野川

 ファンタジックでSFな作品で知られる長野まゆみさん。気にはしていましたが、今まで読んだことはありませんでした。そして、何故かこの作品で初めて長野さんの作品を読みます。


野川
長野まゆみ/河出書房新社・河出文庫/2014
(単行本は河出書房新社、2010)

 中学2年の音和(おとわ)は、夏休みに都心から武蔵野のK市に引っ越し、転校してきた。両親が離婚し、事業に失敗した父についてきた。それまでの生活とは一転した新しい環境、新しい町、新しい学校での生活。音和の担任の国語教師・河井は転入の挨拶の際、音和にこう告げる「意識を変えろ。ルールが変わったんだ」
 2学期、音和は河井や3年の吉岡から新聞部に入らないかと勧誘を受ける。新聞部は、鳩を通信員として訓練し、その鳩に通信文を託し、学校から離れたところから飛ばし、帰巣本能で学校へ戻ってくるのを受け取る、という活動をしていた。音和は新聞部に入部し、飛べない小鳩・コマメの世話をすることになる…

 読んでいて、言葉というものの力を実感する作品です。音和君の担任であり、新聞部の顧問である河井先生。作中では「ちょっと変わり者の教師」とされているが、こんな先生はどこの学校にもいてほしい、必要だと思う。実際、私も河井先生とは違ってはいるが「ちょっと変わり者」の先生方に出会い、教えられて、ここまできたんだなぁ…と思い出しながら読んでいました。
 この河井先生は、作中で生徒達にこう問う。
「どこが不足なんだ?自分の目で見たものでなければ、自分のものにならないと、本気で思うのか?」
(26ページ)

 この問いに対して、生徒達は最初は反論する。私もそうだ。これまで、自分の目で、耳で、五感で実際に触れ体験してこそ、自分はそれを見た、聞いた、触れた、と言える。 実際に自分の五感で触れていないものについて、語ったとしてもそれは誰かの受け売りでしかない。自分のものじゃない。自分で触れてこそ、意味がある。だから、行きたいところ、見たいもの、聴きたいもの、触れたいものはたくさんある。そして、それが叶えなられなかった時は酷く落ち込む。叶えられた人を羨ましく思う。自分が、自分が…自分中心なのだ。

 でも、この後に続く河井先生のお話を読んで、この自分の考えがあまりにも傲慢だと感じた。私が生きていられるのはせいぜい60年~80年。もっと早いかもしれない。長生きしたって100年。その間に、自分が触れられるものなんてたかが知れている。日本中、世界中を駆け巡り、できるだけたくさんのものに触れられたとしても、その時…その「今」にしか触れられない。空間と時間、世界は一人の人間には広過ぎるし、生きていられる時間も短い。その、どうやっても触れられない時間や空間にどう触れるか。それに触れた誰かに話を聴き、本を読む。145ページからの、音和が河井先生に体験学習でも体験できないことについて語るシーンの言葉にも表現されている。自分がちょっとだけ体験したからと言って、「知っている」「わかった」と言い切れるのか。以前、このブログで少し書いた「見える」ことは「わかる」ことなのか。見えていても、それが何なのかわからないこともある。ちょっと見た、触れた、体験したぐらいでわかるような簡単なものなんてないと思う。そこで大きな役割を果たすのが、言葉であり、伝えることである。言葉でなくても、音楽や絵などの芸術も含まれると思う。誰かの心の中にあるものを、何かに託して、表現し伝える。言葉・物語や詩、音楽や絵画などは、その人に世界がどう見えているのかを、見せてくれるものなのかもしれない。そして、それは、その人の心の中で、また違う風景として刻まれる。同じ文章を読んでも、同じ音楽を聴いても、同じ絵を見ても、人それぞれ感じ方考え方、受け止め方は異なるから。

 この作品の舞台は東京でも緑豊かな地。東京には、自然なんてないと思っていた(地方民の視点です…すみません!)。東京はビルだらけ、自然と言っても整備された、人間の手が入ったもの。狭い土地を整備して、たくさんの人々が窮屈そうに住んでいる。そんなイメージしかなかった。この物語で語られる東京…関東地方は、もっとダイナミックなものだった。地質学・地学には興味があるので、楽しく読みました。そうだ、東京だって、昔からこんな大都会だったわけじゃない。2月に東京に行った時、スカイツリーの展望台から東京・関東を一望しましたが、この本を読んでいたら、もっと違う視点で見られたかもしれないなぁ。

 音和君は、新しい町を歩き、かつての東京がどんな土地だったかを思い浮かべる。そして、そこには鳩がいる。飛べない小鳩・コマメと触れ合いながら、空からの風景を思う。
 その一方で、多感な時期に両親が離婚し、それまでとは全く異なる父との生活の中で、強くなってゆく。このお父さんも、芯のある強さを持っている。更に、新聞部の先輩である吉岡。吉岡もまた、心に暗いものを抱えていた。吉岡がそれについて語るシーン、それに対して音和が答えるシーンがとても良かった。

 音和たちが暮らす町は、ぬかるんだ道が多い。音和たちは、そんなぬかるみを心の中に持っているのだと思う。扱いがやっかいだが、とりこまれた水分はろ過され、再び沸いてくる。その土壌では、様々な植物が茂り、虫や動物達も集まる。私の心も、ぬかるみのようなものなのかもしれない。音和君たちは中学生、私はいい大人だが、きっと同じだ。

 自然や町並みの描写に惹き付けられる作品でした。言葉って、凄いなぁ。だから私は本を読むんだ。本が好きなんだ。本を読むのが好きなんだ。
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by halca-kaukana057 | 2014-07-17 22:33 | 本・読書


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