節の移り変わりとともに世界中を渡り飛ぶ。オオワシを中心に、様々な渡り鳥たちを、北海道、諏訪湖、カムチャツカなどへ観に行く。渡り鳥たちの渡りの旅路に関する話や、渡り鳥たちを見守る人々との交流を経て、人間の「渡り」にも想いを馳せる。渡り鳥と、人間・私たち自身を見つめるエッセイです。

 私にとって”渡り鳥”といえば、ハクチョウ。今の季節は、町の上空をV字型になって飛んで行ったり、川や海、田んぼで羽根を休めエサをついばんだり…私にとっては身近な渡り鳥です。ハクチョウの甲高い優しい声に空を見上げると、数羽のハクチョウが飛んでゆく。まさに、シベリウスの「交響曲第5番」のエピソードそのもの。ハクチョウが飛んでゆく様を観ると、頭の中では「交響曲第5番」第3楽章のあのゆったりとしたホルンのメロディーが流れます。その飛ぶ姿を見るのが大好きなので、シベリウスのエピソードを知ってからはもっと好きになりました。毎年秋になり、ハクチョウの姿を見ると「よく来たね。」と思う。灰色の羽毛の幼鳥を見れば「小さいのに、遠くから飛んできたんだね。すごいね。」と。そして、年が明けて3月頃になると、また北へ向けて旅立つ。「また寒くなったらおいで。気をつけて帰るんだよ。」と声をかけたくなる。私の冬はハクチョウとともにあります。
 また、ツバメも身近な渡り鳥。春、桜の季節も終わるとすばやく空を滑空する姿に、やっぱり「今年もよく来たね」と思ってしまいます。ツバメの音楽といえば、「ブルグミュラー25の練習曲」の「つばめ」。もしくはNHK教育「クインテット」の「ツバメがきたよ」でしょうか。


 私の話はこの辺にして、本の内容に。梨木さんの以前のエッセイ「水辺にて on the water/off the water」では、水の周辺の自然を見つめ、「境界」について考える内容だった。今回の「渡りの日々」は、「水辺にて」が静なら、動の内容だと思う。

 鳥たちが渡りをする際、周囲の自然を敏感に観察している。風を読み、渡りのルートを決める。渡りの途中でエサを食べるために一旦降りる。どこにも降りずに一気に渡り、通過してゆく鳥もいる。そして渡りの先がどんな土地なのか。季節が変わり、元の土地へ帰る。同じ季節がやってくれば、また渡りを始める。ハクチョウを観ていて毎年思う事がある。毎年遠い北の地から、自分の羽の力で飛んでくる。その体力はいかほどなのだろうか。また、ハクチョウには地図もGPSもない。それなのに、毎年覚えてやってくる。どうやって覚えているのだろうか。「案内するもの」の項で引用されている「鳥たちの旅 渡り鳥の衛星追跡」(樋口広芳/日本放送出版協会/2005)によると、太陽や星座も鳥たちにとって目印、案内役になるのだそうだ。渡り鳥をケージに入れて、プラネタリウムで星を見せると、その季節の星座に合わせて、飛ぶ方向に向かって動くのだそうだ。例え人工の星空でも反応する。この部分にとても驚いた。昔、人類は夜空の星を結んで星座とし、農耕や放牧、旅の目印にしたが、人だけではなく鳥たちも星を観て飛んでいたのだ。さらに詳しくはその本を読もうと思うが、感激した。

 渡るのは鳥たちだけではない。人間も「渡り」をする。旅や他の土地に移住する。「渡りの先の大地」ではエッセイ「春になったらイチゴを摘みに」で書かれていたアメリカに移り住んだ日系2世の方について、更に詳しく書かれていた。両親がアメリカに渡り、そこで生まれ育ったが、第2次世界大戦・太平洋戦争が始まると彼を取り巻く状況が変化した。「春になったら~」も読み返して、その壮絶さに絶句した。渡った先で、情勢が変化したことによって厳しい現実に打ちのめされる。でも、原点となった日本も、生まれ育ったアメリカも、どちらも故郷である。渡ったことは後悔していない。ただ、そこで生き抜くこうとする。「もっと違う場所・帰りたい場所」でも、北海道知床に移住した方の話が綴られている。

 旅や移住でなくても、毎日私たちは時空を「渡って」いる。変化し続けている。変化しないでいてほしいと思うものもある。例えば、私が思うのは縄文時代から昭和まで、日本各地に残る遺跡や建築物。歴史的に貴重と守られているものも、古い普通の民家も。いつまでも残っていてほしいと思う。その一方で、変わり続けたいと思うものもある。例えば天文学・宇宙科学・宇宙探査・宇宙利用はどんどん進んで、もっと遠くの宇宙を観てその姿をよく知りたい、無人有人に限らずもっと遠くの宇宙へ行ってみたいと思う。そんな壮大なものでなくても、自分自身も日々変わり続けているだろうし、変わるなら新しいものを吸収し続け明日に進みたいと思う。もちろん、変わらずに持っていたいものもあるけれども。

 鳥たちの渡りは、越冬や繁殖・子育てのためなど、生きるためのひとつの方法。人間も個人でも人類全体でも、生きるために、成長し続けるために「渡る」のだと思う。見知らぬ場所・見知らぬものであっても、生きるために、選んだ場所や環境に渡り、変化・成長してゆく。そう思うと、鳥たちの渡りに私の暮らしとどこか共通するものがあるのだろうな、と感じました。

 各章の末尾に、その章で出てきた鳥の解説も付いています。文字だけですが、梨木さんによる解説は、普通の図鑑の解説とは違う味わいがあります。身近にはいない鳥も多いですが、鳥を観る楽しみが増えそうです。

【過去関連記事】
水辺にて on the water/off the water
春になったら苺を摘みに
 「それぞれの戦争」の章で「渡りの先の大地」で出てきたアメリカで生まれ育った日系2世の方のお話が出てきます。
身近な鳥のふしぎ
 お手軽な鳥の図鑑です。この本に出てくる全ての鳥が載っているわけではありませんが、参考になります。

 というわけで、一気にまとめて…ではないですが、梨木香歩フェアをまたやりたいと思います。
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by halca-kaukana057 | 2011-02-26 14:58 | 本・読書


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