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2019年 10月 21日 ( 1 )

 「古典部」シリーズ読み続けています。第3作の「クドリャフカの順番」。宇宙好きとして、タイトルに惹かれるんですが(でも意味がわからない)。



クドリャフカの順番
米澤穂信/KADOKAWA,角川文庫/2008(単行本は2005年)

 いよいよ文化祭が始まった。しかし、古典部の4人は浮かない顔をしている。手違いで、文集「氷菓」を印刷しすぎてしまった。30部の予定が200部。何とか完売させようと、えるは宣伝ができそうな団体に交渉に向かい、里志は古典部名義でイベントに参加し、そこで宣伝することになった。奉太郎は店番。摩耶花は漫画研究会があるのであまり顔を出せない。それぞれ、想いを抱いて持ち場へ向かう。えるや里志が行く先では、奇妙なことが起きていた。いくつかの団体から物がなくなり、そこにはメッセージカードと文化祭のパンフレット「カンヤ祭の歩き方」が置かれていた。文化祭が進むにつれて、その"被害"は広がっていった…。


 文化祭の始まりです。文集「氷菓」も完成しました。第1作で解き明かされた「氷菓」と「カンヤ祭」についてのことも書かれている文集です。
 この第3作は、古典部4人それぞれの視点で書かれています。今までは奉太郎だけの視点。4人の考え方の違い、見ている物の違い、それぞれに起こった出来事、それぞれの想いがストレートに描かれています。4人それぞれの想いがわかるのが嬉しい。そして、奉太郎の姉、供恵も登場します。文化祭でキャラクターも一気に増えました。
 賑やかで楽しい雰囲気なのですが、不思議な事件が起きる。様々な部活、団体から物がなくなる。その団体の頭文字と同じ頭文字の物が「失われる」。置かれたメッセージには「十文字」と署名があるが、神山の「桁上がりの四名家」のひとり、十文字かほも被害に遭っているので彼女が犯人ではない。一体誰が何のために?事件は壁新聞部の新聞などでも取り上げられ話題になる。そして、被害に遭った団体の法則性から、その犯人は古典部も狙っているらしいと…。文化祭がますます賑やかになります。学生時代の文化祭の賑やかな雰囲気を思い出します。

 その賑やかさの一方で、摩耶花の漫画研究会の雰囲気が…。同じものが好きで、集まったとしても、その気持ちのベクトルは同じではない。私も今まで何度も苦い思いをしてきました。それが表面化し、河内先輩と摩耶花が対立する。この対立した意見が興味深い。検索したら、どこかの大学の入試問題にもなったらしい(「古典部」シリーズはじめ、米澤先生の作品は入試問題に多数取り上げられているらしい)。ここで書くと長くなるので別記事にするかも。
 その対立で、摩耶花が例に挙げたある同人漫画。その漫画も鍵になります。
 この第3作は摩耶花が本当に頑張り屋さんで、強くなりたいという想いが伝わってきます。奉太郎は毒舌家と言っていましたが、ただの毒舌家ではない。先輩が相手だろうと、はっきりと自分の意見を言う。河内先輩側の部員に陰口を言われたり、意地悪をされても、落ち込むけれども負けない。一生懸命な子だとわかります。その摩耶花と河内先輩の橋渡しをする部長も素敵です。河内先輩も、最後には自分の想いを摩耶花に打ち明けてくれたし。

 里志も最初はノリノリで文化祭を楽しんでいるのですが、"事件"が進むにつれ、"事件"を解き明かそうと奔走する。現場に向かい、現行犯で犯人を捕まえてやろうとする。里志の想いもストレートで、一生懸命で…。今まで、「データベースは答えを出せない」と謎解きはしてこなかった里志が、何を思っているのか。切なくもあります。

 えるは各団体に交渉に向かうもうまくいかない。前作のキーパーソン、2年F組の入須先輩が再登場。えるにある指南をするのですが…。えるも一生懸命。でも…。第3作は、奉太郎以外の3人がとても切ない。それぞれの壁にぶつかる。それを青春と片付けてしまうか、もっと掘り下げるか。私はもっと掘り下げたい。青春に限らないことだから。

 その3人+河内先輩+"事件"の犯人が抱いているある感情。その掘り下げたいこと。「期待」と表現されています。自分にないもの、自分ではできないことを誰かに望む時に「期待」という言葉を使う、と里志は言っています。すごくわかります。「期待」だとまだまっすぐに相手に望んでいますが、ネガティヴな感情が入り交じると「嫉妬」、「羨望」などになる。私は自分のそんな感情をうまく扱えなくて、こじらせて「羨望」「嫉妬」してしまう。または、自分自身を責めたり、辛く当たってしまう。最近はそういう感情を抱きそうになったら、その対象(人)から距離を置くようにしたり、自分の気持ちを守るために「他者は他者、自分は自分。自分にできることをする」と考えるようにしている。素直に喜んでその対象(人)を賞賛できる時とできない時がある。難しい。人にはそれぞれ得意なものがあって、皆違うから、と思うのは簡単だ。でも、それを心から思い、自分は自分と割り切る難しさ。やりたいことがあるのにうまくできない一方で、身近な他の人が意外にもうまくできてしまった時の気持ち。別に勝負しようなんて思っていない。なのに、悔しい、なぁ…。私が、自分が、と主張し、その人よりも上に立ちたいのだろうか。そうじゃない。やりたいこと、表現したいことがあるのに、できなくて途中で止まってしまった。それが悔しい。
 これはまだいい。その他の人は、できてしまったことをあまり深く考えていない。その時だけで、その後はやろうともしなかったら。残念の一言では片付けられない。何故、と問いたくなる。あなたには才能が、技術があるのに。虚しくなります。5人の叫びたいような想いが伝わってきました。

 その一方で、"事件"を解いてしまった奉太郎。奉太郎は、自分が得意なこと、自分にできることを成し遂げ、「期待」にも応えた。でも、それをひけらかすことはなく、犯人と一対一だった。前作「愚者のエンドロール」で、入須先輩に言われたこと、奉太郎の読み間違いから成長した感じです。"事件"を解くだけでなく、文集の店番をしながらお料理対決では古典部のピンチを救った。「わらしべプロトコル」には笑いました。奉太郎は引き寄せる体質なのか。奉太郎は「省エネ」から脱しつつあるけれども、まだ「省エネ」なところがある。地学室から動かない店番を選んだこと。"事件"の推理は奉太郎にとっては、「他者は他者、自分は自分」だから。自分がやらなくていいことはやらない。自分ができることだけをしている。

 でも、最後には自分自身を取り戻す古典部の4人。皆優しい子たちなんですね。
 あと、「クドリャフカの順番」の中身が知りたかった。「夕べには骸に」も。これ以上はネタバレになるので書きませんが…どんなものなのか知りたかったな。



 GYAO!で配信中のアニメ「氷菓」も「クドリャフカの順番」の回が終わったところ。文化祭の描き方は、さすが京アニとしか言えません。とても賑やかで、華やかで、楽しい。えるが他団体に交渉に校内を奔走する…つもりが様々な団体の催し物に引かれ、楽しんでしまっている。好奇心旺盛なえるらしさを、アニメだからこその表現で描いてくれました。書道で書いた言葉はえるらしい。えるのあの写真はやっぱり京アニだな、と。摩耶花と対立する河内先輩は、最初は嫌な先輩と思いましたが、最後の本心を明かすシーンでは引き込まれました。心の内のネガティヴな感情を出す時の人間が魅力的に思えるのは何故だろう。供恵さんの顔を見たい、と思ったのですが…。なんという結果。
 オープニングとエンディングも変わりました。オープニングのアニメはすごいなぁ。エンディングのホームズのえる、ポアロの摩耶花が可愛い。
by halca-kaukana057 | 2019-10-21 22:58 | 本・読書

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