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2019年 09月 05日 ( 1 )

 先日河合祥一郎さんによる新訳を読んだ「ドリトル先生航海記」。新訳で読み直すきっかけになったのが、この福岡伸一さんによる新訳が文庫で出たことでした。


ドリトル先生航海記
ヒュー・ロフティング:著、福岡伸一:訳/新潮社、新潮文庫/2019 (単行本は2014年)


 子どもの頃、井伏鱒二訳の岩波少年文庫の「航海記」を読んで、ドリトル先生に魅せられてしまった福岡先生。ドリトル先生のような博物学者になりたいと思うようになったそう。
 河合祥一郎さんの新訳で、井伏訳ではイギリスの文化・慣習がまだよく知られておらず削除された箇所があると知りました。この福岡訳では、その部分も勿論そのまま、原著初版に忠実な翻訳を目指したのだそう。英語でも「航海記」は、差別的な表現があると削除、改変されてきたのだそうです。現在、日本でも言葉の一言だけに過敏に反応してしまう残念なことが起きています。あとがきで福岡先生が書いている通り、物語全体を読めばドリトル先生がどんな人なのか、ドリトル先生を通してロフティングが伝えたかったことは何なのかわかるはず。物語が書かれた当時は仕方なかった表現であって、でもその表現だけに気をとられてドリトル先生のメッセージを読み取らない…きっとドリトル先生は怒ると思います。残念がると思います。「航海記」からはトミーが語り手になっているからトミーもか。
 井伏訳岩波少年文庫では、ロフティング自身の挿絵を載せていますが…カットされた挿絵がありました。何故この挿絵をカットしたのだろう、と思います。他の絵とタッチ、画材が違うからだろうか。これはきっとカラーで描かれたのだと思う。カラーの絵も見てみたかった。

 「航海記」は、これで3つの訳で読みましたが、「ドリトル先生」、そして「航海記」は本当に面白い。大好きな作品だと実感しました。やはり、ドリトル先生の人間性に惹かれます。そして、学校にも行けなかった少年トミーが、ドリトル先生と知り合い、助手になり、一緒に冒険の旅に出る。こんなにワクワクすることはない。動物と話のできるドリトル先生は、人々の固定観念をいい意味で破壊していく。ペットを飼っている人なら、うちの子は人間のことをどう見ているのだろう?「人間様」なんて皮肉って見ているんじゃないか、と思ったことがあるかもしれません(私も子どもの頃インコを飼っていて、そんなことを思っていました)。動物の前では、人間は偉いんだ、動物は下等なんだと横柄な態度を取っている「人間様」もいる。そんな「人間様」の本性を暴いてしまうドリトル先生。とても痛快ですし、生物、命は皆平等なんだと実感します。

 福岡先生の訳は、「児童文学」のジャンルと捉えられていた「ドリトル先生」を、「文学」として楽しめる訳になっていると思います。井伏訳では一人称は「わし」だったドリトル先生。そういえば。それが、「わたし」になるだけで、随分変わる。ドリトル先生がどんな人か、イメージが変わってしまう。物語を追っていくと、「わたし」の方がしっくり来るなと思います。ドリトル先生は小太りですが、闘牛のシーンにしろ、遭難のシーンにしろ、クモサル島での戦いのシーンにしろ、結構体力もあるし運動神経もいいのではないのかと思う。

 ドリトル先生の助手となり一緒に旅に出たトミー。ドリトル先生やオウムのポリネシアの元で字や算術、動物の言葉を学ぶ。ドリトル先生の元で成長を実感し、自信をつけていく。しかし、船が遭難した際、ドリトル先生と離ればなれになってしまう。その時の不安の表現は、トミーはまだ子どもなのだと思う。
 先のシリーズになってしまうが、月3部作では、ドリトル先生はトミーのことを案じてトミーを置いて旅に出ようとする。しかし、トミーはこっそりとついて行く。ドリトル先生がトミーが付いてきたことを知った時安心していた。また離ればなれになった際、トミーはドリトル先生のことを心配しつつも自分にできることをしていた。
 「航海記」ではトミーとドリトル先生の冒険は始まったばかりだが、トミーがいてこそ、ドリトル先生は旅に出られるのだと思う。少しの間だけ離れた2人だが、2人の絆の深さを実感する。

 ドリトル先生は、誰にでも親切で、人道的で、公平。クモサル島で王様になってしまったドリトル先生は、住民たちのためにあらゆることをする。島の住民は火を知らず、食物を調理して食べることを知らない。文明というものを教える。しかし、ドリトル先生は博物学者としての研究ができなくなってしまった。そんなドリトル先生をあわれみ、何とかクモサル島を脱出してイギリスに帰らせたいポリネシア。ドリトル先生をイギリスに帰る気にさせるも、王様になった限りはその務めを果たしたい。住民たちを豊かにしたい。自分がいなくなったら、またこの島は文明と切り離されてしまう…。ドリトル先生が島から離れることを決意し、島を去るシーンが印象的だ。今回は、このクモサル島での暮らしと別れが強く印象に残りました。

 あとがきを読むと更に楽しめます。パドルビーはどこにあったのか。「Do little, Think a lot」の意味するもの。そういう読みがあったのか。とても面白いです。「航海記」だけじゃなくて、ドリトル先生全シリーズの新訳を出してくれないかなぁ、新潮社さん。

【過去記事】
・河合新訳・角川つばさ文庫:ドリトル先生航海記 [河合祥一郎:新訳]
・井伏訳・岩波少年文庫:ドリトル先生航海記
by halca-kaukana057 | 2019-09-05 22:19 | 本・読書

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by 遼 (はるか)
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