村田エフェンディ滞土録

 少し前から気になっていた、梨木香歩さんの作品です。梨木さんの作品の雰囲気が好きです。


村田エフェンディ滞土録
梨木 香歩/角川書店・角川文庫/2007

 1899年、トルコの首都スタンブール。日本人留学生の村田はイギリス人のディクソン夫人の家に下宿していた。下宿には同じく考古学を学ぶドイツ人のオットー、ギリシャ人のディミィトリス、さらに夫人の使用人のムハンマド、ムハンマドが拾ってきた鸚鵡がいた。彼らやトルコにやってきた他の日本人たちとのささやかな暮らし、下宿先で起こる奇妙な出来事、考古学のこと…村田はトルコでの生活を心から楽しんでいた。しかし、村田たちは歴史の渦に巻き込まれようとしていた…。

 100年前の日本人留学生から見た、トルコという西と東の文化の交じり合う土地。それはとても魅力的だ。私は高校の頃世界史を選択し今でも世界史ネタには目がないのだが、その世界史で勉強した話題がドンドン出てくる。シュリーマンに対するヨーロッパ諸国と現地の人の見方の違い、村田がオットーと一緒に遺跡の発掘をするシーン。栄枯必衰の過去の遺産とわかっていても惹かれる不思議。考古学好きにはたまりません。

 ムハンマドが拾ってきた鸚鵡がこの作品の鍵。「友よ!」「いよいよ革命だ」「失敗だ」「もういいだろう(It's enough!)」などと絶妙のタイミングで叫ぶこの鸚鵡。トルコ、イギリス、ギリシア、日本…と全く違う文化・宗教の国々から集まった住人たちが、この鸚鵡によってつながってゆく。議論になっても、お互いの信頼関係はさらに深まる。きっと現代でも留学生はこういう体験をし、こんな気持ちになるのだろう。100年前、留学することが稀有な時代ならなおさらだ。また、違う国から来た者同士が、その国の文化・自然を楽しむ機会も貴重だ。第12章「雪の日」での村田・オットー・ディミィトリスの雪遊びシーンが印象に残る。雪遊びなんて珍しいことじゃない。でも、異国での、見知らぬ国から来た者同士での雪合戦の楽しさと言ったら!言葉を超える心の交流…と言ったらいいのだろうか。国によって違うもの、普遍的なものを感じることが出来た。

 ディクソン夫人の舘で起こる数々の奇妙な出来事も読みどころ。梨木さんの作品の、こういうファンタジーではないのだけれど現実を超えた体験はいつも興味深い。異文化交流をしているのは人間だけではない。人間よりも激しく反発しあっているけれども、それはデリケートなものであることの証拠。その騒ぎに対して村田がタンカを切ったシーンがなぜか笑えた。

 そして、歴史の渦に巻き込まれてゆく村田たち。帰国する村田と、オットーやディミィトリス、ムハンマドの運命、ディクソン夫人の手紙、そして鸚鵡の行方。トルコでの日々を思い出し、ディクソン夫人からあるものを送られた村田のラストシーンで涙してしまった。国に起こった出来事は、歴史として後世に語り継がれるであろう。遺跡として発掘され、発掘品も大切に受け継がれてゆくだろう。だが、その国に暮らしていた人々のことは…?人々の暮らし、人々の感情、思い出。それは国境も時空も越えるものだけれども、歴史には残らないかもしれない。それでも、誰かの心にその記憶が残るのなら…。村田の心にも、深く深く刻み込まれたトルコの思い出。もうトルコには行けなくても。ああ、あのラストシーンを思い出すだけで泣けてくる…。

 梨木さんの作品は言葉・表現も豊か。その中で、効果的に使われているのがこの2つ。
まずはラテン語で「楽しむことを学べ」という意味の「Disce gaudere(ディスケ・ガウデーレ)」。鸚鵡がしゃべったセネカの言葉。
そしてディミィトリスが言った、テレンティウスの言葉である「私は人間である。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない。」
どちらも村田のトルコでの経験を表す、いい言葉だと感じる。
ちなみにタイトルの「エフェンディ」とは学問を修めた者に対する敬称。さらにこの作品、梨木さんの「家守綺譚」という作品ともシンクロしているらしい。こっちも未読。読んでみよう。

 梨木さんと言えばこの作品もお忘れなく。
「西の魔女が死んだ」
 学校に行けなくなった少女・まいとそのおばあちゃんの心の交流を描く。本編も好きですが、同時収録された番外編も好きです。
「からくりからくさ」
 「村田エフェンディ滞土録」に似た雰囲気。でも、人と人とのつながりはもっと濃い。とにかく不思議な作品。
「りかさん」
 「からくりからくさ」の元となった作品。少女・ようこと人形のりかさんの物語。梨木ワールドの奥深さを実感。
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by halca-kaukana057 | 2007-08-30 21:54 | 本・読書


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