2018年 12月 11日
星の文学館 銀河も彗星も
本屋で偶然見つけて、面白そうと買った本です。
星の文学館 銀河も彗星も
和田博文:編集/筑摩書房、ちくま文庫/2018
星、天文、宇宙に関する文学作品35編を集めたアンソロジーです。宮澤賢治「よだかの星」、谷川俊太郎「二十億光年の孤独」といった有名作品から、川端康成、三島由紀夫、江戸川乱歩、茨木のり子、大江健三郎など著名作家の星・天文に関する作品。山口誓子、稲垣足穂、小松左京といった宇宙・天文を得意とする作家。森繁久彌、中村紘子のような意外な方まで。ありとあらゆる方向から、様々な作家たちが星や宇宙を語っています。
トップバッターは山口誓子。以前、野尻抱影との共著「星戀」で、数多くの星や宇宙に関する俳句や随筆を読みましたが、トップバッターにふさわしいと思う。
それぞれの星や宇宙への視点が違っていて、表現も様々で面白い。この本で、初めて名前を知った作家、名前は知っているけど作品を読んだことのない作家も少なくありません。その中から、いいなと思える作品もたくさん。こういうアンソロジーもいいですね。
宇宙や星、天文について語ると言っても、幅が広い。特定の星(月、太陽、惑星、恒星、彗星)や天体(銀河など)について語るのか、七夕のような星にまつわる文化について語るのか。はたまた広い広い宇宙について語るのか。また、内容も、天体観測の話もあるし、童話や神話もあり、宇宙や天文にまつわる小説だったり。SFもある。占星術もある。作家によって、全部違う。夜空に輝く数多の星のようだ。
面白いと思ったのが、まず稲垣足穂。めくるめくファンタジーのような幻想的な世界で、輝く星。文章も魅せる。
寺山修司の「コメット・イケヤ」も面白かった。星を見る、ということは、目が見える必要がある。残念ながら、星には音(火球、隕石なら運がよければ音はするが)も、においも味もない。遠くにあるので触れない。しかし、この「コメット・イケヤ」では、盲目の少女が出てくる。星を見たことはないけれど、彼女は彼女の星・星座を持っている。寺山修司のイマジネーションは、独特で不思議だ。面白かった。
小松左京は身近な視点から、一気に遠くの宇宙まで飛ぶ。小松左京の魅力だなぁと思う。江戸川乱歩も、推理小説のイメージが強いが、SFのような作品もいいなと思った。三浦しをんの作品も取り上げられていて嬉しかった。ある経緯で星を観に行った話。星空は、人間の純粋な面を見せてくれると思う。私自身、星空観望会をやっていても思うことです。
荒正人「火星を見る」は、今年の火星大接近を思い出させる。いつの時代も、天体現象は人間を惹き付ける。村山定男先生の名前が出てきて、おお!と思いました。1986年のハレー彗星に関する作品も多い。
天体観測の話では、ピアニストの中村紘子さんのエッセイに驚いた。旦那様が天体観測に興味を持ち、赤道儀付きの天体望遠鏡(「バケツみたいな」とあるので、おそらくニュートン式かカセグレン式の反射望遠鏡)を購入し天体観測をするようになった、という。中村さんが天体観測を趣味にしていたと知って嬉しくなった。
俳優の森繁久彌さんも、天体望遠鏡を買って、家の屋根を「天文台」と呼んでいる。その「天文台」で見ようとした「ムルコス彗星」は、おそらく「パーライン・ムルコス彗星」。1968年を最後に観測された彗星だそうだ。このような著名人も星に興味を持っていたんだなと思う。
星や宇宙は、見上げればそこにある。広大に広がっていて、謎ばかりだ。簡単に近づけないから、こんな文学作品がうまれたのだと思う。どんな風に星を見て、どんなことを考えるかは自由だ。天体観測の決まった形もないし、文学となれば本当に自由だ。文学でも、人類は宇宙に近づけるんだなと感じました。寺山修司の作品で思いましたが、「星を見る」方法はひとつじゃない。目で観るだけが星や宇宙を「観る」方法ではない。人類の、宇宙や星に対する興味や想像力を実感する一冊でした。
「星の文学館」の他に「月の文学館」もあるとのこと。そっちも読んでみたい。
星の文学館 銀河も彗星も
和田博文:編集/筑摩書房、ちくま文庫/2018
星、天文、宇宙に関する文学作品35編を集めたアンソロジーです。宮澤賢治「よだかの星」、谷川俊太郎「二十億光年の孤独」といった有名作品から、川端康成、三島由紀夫、江戸川乱歩、茨木のり子、大江健三郎など著名作家の星・天文に関する作品。山口誓子、稲垣足穂、小松左京といった宇宙・天文を得意とする作家。森繁久彌、中村紘子のような意外な方まで。ありとあらゆる方向から、様々な作家たちが星や宇宙を語っています。
トップバッターは山口誓子。以前、野尻抱影との共著「星戀」で、数多くの星や宇宙に関する俳句や随筆を読みましたが、トップバッターにふさわしいと思う。
それぞれの星や宇宙への視点が違っていて、表現も様々で面白い。この本で、初めて名前を知った作家、名前は知っているけど作品を読んだことのない作家も少なくありません。その中から、いいなと思える作品もたくさん。こういうアンソロジーもいいですね。
宇宙や星、天文について語ると言っても、幅が広い。特定の星(月、太陽、惑星、恒星、彗星)や天体(銀河など)について語るのか、七夕のような星にまつわる文化について語るのか。はたまた広い広い宇宙について語るのか。また、内容も、天体観測の話もあるし、童話や神話もあり、宇宙や天文にまつわる小説だったり。SFもある。占星術もある。作家によって、全部違う。夜空に輝く数多の星のようだ。
面白いと思ったのが、まず稲垣足穂。めくるめくファンタジーのような幻想的な世界で、輝く星。文章も魅せる。
寺山修司の「コメット・イケヤ」も面白かった。星を見る、ということは、目が見える必要がある。残念ながら、星には音(火球、隕石なら運がよければ音はするが)も、においも味もない。遠くにあるので触れない。しかし、この「コメット・イケヤ」では、盲目の少女が出てくる。星を見たことはないけれど、彼女は彼女の星・星座を持っている。寺山修司のイマジネーションは、独特で不思議だ。面白かった。
小松左京は身近な視点から、一気に遠くの宇宙まで飛ぶ。小松左京の魅力だなぁと思う。江戸川乱歩も、推理小説のイメージが強いが、SFのような作品もいいなと思った。三浦しをんの作品も取り上げられていて嬉しかった。ある経緯で星を観に行った話。星空は、人間の純粋な面を見せてくれると思う。私自身、星空観望会をやっていても思うことです。
荒正人「火星を見る」は、今年の火星大接近を思い出させる。いつの時代も、天体現象は人間を惹き付ける。村山定男先生の名前が出てきて、おお!と思いました。1986年のハレー彗星に関する作品も多い。
天体観測の話では、ピアニストの中村紘子さんのエッセイに驚いた。旦那様が天体観測に興味を持ち、赤道儀付きの天体望遠鏡(「バケツみたいな」とあるので、おそらくニュートン式かカセグレン式の反射望遠鏡)を購入し天体観測をするようになった、という。中村さんが天体観測を趣味にしていたと知って嬉しくなった。
俳優の森繁久彌さんも、天体望遠鏡を買って、家の屋根を「天文台」と呼んでいる。その「天文台」で見ようとした「ムルコス彗星」は、おそらく「パーライン・ムルコス彗星」。1968年を最後に観測された彗星だそうだ。このような著名人も星に興味を持っていたんだなと思う。
星や宇宙は、見上げればそこにある。広大に広がっていて、謎ばかりだ。簡単に近づけないから、こんな文学作品がうまれたのだと思う。どんな風に星を見て、どんなことを考えるかは自由だ。天体観測の決まった形もないし、文学となれば本当に自由だ。文学でも、人類は宇宙に近づけるんだなと感じました。寺山修司の作品で思いましたが、「星を見る」方法はひとつじゃない。目で観るだけが星や宇宙を「観る」方法ではない。人類の、宇宙や星に対する興味や想像力を実感する一冊でした。
「星の文学館」の他に「月の文学館」もあるとのこと。そっちも読んでみたい。
by halca-kaukana057
| 2018-12-11 22:58
| 本・読書