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自分と寄り添い、伸ばすブログ

 本日を持って再開いたします。


*****


 休止中に色々なことを考えた。一体何をしたくてブログやってるんだろうとか、ブログを続ける意味なんてあるんだろうか?とか。いっそのこと辞めちゃおうか…なんてことも頭をよぎったが、やっぱりここに戻ってきたわけです。


 休止のお知らせから、少し引用。
 まず第一に、思うような文章が書けないこと。最近の記事を読んでいると、いつも同じようなことばかり書いているのに気がつきます。同じところを堂々巡りしているだけで、何も進歩も発見もない。書きたいことはあっても、それを最大限に生かすことができる文章を書こうとしてもいつも同じような文章になってしまっている。上手く書けない。でも書かなければならない。そんな自分への脅迫のような気持ちでブログを続けてゆくことに限界を感じています。


 今でも堂々巡りはしている。でも、「何も進歩も発見もない」わけではない。微少ながらも、少しずつ変わっている(と思いたい)。書きたいことをいつも最大限の文章で表現するほうが難しいんじゃないのか。だからこそ、日々書き続けるなかで「いい事書けたかも」と思える瞬間を待ち遠しく思う。変化していても変化が無くても、その自分と寄り添い、伸びてゆくことを信じて書き続ける。変化がないのはそのことを時間をかけて考えたいと思う気持ちの表れとも言えるかもしれない。ああ、これでいいんだ。と、だんだん思えるようになってきました。

 もう一つ、私がブログを続けていて嬉しいこと。それは自分が紹介した本や音楽等を「面白そう」と興味を持ってくれること。言いたいことが伝わったかな?と照れながらも嬉しくなる。そんな瞬間(記事)をゆっくり待ちながら書く。書きたいことを、好きなことを。

 その時、自分も含めて誰か・何かに媚びることはしたくない。本当のことを言うと、言葉を交わしたことはないが気になっているブロガーさんが何人かいる。コメントしてみようかなと思っても、話しかけたら何か変な方向に変わってしまうんじゃないかとためらってしまう。で、その人たちの気を惹こうと思ったこともある。でも、媚を売ることが結果的に良い方向に進むとは思えない。はっきりとした理由はないが、何のためにもならない、汚いやり方だと感じるのだ。

 今の私のブログに対する姿勢はこんなところだ。では、またぼそぼそと、細々と言葉を練り上げてみようじゃないか。


<参考にしたブログ>
「たまごまごごはん:なぜ「ブログ論」を書きたくなるのか」
 再開を機に私も自分を見つめなおすリセットボタンを押してみました。ブログであれ楽器演奏であれ何であれ、恥をかいてナンボですね。
「奥様、鼻毛が出ておりますことよ:私がネットを始めた頃の話」
 ネットの世界は恐ろしいほど広いです。時々(寧ろ頻繁に)その広さと自分の視野の狭さギャップに落ち込むのですが、その落ち込む経験が遅かれ早かれ必要なんじゃないかと。落ち込んで学ぶことも多いですし。



<補足な報告>
 休止の理由の一つであるとあるブロガーさんとはちゃんと話し合い、全て丸く収まりました。ご心配をおかけしました。
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by halca-kaukana057 | 2006-10-31 21:44 | 日常/考えたこと

お知らせとお詫び ~しばらく休止します

 しばらくの間、更新を停止しようと思います。読者の皆様には誠に申し訳ありませんが、少しの間当ブログを休止いたします。再開がいつぐらいになるかは分かりません。


 休止に伴い、コメント欄ならびにトラックバックもストップさせていただきます。コメント欄の非表示により、今まで入力されたコメントが表示されなくなりますがこれはコメントが削除されたわけではなく、エキサイトブログの仕様ですのでご了承ください。何か私に連絡をとりたい場合は、サイドバーにあるメールフォームをご利用ください。ただし、返信に時間がかかるかもしれません。はてなブックマークも更新頻度が少なくなると思います。


 誠に申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

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by halca-kaukana057 | 2006-10-20 21:10 | information

宮川彬良&大阪フィルPOPS エリーゼのために


「宮川彬良&大阪フィルPOPSオーケストラアルバム第3集・エリーゼのために」(DENON,1999)


 「クインテット」の放送が始まった頃、あのピアノを弾くサラツヤ髪の男性は不思議な存在でしかなかった。その人が宮川彬良という舞台音楽家・作曲家で、経歴を知ったのは勿論少し後のことだ。なんとか情報を探し当て、宮川さんに関して出てきたキーワードは「舞台音楽家」、「アンサンブル・ベガ」、そして「大フィルポップス」。「アンサンブル・ベガ」(公式サイト)は「クインテット」の演奏をしている方々(注1)。で、この大阪フィルポップスのことを調べていってみたら、随分と楽しそうなコンサートであることが判明。聴きに行きたいが関西は遠い…と思っていたら、今年の正月に大阪フィルハーモニー交響楽団の特番が放送された。音楽監督の大植英次のマーラーと共に、ポップスコンサートの模様も放送された。なんて楽しそうなコンサートなんだ!と言うわけで、前々から買おうと思っていたのに何故か手を出さずにいたこのCDに手を出した訳なのです。



 長い前置きはここまでにして本題。「クインテット」を先に見てしまっている者としては「クインテットオーケストラ版」!「エリーゼのために」や「ジュ・トゥ・ヴ」等「クインテット」でも登場する曲もある…けど、全く編曲が違う。同じ曲に違う趣向の編曲をすることが出来る。つまり、一つの音楽が何度でも生まれ変わる…と言えばいいのか。大阪フィルのメンバーは何度となく演奏しているであろうチャイコフスキーの6番やブラームスの3番も、原曲の良さを壊さず、でも聴きやすく魅力的になっている。きっと演奏している方も楽しいに違いない。個人的には、ブラームスの3番ってこんないい曲だったっけ?と。今度ちゃんと原曲を聴き直そう。こんな風に原曲のよさに気付かせてくれるのも編曲のメリットだ。

 この前も少し話題にしたけれども、編曲が出来る人は凄いと思う。原曲の良さを壊さず、元のいい所と新しく入れる要素を微妙な割合で調和させる。下手にぶっ壊したら作曲者に失礼だし、どういう風に編曲作業をするものなのか、私にはさっぱり分からない(作曲も同じく)。分からないからこそ凄いと思う。いつも同じことを書いている気がするが、やっぱり凄いと心から思う。


 音楽を楽しむなら、出来る限り色々なタイプの演奏を聴いてみたい。特にクラシック音楽は一つの曲でいくつもの演奏・解釈・表現に出会うことが出来る。編曲もその中に加えれば、もっともっと楽しみが増えるだろう。一つの曲で楽しみは10倍、100倍、それ以上になる。こんなレベルの高い編曲がもっと増えたら楽しいだろうに。そう思う一枚です。


 とにかく最後に言いたいことはアキラさんの編曲は凄い。神。

 いい忘れた。1曲目の「シンフォニック・パラダイス」(大フィルポップスのテーマ)は編曲ではなく宮川さんの作曲。これもいい。


(注1)本来のアンサンブル・ベガには「クインテット」には出てこないパート(第2ヴァイオリン、ヴィオラ、ホルン、ファゴット)があるため、コンサートで聴く演奏は「クインテット」のものと音の響きが違うんだとか。まずは聴いてみるしかない。話はそれからだ。

参考リンク:TSUTAYAオンライン全曲試聴できます。

参考記事:「原作」の憂鬱
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by halca-kaukana057 | 2006-10-18 22:15 | 音楽

ゴーゴー全開やる気まんまん

 「おかあさんといっしょ」の歌感想、決してサボっているわけではありません…。ひとまず月歌に関して9・10月まとめて感想。

9月:「おっとっとのオットセイ」
 この歌を聴いているとやっぱりちゃんこ鍋を食べたくなる。行司役のよしお兄さんの声が渋い。「ちゃんこちゃんこ…」という擬音は初めて見た。なかなか画期的かもしれない。


10月:「やるきまんまんマンとウーマン」
 何でもありの月歌にまた物凄いヤツが登場。今度は特撮かよ!!以下箇条書き。

・ゆうぞうお兄さんが無駄にカッコイイ。
・随所にさりげなく登場するNHK放送センターがいい。
・個人的にはあきらめ星人が好き。あの叫び声が。
・一番の「いけいけみんなの…」の部分で登場する車。CGではなく模型であるところがツボ。
・コーラスが充実し過ぎ。「ゴーゴー」の掛け声が意外とはまる。
・今の子どもに「ウィンク光線」なんて分かるのか?今の特撮戦隊モノでもこういう攻撃をするヒロインがいるのだろうか…。いや、いないだろうが。
・そのウィンク光線攻撃の後、「キュンキュンキュン キュンキュンキュン キュンキュンキュン ゴーゴー!」この部分が頭の中でエンドレスリピート中。
・凄い歌だと思ったら、作詞:里乃塚玲央、作曲:小杉保夫のゴールデンコンビだった。このコンビの歌には伝説的なものが多い。代表作:「おすしのピクニック」、「ほめられて、メラメラめっ!」「クシカツはいっぽん」。「いないいないばあっ!」や「うたっておどろんぱ!」でもお馴染み。そう言えば「味楽る!ミミカ ナンバーワン」は小杉保夫さん作曲でしたっけ。
YouTubeで見つけたので貼って置きます。これはやばい。さっきから繰り返して聴いてる。中毒症状に注意。
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by halca-kaukana057 | 2006-10-18 21:01 | Eテレ・NHK教育テレビ

「個性」を煽られる子どもたち




「『個性』を煽られる子どもたち 親密圏の変容を考える」(土井隆義、岩波書店・岩波ブックレットNo,633、2004)


 教育や現代の子どもに関することを考え、文章にするのはとても難しい。考えても答えの出ないことばかりだし、考えれば考えるほど目をそらしたくなることばかりでだんだん落ち込んでくる。だから教育関連のものはあまり読みたくないと思いつつも、やっぱり手が出てしまう。避けていても気になる相手。気がつけば教育関係のニュース記事をブックマークしていたり、本を読んでいたりする(でも金八先生とか女王の教室とかのドラマはパス。どうも受け付けない。もともとドラマは観ないという理由もあるのだが)。そんな複雑なことを考えつつも、この本を読んでみた。



 まず、今ここを見ている皆様へ質問したい。「個性」と聞いて、あなたはどちらが「個性」だと考えますか?
1、個々人が元々持っているもの。あらかじめ持って生まれてくるもの。
2、成長していく過程で伸ばしてゆき、変化するもの。社会の中で作り上げてゆくもの。



 この本によると、本来は2と考えられるものが、今の子どもたちは「個性」を1のようなものだと考えているのだそうだ。つまり、個性は自分の奥底にあって見つけ出すもの。そして、その個性は人と比較して判断するものではなく、絶対的なものと考えられている。社会の中で自分を作り上げてゆく個性は個性的ではないのだそうだ。その「個性」は誰にでもあるはずなのに、閉じた自分の中でしか確認することが出来ないのでよくわからない。個性的であることは良いことだと思うのに、個性が何か分からないのだ。

 また、今現在の感覚・そのままの感情を大切にしようとする。だから社会的ルールよりも自分の事を優先させたり、一つ一つの行動が結びつかないこともこれに由来する。ここで、「自分らしさ」とは自らの内発的な衝動であるはずなのに、例えば人によって態度を変えてしまうようにコロコロと変化する自分がいる。そんな変化するものは「自分らしく」ない。「本当の自分が分からない」と時々耳にする言葉はこういう理由から発せられるものなのだ。

 そこで、「本当の自分」を確認するにはどうしたらいいのだろうか…と出てくるのが他者の存在。「個性」は内から出てくるものだけれどもきわめてあいまいなもの。だからいつも誰かに認めてもらっていたい。ところが、現代は価値観や欲求が多種多様にわたっている。仲よくなれそうな人を見つけることが出来ても、その価値観や欲求の違いで傷つけてしてしまっては自分の存在まで危うくなってしまう。そこで、「優しい関係」というお互いの心の奥底には触れずその瞬間の感覚だけを共有する関係であり続けようとする。身近な人々に対して異常なほど敏感になり、過剰な配慮をし合って相手を、そして自分自身を守ろうとする。自分が考える「素の自分」を隠し、「装った自分」であり続けることを苦しいと感じていてもどうすることも出来ない。だからと言って一人になることも出来ない。常に誰かとつながっていないと、自己を保っていることが出来ないからだ。


 長くなって分かりにくくなってしまったが、大体こんなまとめになる。短くまとめると、

人は皆それぞれが特別な存在だ!作っていった個性なんて偽者だよ。
自分が変わっていくなんてありえない。
今感じていること、自分の中から湧き上がってくるものこそ「自分らしい」ものなんだ。

でも、自分らしさって何?コロコロ変わるんだけど?よくわかんない

このままじゃ個性的になれないよ。誰か助けてよ…

友達がいる。でも、変にキャラ出して気まずくなったらどうしよう…

当たり障りのない関係でいいじゃん。

でもそれって寂しくない?やっぱり個性的でなきゃ…

以下無限ループ


 これでは辛いのは当然だ。



 私の考えを述べると、まず、「個性」は伸ばすものではなく元からあるものという考え方がいつ頃から、どこから来たのかと疑問に思った。私は2だと考えていたから余計疑問に思う。しかし、これは今の教育にも原因があるようだ。この本の中で筆者は「心のノート」にそれが現れていると指摘している。
「自分の心に向き合い、本当の私に出会いましょう」
という部分だ。この本でも例としてあげているヒット曲「世界に一つだけの花」でも、「もともと特別なオンリーワン」とある。つまり、子どもたちがジレンマに陥る考え方を大人自らが普及しているのだ。「世界に一つだけの花」のこういう見方があったとは。教育だけじゃなく、社会全体の個性に対する考え方が変わってきている。

 現代の子どもたちに関する本とは言え、私自身や大人にも当てはまるものが多いとも思った。大人も子どもも、誰もが個性的でありたいと思う。でも、それを大人たちが勘違いしていないか。そして子どもたちに押し付けていないか。具体的な解決方法は提示されていない。でも、解決するヒントはこの辺にありそうだ。

 今まで見たことも無い社会の部分を見ることが出来た、そして自分を省みることも出来た本でした。難しいですが岩波ブックレットは薄いのでオススメです。



<追記>
 何故個性をもともと持っている絶対的なものと考えるようになってしまったのか、ちょっと考えた。個性は相対的なものである、つまり、誰か比較することで個性を知ることが出来る。誰かと比較することは今の教育の風潮ではあまりよくないことと考えられている。他の子どもと比べるよりも、個々人のいいところを見つけるほうが良い、と。つまり、個性も誰かと比較するのは良くないことで、もともと持っている(はず)のものを見つけ出すのが良いことと考えられるようになったのではないだろうか…と推測してみた。

 疑問に思ったのは、海外では個性はどう考えられているかということ。民族性や宗教による違いもあるかもしれないけど。
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by halca-kaukana057 | 2006-10-15 23:00 | 本・読書

[クインテット]あれ?コレ!

 今年度分のクインテットCD 、発売決定です!

タワーレコードより:「NHKクインテット アレ!コレ!」


 今年は1枚のみらしいです。コンサート新曲も少なかったから?まずは待て12月6日。


・追記10月19日
アンサンブル・ベガ公式ブログにて発表されましたので、タイトルならびに記事内容を変更しました。
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by halca-kaukana057 | 2006-10-12 20:56 | Eテレ・NHK教育テレビ

ピアノで広がる「自分」

 先日のブルグミュラーカップ「小さなつどい」のエントリーで、ただしさん宛にこんなレスを返して考えた。
今回は曲が曲だったので良かったですが、今までとはタイプの違う曲…例えばショパンのようなドラマチックな曲やベートーヴェンのような重厚な曲を演奏する時に、その作曲家らしい表現が出来るかどうか、まだまだ足りないところがあります。
ブルグでも今後「バラード」もそうですし、「タランテラ」や「甘い嘆き」あたりで苦戦すると思います。
そんな色々な曲を経て、自分の表現力を高めていけたらと感じています。

 私はまだ弾ける曲のレパートリーが少ないので、様々な性格の曲を弾き分けることが出来ていないと考えている。その曲想を表現するために必要な技術だとか、経験が足りない。それにはこれから様々な曲を弾いていくしかないと思っているし、まずはブルグミュラーを一通りやるだけでも様々な性格の曲に出会うことが出来るだろう。

 以前、「ある演奏で何もかも判断してしまうのはどうか」と少し書いた。でも、その演奏や選ぶ曲にその人らしさが出てしまうのは否めない。とは言え、その人がいつもその人らしい演奏・選曲をするとは限らないだろう。のんびりした人がリストの超絶技巧練習曲を物凄いスピードで弾くかもしれない。考え深い人がモーツァルトのソナタを楽しそうに弾くかもしれない。個々人の性格・印象がピアノによって広がることだってあるんじゃないかと思うんだ。思いもしなかった一面に気付き、演奏することで自己を再確認するような。それが出来るのなら、それが楽器演奏(ピアノに限らず)の一つの面白さなんじゃないかと思う。自分の枠を取っ払って、可能な限り広げていくことが出来る。とても面白そうだ。まずは私自ら挑戦してみようじゃないか。



*****

 ここからは現在の練習に関して。「楽しき農夫」も終わったので新しい曲に挑戦中(「楽しき農夫」の結果はHPで)。まず現在練習中の曲リスト
・ブルグミュラー「せきれい」
・マリー「金婚式」
・シューマン「見知らぬ国々」
弾きたい曲リストから選びました。ところが「金婚式」に問題が。左手がかなり難しい!
f0079085_2156162.jpg

和音が複雑。画像は冒頭部分ですが、曲全体においてこの複雑な和音がずらりと…。覚えられん。もしかすると、「見知らぬ国々」の方が早く出来上がるかも。中音部の伴奏がクリアできればの話だが。

 以前分からなかった「せきれい」のタイミング(過去記事参照)は無事解決しました。ありがとうございます。後はあの冒頭部分。難しい…。
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by halca-kaukana057 | 2006-10-10 22:05 | 奏でること・うたうこと

「原作」の憂鬱

 「かもめ食堂」映画版と原作を読み比べてふと思った。


映像化する上で「原作」はどんな位置づけにあるものなんだろう。
そもそも、映像化にとって「原作」って何?


 小説や漫画をもとにした映画・テレビドラマ・アニメなどの映像化したものは、どこかしら元と違っている。少し違うものから、もう別物としか思えない程大部分が変えられているものまで様々だ。そして、原作と異なることで映像化された作品の評判が悪くなることも少なくない。特にベストセラーや人気の作品を映像化するのはただ単に儲けたいだけなんじゃないのかとか、その原作の世界・魅力・面白さを出し切れていないのなら映像化なんてやめればいいのにとか極端なことも考えてみる。しかし、映像化でその作品を知り、興味を持ってくれる人もいるのだから一概に否定は出来ない。また、映像化によって原作にはない面白さを表現できることもある。

 感じ方は個々人によって様々。ある人が面白くないと言う一方で、ある人は面白いと言う。これじゃあ映像化の出来で一喜一憂するなんて実にくだらないことじゃないか?個人がそれぞれの感性・好き好みで言っているだけのものなのだから。でも、それまでに読んだ作品が映像化される度に「面白いのかな?どうなのかな?」と期待と不安を抱いてしまう。



 ここで私なりの一応の答えを出すと、原作は楽譜みたいなものじゃないかと考えてみた。楽譜には作曲者が書き込んだ速度・強弱・その他表現の指定が書き込まれている。演奏者はその楽譜を見て、読み込み、演奏する。しかし、その演奏は皆どこかしら違う。100人同じ曲を演奏したとすれば、100人皆違う。編曲されることだってある。その違いは演奏者・編曲者の技術によるもの、解釈によるものがある。演奏上の指定と言っても厳密なものではないから、個々人によって微妙な違いが出てくる。でも、私たちはその違いを聞き比べて楽しんでいる。映像化する上でも、忠実に表現できない部分や放送時間の制約によって削らなければならない部分が出てくる。それを許すかどうかは原作者の判断。許されるならば、演奏する時は作曲者と話し合いながら打ち合わせることはなかなか出来ないのに対して、映像化なら出来る限り原作者の意図を理解しようと努力し、話し合うことが出来る(だろう)。原作者の意図を汲みつつ、映像化する監督や演出家、脚本家や俳優たちが解釈と試行錯誤を重ねて作品を作る。楽譜を演奏することと似ている気がする。

 そう考えると既に作曲されているものを演奏することも、元の作品から映像化することもとても難しい作業だ。原作者・作曲者の意図の中に自分の表現を加える。それによってその作品を台無しにしてしまうことだってあるし、反対により面白くすることもある。聴衆・観衆はその結果にああだこうだと言い続ける。だが、観衆・聴衆の意見に媚びた作品を作ったとしてもそれは面白いとは思えない。かといって原作を台無しにして新たなものを作っても、それは満足できるものと言えるだろうか。原作者・作曲者がその作品にこめる思いや元々の良さ・魅力を大切にし、自分の求めるものをバランスよく織り交ぜ、なおかつ損なうことなく表現している作品に出会うととても嬉しくなる。そういうことが出来るプロを改めて凄いと思う。


 原作と異なる映像化が是か非か。その答えは出ない。原作者に委ねられるということも出来る。こんなことを書いても、やっぱり映像化された作品によっては「原作とここが違う」「原作の方が面白かった」と思わずにはいられないだろう。ただ、この文章を書きながら思ったのは「原作との違いを挙げるだけじゃなく、その映像化されたものそのものの良さを味わうことが出来るように感覚を磨いていきたい」ということ。観る・聴く私自身もうわべだけで判断するようなことはしたくない。作っている側が真剣なら、見る・聴く側も真剣で誠意ある態度でその作品に臨みたい。もっと多くの作品を純粋に楽しむためにも。
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by halca-kaukana057 | 2006-10-09 15:44 | 日常/考えたこと

補足的「かもめ食堂」(映画版)感想続き

 DVD「かもめ食堂」再び。前回の感想では書ききれなかった部分を補足します。


 原作を再読し、再びDVDを観直してみた。思い違いがあるので訂正します。サチエが冒頭で亡き母を回想するナレーション、別に悪い思い出でも何でもなかった。おにぎりの位置づけも原作と同じ。原作に比べて映画は多くは語らない(時間の制約もあるのだろうが)。でも、その多くを語らないのがいいと思った。詳しく説明するよりも、雰囲気・空気で感じ取ることが出来る。その方がこの映画のカラーに合っていると思う。

 サチエさんが自分のスタイルを自覚していて、それを守ろうとする姿勢が本当に素敵だ。それでもトンミ君が初めて食堂にやってきた時はうろたえている。でもトンミ君に対する接し方などで次第にヘルシンキに馴染んでゆく過程が、経ている時間をわざわざ説明しなくても分かる。この映画では結論・結果・ラストシーンが大切とは感じない。ふらりと散歩していてその景色を楽しむような感覚。特に目的はないけれど、でも意味はある。こういう作品に出会ったのは初めてかも。ああだこうだと感想を書き連ねる作品ではないと今頃感じた(書いてしまった今となってはもう遅い。少し後悔)。

 それにしても疑問に思ったのが、フィンランドの皆さんの箸の使い方の上手いこと。映画用に練習したの?それとも元々得意なの?フィンランド人にとって身近なものである木のカトラリーだから親近感が湧くとか…。不思議だ。


 付録の「猫と歩くヘルシンキ」はヘルシンキ街歩きと映画のメイキング映像。ここで再び思い違い。今までハカニエミ市場とカウッパトリ(マーケット広場)は同じものだと思っていたのだが別物であることが判明。地図で見てもハカニエミは北側、カウッパトリは南の方だった。同じ市場ではあるけれどもハカニエミには建物の中にもお店があって、2階にはマリメッコもある。とんでもない勘違い。世の中知っているようで知らないことってあるんですよね、ミドリさんではありませんが。

 最後に、この映画の後味も好きだ。100分と聞くと長いと感じるが、実際観ているとそんな長くは感じない。そして観た後のさっぱり感が病みつきになる。
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by halca-kaukana057 | 2006-10-09 15:36 | フィンランド・Suomi/北欧

宙のまにまに



「宙のまにまに 1」(柏原麻実、講談社アフタヌーンKC,2006)

 「ダ・ヴィンチ」10月号プラネタリウム特集で紹介されていた漫画。月刊漫画誌「アフタヌーン」にこんな可愛い絵柄の漫画が連載されているなんて知らなかった。(アフタヌーンと言えば「ヴィンランド・サガ」です。私は。)しかも天文部が舞台の漫画なんて。かなり意外。


 高校入学を機に昔住んだ町に帰ってきた本好きの男子高校生・朔(さく)。だがこの町には忌まわしい思い出があった。一つ年上の星好き少女・美星(みほし)に天体観測と連れ回された挙句怪我をした思い出が。その美星と入学した高校で再会してしまった朔。超ハイテンションで周りのことを考えない美星は再会に大喜び。そして美星も所属している天文部へ勧誘される。気が進まない朔だったが紆余曲折あって入部。その天文部で繰り広げられる日々をコメディタッチで、時に真剣に描いた物語です。

 美星の強引さに少々引きつつも、読み進める内に物語に引き込まれてしまう不思議。まず登場人物たちが皆魅力的。文系メガネ男子の朔と天文一直線の美星。美星のクラスメイトの小夜に、虚弱体質で血を吐いてばかりいる(?!)部長。朔に一目惚れし、朔を追って天文部に入部した姫(ひめ)に、美星と天文部を目の敵にする文芸部員の生徒会長・文江(通称フーミン)。学校で、天文部で皆ドタバタ騒ぎつつも考え、語り合い…。ああ青春は美しい!

 天文部が舞台なので天文豆知識も諸所に出てくる。懐中電灯には赤セロファンとか、天気に左右される観測の苦労とか雨の日のプラネタリウムとか…星好きのツボを見事に射抜いてくれました。ああプラネタリウムに行きたい!

 読んでいて惹かれたのが「好きなものを皆で共有したい」という気持ち。美星にしろ朔にしろ、星であれ本であれ好きなものを紹介して、多くの人にその魅力を知ってほしいと願う。そしてそれが好きな人とその想いを共有したい。とても共感。美星はそれをストレートに表現する。その姿をとてもすがすがしく感じる。

 絵のことも少し。こういう絵柄、実は好きです。自分で描けないからこそ好きだ。女の子たちが可愛くてかわいくて。ふわふわパーマの姫ちゃんもかわいいが、実は照れ屋のクールなメガネ才女文江さんも素敵。この高校の制服もいいなぁ。ネクタイがポイント。

 装丁も凝っている。中表紙、それからカバーを外した表紙!購入したらカバーを外してみてください。素敵なおまけ付きです。最後に作者柏原麻実さんのブログカシマミはらっぱブログを紹介しておきます。まだ始まったばかりのこの作品、これからが楽しみです。
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by halca-kaukana057 | 2006-10-08 21:45 | 本・読書


好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)

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