まだまだ続くブルグミュラー25カップ…

 今頃になってブルグミュラー25カップ、2曲目にエントリーしました。次の曲は第4曲「子供の集会(小さなつどい←こっちの訳の方が好き)」。ええ、あの三度地獄のあの曲です。このブルグ25カップで最後までエントリー者がいなかったあの曲です。でも好きなんです。広場で遊んでいる子どもが呼び合うようなピアノとフォルテの対比や、かけっこをしているような三度の和音のままの上昇が。「スティリアの女」も無事終わったので、再び絵とともに提出します。9月最終日に間に合えばいいんだ。

 とりあえず現状はこれ。まだぐらぐらしています。「スティリアの女」で課題になった強弱のメリハリは勿論のこと、スラーとスタッカートのメリハリ、最初の三度の和音「ミド」のsfをどれだけはっきりと演奏できるかが課題。

 エントリー曲ではないが新しく第11曲「せきれい」も練習を開始しました。難しいと思って後回しにしていた曲。冒頭から難所オンパレード。両手が合わない、ミスタッチの嵐。そして最後が意味不明。
f0079085_17381624.jpg

この部分。右手の「ソーシー」と左手の「ソシレ・レレ」がどうも合わない。その間違っている弾き方がこれ。拍が合わない…。遅くしてみても合わない…。音符の長さに指がついていけていない。悔しい。

 もう一曲。「楽しき農夫」も仕上げ中。この曲も随分長くかかっているなぁ。習っているとこんな簡単な曲に長く時間をかけたら、きっと先生はイライラするんだろうなぁ。途中でぶった切るんだろうなぁ。確かに習えば先生に何でも聞けるだろうし、もっとスムーズにブルグも進めるだろう。でも、経済的に余裕はないし、先生と弾く曲に関して意見が割れる可能性もある。これを見てわかるように私の弾きたい曲はどうも王道から外れている。きっと割れるだろう。だから私は独学で続ける。独学でもピアノを弾きたい。とは言え、独りよがりな演奏はしたくない。出来る限り客観的に自分の演奏を振り返るには、細かい部分まで「聴き取る」必要がある。そんな耳にどれだけ近づけるのか、かなり不安である…。








 蛇足になるがピアノに関して思ったことを。演奏に人柄が出る。それは確かだと思う。でも、それを完全に感じることなんて出来るのだろうか。その人と実際に会ったことがある・話したことがあるならば演奏に人柄を感じることが出来ても異論はない。でも、会った事もない相手の演奏を何度か聴いて、その人のことが分かるなんて私には出来ない。その演奏が全てじゃない。皆、プロでもアマでも発展途上中、演奏も人間も変わり行く存在だ。演奏も人格も日々少しずつ磨かれてゆく。それなのに、その時点の演奏で「この演奏には……が足りない」「この人はこんな性格の人」と決め付けてしまう。なんだかとても残酷だ。
[PR]
by halca-kaukana057 | 2006-09-23 18:03 | 奏でること・うたうこと

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30