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遠くの声に耳を澄ませて

 最初、この宮下奈都さんの他の作品が気になったのだが、タイトルに惹かれて、こちらを先に読んでみた。初めて読む作家さんです。


遠くの声に耳を澄ませて
宮下 奈都/新潮社/2009

 12の短編を収めた本。旅行雑誌に連載されたものだそうで、旅もテーマになっている。ちなみに、本のタイトル「遠くの声に耳を済ませて」というタイトルの作品は無い。表題作のない短編集です。

 登場人物たちは、仕事や恋愛、家族や友達、同僚などのことで悩んだり、躓いたり、挫折したりしている。どこにでもありそうな、悩みや挫折。思い悩んでいても、躓いて涙を流しても、毎日は続く。日常は止まることなく進んでゆく。

 そんな時、遠くへ行きたいと思う。行けない時は、遠くを想う。「ここじゃないどこか」へ行って、または「ここじゃないどこか」を想って、そこから、「今ここ」を客観的に見る。「今ここ」では気づくことが出来なかったことがあり、がんじがらめになっていた気持ちが解き放たれ、刺々しかった気持ちが丸くなる。何か悩んでいる時、挫折した時は「今ここ」しか見えない、見ようとしないことが多い。でも、「今ここ」だけじゃない場所がある。道がある。可能性がある。時間がある。方法がある。「今ここ」から抜け出して、ちょっとの間遠くへ行く(気持ちだけでも)。それがきっかけで、動き出すことがある。大きな変化じゃなくても、小さな心の中での変化でも。この本の短編では、小さな心の変化のほうを描いていて、最終的なラストはわからないまま終わる。ゴールはどうなるかわからないけど、その小さな心の変化が起こった過程が描かれいているのが、とても印象的でした。

 それぞれの登場人物は、別の作品でも登場することもあるので、その関係を読むのも面白いです。この作品では主人公だったのが、別の作品では客観的に描かれていて、ひとりの人物を多方面から見ることも出来る。連続した作品ではないのに、どこか繋がっているところがある。そういえば、現実でも友達の友達が知り合いだったとか、仕事で会ったことがあるとか、そんな繋がりに驚くことがあります。

 どの作品も印象的で、好きなのだが、「アンデスの声」や「うなぎを追いかけた男」の、行ってはいない(過去に行った)けど、その話を聞くことで遠くを想うこの2作は清々しい気持ちになる。また、「転がる小石」や「部屋から始まった」、「クックブックの五日間」は実際に遠くに行って、その場所に行ったことよりも、行った行動そのものが変化に繋がる過程が描いてあって、わかる、と感じた。旅に出て、その旅の中身も楽しんだけれども、それ以上に旅に出たということ、遠くに行ったということが変化の始まりだったということが私にもある。「転がる小石」の陽子ちゃんのように、見知らぬ場所に来て、「怖がっていたものの正体を見きわめ」、「道草をやめ」て、「簡単には近づけないものから目を背けるんじゃなくて、正面に見据えて半歩ずつでも近づいてゆく」。読んでいて、目を背けていることを正面に見据えたいという勇気が出てきた。

 最後の「夕焼けの犬」の病院の喩え・描写もいいなと感じました。夕焼けは、場所でも時間でも、遠くを思わせる。何か思いつめた時、仕事で疲れた帰り道やちょっとした休憩の合間に夕焼けを見ると心が落ち着くのは、そんな力があるからかもしれない。

 読んでいて、また旅に出たくなりました。遠くに行くことは大事だとも。なかなか行けない時は遠くを想うけど、でも、実際に行ってみるのはまた違う。人生・生きることも旅。「今ここ」と「ここじゃないどこか」を行き来して行くのだなと感じました。

 宮下奈都さんの著作を、また読みたいです。
by halca-kaukana057 | 2012-12-06 23:12 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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