北欧デザインを知る

「北欧デザインを知る ムーミンとモダニズム」(渡部千春、NHK出版:生活人新書、2006)



 以前、かの「無印良品」でフィンランドの若手デザイナー、ハッリ・コスキネンがデザインしたカップが期間限定で販売されていた。私はこの頃、他の製品のコスキネンのデザインが気に入っていたので、是非実物を手に取ってみようと店に行って探してみた。そして、店で見つけてちょっとびっくりした。無印というとシンプルというよりも無駄が全くないというイメージを持っているのだけれど、そのコスキネンのカップも彼のデザインだと知らなければすーっと素通りしてしまうぐらいシンプルで、無駄のないデザインだった(しかも無印はデザイナー名を書かないので余計分からない)。コスキネン自身、「生活のベーシックで、見せびらかしでなく、目的が明確」(70ページ)かつ、「美しいライン」を大切にしてデザインしているらしい。デザイナーの個性が「シンプル」であること。個性といえばその人特有の強烈なものを想像してしまうが、こういう“個性”もアリなんだな、と納得した。(実はその時、それが期間限定販売であることを知らずそのまま買わずに帰ってきてしまったのだけれど、後で売ってないことが判明し、惜しいことをしたなぁと思った。)


 フィンランドに興味を持つようになって、フィンランドがデザイン大国であることをようやく知った。フィンランドだけじゃない。北欧諸国がデザイン大国となっている。それからずっと、なぜ北欧のデザインが良いと言われるのか考えていた。この本「北欧デザインを知る」はその答えを考えるのにうってつけの本。著者はフリーのデザインジャーナリスト(そんな職業もあるのかと感心した)で他にも北欧デザインに関する著書がある。

 まず知ったことのひとつに、北欧諸国の「強さ」がある。おなじみの充実した福祉制度や何かと注目されている教育だけでなく、経済での国際競争力、豊かさ比較でも北欧諸国はトップクラス。G7に代表される強そうな国の陰で、地道に力をつけているのが北欧諸国だということに驚いた。北欧諸国は国土も狭いし人口も少ない。資源も少なく、歴史的には目立たない国々のはず…。アメリカやイギリスを映画のトップスターだと例えれば、北欧諸国は実力派の名脇役(あくまで私の想像ですが…)。目立たないけど力がある。ただ何でも先進国になればいいわけじゃないと教えてくれる。

 かつては目立たない存在だったけれど、今では雑誌でも特集されたり、携帯電話の「ノキア」や家電の「エリクソン」、「マリメッコ」や「イルムス」「イケア」など日本進出を果たしたりしてメジャーになってきた。「そう言えば、あのメーカーも北欧のものだったんだ」と言われて始めて気づくものもある(私にとってはエリクソン。アアルトのスツールのデザインも)。著者はここで「ムーミン」と比較してみている。1969年にはじめてアニメ化されて以来、ムーミンは日本でも人気者になった。アニメは90年に「楽しいムーミン一家」とリニューアルして放送され(私も楽しんで観ていた。)、キャラクターグッズも沢山ある。でも、「爆発的に人気を博す」ものではない。著者曰く「ひそやかにやってきて、他の地でも根を生やす。」(32ページ) 「ムーミン」とデザインに共通するこの控えめなところ。そう言えば、北欧の人は控えめで大人しく日本人に似ていると何かで読んだことがある。(「かもめ食堂」に関する監督や主演俳優インタビューでもそんなことを読んだ)この本にも、「『個人の主張をはっきりとさせる』という特徴は北欧ではさほど強くない。口数も少なく、押しも強くなく、みなおしなべて同じ、という均質化、標準化の指向があるようだ」(213ページ)と。その土地に生きる人の気質が反映されているのだろうか。


 著者が北欧を訪れて取材した話も面白い。日本では北欧発ともてはやされる物が、日常生活で当たり前のように使われている。そりゃ、自分の国で作られた物なのだから当たり前なのだが、生活必需品として古くなっても大切に使う。日本でも有田焼の食器や漆塗りのはしやお椀、ガラス製の風鈴に藍染の風呂敷等を丁寧に使っているところは使っている。ただ、今ではそのような家庭が減ってきた一方で、北欧では今でも使っているという違いはある。

 北欧諸国でも、90年代にバブルが崩壊し、不景気に陥った。その時、産官学が共になってITを産業にしようとしたのだそうだ。(参考リンク:読売新聞の記事より) デザインでも、政府が援助する機関があり若いデザイナーをサポートしたりレクチャーを開いたりしている。それは、「美術品」としてのデザイン製品ではない。あくまで日常で使うための物、日用品、工業製品として。北欧諸国でもスーパーではアジア製の安い食器が売られている。かのアラビア社もイッタラ社と統合した。そう、北欧でも安い製品との競争が存在する。それでもそれらのデザイン製品が人々に愛され、今でも大切に使われているのはそのデザインの基本が「大衆によいものを、普段の生活に楽しさを与える」ものだから。アンティークブームを起こしただけでは、その製品は飾っておくだけの「美術品」にしかならない。日常で使うことが出来るようにデザインされた物なのに。政府も経済界のトップもそのことをちゃんと理解している。そこが日本との違いなのかもしれない。

 シンプルなデザインの北欧の製品は、日本の暮らしにもなじみやすい。日本と北欧の文化や風土、どんなものを美しいと感じるかという意識は似ているとも言われる。先に述べたように人の気質も似ている。だからこそ、いつの間にかじわじわと日本でもメジャーになり始めた北欧のモノ。しかし、そこには危険もはらんでいると思う。少しこの本から離れるが、「spoon.」(プレビジョン刊)2004年12月号のフィンランド特集の最後に、興味深い文章があった。この特集では、ムーミンやイッタラ、アラビアなどの「可愛いもの」を取り上げていたのだが、そのイッタラ社の広報担当者が日本での北欧デザイン人気、さらにはそのライフスタイルを実践するために北欧に移住したいという人も多いということを聞いてこう述べたのだそうだ。
「それは嬉しいことね。だけど覚えておいて、don’t be Scandinavian」(同誌36ページ)

 この「spoon.」の取材をした林みき氏もはじめこの言葉がよく分からなかったのだが、イッタラの資料館で同社の巨匠・カイ・フランクの資料を見ていた時にその意味が分かったのだそうだ。カイ・フランクも日本文化に感銘を受けたのだそうだが、作風は“日本化”せずフィンランド人デザイナーとしての作風を貫き通した。ちょっとその後の部分を引用してみる。

「またフィンランドの新世代デザイナーと呼ばれる若手のデザイナーたちも自国での仕事よりも海外での仕事の方が多く、外国文化の影響を受けやすい状態にいるにも関わらず各々の個性、言うなれば“フィンランドらしさ”を失わずに活躍しています。自分の生まれた国、自分が育った環境、そしてそこから得た知識や経験、そして感性はそう簡単に捨て去ることはできない。無理に全く違うものを完全に取り入れようとすると、それは決してプラスにはならない。もし自分のライフスタイルに取り入れたい異国の文化や風習があったら、自分が日本人であること、日本の文化の中で生まれ育ったことを認識した上でバランス良く、取り入れるべきである。北欧信仰主義にハマりすぎて、自分を見失ってはいけない―――そう彼女は言いたかったのではないかと。」(37ページ)


 まだフィンランドを深く知ろうとし始めて一年にも満たない私には、いくらシンプルでなじみやすいとは言え、どこか自分からかけ離れているものを北欧デザインに感じている。マリメッコの可愛いテキスタイルの服やバッグを見ても、可愛いと思うだけで実際に使おうとは思えない(以前買ったCDケースは使っているが、外を着て歩くとなるとという意味)。ノキアの携帯もカッコイイと思うけど、私には今までの折りたたみ式携帯の方が使いやすく感じる。長く使っていて違和感がない人も勿論いらっしゃると思う。多分私の場合、いきなりフィンランドなら何でもと意識したからこんなことになったのだと思う。今まで当たり前のように使ってきた自分の生まれた国・地方の慣習や風土に目を向け、その上で自分に合うものを選び、「美術品」としてではなく「日用品」として生活に取り入れとにかく使う。北欧デザイン製品の本来の目的を私も思い知った。


 北欧デザインをただ単に「シンプルで可愛く、なおかつ質がよい」とばかり思ってきたが、その根底にはしっかりとしたデザインやモノへの意識があった。さらには経済発展に隠された事実や、真の国際理解のためのヒントまでも。本当に北欧デザインは奥が深い!長く付き合ってこそ面白い。ただブームで集めるだけじゃその面白みは見えてこない。ここで、いつもの私の何かを深く追求したい欲がかきたれられるのだが…(笑)そういうものがこの日本でも人気があるのを嬉しく感じる。


 おやおや、随分長文になってしまった。計算したら約3500字って……。大学のレポートかよ!…申し訳ない。
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by halca-kaukana057 | 2006-04-22 21:16 | フィンランド・Suomi/北欧


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