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若田光一 日本人のリーダーシップ ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験Ⅱ

 来月7日、大西卓哉宇宙飛行士が国際宇宙ステーションへ向けて出発します。日本人宇宙飛行士がISSで長期滞在し、仕事をするのが珍しくなくなってきた現在。そのJAXAの新たなる目標は、「日本人からISSのコマンダー(船長)を出す」こと。2013年11月から2014年5月までISSに滞在し、後半の3ヶ月間、日本人で始めてのISSの船長となった若田光一宇宙飛行士に密着取材、のちにNHKスペシャルとして放送されたものの新書版です。

若田光一 日本人のリーダーシップ~ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験II
小原健右・大鐘良一/光文社・光文社新書/2016

 著者の2人は、5期生の選抜試験を取材した「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」のコンビ。今度は若田さんのコマンダーとしての訓練、若田さんが何故コマンダーになれたのか…について取材しています。前回の新書と同じく、NHKスペシャルとして放送されたものよりずっと内容が濃い、放送されなかったものもかなりあります。ただ、ISSでの火災訓練の箇所は、映像で観たほうがわかりやすい、文章だとイメージし難いなとは思いました。

 若田さんは、コマンダーとして仕事する上で「和の心」をモットーに掲げていました。日本人らしいリーダーシップ、協調性や思いやり、コミュニケーションを大事にする船長になりたい、と。ISSのコマンダーは、いわば「中間管理職」。ISSのクルーたちと、地上の管制との架け橋となる。何かあった時はクルーを、ISSを守らなくてはならない。そのコマンダーは、予想以上に過酷な、厳しい立場に立たされる役職だったのです。
 ISSでの火災を想定した緊急対処訓練の箇所は、Nスペで観た時も、パニックで冷静さを欠いている若田さんに、コマンダーになるのは大変なことなんだと感じました。普段は笑顔で、朗らかで思いやりを忘れない若田さんも、こんなに混乱して窮地に立たされ、失敗し険しい表情をすることもあるのか、と。本だとその訓練の過程が細かく、じっくりと読めます(でも映像が無いのでイメージし難い)。一緒にフライトをするアメリカ・ロシアのクルーたちも、若田さんに負けないレベルのエリート宇宙飛行士たち。これまで、コマンダーが軍出身者が多かった理由も書かれています。若田さんは技術者出身。だからこその強みはあります。が、危機的状況でコマンダーとしてどう行動したらよいか、軍出身者は元から違うというのにはなるほどと思いました。勿論、訓練を重ね、コマンダーとして成長し、力をつけていくことは出来ます。

 この訓練の様子を読んでいると、5期生(油井・大西・金井飛行士が選抜された)の選抜試験のことを思い出します。ありとあらゆる場面で緊急事態を想定した指令を出し、その際の受験者達の反応や行動、どう対処するかを見る。選抜され宇宙飛行士候補者になることがゴールではなく、そこが本当のスタートラインなのですが、やはり選抜の時点から素質は見抜かれていくのだなと感じました。…ちょっと怖いです。

 若田さんがコマンダーになることができた理由のひとつが、先輩宇宙飛行士たちやNASAの技術者たちからの厚い信頼。過去に一緒にフライトをした先輩宇宙飛行士や、訓練で一緒になった技術者たちは、若田さんの人柄に好意を抱き、一緒に宇宙飛行をしたい、この人がコマンダーなら一緒に働きたい、と若田さんを推し、コマンダーへの第一歩となるNASAの宇宙飛行士室「ISS部門長」の役職に1年半ついていた。ISSに送り込む宇宙飛行士にいつどんな訓練をさせるのか、各国の宇宙機関と連携して調整すること、人事にも携わる。宇宙飛行士たちをどう訓練し、育成させるのか。全体を見渡す力が養われる、若田さんご自身も「大変な仕事だった」と振り返る。このISS部門長に関しては、Nスペではカットされてしまったという。この本でも、もう少しページを割いてもよかったと思う。

 若田さんは協調型のコマンダーを目指していたが、時にはキッパリと命令するトップダウン型のコマンダーであることも必要、とある。また、クルーのために地上の管制に強く訴えることもある。クルーが一番よく仕事が出来るように取り計らう。補給船の打ち上げの遅れで、クルーのボーナス食がISSに届くのが大幅に遅れた際、地上に何度も掛け合い、ソユーズ宇宙船に載せてもらったというエピソードは、若田さんの思いやりと、キッパリとした態度の両方があってこそのものだった。また、2014年2月に起きた、ロシアと欧米諸国のウクライナのクリミアをめぐる対立の際も、若田さんはアメリカとロシアのクルーの間のわだかまりを解くよう尽力した。一緒にご飯を食べ、話し合いながら、ISSという国際協調の方向性を確認できた、と。この時、私は若田さんが、日本人がコマンダーで本当によかったと思っていた。若田さんの和の心が、ISSに和をもたらした。

 この他にも、子どもの頃の若田さんのエピソードなども語られます。やはり、宇宙飛行士は「成長するもの」なのだなと実感します。また、油井亀美也宇宙飛行士のフライトや、スペースX社についても語られています。あと少しで打ち上げられる大西さんは、ISSでどんな仕事をするのか、楽しみに応援したいです。

【関連過去記事】
ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験
宇宙飛行士という仕事 選抜試験からミッションの全容まで
宇宙飛行士の育て方

・若田さんのフライト中のブログ記事:タグ:Exp.38/39
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by halca-kaukana057 | 2016-06-28 21:54 | 本・読書

宇宙飛行士という仕事 選抜試験からミッションの全容まで

 昨年末から今年初めにかけて、宇宙飛行士に関する新書が2冊出ました。どちらも、宇宙飛行士を「仕事」として捉え、その「仕事」に迫っている。そのうちの1冊。


宇宙飛行士という仕事 - 選抜試験からミッションの全容まで
柳川孝二/中央公論新社・中公新書/2015

 筆者の柳川さんは、旧宇宙開発事業団(NASDA)で国際宇宙ステーション計画の立ち上げに関わり、JAXAになってからは有人宇宙利用ミッション本部・有人宇宙技術部部長に。2008年の宇宙飛行士候補者選抜試験も担当。日本の宇宙飛行士たちをそばでずっと見守り続け、日本の有人宇宙飛行を支えた方。


 このブログで、私は宇宙へ行くこと、宇宙飛行士という仕事が、地上のものの延長線上にあるという認識が広まればいいとずっと思っている。地上での暮らし・生活や仕事を伸ばしていくと、宇宙・国際宇宙ステーションでの暮らしや仕事にたどり着く。そして、その延長線が徐々に短くなっていけばいい、と。日本人宇宙飛行士の活躍で、その延長線は短くなってきていると感じている。でも、宇宙飛行士は具体的に何をしているのか、どんな訓練をしているのか、日本人飛行士の活躍の裏に何があるのか。よくわからないことも多い。

 この本はそんな、宇宙飛行士とは、宇宙飛行士の訓練や仕事について、歴史を踏まえて書かれた本。全体を大まかに見るのに適している本だと思います。
 宇宙飛行士と言っても、黎明期のガガーリンやマーキュリー・セブン、アポロ計画、スペースシャトル時代、国際宇宙ステーション建設期、そして現在の長期滞在ではタイプが異なる。日本人飛行士でも世代、何期生かで異なる。日本人飛行士の歴史、軌跡についても書かれていますが、訓練も何もかも手探り状態だった第1期生(毛利さん、向井さん、土井さん)の初期の訓練や飛行についてもう少し詳しく書いて欲しかったと思うところ。

 この本でメインに語られるのは、現在のISS長期滞在宇宙飛行士の仕事。選抜試験についても、あのNHKが取材した2008年の第5期生の時のことを詳細に書いています。先述のとおり、柳川さんは2008年の選抜試験の担当者。NHKの取材とはまた違う担当者ならではのエピソードも出てきて、選抜試験で何を見ているのかがよりわかります。
 訓練についても、ひとつひとつ細かく書いています。ISS長期滞在で、JAXAが目標としたのは、日本人飛行士からISSの船長(コマンダー)を出すこと。その候補を若田光一宇宙飛行士に決め(本人も希望するかどうかを尋ねた上で)、NASAやロシアと交渉、若田さんも船長になるための訓練やキャリアを積んでいく。ISSに搭乗するための交渉の舞台裏は面白い。日本はISSで何をするのか、何を提供するのか。「きぼう」日本実験棟や輸送船「こうのとり」(HTV)が強みとなっていく。そして若田さんを船長にするために、どう推していくのか。自己主張をはっきりしないと、欧米の人は取り合ってくれない。毅然とした交渉にドキドキする。若田さんはISS運用ブランチチーフに就任。これが船長になるのに重要な仕事だった。訓練だけでなく、管理職…地上での「コマンダー」を経験することが、ISSでの船長(コマンダー)へ近づく一歩。巻末にも若田さんのインタビューがあり、ISS運用ブランチチーフの経験は船長になる上で役立った、と言っている。コマンダーにアサインされてから、コマンダーの訓練を始めるのは遅い、とも。若田さんは、さらに日本人コマンダーを輩出するために行動を開始しているという。このような交渉も、努力なのかなぁと思う。

 来月、大西卓哉宇宙飛行士がISSへ向かう。第5期生2人目の初飛行。大西さんはインタビューで、地球の写真を撮って「きれい」というのはやり尽くした。どんな生活をしているのか、失敗したことも、着飾らず、ISSで何をしているのか紹介したい、と言っている。宇宙飛行士の視点、どこを向いているのかが変わってきていると確実に思う。大西さんのそんなISSからのレポート、ミッションが楽しみです。
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:DHBR Featureインタビュー:日本の期待を背負うプレッシャーも、楽しさもある —JAXA宇宙飛行士・大西卓哉


 もう1冊はこの本。若田さんの船長の仕事について、さらに深く掘り下げます。

若田光一 日本人のリーダーシップ~ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験II~ (光文社新書)

小原健右・大鐘良一 / 光文社


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by halca-kaukana057 | 2016-05-21 22:39 | 本・読書

海とドリトル 4 [最終巻]

 これまた何月に買って読んだんだっけ…という漫画の感想を…。


海とドリトル 4 <完>
磯谷友紀/講談社・KC KISS/2016

 大学4年の夏。烏丸研は毎年恒例のフィールドワークへ。その前に、七海はクジラにロガーを付ける時の捧を改良したいと考えていた。ロガーを付ける際に過って海へ落ちてしまった経験から、安全に確実にロガーをつけられるようにしたいと棒や吸盤を研究室に入りびたりで試していた。そんな七海を研究者向きだと見ていた烏丸。そして、卒論前の小笠原でのフィールドワークが始まった。七海はあのマッコウクジラに出会いたいと願っていた…。


 いよいよクライマックスです。七海の大学生としての研究もクライマックス。卒論へ向けて、フィールドワークが始まります。ロガーを安全に効率よくクジラにつける方法・仕組みを考え、試していた七海。研究者は調べるための道具も作らなければなりません。でも、それも楽しいと取り組む七海。烏丸先生が研究者向きだと思うのも頷けます。改良ロガー付け捧も見事完成。大活躍です。

 一方、七海と戌飼の関係…こうなりましたか…。離れてしまっては、恋よりも研究。2人にとってはこれでよかったのかもしれません。その後の七海ですが、ネタバレになるので書けません。そう来るか!そう来たか!?驚きでした。4巻はそれが大きな柱となってくるのですが、ネタバレになるので書けません。

 烏丸先生の子どもの頃の回想が興味深かった。研究の第一歩は、相手を知りたい、それが何なのか知りたいという気持ちから始まるのだろう。

 海洋生物研究の道に進んだ七海。烏丸先生や陸男さん、戌飼さんも。海洋生物研究は「観察すること」が第一。普段は見えないものを見たい。より詳しく観察するために、クジラや海鳥にロガーをつけ、ウミガメを飼育する。じっくりと見て、その生物が何をしているのか、何のためにそのような行動をとっているのか、観察するうちにその生物に思い入れも出てくる。七海が出会ったあの大きなマッコウクジラのように。観察することに感情は必要か。必要かもしれないし、余計な思い入れは必要ないのかもしれない。でも、長く見ていくうちに思い入れも出てくる。その生物の行動がよりわかった時、愛着も沸くかもしれない。その生物を面白いと思って見ている時点で既に、何らかの感情を持っているのかもしれない。例えば、研究対象のクジラが恋人というように。

 その観察したい、よく見たい、よく知りたいという感情は、人間が相手でも当てはまるのだろう。面白いヤツだと興味を持って、その人の行動を見ているうちに、どんどん気になり、「好き」になっている。恋愛感情に繋がることもある。恋愛感情も、相手をよく知りたい、ずっと見ていたいという感情が働く。そして、その人の新たな面や、好きだと思っている面を見て、より愛しいと思う。行動生物学と恋愛感情は似ているのかもしれない。

 卒論も無事に提出し卒業、そして更なる研究者への道へ進んだ七海。1巻で落ち込んで、行き場を見失っていた七海が、自分の道を見出した。物語は終わってしまうが、七海や陸男さんのように研究者の道を進んでいる学生さんは沢山いる。彼らの学問の道が喜びあふれるものであればと思う。

 番外編は川名さんと陸男さんのお話。川名さんの父は厳しい研究者の道をあきらめてしまった。川名さんはそんな父のことを見ているので、七海たちとは立ち位置が違う。でも、親子で新しい道を見出したよう。陸男さんは烏丸研のお母さん的存在だと思っていたら、そんな面があったのですか…。これも面白い。

 海洋生物研究を舞台にした、面白い漫画でした。ありがとうございました!

・3巻:海とドリトル 3
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by halca-kaukana057 | 2016-05-10 22:05 | 本・読書

ヴィンランド・サガ 17

 この漫画を買ったのはいつだろう…またしても遅れに遅れて感想書きます。

ヴィンランド・サガ 17
幸村誠/講談社・アフタヌーンKC/2016

 ギリシアを目指すトルフィン一行。ノルウェー、ベルゲン近郊の「凪の入り江」で女猟師のヒルドに出会う。ヒルドはトルフィンたちに熊の鍋をふるまうが、トルフィンを弩(いしゆみ)で狙い撃とうとする。ヒルドは子どもの頃、村がアシェラッドたちに襲われ、父はかつてのトルフィンに殺された。トルフィンに復讐するチャンスと考えたヒルドは、トルフィンに熊の鍋に入れた毒の解毒剤が欲しければ一人で森に来い、と言う。トルフィンは言われるとおり、武器も持たず一人で森へ行く。ヒルドに過去を詫び生きて罪を償いたいと訴えるトルフィンを、ヒルドはじっと見つめていた…。

 16巻で登場した女狩人のヒルド。表紙はヒルドさんです。金髪碧眼、弩を持ってカッコイイですが、心の中はトルフィンへの復讐で燃えています。
 父は大工で、ヒルドの村は船を造っていた。ヒルドも大工・設計の才能があり、水車を動力源とした自動のこぎりも設計するほどの腕前。ヒルドも子どもの頃から普通の女の子とはちょっと違う子だった。その辺り、そのうちグズリーズと分かり合えそうな気がする。父はヒルドの才能を認め、好きなように生きろと言い、幸せな生活を送っていたのだが…アシェラッドたちの襲来で全て壊された。アシェラッドの標的はヒルドの父。そのヒルドの父を、かつてのトルフィンが殺した。「オレが狩る側で、お前らが狩られる側だ」(91ページ)という言葉を残して。かつてのトルフィンが言いそうな言葉です。その一方で、ヒルドの父は、恨みと憎しみに押しつぶされそうになったら、「人を赦しなさい。赦す心だけがお前を救ってくれる」(77ページ)とも。

 その後、ヒルドは何とか生き残り、狩人の「師匠」に助けられ、狩人になろうと狩りを学ぶ。しかし、女の力では弓を引くのは困難。破壊力のある弩も、装填するのにやはり力が要る。女の腕力でも扱いやすく、装填も素早くできる弩を設計し、造り、実用化する。ヒルドさん凄い。師匠も、ヒルドの怒りや憎しみを読み取り、それを捨てろと言っていた。その師匠も、熊に襲われてしまう…。
 このヒルドさんの回想シーンは読んでて辛かった。

 そして現在。森の中でトルフィンを「狩ろう」とするヒルド。かつてトルフィンに言われた言葉を、そっくりトルフィンに返している。これも辛い。一方で、トルフィンは武器も持たず、ヒルドに今の自分を伝えようと必死に駆け回る。トルフィンが心を入れかえたことをずっと理解しているエイナルや、トルフィンに助けられたグズリーズたちも、今のトルフィンは違うと訴える。この物語…「プラネテス」でも幸村先生の物語には「愛」がテーマとして出てきますが、トルフィンも「愛」(キリスト教においての)を持っているし、エイナルやグズリーズ、レイフのおじさんたちからも「愛」を受け取っている。かつてのトルフィンも、今のヒルドと同じように、父・トールズをアシェラッドに殺され、復讐に燃え、怒りと憎しみだけで生きていた。それだけで生きるのは苦しい。人を苦しめ、自分も苦しむ。それがヒルドに伝わればよいのだが…。ヒルドさん強いです。改良した弩が凄い。トルフィンの想像以上。それでも無抵抗で立ち向かってゆくトルフィンも強いです。

 でも、ヒルドさんも「愛」を受け取っていた。父、師匠から。ラストのシーンがよかった。奴隷をしている間、憎しみや怒りから解放されていった(それでも、今でも多くの人々を殺したことでうなされている)トルフィンのように、ヒルドさんもその怒りや憎しみが和らいでいけば…と思う。復讐相手を目の前に…ってやっぱりかつてのトルフィンと同じだ。今後のヒルドさんに注目です。

・16巻:ヴィンランド・サガ 16
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by halca-kaukana057 | 2016-05-05 21:57 | 本・読書

耳の渚

 読むクラシック音楽もいいものです。クラシック音楽エッセイを読みました。

耳の渚
池辺晋一郎/中央公論新社/2015

 かつての「N響アワー」、クラシック音楽ダジャレでお馴染みの作曲家・池辺晋一郎先生によるエッセイです。読売新聞夕刊に月一で掲載していたものをまとめた本です。2000年に始めて、2015年の分まで収録。15年。15年でクラシック音楽界も随分と変わりました。その変化も思い出しながら読みました。

 聴いた音楽のこと、知り合った音楽家とのこと、作曲・作曲作品の演奏会でのこと、日本国内や海外のクラシック音楽事情、観た舞台や映画のこと…話題は多岐にわたります。でも、どれも音楽と繋がっている。音楽は様々なもの、この世にあるあらゆるものと繋がっている。それを実感します。

 また、音楽の懐の広さも実感します。朝比奈隆先生が「楽譜に忠実に」指揮することを信条としておられたのに、実際の演奏では楽譜と違う演奏をしていたことに関して、楽譜というものがどんなものか、そして音楽は生もの(なまもの・いきもの)なんだなと思う。「楽譜は絶対の答えではない」。浜松国際ピアノコンクールを聴いた話でも、そんな楽譜をどれだけ読み込んで演奏に反映できるか。
楽譜という不完全なものを超えて、そこに自分の音楽を確立させ、説得力ある主張を貫徹させる(233ページ)

クラシック音楽というと、何かと堅苦しいイメージがあるが、このあたりを読むと、やわらかく懐の広く深いものなのだなと思う。「音楽の父」と呼ばれるJ.S.バッハも、"神格化"されて迷惑だったのではないか、とも。オペラも大きなものだけでなく、小さな「人民のオペラ=フォルクスオパー」をやりたい、と。池辺先生の代名詞「N響アワー」についても語られていて、クラシック音楽はこうあるべき、コンサートには音楽だけがあるべき、という概念を捨て、アットホームな雰囲気を目指した。
棚の上に鎮座している「音楽」をこたつに持ち込んでしまえ。(173ページ)
現役の作曲家の先生がおっしゃるのだから心強い。

 海外のクラシック音楽事情では、ベネズエラのエル・システマとグスターボ・ドゥダメル、フィンランドの指揮者・作曲家、シベリウス音楽院やフィンランドのオーケストラの取り組みも紹介されている。フィンランドクラシック好きとして嬉しい(シベリウスがフィンランドから年金を貰って、晩年作曲をしなかった…と書かれていたのは残念。自己批判が強くなり過ぎて書けなくなってしまった)。そのフィンランドで演奏会を聴きに行った時のエピソードも興味深い。客席には様々な人がいるが、皆聴くことに集中している。「集中の相乗」「芸術の享受」「同じ時、同じ場所に居る者の連帯」(151ページ)…フィンランドの聴衆の音楽の受け止め方が、フィンランドのクラシック界の盛況に繋がっているのかもしれない。

 池辺先生の作曲の話も面白い。同時進行で作品を仕上げるのがいいのかどうなのか。エジプトのオーケストラのために作曲した話。オペラ「鹿鳴館」の作曲。「鹿鳴館」は作曲者の手を離れ、意図を超えて成長しているというのも面白い。作曲家ならではの視点。大河ドラマでも音楽を手がけていた池辺先生。ドラマの音楽の話、そして「音楽にも注目して欲しい」と。大河ドラマの音楽は私もとても重要だと思っています。また池辺先生が音楽担当にならないだろうか。なって欲しい。

 音楽を様々な方向から楽しめるエッセイです。最後に、エッセイではダジャレはあまり出さないのかな…(寂しい)。
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by halca-kaukana057 | 2016-03-25 22:23 | 本・読書

フィンランド 白夜の国に光の夢

 図書館で見つけて、面白そうだと借りてきた本。タイトルだけで気になりました。


フィンランド 白夜の国に光の夢 (世界・わが心の旅)
石井幹子/日本放送出版協会/1996

 NHKBS2で放送された「世界・わが心の旅」シリーズのフィンランド編の書籍化です。番組は見たことはありません。照明デザイナーの石井幹子さんが大学卒業後の1965年、北欧デザインを紹介した本を読んだことがきっかけで、フィンランドで働きながら留学したいと考える。特に気になった女性デザイナー・リーサ・ヨハンソン・パッペさんの下で照明デザインの勉強をしたいとフィンランドへ。ヘルシンキにある、ストックスマン・オルノ社で働きながら、フィンランドの自然や人々、そして光に対するフィンランド人の感性に触れ暮らす毎日。


 本を読んで、これは番組を観たかったなぁ。本にも写真はいくつが掲載されているのですが、季節や時間で変化する光とヘルシンキの町並み、石井さんがどのようにデザインの仕事を手がけていったのか、作られた照明器具などは映像で観たかった。書籍では、石井さんがフィンランドに仕事をしながら留学した時のこと、フィンランド人の光に対する捉え方や暮らし、番組で30年ぶりにフィンランドを訪れたエッセイになっています。

 北欧デザインというと、フィンランドだとマリメッコのようなカラフルなテキスタイル、アルテックのような木のぬくもりを感じられるシンプルな椅子、イッタラやアラビアのような生活に溶け込む食器を思い浮かべますが、照明も忘れてはいけません。石井さんがフィンランドに留学した後の作品ですが、ハッリ・コスキネンの「ブロックランプ」…氷のようなガラスに電球を閉じ込めたようなライトなど、やわらかくあたたかい光を演出するデザインの照明機器が多いです。シンプルで、木やすりガラスを使っているあたりは日本と似ているような感じもします。そんな照明デザインがどのように生まれたのか。フィンランドの人々の暮らし、フィンランドの気候にヒントがありました。

 春分を過ぎ、昼の時間が長くなってきましたが、夜の時間が長く、さらに雪雲で日照時間も少ない冬場は暗く、冬季うつ病になりやすい…わかります。雪明りでまだ明るいとも思えますが、吹雪の日は本当に暗い。さらに寒い。これだけでもう気分は落ち込み、憂鬱になります。北日本でもこの有様なので、フィンランド・北欧諸国ではもっと厳しいのだろうなと思います。冬をなるべく明るく暖かく過ごそうと、照明やキャンドルで光を演出し、大事にするフィンランドの人々。一方、夏になり、白夜の季節でも、その明るさの中で思う存分楽しむ。自然の中の光と闇の狭間で、フィンランドの人々の光への感性が磨かれていくのだなと感じました。

 その照明も、ただ明るくすればいいというものではない。日本のような蛍光灯の白い明るさの強い照明で部屋を均一に明るく、というのはない。間接照明でやわらかく、本を読む時など明るい照明が必要な時はライトでそこだけを明るくする。闇を全否定しない。暗い冬の長い夜、光で闇を一切なくすのではなく、共存している感じがある。グラデーションを大事にしている。

 フィンランドの人々との出会いや彼らの暮らしにも書かれています。サウナや、家で食事に頻繁に友人たちを招く。現在と同じように、1960年代から既にフィンランドは女性の社会進出が盛んな国だった。また、スウェーデン語系フィンランド人についても触れています。あと、旧ソ連との関係も。1960年代、冷戦真っ只中です。

 30年後に石井さんがフィンランドを訪れて向かったのは、フィンランディアホール。アルヴァ・アアルト設計のヘルシンキの名所です。かつてはフィンランド放送響、ヘルシンキフィルの拠点となっていましたが、音響が悪いとずっと言われてきました…。そこで現在は、サントリーホールの音響も手がけた永田音響設計による、ヘルシンキ・ミュージック・センターが出来、2つのオーケストラの拠点であり、シベリウス音楽院でも利用し、ヘルシンキの演奏会・音楽界の拠点になっています。とはいえ、やはりアアルト設計のあの白い内壁のデザインは美しいなと思います。照明の関係で譜面台にひとつずつライトが付いているのも、演奏する側からはどうかわからないのですが素敵。まさに光と暗さを共存させている。この2つのホールの証明の使い方を見ると、とても対照的だなと感じます。

 石井さんは旅の締めくくりにロヴァニエミ、ラップランドへ。オーロラを見て、「光のシンフォニー」と。フィンランドはやわらかな光と共に暮らしている。そんなフィンランドに、またさらに惹かれました。
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by halca-kaukana057 | 2016-03-23 22:27 | 本・読書

Im ~イム~ 3

 漫画の感想がまた溜まっています…。


Im ~イム~ 3
森下真/スクウェア・エニックス、ガンガンコミックス/2016


 マガイが生まれる原因となったジェゼル王子と、ジェゼル王子を守ろうとした行動が裏目に出てマガイを世界中に広めてしまったイム。封印されるまでの経緯を語り、コンスはイムに「記憶抹消魔法」でジェゼル王子の存在そのものを消し、マガイも消せと命令する。親友の存在を消す…イムにとっては酷なこと。陽乃芽は反発する。明日エジプトに帰るために迎えに来ると言って去るコンス一行。イムは朝早く出かけていった。
 一方、マガイ退治をしていた晴吾は突然何者かに襲われる。そして、ジェゼルとの思い出、誓いを回想していたイムの目の前に現れたのは、封印されているはずのジェゼルだった。親しげにイムに話しかけてきたが…。


 表紙はジェゼル。ですが、2巻と雰囲気は全く異なります。2巻でイムとジェゼル、マガイがどうして生まれたかも明らかになりました。マガイ退治のための神官団の現在も。さらに、マガイを崇拝し、ジェゼルを祖と崇める人間も存在することも。ジェゼルを守れず、マガイを生んでしまったことを思い悩むイム。しかし、イムは自分が守るべきなのは今生きている人…陽乃芽たちだとも考えている。イムの苦悩の深さは計り知れません。

 そんなイムの目の前に、ジェゼルが…!?しかも、イムと駆けつけた晴吾に攻撃をしてくる。大バトルシーンの迫力がたまりません。死闘の間にも、イムは自分が何をすべきか考える。

 2巻の感想で、この漫画のテーマは友情と、何かの犠牲の上に何かは成り立っているということなのかなと考えました。何かの犠牲…ジェゼルは世界を守るために生贄となり、イムはそれを執行するための神官という宿命。2人は宿命の犠牲になっている。自由に自分の生き方を選べない。陽乃芽が8年間、一言も発することができず孤独な毎日を過ごしていたのも。しかし、陽乃芽やこぶしはイムに助けられ、自由になった。自由とは自分で何かを選ぶこと。それが残酷なことだったとしても。かつての親友と戦い、トドメをさすことになっても。
 自由と何かの犠牲になること。これもこの漫画の大きなテーマのようです。

 イム・晴吾とジェゼルの戦いに、コンスも参戦。コンス…ではなく、コンスの護衛のセドとラト。この3人も古代エジプトの神話が元になっています。この2人、とにかく強い。イムも強かったが、ジェゼルを倒すことはできなかった。コンスはこのジェゼルが何なのかを見破り、セドとラトが追い詰める。コンスのキャラが面白い。俺様キャラの一方で、イムを何かに利用しようとしているのか…実は腹黒いのかもしれない。コンスはこれからも注目です。

 第11話、バトルもひと段落し、日常パート。イムが陽乃芽の学校に…!?イム、さすがは大神官。教科書をちょっと見ただけで現代の学問も全て習得。おそろしい(羨ましいw)。一方陽乃芽は、進路希望調査で悩む。ここでも、選択できる自由が大きな鍵になります。イムが陽乃芽に言った言葉がとても好きです。イムは見た目は少年ですが、やはり古代エジプトから来た大神官。その後のエジプトで起こったことも知りません。そして、全て終わって、現代にもし生きられるなら…。イムの笑顔、また見ることができるだろうか。いい笑顔です。
 この11話には、古代エジプト神話の神がちょっと登場します。何かと話題の…メジェド神。「メジェド様」、私もほしいです!w

 イムの新たな、いや、本当の戦いが始まりました。これからどうなるのか。4巻が楽しみです。4巻では、また古代エジプトの有名な人が出てくる予定。

【過去記事】
・1巻感想:Im ~イム~ 1
・2巻:Im ~イム~ 2
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by halca-kaukana057 | 2016-03-10 23:14 | 本・読書

ポホヨラの調べ 指揮者がいざなう北欧音楽の森

 昨年のシベリウス&ニールセン生誕150年メモリアルイヤーには、この2人に関する著書もいくつか出版されました。そのひとつがこの本。


ポホヨラの調べ 指揮者がいざなう北欧音楽の森
新田ユリ/五月書房/2015

 書名の「ポホヨラ(pohjola)」は、フィンランド語で「北、北国、北の方」という意味。シベリウスの管弦楽曲に「ポホヨラ(ポヒョラ)の娘」op.49がありますね。フィンランドの民族叙事詩「カレワラ」で、老賢者ワイナモイネンが出会った北の方に住む娘に求婚する物語をモチーフにした作品。この本の場合は、北欧、シベリウスのフィンランド、ニルセンのデンマーク、さらに、ノルウェー、スウェーデン、アイスランドも含みます。

 著者の新田ユリさんは、フィンランド人指揮者・オスモ・ヴァンスカ氏に師事、フィンランドでシベリウス、ニルセンをはじめとする北欧音楽に接し、研鑽を積んでこられた方。日本人指揮者の中では北欧音楽のエキスパートのひとり。シベリウス専門アマチュアオーケストラ・アイノラ響でシベリウス作品を指揮するほか、あちこちのオーケストラで北欧作曲家作品を指揮されています。

 そんな新田さんが読み解く、シベリウスとニルセンの作品。各作品の作曲経緯、その頃のシベリウスとニルセンはどんな生活をしていたか、スコアの読解…などは他の本にも書かれています。この本の読みどころは、指揮者視点、フィンランドで学び、北欧作品に深く接してきた新田さんの視点。オーケストラのスコアにほとんど馴染みのない私には難しいところもありますが、指揮者はこうスコアを読み解いて、どう振るかを考え決めているのかと思うと面白い。各パートの演奏家がどう感じるか、についても。この本は、実際にCDなどで演奏を聴きながら読むのがいいと思う。2回ぐらい読みましたが、演奏を聴いたほうが「こういうことか!」とわかりやすい、より作品を楽しめると思う。

 内向的なシベリウス、パワーのあるニルセン。ニルセンに関してはまだまだ入門レベルなので、作曲背景やニルセンに影響を与えた人々についてなども興味深い。ただ、残念なのが、ニルセンは交響曲1,2,4番のみ。3,5,6番や協奏曲、管弦楽曲はない…。

 そのニルセンの前に、ニルス・ゲーゼも出てくる。デンマークの作曲家で、北欧音楽の父とも言われる。シューマン「こどものためのアルバム」op.68の第41曲北欧の歌「ガーデへの挨拶」は、ゲーゼの友人であったシューマンがゲーゼを意識して書いた作品。ゲーゼの名前の綴りGADE:ソ・ラ・レ・ミの音をモチーフにしている。また、グリーグ「抒情小品集」第6集op.57、第2曲に「ガーデ」という曲があり、これはゲーゼがなくなった後、その回想として書かれている。ゲーゼというと、この2曲を思い出した。が、ゲーゼの作品そのものは聴いたことがなかった。デンマークの音楽はドイツの流れを汲んでいること、そこから「北欧らしさ」がどう生まれてくるのか。聴いてみたい。ちなみにニルセンも、ブラームスの流れを汲んでいる。

 さらに、シベリウスとニルセンの後の作曲家も。フィンランドのクラミ、エングルンド、ラウタヴァーラ、ノルドグレン。ノルドグレンは、フィンランドと縁の深いピアニスト・舘野泉さんのために、左手のためのピアノ協奏曲を書いている。
 そして巻末には、北欧5カ国の作曲家200人のリストと楽曲紹介。シベリウスとニルセンの前の時代、同じ頃の作曲家たち、その後の、現在も現役の作曲家まで。少し前から、シベリウス、ニルセン、グリーグ以外の北欧の作曲家とその作品にも興味を持って聴き始めているので、このリストはありがたい。まさに北欧の深い森。現代作品も以前は身構えて馴染めなかったが、今は臆せず聴いてみている。聴こうと思って聴くと、響きやリズムがすっと入ってくることもあって面白い。フィンランドの現代音楽の振興を目的とした作曲家のグループ「korvat auki!(耳を開け!)」のことを思う。耳を開いて、自分から近づいていく姿勢が大事なんだな、と。

 マイナーな北欧音楽にどうやって接するかについても書かれていますが、私がひとつ付け足すとすれば、フィンランド国営放送YLEのクラシック専門ラジオ「YLE Klassinen」.ラジオなので番組表をチェックする必要がありますが、フィンランドのシベリウス以外の作曲家の作品も頻繁に放送されます。フィンランド国営放送なので、そのオーケストラであるフィンランド放送響(&フィンランド指揮者)の演奏が多いですが、CD化されていない音源も続々放送してくれます。こんな演奏あったのか!と思うものも。北欧ものだけでなく、ちょっとクラシック音楽を聴きたいなと思った時にもおすすめします。
YLE Klassinen※サイトに飛ぶと再生が始まるので注意!※
 スマートフォンからは、「YLE Areena」、もしくは「YLE Klassinen」のアプリでどうぞ。「YLE Areena」サイドバーのメニュー「Radio-opas」をタップすると番組表を表示することができ、再生できます。フィンランド語は、翻訳サイトを使って英語に翻訳してください。

 残念ながら、この本の出版社が倒産してしまい、この本も絶版に。北欧音楽に関するいい本が出たと思ったのに…
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by halca-kaukana057 | 2016-03-02 23:04 | 本・読書

少女ソフィアの夏

 「ムーミン」シリーズの作者・トーベ・ヤンソンのムーミン以外の作品をあまり読んだことがなかったので読んでみました。タイトルと、簡単なあらすじに惹かれました。


少女ソフィアの夏
トーベ・ヤンソン:作/渡部翠:訳/講談社/1991

 フィンランド湾には、たくさんの島がある。その島のひとつに、少女ソフィアとおばあさん、パパが4月から8月まで住む家があった。ソフィアは母親を亡くしたばかり。70も年齢が異なるソフィアとおばあさん。島には様々な人が訪れ、ソフィアとおばあさんも誰かを訪ねることもある。主に2人の島暮らしは続いてゆく。

 トーベ・ヤンソンさんが、夏の間を過ごす島の話は何度も読んだことも、聞いたこともあります。岩の小さな島に、小さな家がある。そこでヤンソンさんは夏の間、海とともに過ごし、ムーミン物語もその暮らしの中から生まれることもあった、と。この「少女ソフィアの夏」は、ヤンソンさんの周囲に人々をモデルに描かれています。おばあさんはヤンソンさんの母。ソフィアのパパは、ヤンソンさんの弟ラルスさん。そしてソフィアはラスルさんの娘、ヤンソンさんの母の本当の孫娘なのだそうです。ラルスさん一家も、夏の間は島で暮らし、ヤンソンさんの島とも近かったので交流もあったようです。物語も、おばあさんとソフィアの間に実際に起こった出来事を、フィクションも交えて書かれたもの、と。

 まず読んでいて思うのが、ソフィアとおばあさんを取り巻く自然が豊かに描かれていること。ヤンソンさんが暮らしていた島は岩だらけのゴツゴツした、小さな島ですが、おばあちゃんとソフィアが暮らしていた島はある程度大きく、緑も多いとわかります。島の樹木や草花…フィンランドを思わせる白樺やナナカマド、コケモモ、キノコ。森。森に棲む鳥などの生き物。天候に左右される海。凪や嵐。その自然は豊かだが、厳しくもある。生き物も可愛いだけではない。野生の荒々しさを見せ付けられることもある。その豊かで厳しい自然の中で、ソフィアは成長する。おばあさんはさすが年の功、厳しさをわかっていて、自然を冷静に見つめ、なすがままに身をゆだねる。そんなおばあさんを見て、ソフィアは自然の中で生きることを学んでゆく。時にはソフィアが島の中を冒険することもある。それに付き合うおばあさんは、体力面では劣る。自然の中で人間がどう生きるのか。それをそのまま描写している。

 また、自然だけでなく、ボートのエンジンの音、夏至祭を祝うロケット花火の音など、音の描写もいい。物語が五感に語りかけてくる。

 そして、ソフィアとおばあさんの関係。母親を亡くしたばかりで、その死を改めて実感するシーンや、母親のことを思い出しながら、ごっこ遊びをするシーンもある。でも、母親についての言及はそれほど多くない。
 それよりも、おばあさんとソフィアの関係。祖母と孫…孫を可愛がり甘やかすなんて描写は一切ない。おばあさんもおばあさんで自己主張し、体力は衰えているが気はしっかりしている。寧ろ強い。ソフィアはまだまだ少女だけれども、彼女なりにおばあさんにぶつかっていく。また、島の暮らしはあまり他の人に会わないので、おばあさんはソフィアの社会性を心配する箇所もある。おばあさんのソフィアを見守る視線、姿勢、距離感。あたたかく思いやるが、冷静で、あまり深く干渉しない。個として、しっかりと立ち、助け合う時は助け合う。この生きる様はムーミン物語のムーミン谷の仲間たちにも通じるところがある。これが、ヤンソンさんの原風景、ヤンソンさんに見えていた風景と人々の姿なのだなと思う。
 パパはあまり出てこないが、パパのものが鍵になることもある。

 この本全体に流れる静けさや、どこかかなしい、寂しい雰囲気は何だろう。決して冷たい、冷徹ではないけれど、個が個であることを強調しているからだろうか。

 ヤンソンさんによるイラストもところどころに描かれています。この本は児童書扱いになっていますが、ムーミン物語と同じように、どんな人が読んでも、惹かれる部分があると思います。
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by halca-kaukana057 | 2016-02-22 22:59 | 本・読書

日日平安

 久しぶりに山本周五郎を読みました。時代物をしばらく読んでいなかったので、最初は時代物の雰囲気や言葉遣いに慣れませんでしたが、やはり山本周五郎、物語、人間の生きる世界に引き込んでくれます。


日日平安
山本周五郎/新潮社・新潮文庫

 井坂十郎太は江戸に行く途中、切腹しようとしている菅野平野という男に出会う。菅野の切腹しようとした理由に呆れつつも、何故か井坂は抱えていた藩の騒動を菅野に話す。そして、井坂と菅野はある作戦を立て、藩を救おうとする…「日日平安」他、橋本佐内に死罪を言い渡した井伊直弼と佐内の家族を描いた「城中の霜」、徳川光圀と彼の元にやって来た貧しげな浪人を描いた「水戸梅譜」、他全11編の短編集。

 「城中の霜」、「水戸梅譜」、「日日平安」などの歴史上の武家もの、「嘘アつかねえ」「しじみ河岸」「橋の下」などの人情もの、「屏風はたたまれた」の不思議もの。「末っ子」は下町もので実に滑稽でうまい。どれも読ませます。どんな身分の人も、人間である、ということをしっかりと描く山本周五郎の文章、物語には感服します。「若き日の摂津守」は武家もので不思議ものにも読める。光辰(みつとき)の戦略の巧みさに圧倒されました。

 江戸時代を描いた作品なのですが、どこか現代に通じるものがあるとも感じました。「しじみ河岸」のお絹の嘆きは、介護に疲れた現代人の嘆きと変わらない。胸が締め付けられる。「嘘アつかねえ」の信吉は下流社会に生きる者のような。「橋の下」も。"理由あり"で、橋の下でしか生きられなくなった男。その男の言葉は、現実にあるものだと思う。
「この橋の下には、人間の生活はありません」
「こういうところで寝起きするようになってからの私は、死んだも同然です、橋の上とこことはまったく世界が違いますが、それでも私には橋の上の出来事を見たり聞いたりすることはできます、世間の人たちは乞食に気をかけたりしませんし、もうこちらにも世間的な欲やみえはない、ですからどんなこともそのままに見、そのままに聞くことができます、いいものです、ここから見るけしきは、恋もあやまちも、誇りや怒りや、悲しみや苦しみさえも、いいものにみえます」
(355ページ)


 そしてどの話も、ラストが何とも言えない。ハッピーエンドでもバッドエンドでもない。まだこれから、その人の人生は続いていくのだと思う。たとえ何が起こったとしても。確かにそうだ。生きるということは、ハッピーエンドの小説のようになることはまずない。バッドエンドだったとしても、そこが本当に終わりだろうか。「ほたる放生」のような切ない一区切りはあっても、そこからどうなるのかはわからない。生きるということのひとコマを切り抜いて凝縮させた小説の数々。ひとコマだけだから、小説になるのかもしれない。そのひとコマをうまく見極める山本周五郎。うまい。本当にうまい。

 木村久邇典氏の解説の冒頭で、山本周五郎の言葉が記載されています。
「もし君があと数年たって、私の作品を読返してくれるならば、きっと現在読んで感じたものとは別な広がりを発見してくれるだろう。私の作品にはそれだけのものは含まれていると思うんだ」

 山本周五郎も他の作家の作品を読んでそう感じていたのだろうか。そんな作品を書きたいと常々思っていたのだろうか。何年も前に読んだ作品、そしてこの「日日平安」もまた読み返したい。その時、私はどう感じるだろうか。
 ちなみにこの解説、昭和40年(1965年)のもの。初版の解説から変わっていないのが嬉しい。「本当は単行本で買いたいのだが、私のサラリーではイタいので廉価版の出るまで待ちます」という読者の声も記載されている。全く同じです。私も単行本だと高いし、加筆修正もあると思うので文庫本を待つことが多い。50年前から変わってない!リアルタイムで山本周五郎の作品を読んでいた人々の声も読めて嬉しいです。50年前というと結構前のようで、最近のようで…不思議です。
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by halca-kaukana057 | 2016-02-10 23:39 | 本・読書


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