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せちやん

「せちやん―星を聴く人―」(川端裕人、講談社、2003)



 先日「竜とわれらの時代」で紹介した川端裕人。再読第1弾は宇宙がテーマの「せちやん」。以前一度読んで圧倒されてしまった。よく分からなかったところもあったので何度か読み返してみた。


 1970年代、中学生の「ぼく」(とおる)は膝を痛めて野球部を辞め、友達のクボキ、やっちゃんと放課後を過ごしていた。それぞれ家庭の中では息苦しさを感じ、なるべく家に帰る時間を遅らそうと学校の裏山で時間をつぶしていたのだった。その裏山で、ある日3人は不思議な家屋を見つける。パラボラアンテナに銀色のドームがある日本家屋。「摂知庵」と看板がかけられてあるその家の秘密を暴くべく、「ばく」たちはその家を見張り出す。何のための施設なのか想像をめぐらす中、ついに3人は家屋の主人と出会う。彼は摂津知雄、通称「せちあん」と名乗り3人に「せちやん」と呼ばれることになる。ある事情により仕事を辞めその家にひとり住んでいるせちやんは銀色のドームの中にプラネタリウムを作り、パラボラアンテナを電波望遠鏡にして「SETI」と呼ばれる異性人からの信号を探しをしていたのだった。一見冴えない中年男だが宇宙への夢を熱く語るせちやんにすっかり夢中になった3人は、学校が終わると「摂知庵」に入り浸るようになった。豊富な蔵書を読みふけり文学に夢中になったやっちゃん、大量のレコードを聴いてクラシックに興味を持ちせちやんが弾かなくなってしまったバイオリンを練習するクボキ、そして「ぼく」はプラネタリウムや異性人探しに夢中になった。ところが、ある事件をきっかけに3人は「摂知庵」に行くのを辞め、それぞれの道を歩むべく高校に進学。文学や音楽に夢中になっているやっちゃんやクボキと違い「ぼく」は再び野球を始めたが、それでもせちやんが教えてくれたことは色濃く頭の中に残っていた。そして「ぼく」の人生の様々なシーンでせちやんのことが思い出される。



 この物語全体に漂っている何かをつかもうとしてもつかめない虚しさ、孤独感に切なくなる。「ぼく」もやっちゃんもクボキも、そしてせちやんも登場人物それぞれ何かを追い求める。でも、それをつかめたとしても一瞬だけ。次の瞬間にはなにも残らない。まさに夢のようなはかなさ。どんなに手を伸ばしても天空の星まで手は届かない。この物語の「宇宙」はそんな位置にあると感じた。

 そして、「宇宙」に向き合う時は誰もが孤独だということ。例え分かり合っている仲間がいたとしても深いところでは結局ひとり。そこから生じる不安や淋しさ。それをごまかすかのように、人間は何かに身を委ねる…仕事や芸術、恋愛や宗教などに。私も、こんなどうしようもない不安や孤独を感じることがある。例えば、死んだら何もなくなってしまうのだろうかとか、将来に対する不安とか。そんなことに悩んでいる時、ある方がこんなことを言っていた。「趣味なんかが無かったら生きていくのは大変だよ。いつも不安と向き合っていたら辛くて辛くて生きている心地がしないよ。そんな辛さをかわすためにも、人は色々なものに夢中になるのではないかな」と。その言葉を今読んでいて思い出した。せちやんや「ぼく」はSETIによってその孤独と向き合う。それがさらに孤独を思い知らせるものだとしても。その孤独感がだんだん深くなる物語の終盤がすごかった。

 宇宙ものであるけれども哲学や人の生き方、考え方が物語の中心になっていると私は読んだ。だから同じ宇宙ものの「夏のロケット」とはかなり雰囲気が違う。宇宙への思い・見方も一つとは限らない。こういう宇宙ものもいい。
by halca-kaukana057 | 2006-06-16 20:34 | 本・読書

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by 遼 (はるか)
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