物語ること、生きること

 「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズでお馴染みの上橋菜穂子さんのエッセイが出ました。


物語ること、生きること
上橋菜穂子/瀧 晴巳:構成・文/講談社/2013

 上橋菜穂子さんの元には、子どもたちから沢山の手紙が届くという。「どうやったら物語を書けるようになりますか」「どうやったら作家になれますか」「『獣の奏者』や『精霊の守り人』みたいな話は、どうやって生まれてくるんですか」などなど。上橋さんも、子どもの頃から物語が、本を読むのが大好きで、物語をつくる人…作家になりたいと思ってきた。この本は、構成・文の瀧晴巳さんが上橋さんを取材し、語った生い立ちや作家になるまでをまとめたものです。

 上橋さんの物語は、壮大で、その世界の歴史や政治・経済・産業などもしっかりとつくられていて、でも現実世界でもありうる矛盾や闇の面もあり、それが物語に大きく関係してくる。そんな世界で自分の弱さと向き合いながら強く生きる人々の、それぞれの生きる道が細やかに描かれている。そして出てくるごはんがどれも美味しそう。こんな物語は、どうやったら書けるのだろう?私も何度も思った。文化人類学の研究者で、オーストラリアのアボリジニを研究している。「守り人」シリーズのバルサや、「獣の奏者」のエリンのように、広い世界で行動範囲の広い、視野も広い、思い切りのいい強い方なのかな、と思っていた。

 ところが、この本に書かれている上橋菜穂子さんは、子どもの頃に聞いたお婆様が語る物語や、数多の物語・本を読むのが大好きな、身体の弱い夢見がちな女の子だったのだそう。物語だけでなく漫画も大好き。学生時代ノートに漫画の落書きをしていたほど。物語と現実の境界が曖昧で、物語の世界に惹かれてばかりだった。人見知りで、小心者で、臆病で、外に出るよりも家の中で本を読んでいるほうがいい…とご自身のことを語っている上橋さん。
 驚きました。私も、その方が好きだから。外に出るのは勇気がいる。正直怖い。私も実は臆病で、心配性だ。失敗したら、傷ついたら…悪いことばかりどうしようと考えて不安になり、行動する前から心配ばかりしている。
 でも、上橋さんは、いつまでも「夢見る夢子さん」でいたくない、とえいっ!と外へ、本当の旅に出た。一歩を踏み出した。そのことが、文化人類学の研究でも、作家にも向かうことになった。この上橋さんのお話に、とても勇気づけられた。外に出てみないと、実際に行ってみないとわからないことが沢山ある。上橋さんが一歩を踏み出すために机の前に貼っていたという「言葉」には共感した。私も張っておこうかな。

 上橋さんが本を読んできて、感じたこと・考えたことに共感するところも多かった。2つ、いくつかの立場の境界に立っている人のまなざし・見方に惹かれるということ。
 特に惹かれたのが、この部分。引用します。
 境界線の向こう側には、まだ見ぬ地がある。
 もしかしたら「生きる」ということ、それ自体が、フロント=最前線に立つことなのかもしれない、と思ったりします。それぞれの生い立ちや境遇や、すごくいろんなものを抱えて、私たちは、いま、出会っている。誰もが自分の命の最前線に立っているのなら、それぞれに境界線を揺らす力、境界線の向こう側に越えてゆく力を持っているんじゃないか。
 相手を否定したり、恐れたり、あるいは自分の領分を守るために境界線を強くするのではなく、境界線を越えて交わっていこうとする気持ちを持てたら、どんなにいいだろう。
 私は、それを、子どもの頃からずっと願いつづけてきたように思うのです。
 そして、私の好きな物語に、もし共通点のようなものがあるとしたら、それは背景の異なる者同士がいかにして境界線をこえていくかを描いているところかもしれません。
(80ページ)


 この本では、上橋作品の引用も多くあります。引用されたシーンもですが、この内容ではこの作品のこのシーンかな?と自分でも他にも思い出しながら読んでいました。上橋作品の裏側、あのシーンにこんな想いが込められているとわかる本でもあります。

 また、研究職の方には、研究職の楽しみやつらさにも共感できる本かもしれません。私にとって、作家も憧れの職業ですが、研究職も憧れの職業でした。大人になって、研究職の方々の話を聞くと厳しい世界なんだなと思いますし、この本でも上橋さんが研究職も諦めそうになったエピソードは胸が痛みます。それでも、知の最前線をゆく研究職は、やはり私の中では憧れです。

 上橋さんの作品を読んだ後、その壮大さに圧倒されつつも、登場人物たちの生きる姿に清々しさを覚えるのですが、この本を読んだ後でも同じことを思いました。上橋さんご自身が、清々しく、力強く生きて、物語をつむいでいらっしゃるのだと。
 一歩を踏み出したい、広い世界を見たい。それを自分のやり方で表現したい、つくりたい。作家に限らず、そんな気持ちを呼び起こしてくれました。憧れを、形にする。自分の極限まで拡げて、掘り下げて、考えてみる。そして文章なり、何かにしてみる。
 上橋作品は、積読に何冊かあります。読みます。読むのが楽しみです。

 巻末には、上橋さんがこれまで読んできた本リストがあります。これはありがたい。

・全然関係ない(?)のですが、タイトルでこの本のことも思い出した:生きるとは、自分の物語をつくること
(小川洋子・河合隼雄)
上橋さんが、河合先生と対談したら、とても面白いことになったのではないかと思う…。
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by halca-kaukana057 | 2014-01-31 22:22 | 本・読書


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