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好きなものがあるひとが好きだ

 朝職場に向かう道で、2人の男子中学生とすれ違った。彼らはサッカーボールを交替で蹴りながら歩いていった。これから部活の練習なのだろうか。学校のジャージを着ている。学校に向かう道でもボールを蹴りあっている2人を見て、ああ、サッカーが好きで、楽しくてたまらないんだろうなととても微笑ましい気持ちになった。

 何かが好きで、それに対して一生懸命になっている人を見ているのが好きだ。趣味でも、好きな人でも、"好き"という気持ちが表れていれば何でもいい。好きなものがあって、それを楽しんでいる姿を見ると、こっちまで楽しくなってくるんだ。それまで特に興味が無かったものでも、楽しんでいる人たちにつられてだんだん興味を持ち始めた、ということは私は多い。本でもアニメでも、音楽でもイラストでも…。どっかで誰かが楽しそうにしていて、「面白そう」と興味を持ちそのままハマってしまう。影響されやすいのだろうか。でも、悪いことではないからどんどん影響を受けて、好きなものが増えていったらいいなとも思う。

 今私は、好きなものを楽しんでいる人を探してブログをやっているのかもしれない。その対象物の感想や体験談を求めるものだから、感情のないデータだけのブログは読んでいても楽しくないと思う。一般的な概要、データならどこでも手に入れられる。ブログ記事は、日に日にネット上に増えてゆく。求める違いは、その人の感情。同じ好きにも温度差があるし、言葉も表現も違う。その違いを求めて、ブログを探すんだ。

 そんな私は、子どもの頃、私は好きなものを好きと人に言わずに過ごしてきた。照れや恥ずかしさもあるし、自分の意見を言うのが怖かった。否定されるのが怖かったのだ。今、大人になってようやく自分の意見を言えるようになった。だから、何も自己主張出来なかった子どもの頃を取り返すべく、好きなものを語りたいと思う。



 最後にちょっと話はずれるが、いくら好きなものがあっても誰かに媚びる、誰か特定の人に振り向いて欲しい、誰か特定の人に読んで欲しくて書く記事って、書いていてあまりいい気持ちがしない。以前そういう記事を書いたことがあるのだが、その人のことを意識し過ぎて自滅した。無理に言葉を搾り出しても、伝えたい・表現したい気持ちがおろそかになってしまって嫌な気持ちになる。自分のブログなんだし、自分が書きたいことを書けばいいんだと、ブログを始めて3年目になってようやく気がついた。こういうことを考えることが出来るから、ブログ論っておもしろいな。

 以上、追記をつけてこの記事は完成。考えることは終わらないけど。
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by halca-kaukana057 | 2007-10-13 22:10 | 日常/考えたこと

哀愁的東京

 しばらく読んでなかった重松清の作品です。

哀愁的東京
重松 清/角川書店・角川文庫/2006

 絵本作家の進藤宏は、ひとつの作品を境に新作が書けなくなっていまい、フリーライターの仕事で生計を立てている。進藤はフリーライターの仕事を通して、様々な人々と出会う。事業が破綻寸前の起業家、閉園する遊園地のピエロ、かつては人気があったアイドル歌手、週刊誌の担当を外された編集長とその元妻、全盛期を過ぎた歌謡曲作曲家…。進藤の絵本の大ファンである出版社の児童書担当・シマちゃんと共に彼らの過去と今、そしてこれからを見つめてゆく。


 進藤が出会う全ての人に共通するのが、かつてはその分野の一線で活躍し、時代を引っ張り輝ける人生を送っていたこと。そして、今はその栄光も過ぎ去ってしまい、陰に隠れてしまっていること。多くのものを失い、周囲からも忘れられつつある。そんな彼らを追う進藤もまた、陰に隠れてしまっている絵本作家。進藤が絵本を書けなくなった理由。それに関わる忘れられない心の傷。取材で出会った人々とその傷・過去が共鳴しているように私は感じた。

 だた、この物語に出てくる進藤や取材で出会った人々は、良かった昔にすがり付こうとしていない。皆苦しくても、もどかしくても現在を生きている。前に進めなくても、現状が全く良くならなくても、昔に還ろうとはしない。哀愁を感じながらも今を生きる。その姿に静かな強さを感じた。心と身体から溢れ出る頑強さではなく、不器用だけれども優しくひたむきな強さ。そんな強さが現代の都会には似合うんだろうな(地方在住者が言うのもなんですが)。こういう見方をすると、進藤の過去の作品にこだわっているシマちゃんの方が寂しげに見えてくるから不思議だ。いや、シマちゃんは本当にイイ奴なんです、ほんとに。

 進藤はフリーライターとして、様々な仕事を引き受ける。ゴーストライターとしてゴシップ記事を書くこともあれば、週刊誌のスキャンダル記事も担当する。そういう記事をいくつも担当して、失ってしまったものを取り戻す最後のシーンに胸を打たれる。進藤も、取材で出会った人々に関しても、詳しいその後は語られていない。彼らは前に進めたのだろうか、進藤は絵本が書けたのだろうか。そんな余韻がじんわりと読後に残っている。寂しいことに変わりは無いのだけれども。

 これまでの重松作品とは、ちょっと雰囲気が違うような気はする。でも、厳しい今を生きるささやかな強さ・ひたむきさは重松清らしい。最新作「カシオペアの丘で」も気になるところ。もうしばらく待ちます。
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by halca-kaukana057 | 2007-08-04 18:13 | 本・読書

知識量と「好き」の表現

 音楽や本・漫画、テレビ番組などなど、好きなものがあると毎日が楽しくなる。そして、その好きなものを自分でも表現したくなる。音楽なら自分でも演奏してみるとか、漫画ならイラストを描いてみるとか同人誌を出してみるとか。ところが、以下のblogを読んで考え込んでしまった。

「奥様、鼻毛が出ておりますことよ:本当に好きで大切なものを守るために口を閉ざす。」


 何かを好きになると、そのものをもっと知りたいと思う。色々知ることでその対象…音楽や本をもっと楽しめるとは思う。でも、いつの間にか知識の量=「好き」の度合い、になってしまっている自分に気が付き落ち込むことがある。自分よりももっとそのものについてよく知っている人がいると、「す、すいません。こんなことも知らなくて…」と申し訳ないような気持ちになる。そして焦る。負けたくない、とも思う。私は基本的に負けず嫌いだと自認しているので、こういう時にはひそかにライバル意識を燃やしてしまう。こうなると、その好きなものに対する気持ちがどんどんひん曲がった方向へ飛んでいってしまう。(多分こういう時、私のブログの文章はかなりおかしくなっていると自分でも思います。)

 知識の量も、「好き」を表現する一つの方法だと思う。好きになったら相手を知り尽くしたい。そう思うのは自然。でも、その知識量を比べることが「好き」の表現になるとは思いたくない。「思いたくない」と表現するのは、自分も時々その知識の量を「好き」の表現に使ってしまっているからだ。そういう行動をしてしまった後は、知識の量を見せ付けて何になると言うんだと大体後悔してしまうのだが。好きな者同士が知識量で対立するのも馬鹿馬鹿しいと感じる。

 私は、「好き」の表現方法がblogで広がることを期待している。誰かにけなされるかもしれない。知らないことが多すぎて馬鹿にされるかもしれない。そう思っても、やっぱり好きなものを表現・主張したいと思う。知らないことがあるならこれから勉強していけばいいし、好きなものを誰かと共有したいと思ってしまう。ブログには人の多様な感じ方考え方があふれている。ひたすら感想を書く人もいれば、考察してしまう人もいる。二次創作してしまう人もいる。人によって違う表現の仕方がある。知識量だけが表現方法ではないんだと、様々な表現方法を見ていて思う。

 以前、私はこんなことを書いていた。
「フィンランド初心者、ふと思う」

 これを書いてから1年経った。この時私は、情報量だけでフィンランドを語りたくないと思っていた。今も同じだ(フィンランドに限らず、このブログで取り上げている全ての分野において)。今でもまだ私は手探りで記事を書いている。知識だけで記事を書いてしまっているかも…と不安になることもある。大量の知るべきことに流されて、考えることが出来ないでいることもある。それでも、自分なりの表現方法をこれからも探ってゆこう、そう思う。
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by halca-kaukana057 | 2007-06-11 22:55 | 日常/考えたこと

仲良くなれない理由

 ちょっと最近思うことがあって、昔のことを思い出した。まずはそんな昔話を。

 高校に入学した時のことだ。同じクラスですぐに話をした人が2人いて、しばらくの間は仲良くしていた。話も合うし、性格も似ていた。高校で初めて出来た友達だ。しかし、だんだん私がその2人との間に入れなくなった。 その2人が同じ部活に入り、私とよりも趣味や好きなものも似ているという理由もあったからだろう。 私はその2人の輪に入れず、かと言って他の友達を探すにしても時既に遅し、女子の仲良しグループはもう決まってしまっていた。

仲間はずれにされたのか?
2人は私のことが嫌いになったのか?

 私はその2人に話しかけ続けた。辛かったが、ひとりぼっちになる方が怖かったし、何かちょっとした誤解や行き違いがあるだけだろうと思ったから、それを解こうとして。 けど、それは無駄な努力だった。2人との仲は何も変わらなかった。進級し、クラスも別々になってからはその2人とは全く関わらなくなった。


*****

 私は時々、仲良くなりたいのになれない人に出会う。趣味や好きなものなど共通点が見つかると仲良くなりたいと思う。それで話しかけて近づこうとするのだが、「仲良く」はなれない。その人との関係に、どこかよそよそしさを感じてしまい、不安になる。不安なんだけど、仲良くなりたい。そんな感情に支配される。


趣味が同じだからといって仲良くなれるとは限らない(はてな匿名ダイアリー)
「べにぢょのらぶこーる:諦めたらそこでコミュニケーション終了ですよ」

 この上の2つを読んで、その高校時代のことと、仲良くなりたいのになれない人たちのことを思い出した。どっちも全くその通りだと思う。趣味が同じでも、意見が合わない、相性が合わないで仲良くなれない人は一杯いる。 そして、趣味が同じでコミュニケーションをとろうと思っているのに、誤解があったり行き違いが合ったりなど対話が上手く行かないことだけで「この人とは相性が合わない」とばっさり切り捨ててしまうこともある。

 仲良くなりたいのに仲良くなれなかったのは、この辺に理由があるような気がする。 ただ単に相性が悪いだけなのか、何らかの誤解・行き違いがあるだけでそれを諦めてしまっているのか。 趣味や好きなもの、意見や性格が似ているからこそ仲良くなれないのかもしれない。ライバルとして意識してしまう。自分自身の悪いところまで似ているから、自分の嫌な部分を見ているような気分になる。意見が似ている、つまり同じだから話が発展しないのかもしれない。

 どんな人とでも仲良くなれる、というのは有り得ない。対立する人、相性の悪い人がいるからこそ、意見の合う人、相性のいい人がいる。だからこそ仲の良い人たちのことは大切にしようと思う。でも、時々仲良くない人とも付き合ってみようかと思うことがある。違う意見も聞きたい、反論を通して自分の意見を考え直したい。自分と似た意見を持っていそうだと思って近づいたら、正反対の意見を持っていたと気が付く時もある。そういう人たちに対して、私はどのくらい距離を取ったらいいのか分からない。


 今も、仲良くなりたいのになれない人は沢山いる。無駄だと思いつつも話しかけてしまうジレンマ。私がしているのは無駄な努力なのか、何なのか。もう諦めてバッサリ切るべきなのか、続ける方がいいのか。 答えは出ない。今私に出来ることは、今仲の良い人たちとの関係を大切にすること、これだけだ。
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by halca-kaukana057 | 2007-05-28 21:58 | 日常/考えたこと

"中途半端"という私

 「"柵"の中で気付いたこと」の続き。私が何故「~のつもり」でいることをあまりよく思わないのか考えてみた。


 私はいろいろな事に興味は持つけれども、どれも中途半端で満足しているのではないかといつも不安に思っている。いくらクラシックを聴きこんだとしても、所詮しがない愛好者のどうしようもない感想に過ぎないんじゃないかとか、いくらピアノを弾いても技術も表現も解釈もプロの足元にも及ばないのだろうと思う。音楽だけじゃない。フィンランドのことだって、私の現実問題としてフィンランドの地を踏むことが出来るのは何年も先だろうし、住むなんてことは有り得ない。宇宙も専門的に学んだことはないし、以前書いたように地味な活動ばかりしているアマチュアでしかない。どの分野にももっと詳しい専門家や、経験豊かな人がいて、そんな人と私は比べ物にならない。いつまで経っても未熟な、中途半端な人間でしかないのです。

 何をやっても中途半端である自分に、私は劣等感を覚える。「~のつもり」でいることや一時的な流行に乗ることは、私にとっては中途半端の典型的な例だと思う。路半ばで気まぐれのように辞めてしまったり、流行が終わればどうでも良くなったりするところが。他者はそれでもいいと思うかもしれないけど、私はそれが自分だったら良くないと思う。人にそれを強制はしたくないし、薦めたくもないけど、自分が中途半端であるのは許せない。中途半端を抜け出すことが、私が自分自身へ課す課題なんだ。だから、流されないように自分自身を隔離するつもりで柵の中にいるのかもしれない。


 堅苦しいことを書いたけど、要するにただのどうしようもないオタクなんです。対象がなんであろうと興味を持ったら一心不乱、全力でその対象に飛びつきかじりつく。あとはまっしぐら。いつの間にかその対象の深淵まで来ていて、もう後戻りできない。こんなことを繰り返して、今の私があるのです。でも、這い上がれないところまで来てしまったけど、後悔はしていない。自分に対するプレッシャーは強いけど、何かを追求するのは好きだ。やりがいはあると思う。勿論、こんな無茶苦茶なことは人には薦められません。マネしてもいけません。



 こんな風に自虐的に自問自答ばかりしているけれども、私だって流行に乗って楽しみだけを追求してはっちゃけたいと思う。でも、調子に乗ると後で痛い目に遭うんじゃないかとか、自分に妥協する癖が付いてしまうんじゃないかとまた不安になる。だから、楽しんでいるようでもコンプレックスに思えてしまう。楽しむことと、その対象を極めようとすることがいつも対立している。


 こんなどうしようもない自分だけど、付き合っていくしかないし、とことん付き合ってやろうとも思う。結論が見えなくなってきたけれども、こんな自分に失望している、諦めているわけではなく、むしろやってやろうじゃないかと思っている。もう少し歳をとったら「あの頃は若かったよ」と余裕を持つことが出来るかもしれないけど。

 そして最後に、やっぱりこんな自分のままで行くならスルー力は磨いた方がいいな。人は人、自分は自分と思える余裕も持ちたい。余裕を持つって難しい。今日はここまで。
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by halca-kaukana057 | 2006-12-27 22:11 | 日常/考えたこと

"柵"の中で気付いたこと

先日の「クラシック音楽の、入り口に立つ人たちへ」の記事を書いて少し後悔している。自分の視野考えの狭さを思い知って、実は落ち込んでいる。でも一人で鬱々としていてもどうしようもないので、頭を整理するためにもそのことについて書こうと思う。


私はいつももっと視野の広い、柔軟な考えを持ちたいと思っている。考えの違う人に出会っても、その考えをじっくり聞いて理解したい、理解できなくても認めたいと思っている。だが、この通り頑固で我が強く素直じゃないので思った通りうまくはいかない。結局自分の考えの柵の中から出ようとしなかった。これまでは柵の板の間から物事を見ていただけだったことにようやく気がついた。情けない限りだ。


何かを表現したい、主張したい願望と違う考えも受け入れたい理想が矛盾して葛藤している。好きなものについて書く、語るのは楽しい。でも同時にすごく難しいことだとも思う。好きなものを主張するだけでは、物足りないのではと感じる。誰かとその面白さを共有したり、違う考えに感心したり、意見を言い合ったり。そうしているうちに私自身の考え方も変化してゆく。進化・深化する過程を楽しみたい。その一方でこの考えは変えたくない、貫き通したい信念があって、それが柵だとしたら結局ずっと柵の中じゃないか。ますます混乱してきた。


答えは出ない。柵は何時まで経ってもこのままかもしれない。柵の外に出るのが怖いのだとしたら、私は自分自身の無知を怖れていると思う。知らないことばかりで、それに気づくのが怖い。Web上であれ現実であれ世界は広い。呆れる程広く、深く、空高い。時には柵の中に戻ってもいいから、誰かと話し、歩き続けるしかないんだ。恥と落胆と共に。






クリスマスイブだというのにこんな記事を書く私は終わってる…。明日はもっとクリスマス気分で何か書こう。
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by halca-kaukana057 | 2006-12-24 23:54 | 日常/考えたこと

好きなものは好きだと言いたいのに

 私は何でも、「嫌い」と断言するのが苦手だ。もしかしたら共感できるところがあるかもしれないと期待する。そのものに対してあまり好ましく思えなくても、そこで切り捨てたくないからだ。

 だから、誰かが何かに関して「嫌い」と言うのを見ると、とても複雑な気持ちになる。特に自分が好きなものに対してそう言われたら、本当に困ってしまう。「嫌い」と言うのはその人の価値観によるものだからどうしようもない。価値観は比べようがないし、どちらが優れているとも劣っているとも言えない。その人と論議する気もない。ただその人の好みが自分の好みと異なることを知ってがっかりするだけだ。それだけのことなのに、とても複雑な気持ちになってしまう。その人の意見を受け入れられない自分。自分の好きなことを否定されたような感じになる(決して否定した訳ではないことはわかっているけれど)。

 私が好きなものを、他の誰かが「嫌い」と言う。その時、私の気持ちは揺らぐ。私は間違っているのだろうか、読みが甘いからだろうかと考えてしまう。こんな時、どんなに人に何と言われても好きだとはっきり主張できるようになりたい。誰かの意見で好みをコロコロ変えることはしたくない。誰かはこんな意見を持っているのに対して、私はこう思う。相手の意見や価値観を尊重しつつ、自分の思いも主張する。とても難しいけれども出来るようになりたいと思う。そして自分の好きなものを嫌いと言う人に対しても、嫌な奴と断言したくない。私はそれだけの情報で人を判断できるだけの立場にいる人間ではないし、その人に対してもどこか共感できるところがあるかもしれないと期待したい。難しい。でも、大切なことだから実行したいと思う。


 丁度下記の記事を読んだのと、こう思うきっかけとなった出来事があったので書きました。
「heartbreaking.:多面体の一面のみを見て、その人物に失望するのは馬鹿げている。」

こちらのブログは考えさせられることが多く愛読しております。
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by halca-kaukana057 | 2006-08-16 22:16 | 日常/考えたこと

新しい世界に足を踏み入れて思うこと

 少し前から、新しい環境に身を置くことになった。転職したのだが、様々な理由でこれまでの職種とは全く違う仕事に就くことになった。不安は勿論あった。これまでの仕事と勝手が違うので戸惑うことも多いが、それでも今の仕事は今の仕事なりに面白いところが沢山ある。

 始め今の仕事内容を知った時に、「これなら私にも出来そうだ」と感じた。しかし、やってみると意外と難しい。なかなかぴったりの言葉が出てこなかったり、問い合わせに戸惑ったり。そんな時は上司や先輩方(私が一番下っ端なのだが)の言動を見ていると「すごい」と思う。すらすらと丁寧に仕事をこなしていく。どんなに疲れていても顧客に接する時は満面の笑顔。見かけによらずしっかりとした考えを持って仕事している人もいる。そんな仕事ぶりを見ていると、私もあんな風に仕事してみたいと思う。いいなと思ったところはマネてみたり、教えてもらったことを実践してみたり。そう簡単にうまくはいかないけれど、ここはうまくいったと評価できるところも少しずつ増えてきた。

 誰かの仕事ぶりだけでなく、その職場のシステムの部分でも「すごい」と何度も思う。子どものころ、社会見学で訪れた様々な仕事の裏側を見た時の気持ちに近いなと感じた。勿論、今私はそこの社員である訳だからいつまでもそんな呑気に構えて入られない。でも、慣れたとしてもやっぱりすごいものはすごい。その中身を知っているからこそ、ますますすごいと感じるだろう。

 このブログのタイトルどおり、「見知らぬ世界に想いを馳せ」てばかりいる私だが、想いを馳せているだけではわからないことが沢山あると感じる。実際に足を踏み入れてみなければ分からないことが。踏み入れる時の期待と不安が入り混じったドキドキ感が私は好きだ。そして、自分の世界が広がっていって、様々な見方で物事を考えられるようになるのが楽しくてたまらない。だからこそ、私は自分の五感を最大限に使って物事に当たりたい。仕事も趣味も同じ。ピアノである曲が弾けるようになって、よりその曲を楽しむことが出来るようになる。何てことないと思っていたものにも奥深さがある(例えば「人形の夢と目覚め」のように)。

 以前「naoyaグループ-naoyaの日記:自分にできないことをすごいと思う」「北の大地から送る物欲日記:『すごい』と感じる気持ち」を読んで共感したのだが、転職したことで自分も経験としてこの様に感じた。この環境に慣れたとしても、「すごい」と思う気持ちを忘れないでいたい。


 蛇足な余談。何気なくおかいつのアルバムを聴きながら書いていたのだけれど、「ふしぎはすてき」の歌詞にぴったりだ、この感覚。…どうでもいい話ですが……。
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by halca-kaukana057 | 2006-07-17 21:23 | 日常/考えたこと

苦境の中の一年

 まず、本日の母との会話を。いつものように「クインテット」を観ていた私。母も隣にやってきて観ていたのだが、母の何気ない一言から全ては始まった。

母:「このピアノの人(アキラさん)、女の人みたいだね。髪長くて」
私:「うーん。でもきれいだよ」
母:「でもさ、顔はあまりよくないよ。いい男じゃないよ」
私:「そうでもないよ」
母:「いや、これだったら金八先生の方がかっこいいよ
私:「え゛え゛ぇ!武田鉄也!? アキラさんのほうがかっこいいって!!」
母:「いや、武田鉄也のほうがかっこいいね」
私:「……。」

母:「ところでこの人形、何の動物なの?」
私:「えっ?」
母:「口とんがってるし、変な顔だし、キツネ?」
私:「人間だよ…」
母:「人間には見えない
私:「……………。」

 確かに、放送開始当初の頃は私も「なにこの可愛くないキャラクタ、ハッチポッチ返せ!」と思ったものだが、観続けているうちに可愛くなってきた。見慣れないとこの番組の良さはわからないのか?それにしても武田鉄也とアキラさんを比べるなぁ!


*****


 というくだらない話は置いておいて、ここからがメインエーベンツ。今日は私の誕生日なのです。昨日は、歳はとりたくないと思っていた。実際今日になってみて少し落ち着いたが、いつものような“嬉しさ”は無い。それよりも、重み、身の引き締まる感じを覚える。社会人として自立しているはずが、この状態だ。いや、年齢は関係ないのかもしれない。スタートが少し出遅れ、まわり道をしたただけで。

 この1年はは私にとって、ひどい年だったとしか言いようがない。しかし、悪いことばかりじゃなかった。全体的には暗いけれども、かすかに光は見える。前は見えなかった光が見えてきた。この苦境の中で見つけた、一生大切にしていきたいものが幾つもある。この暗闇に入らなければ見つけることは出来なかったであろうものが。

 物事簡単にうまくいくほうがおかしい。障害が無い方が不自然だ。そう考えてしまうのは、ひねくれてしまったせいかも知れない。でも、障害だらけでも生きていける。いつかきっと光は見えてくる。時々そんなの嘘だと思うこともあるけれども、それが本当の答えじゃない。苦境の中でも光はある。こっちが本当の答えだ。

 この一年は忘れられない年になったと思う。これからの1年は何が起こるか、不安の中に心地よいドキドキ感がある。苦境はまだしばらく続くと思う。でも大丈夫と言いたい。これまでも何とかやってこれたのだから。
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by halca-kaukana057 | 2005-12-25 20:19 | 日常/考えたこと

ご冗談でしょう・困ります、ファインマンさん

「ご冗談でしょう、ファインマンさん(上)」
「ご冗談でしょう、ファインマンさん(下)」
「困ります、ファインマンさん」
(リチャード・ファインマン、大貫昌子訳、岩波現代文庫)

 読むのにかなり時間がかかったのですが、考えてみれば3冊ですから当然です。数年前に「ご冗談でしょう」を読んで以来気に入っていたのですが、「困ります」を読んでいなかったのでまとめて再読しました。

 ノーベル賞を受賞した物理学者“ファインマンさん”の奇想天外なエピソード集です。実験好きでラジオを分解したり、効率を図るために発明したりしていた子ども時代から、大学・大学院での研究で仕出かした失敗や成果、原爆開発を経て教授時代…とこう見ると普通ですが、とにかく「面白い!」エピソードばかりです。

 大学の寮でドアを盗み、原爆に関わる国家機密の入った金庫を破るなどの数多くのいたずらをし、ブラジルでサンバチームに入り…と「人生を楽しむ」ことを忘れない姿勢。ふざけているように見えるけれども、権威・権力を嫌い建前や見せ掛けの良さよりも、人やものの真実を追究できるならそれでいいという信念。「ノーベル賞を取った学者」ではなく「いち物理学者であり人間である個人」として読んだ方が面白いと思います。

 「困ります」の方は幾分シリアスなエピソードが多く、はじめの奥さん・アーリーン夫人の「人がどう思おうとかまわない!」は胸にグッと迫るものがありました。さすがのファインマンさんも頭が上がらなかったアーリーン夫人の考え方には、納得するところが多くありました。さらに、スペースシャトル・チャレンジャー号事故の調査委員のエピソードは、真理を追究することの難しさといかにそれがおろそかにされているかが強く伝わってきました。

 ところどころに物理用語が出てきますが、それよりもファインマンさんの人間性の方が魅力的に感じてしまいました。物理がわかればもっと面白く読めるのではないかと思います。
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by halca-kaukana057 | 2005-10-06 21:16 | 本・読書


好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)

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