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シベリウス音楽院の凄さを探れ

 「音楽の友」6月号に「小さな音楽大国・北欧フィンランド シベリウス音楽院の指揮者教育を探る」(取材・文:池田和秀、97~100ページに掲載)というタイトルのシベリウス・アカデミーを取材した記事が載っていた。以前「フィンランド人指揮者でシベリウス」の一連の記事を書いた時、このシベリウス・アカデミー指揮科で現在世界で活躍している数多くのフィンランドの指揮者を育てたヨルマ・パヌラ教授は「神」かと書いた。フィンランドは決してクラシック音楽の中心地ではないし、フィンランド自体も小さな国。それなのに次から次へといい指揮者が出てくる。そのシベリウス・アカデミー指揮科には何があるんだ?そう思って読んでみた。

 指揮科の授業はオーケストラを実際に指揮することで行われている。オーケストラを前に授業をするのは、他の音楽学校では珍しいらしい。課題曲があり持ち時間が設定される。その中でどう演奏するかは学生に任せられている。この実際にオケを指揮する授業はパヌラ教授が始めたもの。パヌラ教授は退官してしまったが、ヘルシンキ・フィルの音楽監督レイフ・セーゲルスタムが指導している現在もこの方法は変わらない。演奏が終わった後は、録ったビデオをみて皆で検討する。教授も学生も自由に意見を言い合う。どんな表現をしたかったのか、曲をどう解釈したのか。考えを述べディスカッションする。課題曲は週ごとに変わり、1年間に扱う曲は約50曲。実践力を重視しているようだ。さらに卒業試験ではプロのオーケストラを指揮する。しかも定期演奏会での演奏であり、勿論チケットを売るし観客もいる。とにかく実践力を養われる。

 実践力を養う授業。しかも、「学生が指揮している最中に何度も止めて指導するのではなく、ただ学生にやらせておく」(98ページ中段)と言うルールがあるのだそうだ。間違っても、うまくいかなくてもそのままにしておく。失敗も経験の内、とにかく本物のオーケストラの前で自分の考える指揮を試すチャンスを与えるのがシベリウス・アカデミー指揮科の方針。

 そう言えば、フィンランドは教育の分野でも世界トップクラスにある。特に国語、読解力のレベルはかなり高いと聞いたことがある。指揮もスコアを読まなければならない。文字ではなく、音符や曲想を読み、そこで考えたことを楽員たちに指揮という特殊な「言語」で伝える。うまく伝わらなければ音楽はめちゃくちゃになってしまうし、楽員との信頼関係も崩れてしまう。普段から使っている普通の言葉、日本語であれフィンランド語であれ言葉で意思疎通を図るのにも困難は多い。「こんな時にこう言えば良い」というhow-toを覚えることでは複雑すぎて対応しきれない。指揮は音楽の世界でしか使わないし、通じないのだからもっと大変だ。だからこそ実際にオーケストラの前で指揮する経験を積む必要がある。そう考えてみれば、シベリウス・アカデミーのやり方はいたってシンプルだし当然のことのように思えるけれども、これまでなかなか実現されなかったところを見ると音楽大学のシステムとかに問題があるのかもしれないと考えた。

 フィンランドには音楽大学より先に、ムシーッキオピストという音楽学校があるのだそうだ。小学生から高校生まで、放課後に通い音楽を学ぶ。学校だから入試を受けないと入学できない。この音楽学校に通いながら普通の学校にも通い、卒業後にシベリウス・アカデミーに進学する。フィンランドでプロの音楽家になるための目標なのだそうだ。この音楽学校がフィンランド国内に88校ある。人口の少ないフィンランドでは、これだけあれば国内どこに住んでいても音楽学校に通うことが出来る。音楽学校の運営費は国と自治体が補助する。さすが小学校から大学院まで教育費は無料の北欧民主的福祉国家。そしてこんなに国が音楽教育に力を入れている理由は、シベリウスの音楽がフィンランド独立のシンボルとなり、大きな役割を果たしたからだそうだ。「フィンランド国民にとってシベリウスの音楽は母乳のようなもの」と、NHK音楽祭2005のインタビューでオラモが言っていたのを思い出した。国民的文化となっている音楽の教育に国が力を入れないわけがない。国が小さいから、隅々までいきわたり易く効果が出やすいというのもあるんだろうなぁ。

 どうやらシベリウス音楽院の強さは教育制度(教育方針)と音楽に対する国民の意識にあるらしい。フィンランド特有の環境も一因となっている。他の国で真似しようとしても、そのまま導入するのではうまくいかないかもしれない。でも、国が何を大切にするべきなのかという意識は参考にした方がいいと思った。音楽に限らず、様々な分野においても。

 ちなみに、この「音楽の友」の記事を書いた池田さんのブログはこちら。その取材した時のことを書いた記事もありました。
by halca-kaukana057 | 2006-08-08 18:14 | 音楽

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by 遼 (はるか)
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