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知識量と「好き」の表現

 音楽や本・漫画、テレビ番組などなど、好きなものがあると毎日が楽しくなる。そして、その好きなものを自分でも表現したくなる。音楽なら自分でも演奏してみるとか、漫画ならイラストを描いてみるとか同人誌を出してみるとか。ところが、以下のblogを読んで考え込んでしまった。

「奥様、鼻毛が出ておりますことよ:本当に好きで大切なものを守るために口を閉ざす。」


 何かを好きになると、そのものをもっと知りたいと思う。色々知ることでその対象…音楽や本をもっと楽しめるとは思う。でも、いつの間にか知識の量=「好き」の度合い、になってしまっている自分に気が付き落ち込むことがある。自分よりももっとそのものについてよく知っている人がいると、「す、すいません。こんなことも知らなくて…」と申し訳ないような気持ちになる。そして焦る。負けたくない、とも思う。私は基本的に負けず嫌いだと自認しているので、こういう時にはひそかにライバル意識を燃やしてしまう。こうなると、その好きなものに対する気持ちがどんどんひん曲がった方向へ飛んでいってしまう。(多分こういう時、私のブログの文章はかなりおかしくなっていると自分でも思います。)

 知識の量も、「好き」を表現する一つの方法だと思う。好きになったら相手を知り尽くしたい。そう思うのは自然。でも、その知識量を比べることが「好き」の表現になるとは思いたくない。「思いたくない」と表現するのは、自分も時々その知識の量を「好き」の表現に使ってしまっているからだ。そういう行動をしてしまった後は、知識の量を見せ付けて何になると言うんだと大体後悔してしまうのだが。好きな者同士が知識量で対立するのも馬鹿馬鹿しいと感じる。

 私は、「好き」の表現方法がblogで広がることを期待している。誰かにけなされるかもしれない。知らないことが多すぎて馬鹿にされるかもしれない。そう思っても、やっぱり好きなものを表現・主張したいと思う。知らないことがあるならこれから勉強していけばいいし、好きなものを誰かと共有したいと思ってしまう。ブログには人の多様な感じ方考え方があふれている。ひたすら感想を書く人もいれば、考察してしまう人もいる。二次創作してしまう人もいる。人によって違う表現の仕方がある。知識量だけが表現方法ではないんだと、様々な表現方法を見ていて思う。

 以前、私はこんなことを書いていた。
「フィンランド初心者、ふと思う」

 これを書いてから1年経った。この時私は、情報量だけでフィンランドを語りたくないと思っていた。今も同じだ(フィンランドに限らず、このブログで取り上げている全ての分野において)。今でもまだ私は手探りで記事を書いている。知識だけで記事を書いてしまっているかも…と不安になることもある。大量の知るべきことに流されて、考えることが出来ないでいることもある。それでも、自分なりの表現方法をこれからも探ってゆこう、そう思う。
by halca-kaukana057 | 2007-06-11 22:55 | 日常/考えたこと

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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