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静けさの中から ピアニストの四季

 1年以上も前に本屋で見つけ、無性に気になり、物凄く惹かれたので購入。その後、何度も何度も読み返している本。いい加減感想書こう…と何度も思ったのに感想を書けずにいる本。


静けさの中から ピアニストの四季
スーザン・トムス:著/小川典子:訳/春秋社/2012

 著者はイギリス人のピアニスト。ピアノソロ演奏の他、「フロレスタン・トリオ」というピアノ三重奏団を組んでの演奏活動もしている。演奏会などで各地を旅し、その旅先で出会ったものや人々、演奏会でのこと、子どもの頃ピアノとどう向き合っていたか、演奏する作曲家について、聴いた他の演奏会のこと、家族のこと、ふと見たもの聞いたこと考えたこと…トムスさんの「音楽家の日常」に触れられる本です。

 サブタイトルに「ピアニストの四季」とあるのですが、12ヶ月間に分けて、日記のようなエッセイになっています。読んで思ったのが、トムスさんの目の付け所がとても鋭い。しかもそれを読み手にまっすぐ届くような言葉で表現している。素直で、飾らない。時にユーモアも交えて。同じくピアニストである小川典子さんの訳もすばらしいのだろう。音楽のことも、音楽に関係ないことも、「音楽家」の視点だったり、一般人とあまり変わらないような視点で語られる。ピアノや楽譜、音楽に向き合うのは、楽しいけれど、サボりたいと思うこともある…プロの演奏家でも練習が嫌いなこともあるのか、とちょっと身近に感じてしまうことも。それでも、「芸術」を希求する心が表現する文章の強さに、何度も何度も読み返してしまっています。

 もうひとつ、読んでいて思ったのは、「音楽家」といっても、「芸術家」と「優等生」に分かれるのかな、ということ。楽譜の通り、間違いなく演奏している生徒の話が出てくるのだが、それだと「優等生」になる。音楽だけじゃない、この本ではスポーツやバレエなどについても語られているが、ただより速く、より高く、より遠く、正確にやって勝てることもあるけれど、「芸術家」はそれだけではない。身体の一連の動きや演技の流れが自然で、かつ高度。難易度の高い技をやっても、無理をしていると感じさせない。技巧の他に何かがある。それを、私達は「芸術性」と呼び、スポーツでも芸術的な面、表現力が評価の対象、得点に関わるものもある。音楽は芸術のひとつだが、私はこれまで、音楽が「芸術」であることを忘れていたかもしれない…と読んでいて冷や汗をかきました。「芸術」とは何か。表現力とは何か。技巧・テクニックだけがよくても、表現力がなければ…と思っていたけれども、その表現力って何?しかも、音楽・演奏は、その時その場限りのもの。二度と同じ演奏は出来ないし、録音してもその時の演奏をそのまま再生できるわけではない。一瞬の一音一音にこめるものの大きさを実感し、その中で何をどう表現するのか。今も考えています。

 「優等生」は、ひたすら練習、努力する。「芸術家」も人の何倍も練習、努力しているけれども、他の人には真似できない繊細な動きや、楽譜からより多くのことを読み取って演奏で表現する。それは才能だけなのか。どんなに小さい頃から音楽の勉強をしても、プロの音楽家になれるのは一握り。さらに、第一線で活躍するとなれば、一つまみぐらいのものだろう。音楽をやる=プロになる、ではない。技巧がおぼつかないアマチュアの演奏でも、心惹かれる時もある。「優等生」と「芸術家」。音楽を少しかじっている者としても、この違いは、何なのだろう…考えてしまっています。

 という私の悶々とした問答はさておき、本当に面白い本です。トムスさんが接した演奏会の聴衆の不思議な、奇妙な言動も笑えるけれども、自分はさてどうだろうか…と自らを省みる。世の中に音楽はあふれている。その音楽の中から、音楽を通して、トムスさんは様々な発見や問いかけをしてくる。何度読んでも面白いです。

 と、読んだのはいいが、トムスさんは一体どんなピアニストなのだろうか。演奏を聴いたことが無い。この本を読むまで、トムスさんのことも存じ上げませんでした。聴いてみよう。
by halca-kaukana057 | 2014-05-29 22:32 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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