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2006,変わる私とブログ

 N響「第九」を観終わった。何だかんだ言って「第九」も好きだ。今日もまだ仕事だったのだが、仕事中ラジオから合唱の一部分(一番の盛り上がりのところ)が聞こえてきて、少し嬉しくなった。いつかドイツ語で歌えるようになって、市民オケの合唱に参加してみたい…。合唱経験はほとんどないのだが、出来るかな?多分楽器で参加するよりは、参加できる可能性が高いんじゃないかと。(ピアノ以外の楽器は何も演奏できないし)


 何はさておき、この1年を振り返ると「変革」の年だったと思う。私生活でも、web上でも、私の置かれる立場や環境が大きく変わった。去年もブログは続けていたが(実質始めたのは一昨年の12月)、今の形になったのは今年からだ。以前はもっと日常のことを書き、「生活」が感じられるブログだった。勿論今と同じように読んで面白かった本や教育テレビのことも書いたけど、日常生活に関することのものが多かった。

 何故変えたか、複雑な理由がある。大晦日だし書いちゃえ。私はある病を患っていて、かつてのブログにその闘病記みたいなものを書いていた。その病名はここでは伏せるが、かなりありふれた、難病でもなんでもないちゃんと治る病だから何てことはない。でも、ひどい時は日常生活や仕事にも影響が出るし、治るまで時間がかかるので厄介だ。ピアノを弾く余裕もなかったし、本も長くて難しいものは厳しかった。だが、今年に入って地道に快方に向かっていき、今ではかなりよくなったが、今でも投薬治療は続いているし定期的に通院して検査もしている。去年は症状がかなりひどくて、ブログはそのことでいっぱいだった。同じ症状を持つ人と交流もしていた。励ましあって、慰め合って。

 ところが、そのブログの形態に今年に入って疑問を持ち始めた。確かに同じ症状を持つ人と交流できるのはいいが、その他趣味関係で検索してきた人たちには「私=病気の人」という見方をされているようで困ってしまった。コメントでも微妙なものを感じる。気を遣われすぎているような、変に発言したら気を悪くすると思われているような。病気のことだけでなく、趣味のことも書きたい。でも、そこには病気の壁があり、病気の人というレッテルがある。病気であることは事実なんだけど、それをありのままweb上に書く必要はないんじゃないか(注1)。自分からその壁をしまって、レッテルをはがすことは出来るんじゃないか。そう思って、病気関連の記事は全て削除し、このブログは今の形になった。


 そのおかげで、今年は随分多くの方々にこのブログを見ていただき、交流することが出来た。病気のことが縁で以前のブログからずっと足を運んでいただいている方は、不服と思われるかもしれない。でも、これが私なりの一歩前進なので…としか言えないけれど、心からありがとうとお礼を言いたい。

 ブログでは思い悩んで一時休止もしたけど、かつてのブログでは出来なかったことが出来て、この形にして本当によかったと思う。今後も日常生活のことはあまり書きませんが、本や音楽に思うことや日々の出来事を関連させ、私なりのモノの観方が出来ればいいなぁと思っています。

 後今年の収穫といえば、はてなブックマーク。ただのブックマークだけじゃなくて、タグで分類できたり、コメントをつけることが出来たりするのが便利で面白かった。ブログの記事にしなくても、小さなエントリを書いているような。おかげではてなでのブログ論も随分読むことが出来ましたし。

 ということで暴露もしましたが、今年の更新はここまで。今年印象に残った本・音楽などを選ぼうかと思ったが、まとめ切れないので却下。

 では良いお年をお迎えください。どうもありがとうございました。


*今年は家族に不幸がありましたので、ブログでも新年のご挨拶は控えさせていただきます。


(注1)
現実でも私はあまり病気のことを言わなくなった。特に言う必要もないので。
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by halca-kaukana057 | 2006-12-31 23:10 | 日常/考えたこと

ツェルニーはじめました

 以前、「ブルグミュラー『バラード』を深読みしてみる」で書いたとおり、古典派に触れるためにもツェルニー100番練習曲を始めました。10番まではバイエル60番程度と楽譜の解説に書いてあったので簡単だろうと高をくくっていましたが、愚か者でした。丁寧に弾くにはこの程度から始めるのが丁度良いかと。でも、こんなかわいらしい曲でも古典派の響きがするんですね。ツェルニーもやってみなきゃわかりません。

 以下1番・2番録音。
ピアノ録音置きブログ・ツェルニー100番ページへ
 同音連打はこれまで指変えするのが普通だと思っていたけど、ここでは指変えなし。子どもに配慮してあるからだろう。

 まずは10番までやってみる。その後は苦手そうなパッセージを含む曲を抜粋してやるか、全曲やるか…。100曲は膨大だなぁ。


【ブルグミュラー「別れ」】
 指定のテンポ(120~126)で弾くとだんだん速くなってテンポがめちゃくちゃになってしまうので、ゆっくり一定のテンポで練習中。あの速さで強弱を付けることが出来るかが一番の問題だけど。
 ところでこの「別れ」の中間部には「バラード」と同じように長調に転調する部分がある。「バラード」は謎めいたもの・狂気・錯乱が一転、夢を見ているようなものに変化したと読んだが、「別れ」の中間部が何を意味しているのかさっぱり分からない。この「別れ」は一時的なものではなく一生会えないかもしれない別れだろうと思う。言い換えると「別離」「哀別」。別れが一時的なもので安心したのではないだろうし…。別れのシーンでは涙を見せず笑顔で見送り、別れた人がいない所で泣いている…のもちょっと違う気がする。長調でも、あの速さから何か安心できないものを感じる。何だろう?さっぱり分からん。


【シューマン「見知らぬ国々」(「子どもの情景」より第1曲)】
 両手で練習しているものの、それぞれの音がつながらずバラバラに演奏されているように聞こえる状態。以下証拠録音。
◇ピアノ録音ブログのシューマンのページでどうぞ(上から3つ目の録音です)

 ペダル無しなので余計ブツ切れ。伴奏部分が目立ち過ぎ。3つのパートからなる曲は、例えば右手でも強く弾く指と弱く弾く指に分けなければならないのか。難しい! ペダルも、付けると音が濁ってしまう。この前のグランドピアノのペダルは重かったが、もしかするとあれが普通なのかも…。我が家のピアノのペダルが軽すぎるのかも…。だとするとさらに微妙なペダリングが必要ってことか。問題山積みだ。

 シューマンは今年中にある程度仕上げたかったんだがなぁ…。
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by halca-kaukana057 | 2006-12-29 22:11 | 奏でること・うたうこと

"中途半端"という私

 「"柵"の中で気付いたこと」の続き。私が何故「~のつもり」でいることをあまりよく思わないのか考えてみた。


 私はいろいろな事に興味は持つけれども、どれも中途半端で満足しているのではないかといつも不安に思っている。いくらクラシックを聴きこんだとしても、所詮しがない愛好者のどうしようもない感想に過ぎないんじゃないかとか、いくらピアノを弾いても技術も表現も解釈もプロの足元にも及ばないのだろうと思う。音楽だけじゃない。フィンランドのことだって、私の現実問題としてフィンランドの地を踏むことが出来るのは何年も先だろうし、住むなんてことは有り得ない。宇宙も専門的に学んだことはないし、以前書いたように地味な活動ばかりしているアマチュアでしかない。どの分野にももっと詳しい専門家や、経験豊かな人がいて、そんな人と私は比べ物にならない。いつまで経っても未熟な、中途半端な人間でしかないのです。

 何をやっても中途半端である自分に、私は劣等感を覚える。「~のつもり」でいることや一時的な流行に乗ることは、私にとっては中途半端の典型的な例だと思う。路半ばで気まぐれのように辞めてしまったり、流行が終わればどうでも良くなったりするところが。他者はそれでもいいと思うかもしれないけど、私はそれが自分だったら良くないと思う。人にそれを強制はしたくないし、薦めたくもないけど、自分が中途半端であるのは許せない。中途半端を抜け出すことが、私が自分自身へ課す課題なんだ。だから、流されないように自分自身を隔離するつもりで柵の中にいるのかもしれない。


 堅苦しいことを書いたけど、要するにただのどうしようもないオタクなんです。対象がなんであろうと興味を持ったら一心不乱、全力でその対象に飛びつきかじりつく。あとはまっしぐら。いつの間にかその対象の深淵まで来ていて、もう後戻りできない。こんなことを繰り返して、今の私があるのです。でも、這い上がれないところまで来てしまったけど、後悔はしていない。自分に対するプレッシャーは強いけど、何かを追求するのは好きだ。やりがいはあると思う。勿論、こんな無茶苦茶なことは人には薦められません。マネしてもいけません。



 こんな風に自虐的に自問自答ばかりしているけれども、私だって流行に乗って楽しみだけを追求してはっちゃけたいと思う。でも、調子に乗ると後で痛い目に遭うんじゃないかとか、自分に妥協する癖が付いてしまうんじゃないかとまた不安になる。だから、楽しんでいるようでもコンプレックスに思えてしまう。楽しむことと、その対象を極めようとすることがいつも対立している。


 こんなどうしようもない自分だけど、付き合っていくしかないし、とことん付き合ってやろうとも思う。結論が見えなくなってきたけれども、こんな自分に失望している、諦めているわけではなく、むしろやってやろうじゃないかと思っている。もう少し歳をとったら「あの頃は若かったよ」と余裕を持つことが出来るかもしれないけど。

 そして最後に、やっぱりこんな自分のままで行くならスルー力は磨いた方がいいな。人は人、自分は自分と思える余裕も持ちたい。余裕を持つって難しい。今日はここまで。
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by halca-kaukana057 | 2006-12-27 22:11 | 日常/考えたこと

夕方五重奏団のクリスマス

 先週の「クインテット」はクリスマス週間で5日間クリスマス仕様!(でも全部再放送なんだよね。)「サンタさんへの手紙」が個人的に好き。ミニカーを貰ってサンタさんに手紙を書くフラットさん(42歳・男性)。けなげ過ぎる。


 ということでクリスマスイラスト。スコアサンタとトゥントゥ(フィンランドのサンタクロースの助手の小人)たち。明らかに手抜きしたのが2名ほどおりますが…。アリアさんがもっと可愛らしく描ければよかったんだけど。

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by halca-kaukana057 | 2006-12-25 23:07 | イラスト・落描き

Hyvää joulua! Suomalainen joulu

 今日はクリスマス。サンタクロースのふるさととしても名高いフィンランドでは、クリスマスは1年のうちで最も大切な行事。ということで、私もクリスマスに関係あるフィンランドのモノを集めてみました。(ところで記事タイトルのフィンランド語の変格が合っているか自信が無い…。フィンランド語の格変化は難しすぎます!)

 まずは音楽。
「わが心のクリスマス」(Bass:マッティ・サルミネン、アッツオ・アルミラ指揮、アヴァンティ室内管弦楽団他、Warner/FINLANDIA)

 フィンランドの作曲家たちのクリスマスに関する曲を収めたCDです。シベリウス、メリカント、カスキ、コッコネン…とフィンランドの作曲家達にとっても、クリスマスは重要なテーマのようです。シベリウスはop.1の作品が「5つのクリスマスの歌」だったりする。(それよりも以前に作曲した曲はかなりあるが)作品番号の最初の曲がクリスマスに関する曲だったとは。歌詞を読んでいると寒い冬に、暖かい家の中で家族でささやかに祝う風景が浮かんでくる。今年はフィンランドも暖冬で雪が少ないらしいが、きっと今頃は家族で食卓を囲んでいるのだろう。以前紹介した「フィンランドの讃美歌集」「フィンランド民謡の花束」も一緒にどうぞ。


 次は食べ物。というより…酒。フィンランドの皆さんはお酒が大好きでしょうから。先日酒屋でフィンランド産のスパークリングワインを見つけて、一目惚れして買ってきた。
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↑これ。「ELYSÉE No,1」(エリゼ)という名前で、白スグリを使った珍しいワイン。黒スグリ(ブラックカラント、カシスと言った方が分かりやすいかも)ならお酒やジャム、ジュースでポピュラーだけど、白すぐりは初めて聞いた。北欧では黒すぐりだけでなく、この白スグリや赤スグリなんてものもあるらしい。
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「Suomi」とちゃんと書いてある。

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飲んでます。(パソコンの上に液体を置いてはいけません!!)

 味は酸味があってさっぱり。甘みは少なめ。でも、あまりワインは飲まないので良く分からないのです…。
 参考リンクとして、このワインの販売元V&S Finland社のサイトを。リンク先の「Päivä」に生まれた日にち、「Kuukausi」に誕生月、「Vuosi」に誕生年(西暦で)を入力し下のボタンをクリックするとトップページに入れます。多分年齢確認のためだと思います。トップページの上の方に「Kuohuviinit ja samppanjat」をクリックすると、このエリゼのページに行けます。何が書いてあるのか、さっぱり読めませんが…。

 後、「愛・地球博」の北欧共同館でもこのスパークリングワインが売られていたらしいです。「世界を食べる:ワイン」へどうぞ。検索してみたら、11月に開催されていたフィンランドカフェでも売られていたらしい。「フィンランド・カフェ・ブログ」より。フィンランドではかなりポピュラーなお酒なんですね。


 以上これだけですが、フィンランドのモノで、フィンランド気分のクリスマスを味わってみました。
 メリークリスマス! Hyvää joulua!
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by halca-kaukana057 | 2006-12-25 22:03 | フィンランド・Suomi/北欧

"柵"の中で気付いたこと

先日の「クラシック音楽の、入り口に立つ人たちへ」の記事を書いて少し後悔している。自分の視野考えの狭さを思い知って、実は落ち込んでいる。でも一人で鬱々としていてもどうしようもないので、頭を整理するためにもそのことについて書こうと思う。


私はいつももっと視野の広い、柔軟な考えを持ちたいと思っている。考えの違う人に出会っても、その考えをじっくり聞いて理解したい、理解できなくても認めたいと思っている。だが、この通り頑固で我が強く素直じゃないので思った通りうまくはいかない。結局自分の考えの柵の中から出ようとしなかった。これまでは柵の板の間から物事を見ていただけだったことにようやく気がついた。情けない限りだ。


何かを表現したい、主張したい願望と違う考えも受け入れたい理想が矛盾して葛藤している。好きなものについて書く、語るのは楽しい。でも同時にすごく難しいことだとも思う。好きなものを主張するだけでは、物足りないのではと感じる。誰かとその面白さを共有したり、違う考えに感心したり、意見を言い合ったり。そうしているうちに私自身の考え方も変化してゆく。進化・深化する過程を楽しみたい。その一方でこの考えは変えたくない、貫き通したい信念があって、それが柵だとしたら結局ずっと柵の中じゃないか。ますます混乱してきた。


答えは出ない。柵は何時まで経ってもこのままかもしれない。柵の外に出るのが怖いのだとしたら、私は自分自身の無知を怖れていると思う。知らないことばかりで、それに気づくのが怖い。Web上であれ現実であれ世界は広い。呆れる程広く、深く、空高い。時には柵の中に戻ってもいいから、誰かと話し、歩き続けるしかないんだ。恥と落胆と共に。






クリスマスイブだというのにこんな記事を書く私は終わってる…。明日はもっとクリスマス気分で何か書こう。
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by halca-kaukana057 | 2006-12-24 23:54 | 日常/考えたこと

ロケットガール2 天使は結果オーライ

 「ロケットガール」シリーズ第1作「女子高生、リフトオフ!」の続き。ガールズに第3の少女がやってきます。



「天使は結果オーライ ロケットガール2」(野尻抱介、富士見書房・富士見ファンタジア文庫、2006)


 初飛行の大成功で忙しくなったソロモン宇宙協会と、その宇宙飛行士のゆかりとマツリ。宇宙科学研究所から依頼を受けた金魚の実験のために飛行中だったが、帰還の途中のトラブルでゆかりが退学処分になった横浜の女子高・ネリス女学院に不時着してしまった。突然やってきた宇宙船に学校は騒然となるが、ゆかりはトラブルを起こした金魚の生命維持装置を何とかして欲しいと生徒たちに呼びかける。そこに現れたのが、三浦茜という小柄な少女だった。茜は生物部で学んだことを生かして生命維持装置を応急処置を施し、輸送中のことも考えて授業を抜け出しゆかり・マツリと共に宇宙科学研究所へ急ぐ。
 茜の天才的な頭脳と小柄な体型に目をつけ、ゆかりは宇宙飛行士にならないかと誘ってみる。しかし、学校があるからと断った茜だが、その後理由も聞かずに授業を抜け出したことを厳しくとがめられ憤りを覚える。
 アクシオ島の基地に戻ってきたゆかりとマツリは、基地で見慣れない訪問者を見かける。それはなんと茜で、学校を辞めて宇宙飛行士に志願しに来たのだった。早速適性検査を受けることになったが、茜は体力面で問題があったのだった。


 ガールズ3人目の茜ちゃん。アニメ公式サイトのキャラクター紹介にあるとおり、ゆかりやマツリとはタイプの違う女の子。引っ込み思案だけど主張する時にははっきりと言い、好きなことには熱くなるいわゆるオタクタイプ。しかし、打ち上げ・帰還の加重力に耐えられないのはどうなんだ…実際。それを挽回するかのように大活躍はしています。

 今回のミッションは冥王星探査機・オルフェウスを救うこと。冥王星が惑星から外されたのは記憶に新しいところですが、あえてこの新装版では表記は変更せず初版のまま。そのオルフェウスの計画主任と茜が話すシーンが印象的。金魚の実験の担当研究者の話のシーンもそうなのだが、研究のための装置を開発する苦労とか、その研究でどんなことが分かるのかという話を聞くのは私も大好きだ。

 この物語から話はずれるが、先日NHK教育で放送された「サイエンスZERO」で「見えてきた“宇宙の謎” 日本の最新天体観測」と題して太陽観測衛星「ひので」のプロジェクトマネージャーである小杉健郎教授が解説していたのを観た。この番組の収録の2日後、11月26日に小杉教授は急逝してしまったのだが、その小杉教授が「ひので」や赤外線観測衛星「あかり」の話をしている時、この小説で出てきた研究者たちもこんないい顔をして語っていたんだろうなと思った。とても楽しそうで、その開発した装置が自分の子どもであるかのように愛着を持っている。こういう話に引き込まれてしまうのは何故だろう。本当に魅力的だ。茜と同じように「聞かせてください、もっと」と言いたかった。。


 あと、帰還にも問題が出てくるわけだがその時のNASAスタッフの覇気が凄い。アポロ13号の帰還って、こんなに大変なことをしていたんだと今初めて知った(映画「アポロ13」は観たのに)。シャトルの宇宙飛行士たちも含めて、NASAだろうがソロモン宇宙協会だろうが関係なく、宇宙を志す者たちが一丸となってミッションに取り組む姿がカッコよすぎる。ただのライトノベルじゃないよ、これ。


 第3作「私と月につきあって」は1月刊行予定(12月だったのが伸びたのだそうだ)。気長に待つか。最後に個人的なツボ。ソロモン宇宙協会・那須田所長のフルネームが「那須田勲(なすだ・いさお)」だったこと。NASDA(宇宙開発事業団)にISAS(宇宙科学研究所)ですね…。JAXA(宇宙航空研究開発機構)となってしまった今、その名残を残してくれているようで嬉しい。

第1作感想は次からどうぞ:「ロケットガール1 女子高生、リフトオフ!」



最後になりましたが、小杉教授のご冥福を謹んでお祈りいたします。
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by halca-kaukana057 | 2006-12-20 20:44 | 本・読書

クラシック音楽の、入り口に立つ人たちへ

 このブログで、ほんの少しだけだが何度か「のだめカンタービレ」に対する私の見方について書いてきた。(過去記事「注目の漫画2選」の最後らへんと、「速く、軽く、美しく…『せきれい』」の最後らへんを参照ください) のだめのコンクールのあたりになったので9話は観てみた(10話はまだ録画したのを観てない)。このドラマ化にはあまりいい感触を持っていないけど、殺気迫るショパンエチュード10-4や子供の頃のレッスンのトラウマのあたりには見入ってしまう。


 何故私がこのドラマ化にあまり賛成できないのか、あちこちのサイト・ブログを読んで考えてみた。いちクラシックファンとして、スルー出来ないと感じたからだ(はい、私はスルー力不足です)。

 まず、以前の私の考えを参考サイトと共に挙げてみます。以前「氷山の下に隠れているもの」で言及した「ゆっくり弾こう:何を聴きにいくんだろう」(現在はブログ名変更)の、コメント欄で私は以下のようなことを書いた。
のだめドラマ化のおかげで随分クラシックも日の目に当たるようになって来ましたが、私は一過的なブームで去るならこれまでのままでいいと考えています。クラシックは癒し系、クラシックは感動する、クラシックは上品、知的、セレブっぽい…と決まりきったイメージだけが先行しているような気がしてならないのです。憤りを感じますし、残念でもあります。(2006/11/23のコメントより)

てまりさんのコメント「ピアノを聴きに行った気分になりたいだけ」の部分、微妙ですよね。興味無しよりは興味を持った方がいいけれど、聴いた気分だけ味わって後はさっぱり。何となく「感動した!」、とか言われるとがっかりしてしまうし。複雑です。そういう話を聞くと、興味を持ったならもっとじっくり聴いてみようよ!と言いたくなるのですが、それはファン・マニア・オタクのどうしようもない独り言なのかもしれませんね。私もクラシックに関してはまだまだ知らないことばかりなので、これは自分にも言い聞かせたいことなんですねどね…。(2006/11/25のコメントより)


 それから、朝日新聞より「『のだめ』に沸く音楽業界 ドラマ化で人気に拍車」の記事に対して、私ははてなブックマークのコメント欄に以下のように書いた。
色々な効果はあるだろうけど、私は不安を感じるし、いい効果ばかりじゃないと思っている。熱はいつか冷めるだろうし、「聴いたつもり」の人がその中にどのくらいいるか…。人の事は言えない。もっと真剣に聴こう


 私の考えは以上だ。クラシックに興味を持っている人が増えていることは嬉しいことだし、私も歓迎したい。私自身も友人知人に「クラシック聴くんですよ」と言うと「はぁ?クラシック?難しくないですか?」と顔をしかめられていたのに、今では「『のだめ』でしょ?おもしろいよね」と態度が一変し、驚くやら嬉しいやら(それでも皆がこういう調子ではなく、やっぱり「え?クラシック…?」と言う人もいるけれども)。だから、全面的に賛成できないわけじゃない。

 でも、私が不安に思うのはドラマだけ観て「聴いたつもり」になっている人のこと。批判したいわけじゃない。批評家になんかなりたくない。批判するんじゃなくて、尋ねてみたいのだ。「じゃ、もっと聴いてみない?クラシック」と。そんな私の言葉をうまく表現しているブログさんを見つけたので紹介します。

「Rakastava:♠ 『のだめ』第10話 @ 「クラシック音楽」という世界。」
こういうことを言うと嫌われるかもしれないけれど、クラシックの奥深さはコメディの非ではない。たとえば、「ペトルーシュカからの3楽章」ポリーニDG盤を買ってみたら、そこにはウェーベルン、プロコフィエフ、ブーレーズといった遥かに難解で遥かに斬新で遥かに強烈な作品群が並んでいて、それでもクラシックという金鉱の入り口で拾った原石のかけらくらいでしかない。そして、クラシックのほとんどの曲は1回聴いて分かるほど簡単ではない・・・。まわりでも「のだめ」を見て「クラシック知ってる」雰囲気になってる人が多いのだけど(あー、ブラームスの交響曲ね、とか)、クラシックの世界のとんでもなさというのは、想像を絶するものなので、私としてはそこを分かって欲しいと思う次第です。


 そう、いくら「のだめ」を多くの人が観ても、そのブームをマスコミが取り上げても、それは入り口に立ったに過ぎない。せっかく入り口に来たんだから、もっと先に進んでみようよ、いろんな曲を聴いてみようよ!と声を張り上げたいのです。

 私も、数年前まではクラシックに興味はあっても堅物そうで難しそうで、近寄れない存在だった。私も、初めは「のだめ」(漫画)で「この曲聴いてみようかな」と思ってCDに手を伸ばした人間です。その時はブラームスの1番をいい曲と思うことが出来なかったし、シューベルトのピアノソナタ16番も魅力的には感じなかった。あれから1年以上経った今では、上記の2曲は好きな曲になってしまったし、漫画・ドラマに出てきた曲以外にも好きな曲は山のようにある。そしてこれからも、聴いたことがある曲もない曲も聴いてみたいと思い、図書館やCD店に足を伸ばす。今聴いても分からない曲は何年かかってでもいいからじっくり聴いてみようと思っている。もしピアノ曲で私にも弾けそうなレベルであれば弾いてみたい。その方が聴く何倍も味わえるから。

 私はまだクラシックファンとしてひよっこの存在。そんな私がこんなことを書くのは、凄く生意気でもの知らずな人間だと思う。でも、もしクラシック音楽の世界の入り口に立っていて、その先の様子をそっと伺っている人を見かけたなら、手をとって「一緒に聴こうよ」と言いたい。生涯飽きることなく付き合うことの出来る音楽が、ごろごろしているのだから。私が出来るのはこのブログで好きな曲を紹介することや、友人知人のクラシック音楽に対する「堅苦しい・難しい・とっつきにくい」概念を少しでも和らげるような情報を流すことぐらいしか出来ない。でも、それが何かを変えるなら、それだけでも行動したい。はたから見たらどうしようもないオタクだけど、オタクだって自認しているからいいや、と開き直ってみたり。


 長くなってしまったけど、言いたいことは以上。ブーム・流行は嫌いだけど、それを『使う』ことだって出来るんだなと感じた。
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by halca-kaukana057 | 2006-12-19 23:27 | 日常/考えたこと

薄紅天女

 「薄紅天女」(荻原規子、福武書店、1996)
 

「勾玉」シリーズ第3作。そしてシリーズ最終作。


 武蔵の国に住む17歳の少年・籐太(とうた)と、謎の死を遂げた彼の兄の息子である同い年の甥・阿高(あだか)は、いつも一緒にいることや二人とも容姿がいいことから「二連」と呼ばれ、周囲の女性たちの話題にいつも上っていた。その阿高は、夜中に突然誰かに憑かれたかのように別人になって予言をする不思議なことがあり、それを知っているのは藤太だけで阿高自身も知らなかった。ある日、藤太はその別人になった阿高から「坂上将軍に阿高を会わせてはならない」と言い、自らを「ましろ」と名乗った。その翌日、閲兵式の予行の手伝いをしていた藤太は、蝦夷討伐の長に抜擢されたという坂上田村麻呂に出会い、ましろの言葉を思い出す。閲兵式の予行の夜、藤太と阿高はましろのことでけんかになり、阿高は外に飛び出してしまう。藤太の兄である父のことも分からず、母が誰であるのかはそれ以上に分からない。混乱した阿高は、彼のことを「巫女姫」と呼ぶ不思議な男たちに出会う。彼らは蝦夷で、陸奥で儀式を受ければその謎が解けると言い、阿高もついて行くことにする。一方消えた阿高を探す藤太は、坂上田村麻呂に会い阿高のことを告げる。すると、田村麻呂は阿高が伝説の勾玉の巫女の化身であり、その巫女が元は蝦夷にいたため巫女を取り戻すために蝦夷が阿高を連れ去ったと推測し、阿高を取り戻すために共に陸奥へ向かう。阿高の父が陸奥で死んだ後、武蔵の家の戸口の前に置かれていた赤ん坊の阿高が手にしていたという、半透明の勾玉を手にして。



 時代はさらに進み、奈良時代の設定。しかも、物語の最初の方は藤太の恋わずらいに重点が置かれているため、全くあらすじが飲み込めなかった。しかし、阿高が蝦夷について行った後からようやく謎が解け始める。蝦夷の女神・チキサニと阿高の父のこと、田村麻呂が帝から言い渡された密命、そして都に出て帝の一族を襲う怨霊。シリーズの中で一番入り組んだ話だと思う。でも、読み進めて行くうちに明かされる謎に惹かれ、ミステリーを読んでいる気分で見事にはまってしまった。途中から阿高と共に物語の鍵を握る天皇の娘・苑上も登場し、全部読まないとどういう話なのか全て明かされない。なんて巧い物語なんだ。

 物語自体はこれまでの日本神話が基になっているのとはちょっと違い、これまでの「空色勾玉」「白鳥異伝」の延長上の話に、「更級日記」に出てくるという「竹芝伝説」をベースにしているのだそうだ。「竹芝伝説」とは、あとがきによると帝の娘が彼女の部屋の庭を掃いていた青年を見初め、彼に「あなたの故郷に連れて行って欲しい」と言いそのまま武蔵の国の竹芝で幸せに暮らしたという伝説なのだそうだ。それを「更級日記」の作者・菅原孝標の女が常陸から上京する途中、武蔵の国でこの伝説を聞いたのだそうだ。これまでの2作とは雰囲気が違うのもそのせいか。


 さらに、奈良時代の設定なので仏教の影響も色濃く出ている。日本神話を信仰して来た倭人たちは、外来の仏教を信仰するようになる。しかし、帝の一族は日本神話と切っても切れない縁であるし、蝦夷たちも日本神話にあたるものを信仰していたようだ。この物語から話はずれるが、漫画「ヴィンランド・サガ」でヴァイキングたちが信仰していた北欧神話から離れキリスト教を信仰するようになったのと同じように、倭人も日本神話から仏教を信仰するようになる。でも、北欧(スカンディナヴィア諸国)で現在はキリスト教が国教になっていて北欧神話は信仰の対象ではなくなってしまったのに対して、日本では今でも日本神話をルーツとする神道を信仰する人はいるし、仏教を信じる人でも八百万の神を意識したりする。仏壇と神棚がある家も少なくない(我が家にも両方ある)。この違いは何なのだろう。外来文化を日本に合うようにうまくアレンジして、ミックスして取り入れてきた日本人だからこんな宗教概念・文化を作り出してしまったのだろうか。ここからは民俗学とかそっちの世界か。


 あと、前2作と雰囲気が違うのは、主人公が男だからかも。これまでは闇の一族の血を引く少女が、輝の一族の血を引く少年と出会い、共に行動し成長して、だんだんお互いに惹かれあい…という流れだったのが、今作では立場が逆になってしまっている。しかも物語の大半は阿高と藤太の「男の友情」がメイン。阿高が自分自身が何なのかと問い、迷い、不器用ながらもまっすぐ目的に進んでゆく姿がたまらなくかっこいい。前2作とは違うたくましさを感じられる。


 「勾玉」3部作を読み通して、日本神話がこんなに魅力的で面白いものだとようやく分かった。古典文学は難しい、読みにくいと感じていたけどこれからはそれらに対する考え方が変わったと感じる。某首相の例の標語ではないけれど、日本再考にもなったと感じる。3部作まとめてオススメします。


<<これまでの「勾玉」シリーズ感想>>
「空色勾玉」シリーズ第1作。
「白鳥異伝」シリーズ第2作。
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by halca-kaukana057 | 2006-12-19 20:58 | 本・読書

腐ってもグランドピアノ

 楽器店のレッスン室を借りて、グランドピアノを弾いてきた。手当たり次第電話して、貸し出しをしていると見つけたのがここ。私が子どもの頃習いに行ったことがある教室。1時間2000円と高いが、たまに弾くならいいだろう。

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 使ったピアノは少し古めのもの。鍵盤に傷がついている。でも、音が違う。部屋が一般家庭の部屋とは違うのもあるのだろう、響きが違う。鍵盤のタッチも軽めだったが、弾きやすかった(どうやら我が家のピアノの鍵盤は重めらしい)。あと、ペダルがとても重かった。ちょっと踏んだだけでは効果が出ない!慣れるまで時間がかかった。でも、やっぱりグランドピアノ。月一ぐらいの頻度で借りようかな。実は我が家のピアノは、20年近く調律していない。いつも、今年こそ調律しなくてはと思うのだが、なかなか行動に移せない。困った。

 慣らし弾きをした後、パソコンを持ち込んで録音してきた。
ブルグ25:バラードのページにあります。「第2回録音」が今回の録音です。

 でも、パソコンを持ち歩くのは重いな。ICレコーダーなんてあれば便利なのだが。

 以上をもってブルグミュラー短調キャンペーン第1弾「バラード」は終了。次は第2弾「別れ」に進みます。なかなか速く弾けない。こういう曲の場合、鍵盤が軽めの方がいいんだけどなぁ。


<<おまけ>>
 例のBISのシベリウス箱が届いた。CD15枚が。早速聴いている最中です。これでしばらくの間楽しめそう。合唱曲をあまり聴いたことが無いから、その辺が楽しみだ。
 あと、一緒にツェルニー100番CDも注文して到着。聴いて練習に取り掛かろう。
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by halca-kaukana057 | 2006-12-17 21:16 | 奏でること・うたうこと


好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)

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