2018年 07月 03日 ( 1 )

獣の奏者 外伝 刹那

 この本も何年も積読にしていました…。


獣の奏者 外伝 刹那
上橋菜穂子 / 講談社、講談社文庫 / 2013 (単行本は2010)

 エリンと結婚したイアル。エリンとイアルはカザルムにおり、エリンは出産の真っ只中。陣痛が弱く、なかなか生まれようとしない。イアルは子どもが生まれるのを待ちながら、エリンとのなれそめを思い出す…「刹那」

 貴族のコルマ家の長女のエサル。貴族の女性らしい暮らしに馴染めず、貴族の女性の結婚も嫌がり、名門タムユアンの薬草学科で学んでいた。一緒にいたのは、代々上級貴族を診る医術師の家に生まれた医術科のユアン、タムユアンの教導師長を数多く輩出している家の出身のジョウンだった。真王ハルミヤの息女、リノミヤ誕生の祝宴に行くことになった3人。エサルはそこで、初めて王獣を見る。それ以来王獣のことが気になって仕方ないエサルは、著名な獣ノ医術師のホクリ師のことを聞く。エサルはホクリ師のもとへ、ユアンと一緒に行き、後に師事する…「秘め事」

 「獣の奏者」シリーズの外伝、4つの短編集です。短編といっても、「刹那」と「秘め事」はそれなりの分量はあります。4つの短編、全てのテーマは女性の性と生。女性として、母親としての面から、エリンとエサルを描いています。

 王獣と闘蛇と、それに関わる国の政治、軍事、秘められた歴史を描いた「獣の奏者」シリーズ。壮大な物語の途中で、もしくはそこに至るまでにあった、2人(+1人)の女性として、母親としての日常。「日常」であってほしかった。しかし、エリンは「霧の民」の血を引き、既に王獣リランと心を通わせ、国を左右する存在となってしまっている。イアルもかつては「堅き盾」で、王家に仕える者だった。過去形であるけれども、過去は消せない。そんな特殊な立場にいる2人が結婚し、子どもをもうけるのは国の今後にもかかわること。なので、出産にも国の使者が控えている。エリンは無事なのか、生まれた子ども(ジェシ)は無事なのかを伝えなければならない。イアルがお互いの気持ちに気づき、エリンと一緒に住み始めたが、自分たちの子どもに生まれた瞬間からのしかかる重圧を思って思い悩む気持ちは痛い程伝わってくる。エリンも同じだが、「国を左右する獣ノ医術師」である自分だけではない、女性として恋をして、想いを伝えて、好きな人と一緒になり、子をさずかる…普通の女性の面もある自分を選んだ。気持ちに素直に従った。王獣は生殖を人工的に制限されていたが、エリンはリランをその制限から解き放った。生命の営みに従った。エリンも、自分を国の制限から解放した。

 エリンとイアルの馴れ初めとなる箇所では、2人のささやかな幸せを垣間見ることができた。エリンは普段の仕事では着ることのない色の衣を着て、お祭りに行き、美味しいものを食べる。イアルは指物師として、黙々と仕事をする。穏やかな日々は2人にはちゃんとある。
 イアルの過去も明らかになります。「堅き盾」ってそういう仕組みなんだ…。このあたりは切ないです。


 一方のエサルの「秘め事」。エサルは結婚はせず、本編では厳しく強くもあたたかな心を持つカザルムの教導師長。これはエサルの青春時代の物語です。エサルがどんな立場にいるのか、王獣との出会い、どんなことを学んでいたのか…こんな過去を持つエサルだからこそ、エリンを受け入れられたのだなと思う(エリンはエサルの学友であるジョウンに生き物のことを学んでいるので、自然とエサルに近くはなりますが)。実際に生き物を観察して研究する姿は、エリンそっくりだと思う。

 そんな学問に没頭するエサルは、「貴族の女性」という枠組みから逃げてきた。馴染めなかった。だが、エサルの家との関係は途切れたわけでは無く、何かあればエサルの実家・コルマ家に影響が及ぶ。そして、エサルは「女性」という枠組みからも逃げ切れたわけではなかった。その時、エサルは家のことも思う。エサルも、エリンほどではないけれど、制限の中にある。「貴族の女性」として生きていれば、「女性」としても生きることができただろう。だが、エサルはそれを選ばなかった。でも、エサルも「女性」だった。エサルが一大決断をした時の箇所は切ないという言葉では足りない。痛いほど苦しい。

 エリンとエサルは正反対のように見える。正反対の選択をした。でも、制限の中で生きているのは同じ。「女性」「母親」だって制限、枠組みだと感じる。もっと風呂敷を広げれば、ジェンダーのことにも繋がってくる(「獣の奏者」の世界にはジェンダーに関わる話は出てこないのでここまで)。その枠組みの中で、自分は何を選ぶか。「獣の奏者」では生命の強さ、多様さも語られるが、エリンも、エサルも、多様な生命なのだなと思う。

 後の2作「綿毛」はソヨンのお話。ソヨンの選択の重さと、「綿毛」というタイトルの言葉の持つ軽やかさ。この対比がいい。「初めての……」では、母親になったエリンの奮闘記。エリンも子育てで悩みます。

 「獣の奏者」シリーズ全巻と一緒にどうぞ。
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by halca-kaukana057 | 2018-07-03 22:05 | 本・読書

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