津軽百年食堂

 以前読んだ「青森ドロップキッカーズ」と作者が同じで、「ドロップ~」よりも先に出たのがこの小説。「ドロップ~」を読んだ時に気になっていたのですが、文庫化、さらに映画化の帯を見て、読んでみた。


津軽百年食堂
森沢 明夫/小学館・小学館文庫/2011(単行本は2009)

 青森県・弘前市。哲夫は明治から続く食堂「大森食堂」の3代目として、その暖簾と味を守り続けている。一方、哲夫の長男の陽一は、東京でバルーンアートのショーや講座で稼ぐフリーターをしていた。このままフリーターを続けるのか、弘前に戻って実家の食堂の後を継ぐのか思い悩んでいた。陽一はおもちゃ屋の開店イベントでピエロとなり、いつも通りバルーンアートショーを開いていた。そのおもちゃ屋のバックヤードで、陽一は若い女性写真家と出会う。おもちゃの撮影の際、彼女は師匠と思われる男性にずっと怒鳴られていた。七海という彼女と偶然話をした陽一は、七海も弘前出身であることを知る…。


 「大森食堂」の歴史と、3代目の哲夫が営む現在の「大森食堂」、そして東京の陽一と七海…。最初のあたりはバラバラに語られますが、徐々に物語が弘前で、ひとつの方向へ向かってゆきます。タイトルにある「津軽百年食堂」ですが、青森県が定めている定義があって「3世代、70年以上続いている大衆食堂」のことだそうです。「大森食堂」もそのひとつ、という設定(しかも、百年目を迎える)で、メインは「津軽蕎麦」。普通の中華蕎麦とは作り方が異なります。作品の中でもその作り方や特徴が語られますが、素材はシンプルだけれども麺を熟成させるという時間と手間がかかるもの。その伝統の作り方と味を、哲夫が引き継ぎ、守り続けている、のですが…。

 この作品を読んでいて、私が感じたのは、「”生きること”は、簡単なことじゃない。複雑だ」。当たり前のような、使い古されているような表現ですが、この作品では複雑なものの中で生きる人々の姿が描かれます。まず、陽一。「大森食堂」の後継ぎになりたいと思っていたが、紆余曲折あり、今のバルーンアートを生業としている。その紆余曲折の中で、数々の失敗をしてきた。それをまだしこりに持っており、東京でのフリーター暮らしにも納得できていない。七海も、写真家を目指すが師匠に怒られてばかり。実家は弘前のリンゴ農家で一人娘のため、婿をもらうようにとお見合いを勧め続けられている。また、陽一の父・哲夫も「大森食堂」を継ぎ、その仕事には誇りを持っているが、後ろめたい気持ちも持っている。物語の中盤で陽一が、さくらまつりに「大森食堂」の屋台を出すのを手伝うために弘前に一時帰省するのですが、そこで出てくる郷里の友人たち・正宗や美月も様々なことを抱えている。

 皆、様々なものを抱えているけれども、日々の暮らしは止めることはできない。夢や目標、将来像があっても、それにまっすぐ進めるとは限らない。回り道をしたり、答えを保留したり。特に、陽一の場合は数々の失敗のために、回り道や保留をしてばかり。弱いだけに見えるかもしれない。だが、私は自分と陽一を重ね合わせてしまった。私も過去に様々な”失敗”をして、今に至っている。かつて抱いていた夢や目標とは全然異なる場所・状況にいる。かつての”失敗”の数々を忘れられないまま、これでいいのか、これからどうしようか。自分に問い続けながら、今の場所・状況での暮らしを続けている。失敗しても、毎日の暮らしは止められないし、巻き戻すことも出来ない。先へ、明日へ進むしかない。でも、どのように進むか…。陽一の選択を追いながら、自問していました。

 その陽一が、七海との出会いや、帰省し家族や友人たちに会ったこと、店を手伝うことで少しずつ変わり始める。弱い、情けない、どうしようもない、責めたくなる今の自分自身も、誰かに出会い言葉を、心を交し合うことで違った見方ができるのかもしれない。止める事の出来ない複雑な日々も、誰かがいるから暮らしてゆけるのかもしれない。陽一の視点から読んでいたけれども、七海の視点から読むと、また物語が違って見えてくる。あと、哲夫の視点からも。

 弘前城公園のさくらまつりが描かれますが、子どもの頃行ったことがあります。また、春の弘前を歩いてみたいとも感じました。

 ちなみに、陽一の姉の桃子は「ドロップ~」でも主要人物として出てきます。「津軽~」と「ドロップ~」はリンクしていたのです。文庫版あとがきによると、「津軽~」「ドロップ~」に続く3作目を執筆中とのこと。気になります。

【参考リンク】
まるごと青森:津軽そば
 津軽に伝わる「津軽蕎麦」について詳しい記事があります。


【過去記事】
青森ドロップキッカーズ
 この「津軽百年食堂」を読んだら、こちらも是非。ちなみに、この冬も時々、カーリング場へ足を運んで観戦しています。

・3作目:ライアの祈り
 これが完結編です。
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by halca-kaukana057 | 2011-03-04 22:29 | 本・読書


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