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イプシロン・ザ・ロケット 新型固体燃料ロケット、誕生の瞬間

 9月14日に打ち上げられた、日本の新型固体ロケット「イプシロン」。搭載され打ち上げられた人工衛星・惑星分光観測衛星「ひさき」(SPRINT-A)も軌道上での試験を終え、運用を開始しました。
JAXA:惑星分光観測衛星「ひさき」(SPRINT-A)の初観測データの取得及び定常観測運用開始について
アストロアーツ:惑星分光観測衛星「ひさき」、搭載装置の初期確認を完了
 しかし、「ひさき」という名前がとても好きだ。下記過去記事に命名の由来を引用してあるのですが、その由来が素敵だ。科学衛星は打ち上げ後に愛称の命名をするのですが、近年のJAXAの衛星の、一般公募して基本的に数の多いものを愛称として打ち上げ前に命名するシステムも「名付け親」になることができていいのですが、「ひさき」は公募では絶対に出てこない名前。出てきたとしても少数で、切り捨てられてしまうだろう。いい名前です。

・打ち上げ時の過去記事:イプシロン打ち上げ成功! 固体ロケットの夜明けの先へ

 前置きが長くなりました。そんな、イプシロンロケットの魅力が詰まった本が出ました。

EPSILON THE ROCKET イプシロン・ザ・ロケット 特設サイト

イプシロン・ザ・ロケット ―新型固体燃料ロケット、誕生の瞬間
西澤 丞/オライリー・ジャパン/2013
 JAXA全面協力の下、「イプシロン」の開発…町工場での部品製作から、内之浦への輸送、搭載人工衛星の開発、射点での組み立て、打ち上げまでを追った写真集です。それぞれの過程で、「イプシロン」に関わった人々へのインタビューも収録されています。

 写真家の西澤丞(にしざわ・じょう)さんの写真が、とにかく美しい。優れた機械・モノは、美しさを持っていると思う。緻密さ、繊細さ、磨き上げられた輝き、つるりとした曲面、複雑だけれどもそれぞれどれも無くてはならない配線。そして、宇宙を目指して、スッと、凛とした姿。そんなイプシロンロケットの美しさが、どの写真からも伝わってきた。こんな美しいロケットの本は初めて観ました。美しいロケットの本なんて、今まであっただろうか。特に町工場での部品づくりの写真が、たまらなく美しい。日本の技術に欠かせない、町工場の職人さんたちのものづくり。その腕と、技術と、ひとつひとつの部品に込める精神が、ますますロケットを美しくしてゆく。イプシロンのあの白い(+赤いラインの入った)機体の中に、こんなものが詰まっているとは…。しかも、ロケットは一度きりのもの。人工衛星を宇宙へ運ぶ輸送機。所定の高度で第1段、第2段と切り離して、人工衛星を軌道に載せれば任務完遂。そんな儚さも、美しさの所以なのかもしれない。

 写真でうっとりしていると、各工程に携わった方々のインタビューがあります。それぞれの工程では、皆違うことをしているのだけれども、それが繋がってゆくとひとつのロケットになる。完成品のロケットの姿を思い浮かべて、つくっているのだなぁと読んでいて思う。最後の、プロジェクトマネージャー・森田泰弘先生も、「宇宙開発・ロケット開発は人間関係」という秋葉鐐二郎先生の言葉を胸に、「ロケットの開発で人を育て、人を活かし、技術を人でつないでいく、伝えていく」と話している。ロケットは沢山の人々の技術と、想いの結集なんだ。その想いを念頭に置いてもう一度読んでみると、ますます美しく見える。

 この9月に打ち上げられた「イプシロン」は、まだ試験機。これからが本番です。準備期間の短さ、人工知能搭載、モバイル管制など、「ロケットに革命をおこす」ことも目標の「イプシロン」。これからの「イプシロン」にも、目が離せません。

 この本のための撮影では、開発中の新型ロケットということで、写真は全てチェックを受け、門外不出になったものも少なくないそうだ。無人カメラで撮影されたものもあるそう。よくここまで撮影、取材できたなぁと感じます。感服です。

 写真が多いので、お子さんと一緒に観るのもいい本です。”本物のよさ”が伝わってくる、じっくり味わえる本です。イプシロンロケットの魅力に浸れる。素晴らしい本をありがとうございます。

 ちなみに、公式スペシャルムービーもあります。雰囲気を味わってください。
YouTube:写真集『イプシロン・ザ・ロケット―新型固体燃料ロケット、誕生の瞬間』

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by halca-kaukana057 | 2013-11-28 21:27 | 本・読書

小惑星に挑む

 今日、11月26日は、小惑星探査機「はやぶさ」(MUSES-C)が小惑星イトカワへの第2回のタッチダウンを行った日。2005年のこと…もう8年も前になるのですね。久々に「はやぶさ」関連の本を。


小惑星(ほし)に挑む
あさり よしとお/白泉社・楽園コミックス(書籍扱い)/2013

 「なつのロケット」、「まんがサイエンス」シリーズなど、科学・宇宙関係の漫画と言えば、あさりよしとお先生。そのあさり先生も、ずっと「はやぶさ」を追い続けてきました。「まんがサイエンス」で「はやぶさ」について言及されているものもありますし、「アステロイド・マイナーズ」は小惑星探査・小惑星開拓の物語(2巻が出て、読んではいるのですがまだ感想書いてません!)。でも、1冊まるごと「はやぶさ」を描いたのはこの作品が初めて(だと思う)。あさり先生が、どう「はやぶさ」を描くのだろう、と思ったら、思わぬ視点から来ました。

 思わぬ視点…地球よりもはるかに高度な科学文明を持った、異星人の少女2人。高度な科学文明はあるけど、閉塞していた…。彼らが見失った何かがあるに違いない…と異星の文明を調査しに来た。そして、太陽系で小さなある機械を見つける。それは、「はやぶさ」のローバー・ミネルバ。「はやぶさ」のことを知った2人は、「はやぶさ」の苦節の旅を見守り続ける。地球という惑星にあるであろう文明と人類が、この探査機に何を託したのかもともに…。

 高度な科学技術を持った地球外文明からの視点とはやられました。0話での、太陽系・地球の文明について調査に来た理由を話すところで、グッと心をつかまれました。科学文明の進んだ先に、何があるのだろう。それはわからないけど、何かが生まれた黎明期のことには、学ぶことや忘れてはならないことが沢山あると思う。「はやぶさ」なら小惑星探査・深宇宙探査ですが、宇宙開発、科学技術、その他のこともにも言えるのではないかと思う。もし、今がその黎明期なのだとしたら、私たちはそのことをしっかりと見て、心に刻んで、後世に伝えてゆかねばならない。

 異星人の2人は「はやぶさ」の旅路を見つめ続ける。次から次へと起こる「はやぶさ」のトラブルや、「はやぶさ」が何をしようとしているのか、そしてどうトラブルを乗り越えて、何を為そうとしているのか…。「はやぶさ」の仕組みやトラブルなどに付いては、さすがあさり先生、とてもわかりやすい解説です。でも、それが、地球からの視点ではなく、偶然「はやぶさ」に出会ってしまった高度な科学文明を持った異星人の視点なのが面白い。彼らなら、その場で「はやぶさ」を直すこともできる。でも、手出しせずに、何が目的でここまで来て、トラブルも乗り越えて地球に還ろうとするのかを見守る。「はやぶさ」自身の視点にも近いかもしれない。

 異星人たちも、「はやぶさ」に感情移入する。私たちがしたように。「はやぶさ」の地球大気圏再突入も。そしてたどり着いた、「はやぶさ」に託された本当の使命と、「はやぶさ」の先にあるもの。

 「はやぶさ」の旅路・物語は数多く語られ、語られ過ぎている。語られつくした…のかもしれないと思ったが、違うと思う。小惑星探査・深宇宙探査の黎明期である今、「はやぶさ」に何を託していたのか、「はやぶさ」が何の始まりであるのかを、何度でも確認する必要があると思う。「はやぶさ」のドラマティックな旅路の思い出に浸るのとは違う。勿論「はやぶさ」だけじゃない。太陽系を脱出し、未知の太陽系の外側へまだまだ飛行を続けている「ボイジャー」や、他の惑星で探査を続けている数多くの探査機たち。深宇宙探査の新時代の鍵になるであろう、ソーラーセイル実証機「IKAROS(イカロス)」。今も金星に辿り着こうと、粛々と飛行を続けている金星探査機「あかつき」(PLANET-C)のことも忘れてはいけない。そして、来年12月、「はやぶさ2」が打ち上げ予定であることも。

 コンパクトにまとまった「はやぶさ」漫画なので、「はやぶさ」・小惑星探査入門にもいい本です。

 最後に、JAXA公式に、あさりよしとお先生のインタビューがあるので、貼っておきます。現在、民間ロケット「なつのロケット団」でロケット開発・打ち上げにも関わっているあさり先生。あさり先生のロケットへの想いがつまっています。
ファン!ファン!JAXA!:ロケットを作ろうと誘われたら、断る理由はない 漫画家 あさりよしとお
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by halca-kaukana057 | 2013-11-26 21:54 | 本・読書

思惟する天文学 宇宙の公案を解く

 アイソン彗星が見られないので、天文関係の本を読む。かなり深い本です。


思惟する天文学 ― 宇宙の公案を解く
佐藤勝彦、池内了、佐治晴夫、渡部潤一、高柳雄一、平林久、寿岳潤、大島泰郎、的川泰宣、海部宣男/新日本出版社/2013

 この豪華執筆陣!天文雑誌「スカイウォッチャー」に1994年から2000年にかけて掲載された「宇宙の公案Ⅰ」と、「スカイウォッチャー」の後継誌である天文雑誌「星ナビ」(アストロアーツ)に2012年に掲載された「宇宙の公案Ⅱ」を書籍化したもの。「星ナビ」で読んで、とても面白いなと思っていたのですが、読み逃がした記事もあり、書籍化されたらいいなぁと思っていました。書籍化して嬉しいです。

 「思惟(しい)」とは、「思考」、哲学では感性や意欲とは区別される。「公案」とは禅宗において修行者が悟りを開くための課題として与えられる問題のこと。禅の祖師達の具体的な行為・言動を例に取り挙げて、禅の精神を究明するための問題。これを、宇宙・天文に置き換えて、宇宙天文の様々な分野で活躍する研究者・専門家の先生たちがそれぞれに問題を提示し、それについて考えを書き綴ったのが「宇宙の公案Ⅰ」。その10数年後、再び同じテーマ・問題について考え書き綴ったのが「宇宙の公案Ⅱ」。
 10数年も経つと、肩書きも研究している大学や機関にも変化があるし、世の中も、宇宙・天文についても変化している。寿岳先生は、2011年に他界されてしまった。そんな変化の中で、天文学者・宇宙科学・工学者たちは、宇宙をどう捉え、何を考えているのか。それを垣間見ることのできる本です。

 宇宙・天文は、とても幅の広い学問だ。天文学から宇宙科学・宇宙工学・宇宙開発まで。天文学も、観測するものから、スーパーコンピューターの計算で星や銀河、宇宙の成り立ちを研究する理論天文学、宇宙がどのようにできたか、何で出来ているのかを探る宇宙論、ニュートリノやヒッグス粒子などのミクロの世界からマクロな宇宙を探る素粒子天文学…細分化しようと思えばどんどん出てくる。地球以外の星に生命はいるのか、異星人はいるのか…これは宇宙生物学の研究対象。観測方法も、可視光から赤外線、X線、電波と専門は細分化されている。宇宙・天文とひとくくりにはできるけど、その中は、まさに広大な宇宙のように広く、深い。全てを包んでいる。

 読んでいて思うのが、宇宙を研究していると、つまるところ、「人間とは何か」「生命、いのち、生きているとは何か」「過去、現在、未来…時間とは何か」「宇宙はどこから始まって、どこへ行くのか」「この宇宙の中で人間とはどういう存在なのか」「科学とは何か」「宇宙を見るとは何か、どういうことか」「自分自身は何者か」…こんな哲学的な問題に行き着いてしまう。人間は宇宙の中では、ちっぽけな存在なのに、宙を見上げて、沢山の星ぼしを見上げては、そんなことを考えてしまう。広い宇宙の片隅で、ちっぽけな存在の人間が、宇宙の謎に近づこうと日々研究を続けている。新しい発見の度に「宇宙の謎の解明に一歩近づいた」という言葉が出てくる(私も使っている)。でも、新しい発見が見つかれば見つけるほど、また新しい謎も見つかっている。どんどん宇宙の深いところへ進んで行っているような気持ちになる。その先に、何があるのかは、わからない。

 宇宙は、私たち人間が住んでいるところ。空間も、過去・現在・未来の時間も、全てこの宇宙の中にある。宇宙の外側がどうなっているのかなんて、観測もできないし捉えることもできない。宇宙の中で、宇宙のことを考えている。宇宙の様々な姿を見ようと、新しい観測機器を開発して、様々な方向から観測も続けている。ただ、この宇宙がどうなっているのかを知りたいだけ。それは、すぐには役に立たない、それで生活は何も変わらないかもしれないけれど、渡部先生が書いている通り「長期的かつ巨視的な視点を与えてくれる」(107ページ)。

 広大な宇宙を前にして、自身の問題に取り組んでいる先生方の思考の言葉の深さ。読んだ後、私の「宇宙の公案」は何だろう?と思う。私は宇宙天文の専門家でもない。アマチュア天文家というレベルではない。星を見るのが好き。星座の成り立ちや、星や天文の文化史…野尻抱影に代表される星の民俗学にも関心がある。広範囲な天文学に興味があり、宇宙開発・宇宙工学にも興味がある。ただ、宇宙のこと、天文のことをもっと知りたい。面白いから。星・天体を観るのは楽しい。彗星や流星群、オーロラや日食・月食を観られるなら観たい。星空の中、探すのも楽しい。ロケットの打ち上げも観たい(あの轟音、空気感を味わいたい)。行けるなら、宇宙に行ってみたい(でも加重力が苦手…不安ではある)。ただ、宇宙天文が好きなだけ。

 そんな私にとっても、「宇宙の公案」はあるような気がしている。実際上記したような、つまるところ哲学的な疑問を、星を見ながら、天文学の本を読みながら考えることはある。例えば、アイソン彗星は、今地球から見える位置までやってきたが、また遠ざかっていってしまったら、もう二度と再会できない(非周期彗星)。アイソン彗星がこれまで飛行し続けてきた時間と距離、そして近日点を通過して、まだ彗星が残っていたら、これからどこへ向かうのか。そこへ向かうまで、どのくらいの時間がかかるのか。また、遠くの天体の光は、今のものではなく過去のもの。100光年先なら、光の速さで100年かかる距離。100年前の光を私たちは今観ているのだけれども、でも私たちにとっては”今”でしかない。過去と今現在が一度に”存在している”。この時間の不思議さ。宇宙を見れば見るほど、様々な謎が見つかる。それは、「自分自身とは何か」という問いに繋がるように思える。

 天文学について高度なことも書いてありますが、哲学的な視点からも楽しめる本です。第一線で活躍されている先生方の日常のひとコマのような写真もあって、親しみやすくも感じます。先生方と一緒に、「宇宙の公案」について考えてみる。その答えは、この本を読んだだけでは出ないと思うけれども、宇宙の深さ・広さの中に自分も生きているんだと思えます。それが答えなのかもしれない。
 この本はどうぞゆっくりと読んでください。
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by halca-kaukana057 | 2013-11-23 23:06 | 本・読書

アイソン彗星を見られないので

 太陽にどんどん近づき、明るさも増してきているというアイソン彗星(C/2012 S1)。前回の観望後はずっと天候が悪く、雲が切れません。しかも、東の低空は家から見えず、地形も開けていない…。

【観望の様子】
若田さんのISSを見よう +2つの彗星はどこだ!?
見えてる?わかる?ここにある? ラブジョイ彗星&アイソン彗星を観たい!第2夜

 図書館に行ったら、アイソン彗星特設コーナーがあって、ちらしも置いてあったので、悔しいので貰ってきました。
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 このチラシは、キャンペーンサイトでDL出来ます。
アイソン彗星を見つけようキャンペーン
 彗星を探したら報告してね。見えても見えなくても報告できます。

Togetter:倉敷科学センターの中の人によるアイソン彗星の観察のポイント
 彗星を探す時、見る時はこれを是非参考にしてください。ぼんやりと、淡いので、根気よく。
(粘って粘って探したんだけどなぁ…それでも見られなかった私は一体…。)

 今後も悪天候が続きます。11月29日に最も太陽に近づき、地球から見て太陽の裏側を通過し、そのまま彗星が残っていれば12月にまた観望チャンスがあります。太陽の熱で彗星が崩壊せず、残っていればの話ですが…。あと、天気も、12月に入ると雪が…。
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by halca-kaukana057 | 2013-11-21 22:11 | 宇宙・天文

今の積み重ねの先に「見える」もの ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」全体感想

 感想記事がシリーズになってしまっています…。
ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」(作曲:宮川彬良、脚本:響敏也、演出:佐久間広一郎、演奏:セントラル愛知交響楽団)。
 後編の放送からも1週間過ぎました。そろそろ全体の感想を書きたいと思います。
◇番組公式&全編丸ごと聴けます:FM AICHI:ラジオミュージカル「あしたの瞳」
 以下思い切りネタバレしますので、ネタバレしたくない人はまず公式で全編聴いてね~

【これまでのシリーズ記事】
・前編・作品概要の感想:「見える」とは何だ? ラジオミュージカル「あしたの瞳」前編
 ↑前編で流れた歌リストあり。
・前編の覚え書き: ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」前編 覚え書き
・後編の覚え書き:ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」 後編 覚え書き
 ↑後編で流れた歌リストあり。

 前置きとして、他の本や音楽などの作品の感想記事でも、「自分はどう読んだか」について書いてきたのですが、今回はその色を濃くしようと思います。というのは、この作品のテーマは”「見る」「見える」とは何か?”前編の感想記事でも書いたのですが、前編の冒頭での語りにこうあります。
見るものは同じであっても、
見る人間によって、見る環境によって、その見方によって
それは様々に変化してしまう
ならば、人はたとえそれが歓喜の時であったとしても、苦渋の時であったとしても
その見方次第で違った光景を、自らにもたらすことになるだろう

 この「あしたの瞳」というひとつの作品も、「見る人間によって、見る環境によって、その見方によって それは様々に変化してしまう」。
 元々はオペラの作品で、ラジオでは「見えない」けれども、私がこの作品をどう「見た(聴いた・読んだ・感じた・考えた)」のか、この作品から何を思ったのか。私の「見る」「見える」こととは何か?そんな”私の視点”で書きたいと思います。

 まず、この作品には3つ、テーマがあると読みました。
○「見る」「見える」とは何か
○つくること。何かをつくることへの情熱・よろこび

 この2つを元に、もうひとつ
○時間の中で、人間が生きるということ

 ひとつずつ、いきましょう。

○「見る」「見える」ということ…何を「見る」?どう「見る」?…「見方」
 いきなりメインの、結論となるテーマに入り…ませんw結論までの過程にある「見る」ことについて。冒頭で書いた見方について。

 主人公・常一にとって、大きな意味を持つ「見た」もの…戦中・終戦直後のこと。常一は戦中・終戦直後にあったことを、前編で忘れようにも忘れられない辛い思い出と振り返る。
 戦時中、学徒動員で兵器の部品を作っていた常一と、先輩の坂本。作っているものが、兵器になり、人を殺す、命を奪うものとなる。そんな現実に向き合い、ショックを受ける常一に、坂本はこう言う。
心ない技は、世の中を住みづらくする。
心ある技は、世の中に笑顔を運ぶ。
技術のよしあしを見分ける方法は、それに尽きるだろう。
その技術が人によりよい未来を運ぶかどうかだ。

 この坂本の言葉が、後の常一に影響を与える。坂本のこの言葉と考えは、当時の日本の社会情勢では公には言えないこと。元々手先が器用で、旋盤の技術もすぐ習得してしまった常一にだけは話せたことだと思う。常一のその高い技術を認めていたから、その技術が世の中に、人に笑顔を運ぶ未来がいつか来ることを信じていたのだろう。だから常一には伝えたかった。常一もその坂本の「見ていた」であろうものを、その言葉で受け取った。そして、その技術・腕を磨き、その後の常一に繋がってゆく。

 終戦後の混乱期、飢えた人々が食料を奪い合っている。その様を「見て」、その奪い合っている人々は自らの姿を見失っている、と。これも、後に関わってくる「見方」。
 そして、コンタクトレンズという”眼に入れるレンズ”の存在を知り、でも実物を見られなかったので自分で作ろうと決意し、作り始めた常一。このコンタクトレンズを作るために手に入れたアクリル板。これは、戦闘機の部品・窓の部分だった。
 戦争の部品を作ることで更に磨いた技術。そして、戦争のために使われた兵器の部品。それを使って、平和な時代、平和な世界を「見る」ためのもの…コンタクトレンズを作る。

 先日聴いた、NHKオーディオドラマ「天空の道標」でも、戦時中、戦場に向かうために星を使って現在位置を調べていた。星も戦争の道具だった…と振り返る老いた男に対して、その男の無事を祈り続けていた少女にとって星は希望の象徴だった。戦時中、ある場所・ある人にとっては戦争の道具だったとしても、同じ時代の同じ状況に置かれていたとしても他の場所・他の人にとっては全く異なるものとなる。

 常一にとっての、自分自身の手先の器用さ・技術も、戦時中に戦闘機の部品だったアクリル板も、戦後、コンタクトレンズを作ることで全く違うものになってしまった。「見方」が変わった。坂本の言葉の通りに。

○つくること。何かをつくることへの情熱・よろこびと”今・この時”
 次、つくること。先にも述べたように、常一はとにかく手先が器用。つくることが好きで、老いて現場を離れても、何かをつくっていないと気が済まない。
 戦後、働いていた眼鏡店で知り合ったアメリカ人から、コンタクトレンズの存在を知る。しかし、見せてはもらえない。見たい、でも見られない…ならば、自分で作ればいい!と、コンタクトレンズの資料も何もないのに、作り始めてしまう。手探り、試行錯誤の先の「見えない」作業のはずなのに、連日徹夜してでもただ作りたい。作ることの疲れなら、苦労だと感じない。つくることはよろこびだ。歌「光と歓びを作る歌」で、そう穏やかに歌われている(この歌が好きだ)。レンズ作りに没頭する毎日…常一は”今・この時”に集中していた。
 なにかを「作ること」は、”今”に集中することだと思う。目の前にあるもの・レンズに向かう。作っている”今”は、”今”でしかない。”今”以外の何物でもない。どうやっても、二度と同じものは作れない。だから、たのしいのだろう、きっと。常一にとってはそれはレンズでもあるし、ヒロイン・君代に語る言葉
今日、いまこの瞬間が明日に繋がる。明日を作るのは僕自身だ。
僕は、僕を信じてくれるきみのためにも、きみが信じてくれる僕を、僕自身を作り続けるよ

 常一自身をもつくり続けていた。その作り続けていた自分自身は、どこへ向かうのか。次に続きます。

○過去・現在・未来を「見る」
 3つ目のテーマに行く前に、ここまでの2つのものを組み合わせてみます。
 まず、過去を「見る」こと。常一は常一自身の視覚的記憶の化身「眼球の記憶」とともに、自身の過去を遡る。そこで見た過去は、先にも書いたとおり辛い、残酷なものだった。しかし、常一はその過去から目をそらしていない。それを表しているのが、「過去を見続けるために」の歌詞のここ。
過去の記憶を消そうとするから 過ちをまた繰り返す
過去を見続けるために これでレンズを作ろう

 よく、「~があったから今の自分がある」と言うことがある。よく使われる言葉・表現だ。常一も、戦時中の学徒動員が無かったら、戦争を「見て」いなかったら、コンタクトレンズ開発に繋がらなかったかもしれない。

 次、現在を「見る」こと。レンズ作りの過程で、出来たレンズを自分の眼に入れて確かめてみようとする常一。しかし、常一に恋する君代は、心配して止めてしまう。そんな君代に、常一はこう言う。
眼に入れて確かめてみなくちゃ、一体どんな風に見えるのか、それとも見えないのか
何もわからないじゃないか。
自分のこの眼で確かめてみなくちゃ何もわからない。
痛いとしたらどれほど痛いのか、そういう痛さなのか知っておきたい。いいや、知らなきゃいけないんだ。

 レンズを作っている”今”を、自分自身の眼で「見よう」としている。見えないかもしれないことも、痛みも。

 そして未来。続けて、常一は君代にこう語る。
僕は、人が見たいものを見る時に、役立つものを作りたい。
これまで自分の目で見ることができなかった人も、
不自由なく見たいものが見えるようになる。
そんな新しい世界が見たいんだ。

 コンタクトレンズ開発の先にある未来の世界。自分が今何を作っていて、それがどうなるのか。それが「見えて」いた。そのために、自分自身を作り続けていた。

 これを踏まえて、最後
○時間の中で、人間が生きるということ…過去の積み重ねの先の今と未来
 後編の最初、眼球の記憶の語り
人に何かが見えているとしたら、一体何が見えているのだろうか。
人が見る記憶の積み重ねは、人生をつくり、時に進む道を左右してしまう。


 そして、過去を遡る旅の終わり、「見る」ことの真実をいつ見せてくれるのか?と問う常一にこうも語る。コンタクトレンズを開発した常一に。
新しい見え方、新しい光を世の中に与えたのだ。
見るとは何だ。見えているとはどういうことなのか。
見ることの真実。それはお前自身の中に存在するものだ。
自らの明日の希望を見ることができるのは己のみ。
人は自らの道を切り拓く力を持っている。
それこそが、お前が生み出した、本当の”あしたの瞳”

 「目には見えない。しかし、そこに確かに存在するものが、ある。」
 コンタクトレンズの存在を知ったが、見たいのに見られない若き日の常一の姿に対する、眼球の記憶の語りですが、見えないけれども存在するもの…未来、未来の希望もそのひとつだと思う。はっきりとした未来の希望・夢を持っている人は別だが、未来は「見よう」としてもよく「見えない」もの。何となく「見えている」ような気もする。私はずっとそう感じてきた。この先、近い将来、自分が何をしているのか、何をしたいのか、あまりよく「見えない」。「見えない」ことにずっと不安を感じてきた。ここ数日、未明の空に「見たい」と探した淡い彗星のような、先日読んだ「夜明けのカノープス」(穂高明:著)で出てくる、空低くある星・カノープスのような。コンタクトレンズも、眼鏡も、彗星を観るための双眼鏡・天体望遠鏡も、ピントが合わなければ「見えない」。でも、ピントが合えば、暗い天体も観やすい暗い条件のよい空、カノープスがもっと高い空に見える位置に移動すれば、はっきり見えてくる。人間は、自らピントを合わせられる、移動することが出来る。積み重なった過去…たとえ辛くても肯定する見方を持ち、”今”に集中して、自分をつくり続ける。その中で見えてくる希望…その希望を見い出すことこそが、”あしたの瞳”だと。

 最後に歌われる「フィナーレ」を聴いていると、この物語は閉じて終わっていない、開かれた物語なんだと思う。眼球の記憶が「見ることの真実。それはお前自身の中に存在するものだ。自らの明日の希望を見ることができるのは己のみ。」と語るように、明確な答えは出していない。”あしたの瞳”という表現も、(いい意味で)曖昧で開かれている(それゆえ、わかったと思ったら、しばらくするとわからない…と揺れ動いていますw)。それを表現しているのが、「フィナーレ」で坂本→常一→君代の順にそれぞれの見い出した希望を歌っている。そして、その希望は、各々一人だけで見い出したものではない。後編で常一と君代の恋物語も描かれるが、ラブロマンスで流して…流せなかった。ああ、関係あったんだ!また、前編覚え書きの、冒頭の部分で老いた常一と坂本が対照的だと書いた。対照的なようではあるけれども、それは、坂本と常一が「見ている」ものが、置かれている状況が異なるから。坂本は、家族との中で希望を見い出したから。これに対になるのが、終戦直後の混乱期、食料を奪い合う人々が自分自身を見失っていた…他の人はどうでもいい、と思っていたからだろう。
 「フィナーレ」を何度も何度も聴いていると、開かれた物語の先に向かおうという気持ちになってきます。この物語の先に、自分自身の物語もある。最近自分の周りで「見た」こと、体験したこと、思ったことも、この物語に繋がってきて、それも交えて書きました。壮大になったな…(したのは私かw)

 あと、この物語は戦争も描いているし、常一のコンタクトレンズ開発の過程も想像以上に大変なものだったかもしれない。でも、物語全体には”光”があって明るい。前編の戦中・終戦後の混乱期のあたりは影がありますが、それを後編でそれらを”光”に変えるような力強さ、まっすぐさ、熱さがある(「過去を見続けるために」のあたりではっきりとする)。きっと、物語のどこに光を当てて、どう「見せる」か、どう見せようとしたかったのか。そんな「見方」もこの物語は含んでいると思います。

 物語の面の感想ばかり書いてしまいましたが、宮川彬良さんの音楽もどれもツボです。ハマってます。常一のテーマともいえる「もう一つの瞳」が様々な形に変奏されて、音楽も紡ぎだされているのもいい。それが、最後にはあの「フィナーレ」になる…胸が熱くなる。歌ももう暗記して歌えそうです…(実際、部屋にひとりでいると口ずさんでますwただ、歌詞がわからないところが少なくないので、そこらへんは曖昧。)
 あと、キャストの皆さんの声がハマっていて、特に安冨さんの若い常一。爽やかな好青年っぽさがよく出ているなぁと感じました。眼球の記憶の塚本さんも、惹かれる声です。…声フェチか私は?w

 先述しましたが、このラジオ版の元はオペラ。
◇オペラ公式:メニコンスーパーコンサート2013:歌劇「あしたの瞳」
 演奏は新日本フィルハーモニー交響楽団。オペラとは変えてある部分がかなりあるようです。特に「フィナーレ」を聴いていて、オペラを観たいと思いました。再演希望です!

 オペラの再演もですが、その前に、劇中の楽曲を生で聴けるコンサートもあります!
新日本フィルハーモニー交響楽団:特別演奏会コンチェルタンテ・スーパー宮川彬良vs新日本フィル☆チョー年越しコンサート2013→2014
 毎年恒例の彬良さん&新日本フィルの年越しコンサート。ここで、劇中の曲も演奏、オペラのソリストも登場とのこと。どの曲なのか、出演者は不明。気になる…。

 以上、長くなりました。どうしてこんなに長くなる…。

【2013.12.20 追記】
 上記オペラ公式サイトに、公演の模様がアップされていました!
メニコンスーパーコンサート2013:歌劇「あしたの瞳」:当日の風景

 公演のダイジェストムービーを観て、驚きました。ラジオ版と全然違う…全くの別物じゃないか!!!
オケも違うし編曲も違う、演奏もたっぷりと抑揚・強弱をつけていて、熱い。彬良さんの指揮が熱い。これがライヴ、初演の熱さか。これに、物語そのものも熱さ・情熱がこもっているのだから、これは劇場で観たら自分どうなるかわからない…。ラジオ版は随分とすっきりさせていますね。舞台での生の演奏・演技と、ラジオ放送が目的の録音では鳴らし方、響かせ方、歌い方、語り方も異なりますね。
 公演の画像がほとんどなかったので、キャストのビジュアルもはっきりとわかりました。ラジオ版で映像・画像無しでずっと楽しんできたので、オペラはオペラ、ラジオ版で想像した自分のイメージは自分のイメージでたのしむことにします。
 ダイジェストムービーだけでなく、作品紹介、登場人物紹介、物語についても詳しく書かれています。しかし…、「作品紹介」で、この記事も含むこれまでの関連記事で、考えて書いてきたことがあっさりと数行で書かれてしまった…ちょっとしょんぼりです。まぁ、答えあわせという訳ではないし、自分なりの読解はこれなので、これはこれ、公式の作品紹介は作品紹介で割り切ります。
 「ストーリー」も、ラジオでは断片的にしかわからなかった情報が書いてあるなぁ。オペラでは語られた(ラジオでは省略された)のかなぁ。やっぱりオペラとラジオ版は別物な作品であると感じます。ほぼ同じなんだけど、また違う。まず、オペラとラジオ版で編曲が違う、編曲を2種類用意していたことに驚きです。とても手が込んでる。脚本も書き直したところがあるだろう。
 最後に、ダイジェストムービーで、”舞台音楽家”の彬良さんを初めて観たと感じました。テレビとも、コンサートとも違う、舞台作品の指揮をしている彬良さん。当然あの軽快でユーモアたっぷりのトークは無し。彬良さんの音楽で、その舞台の作品の世界がつくられる。その様を少し垣間見た気がしました。

 ということで、再演お願いします!馳せ参じます!
以上、長い追記ここまで。
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by halca-kaukana057 | 2013-11-19 23:33 | 音楽

見えてる?わかる?ここにある? ラブジョイ彗星&アイソン彗星を観たい!第2夜

 今見ごろのラブジョイ彗星(C/2013 R1)と、だんだん明るくなってきたという話のアイソン彗星(C/2012 S1)。昨日は観ようとしたが、どれが彗星なのかわからず、観られないまま終わってしまった。
・昨日の様子:若田さんのISSを見よう +2つの彗星はどこだ!?
 今日未明も晴れたので、再挑戦。リベンジです。今度は観る。

 まずはラブジョイ彗星。
アストロアーツ:2013年11月 ラブジョイ彗星が肉眼等級に
 しし座の上の「こしじ座」(小獅子)にあるのですが…まずそのこしじ座がわかりにくい。1960年、ヘベリウスが創設した新しい星座。おおぐま座としし座の間にあるのですが…。
 星図を確認して、外を見た…明るい。月で明るい!明日は満月。満月前の月が、夜空を明るく照らしています。明るいしし座ですら、辿るのが難しい。月の無い空なら、しし座は楽に全体を辿れる。こしじ座も夜空に目が慣れれば、見つけられるのに。
 これは厳しい…と思いつつ、星をひとつひとつ双眼鏡で観て、確認する。どれが彗星だろう?やっぱりわからない。これか?これかな?と思いながら見つめるも、彗星らしきものがどれなのか、「わからない」。彗星がどんなものなのか、自分が「認識できてない」。ツイッターで検索すると、ラブジョイ彗星は見えた、明るく見えた、とある。…何故私にはわからないのだろう。何が足りなくて、「わからない」のだろう。悔しい。
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 この、しし座とおおぐま座の間のどこかに…。


 寒いので一旦撤収して、アイソン彗星が昇ってくるのを待ちます。

アストロアーツ:アイソン彗星特設サイト
国立天文台:アイソン彗星
アイソン彗星を見つけようキャンペーン

アストロアーツ:アイソン彗星が肉眼等級まで急増光! 18日の明け方、スピカが目印

 おとめ座のスピカを目印に探します。
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 今度は望遠鏡も出してきて探します。もうこうなったら本気出す。自分が持ってる最高の道具出す。望遠鏡のファインダーは天体観測向きの双眼鏡と同じぐらいの口径・倍率・視野なので、ファンダーも使えます。

 スピカを目印に探したのですが…やはり、どの星がアイソン彗星なのか、「わからない」。確かに、このあたりにあるはず。見えない?でも、ここにあるのに…。「わからない」。ツイッター検索をすると、アイソン彗星は見えない、見づらい、ようやく見えた…と。厳しいですね。もっと明るくならないかなぁ…。

 そして、夜が明けました。
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 「見える」「見えている」とは別に、その「見える」もの、「見えているもの」が何なのか「わかる」か「わからない」か。そんなことを考えながらの彗星探索でした。とにかく月が明るかった。ふたご座にある木星や、月を観ているほうがよかったかもしれない。
 ちなみに、流れ星を2つ見たような気がしました。彗星探しに集中していたので、あれ?今流れた?という感じでしたが。今はしし座流星群の時期。月明かりで見づらいですね…。
 あと、国際宇宙ステーション(ISS)の可視パスもあったのですが、彗星探しに一生懸命で忘れてました。若田さんのISSが…。それほど高度の高い、よい条件の可視パスではなかったのですが、明るいISSなら見えたはず…。

 彗星も、ISSも、見えるものを見落とす、「わからない」…悔しい星見の夜でした。
 ラブジョイ彗星はまだまだ見ごろが続くと思います。アイソン彗星は、これからどんどん太陽に近づいていって、明るさも増しますが高度は低く見つけ難くなります。どこまで明るくなるか。
 今後はまたお天気が崩れる予報。晴れた夜、また挑戦したいです。このままだと、春のパンスターズ彗星の二の舞だ。きっと今度は見よう。見たい。

【追記 2013/11/18】
 天体観測初心者・彗星観望初心者向けの、彗星を観るポイントがまとめられてました。
Togetter:倉敷科学センターの中の人によるアイソン彗星の観察のポイント
 双眼鏡で観た時どう見えるか、画像を再現したものの説明がわかりやすかった。これをもっと先に知っていれば…。
 これを思うと、1996年の百武彗星、翌1997年のヘール・ボップ彗星は一体なんだったのかと思います。この2つの彗星を、私は確かに観ました。こんなぼんやりとした光の玉ではない、彗星の姿をしていました。とんでもない大彗星だったのだなと思います。
 この2つの彗星レベルの大彗星、来ないかな…これからアイソン彗星は大彗星になるのかならないのか…。
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by halca-kaukana057 | 2013-11-17 16:01 | 宇宙・天文

若田さんのISSを見よう +2つの彗星はどこだ!?

 昼も夜もこのところずっと曇り空で、星見できずにいました。ようやく今日未明は晴れました。今、夜空には見たいものがいくつもあります。

 まず、前日若田光一宇宙飛行士が長期滞在を始めた国際宇宙ステーション(ISS)。今は、夜明け前の空に見ることができます。
JAXA:「きぼう」を見よう
 JAXAのISS可視パス情報サイト。ここを見れば、日本全国各地から、ISSがいつどの方角にどのように見えるかが一目瞭然です。
 ISSの可視パス情報サイトは色々ありますが、JAXA公式が一番使いやすくて、わかりやすいと思っています。初めてISSを見る方にもオススメします。

 今日早朝4時過ぎ、窓を開けて、ISSが見えるのを待っていました。見えました!!いつも明るい、瞬くことの無い光の点が、すーっと夜空を飛んでいく。これまで、数多の宇宙飛行士たちが滞在・様々なミッションをこなしてきましたが、今はあそこに若田さんがいる。思わず、「若田さん~!」と手を振ってしまいましたw
 撮影してみた。
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 ISSが、右下に…しかも途切れた。残念画像です。北斗七星を撮影したようなもの…北斗七星も星ひとつ撮れてない…。非常に残念…。
 これから、夜明け前の可視パスはあまり条件がよくないのですが、そのうち日没ごろの空にも見えるようになります。そうすれば、もっとISSを見る人も増えるでしょう。皆で観たいですね。


 そしてこの光の点には、日本の実験棟「きぼう」もあります。
YouTube:私たちの暮らしに役立つ「きぼう」の実験

 JAXAによる、「きぼう」のPV.「きぼう」での実験・観測というと、これがすごいです。
JAXA:「きぼう」での実験|実験装置|船外実験装置:全天X線監視装置(MAXI)
 「きぼう」の外にある、天体からのX線を観測する機器です。「きぼう」には、天体観測用の機器もあるんです。これが、次々と超新星や新星を観測し、新しい天体を発見しています。


 さて、夜明け前の空にはまだ観たいものがある。大彗星になるのではないかと言われている「アイソン彗星」。それから、現時点ではアイソン彗星よりも明るいという「ラブジョイ彗星」。彗星が2つも!(他にもまだありますが、暗めです。)
アストロアーツ:2013年11月 ラブジョイ彗星が肉眼等級に

アストロアーツ:アイソン彗星特設サイト
国立天文台:アイソン彗星
アイソン彗星を見つけようキャンペーン

 まずはラブジョイ彗星。現在はしし座の獅子の頭の左側あたりに位置しています。しし座は朝4時ごろだと南東の高めの空に見えます。?マークを裏返しにした「獅子の大鎌」が目印。今の季節は、しし座流星群も話題にのぼりますね。

 肉眼で、これかな?と思うあたりを双眼鏡で観てみるのですが…どれだ?どれが彗星だ…?彗星の尾もはっきり写った画像をよく目にしますが、あれがそのまま見えるわけではない。澄んだ暗い空なら尾も肉眼で見えるそうですが、町中の空ではぼんやりと見えるらしい。星そのものは肉眼でも見えるはずなのですが…わからない…。この辺にあるはずなのに、見えない…。双眼鏡でも尾を確認できた星を見つけられず。うーん…どこだラブジョイ彗星…?高度が高くて、家の窓からは厳しくなってきた。

 次はアイソン彗星。現在は5時ごろ、東の空から昇ってきたおとめ座のスピカのあたりにいます。18日はスピカに最も接近します。
 再び双眼鏡で、おとめ座を辿り探しますが…やっぱりどれが彗星なのかわからない!あの星か?この星か?見えているかもしれないけど、自分がわからないのかも、彗星だと認識できないのかもしれない…。

 そのうち、雲が出てきたので、観測終了。
 アイソン彗星に関しては、家の窓からは東の低空が見えないので、見られる場所に移動したほうがよさそうだ。明日の未明も晴れる予報なので、再チャレンジします。きっとこの目で、ラブジョイ彗星もアイソン彗星も観る!

 悔しいので、しし座を撮影しました。
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 このどこかに、ラブジョイ彗星もあるはず、確かに。でも見えない…。このもどかしさよ。
 って、コンパクトデジカメで彗星を撮影できるか、と言うのが無謀過ぎるのか…(^_^;)

 彗星は観られません(わかりません)でしたが、久しぶりにがっつり天体観測できました。星空がきれいだった。双眼鏡と星図片手に探している間、見えないと思いつつも、楽しかったです。
 明日に続く!(予定)
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by halca-kaukana057 | 2013-11-16 17:00 | 宇宙・天文

夜明けのカノープス

 本のタイトルが気になって、手にとって見たら更に気になったので、読みました。


夜明けのカノープス
穂高明/実業之日本社/2013

 映子は小さな教育系出版者の契約社員。雑用のような仕事を何でも任される日々を送っていた。かつては中学校の国語の教員を目指して、教員採用試験を受けていたが毎年落ち続け、4回目に落ちて教師の道を諦めた。中学生の時、吹奏楽部で出会った先輩・若田は音楽の道に進み、スタジオミュージシャンとして活躍している。憧れて続けているが、その想いは叶いそうにも無い。
 そんな中、映子は副編集長の太田とともに、小学生向けの歴史の教材の企画に関わることになった。その教材の執筆を依頼しようとした歴史の大学教授・安川のもとを2人で訪ねる。その安川は、離婚して14年も会っていなかった映子の父親だった…。


 教員になる夢・目標を諦め、正社員にもなれず、主な仕事は雑用の契約社員。正社員には雑用扱い。映子の友達のトマちゃんは、教師の夢を諦めきれず採用試験を受け続けている。映子の置かれている状況に、自分を重ねてしまいそう…重ねて読みました。どうにかしたいけれども、どうにも変えられない閉塞した状況…仕事もプライベートも。冒頭の、映子の子どもの頃からの、ちょっとしたことだけれども心に引っかかる出来事にも、わかるなぁ…と感じながら読みました。そして性格も考えも異なる父と母。歴史の研究をしたいと大学の講師の仕事を引き受けようとした父。歴史も文化も芸術も、お金にならないものは役に立たないと、父を批判した母。そして離婚へ。
 ちなみに、私が立つとしたら、絶対に映子の父の側だ。

 そんな映子が、仕事を通して父・安川と再会する。離婚して、映子の母は安川に関係のあるものを嫌ったが、映子は父の影響か、教員になりたかったし、父がかつて話してくれた歴史の話が好きだった。

 また、映子は中学の先輩である若田に憧れている。中学生の頃からチェロの腕前は全国レベル。水泳部で活躍していたが、吹奏楽部のコントラバス(弦バス)の助っ人として部にやってきたことで、吹奏楽部に入っていた映子と出会った。大人になってから再会し、若田はCDのレコーディングや、音楽番組の演奏など、スタジオミュージシャンとしての道を歩んでいた。そんな若田に憧れを抱いていても、叶いそうにも無い。若田は華やかな世界にいて、映子からどんどん遠い存在になってゆく。遠いものに憧れること…それはポジティヴにもなれるけれども、自分からの距離の遠さを実感するとどんどん落ち込んでゆく。どうやっても届かない、と。

 映子の気持ちを表現した一節がある。少し長いけど、引用します。
 教師になれないのなら、せめて先輩への想いが叶えられたらなんて、そんな都合の良いことを考えてしまうこともある。先輩と再会する前は、教師になれるのなら、この先の願いごとなんが、そんなことはもうどうでも良いと思っていた。そもそも他の何かを願うこと自体、欲しないと思っていたから。
 それくらい本気で目指していたのに、結局、私は夢を叶えることができなかった。
 父の不在に心を苦しめて必死に過ごした先が、こんな何もない未来だなんて。夢を叶えられない未来だなんて。
 中学生の私は、こんな未来は想像していなかったはずだ。特別すばらしい未来を期待していたわけではないけれど、こんななにひとつとして確かなものを手にしていない、かわいそうな未来が待っているとは思いもしなかった。
(105~106ページより)

 ここを読んで、自分の心にちくりと何か鋭いものが刺さった感じがしました。中学生の時、どんな未来を想像していただろう。今の自分は、その中学生の自分が見たらどう思うだろう…。

 そんな映子に、もうひとつの小さな変化が。小学生の学習向けプラネタリウムの製作に関わることになったこと。天文には何も縁がなかった映子には、わからないことばかり。それでも、天文観望会では天体観測を楽しみ、そしてカノープスのことを知る。

 本のタイトルにもなっているカノープス。りゅうこつ座の一等星。全天でおおいぬ座のシリウスについで2番目に明るい星。しかし、南天の星であるカノープスは、日本からはなかなか観ることができない。冬、関東だと低く輝いている。高度が低いので、一等星なのに、暗く見えてしまう。天文好きで北国在住の私にとっては、南天の憧れの星です。

 そのカノープスを鍵に、映子と安川の距離が少しずつ変化してゆく。本当に少し、ほんの少しだ。映子の置かれている状況は、あまり変わらない。それでも、プラネタリウム製作に関わっている正社員の竹口に、強くものを言う映子はたくましいと感じた。この部分、天文に関しては全くの初心者である映子が、初心者でないとわからないこと、わかっている人は当然のものとして受け流すけれどもわからない人にはわからない…それに気づくことが出来るのは初心者だというのには頷いた。私も通ってきた道だ。
 天文観望会、そしてプラネタリウムのある科学館でガイドをしている小熊と話している部分も強く印象に残っている。
「本当に私、基本的なことすら何もわからなくて、お恥ずかしい限りです」
「でも藤井さんは、少なくとも『わかりたい』とは思っているでしょう?今よりも少しわかったらいいなあ、って」
(中略)
「その『わかりたい』って気持ちが大切なんですよ。そう思っているのなら、もう半分ぐらいは『わかってきた』状態なんです」
(151~152ページ)

 映子は、天文のこともだが、自分が置かれている状況についても『わかりたい』と思っている。『わかりたい』という気持ちを持っている映子は、映子自身が思っているほどではないのかもしれない…映子を、自分に置き換えて読んでみる。

 この本で、カノープスも歳差運動で天の南極に近づくこと、歳差運動によってカノープスの高度が少し高くなり見えやすくなったことで元号が変わったこともあった、と知りました。天文の本から天文のことを学ぶのは普通だけど、まさか小説から天文のことを知るとは思わなかった。

 カノープスは、全天で2番目の明るさなのに、日本からは高度が低くて暗めで、見るのが難しい(なので天文ファンはカノープスを観たがる…私もです)。歳差運動で、かつては観やすい時期も合った。遠い先、”南極星”になることもある。
 映子もそうだ。過去を悔やみ、現状はなかなか変わらない、変わらなくて落ち込んでばかり、心が塞ぎこんでしまってばかりいるけれど、きっと小さな希望が見えてくる時もある。過去も、振り返ってみれば後悔やかなしみ、暗さだけではないのかもしれない。大きな変化はないけれど。それでも、何も全く変わらない、なんてことはない。そんなことを思い、思わず涙が出てきてしまった読後でした。


 ちなみに、この本を手にとって、中を読んだ時、「若田」の名前に反応したのもこの本を読んだきっかけですw若田光一宇宙飛行士のことか!?と一瞬混乱しました…(この物語に出てくる若田先輩は、宇宙飛行士の若田さんとは全然違う雰囲気です…)

 天文好きとしては、参考文献に野尻抱影と「星ナビ」があるのも外せません。天文の部分も、うまく絡めているなぁ…天文好きが読んでも面白い本です。
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by halca-kaukana057 | 2013-11-15 23:27 | 本・読書

ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」 後編 覚え書き

 3日の前編に引き続き、10日に後編が放送された、ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」(作曲:宮川彬良、脚本:響敏也、演出:佐久間広一郎、演奏:セントラル愛知交響楽団)。
◇番組公式:FM AICHI:ラジオミュージカル「あしたの瞳」
 ↑前編も後編も、公式サイトに丸ごとアップされてます。通して聴けます。

 (放送の都合上)前編と後編に分かれてはいけれど、元はひとつの作品(元は3時間にもわたるオペラ)。なので、前編・後編に分けて感想を書くのはおかしいような気もします。が、後編を聴いて自分の中で感想が”更新”される前に前編の感想・覚え書きを書きました。後編も放送され、全体の感想を書きたいところなのですが、まだ自分の中で考え中のことも多く、まとめきれない。あと、歌の歌詞が聴き取れず、悩んでいるところも。こんなに耳を澄ましてラジオ番組を聴いたのは初めてかもしれない(しかも何回聴いてるんだってぐらい…)

 ということで、前置きが長くなりましたが、後編の覚え書きです。全体の感想はまた後日。

・前編・覚え書き編:ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」前編 覚え書き
・前編の感想というか…概要の感想?:「見える」とは何だ? ラジオミュージカル「あしたの瞳」前編

 まず、後編の歌のリストを。放送局のオンエア曲リストに題名が載っていたものから。括弧内は役名です。
1.どう作る?(レンズの歌):安冨泰一郎(田宮常一)・コロス
2.光と歓びを作る歌:安冨泰一郎(田宮常一)・コロス
3.あんな人:楠永陽子(花井君代)
4.透明で光を通し:安冨泰一郎(田宮常一)、楠永陽子(花井君代)
5.過去を見続けるために:安冨泰一郎(田宮常一)、楠永陽子(花井君代)
6.磨き歌:コロス
7.磨き歌:コロス
8.なぜ何故なぜ:安冨泰一郎(田宮常一)、楠永陽子(花井君代)
9.磨き歌:コロス
10.Hi! Joe!:松波千津子(シンディー・フェルダー)
11.サリヴァンの歌:塚本伸彦(アンソニー・サリヴァン)、安冨泰一郎(田宮常一)
12.自転車ソング:安冨泰一郎(田宮常一)、コロス
13.二人で観る:安冨泰一郎(田宮常一)、楠永陽子
14.フィナーレ:安冨泰一郎(田宮常一)、塚本伸彦(眼球の記憶)、楠永陽子(花井君代)、松本千津子(シンディー・フェルダー)、安田旺司(坂本義三) ほか

 後編は歌が増えました。更に、ヒロイン・君代の登場で、前編と歌の雰囲気も変わっています。

・オープニング:「眼球の記憶」の語り
 後編でも鍵となる言葉を語っていたので、書き起こしておきます。
人に何かが見えているとしたら、一体何が見えているのだろうか。
人が見る記憶の積み重ねは、人生をつくり、時に進む道を左右してしまう。

 BGMは前編ラストの「もうひとつの瞳」。常一のものづくりへの情熱のテーマとも言える曲。
 前編のおさらいなのですが、ただのリプレイになってないところがいい。眼球の記憶の語り、前編のラストから続いている音楽を引き継ぎ、前編のラストでこの手でコンタクトレンズを作りたいと決意する常一の情熱がじわじわじわじわと盛り上がってゆき、そのまま後編に入れます。熱いです。


・♪「どう作る(レンズの歌)」
 暗い、切迫した短調曲。コロスも迫り来る。見たことも無い(見せてもらえなかった)、ただ「眼に入れるレンズ」という情報だけでコンタクトレンズの姿、作り方を必死に考えている常一。そのうち、ひらめいて少し長調へ。でも、まだ何か不安定さがある。
 歌の後も、歌の内容と同じことを考え込む常一。黒目を覆う…というところまでは答えは出たけど、それをどう作る?
「えーい!くどくど考えるのは性分に合わない!」考えるより実践の人。
 この常一がひとり考えているシーン、BGMが鳴っている(曲名不明)。後編は台詞部分のBGMが増えます。

・レンズを作ってみている常一。前編のシンディー登場前に流れていた、あの明るいBGMが。これはやはり働く常一のテーマか。そしてこの曲、「もうひとつの瞳」、オープニング・エンディングに流れていた曲であり、最後に出てくる「フィナーレ」である曲の変奏だった!
 徹夜でレンズを作り、朝になってお隣のおばあちゃんと話す常一。徹夜明けなのに、常一は爽やかな好青年。
♪「光と歓びを作る歌」…穏やかな歌。作るたのしみ、よろこび、心から作りたいと思っているだけ。
眼に入れるレンズを作れば
お前には ものを作り出す歓び
人々には 新しい瞳のよろこび
試行錯誤のはずなのに、たのしくて仕方ない。作る先にはよろこびがある、と。常一自身にも、世の中にも。

・君代登場。常一に恋心を抱いている。でも、常一は仕事、レンズばかり…何がたのしいの?わからない。自分のことを見て欲しい…。そう思いつつも、
あの人の瞳は、まっすぐ何かを見つめている。
あのまっすぐな瞳で、一体何を見つめているのかしら。
せめて、あの人と同じものを見れたらいいのに。

♪「あんな人」
 常一との心の距離を嘆く…遠い。走っても、遠い。(切ないなぁ…。)
 一転して長調、ここからは常一のどこに惹かれているのか。純朴な常一の姿。
 でも、あの人のどこがいい?忘れたい…揺れ動く恋心。最後の音が可愛らしいのが、恋する乙女ですね。

(※追記
 この、君代がひとり常一のことを想うシーン…常一は「見ていない」はず。勿論、君代の心の内をこの時知る由も無い。常一の視覚の記憶に無い、はず=眼球の記憶も再現できない。…あれ。あれ…あれ…!!?
 常一がどこからか見ていたなんて、この常一の性格からは想像できないし、後で君代から聞いて知ったとしても、それは常一のこの時の視覚的記憶ではない。君代の記憶から借りてきた…いやいや眼球の記憶はあくまで常一の記憶。後で出てくるけど、「それ以上でもそれ以下でもない」。…!!?)

・君代の前に常一登場。常一が欲しがっていたものを持ってきた。(前編でもそうだったが、驚き、興奮する常一のストレートな感情表現がいい。爽やか。)
♪「透明で光を通し」
 (オペラの公演前、彬良さんがラジオでオペラのことを話していて、この歌が流れました。「合成樹脂~」…合成樹脂なんて言葉がオペラの歌詞になるんかい!?と思っていた歌…という印象が強くてどうしようw)
 レンズの材料になる合成樹脂を手にした、希望が見えてきたものの、
一体いつになったら 人のレンズに生まれ変わるのか
常一もまだ不安なのか…最後の音が不安定。

・君代が持ってきた合成樹脂、アクリル板。これをどこから?→君代の父が軍の関係者から特別に分けてもらった (←君代は、結構いいところのお嬢さん?)
 これは元々、戦闘機・爆撃機の風防…”瞳”だった…。
 特攻兵たちは、このアクリル板を通して、何を見ていた?ふるさとを、自分の行く末を…。
 米兵は、日本の町をこれを通して見ていた…。
 (昨日の記事で書いた「天空の道標」を思い出します。)
♪「過去を見続けるために」
過去の記憶を消そうとするから 過ちをまた繰り返す
過去を見続けるために これでレンズを作ろう
(この歌詞がグッと来ます。)

 眼球の記憶の語り:常一がその手先の器用さを培ったのは、学徒動員で兵器の部品を作っていた時。
そんな常一が、戦争で培った技術と道具で、戦後の平和な時代、平和な世の中を見るための道具を作ろうとしている。
 人間とは面白いと笑う眼球の記憶…(眼球の記憶は、常一の見たものの記憶。でも、立ち位置は常一そのものとは少し違う位置にいるようだ。)

・♪「磨き歌」(1:前奏あり)
 リズム、音色が、”ブンチャカヤマト(「ヤマト2199」劇判「ヤマト渦中へ」の俗称)”ですね…ブンチャカいってます(何故この発想になるw)
 働く常一のテーマを短調にしたものだ、これ。
 まさに研ぎ澄まされるような、鋭さが印象的な曲。

 レンズが出来たのでつけてみよう! …止める君代。
 その君代に覚悟を語る常一。自分のこの目で確かめてみなきゃ、何もわからない。痛いとしたらどれくらい、どんな痛さなのか。(常一は理工系ですな)
 自信はある! 完全にレンズ作りを楽しんでいる。
♪「磨き歌」(2回目)同じ歌なのに、1度目よりも更に強さを増したような気がする。

・常一を心配する君代。
 君代に、このレンズを作ることで何をしたいのか語る常一。BGM:「二人で見る」(後で出てきます)
 人が見たいものを見る時に役に立つものを作りたい。自分の目で見ることが出来なかった人も見たいものが見られる。そんな新しい世界が見たい…君代さんと一緒に。(告白来た!!)
 君代:何故?理由は? …!!? この2人のやり取りが微笑ましいw
♪「なぜ何故なぜ」2人のラブソングです。ちょっと論理的、でもファンタジック。君代がリードしつつ、常一も追いつく。幸せな、ロマンティックな、きれいな音だ…。

 ↑これに対する眼球の記憶の反応がw(一番恥ずかしがっているのは眼球の記憶の気がするw)
  このシーンでいつも笑ってしまいますw
 ”恋は盲目”自分も相手も「見えていない」 …見えていないとこうなる、と。
 共に見ている、現在の老いた常一にも「しっかり見ておけよw恥ずかしくて見てられないかwww」
 この時の常一の反応は無し(というよりも、ずっと出てこない)実際の反応は?さて。

♪「磨き歌」(3回目)
 今度は出来た!君代も止めない。つけてみた…見える、痛くない!
BGM:もう一つの瞳…出来上がったよろこびの表現。
 でも、まだやることはある。様々な条件下で使ってみなくては。(やはり理工系)

 眼球の記憶の語り…その努力はすさまじい、どこまでも一途。
 シンディーからコンタクトレンズの話を聞いてから、3ヶ月足らずで作ってしまった…それマジですか、史実ですか!!?…調べてみよう…。事実だとしたら、とてつもないぞ……!!
【追記 2013.11.23】
 調べました。

人工臓器物語―コンタクトレンズから人工心臓まで (ポピュラー・サイエンス)

筏 義人 / 裳華房


 この本に書いてありました。常一のモデルである田中恭一氏が、コンタクトレンズを作ろうと取り掛かってから、3ヵ月後に角膜コンタクトレンズを作った、と。事実でした…!!!
 他にも本を探して読んだりしたのですが、日本のコンタクトレンズ開発史は紐解くととても興味深い、面白いです。(一番最初の前編・概要の感想参照)
 <追記ここまで>

・BGM:働く常一のテーマ(もう勝手に題名つけました)
♪「Hi! Joe!」シンディー再登場。相変わらずのテンションw
 コンタクトレンズの専門家の医師、サリヴァン先生を連れてきた…もう自分で作っちゃいました。
 サリヴァン先生、非常に上から目線。これがコンタクトレンズ?しかも医師でもない素人が作った?
♪「サリヴァンの歌」1950年代アメリカの雰囲気の曲。コミカル。
 ※サリヴァン先生役は、眼球の記憶役の塚本さんが2役でやってます。眼球の記憶と声の感じが全く違う。ノリは似てはいますね。オレ様の雰囲気がw
 完全に上から目線。医師として、コンタクトレンズの専門家としてのプライドなのだろう。戦争に勝った国としてのプライドも。この当時、まだGHQ統治下。

 でも常一はぶれません。間違ってない、このコンタクトレンズは譲れない!
 実力を見せてあげましょう!全く引かない。
♪「自転車ソング」…「磨き歌」と同じメロディー。だけどテンポが少しゆっくり。
 コンタクトをつけたまま、自転車に乗っても大丈夫か…大丈夫!間奏から長調へ。自転車で走る。
 爽快なまま、ラスト「瞳の上にレンズはあるよ 希望があるよ」

・これが僕のコンタクトレンズだ!! BGM:「なぜ何故なぜ」サリヴァン先生の頭の中で何故、Why!?と止まらないのでしょう…。
 でも謙虚な常一。まだ完成品じゃない。むしろこれから。お互いの道を進み、学びあいましょう、と。(どこまで好青年なんですか常一…!)
 ところで、サリヴァン先生が「こんな魚のうろこみたいなレンズ」と言ってましたが、サリヴァン先生が開発・研究していたのは「角鞏膜コンタクトレンズ」だと思われる。角膜(黒目)の部分だけでなく、強膜(白目)の部分も覆う形のコンタクトレンズ。一方、常一がつくっていたのは、角膜(黒目)だけを覆う「角膜コンタクトレンズ」。大きさが違ったのですね。
◇参考資料:ウィキペディア:コンタクトレンズ
(この物語のおかげで、コンタクトレンズの歴史・仕組みに詳しくなっている気がする…。コンタクトは勿論、眼鏡とも縁は無いのですが…)


・常一と君代。BGM:もうひとつの瞳
 これからの生涯をコンタクトレンズにかける…なら私は、この人生をあなたにかける。
君代さん、きみは本当に素敵なんだ。僕に無限の明日を見せてくれる。
今日、いまこの瞬間が明日に繋がる。明日を作るのは僕自身だ。
僕は、僕を信じてくれるきみのためにも、きみが信じてくれる僕を、僕自身を作り続けるよ
鍵となる言葉です。

♪「一緒になろう」プロポーズソングです。

・そして現代へ戻る…常一「おい、目玉幽霊」←結局「目玉幽霊」呼ばわりで終わってしまった…w
 見ることの真実とやらを、いつ見せてくれるのか?
眼球の記憶:オープニングの語りで言った言葉をもう一度。
ここで、眼球の記憶が語るバックで、コロスがアカペラコーラス。とてもきれい。賛美歌のよう。ただ、歌詞が全部わからない…聞き取れない。
 眼球の記憶が語りかけた言葉…何故常一の記憶を遡り、常一と見てきたのか。常一に見せたのか。
 つまり、常一の記憶の中に、「見ることの真実」がある…。このあたりは全体の感想で。

♪「フィナーレ」 何度聴いても気持ちがいい、声も音楽も心も広がる歌。
坂本→常一→君代とソロ。それぞれの「希望」を歌う。
これも歌詞がわからないところが多い…。わかる範囲では、歌詞は凄く好き。高揚感がすごい。
そして、このフィナーレを聴いて、「オペラを観たい!!」と強く思った。ガツンと来た。
このあたりに関しても全体の感想で。

・後編は、常一のコンタクトレンズ作りにかける情熱が、とにかくまっすぐで、一途で、ひたむきで、ぶれない。熱い!爽やかな熱さ。しかも作ることは苦労なんて全く言わない。ラジオだから表情は見えないけれど、真摯で穏やかな表情が見えるよう。
 1度目を聴いた後、しばらくその熱さにやられてました。今も何度聞いても熱いなと思う。

・元はオペラのこの作品、歌はオペラ。前編でも思ったのですが、歌っているのはプロの声楽家・オペラ歌手。なのに、一緒に歌いたくなる、口ずさんでしまう(周囲に誰もいなければ)。歌いたくなる。歌詞も可能なかぎり覚えましたw覚えてしまいましたw
 脳内リピート率も高いです。仕事している時、常一の働くテーマとか、「磨き歌」が出てくるw「もうひとつの瞳」はとても好きな曲・歌ですし、「フィナーレ」も病み付きになる。

 以上。覚え書きでした。

【続きの記事】
・いよいよ、全体感想へ:今の積み重ねの先に「見える」もの ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」全体感想


2013.11.14:君代のシーンのほか、あちこち追記
2013.11.23:コンタクトレンズの歴史について追記
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by halca-kaukana057 | 2013-11-13 23:18 | 音楽

いつの時代も星を見上げる、願いをかける NHKオーディオドラマ「天空の道標」

 この頃、ラジオドラマを聞く機会が多いです。先週土曜に、NHKFMで放送されたラジオドラマを聞きました。天文にまつわるお話なので、「宇宙・天文」カテゴリに入れておきます。

NHKオーディオドラマ:天空の道標(みちしるべ)
(作:井出真理、音楽:大谷友介、演出:上田明子、出演:森迫永依、渋谷はるか、内野謙太、阿久津秀寿、他)
 東京に暮らす絹田琴子(17)は祖父・勇から古い日記帳を託される。書いたのは勇の姉・久子。久子は1945年7月6日、疎開先の甲府で空襲に遭い17歳で亡くなっていた。七夕前夜、墓参りに訪れた甲府で琴子が出会ったのは、戦争に見舞われた恋人たちと、二人をつないだ星の物語。青年は爆撃機の位置を星によって知り命をつなぎ、少女は青年の無事を祈り星の高度を計算した。旧日本海軍の爆撃機が天体を道標にしていた史実に基づき、“人を殺すための道具”ではなく“希望を託せる輝き”として星を見つめられる「今」のかけがえのなさを改めて考える。

*この番組は、山梨県立科学館が制作したプラネタリウム番組「戦場に輝くベガ~約束の星を見上げて~」(脚本:高橋真理子・跡部浩一)をもとに創作したものです。


戦場に輝くベガ 上映実行委員会

 プラネタリウム番組が原作の、ラジオドラマ。こと座の一等星・ベガ(織姫星)がメインの、天文のラジオドラマということで聴いてみました。

 50分の番組ですが、ずっと涙腺が緩みっぱなしでした。プラネタリウム版はこのラジオドラマとはちょっと違うのかもしれませんが、こんな涙目ではプラネタリウムの投影も観られないじゃないか…と思うぐらい涙が止まりませんでした。

 星を観るのが好きだった和夫と、和夫を慕ういとこの久子と、久子の弟の勇。和夫は海軍に入り、爆撃機が予定の航路を飛べるように星の高度を測る天測をする偵察員を志す。和夫が久子に偵察員の任務について説明した時、かつて一緒に見上げたこと座の一等星・ベガも天測に使うと聞き、久子はいつでもベガを見上げて和夫の無事を願う。久子も、学徒動員で偵察員の天測のデータとなる「高度方位暦」を作ることになる。和夫と久子は手紙のやり取りをし、ベガを見つめ、お互いの無事を願うのだった。

 夜間飛行のための天測に、北極星以外の星も使うことを、このラジオドラマで初めて知りました。高度方位暦があれば、時間によって動く星でも現在位置を割り出す目印となる。そして、それは、戦争中、戦闘機・爆撃機の飛行にも使われた。和夫は爆撃機に乗り、偵察員として星を観ていた。だが、それは天体観測をするため、ただ飛行機を操縦・誘導するためではなく、戦争のため、敵の基地を爆撃するために。出撃し、敵の基地を爆撃した際、ベガを観て、星を戦争の道具にしている自分の姿はベガにどう見られていたのか、ベガに見つめ返されているような気がした…と、久子の墓参りをした際琴子と出会った老いた和夫は語る。
 この時、琴子が和夫に言った言葉が印象的だった。書き起こします。
星を戦いの道具にするのも、星に願いをかけるのも、それは見上げる人間次第。
ベガは無心にただ輝いていたんじゃないですか?
だから、見上げる人間の心の奥に届くんだろうなって、
久子さんの日記を読んでて思ったんです。
久子さんにとって、ベガはずっと希望の光だったんだから。

 星だけじゃない。その時の社会情勢などによって、ものの見方は変わってくる。天動説が絶対的に信じられた、地動説なんて認められない時代もあったし、フォン=ブラウンの話にあるようにロケットも戦争中はミサイルとなった。戦争中、星は戦争の道具にもなったが、久子のように和夫の無事を願う希望の光でもあった。戦争に赴く人の無事を祈る…当時は表向きには出来ない感情であったが。死んでも戦果をあげるのが任務。それでも…久子にとっても、和夫にとっても、ベガはお互いの無事を願う星だった。

 久子の最後の日記にも、こう書かれている。書き起こします。
地上で何が起ころうと、
ベガの光は変わらずに私に希望を届けてくれます。
和兄さんが、きっとご無事で帰ってくることでしょう。
またいつか甲府の家の庭先で、和兄さんと肩を並べて、
満天の星空を見上げられることでしょう。
このベガの光が、和兄さんにも届きますように。

 山梨県立科学館でプラネタリウム版の制作をした高橋真理子さんのウェブサイトに、こう書かれています。
プラネタリウムを仕事としている身としてずっと命題でありつづける「何故人は星を見あげるのか」という問いに対する解の一つを、この番組を通して見出したように思う。

Malicosmos website:programより

 人が星を見上げる理由。それは人それぞれだと思う。でも、誰かを想い、誰かのことを願い、祈る。生きる希望となる。地上では毎日様々なことが起こる。悲惨な災害、事件事故、政治や社会の大きな動き。今も戦争をしているところもある。大きな悩みもあるし、小さいけれど辛いことには変わりの無い心配も絶えない。人間の世界はどんなに変化しても、天空の星は(大きな天文現象が無ければ)ひとりの人間が生きている間ぐらいは変わらずに輝き続けている。震災の日の夜、停電して真っ暗になった町の空に、きれいな星空が見えて元気付けられたという話も聞く。私も星・天文・宇宙が好きだから、という理由もあるが、星を観ていると元気になれる。悩んでいることも、その日の失敗や辛かったことも、星を観ている間は忘れて魅入っている。そして、また地上の生活に戻ろう、がんばろうと思える。それは、戦時中も変わらなかったのだな…。そう思うと、こみ上げてくるものがある。

 自分はどうも最近、戦時中・戦後のことを描いた物語に縁があるらしい。戦時中のことは、家族から聞く機会もありました。当時、辛い想いをした人々、犠牲になられた人々のことを想い、悼みます。そして、その歴史の上に今私は生きているんだ。戦時中のことは決して忘れてはならない。そう強く思いました。

 プラネタリウム版が出来た後、この物語は小説にもなりました。

戦場に輝くベガ ―約束の星を見上げて

鈴木一美、浅野ひろこ /一兎舎/2011


 久子が学徒動員で作っていた高度方位暦についても。

聖マーガレット礼拝堂に祈りが途絶えた日 ―戦時下、星の軌跡を計算した女学生たち

神野正美/潮書房光人社/2012



※小説版も読みました:【小説版】戦場に輝くベガ 約束の星を見上げて
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by halca-kaukana057 | 2013-11-12 22:25 | 宇宙・天文


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