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大人になるっておもしろい?

 図書館の本棚を何気なく見ていると、時々ふと気になる本に出会います。この本は以前感想を読んで、それが頭の片隅にあった本。気になったので読んでみました。


大人になるっておもしろい?
清水真砂子/岩波ジュニア新書・岩波書店/2015

 10代の若い人たちに向けた「どう生きるか」を問う本です。でも、大人が読んでも面白い。寧ろ、大人が読むと忘れていたことや、かつて思ったことがあったけど心の奥底に押し込めていたことを思い出して、ドキリとするところが少なからずあると思いました。10代に限らない、10代特有のものでもないと思います。

 「「かわいい」を疑ってみない?」、「怒れ!怒れ!怒れ!」、「ひとりでいるっていけないこと?」など、10代でぶつかるであろう様々な心の動きを、時には挑発的にぶった切るように、時には古今東西の児童文学や様々なジャンルの本からヒントを引用してわかりやすく語ったり、意外な問題提起をしてみたり…読んでいて飽きません。著者の清水さんは「ゲド戦記」シリーズ他、児童文学を中心に翻訳をされてきた方。また、短大・大学で教鞭もとってらっしゃいます。20代の大学生との授業でのやり取りや、学生達とのふとした会話も取り上げているので、大人が読んでも面白いものになっているのだと思います。

 私は10代、20代のはじめの頃は、そんなに社会や大人に疑問を抱いたり、反抗したりすることはありませんでした。大人の社会に接する機会がほとんど無かったためだと思います。寧ろ、同年代や先輩・後輩と自分自身を比べて、自分の弱さ、不器用さ、頭の悪さ、リーダーシップや行動力のなさなどに落ち込むことが多かった。大学を卒業し社会人となり、この本で語られるような大人や社会に対する疑問や反論が出てきた。今も、あらゆる場面で、自分自身はどう生きるのか、この社会でどう生きるのか…疑問ややるせなさ、憤りを抱き、それらのやり場がなく心の中に溜め込んで苦しんでいることがよくあります。

 そんな私が苦しんでいたことに、この本がそっと、時にはガツンと答えてくれました。時には、反論したくなる箇所もあります。それも若者の新しい文化なんだ、など。「生意気」に。それも、この本に対してだったらいいのかな、と思います。この本はそんな感情を許してくれる気がします。

 どの章も印象深くて、書こうと思うと全部書くことになってしまうのでやめておきます。特に、「怒れ!怒れ!怒れ!」、「明るすぎる渋谷の街で考えたこと」、「心の明け渡しをしていませんか?」、「世界は広く、そして人はなんてゆたかなのだろう」、「動かないでいるって、そんなにダメなこと?」の章は心に強く残りました。「心の明け渡しをしていませんか?」では、何でも話さなくてもいいんだ、と安心しました。最近悩んでいたことにつながりました。「世界は広く~」で、何もかも嫌になり「どうせ」と思った時どうするかの答えはガン!ときました。私ならふて寝してしまうのですが、清水さんの考え方とエネルギーには感服しました。私の考え方・行動のパターンから、真似するのはちょっと難しいかもしれませんが、頭の中に入れておいて思い出すことはしたいです。自分の弱さや傲慢さを自覚するために。

 取り上げた本や映画のまとめもあって、読んでみたい、観てみたい作品も増えました。
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by halca-kaukana057 | 2016-07-03 23:06 | 本・読書

夜と霧 (新訳)

 一昨年ぐらいからずっと読んできた本です。何度も何度も読んでいました。きっかけはNHK・Eテレ「100分de名著」で取り上げられたことでした。

NHK「100分de名著」ブックス フランクル 夜と霧

諸富 祥彦 / NHK出版


 テキストに加筆修正、新たなコラムも付け加えた書籍版も出ています。私は読んでいませんが…テキストは読みました。「夜と霧」以外のフランクルの著書や、フランクルの思想に影響を与えたものなどの解説もあるので、先に本を読んでから、テキストは参考に…という形で読むほうが入りやすいかなと思いました。

夜と霧 [新版]
ヴィクトール・E・フランクル:著/池田香代子:訳/みすず書房/2002
(日本語版旧版:霜山徳爾訳/みすず書房/1985)

 十何年も前、読もうと思って図書館で借りたのだが、描かれている収容所での悲惨な光景に耐えられず、その時は途中でギブアップしてしまった。今回は本を買って、ゆっくりと読んだ。最初に読んだ時の悲痛さはやはり読んでいてつらいが、それ以上にフランクルがそんな過酷な状況でも自分や収容所の人々を客観的に観て、日々の出来事や心の中で起こっていることを冷静に記録していることに驚いた。そして、収容所ほどの酷い状況ではないけれども、私の日常でも同じようなことを思ったことがあり、特殊なものではないのかもしれないと思った。

 例えば、収容所に送られ、過酷な生活を強いられているうちに、正常な感情の動きがなくなってしまっていたこと。最初のうちは同じ被収容者が殴られたりしているのを見るのがつらい、耐えないと感じている。しかし、しばらく経つと目をそらすこともなく、何も感じない。嫌悪も恐怖も同情も憤りも何も感じなくなってしまったという。
 私も覚えがある。仕事で猛烈に忙しくとにかく仕事をこなすのが精一杯の時、ボロ雑巾のように疲れきってしまった時、さらに疲れが度を越してしまった時、喜怒哀楽を感じられなくなってしまっていた。「~するしかない」、他のことが考えられない。無味乾燥な感情…今思うと恐ろしい。

 また、隣で眠っていた仲間が夢の中でうなされていた時。フランクルは彼を起こそうとしたが、やめた。
その時思い知ったのだ、どんな夢も、悪夢の夢さえ、すんでのところで仲間の目を覚まして引きもどそうとした、収容所でわたしたちを取り巻いているこの現実に較べたらまだましだ、と……。
(47ページ)

 つらい日が続いていて、寝る時、「明日が来なければいいのに」と思うことがある。翌朝目が覚めて「朝になってしまった。また一日が始まるのか」と絶望的な気持ちになる。その気持ちに似ているだろうか。どんなに恐ろしい夢でも、「夢」。それ以上に恐ろしく苦痛な現実。「現実」は消すことが出来ない。空腹や痛み、寒さ、病気…ありとあらゆる苦痛が、心身を本当に襲ってくる。それに比べたら悪夢はまだまし…。いたたまれない気持ちになった箇所だ。

 そんな厳しい収容所生活でも、フランクルは人間の精神・内面は自由だと語る。収容所の中でも、その人がどんな人間であろうとするかは強制できない、と。フランクルは、書きかけの論文のことや、別の収容所に入れられた妻のことを思い、希望を持っていた。また、精神科医として被収容者や、元は同じ被収容者だったのに監督する立場になった「カポー」の一部の相談にものった。正常な感情の働きがなくなってしまったと思っていても、ふとした空や森の風景に心を動かされることもあった。気心が知れた仲間に、笑い話を作ろうと提案し、ちょっとしたユーモアで数分だけでも気持ちを軽くしようとした。このユーモアの話は、一歩間違うと死の危険が迫る、宇宙飛行士のミッションにも当てはまる。収容所と宇宙ステーション…全く異なる世界だが、苛酷な環境で死と隣り合わせという点は似ている。これも驚いた点だ。

 そして、フランクルが辿り着いた問いと答え…生きる意味とは何か。過酷な収容所の生活が、いつまで続くかわからない。自殺しようと思えば、鉄条網に走れば感電して遂げられる。収容所には自殺しようとしている人を助けてはならないというルールもあった。こんな状況で生きる意味などあるのか。努力も無駄だ…。そう絶望して、自殺や免疫力ががた落ちして病に倒れてしまった人々を見て、フランクルはこう答えを出す。
わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。
(129ページ)

 苦しみと向き合い、引き受け、とことん苦しむことも、何かを成し遂げるための可能性、とも述べている。フランクルは、書きかけの論文を書き上げること、フランクルに「生きていることにもうなんにも期待が持てない」と相談してきた仲間たちは、深く愛している子どもに会うことや、研究中でその本を完成させることを挙げた。
 「生きることは彼らからなにかを期待している」「生きていれば未来に彼らを待っているなにかがある」私は今、この問いに答えを出すことが出来るような、出来ないような…曖昧な答えはある。フランクルや上述した仲間のようにはっきりとした、毅然とした意思によるものではない…ほんの些細な、取るに足らないものだからだ。それでも、それが今の私の今の「人生が期待していること」「待っているなにか」なのかもしれない。苦しみ尽くして出た今の答えなら…。

 今年は戦後70年。アウシュビッツをはじめ、収容所の記録としてもこの本の存在は大きいと思う。だが、そんな厳しい時代と社会、環境を心理学の方向から見る、その中でどう生きるかという意味でも、読み継がれる本だと思う。

【参考リンク】
NHK:100分de名著:フランクル「夜と霧」
 ↑「100分de名著」番組サイト
朝日新聞:生きる意味に気づく 心療内科医・永田勝太郎さん
「あなたが人生に絶望しても、人生はあなたへの期待を捨てない。どんな人にも、固有の生きる意味がある」
「人間は誰しも心のなかにアウシュビッツを持っている。でもあなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない」

 この記事で取り上げられた心療内科医・永田勝太郎氏に、フランクルが手紙であてた言葉。「心の中のアウシュビッツ」とは生死を分かつような苦悩のこと。アウシュビッツをはじめとする強制収容所はなくなったが、同じような苦悩は存在し続けているのだな、と…。
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by halca-kaukana057 | 2015-04-16 20:48 | 本・読書

恋と病熱

 「海とドリトル」1巻と同時期に刊行された、磯谷友紀先生のもうひとつの作品。連載誌を読めなかったので、単行本化が待ち遠しかった。「本屋の森のあかり」「海とドリトル」とは世界観が全く違います。


恋と病熱
磯谷友紀/秋田書店・A.L.C.DXもっと!/2014

 兄弟姉妹が忌み嫌われるようになった世界。もし兄弟ができた場合は、内密のうちに子どもができない家庭に養子にだされることになっていた。学校入学を目前にして、クロエは、コランという兄がいることを母から告げられる。コランも学校に通っており、もしかすると会うかもしれない、でも近づかないように…と。クロエも兄がいることにショックを受ける。そして、入学…クロエは突然声をかけられる。眼鏡をかけた、足が悪い男…コランだった。会ってみたかったと言うコランを気味悪がるクロエ。一方、クロエの周囲では兄弟がいることが発覚した生徒のことが話題になっていた。兄弟という存在を気持ち悪がるクラスメイトたち。クロエも気持ち悪がっていたが、コランのことを思い出す。兄弟は「どうしようもなくお互い惹かれてしまうらしいよ」というクラスメイトの言葉が気になっていた…

 クロエとコランの兄妹の物語他、姉弟、三姉妹、兄弟の物語がおさめられています。兄弟姉妹が忌み嫌われる…兄弟がいるのは当たり前の時代を「前時代」と呼んでいるので、未来の世界の物語と思われます。

 私は一人っ子で、きょうだいはいない。子どもの頃から、きょうだいのいる友達から、「一人っ子はいいね」と言われてきた。部屋や両親、おもちゃやお菓子をひとりで独占できる。きょうだいで比べられることもない。「お兄ちゃん(お姉ちゃん)だから」と言われ責任を問われることもない。きょうだいケンカをすることもない。
 確かにその通りだ。一人っ子は自由だ。ひとり部屋を独占できる。お菓子も取り合いなどすることもなく、ひとりでゆっくり食べられる。おかげでマイペースな性格に育ったようだ(自分自身では、結構人に影響されたり、人と比較して落ち込むことが大人になってから多くなってきたと感じている)。でも、反対にきょうだいがいるってどういうことなのか、と考えることはよくあった。ひとりで寂しい時もある。一人っ子だって、「わがままだ」とか、「協調性がない」とか「自分の世界にばかり閉じこもっている」「人付き合いが下手」などと言われ続ける。きょうだいケンカって、どういうものだろうか。他のケンカと違うのだろうか。きょうだいで出かけたり、遊んだり、相談したり…そういうのは楽しそう、羨ましいなと思っている。でも、どうしようも出来ない。私にはきょうだいはいないのだから。

 なので、きょうだいとは何かがわかっていないので、この作品を読むのは少し難しかった。でも、きょうだいを「忌み嫌う」のはまた違う。一人っ子がいい、のではなく、一人っ子で無ければならない。この物語の世界で何故兄弟姉妹が忌み嫌われるようになったのか、説明されている部分もあります。何人も子どもを産むこと、兄弟姉妹がいることは「気味が悪い」。同じ母親のお腹から産まれ、似た遺伝子を持つことが「気持ち悪い」。子孫を残す…ただ残すのではなくより多く残す、という生物の生殖の目的から外れてしまっている。私のように、ひとりしか産まれなかったのだから、ではなく、ひとりだけ産むことが望まれる。現代でも、両親の仕事上の理由や経済的理由などで、意図的にひとりしか産まない(つくらない)ということはある。だが、この物語の世界はそれともまた違う。そんな世界観にまず驚きました。私の想像の及ばない世界。想像力の世界って凄い。

 きょうだいがいることを知って、忌み嫌いつつも気になってしまう。きょうだいを忌み嫌う社会に反し、きょうだいを大切にしようと主張するコミューンも出てくる。きょうだいで、産みの親に会いに行く。死んだ友人の弟にその姿を重ねる。
 きょうだいは「どうしようもなくお互い惹かれてしまうらしいよ」という言葉の通り、意味嫌っていても、無意識のうちに惹かれてしまう。その感情は、恋愛なのか、兄弟愛なのか。きょうだいという関係が成立しない社会、社会が成立させないこの世界では、恋愛にも似ているのかもしれない。…でも、私たちが通常イメージする「恋愛」とも違うような。

 「どうしようもなく惹かれてしまう」…言い換えると、「どうしようもなくお互いを想う」。この物語に出てくる登場人物たちは、それぞれのきょうだいのことを、忌み嫌っていても、どうしようもなく想ってしまう。気になってしまう。一緒にいたいと思う。それが徐々に「惹かれてしまう」のだろう。「どうしようもなく想う」気持ち…それは、恋愛だろうと兄弟愛だろうと同じことなのかなと思う。それが、忌み嫌われるものであっても、想いは止められない。病のように。

 止められない想いはどこへ向かうのか。どの物語も、はっきりとした結末は無く、余韻を持って終わります。想いにはっきりとした結末なんてない(失恋して、意図的に相手を忘れようとする場合や吹っ切れた場合とはまた違う)。誰かを想う気持ちは、空気のように漂いながら、見えなくてもそこにあり続けるのだろう。はっきりすることよりも、そんなはっきりしない、余韻が漂い続けることの方が多いような気がする。

 磯谷先生の作品に「屋根裏の魔女」という作品もあり、これも不思議な雰囲気の作品だったのですが、とても好きな作品です。この「恋と病熱」も。磯谷先生の不思議な世界、もっと読んで、味わってみたいです。
・その感想記事:屋根裏の魔女
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by halca-kaukana057 | 2014-09-03 22:55 | 本・読書

宇宙飛行士に学ぶ心の鍛え方

 宇宙開発関係の本も積読状態で…消化せねば…。まずは、古川聡宇宙飛行士のこの本。

宇宙飛行士に学ぶ心の鍛え方
古川 聡/マイナビ・マイナビ新書/2013

 外は真空の宇宙空間。窓から見える地球はとてもきれいで、無重力(微小重力)も慣れれば楽しい…が、命の危険と常に隣り合わせの国際宇宙ステーション。そこで科学実験などの任務をこなし、長期滞在して仕事をしている宇宙飛行士たち。想定外のことが、命に関わる大事故に繋がる可能性もある。また、閉鎖環境で違う国の宇宙飛行士と何ヶ月も暮らさなくてはならない。宇宙飛行士にとって、様々なストレスにどう対応するかは大事な課題。古川さんが訓練やISS滞在で実際に体験したことを元に、想定外のことやストレスにどう対応するかについて書いたのがこの本です。

 まず、とても読みやすいです。宇宙開発・宇宙飛行の専門用語や専門知識もわかりやすく解説されていて、文章も読みやすく、すっと理解できます。どうやったらわかりやすく伝えられるか。これも、宇宙飛行士に要求されること。記者会見、講演会などでの一般の人や子どもたちとの交流・質問、宇宙飛行士同士・管制や関係者とのコミュニケーション。あらゆる場面で、どんなに難しいことや専門的なこと、宇宙開発関係の身内にしかわからないようなことを、宇宙飛行士はどんな人にもわかりやすく伝えなければならない。宇宙飛行中、宇宙飛行士同士や管制、地上スタッフとの交信・コミュニケーションでも、ちょっとの勘違いや思い込み、伝達事項の不備が、実験の成功を左右したり、命の危険に関わることにもなってしまう。古川さんに限らず、宇宙飛行士の皆さん全員そうですが、インタビューや講演、著書を読んでもわかりやすい。すっと心に入ってきて、理解出来る。「宇宙飛行士に学ぶわかりやすい伝え方」なんて本も書けるんじゃないか…と思ってしまいました。

 では本題。読んでみて、思ったのが、ストレスにどう対応するか…それは、ストレスを自分でつくらない、ストレスとして抱え込まない。

 例えば、「配慮はしても、遠慮はしない」。何かを聞かれたり頼まれたりすると、「断りにくい」と感じて本当は断りたいんだけど断れず、ストレスになってしまう…。自分が何か相手に聞いたり頼んだりする時に、断りやすいような配慮をすることで、そのストレスを回避できる。「とりあえず聞いてみる」「ちょっと聞いてみただけだから」と、自分も相手も配慮はする。遠慮して自分の感情を潰すことがないような配慮もする。

 他にも、古川さんが、若田光一宇宙飛行士から学んだという、「分からないことでストレスを溜めない」。分からない…これもストレスの元となる。分からないことが増え続ければ、心に重くのしかかる。その前に、分からないことがあれば、何でも人に、経験者に聞く。ISSに着いた時は手順書を読むよりも、前から滞在しているクルーに聞いたほうが早いし、実際手順書とは違うことになっている時もある。人に聞くことで、コミュニケーションにもなる。人に何でも聞く…現実の仕事では、うるさがられたり、「見て覚えろ」なんて言われるんじゃないか…。また、プライドや恥ずかしさが先行して人に聞くのをためらってしまうことも多い。それでも、まずは何でも聞いてみよう。逆に仕事に積極的だ、やる気がある、と好感を持ってもらえるかもしれない。
 こんな風に、自分からストレスをつくってしまいそうになるのを防ぐ、ということが多く、なるほどと思いながら読みました。
 コミュニケーションを積極的にとる、というのも、私にとっては確かにそうかもな…と思いました。私は落ち込んでくると、心を閉ざして、人とコミュニケーションをとろうとしない癖がある。周りで楽しそうに話しているのを見て、どうせ自分は関係ない、どうせ自分は話には入れない、どうせ自分はうまく話せない、どうせ自分の話なんて誰も興味ない、どうせ自分はつまらない人間だ…と、どんどん自分を卑下し追い込む癖があります。そして自ら孤独を選んでしまう。そんな時、ふとしたことで何気ないことを話して、心が軽くなったことが何度もあります。ストレスを自分でつくっていた、自分をストレスに追い込んでいたんだな…と読んで思いました。

 その一方で、自分ではどうしようもないストレスもある。2003年、スペースシャトル・コロンビア事故が起き、スペースシャトルの飛行は凍結。古川さんもいつ宇宙に行けるのか見通しが立たなくなってしまった。そこで、JAXAはロシアのソユーズ宇宙船にも乗れるように、ロシアでの訓練も受けるようにした。ロシア語に、スペースシャトルとは全く異なるソユーズの仕組み。更に、訓練や試験もNASAとは異なるロシア式。そんな慣れないことをしつつも、宇宙にいつ行けるのか…。不安を覚え、ストレスに耐える日々だったそう。それでも、今自分ができることをする、自分にコントロールできることをする、少しでも成果があれば認める、何のためにがんばっているのか理由をはっきりさせる、分からなくなったら立ち止まる、「がんばること」を目的にしない、先が見えない時はプロセスを楽しむ…これらの点は、今まさに私が思い悩んでいることばかり。宇宙飛行士の中には、宇宙に行かないまま退職してしまう人もいる…。また、古川さんもスペースシャトルの訓練は受けたけれど、搭乗する前にシャトルは退役。ISSへ行ったのはソユーズ宇宙船。宇宙飛行士でも、全てのことを叶えられるわけではないのだな、諦めることもあるんだな…と複雑な気持ちで、でも、宇宙飛行士も私たち一般人と同じ所もあるんだなと感じました。

 予想外のことが起こったり、次々と起こる難題に対処し続けて周りが見えなくなり、訓練ではパニックに陥ることもある。以前、NHKスペシャルで若田さんがISSコマンダーに選ばれるまでの訓練のドキュメンタリーをやっていましたが、訓練では次々と起こるトラブルに対処しようと焦り慌てていて、あの若田さんもパニックに陥ることがあるのか…と観ていました。そんな時、一歩引いて俯瞰して見る、全体を見て自分の位置を確認する、第三者の視点で見てみる。これも大事だなと思いました。また、想定外のどうしようもできないことが起こってしまった時は、ユーモアにしてしまうのも手だということ。そのユーモアの話で出てくるビデオがこれです。
With Apologies to Guitar Players & Music Lovers Everywhere


◇続編:Space Station Blues - The Sequel


 これは本当に見事だなぁと思いました。

 宇宙飛行士も人間。私は、ISSも宇宙も地上の一般の仕事の延長線上にあると思っているし、今はまだ遠いけれども、そのうちその延長線も地上に近くなっていくのではないかと思っている。この本を読んで、宇宙飛行士のストレスへの対処法、心の持ち方も、地上の延長線上にあると感じました。仕事そのものよりはかなり近い。宇宙開発で生まれた新技術や新素材を日常生活に活用する「スピンオフ」がありますが、これら宇宙飛行士のストレス対処法や心の持ち方も、ソフト面での「スピンオフ」と言えると思います。


 この本を読んだら、関連本、次に読む本はこれ。積読状態です…。

宇宙飛行士の仕事力 (日経プレミアシリーズ)

林 公代 / 日本経済新聞出版社



【関連リンク】
 この本に関連した、古川さんのインタビュー。
マイナビニュース:宇宙飛行士・古川聡さんが語るリスクとストレスへの対処法 - 「待つ不安、そして想定外の事態に対応するには?」
マイナビニュース:宇宙で働くって、怖くないんですか? - 宇宙飛行士・古川聡さんに聞いてみた
マイナビニュース:宇宙という舞台での国を超えた協力、そして宇宙ステーションに起こった危機とは? - 古川聡さん
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by halca-kaukana057 | 2014-05-10 21:54 | 本・読書

心の深みへ 「うつ社会」脱出のために

 河合隼雄先生の本は、対談本を読んでいることが多いなと気がつきました。


心の深みへ 「うつ社会」脱出のために
河合隼雄・柳田邦男/新潮社・新潮文庫/2013(単行本は2002年・講談社)

 心理学・心理療法の河合隼雄先生と、ノンフィクション作家の柳田邦男さんの対談集。別々に雑誌に掲載されたものをまとめた本(第7話は書き下ろし)。驚くのが、最初の対談は1985年(雑誌掲載は1986年)、単行本として出版されたのが2002年。もう10年以上前の本だ。内容はノンフィクション。ノンフィクションで10年前となると、「古い」と感じてしまう。それだけ時代の、社会の流れがとても速いから。それなのに、読んでいて古さを感じさせない。わかるなぁ、そうだよなぁ、と思ってしまう。10年だろうが20年経とうが、人間社会や人の心が抱えている問題は変わっていない…解決されていないということだろうか。そして、もうこの世に河合隼雄先生がいらっしゃらないことも、何だか信じられなくなってくる。

 この本で、柳田さんのご子息が心の病を患い、自殺を図り脳死に至ってしまった…という話を初めて読んだ。このことに関しては、柳田さんは「犠牲(サクリファイス)」という本に書かれているそうなので、読んでみたいと思う。このご子息の死・脳死や、死にゆく患者たちの心の様子を追ったキューブラー=ロスのことを挙げながら、死と心にも迫る。「いかに生きるか」ではなく「いかに死ぬか」…死ぬのは自分がどうなるのかわからないから怖い、身近な人の死もつらい、死のことは出来るなら考えたくない、と思っているので読むのがつらかった。ましてや、柳田さんはノンフィクション作家として飛行機の墜落事故や殺人事件を追い、そして家族の自殺と脳死に向き合った…そんな状況に立たされたら、自分は受け入れられない、気が狂ってしまうのではないかと思う。

 それでも、死や死にゆく患者を取り巻く医療について語る河合先生と柳田さんの対談を読んでいて、「救いがある」と感じた。現代の医療は、昔では治せなかった病気も治せるようになった。脳死判定で臓器移植をして、移植でしか助けられない人を助けることも出来るようになった。でも、そこに患者本人や家族の「心」はあるのだろうか、医療は「心」に寄り添っているのだろうかと話す2人。読んで、同感だと思った。

 この本では末期ガンや脳死といった、医療の側では「もう治らない」ものを取り上げている。でも、ちょっとした風邪でも、日帰りで出来るような手術でも、病気の時は心細い。たいしたことない、すぐ治ると言われても、誰かにそばにいて欲しい、手術はやっぱり怖い、痛いのは嫌だ、などの不安や心配を抱えてしまう。これが「治らない」病気だったらどうなるだろう。残された時間を、不安なまま過ごしたくはない。あたたかい、幸せな気持ちで過ごしたい。家族や身近な人も、どう接したらいいかわからない。でも、残された時間を出来る限り長く一緒にいたいと思うだろう。そんな「心」に寄り添う医療…柳田さんの仰る「2.5人称の視点」を持つ。こんな視点を持って、提唱している柳田さんと、心理学者として「心」を見つめ続けてきた河合先生が語り合ったことが本になっている。これが「救い」だと思った。

 10年前も、そして今も、きっとこれからも、「心」は見えないけれども大事なものであり、人間にとって課題になると思う。キューブラー=ロスのところで出てきた「私の現実」などの、科学では割り切れない「心」のこと。科学ではわからないからこそ、個々人がそれぞれで向き合う…には難しすぎる現代に、この本があってよかったと思う。「心」をおろそかにしない。読みながら、私もモノやお金が無いと生活できない、と「心」をないがしろにしてきたと気づき、省みている。
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by halca-kaukana057 | 2013-09-05 23:08 | 本・読書

「届いてない」ことと、届けたい気持ち

 「ほぼ日刊イトイ新聞」(ほぼ日)の「今日のダーリン」を読んで思ったことを。

ほぼ日刊イトイ新聞
 以前も書きましたが、「今日のダーリン」はアーカイブ・ログがなく、明日になると消えてしまうので引用します。糸井重里さんが、以前は大きな声が出たのに、出なくなっていることが最近気になっている、というお話です。前半部分は省略します。

しかし、ここ1年、2年くらいの間に、
「声が出てないなぁ」と思うことが多くなりました。
最近では、声のボリュームについては、いつも不満です。
相手のところに、到達してない感覚があるのです。

王貞治さんが、選手としての現役を引退するときに、
「ホームランだと思った打球が、届かなくなった」
と語ったことをよく憶えています。
じぶんの声が出てないことを、
王選手のホームランに喩えるつもりはないのですが、
「届いてない」ということの無念さについては、
重なるところがあると信じています。
ひっかかりのある鉛筆で文字を書いている感じとか、
上りの坂道になると速度が落ちてしまうクルマとか、
思ったようにならないアウトプットは、
なかなかじれったいものです。
いっそ発声練習とかやろうかと思っていたくらいです。
 
たぶん、身体の使い方がなにかちがってきている。
あちこちの筋肉の衰えとかゆるみとかが、
影響しているにちがいないと思っていたのですが、
レッスンを受けるまでには至らずだったのです。
でもね、さっきまで、家で「ひとりカラオケ」を
2時間くらいやっていたんですよ。
そしたら、声、出るんですよねー、なんでだろう。
これ、毎日やってたら、届く声が出るようになるかな。
ものすごくうれしくなっちゃったのでありました。
‥‥ま、こんな年寄りの体調についての話なんて、
誰もよろこばないような気はするのですけどねー。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「届いてない」っていう感覚は、人を弱くすると思うんだ。


 その通りだなと思いました。年齢や、状況に関係なく、実際届いていなかったとわかること、「届いてない」と実感することは、とても無念ですし、悔しく、寂しく感じます。

 「届いてない」にも色々あります。
 送った郵便や荷物、メールが届かなかった。
 手紙やメールそのものは届いたけど、中身の文章に込めた気持ちが相手に届かなかった。
 手紙やメールは届いているはずなのに、返事が無い。相手からの応えが届かない。
 誰かと会話していて、その内容が届かなかった。
 街中で親しい人を見かけて、声をかけたけど届かなかった。
 仕事や日常生活で、誰かにお願いしたことがあったけど届かなかった。
 目標や夢に届かなかった。
 高いところにあるものを取ろうとして、手が届かなかった。
 欲しいものがあるけど、様々な理由で手が届かなかった。

 書こうと思えば、まだまだ出てきます。

 もの、行動、気持ち。手が、声が、言葉が、気持ちが、届かない。
 「今日のダーリン」の最後、
「届いてない」っていう感覚は、人を弱くすると思うんだ。

 全く同感です。「届いてない」とわかると、ガックリと来る。落ち込む。ため息が出る。「それだけの力が自分には無いんだな」と自信をなくしてしまう。「届いてない」が続くと、何もかも嫌になってきます。

 糸井さんは、ひとりカラオケをして、声は出る、とわかった。
 でも、声は出ても、その声は誰かに届くのか、わからない。糸井さんが書いているように、練習を続ければ届くようになるかもしれない。届ける練習は確かに必要だと思う。
 気持ちを届けるために、伝わりやすい文章を書く練習をする。
 届く声と言っても、ただ大きいだけの声では、それが何なのか相手はわからず、届かないかもしれない(よくあります。聞こえる”音”と、それが”意味を持った言葉”であると理解して聞く、のは全く別物)。なので、人に伝わりやすい、届く声を出す練習をする。
 相手が引き受けやすいように、お願いする練習をする。
 目標や夢に届くように、努力する、練習する。

 私も、届けたいなら、何か練習をする必要があるかもしれない。

 その一方で、誰かに届いて欲しいけど、特定の誰かではなく、不特定の誰かでかまわない、ということもある。一番届けたいのは自分自身。自分自身にわからせたい、そんなこともある。

 「届けたい」「届いてない」単純なようで、結構複雑です。

 私も、誰かに何を届けたくて、ブログを書いている。届けたい相手は、一番は自分自身なのかもしれない。自分の今の考えはこうなんだよ、と、いつか未来の自分に。もしくは、「届いてない」苦い思いをした過去の自分に。
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by halca-kaukana057 | 2013-07-14 23:12 | 日常/考えたこと

私のストレス解消法

 先日、twitterでストレスとその解消法について会話していたので、それについて詳しく書いてみます。
・その時のログ:Twilog:@halcakaukana 2013年03月08日
 時間をクリックすると、詳しい会話を見られます。

 ストレスが溜まって、ひたすらネガティヴになり、暴言を吐きたくなることはよくある。怒りに任せて吐いてしまえば楽になるだろうか、実際そんなことをしている人もいるし…でも私にはそんな勇気はない。言った後で、きっと後悔するだろうし、そんなに気に入らないことがあったとしても、暴言を投げつけた相手に対して酷いことをしたとしこりが残るだろう。
(ちなみに、どの程度のものを「暴言」と解釈するかは人それぞれですが、私は相手を罵倒し、その存在を否定する言葉。相手が言われて嫌である、傷つくことをわかっている言葉と解釈しています)

 暴言でなくても、何が火種になるかわからない。相手がいようといなかろうと何がきっかけで、落ち込んだり、ストレスとなるかもわからない。そんなストレスを溜め込むと、心身に悪い。自分のネガティヴな面を否定してポジティヴに振舞う…いくら笑顔を作ったとしても、どこかで不自然なものが出てくるんじゃないか。その前に心身が悲鳴をあげてしまう…。辛いなぁ。

 では、本題の私のストレス発散法。

○寝る
 嫌なことが合った時は、うじうじ起きていないでさっさと寝る。ストレスが溜まっている時は身体も疲れやすくなっているので、早く寝て心身を休める。

○散歩する
 寝るのもいいのですが、身体を動かす気力があるなら、散歩しに外へ行きます。持ち物は小銭、カメラ。音楽プレーヤーも。携帯は持たない。持っていてもマナーモードにしておく。
 自然の中、海辺や田んぼ道を空や風景を観ながら黙々と、のんびりと歩く。歩いていると、だんだん気持ちが落ち着いてきます。途中、景色や面白い形の雲、空の色、草花や鳥に惹かれたらカメラで撮影。
 身近な場所でもいいし、公園や海岸に出かけていくのもいい。人工的な自然でも勿論OK.
 ジョギングが好きな人はジョギングもいいと思います。とにかく、外で身体を動かすこと。
 私は走るとすぐに疲れてしまうので、歩きます。歩く歩く歩く。
 自転車もいいかも。

○星見
 昼間は散歩なら、夜は星見。天体観測。
 黙って眺めるもよし、天体望遠鏡や双眼鏡で月や惑星(今はパンスターズ彗星も!)を観察するのもよし。メジャーなものから、小さく暗めなマニアックなものまで、星座探しをするのも楽しい。ISSなど、人工衛星を観るのも楽しい。周りに誰もいないなら、思い切ってISSに向かって手を振ってみるw(日本人宇宙飛行士が滞在中なら尚更w)
 星空写真を撮るのも、時間を忘れて没頭できるので楽しいです。

○読書
 5分、10分でもいい(なので、仕事の休憩時間でも可)。本の世界に没入する。小説でも、エッセイでも。

○書く
 いらない紙に殴り書き。誰も見ないので暴言、汚い字でOK.
 思う存分書いたら、盛大に破りましょう!

○描く
 こちらは、絵を描く。下手な、簡単な落描きでOK.イラストでも漫画でも。
 気の向くままに、どんどん描きます。

○ピアノ
 こんな時はソナチネやハノンなどの練習曲が向いていると私は思っています。
 無心で指を動かし、徹底的に練習する。

○掃除
 部屋が散らかっていると、ストレスが溜まりやすい?
 黙々と掃除。部屋の空気も入れ替え(今の花粉・黄砂の季節は注意して)。

○ストレッチ
 激しい運動は苦手なので、家で手軽に出来るストレッチ。
 「ストレッチマン」風に、もしくは録画を観ながらやると楽しいw(NHK教育オタク限定w)
 踏み台昇降も加えると、有酸素運動もできます。

 あとは音楽を聴く(短調の暗い曲。激しい曲か、静かな曲かはその時の気分による)、お気に入りの場所に行く。あと、「クインテット」の録画、DVD,CDで楽しむ(「クインテット」ファン・オタク限定w)。こんな感じです。
 あと、大事なのは、ストレスの元になるものから離れられる時は積極的に離れる。近づかない。
 強いストレスを感じている時はPCや携帯など、ネットに繋がるものにも出来れば近づかないほうがいいかも。愚痴を書き込んで、仲のよい人と会話をして気が楽になるならいいけど、微妙な言葉のニュアンスの違いで誤解など更にストレスが出来てしまうことも…。難しいね。

 出来たらいいな、と思うのが、手芸と料理・お菓子・パン作り。黙々と手を動かし、何かを作るのがいい。特に料理なら、力が必要なところもあるので、ストレス発散にもってこいですね。


 …と考えていたのだが、「ストレス発散」…「ストレス」を感じている時と言っても色々あるなと思った。
・イライラ、怒り、憎しみ
・憂鬱、気が滅入る
・何もする気力がない
・ひたすらネガティヴ思考、自責
・不安、心配、恐怖
・焦り、落ち着かない、気が散る、集中できない
・さみしい、ひとりでいたくない、孤独感
・ひとりでいたい、人付き合いで気疲れ

 分類するとまだまだあると思う。それぞれの場合で、発散方法が変わってくる。自分に合うものを見つけていきたいですね。
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by halca-kaukana057 | 2013-03-10 23:19 | 日常/考えたこと

幸福をつくりだそう、探しにいこう アラン「幸福論」(NHK教育「100分de名著」)

 先日の記事の続きを書きます。続き…というよりも、関連する本を読んだ、なので本・読書カテゴリです。
・先日の記事:心にかかる重力

 読んだのはこれ。

アラン『幸福論』 2011年11月 (100分 de 名著)

NHK出版


 書店で見つけて気になって、更に訳書も見かけてますます気になって、ガイド本になりそうなこのテキストを読んでみました。番組は観ていませんが、テキストだけでも読み応えがあります。

 フランスの哲学者アラン(本名:エミール・シャルチエ)の代表作「幸福論(Propos sur le bonheur)」.このテキストを読むまで知らずにいました。このテキストでは、「幸福論」の解説とともに、アランの生い立ちと哲学との出会い、「幸福論」を書くにあたって影響を受けた哲学者・思想家についての解説もあり、アランと「幸福論」について一から学べます。

 この「幸福論」は”プロポ(フランス語で「語録」の意)”という形式で書かれていて、コラムのような形になっている。内容も、日常生活に関連した内容から、幸福とはどういうことか、不幸とはどういうことか、と身近なところから哲学の世界に足を踏み入れ、考えられるところが興味深い。「幸福論」なので、幸福になるにはどうしたらいいか、という現代のハウツー本のようにも感じられますが、中身は哲学。しかも、
「本物の不幸について、私は何も書いていない。」
とある。「本当の不幸」とは、病気や事故で死が迫っている、親しい人が死んでしまった、偶然重大な被害を被ってしまったなどのこと。心身に苦しみや憂鬱、不機嫌を抱え、自分を不幸と思っていたり、不幸とみなされている人の、「不幸」について語っています。

 アランは、幸福は自分自身でつくるもの、行動とともにあるもの。待っていてもやってくるものではない。…そう書いています。確かに、いわゆる「棚ぼた」的な幸福を待つよりも、自分で行動してみてつかんだもののほうが、実感があるし、自分もやれば出来るんだという自信にも繋がる。また、心と身体の結びつき、哲学でずっと問題とされてきた「情念」について、不機嫌は伝染すること、同情や憐れみは悲しみを増大させる…など、自分のこれまでの行動を振り返りながら、哲学としての「幸福」「不幸」について考え、哲学から離れて日常生活にそれらを反映させる…という不思議な、でも納得(でもまだ全部は理解できていない)の内容に驚きました。

 先日の記事で、
心にかかっている重力をどうやって0.5Gにするんだ?悩み事の種はなかなか無くならない、重荷はそう簡単に軽くならない=解決しない。

 こう書いたのですが、アラン「幸福論」にヒントがあるなと感じました。解決はしなくても、解決させるための力を蓄えることはできる、と。

 特に印象に残ったプロポを引用します。
 負けることはありうる。乗り越えることのできない出来事や、ストア派の見習いなどの手に負えない不幸がきっとある。しかし力いっぱい戦ったあとでなければ負けたと言うな。これはおそらくもっとも明白な義務である。幸福になろうと欲しなければ絶対幸福にはなれない。これは、何にもまして明白なことだと、私は思う。したがって、自分の幸福を欲し、自分の幸福をつくりださねばならない。
(76~77ページ)


 もっと「幸福論」を読んでみたくなった。幸い、訳書も様々なものが出ているようだ。アランは、大学ではなく高校で哲学を教え続け、新聞にコラムや論説を書き、「情念」とは何か突き止めるため第一次世界大戦で出兵し、戦場でも幸福とは、人間とは何かと問い続けたそう。まさに、行動の人だった。

 アランの考えは、古代ギリシアのストア派の思想から、デカルト、スピノザの思想を受け継いで展開されます。人間は、紀元前の古代から人間とは何か、生きるとはどういうことかを問い続けてきた。それが凄いと思った。哲学は、今生きている自分自身に根源的な問いを投げかける、本来は身近なものなんだと感じています。
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by halca-kaukana057 | 2012-03-19 21:39 | 本・読書

心にかかる重力

 最近考えたことを。

 悩み事、心配事、不安なこと…心にネガティヴな感情がある時、心に重荷がかかっているなと感じます。心が重い。心に大きな重力がかかっているようだ。地球の重力は1G。それが、5Gとか、10Gぐらいに感じる(実際身体に5Gや10Gがかかったらどうなるか…体験したことは無いのですが、想像で)。そんな大きな重力がかかると、動くのも大変。身動きできなくなる。

 この心にかかる重力を、0.5Gぐらいにできたらいいのに。「心が軽い」という表現もありますが、まさにそれ。身動きが楽にできる状態は、通常の1Gでもいいのだが、0.5Gならもっと楽に動ける。

 ちなみに、無重力状態の0Gだと、ふわふわ浮いて、支えたり固定しておくのが大変なので、0Gだと別の問題が出てくる。

 と、そんなことを考えたのですが、心にかかっている重力をどうやって0.5Gにするんだ?悩み事の種はなかなか無くならない、重荷はそう簡単に軽くならない=解決しない。
 あと、0.5Gでいるのもいいが、その状態にずっといると慣れてしまい、1Gに戻った時に動けなくなってしまう。宇宙飛行から帰ってきたばかりの宇宙飛行士のように、立って歩けないこともある。心に重荷がある、重力がかかっていることは、決して悪いことなのではないのでは?

 何だかよくわからない文章になってしまった。でも、後日続きを書きます。これが、プロローグということで。
(ますます訳がわからない…ぞ)
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by halca-kaukana057 | 2012-03-16 22:24 | 日常/考えたこと

こころと脳の対話

 この本のことは前から気になっていて、読もうと思っていました。その後、NHK-BSプレミアム「宮川彬良のショータイム」第4回の「脳科学ミュージカル」を観て、この本のことを思い出しました。茂木さんがゲストだったこともあって。脳って一体何?心はどこにある?心と脳はどんな関係にあるの?そんな疑問を抱きながら、ちょうど文庫化もされていたのでじっくりと読みました。

・「脳科学ミュージカル」の感想のようなものなど:その想いをミュージカルで代弁します 「宮川彬良のショータイム」第4・5・6回感想まとめ
↑かなりの長文記事ですごめんなさい。前半のほうにあります。


こころと脳の対話
河合隼雄・茂木健一郎/新潮社・新潮文庫/2011(単行本は2008、潮出版社より刊行)

 心理学・心理療法の河合隼雄さんと、脳科学の茂木健一郎さん。この2人が3回に分けて、脳と心、そして人間について語り合う。茂木さんと言えば、「クオリア」(脳科学において、脳の働きは数量化できる。しかし、数量化できない「質感」、「質」や「状態」のこと)。この脳科学においての「質感」について、ユングやフロイトは考えていたのか…という話から始まります。先に挙げた「脳科学ミュージカル」でも表現していたのですが、脳と心は繋がっている、でも、脳のことがわかれば心もわかるわけではない。このことに、ますます脳と心の関係にますます興味を持ちました。脳も心もまだまだわからないことばかり。そして、脳のことがわかっても心のことがわかるわけではない。こう言われると、わけがわからない…と言いたくなりそうなのですが、わからない、簡単には解明できないからこそ惹かれています。不思議だ。いや、もし脳のことが全部解明されて、心も全部わかってしまったら…人間の行動や思考をコンピュータでプログラミングできるような感じがして、そっちのほうがわけがわからないと私は思います。
 実際、第3回の部分に、パーキンソン病の原因となっている脳のある部分に電極をあてて神経伝達を調整すると、症状がパッと無くなり普通に動く。また、抑うつ症でも悲しい時に活動する中枢部分に電極をあてて調整すると、症状が全く出なくなる(全ての被験者がそうなったわけではない)。でも、寂しさや悲しみなどの感情を操作するようなことをしていいのか。どこまでやれるのだろうか、という倫理的な問題も出てくる、という内容のお話がありました。倫理的な面でも問題になると思いますし、それが出来るとしたら「感情って何だろう?心って何だろう?」という問題にまた突き当たる。脳と心の関係は、グルグルと回っているみたいだ。

 この本でよく語られ、面白いなと思ったのが「関係性」のお話。心理療法でも、カウンセラーや先生と患者の信頼関係があって、治療が進んでゆく。また、個と個の関係があって”私”があるという「華厳経」の考え方。脳でも、神経細胞がネットワークをつくって、「クオリア」も意識も生まれる。一方で、ユングの「シンクロシニティ」(共時性)は、外のものと外のものが因果的に結びつくのではなく、自分の無意識と外のものが呼応する。関係性があるといっても、何にでもあるわけではない。確実ではないのに因果があると思い込むと、視野が狭くなってしまう。思考が偏ってしまう。関係性があるという面白さと同時に、何でも繋がっている…とは簡単には言えないのだなという別の面白さを感じました。

 また、科学に対するお話も。事象を一般化、標準化できないと、「科学的」とは言えない。例えば、箱庭療法でも、「科学的」にやるには箱庭で使うものを一般化すべきだという考え方があって、実際使われているところもある。でも、「全体をアプリシェイト(味わう)することが大事であって、インタープリット(解釈)する必要はない」(23ページ)と河合さんは主張し、ゆるい基準だけ決めておいてあとはセラピストと被験者に任せるという形になっているそうだ。
 「科学的」と言われれば、しっかりとした理論があって、理路整然とした実験・観察に基づいたデータの裏づけがあって、確実なもの、というイメージがある。そうでないものは「非科学的」。確実ではない…のだとしたら、心は、心理学はどうなのだろうか。河合さんと茂木さんの科学への鋭い眼差し・見解に、今まで自分が抱いてきた「科学的」なものと「非科学的」なものを線引きしてしまうことへの危うさを感じました。ドキリとします。

 第2回の対談では、河合さんの京都のオフィスで、茂木さんが箱庭をやってみる。茂木さんは大学時代に精神分析に興味を持ち、箱庭を継続してやっていたことがあるそう。茂木さんの箱庭の続きを見たかった、そのお話を聞きたかったなと思います。河合さんが急逝してしまったので、叶いませんでしたが…。

 初めは、河合さんが脳について茂木さんに話を聞くはずだったのが、茂木さんが河合さんの心理療法について話を熱心に聞いたり、河合さんが茂木さんの話をうまく引き出したり…。そして脱線やジョークも。脳と心の不思議に惹かれると共に、この2人のお話そのものにもぐいぐいと引き込まれる本でした。

 脳と心に対する疑問は、きっとこれからも持ち続けると思う。グルグルと。わからないからこそ、面白い。


・参考:以前読んだ茂木さんの著書:すべては音楽から生まれる
 ↑脳科学のお話もありますが、タイトルどおり音楽…クラシック音楽、特にシューベルトについて。
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by halca-kaukana057 | 2011-12-23 23:53 | 本・読書


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