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ささやき貝の秘密

 「ドリトル先生」シリーズのヒュー・ロフティングの、知られざる作品が岩波少年文庫で復刊されたと聞いて、即買って来た。知られざる作品…気になる!

ささやき貝の秘密
ヒュー・ロフティング:著/山下明生:訳/岩波書店・岩波少年文庫/1996/2010

 ずっと昔、9歳の双子の兄妹・ジャイルズとアンは、何不自由なく穏やかに暮らしていた。ある夕方、父が来客と夕食をとっているのが気になって、なかなか眠ることができない2人は窓から外を見ていた。そこへ、リンゴ売りの「リンゴばあさん」アグネスが通りかかる。アグネスは大人たちからは「魔女シュラーガ」と呼ばれ、恐れられていた。そんなことは信じないとジャイルズ。アンもアグネスは優しそうな笑顔をしていて、信用できると感じていた。翌日、ジャイルズとアンは父が多額の借金を抱えていること、昨夜の来客は父がお金を借りている人のひとり・セイモア医師で、近いうちに返して欲しいと言われ、話がまとまらなかったことを知りショックを受ける。父を助けたいと思った2人は、アグネスなら助けてくれるだろうかと考え、アグネスの家を訪ねる。アグネスは2人の話を聞き、助けてあげるかわりに、ここに来たことは誰にも話してはいけないと言う。アグネスは翌日、2人を海辺へ連れて行った。そこで見つけたきれいな貝を2人に渡し、その貝を最も必要とする者に届けた者には莫大な財産がもたらされるだろう…と告げ、アグネスは去っていった。その貝は、耳にあてると、その持っている人について、遠くにいたとしても誰かが話しているのが聞こえるという不思議な貝だった。その貝の秘密を知った2人は、それを最も必要としているのが誰なのか、誰に渡せばいいのか、考える…。


 ちょっとあらすじが長くなってしまいました。でも、これは物語の序章に過ぎません。ここから、どんどん物語が進んでいきます。読んでいて、面白くて面白くて読み始めると止まらなかった。ロフティングはこんな面白いファンタジーも書いていたのか。読めて本当に嬉しいです。岩波書店さん、復刊ありがとうございます!

 自分のいないところで、他の人は自分のことをどう思っているのだろう。何と話しているのだろう。気になることもあるはず。もし、その声を聞ける道具があったら、どう使う?まず、このささやき貝の存在、発想に驚いた。私なら…気にはなるけど、あえて使いません。悪いことだったら落ち込む(改善が必要、私が乗り越えるべき課題・短所についての指摘だったら有り難いけれど。ただそれなら、面と向かって言って欲しい)。いいことであっても、人の噂話での評価で、喜んでいたくはない。嬉しいけれども、嬉しい、ここで止まってはいけない。誰かが評価してくれるから長所を伸ばす・いいことをするのではなく、誰が見ていようと、見ていなくても、自分の考えで行動し、それが長所やいいことにつながればいいなと思う。成長の過程として。

 このあと、ささやき貝を渡す相手も決まり、ジャイルズは命がけで貝をその相手に渡します。そして、ジャイルズの運命は思わぬ方向へ向かってゆく。新しい環境で、ささやき貝の力も借りるけれども、真面目に、熱心に仕事をするジャイルズ。ジャイルズは人々の信頼を集め、また、様々な立場の人々と接し、成長してゆく。恋もする。その恋物語が甘酸っぱく、切ない。もどかしい。小学校中学年程度からとあるが、中学生や高校生に読ませたら、どんな反応をするだろう。「ささやき貝」の力のことも合わせて、読ませてみたい。小学生というより、中高生向けの本棚に置いておきたい(置いてみたい)。

 ジャイルズが接する人々の言葉も深い。例えば、ジャイルズとアンがささやき貝を誰に渡すか考えている間、とりあえずその力を試してみようと思い、哲学者で化学の研究をしているヨハンネスに貸してみる。そこで、ヨハンネスは化学についてこう語る。
「化学ってのは――ま、錬金術と呼ぶことも多いが――いまだに魔術とか魔法とむすびつけてとらえられがちなんじゃ。おまえたちの学校では、どうかな?うん。いまでは算数を授業にとりいれているが、ほんの1、2年前まではそうではなかった。いいかな――算数なんかもう、新しくもなんともない。おそらくやがて、化学の本を学校でも入れるようになるじゃろう。が、いまはちがう。どろぼうみたいに窓をとざし、ドアのかげで研究しなくっちゃならない。なにか新しいものを発明して、魔法使いとか魔女とかいわれないようにしなければ……なにか、新しいもの!」
「なにか、新しいもの!連中はそれがこわいんじゃ。いつでも世の中を、古いままにしておきたいのじゃ。前進よりも、後退したがっているとしか思えないほどじゃ……」
(67ページ)

 中世らしき時代が舞台のお話なので、「化学=錬金術」と書かれています。「新しいもの」を認め、取り入れようとしない固執した考え方…これは今の時代でも当てはまることだと思う。

 不思議なアグネスの存在や、ささやき貝の力など、”魔法”と呼ばれるものについても様々な言葉、考えが語られています。「ドリトル先生」は、例えば”月3部作”の月へ向かう様子と、月面での暮らし、月から還って来たドリトル先生がどうなったか…と科学的なこととファンタジーが巧く織られて、語られている。「サイエンス・ファンタジー」と言っていいだろう。一方、この「ささやき貝の秘密」は完全にファンタジー。上記のヨハンネスの語る化学のこともあるけれども、ジャイルズたちはささやき貝のことを不思議がっても、それを「ささやき貝」そのものなんだと受け入れている。アグネスも同じく。ただ、アグネスのことをそのまま受け入れられない人は「魔女シュラーガ」と恐れ嫌っているが…。自分が今見ているもの、出会った人、今いる環境…それを自分の思惑や経験、感情などの「フィルター」を通さず、そのまま受け入れ、受け止めよう。そんなことをロフティングは考えていたのかな?と深読みしました。

 ちなみにこの作品は、「ドリトル先生月へゆく」と「ドリトル先生月から帰る」の間に出版されたのだそう。ドリトル先生シリーズでも、特にサイエンス色が濃い”月3部作”の間に、このファンタジックな作品が書かれた。わかる気もします。

 とにかく、面白かった。イチオシです。

・関連過去記事:「ドリトル先生」シリーズまとめタグ
 「アフリカゆき」から「楽しい家」まで、全部読みました。あ。ガブガブの番外編まだ読んでなかった!

 ちなみに、「ドリトル先生」の井伏鱒二訳ではないものを先日本屋で見つけました。電子書籍でも。様々な訳があるようですが、私の行く図書館には井伏鱒二訳しかないので、井伏鱒二訳しかないものだと思っていた。また、全巻揃っているのも、井伏鱒二訳の岩波少年文庫だけだし。

ドリトル先生 (ポプラポケット文庫)

ヒュー ロフティング / ポプラ社


 一例がこれ。問題は、「オシツオサレツ」の訳。勿論異なります。立ち読みしてみたのですが…そう来たか!(気になる訳は、読んでみてのお楽しみですw)
by halca-kaukana057 | 2010-10-30 22:56 | 本・読書

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