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地図のない道

 本は読んでいるのですが、感想を書かないまま、どんどん溜まってしまった。どんな本だったか、どこに惹かれたのか、それを再確認するためにも、感想を書くのは必要かなと思う。少しずつ読んでいる須賀敦子さんのエッセイを。



地図のない道
須賀敦子 / 新潮社、新潮文庫 / 2002年 (単行本は1999年)



 イタリアの友人から、ある本を贈られた。その著者の作品が好きで読んでいたので送ってくれたらしい。その本は、ローマのゲットからユダヤ人がナチスに連行された事件について書かれた本だった。須賀さんは、かねてからローマやヴェネツィアにあるゲットに興味を持っていた。かつてローマのゲットの地区を訪れ、そのレストランで食事をしたこと。ヴェネツィアのゲットへ行ったこと。ユダヤ人の血を引く友人のことも思い出す。


 須賀さんの本を読んでいると、いつも、知らないこと、普通の旅行ガイドブックや他の旅行記では知ることのできないことを知って驚く。明るい面よりも暗い面、目立たない面。そんな世界を見せてくれる。そんな世界も存在し、そこに人々が生き、暮らし続けているということを。
 ユダヤ人とヨーロッパ。ヨーロッパの歴史を語る上で、避けては通れない、今も続いている歴史だ。元日の「ウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサート」の前に特集番組があったが、そこでもユダヤ人とナチスのユダヤ人迫害について語られていた。ナチスが支配していた時代、ウィーン・フィルもナチスの支配下にあった。ユダヤ人や、ユダヤ人の家族を持つ楽団員を追放し、ユダヤ人は殺され、ユダヤ人の家族を持つ楽団員は亡命した。戦後、ウィーン・フィルに戻りたくても拒否された。今は華やかに新年を祝うニューイヤー・コンサートだが、暗い歴史も持っている。
 ゲットは15、16世紀、つくられ、高い塀で囲まれた地区にユダヤ人が閉じ込められることになったが、それ以前、紀元前からもユダヤ人はある地区に固まって暮らすようになったのだという。
 ヴェネツィアのゲットの博物館、島と橋。ヴェネツィアにあるゲットやユダヤ人に関する場所を辿る。そんな旅の間に語られるのが、須賀さんが出会ったユダヤの血を引く人たちだった。戦時中は辛い目に遭ったが、戦後は彼らはそれぞれ、暮らしていた。ユダヤ人でも、キリスト教徒だったという人々も少なくない。彼らの案内で教会へ行ったり、子どもが生まれて、洗礼や命名に立ち会ったり。彼らは彼らなりに、イタリアのキリスト教文化に適応して暮らしていた。そういう歴史の表舞台に出てこない人々の暮らしは、実に清々しい。

 「ザッテレの河岸で」では、もうひとつのヴェネツィアの隠れた歴史が語られる。「Rio degli incurabili」(リオ・デリ・インクラビリ)…治療のあてのない人々のちいさな水路、という意味だ。それを見つけた須賀さんは気になり、その由来を調べ始める。
 ヨーロッパの国々での、「病院」についての考え方も始めて知った。考えてみれば、確かにそういえばそうだと思う。裕福な人々は、病気になると自宅で治療を受ける。貧しい人々は病院に送られる。入院する=病院に連れて行かれる、という強いネガティヴなイメージを持っている。
 ある日、須賀さんは「コルティジャーネ」についての展覧会を観る。「コルティジャーネ」は高い教養を持ち、歌や楽器にも長けている娼婦のことを言う。貧しい階級の出身というわけではなく、経済的にも余裕のある階級の出身の者が多く、一般的な娼婦とは違うイメージだ。この後、ヴェネツィアを訪れた須賀さんは、コルティジャーネと「incurabili」の関係を知る。彼女たちがどう生きたのか。華やかで豊かな生活は、危険と隣り合わせだった。そして行き着く先。高い教養を持ち、文化面でも豊かな女性たちの最期を思うと心が苦しくなる。それでも、彼女たちは自分に誇りを持って生きていたのだろうか。

 須賀さんの本には、どんな環境、境遇でも懸命に、清々しく生きている人たちが登場し、感銘を受ける。たとえ貧しい暮らしでも、苦難に満ちた人生でも。イタリア各地の街も、様々な面を見せる。それが、世界なのだと教えてくれる。美しく、敬虔な世界だ。

by halca-kaukana057 | 2018-01-06 22:29 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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