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夏のロケット

「夏のロケット」(川端裕人、文春文庫、2002 単行本は文藝春秋社刊、1998)


 北朝鮮がミサイルを打ったその日、アメリカではスペースシャトル・ディスカバリーが打ち上げられた。ミサイルとロケット。構造は同じだけれどもその利用の目的は全く違う。そんなことを考えていたらこの本ことを思い出した。川端裕人再読第2弾はデビュー作ともなった「夏のロケット」。もうね、面白くて面白くて。

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 科学担当の新聞記者・高野は宇宙オタクで、宇宙関連の記事になると熱を入れて記事を書くため、公正中立・客観報道を求める部長とはしょっちゅうケンカになっていた。そんな中、高野は過激派によるミサイル製造・爆発事件の取材を手伝うため社会部の同期・純子のもとを訪れる。その製造されていたミサイルは、なんと実際にロケットに使われているコンポジット燃料やレーザー・ジャイロを搭載したとても高度なものだった。高野は爆発現場の写真に写っていた噴射板の奇妙な形に見覚えがあり、心当たりを取材しようとする。それは高野が高校生の頃、「天文部ロケット班」で活動していた時にさかのぼる。

 高校に入学してから少しして、火星マニアである高野は隣のクラスの北見祐一に天文部に入らないかと誘われる。北見も含めロケットに興味があるメンバーがいるので、モデルロケットを作って飛ばすつもりでいるのだそうだ。部の予算を使って作る予定のため、県の作文コンクールで入賞したこともある高野の文才を見込んで広報係になって欲しいとのことだった。北見の話術に乗せられて入部した天文部ロケット班には奇妙なメンバーがそろっていた。「教授」と呼ばれている日高紀夫は、ロケットの原理にとても詳しくロケットの設計を担当した。いつも薄汚れた白衣を着ていることで変な奴と学年で噂になっていた清水剛太は手先が非常に器用で学校の壊れたいる物を次々と直すことが出来た。彼はロケットの組み立てを担当した。医者の息子である氷川京介はSF小説好きの秀才。しかし、遅刻や欠席ばかりしている。そんなメンバーと(実は非合法な)モデルロケットを作っているうち、教授の提案で本物のロケットを作ることになった。マーズと名づけられたそのロケットシリーズは失敗ばかりしていたが、メンバーたちは宇宙への夢を捨てることなく高校を卒業した。

 そして今、メンバーはそれぞれの道を進んでいる。教授・日高はロケット工学を学び宇宙開発授業団へ、剛太は材料工学を学び大手金属メーカーの研究室にいた。北見は大手総合商社に勤め宇宙開発関係の取引をしている。氷川は売れっ子ミュージシャンとなり、モデルロケット普及教会を設立していた。高野は爆発したミサイルの噴射板が教授オリジナルのものであることに気付き、ロケット班のメンバーのことを調べ始める。そして、ロケット班がかつて金属加工を頼んでいた製作所でメンバーと再会し、新しいマーズロケット・マーズ18号を作っていることを知る。それは高校生の時に作ったロケットとは桁違いの、宇宙まで飛ぶロケットだった。教授がミサイルの製造に関わっている疑惑が晴れないまま、さらに高野の後をつけてきた純子も巻き込んで高野もロケットの製造・打ち上げに加わることになるのだが…。

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 個人がロケットを手作りするというとんでもない物語だけれども、ロケットの原理や構造はしっかりと現実のものに基づいている。確かに教授や剛太の天才的能力は現実的かどうかはわからないけれども、ロケットがだんだんと出来ていく過程が目に見えるように活き活きと描かれている。ロケットというと国家プロジェクトでないと取り組むことが出来ないハイテクで最先端のイメージがあるけれども、実はきわめてローテクだったのだ。燃料を燃やしその力で飛んでいく。それだけの原理。もちろんそれだけなのだが難所がいくつもあり、試作品は失敗が続く。メンバーがそれぞれの専門の知識を出し合って改良していくその試行錯誤の過程は、かつてロケットを開発した研究者たちの姿につながっている。その過程にどんどん引き込まれた。

 このマーズ18号の打ち上げにはある目的があった。それは今の宇宙開発の現状から考えると目からうろこだ。予算やら国家プロジェクトとしての安全性やら、面倒くさいことが沢山あってそれがロケット・宇宙開発を阻んでいる。その面倒くさいことを蹴飛ばしてしまったらどうなるのか。それがこの物語だと思う。教授と剛太の並外れた能力、北見の取引の巧さ、氷川の経済支援、そして高野の世界各国の宇宙開発に関する豊富な知識と人脈があってマーズ18号が出来た。そしてそれぞれの役割や目的は異なるけれども、ロケットを飛ばしたいという情熱。小説であることはわかっているのだけれども、もしかしたら、やろうと思えば出来るかも…と思ってしまった。とんでもない騒動が巻き起こるのは確実だろうけど。

 教授のミサイル疑惑も物語の大きな核になっている。ロケットとミサイルは紙一重。メンバーのその疑惑に対する思いも様々だ。信頼しつつも複雑な思いの北見、ジャーナリストとしての見方をする高野、そんなことはどうでもいいと思う剛太、己の潔癖を証明しつつも揺れ動く教授。科学者の倫理や信念に関して考えさせられた。教授だけの問題じゃない。歴史上でも月ロケットを開発したがナチスによってミサイルに転用されてしまったフォン・ブラウン、ツィオルコフスキーよりも先にロケットの設計の論文を書いていたが手榴弾でアレクサンドル2世を暗殺したキバリチッチの例が挙げられている。ロケット開発の明るい部分だけでなく、影の部分にも考察してあるのが興味深い。

 マーズ18号の打ち上げに向かってノンストップで駆け抜ける爽快感がたまらない。ところで、個人がロケットを作るという話は他にもある。あさりよしとお作の漫画「なつのロケット」がその一つ。まだ読んではないのだけれども(そのうち読みます)、私が子どものころ「学研の科学」で連載されていた「まんがサイエンス・ロケットの作り方教えます」は大好きで夢中で読んでいた。本当にわかりやすくて面白かった。あと、映画「明日があるさ THE MOVIE」も。これも途中までしか見ていないのだけれども…。
 ああそれから「プラネテス」でもハチマキの弟九太郎君もロケットを作って飛ばしていた。宇宙まで飛ぶ自作ロケットなんてゴロゴロしている、という感じの台詞があったっけ。そんな時代がいつか来るのだろうか。


trackback for:「本だけ読んで暮らせたら:『夏のロケット』」
「Star Gazer`s Cafe:ロケッティア」
作中にも出てきますが、「ロケッティア」とは「ロケット狂」という意味。社会的に見れば「狂っている」高野たちの行動も、本人たちから見れば真剣。分かりやすい言葉だと思います。
by halca-kaukana057 | 2006-07-10 21:35 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


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