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神さまたちの遊ぶ庭

 先日読んだ、宮下奈都さんの「羊と鋼の森」。この作品に関係する本を、「羊~」を読む前に読んでいました。「羊~」を読んだ時、あの本!とすぐに出てきて驚きました。
羊と鋼の森


神さまたちの遊ぶ庭
宮下奈都/光文社、光文社文庫/2017

 2013年、宮下さん一家は2年間、北海道の帯広に引越し、暮らすことに決めていた。が、宮下さんの夫が、帯広ではなく、もっと大自然の中で暮らさないかと提案してきた。大雪山国立公園のふもとにある、トムラウシという集落で暮らさないかと言うのだ。山の中にあり、牧場がある。僻地で、併置の小中学校の全校児童生徒は10人。山村留学制度があって、他の地域からの児童生徒を受け入れている。こんなところで大丈夫なのだろうかと心配する宮下さんだが、3人の子どもたちは乗り気。トムラウシに行くことに決まった。中3の長男の高校受験のことを考えて1年間。そして4月、トムラウシでの生活が始まった。

 「羊と鋼の森」の、主人公・外村がこのトムラウシがモデルの山の出身ということになっています。山で生まれ育ったことが、外村にとって重要な要素になって出てきます。驚いた。トムラウシで暮らしたことで、小説も生まれた。

 私は一度、僻地で働いたことがある。トムラウシほどの僻地ではないが、賑やかな町からは遠く離れ、静かな山の中にあった。仕事をする上で不便なこと、不利なことは沢山あったが、町では出会えないことも沢山あった。雨上がりの中を通勤中、虹の「根元」を見たことがあった。近くの畑に熊が出たとか(熊に出くわしたことは幸いにして?なかったが)、蛇に遭遇したこともある。私の住んでいるところも田舎だが、町なので近くにスーパーもコンビニも本屋などもある。病院もちゃんとある。田舎だから、自然も適度に近いと思っている。が、僻地の自然はそんなものではなかった。僻地は山を下りないとコンビニは勿論、小さな商店もない。何か足りなくて、ひとっ走り…というわけにいかない。私にとっては、不便で、その不便さが仕事に悪い影響を与えていたこともあり、もう僻地で働くのはごめんだと思うし、住むのは論外だと思っている。
 ただ、僻地にも人は住んでいて、そこでの暮らしを支えるために働く人もいるのだと感じました。

 なので、この本を読んで、僻地の不便なところが気になってしまい、最初読んだ時はいい印象がなかった。買い物も困るし、トムラウシは携帯電話は勿論圏外。テレビも雪が降ると映らない。新聞配達も来ない。病院も診療所しかない。そして、北海道の山である。とにかく寒い。文明に助けられている私にとっては、住むのは難しい、とても厳しい場所に感じられた。

 だが、宮下さん一家はトムラウシでの暮らしを楽しんでいる。集落の人々や小中学校の先生方に助けられ、山の暮らしのペースに徐々に慣れていく。山の人々は皆優しくて、心が広くおおらかだ。宮下さんと同じように、山村留学で来て、何年も暮らしている人もいる。子どもたちは順応が早い。少人数の学校は、時間割やカリキュラムに余裕があり、活動内容に幅がある。3人のお子さんたちが皆マイペースで、ゆるくて、ユーモラスで笑ってしまう。何かズレている。私も宮下さんのようにツッコミたくなる。何より、自然が豊かだ。川の魚や山菜(毒のある植物もあるので注意は必要)。寒さや雪の表情も繊細。厳しくはあるが、その分、様々な表情がある。外に出れば、何かがある。町にはないことがたくさんある。

 山の学校はおおらかだが、何をしてもいいというわけではない。子どもたちの遊び方の安全に関して学校と集落で話し合いをしているところは、ゆるさは全くない。子どもたちの自由、子どもたちの安全を思うからこそ、議論は白熱する。山の暮らしは、大人と子どもが近いのだと感じた。集落の大人が全員、子どもたちのそばにいて関わっている。町ではそうはいかない。子どもに無関心な人もいる。大人と子どもという関係だけでなく、全ての人と人の関係において、無関心な人はいないと感じる。孤立することはありえない。孤立したら、この自然、環境ではきっと生きていけないから。

 マイペースに学べる少人数の学校だが、問題もある。人数がいないので、団体競技のスポーツが困難。特に高校受験を控えている長男は、山を下りた規模の大きめの学校でテストを受ける必要がある。修学旅行もその学校に混ぜてもらう。集落全体が家族のような雰囲気なので、「友達を作る」ことをしなくても友達になれてしまう。なので、中学を卒業後、山を下りて高校に進学すると、大人数の社会に馴染むのが大変、うまく馴染めないことも少なくない。帯広の進学校に進学した高校2年生のなっちゃんのエピソードには、言葉を失ってしまった。

 メリット、デメリットと分けて書いてしまったが、メリット、デメリットと考えてしまうのは何か違う気がする。外から見たら、いいところ、悪いところと言えるけれども、トムラウシの人々にとっては、そこでの暮らしがそのものだ。何ものにも変えられない。これがトムラウシの暮らしなのだから。トムラウシで暮らしていることが、幸せなのだ。2回ぐらい読んで、外野がそれにどうこう言うのは違うなと思うようになった。

 宮下さん一家が、トムラウシで暮らすのは1年と決めた。が、実際に期限が近づき、どうするかを決めるあたりも、宮下さんがトムラウシの暮らしの幸せを満喫しているからこその悩み、つらさなのだと思う。長男の高校の問題もある。この現実も、デメリットと切り捨てるのは違うと思う。そこをどう受け入れるか、なのだと思う。

 子どもたちのマイペースでユーモラスな発言でゆるくて読みやすいエッセイですが、ハッと思うところも多い。数日間滞在しただけではわからない自然の描写、季節の移り変わりの美しさも、文章だけで伝わってくる。エッセイというところがいい。写真がひとつもなくても、その美しさや楽しさが伝わってくる。日本には、まだまだ知らない場所がある。実際に行ける場所は限られるから、こうやってエッセイで読むのは貴重だと感じました。

◇関連記事:毎日新聞:きょうはみどりの日 作品紹介(その1) 映画「羊と鋼の森」 自然は人を幸せに 北海道・トムラウシ出身の青年が主人公
by halca-kaukana057 | 2018-05-17 23:08 | 本・読書

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