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ユルスナールの靴

 須賀敦子さんの作品を。生前最後の作品だそう。


ユルスナールの靴
須賀敦子/ 河出書房新社、河出文庫/1998(単行本は1996)


 20世紀フランスの女性作家、マルグリット・ユルスナール。「ハドリアヌス帝の回想」、「アレクシス、あるいは虚しい闘いについて」、「黒の課程」、「東方綺譚」、「なにを?永遠を」などの著作がある。第二次世界大戦の前にパートナーの女性に誘われアメリカへ渡った。ユルスナールの作品を愛する須賀さんが、ユルスナールの足跡を追い、須賀さん自身の人生に重ね合わせる。

 マルグリット・ユルスナールのことはこの本で初めて知りました。どんな作家なのか、どんな小説なのか、さっぱりわからないので読んでもよくわからないところがたくさんあった。でも、須賀さんがユルスナールのことが好きで、ユルスナールの文章、作品が好きで、それを追いかけていきたい、というのが伝わってくる。

 この本はこのように始まる。
 きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。行きたいところ、行くべきところぜんぶにじぶんが行っていないのは、あるいはあきらめたのは、すべてじぶんの足にぴったりな靴をもたなかったせいなのだ、と。
(9ページ)

 わかる、と思った。「靴」は実際の靴そのものでもあるし、機会、チャンスとか、様々な手段、境遇、環境…様々なものに置き換えることができると思う。ユルスナールについての本なのに、何故こんな文章から始まるのか。靴の話からユルスナールの話にどうつながるのか。そう思って読んでいくと、ユルスナールは須賀さんにとってとても大きな存在なのだと思う。須賀さんにとって目標であり、理想であり、深く深く共感できる存在なのだと思う。
 とは言え、須賀さんがユルスナールの作品に出会ったのは、そんなに昔ではなかった。

 だれの周囲にも、たぶん、名は以前から耳にしていても、じっさいには読む機会にめぐまれることなく、歳月がすぎるといった作家や作品はたくさんあるだろう。そのあいだも、その人の名や作品についての文章を読んだり、それらが話に出たりするたびに、じっさいの作品を読んでみたい衝動はうごめいても、そこに到らないまま時間はすぎる。じぶんと本のあいだが、どうしても埋まらないのだ。
(31ページ)

 ユルスナールはそんな存在だったという。でも、読んだらぐいぐいと惹かれていった。ユルスナールを追って、イタリアやギリシア、アメリカも訪れる。自身とユルスナールを重ね合わせる須賀さん。様々なものごとを消化(昇華)できなかった須賀さんの過去を、ユルスナールが紡いだ言葉がほどいていく。本を読んで、自分の過去や境遇と重ね合わせることは私もある。何かを経験した後、あの本のようだなと思うこともある。でも、須賀さんがユルスナールの作品に思うことはもっと深い。須賀さんとユルスナールが静かに対話しているように思う。

 須賀さんは、ユルスナールを追うだけでなく、「ユルスナールのあとについて歩くような文章を書いてみたい」(256ページ)とこの本につながった。同じ作家、物書き、言葉で生きている2人だからこそできることだ。本文中でユルスナールの各作品の一節が引用されていて、雰囲気は感じられる。でも、ユルスナール作品を読んだらもっと楽しめるし、深みを感じられるのだろうなと思う。日本語訳が結構出ているので読んでみたい。上記引用のように、なかなかたどり着けないかもしれないけれど…。須賀さんの本は読んでいて、静かな、凪いだ気持ちになれる。私も、そんな文章を書くなり、歌を歌いたい。
by halca-kaukana057 | 2019-08-09 22:48 | 本・読書

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