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ながい坂




「ながい坂」(山本周五郎、新潮文庫)

 かなり前に買っておいたのだけれども、なかなか読む気にならず「積ん読」状態でようやく手をつけた。読み出すと面白くて、もっと早く手をつけていればよかったなと。少し前に朝日新聞で話題になったらしく、本屋でも平積みにされていた。周五郎の本が話題になっているとはちょっと嬉しい。


 下級武士の家に生まれた阿部小三郎は、いつも使っていた小さな橋が権力者の都合で取り壊されるという出来事を屈辱に感じ、勉学や武芸に励み平侍の子どもはなかなか入れない一級の藩校で学ぶ。その後藩主飛騨守昌治(ひだのかみまさはる)に信頼されるようになり、元服して主水正(もんどのしょう)と改名し大火事や孤児対策で手腕を発揮し異例の出世を遂げることになる。その後、昌治が計画した大堰堤工事の責任者に命じられ、工事を進めるが藩主継承争いや藩内の利害関係の中で工事は妨害され、主水正は命をも狙われる。様々な困難、そして孤独に耐えながら主水正は人生を歩んでゆく。

 主水正の有能さは勿論だけれども、苦悩する姿がより活き活きと描かれていて好感。そして、登場人物たちそれぞれの「人間らしい」生き方に魅力を感じた。江戸家老の息子でありながら侍を辞めた津田大五の言葉をちょっと引用してみる。

「善悪の問題ではありません人それぞれの性分でしょう」と大五は云った、「あなたはわが藩の中軸として、いや、云わせて下さい、あなたがどう思われようと、三浦主水正はこの藩の中軸であることには変りはない、つまり、あなたは江戸の狸店(たぬきだな)にいても、国許のこの新畠(あらはた)にいても、三浦主水正その人に些かの変りも無い、私はその枠を外れているんでしょう、侍の生活よりも町人、百姓のくらしびほうがよほど好ましいんです、人間はいちようではありませんからね」(下巻196ページより)


 また、昌治の藩の家老・滝沢主殿(とのも)の息子・兵部は、今で言うエリート教育を受けてきたにもかかわらず次期家老の暮らしなど窮屈だと感じ酒におぼれる生活を送ることになる。主水正一人に重点を置くのではなく、家族や昌治をめぐる武士たち、ライバルや主水正を支援する人々などどの人物においても彼らの生き方も否定せず理解しようという描き方がされているところに感服。主水正も武士であることに誇りを持ち、昌治の邪魔をするものや命を狙う刺客に怒りを感じ頭を悩ませる一方で、彼らの生き様や信条に思いをめぐらしたりもする。一つの考えに囚われてしまうことが私は嫌いだ。でも、よく知らない間に一つの考えに囚われてしまっている時がある。そんな時のことを思い出してはっとした。

 人生を長い坂だと考え、紆余曲折を経てより人間らしく生きようと模索する主水正たちの生き様に少し励まされたところもある。私自身、今現在物事があまりうまくいっていない状態にある。もう投げ出してしまおうとか、こんな苦労をするなら今の状態のままでもいいやと思ってしまうこともある。すぐには解決できない問題、この物語では藩主継承問題や大堰の工事などを解決するにも、途中でストップしてしまったり遠回りすることもある。でも、長い坂であるならばその混沌とした状態も時間はかかっても少しずつ解決に向かうとも思える。ちょうどいい本を読んだなと感じた。

 周五郎作品はまだまだ沢山。それを読むのも長い坂のようなもの?
by halca-kaukana057 | 2006-05-27 21:49 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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