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作曲作品に込めた、シベリウスの見た風景

 先日、久々にコンサートへ行ってきました。ピアノと声楽のリサイタルだったのですが、後半がなんとオール・シベリウス・プログラム。しかも、「5つの小品(樹の組曲)」op.75も。つまり、「樅の木」op.75-5を生で聴ける…!シベリウス作品を生で聴いたのは、これまで一度だけ。市民オケの「フィンランディア」でしたが…感想は割愛します。2度目のシベリウス作品コンサート。op.75以外には、歌曲を。聴いたことのない作品です。楽しみです。

【プログラム】
シベリウス:5つの小品op.75
(ピヒラヤの花咲く時、孤独な松の木、はこやなぎ、白樺、樅の木)
:歌曲集「6つの歌」op.88
(青いアネモネ、二本のバラ、白いアネモネ、アネモネ、いばら、花の運命)
:水仙 JS140(1925)
/駒ヶ嶺ゆかり(メゾソプラノ)、相馬泉美(P)


 まず、「5つの小品」op.75.第1曲「ピヒラヤの花咲く時」の冒頭のささやくような甘い音から、すっかり音とその表現する風景の世界にハマってしまいました。何度も書いておりますが、「ピヒラヤ(Pihlaja)」とは、フィンランド語で「ナナカマド」のこと。そのナナカマドの白く小さな花が、春のそよ風に揺れて、甘い香りがしてくるような…そんな風景が心に浮かびました。第2曲「孤独な松の木」。こちらは低音が響く作品。松の木といっても、日本の松のように曲がりくねった松ではなく、フィンランドの松はすっと真っ直ぐなのだそうです。第3曲「はこやなぎ」は日本だとポプラにあたります。葉が風に揺れてさらさらと音を出している様が浮かびます。第4曲「白樺」。このコンサートを聴いた日は晴れて、白樺の白い幹と青々とした葉が初夏を思わせました。この「白樺」は難しいです。指使いも見ていたのですが、手の交差も多いし高音のキラキラした音を出すのは、ただ鍵盤を押しただけでは出ないかと。そして第5曲「樅の木」。現在練習は休んでいますが、これまで譜読みをして練習したのを覚えていて、音や指使い、楽譜が頭の中に浮かんできました。低音は本当に魅力的です。

 op.75を全曲、生で聴いて、「樅の木」だけでもまだ本格的な練習を始められていないのに、op.75を全曲通して演奏できたら…と思ってしまった。op.75に出てくる木々は、シベリウスの身近にあったもの。私の住んでいる地域でも、5つのうちの3つは身近で見ることができる。シベリウスが見たであろう風景と、私が見ている風景。それを、演奏することで重ねあわせ、つなげられるのではないか…。もちろん、フィンランドと日本は違う。いくらシベリウスは20世紀半ばまで長生きしたからといっても、時代も違う。それでも、作曲家が遺した作品で、私たちはその想いや考え、音に何を込めたかったのか。何を見て、感じていたのか、紐解くことができる。直接通じ合わせることはできないけれど同じような気持ちを、その作品を演奏することで託したり、作品を聴くことで感じたり自分に重ね合わせることができる。op.75を全曲演奏して、シベリウスの見ていたであろう風景を見たい…。そう強く感じました。
 思うだけなら簡単なのですが…。「白樺」なんてどうするんだ、おい。まぁ、今すぐでなくてもいい。最近よくこの言葉を書くけれども、小さくてもいい、ずっとその灯を、心の中にともし続けていたい。いつかチャンスが来るかもしれないから。


 さて、次は歌曲集。この「6つの歌」op.88は全て花の名前がタイトルに。しかもやけに「アネモネ」が多い。駒ヶ嶺さんが解説してくださったのですが、フィンランドで春になると一番に咲くのがアネモネなのだそう。なので、フィンランドの人々はアネモネを、春を告げる花だと大切にしているそうです。最初の3曲はF.M.フランセンの詩、あとの3曲はフィンランド国歌でもお馴染みのルーネベルイの詩です。歌詞は全てスウェーデン語。歌詞がわからないので、ただ、曲と歌だけをじっくりと聴いていました。曲はシベリウスの雰囲気が感じられます。特にルーネベルイの3曲。

 声楽のコンサートのよいところは、歌詞がわからなくても、歌声や抑揚、迫力や微妙な強弱、歌手の表情などで、歌詞を補えるところだと思う。声楽を聴くなら、一度はコンサートで、生で聴くことをオススメします。CDで聴くのもいいですが、生だと、本当に会場の空気を伝わって声が響いているのが感じられます。

 最後の「水仙」。作品番号が付けられていない、超マイナーな作品です。勿論知りませんでした。作曲年は1925年。シベリウス晩年の作品です。シベリウスが若い頃を思い浮かべて書いた作品なのではないか…と駒ヶ嶺さん。水仙に対して自分が持っているイメージと、この作品でのイメージが異なっていて面白かったです。

 ちなみに、駒ヶ嶺さんは「日本シベリウス協会」理事。シベリウスのエキスパートです。知っている作品も、知らない作品も、たっぷりとシベリウスに浸かれました。シベリウスといえば交響曲や数々の交響詩です(私もそう思います)が、ピアノ小品や歌曲といった小規模な作品も、身近に感じられていいな…と思ったコンサートでした。

 ちなみに、「6つの歌」op.88の歌詞はこちらをどうぞ。
梅丘歌曲会館「詩と音楽」:ジャン・シベリウス 「 6つの歌 Op.88 」
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by halca-kaukana057 | 2010-06-18 23:24 | 音楽

リセットされた左手

 左腕のリハビリはほとんど完了しました。後はリハビリ完了宣言を主治医からいただいて、日常生活の中でさらに自然な動きに近づくように動かしていきます。そんな今の状態に、ピアノでリハビリはピッタリです。

 現在、左手はハノン1・2番と、ソナチネ7番1楽章を少しずつ。動きはいいとは言えません。指の回りも遅いし、ハノンを何回も弾き続けていると4・5の指(薬指と小指)に力が入らず、弱々しい音しか出せなくなってしまいます。それでも、不思議と指が思い通りに動かないことをストレスと感じていません。寧ろ新鮮なことと感じています。指も心も全くの初心者に戻ったような。指を動かしていくにはどうしたらいいか、色彩豊かな音色を奏でるために必要なタッチのために、指をどう動かしたらいいのか。そんなことを考えながら、自分の弾いている音を聴いてゆっくりとハノンで練習しています。

 手術はマイナスのようにも感じますが、腕の治療そのものだけでなく、他のことに関しても、今の私にとって必要であり、プラスになることなのではないかと、今感じています。不思議です。

 手術でリセットされた、私の指と心。これからも新鮮な気持ちで、ピアノに向かいたいです。ちょっと考えたのだが、もし、ピアノではない、全く演奏したことのない楽器を始めることになったら、どんな気持ちで向かうだろう。ピアノだとしても、伴奏や室内楽を始めるとしたらどうだろう?それを想定して、音色にも注目して、磨いていきたいです。

 現在練習中のソナチネ4番第1楽章。ようやく第1主題冒頭のテンポが取れるようになりました。付点に弱い、いや、音符の長さそのものに弱い私…。ひとつ克服しました。
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by halca-kaukana057 | 2010-05-30 22:21 | 奏でること・うたうこと

試練のピアノリハビリ

 腕のリハビリはかなり進みました。もうすぐ医師からリハビリ完了と告げられると思います。リハビリのおかげで腕の動きが自由になり、かなり楽になりました。動きが制限されていることは、身体的にも精神的にも辛いです。

 一方、ピアノのリハビリは進んでいません。左手は相変わらず、ドレミファ…の音階と、ハノン1番を少しで精一杯。右手も、ひたすらハノンと、ソナチネ7・4番右手だけ。先日書いたとおり、音色に注意して、また、指の動きにも注意して練習していますが…あまり集中できず、30分ほどで終わってしまいます。

 ピアノ関係のブログを読むことや、演奏動画を観るのも辛いと、まだ感じます。ずっと愛読しているブログさんや、大好きなピアニストの演奏ならまだ大丈夫。しかし、ひたすら技を、表現を、己を鍛え突き進むピアノブロガーさんたちの文章や、心から楽しんでいる演奏動画を観るのは辛いです。

 そんな重い気持ちを引きずりながら、自分のピアノ記事を再読してみる。昨年末、来年(今年)の目標としてこんなことを書いていた。
どんな時も…他者の進度の速さや挑戦意欲の高さ、練習している作品の難易度に圧倒されて自分を見失ってしまいそうになる時も、なかなか進展がなく焦る時も。周囲がどうあろうと、自分自身がスランプに陥っていても、「こんな音を奏でたい」「この解釈が伝わるような演奏をしたい」という灯台のような目標を持っていたい。どんな状況でも、私は私の目指す音楽へ向かいたい。勿論、視野を狭めたり、考え方を偏らせないように気を付けて。これが来年の目標です。
どんな時も、自分の音楽を(2009.12.31)

 今まさに、周りの状況に圧倒され自分を見失っている。本当に見失ってしまうところだった。

 今は遠回りをしている状態。でも、「「こんな音を奏でたい」「この解釈が伝わるような演奏をしたい」という灯台のような目標」は持ち続けていたい。たとえ退屈にも思えるリハビリハノンでも、右手だけのソナチネでも。私はただ単に「ピアノが弾きたい」のではない。音楽を楽しみたい。何百年も前の天才たちが創り、今も奏で続けられている作品を楽しみたい。ただメロディーに心をゆだねるだけでもいい。できるならアナリーゼや楽曲・楽譜に秘められたその作品の魅力の決め手となるもの、作曲家がその作品を創った背景なども調べて、もっと楽しみたい。ピアノを演奏する時、楽譜を読み込んだりすることはそれの訓練・手助けになると思う。しかし、それが全てではない。音楽をもっと楽しみたい…ピアノを「弾く」ことだけが、私の音楽の全てではない。

 今は、私にとって、音楽の神様から与えられた試練の時なのかもしれない。自分を見失わず、劣等感に押しつぶされないように、自分を保つことができるようになるかどうか。周りと比較せず、自分の課題に取り組めるか。

 ピアノリハビリは、腕のリハビリよりも辛いと覚悟しています。何より、今年演奏しようと決めていたシベリウス「樅の木」が弾けそうもないことは、辛いです。腕の治療は今回の手術とリハビリで終わりではないので、今年いっぱいピアノリハビリもかかるのではないかとも覚悟しています。でも、このリハビリが何を意味するのか、何のためなのか。問いながら、自分の音色を聞いていこうと思います。

 それ以上に、今は色々な作品を聴いて、楽しもうと思います。禅問答で、厳しい修行ばかりでは身が、腕が、心が持たない。様々な音に触れ、耳を育てる。今できることのひとつだと思います。クラシックだけでなく、他のジャンルも。とにかく、色々聴いて楽しみたい。それだけなんです。

 ちなみに、明日23日は、ヴィルヘルム・ケンプの命日なのだそうです。ケンプの演奏は大好きです。偉大なピアニストを偲んで、明日はケンプの音楽に浸ろうと思います。(他にも音楽関係の予定は一応あります)
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by halca-kaukana057 | 2010-05-22 22:57 | 奏でること・うたうこと

伴奏がないからこそ

 まだ左手はドレミファソラシドの音階を弾く…というより、「音を出す」だけで精一杯の状態です。なので、ひたすら右手だけでハノンと、ソナチネ7番、4番1楽章を練習しています。

 ハノンの楽譜を開いたのは、数年ぶりです。ピアノを再開して、あまりにも指が動かず、ハノンの存在を知りブルグミュラー25と併用して練習していました。確かに、指はよく動くようになりました。しかし、しばらくして、ハノンの楽譜は本棚へしまってしまいました。再び弾いてみて、ただ指を独立させ、動きをすばやくするだけの練習ではやっぱり飽きてしまいます。

 そんな時、自分の弾くハノンの音を聴いてみたら、とても貧弱な音だと感じました。ハノンだけでなく、ソナチネも。ソナチネは伴奏がない(つけていない)ので、メロディーだけの演奏。楽曲の、音楽の表面であるメロディーが、固く、単調。抑揚がない。貧弱だ。これは「演奏」している、「奏でている」のではなく、ただ「音を出している」だけだ。「歌う」ような演奏には程遠い。自分のピアノの「音」の現状を初めて目の当たりにし、初めて「聴けた」と感じました。ここまで何年かかったんだよ…自分。

 伴奏がない状態はまだ続きます。その間、ハノンもソナチネも音色に注目して練習します。そして、どうしたら「歌う」ような音色・演奏にできるのか。これを課題にしていきたいです。指の動きやタッチ、耳を研ぎ澄ますことが課題になりそうです。

 ちなみに、バッハ「無伴奏チェロ組曲」をピアノで弾いてみたのですが、音域が広くピアノではきついです。ハノンとソナチネで精一杯です…。
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by halca-kaukana057 | 2010-05-11 21:38 | 奏でること・うたうこと

ピアノと、まだ、さよならしたくない

 腕の手術が必要になってから、ピアノに向かう時間が減りました。そして、手術をして、ピアノに向かうどころか、完全にピアノから遠ざかってしまいました。むしろ、ピアノからしばらく離れたい、と思うようになっていました。(よほど好きな演奏でない限り)ピアノ曲を聴くのも、演奏動画を観るのも辛い。今、自分がピアノを演奏することの出来る身体でないことが辛い、悔しいと感じる。自分で演奏することだけがピアノ、音楽を楽しむ方法ではないことはわかっていても、自分の中から何かが欠落したようで、でも、それを他のこと(聴くこと)で補う気にもなれない…。左手で演奏できるようになるまでは譜読みをしたり、音楽関連本を読んだり、右手だけの練習をしようと考えても気が進まない。聴くクラシック曲もピアノの入っていない曲を聴くようにしていました。

 リハビリも始まって、少しずつ左手も動くようになってきましたが、ピアノはおろか日常生活も仕事もこなせない状態です。そんな今日、少しだけピアノに向かってみました。左手がピアノを弾ける状態になったら、ハノンでリハビリをしようと考えています。手術の後、一時的に手指までパンパンに腫れたのですが、腫れが取れた今も左手指の動きが硬いと感じます。これはハノンの出番だ。まずは右手でもハノンをやってみようと弾いたのですが、右手もボロボロでした。約2週間以上もまともな練習をしていなかったからなぁ…。ためしにソナチネ7番1楽章も弾いてみましたが、案の定ズタボロでした…。まずは右手もリハビリが必要なようです。がんばろう…。

 ズタボロな演奏でしたが、やっぱりピアノはいいなと思いました。その後、以前のピアノ練習・ピアノ考記事も読み返す。ピアノに関して、壁にぶつかり、ぬるいとは思うけれども自分なりの考え方で向かってきた。憧れの「樅の木」を練習しようと決めて、ゆっくりでも譜読み・練習を進めていた時のこと。今、自分は止まっている。前には進めない。でも、「樅の木」やソナチネを弾きたい気持ちは変わらない。何年かかってもいいから弾きたい。まだ、ピアノとさよならしたくない。そんな気持ちがこみ上げてきました。

 今は目標に向かってまっすぐ進めませんが、回り道ならできます。まずは右手のリハビリ。そして左手は腕の機能を回復させること。その先のことは、また後で考えます。

 で、考えたのですが、ソナチネなど元々両手で弾く曲を、片手だけで弾くのはちょっと物足りない。ハノンばっかり弾くのもつまらない…(不真面目です)。片手だけ、単旋律だけでも楽しい曲はないか…と考えて、思い浮かんだのがバッハの「無伴奏チェロ組曲」。これなら単旋律でも映える。楽しそう。でも、ピアノで弾けるの?ピアノ編曲版とかあるの?と思ってtwitterでつぶやいてみたら、チェロ以外の楽器でも可能であること、チェロ楽譜はヘ音記号だから、ピアノでもそのまま演奏できること。さらに、原曲チェロ楽譜の無料楽譜サイトまで教えていただきました。原曲の楽譜を見てみましたが、いけそうな感じです。指使いは自分で考えよう。

 情報をくださった皆様、ありがとうございました。この場でもお礼申し上げます。

 ちなみに、ピアノ編曲版も色々あるようですが、きっちり両手で弾くように編曲されていました。

 最後に一言。舘野泉さんはすごいです。片手しか機能しなくなって、片手でピアノを弾くということがどんなに凄いか、困難なことか身をもって知った。心から尊敬します。
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by halca-kaukana057 | 2010-04-18 23:08 | 奏でること・うたうこと

同じハ長調でも異なるもの

 先日の記事(後半参照)で書いた理由で、ピアノの前にいることがめっきり減ってしまっています。右手の練習だけなら出来るはずなのに、自分が怠けているだけというのもあります…。今日の記事は自分への戒めのために書きます。

 譜読み中の、クーラウのソナチネ4番op.55-1第1楽章。とても気に入りました。高い所へ駆け上っていくようなト長調の第2主題が気持ちいい。高音をコロコロを滑らかに演奏できたら、この部分は最高に楽しいと思う。以下、気づいたことなど。

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 ハ長調の第1主題。冒頭のこのメロディー、テンポが取りにくいと感じています。音符(休符)の長さをしっかりと捉えているか、つかんでいるかがポイントのソナチネ。この冒頭が勝負だと思ってる。
 16・18小節目に、見たことのない記号が。「rf」=「rinforzand(リンフォルツァンド)」。「特に強く」の意です。同じような記号との強さ比較としては、「スフォルツァンド(sforzando:sf,sfz)」よりは弱め。なるほど。

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 展開部。ト短調?(だと思う…)第1主題に対してdolceで。でも、第1主題も思いきり元気に弾むようにというわけでもないと思う。スタッカートもない。スケールのような部分が多いし、スラーがある。ソナチネ7番とは明らかに異なる雰囲気。7番も4番も同じハ長調なのに、不思議。
 画像はありませんが、再現部は第1・2主題をほぼそのまま…ではない。ここも7番とは異なるところ。

 右手の滑らかな動きに重点が置かれると思うので、いつでも両手での練習を再開できるように右手を少しずつ取ってみよう。「樅の木」も同じく!
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by halca-kaukana057 | 2010-03-19 22:47 | 奏でること・うたうこと

悔しいピアノ

 前回の記事で書いたことを頭に入れながら、ソナチネ7番第3楽章を練習。
・過去記事:ピアノ練習中に気づいたこと
 先日、スタインウェイのフルコンを弾く機会があったので、そこで録音しました。スタインウェイのフルコンを弾くチャンスだというのに、ソナチネぐらいしか弾けない自分…orz

ソナチネ7番op.36-1 第3楽章ソナチネ7番のページへどうぞ。第3楽章の録音です。

 テンポは遅めです。vivace(ヴィヴァーチェ)=速く,生き生きと、との指示がありますが、遅めに弾いています。シンプルな曲ですが、この微妙に変化するメロディーに惹かれます。練習不足で臨んでしまったのが悔しい。

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by halca-kaukana057 | 2010-03-07 21:33 | 奏でること・うたうこと

優しく鮮やかな情景 アンスネス盤「子供の情景」

 今年はシューマン生誕200年なので、シューマン作品をたっぷりと聴きたいと1月に書いたのだが、その次の記事が3月ってどういうことでしょう…。聴いてはいるのですが、なかなか記事にできない。難しいね。

 少し前にアンスネスの新譜ムソルグスキー「展覧会の絵」を購入。一緒にシューマン「子供の情景」が収録されている。大好きな「子供の情景」を、ついにアンスネスが演奏したのか!それは聴くしかあるまい。そして、聴いてみたのですが…第1曲「知らない国々」から、ふんわりとした音と空気が伝わってきた。なんと優しく、温かい。「子供の情景」は色々な演奏者によるものを聴いてきましたが(それでも、まだ少ないと思う)、アンスネス盤は特にお気に入りです。

 シューマンの妻・クララがシューマンに宛てた手紙に「時々あなたは子供のように思えます」と書いたことから、30曲ほどの小品を作曲。その中から13曲を選んで「子供の情景」op.15としたわけだが、アンスネスの「子供の情景」は、子供の頃の思い出をゆっくりと噛み締めているような演奏。子供の頃の思い出は、所々あいまいになっているが、強烈に覚えている記憶もある。そんな思い出の数々を、ゆったりと優しく繊細に、また「「鬼ごっこ」や「大事件」、「木馬の騎士」などははっきりと鮮やかに描いていて、ますます「子供の情景」という作品に惹かれてしまう。

 このアンスネス盤を聴いていて、第10曲「むきになって」への見方が変わった。これまでは何となく聴いていただけだったのが、13曲のなかでもかなり好きな曲になってしまった。陰鬱なメロディーのどこが「むきになって」なのだろうか、と疑問に思ったが、自分の主張が通らず、感情を心の中に押し込んでいるのかな?と思った。さらに、「シューマン・子供の情景 op.15 演奏の手引き」(ヨゼフ・ブロッホ他著/全音)には、「不思議な曲です。標題も曖昧です」(62ページ)とある。記譜法も複雑で独特。シューマン自身は、その記譜法に関して、「我々音楽家はまず最初に何をおいても音符にこだわります。1つのまとまったもの、名曲として実際に音を出す前に、1つ1つの音の存在理由を要求するのです」(同上63ページ)と著書に書いている。この「むきになって」に関心を持ち始めたことで、シューマンが1つ1つの音に込めた何かを、私はようやく受け取れる状態になってきたらしい。

 「子供の情景」にもっと親しんで、シューマンが何を描こうとしたのか、受け取れるようになりたい。

ムソルグスキー:展覧会の絵

アンスネス(レイフ・オヴェ) / EMIミュージックジャパン



 ムソルグスキーはまた今度。他の演奏や、管弦楽版もじっくり聴いてから。
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by halca-kaukana057 | 2010-03-03 22:53 | 音楽

ハ短調の重さと穏やかさ ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番

 先日、運転中にFMから流れてきた音楽。重厚で暗いけれども、溌剌としたオーケストラとピアノに心を奪われました。その作品は、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番 ハ短調」op.37でした。放送されていたのは、エミール・ギレリスのピアノで、ジョージ・セル指揮ウィーン・フィルの演奏でした。

 ベートーヴェンのピアノ協奏曲の中で、この作品だけが短調。しかも、交響曲第5番「運命」やピアノソナタ第8番「悲愴」、第32番、弦楽四重奏曲第4番と同じ"ハ短調"。モーツァルトにとって重要な調性が交響曲第25番、第40番、弦楽五重奏曲第4番などの"ト短調"だったように、ベートーヴェンにとって重要な調性がハ短調。重厚で陰鬱、感情の激しさを思わせる。この「ピアノ協奏曲第3番」の第1楽章も言葉で表すとしたらそんな感じなのだが、疾風怒濤の中にいる…というわけでもない。ピアノパートからはしっとりとした落ち着きと、溌剌さのバランスを感じるし、何度も長調に転調するあたりものびのびとしていて、ゆったりと聴ける。

 第2楽章のホ長調のラルゴは、穏やかで瞑想するかのようなピアノの優しい歌にますますゆったり。第3楽章は再びハ短調…なのだが、中間部でハ長調に転調。ロンド楽章なので、主題がどう繰り返されているのかを考えながら聴いている。ハ短調の重さを振り切ったかのようなフィナーレにも圧巻。ベートーヴェンは暗から明への変容がうまいなぁとつくづく思う。

 聴いたのは3つの演奏。
・フリードリヒ・グルダのピアノでホルスト・シュタイン指揮ウィーンフィル
 ピアノ・マスターワークス(50CD)に収められていた演奏。ただ、録音が古いのが、ノイズが入っているのが残念。
・ウラディミール・アシュケナージのピアノ&指揮で、クリーヴランド管
 ベートーヴェンで弾き振りって出来るものなんだ…。溌剌としています。
・ティル・フェルナーのピアノでサー・ネヴィル・マリナー指揮アカデミー管弦楽団
 ピアニストのことはよく知らないが、優しい音を出すなぁと感じました。

 ラジオで聴いたギレリスの演奏も、もう一度ちゃんと聴きたいな。あと、グールドのピアノでカラヤン&ベルリン・フィルの盤もあるらしい。シベリウスの5番をカップリングで。どういう組み合わせなのだろう?聴いてみたいかもだ…。
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by halca-kaukana057 | 2010-02-25 22:37 | 音楽

ピアノ練習中に気づいたこと

 先日のこと。私事で頭に来たことがあって、イライラとした気持ちにピアノに向かいました。その日も寒く、ピアノの置いてある部屋のストーブをつけて、暖まる前に練習開始。部屋が暖まるのを待つほどの余裕が、心の中にありませんでした。
 ソナチネ7番の第3楽章から始めて、部分練習をしたり、楽譜を見直して意識するべきところに気づいてそこを重点的に練習したり。3楽章の次は2楽章、苦手な1楽章も。さらにブルクミュラー25のおさらいも。すばやい動きが要求される「清い流れ」も、ゆっくりから始めてテンポを速くしてみたり、こちらも部分練習や、すばやい動きでもついて行くためにはどんな手・指の動かし方をすればいいか。また、ブルグ25からおさらい作品をもうひとつ。こちらも音色やタッチを意識しつつ、苦手な箇所を練習。

 そんなことをして、30分以上過ぎました。ストーブをつけたはずなのに、部屋が暖まらない。練習中はそんなことを気にせずにいたのですが、ふとストーブを見ると、スイッチが入っていなかった。スイッチを入れたつもりが、入っていなかったんです(電源ボタンを押したつもりが、押し方が甘かったらしい)。部屋の寒さが気にならないほど練習に集中していた…驚きました。私は集中している時間が短く、すぐ気が散ってしまう。それが、わき目も振らず練習していた。さらに、ピアノの練習をする前のイライラとした気持ちが、なくなっていた。こういうことは良くあります。どんなにイライラしていても、ピアノに向かうと忘れてしまうのです。音楽の力なのだろうか。ただ、悲しいことや辛いと感じていることは、ピアノに向かってもなかなか消えない。とりあえず渡しのイライラにはピアノが効く。しかも、イライラしている時の方が、より集中できる。イライラしたら、ピアノで昇華しよう。練習もしっかり出来るし、精神衛生上にもよい。一石二鳥だ。


 これも先日の練習中のこと。速いパッセージを練習する時、ただ正確に音を出せるように意識するのではなく、頭の中で拍子を意識して弾いてみた。うまくいく。苦手だった速いパッセージが弾けている。そうか、速いパッセージでも拍子をしっかりと意識することが大事なんだと気がついた。…でも、これは当然だよなぁ。速いパッセージだろうが、ゆったりとした部分だろうが、どんな作品でも拍子を意識することは大事だろう、自分よ。当たり前のことに、いまさら気がついた…。

 拍子を取る練習に欠かせないのがメトロノーム。しかし、私はメトロノームを使うのが苦手だ。メトロノームのカチカチという音と、自分の出しているピアノの音、両方を聞いて合わせるのに非常に困難を感じる。メトロノームの音を聞こうとすると、演奏が止まってしまう。自分の出している音を聞いていると、メトロノームを無視し始める。音を聞き分けることが、出来ていないのだと感じる。現在取り組んでいるソナチネは、拍子と音符・休符の長さを守ることが課題となってくる。メトロノームの出番が増えるというのに、メトロノームが苦手とは…。ぶつぶつ言う前に、とにかく使って慣れるしかあるまい。そのうち、音符の長さと拍子に対する苦手意識も薄れてきたら、いいな。


 そんなソナチネ7番(クレメンティop.36-1)第3楽章。気がついたことを。
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 10小節目あたり。「ソーファミ」のソにアクセントが付いている。この主題は何度も繰り返されるのだが、アクセントが付いているのはここだけ。ピアノ・ピアニッシモの記号が付いている部分はまだしも、他のフォルテが付いている部分にはこのアクセントがない。何故だろう。前にも書いたとおり、第3楽章は2種類の主題が繰り返し繰り返し演奏されます。しかし、強弱が違ったり、少しメロディーが変わったりと全く同じものはない。その違いを出すためのアクセントなのだろう(と私は読んだ)。

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 左手のスラーを赤くなぞってある部分。このスラーが重要だと思う。右手に休符が付いている間、左手の伴奏が音をつなぎ、再び繰り返される右手に架け橋をかける。また、16部音符のパッセージを、低音が支える。そのために、このスラーが必要。音をつなぎ、メロディーを滑らかにしようと支える低音。その存在を忘れないで。

 7番の次は、クーラウのop.55-1、4番をやろうかと思っています。その次のop.55-2、5番も候補です。どちらにも取り組みますが、どちらからやろうかな。4番に惹かれていますが、ひとつの楽章が長い。でも、これも試練だ。ただ、2楽章までしかない。これにはどんな意味があるんだろう?
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by halca-kaukana057 | 2010-02-15 22:04 | 奏でること・うたうこと


好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)

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