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カテゴリ:本・読書( 590 )

 新年から始まったアニメで、観て面白かったので原作を読み、原作でさらに面白いと感じ、ますますアニメにもハマっている作品があります。その1つ目。

恋する小惑星(アステロイド) 1
Quro(くろ)/芳文社、まんがタイムKRコミックス/2018

 木ノ幡みらは高校に入学したら、天文部に入ると決めていた。子どもの頃、キャンプで偶然出会った男の子と、小惑星を探すと約束したのを叶えるため。しかし、天文部は地質研究会と合併し地学部となっていた。落胆しつつも見学に行ったみらと幼なじみでクラスメイトのすず。部室には、元天文部の部長・森野真理、元地質研で副部長の桜井美景、元地質研の猪瀬舞、そしてみらと同じ新入生が一人いた。部活で小惑星を探したいと言うみらに、その新入生・真中あおは反応。実は、あおはみらと小惑星探しを約束した子だったのだ…。


 アニメ化のニュースで、この漫画を知りました。アニメ放送前に原作を読んでおこうと思ったら、行動範囲の本屋には単行本は置いておらず、ネットで注文することもなく、そのままアニメ放送を迎えてしまった…。アニメを観たら面白かったので、やっぱり原作を購入。普通に本屋にありました。アニメ化の力はすごい…。

 「まんがタイム きららキャラット」で連載中のこの漫画。きらら系の漫画を買って読むのは初めてです。可愛い女の子たちがわいわいしているけれども、この子たちは立派な天文マニア、石・地質・地形マニアでした。河原でバーベキューしていても石ころを探し、何の石かすぐわかる。温泉に行っても地質的な話をしている。合宿も濃い。アニメでは、アストロアーツや「星ナビ」、ビクセン、国立天文台が全面協力。JAXAや国土地理院も全面協力。アニメの星空は実際の星空を忠実に再現。なんだこのアニメ…素晴らしい。

 最初は天文と地質に分かれているけれども、活動を重ねていくとお互いのことを知り始める。みらやあおも石に興味を持ったり、桜先輩やイノ先輩も星を見たがる。それまで知らなかった楽しみに出会い、共有できるってなんて楽しいんだろうと思う。みらはまだ天文に関して知らないことが多い。望遠鏡の操作も最初の頃はできない。あおがリードする形。初めての天体観測で、自転で星がすぐに動いてしまい、視野から外れる話はあるあると頷いていました。一般の人に向けた観望会では必ずと言っていいほど口にしています。そこで、赤道儀を…となるがその値段に驚く。これもあるあるw

 地学部のメンバーは、それぞれ自分の夢・目標ややりたいことを持っている。イノ先輩は地図から地学部に入った。その地図の話がとても面白かった。ちなみに、このアニメを観てから「ブラタモリ」を観るとより楽しめます。私の場合、地学分野は高校の地学で履修済みですが、地図方面はあまり詳しくないので勉強になる。モンロー先輩(部長)にはある夢がある。合宿中に、その夢に手を伸ばそうとするシーンがとてもよかった。桜先輩は石・地質が大好き。その地質を調べるために、2巻であることをするのだが、その時の言葉がとても心に響いた。
「よく分かんないけど面白い」か…
私 趣味や部活の話…クラスメイトには分かってもらえないだろうって決めつけてた
でも でも…やってみる前に無理って決めつけちゃうのはホントーもったいないな
(2巻 55ページ)
 高校生の頃の私そのまんまです。今でこそ宇宙は身近に語られるようになったけれども、私が高校生の頃は宇宙や天文はマニアックな近づきがたいものだったし、高校には地学の授業はあったけど天文・地学系の部活はなかった。今もそうかもしれない。好きな宇宙や天文のことを話しても、変に思われるだろうか、分かってもらえないんじゃないか。だから話すのをためらう。でも、話してみたら興味を持って聞いてくれたことはちゃんとある。高校生の頃の私に伝えられるなら伝えたい。大丈夫だよ、と。
 好きなキャラも桜先輩です。クールでツンデレだけど、実はものすごい熱量を持っているところがいい。

 2巻の観望会。みらやあおが観望会で出会ったある女の子。実際、こういう子いるなぁと思いながら読んでいました。でも、知らないことに出会い、スイッチが入る。自分の知っていることが覆される瞬間のショック、胸の高鳴り。観望会でも、その他のことでも、そんな未知と遭遇し、知っていることの外側に飛び出す瞬間が、参加した人にも私自身にもあればいいな、と思っています。

 原作は3巻が2月発売予定。あおは何かを隠している…あおが心配ですが、まずはアニメを楽しみます。


by halca-kaukana057 | 2020-01-21 23:01 | 本・読書
 昨年の内に書いておきたかった感想。今年になってしまった…。


ヴィンランド・サガ 23
幸村誠/講談社、アフタヌーンコミックス/2019


 戦いは終わり、シグルドたちはアイスランドに帰ろうとしていた。シグルドの元にやって来たグズリーズ。トルフィンへの想いを口にしたものの、トルフィンの気持ちを確かめずに来たのだった。それを見抜いたシグルドは、トルフィンと話をしろ、気持ちを確かめろとグズリーズをトルフィンの方へ向かわせる。そして、そのまま出港したシグルド一行。グズリーズがどうなったかは聞かないまま…。
 アイスランドに着いたシグルドは、ある決心をしていた…。


 思えば、トルフィンたちはヴィンランドへの資金稼ぎのため、ギリシアへ向かっていたのでした。バルト海でヨーム戦士団のいざこざに巻き込まれて…それで、トルフィンもヨーム戦士団も過去を清算し、向かう方向に向かえたのですが…長かった。18巻辺りで、ヴィンランドどころかギリシアにすらたどり着けるのか不安になった…とこのブログには書いています。うん、今でも不安だ。

 23巻はシグやんがメイン。表紙のシグやんとハーフダン…怖い。まず、グズリーズとの結婚をどうするか。15巻・16巻で、結婚直後、シグルドを刺して逃げたグズリーズ。グズリーズはトルフィンの船に乗り、それをシグルドが追いかけ…てここまで来た。でも、この旅でグズリーズの本当の気持ちを知ってしまった。ハーフダン/シグルド親子の象徴は鎖。鎖で縛り付ける。一方のグズリーズはアジサシ。どこまでも飛んでいく。シグルドは、グズリーズを鎖で繋いでおけない。15巻の感想で、「強がりなワル」と書きましたが、それに加えて優しい。鎖はその優しさを隠すための武器。11世紀のノルドの男は、優しいと生きていけないから。

 アイスランドに帰ってきて、父・ハーフダンに別れの言葉を告げてそのまま去る…つもりだったが、ハーフダンはそう簡単に許しません。捕まってしまったシグルドたち。そのシグルドにとって鍵となるのが、「ハトちゃん」こと、幼なじみで第二夫人のハトルゲルドさん。美人で聡明。ユルヴァとは違う意味で強い。武器の鎖は持っていないけれど、心理的な鎖のようなものは持っています…。でも、素敵な人じゃないですか。

 164話がハイライト。父・ハーフダンとシグルドの親子喧嘩。ハーフダンは何故今までこんなに厳しくしてでも農場を広げようとしてきたか。アイスランドを豊かにするため。アイスランドの土地の限界に屈せず、アイスランドの人たちのためでした。アイスランドを豊かにするためには、もうひとつ、軍団を立ち上げて大陸でヴァイキング、略奪を行う。でも、シグルドはヨーム戦士団の戦いに巻き込まれ、戦い、海外の戦士たちがどんなに強いかを知っている。シグルドが語るアイスランドの"豊かさ"とは。これがよかった。トルフィンの幼少期、トールズがアーレたち村の若者を連れて戦に向かう際、村の若者のことを心配していた。村の若者(トルフィンも含む)は、ノルドの男として戦に憧れる。でも、現実は…。トールズはその現実を知っていたし、シグルドもその現実を知った。だからこそ言えた言葉。シグやんがトールズみたい?

 そして、トルフィンやグズリーズは…。ギリシアへの長旅を全部やるのは難しかったか…。レイフのおっちゃんも齢とったなぁ…。シグルドとハーフダンの時もでしたが、トルフィンに対しても驚きっぱなしのユルヴァの表情がw23巻のユルヴァがちょっと不憫です…w
 再びハーフダン。ハーフダンも変わりました。さあ、これからヴィンランド行きが本格化するのか。楽しみです。

 アニメのことを少し。
・この記事の続きの部分以降:「ヴィンランド・サガ」アニメで原点に立ち返る
面白かった!荒くれたトルフィンを観て、懐かしい…こんな頃もあったなぁと思ったり。トルフィンの俊敏な動き、トルケルの迫力を動くアニメで観られたのは嬉しかった。クヌートの変遷も、アニメだとまた伝わり方が違う。覚醒した後のクヌートはとても堂々としていて、アニメで映えました。そしてアシェラッド。後半は主人公は実質アシェラッドでした。トルフィンが全く出てこない回もありましたし。狡猾ではあるけれども、本当に賢い。アシェラッドの声を最初は軽いなと感じていたのですが、だんだん深い策略家にぴったりな声になってきて、声優さんはすごいなと思って観ていました。ラストはアシェラッドも辛いし、トルフィンも辛い。
 トルフィンはいつもアシェラッドを倒す、父上の敵を討つと言って、決闘も何度もしたけれども、実際にアシェラッドを倒したらどうするか。敵討ちをしたらどう生きたいのか。全く考えてなかったことがアニメではっきりとわかりました。トルフィンにとっては、目の前で父・トールズを殺されて、敵討ちすることだけを考えて生きてきた(その幼いトルフィンがアシェラッド兵団について行って、自分で剣の使い方を覚えていった過程が描かれたのはとてもよかった。)。若さゆえもある。アシェラッドとの性格の違いもある。だが、トルフィンは本当に何も考えてなかったんだなと。だからこそ、ラストのトルフィンの叫びが虚しい。
 2期を思わせるラストでしたが2期はいつになるんだろう。楽しみに待ってます。


 23巻には、読み切り「さようならが近いので」が収録されています。この読み切りをもう一度読みたかったんです。「プラネテス」終了後、幸村先生の次の作品が待ち遠しいなと思っていた頃、この読み切りがイブニングに掲載されました。新撰組を取り上げるとは、「プラネテス」とは大きく方向転換したなぁと思いつつ、沖田の言葉が印象的だと思っていました。
 久々に読み直して、177ページの沖田の言葉が、「ヴィンランド・サガ」に繋がっているなと感じました。
本当のトコさァ ただ殺し合いたいだけじゃないの?
 疑問を持った沖田。はっきりと言い切るトルケルやガルム。それを嫌悪していたアシェラッド。トルフィンは、どの位置だろう?
 ちなみに、絵は「プラネテス」に近い。ロックスミスを思い出します。ロックスミス、今でも大好きなキャラです。

【過去記事】
ヴィンランド・サガ 15 ←なんと、2014年だったよ!
ヴィンランド・サガ 16
ヴィンランド・サガ 17
ヴィンランド・サガ 18

ヴィンランド・サガ 22



by halca-kaukana057 | 2020-01-17 23:10 | 本・読書

天の川が消える日

 宇宙・天文の本は次々と出ています。比較的新しめの本です。


天の川が消える日
谷口 義明/日本評論社/2018


 天の川を肉眼で観る機会は現代日本では場所、環境、条件も限られる。私もそんなに多く観たことはない。子どもの頃、夏の真夜中に目が覚めてたまたま窓を開けて夜空を見上げたら満天の星空。その中でも細かい星がたくさん見える箇所があった。これが天の川なのかと思った。この天の川を観て、銀河系の姿を考えるのは難しいなと、後に天の川は地球、太陽系も含む、銀河系という星の大集団だと学んだ。今は天の川は銀河系を内側から観たものだとわかっているが、どうやって人類は銀河系だとわかったのだろう。銀河とか何か。そして将来、銀河系がどんな姿になるのか。それを解説した本です。

 「天の川が消える日」というちょっとショッキングなタイトルですが、本の大半は天の川、銀河系、他の銀河の観測と発見の歴史の解説です。高校の地学レベルの内容を解説しています(出てくる数式は高校の地学では扱わないかも)。天の川、銀河系の観測や発見の歴史は、そのまま天文学上の発見と謎の解明の歴史でもあります。観測の方法…可視光から赤外線、X線、電波などへの広がりも。ガリレオ、ハーシェル、アインシュタイン、ハッブル…先駆者たちの研究や発見が、銀河の姿を明らかにする歴史でもある。やがて、ビッグバンやダークマター・ダークエネルギーにもたどり着きます。銀河に関する天文学を一から学ぶ感じです。読みながら、忘れている所もあったので考えながら読めました。

 私たちの銀河系のお隣、アンドロメダ銀河。自分の望遠鏡で、自分で導入して観てみたい天体だ(まだそこまでできない)。銀河が集まっているのは、銀河同士に重力があるから。その重力で、銀河系とアンドロメダ銀河も近づいている。でも、宇宙は膨張しているのだから、2つの天体は遠ざかっているのでは?この疑問の解明が面白かった。パーセクも地学で習ったのに、もう忘れているなぁ…。
 遠い将来、銀河系とアンドロメダ銀河は衝突、合体する。その前に、天の川にアンドロメダ銀河が近づき、夜空にはこの2つが大きく並んで見える。37.5億年も先の話だが、ベテルギウスの超新星爆発と同じように観てみたいなと思う。アンドロメダ銀河が近づけば、アンドロメダ銀河内の惑星系の観測もできるだろうか…その時代にはもう人類は地球にはいないだろうけれども。

 アンドロメダ銀河と合体した後の銀河系がどうなるか、読んでいて寂しくなった。著者のこの言葉が重く感じられる。
 少なくともこれだけは言える。天体を眺めるなら今のうちだ。さあ、双眼鏡や望遠鏡を買いに行こう。
(156ページ)
 望遠鏡はあるのに活用しきれていない私も問題だ…。買ったら使い方を覚えて、どんどん使うべし。

 「宇宙規模で物事を考える」とよく聞く。広い視野と長期的な視点で考えよう、心を広く持とう、細部にとらわれずに広い観点から考えよう、そんな意味ではあるけれども、その「宇宙」も有限である。ひとりの人間の一生に比べたらスケールは桁違いだけど、無限で思考停止していいという意味ではない。宇宙への見方も考え直したくなる本です。



by halca-kaukana057 | 2020-01-15 22:15 | 本・読書

椿宿の辺りに

 梨木香歩さんの新作が久しぶりに出ました。ようやく読めました。


椿宿の辺りに
梨木香歩/朝日新聞出版/2019


 佐田山幸彦(さた・やまさちひこ 通称:山彦)は化粧品会社に勤めている。まだ30代だが、肩から腕にかけて強い痛みがあり、ペインクリニックにも通っているが全くよくならない。山彦の父の弟夫婦の娘・いとこの名前は海幸比子(うみさちひこ 通称:海子)といい、同じように身体の痛みで悩んでいた。事の始まりは、実家の店子の鮫島氏から手紙が届いたことだった。その家は山彦の曾祖父の代から佐田家の者は住んでいない。鮫島氏も父の死と仕事の都合で引っ越し、賃貸契約を打ち切りたいという手紙だった。その手紙の名前に驚いた山彦は契約書を確認する。その契約していた長男の名前は鮫島宙幸彦(宙彦)だった。山幸彦、海幸比子の名前は祖父が命名した。鮫島家と佐田家には何か繋がりがあるのかもしれない。それを海子に話した後、実家に帰ると、祖母の早百合の先がもう長くないことを知る。そして、死んだ祖父の話を聞くことになる…。


 あらすじを書くのに困る作品です。物語がどんどん深いところまで進んで、読んでいる側はそれに巻き込まれるような形ではまっていく。物語の中で不思議な出来事が起こっても、もうそのまま受け止めるしかない。これぞ梨木作品の魅力です。
 そして、読んでいてあれ?と思う箇所がいくつも出てくる。前に読んだこと、ある…。「f植物園の巣穴」の続編でした。

 「f植物園の巣穴」でも、「痛み」は物語のきっかけであり、重要なもの。「椿宿の辺りに」でも、やはり「痛み」が重要な鍵になってきます。山彦や海子の痛みは何かに繋がっている。それは何なのかを探りに、佐田家が長いこと離れていた実家、椿宿と呼ばれていた場所に向かう。この椿宿に向かうまで、不思議なことが次々と起こる。その中心となるのが、海子が行っていた仮縫鍼灸院と、その鍼灸院の先生の妹の"亀シ"。この2人(プラス何人か)については、最後まで読んで「そうだったのか!!」と驚きました。ちょっと許せない。

 「f植物園の巣穴」の感想で、私は「境界」について書いた。「f植物園の巣穴」では様々な「境界」が出てくる。この「椿宿の辺りに」では、「f植物園~」で作られたある「境界」が大きな鍵となる。
 「境界」は、「責任」とも言い換えられる場合があると思う。ここからは私の責任、ここから先は私の責任ではない。そうはっきり「境界」を設けないと大変なことになってしまう。「f植物園~」で"私"が設けた「境界」。それが「椿宿~」で山彦たちが背負うことになる。それは仕方がないのか、山彦や海子、そして宙彦にとっては「誰にも共有されない不安」だったことを考えると"私"の「責任」は何なのかと問い詰めたくなる。「家」という「社会」には、何かしらの「誰にも共有されない不安」があると思う。私にもあるし、友達からそんな悩みを打ち明けられたことはある。新聞や雑誌などの「人生相談」のコーナーにはそんな「家」の悩みが寄せられる。その道の専門家や人生経験豊かな著名人がその悩みに答えるが、それで本人は解決したと思っているのだろうかと思うものもある。「誰にも共有されない不安」を理解できる人は、山彦と海彦のような関係にある者だけなのかもしれない。寂しくも感じる。確かに寂しい。「誰にも共有されない」のだから。海彦の孤独な闘いのような、その「責任」をどうにかしようという奮闘は、読んでいて辛かった。海彦は強い。だからこそその奮闘と孤独は報われて欲しいと願うばかりだった。

 そしてもうひとつの鍵となる「痛み」。山彦や海子が苦しんでいる身体の痛みだけではない。椿宿の実家の辺りにも「痛み」がある。「痛み」を感じるのは人間だけではないと思う。読んでいて、近年の気候変動による災害を思い浮かべた。強引に鎮めようとした結果、新たな「痛み」が出てくることもある。「痛み」を消すために本当にしなければならないことは何なのか。
 また、「家」が抱える「痛み」もある。「f植物園~」でも触れられていたが、椿宿の家の過去の「痛み」。「f植物園~」ではそれほど深い「痛み」のように感じなかったが、「椿宿~」では激痛に感じた。ただ、「椿宿~」では山彦だけでなく、海彦の家族や珠子さんもいる。椿宿の辺りの土地の「痛み」も含めて、この時を待って、「痛み」を鎮めることができたのかもしれない。

 山彦はこう語っている。
 私は長い間、この痛みに苦しめられている間は、自分は何もできない、この痛みが終わった時点で、自分の本当の人生が始まり、有意義なことができるのだと思っていましたが、実は痛みに耐えている、そのときこそが、人生そのものだったと思うようになりました。痛みとは生きる手ごたえそのもの、人生そのものに、向かい合っていたのだと。(299ページ)
 私も同じ事を思うことがある。今悩んでいることが解決すれば、私の人生はもっとよくなる、生きやすくなる。やりたいことも存分にできる。それまでは、悩んでいることを解決するために、耐えるしかない。我慢するしかない。動けなくても仕方がない。そう思っていた。でも違う。「痛み」、悩みや問題を抱えていたとしても、我慢だけしなくてもいい。「痛み」を感じながら、「痛み」をどうにかしようとしたり、時には息抜きに寄り道をしたり、回り道をしたり。「痛み」があってもやりたいことがあるならやればいい。そう思うようになった。「痛み」がなくなるまで待っているなんて、それは自分の人生に勝手に存在しない「境界」を作っている。私が今できることを、やるべきことを、そしてやりたいことをやっていけばいいだけだ。それも、私の「責任」なのだから。

 山幸彦、海幸彦の神話も興味深く読みました。この神話も、「誰にも共有されない」、佐田の「家」の問題を暗示している。

 できれば、「f植物園の巣穴」から読むことをおすすめしますが、私は「f植物園~」はなかなか読了できなかった。「椿宿~」から読んで、謎解きとして「f植物園~」を読むと話の流れが見えるかも知れない。私も「f植物園~」を再読しています。本当に不思議な物語だよなぁ…。

・過去記事:f植物園の巣穴



by halca-kaukana057 | 2020-01-10 22:20 | 本・読書
 新年最初の記事が、2019年を振り返る記事です。
昨年、こんな記事を書きました。

今年読む本のテーマを考える

 その年に読む本のカテゴリー(テーマ)を決めて、当てはまる本を読んでいこうという内容。最初から狙ってもいいし、読んでみたら当てはまっていたという場合もある。何となく、こんな本が読みたい、こんなことを学びたい、こんな本に出会えたら楽しい、その程度のものです。
 ということで、結果はどうなったか。

○声楽の本(オペラや歌曲に関する本でもいいし、声楽のレベルアップに関する本でも)
 ・音楽のたのしみ 4 オペラ : これはオペラの歴史や作品についての本。
 あらすじ、物語をよく知らないオペラも多いし、このオペラと言えばこのアリア、というのも詳しくない。オペラに関する本を読むのも大事だけど、聴くのが一番だなと思う。
 声楽の技術に関しては、毎回のレッスンを集中して受けること。充実したレッスンにするために予習復習欠かさないこと。第一に体が資本。風邪引かない、喉に負担かけない、健康第一。
 読書からかけ離れてしまった。次行こう。

○マーラーとブルックナー(今年はもっと聴けるようになりたい)
 ブログに記事は書きませんでした。マーラーに関しては、音楽の友社「作曲家 人と作品」シリーズのマーラーを読みました。ブルックナーは何も読めず。積極的に聴いていこうと思ったが、海外ネットラジオで見つけたものばかり(特にブルックナーは)。ブルックナーは6番が聴きやすいなと感じました。あと7番も好きかも。

○イギリスの児童文学
ドリトル先生 月3部作[新訳]
ドリトル先生航海記 [河合祥一郎:新訳]
ドリトル先生航海記 [福岡伸一:新訳]
 2019年はアポロ11号月面着陸50年ということで、月に行く物語と言えばドリトル先生の月3部作。これを河合祥一郎さんの新訳で。更に大好きな「航海記」も。福岡伸一先生の「航海記」新訳も文庫が出たので読みました。ドリトル先生オンリーです。
 今年もこのテーマは継続かな。読みたいシリーズがあるのだが、なかなか手を出せないでいる。

○北欧の児童文学
 ブログには書いていないのですが、トーベ・ヤンソン「ムーミン」シリーズを一通り。ムーミンバレーパークに行ったので、その予習と復習に。「ムーミン」は深いよ。児童文学に分類されるのだろうが、児童文学でくくるのはもったいないよ。ムーミンバレーパークは原作を忠実に再現していてとても楽しかったです。
 このテーマも継続。北欧児童文学の世界は広い…スウェーデンやデンマークあたり…。ノルウェーもか。

○コーヒーや紅茶が飲みたくなる本
 これは難しいテーマを設定した。読んでみないとわからない系。
ハリネズミの願い
きげんのいいリス
 この2冊かな。他にもあるけど。あたたかいコーヒーや紅茶を飲みながら、ゆっくりと楽しみたい本です。ハリネズミやリスたち動物たちとお茶している気持ちで。

○ミステリー小説
 ・山本周五郎 探偵小説全集2 シャーロック・ホームズ異聞
 山本周五郎が書いたホームズのパスティーシュ。これはミステリーというよりも、冒険ものに近い。
 ・満願
 ・氷菓
 ・愚者のエンドロール
 ・遠回りする雛
 米澤穂信先生の作品を結構読んだ。「古典部」シリーズはあと2作現在出ているので、今年も継続。
 ・ヴァイオリン職人の探求と推理
 「ヴァイオリン職人」シリーズは面白い!!昨年出会った本の中でも一押しです。第2作、3作も出ているので今年も継続して読みます。

○旅の本
モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語
 本を売り歩いた村の人々を追って旅した本。過去への旅も含まれます。
ユルスナールの靴
 旅の本と言えば須賀敦子さん。
宇宙よりも遠い場所 3
 アニメのコミカライズですが。南極という極限の場所で見えてくる人間、自分自身、そして他者。アニメも漫画も泣きます。何度観ても泣きます。

○もっと学びたい天文学、宇宙開発
白河天体観測所
宇宙はなぜ「暗い」のか?
ドリーム(Hidden Figures) NASAを支えた名もなき計算手たち
宇宙に命はあるのか
宇宙と人間 七つのなぞ
ヒトはなぜ宇宙に魅かれるのか 天からの文を読み解く
月 人との豊かなかかわりの歴史
ファースト・マン 初めて月に降り立った男、ニール・アームストロングの人生
星の文人 野尻抱影伝
宇宙はどこまで行けるか ロケットエンジンの実力と未来
 宇宙関係の本は結構読んでました。ブログに書いてないのもあります。

○宇宙にまつわる小説(SFでもファンタジーでも)
銀河ヒッチハイク・ガイド
 ついに読んでしまった、という気分ですwシリーズ制覇できるかな…。
 あと、上述のドリトル先生の「月3部作」も。

○ウェルビーイング、マインドフルネス
ノニーン! フィンランド人はどうして幸せなの?
 ウェルビーイングの考え方はやはり北欧のライフスタイルを反映している。ブログには書いていませんが、雑誌「リンネル」の北欧関係の記事も読みました(付録目当てですがw)
好日日記 季節のように生きる
 前作「日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ」と合わせて、この本はマインドフルネスの考え方だなと思います。
「マインドフルネス」で心を休める本2冊
 マインドフルネス実践に関してはこの2冊を。「心を休める」「ひとつのことに集中する」ことに特化した本だと思います。瞑想は少なめ。
 精神的にスランプ状態にある時、マインドフルネスの考え方をきれいさっぱり忘れていることが多いです。あれもやらなきゃ、これもやらなきゃとマルチタスクで混乱している状態。そんな時こそ、ひとつの物事に集中して、心を静める、休める。仕事などに集中する前に、コーヒーを1杯じっくりゆっくり味わって飲んで、集中しやすい状態に自分自身を持っていく、など。本当に忘れがちなので、この本は気が向いた時に何度も読み直したい。

○大人の塗り絵、コロリアージュ(これは読むというより実際に塗る)
 本は買わずに、ネットで無料配布しているものをダウンロードして塗りました。本を1冊買うのは勇気がいる。1枚仕上げるだけでもかなりの集中力、労力、イマジネーションが要るのに、本1冊なんて気が遠くなる…。


 以上です。今年もやる予定。テーマ/ジャンル/カテゴリーは考え中。



by halca-kaukana057 | 2020-01-04 22:09 | 本・読書
 以前読んだ「ゼロからトースターを作ってみた結果」(トーマス・トウェイツ)の中に出てきた小説。正確にはこの本ではなくシリーズの「ほとんど無害」。まずはシリーズ第1作から。
・過去記事:ゼロからトースターを作ってみた結果


銀河ヒッチハイク・ガイド
ダグラス・アダムズ:著、安原和見:訳/河出書房新社、河出文庫/2005

 イギリス人のアーサー・デントは地元のラジオ局に勤めるごく普通の地球人。そのアーサーの家の前に、とても大きなブルドーザーがやってきた。アーサーの家を壊すという。アーサーには友人がいた。フォード・プリーフェクトという男だが、実はベテルギウスの近くの小さな惑星出身の異星人だった。アーサーの家を壊そうとするブルドーザーとのやりとりに巻き込まれたフォードは、飲まないとやってられないとアーサーをパブへ連れて行く。実際、飲まないとやってられない状況が近づいていた。間もなく地球には、ヴォゴン土木建設船団がやって来る。地球を取り壊し、そこに超空間高速道路を建造する。彼らは地球を破壊してしまった。アーサーは地球人でただひとりの生き残りとなり、フォードと一緒に宇宙でヒッチハイクをし旅をすることになった。フォードは「銀河ヒッチハイク・ガイド」という本を持っていた…。



 SFの傑作とよく聞く本だけど、どんな物語なんだろうと思ったら…。
 元々はBBCのラジオドラマ。それを小説にしたのがこの作品です。アーサーとフォードは様々な宇宙船をヒッチハイクし、宇宙を旅し続ける。その途中で様々な人に会い、別の星に行き、地球に何が起こったのか、地球とは何だったのかを知ることになる。
 だが、その旅路がぶっ飛んでいる。アーサーとフォードには次々とピンチが訪れる。2人はそのピンチを上手い具合に乗り越える。本当にぶっ飛んでいる発想で、上手い具合に。このイマジネーションはすごいなと思う。元々はラジオドラマなので、どのシーンも映像をイメージしやすい。実際に映画化されているが、映画だったらこうなるのかな、と文章を読んですぐイメージできる。

 そして、この本はブラックでシュールなイギリスジョーク満載。昔、NHKで「宇宙船レッド・ドワーフ号」というイギリスのSFドラマを放送していた。その雰囲気。「レッド・ドワーフ号」もシュールなくだらない(褒めてますw)ジョークが満載で、大好きで、いつも笑って観ていた。それを思い出した。(ちなみに、「レッド・ドワーフ号」も小説化されていて、訳者は同じく安原和見さん)
 イギリス人はどうしてこんなシュールなジョークが好きなんだろう…。地球が滅亡しても、異星人にもイギリスジョークは通じると思っているのだろうか…(褒めてますw)。独特のジョークであることに気づかないと「何これ?」と思ってしまう。私も全部わかったわけではないけど、何かおかしい、何か変だ、というのはわかった。アーサーの立場で考えると、突然地球が消滅して、宇宙をヒッチハイクすることになり、見るもの出会うものは初めてのものばかり…これまでの地球での常識がひっくり返されてしまった状況で、自己を保つ、「パニクるな」と言われたら、こんなシュールなジョークでも言わないとやってられないのかなと思う(真面目に考えてみた)。

 宇宙船やコンピュータはまさにSFなのだが、それは高度な文明なのか、でたらめなのか…。アーサーの出会う人やもの、星はユニーク。そして哲学的でもある。地球とは何だったのか。まさかの展開に驚く。お気に入りはネガティヴ過ぎるロボット・マーヴィン。何故こんな性格にした。何故こんなプログラミングにしたと問い詰めたいが、こんな奴もいてこその宇宙珍道中なのかなと思う。

 この作品もシリーズものなので、続編も読みたい。ディープな作品に足を突っ込んでしまった気がするんだが…。



by halca-kaukana057 | 2019-12-16 21:52 | 本・読書

もしも、詩があったら

 偶然面白そうだと思った本。



もしも、詩があったら
アーサー・ビナード/光文社、光文社新書/2015

 著者のビナードさんはアメリカ生まれの詩人。1990年に来日。その後、日本語での詩作を続けています。こう言ってしまったら失礼だと思うのだが、この本の日本語はとても上手く、巧みな言葉遣いをしている。外国人が著者であることに驚いた。日本人が何となく当たり前のように使ってしまっている日本語を、英語や欧米文化の視点も交えて丁寧に語っている。この本では英語の詩も日本語の詩も扱っているが、どちらの文学ももっとしっかりと学んでおけばよかったと思う。英語の文法も。構文が少し違うだけで、どう伝わるかの印象も変わってしまう。公共の場での外国人向けの英語表記も、文法としては間違っていないけれどもどう伝わるかを考えていないものだったりするそうだ。そういうことをもっと勉強しておけば、この本をもっと面白く読めると思う。いや、まだ遅くない。この本で勉強すればいい。

 「もし」「if」という言葉について、古今東西の詩を取り上げて考えているのがこの本です。詩はたまに読みます。でも、文学の詩だけでなく、歌の詩だって詩だ。詩、歌だけでなく、シェイクスピアの戯曲や短歌・俳句、落語も出てきます。英語の詩は、ビナードさんの訳が読みやすく、すんなりと心に入ってきました。
 詩は、役に立つのか。そんなことが「あとがき」に書かれています。
そしてそんな「ハウツー本」といちばん馴染まず、その対極にあるのは、詩というやつだ。それは詩が役立たないからではなく、詩は「そもそも『役立つ』ってどういうこと?」と、バカみたいに問いかけてみるからだ。「役立つ知恵って、だれのために役立つの?」とか「そもそもそのメソッドって、より効率よく飛んで火に入る夏の虫になるためじゃないの?」とか、疑問を呈して、人びとの思考停止を突こうとするのが詩。ハウツー本の前提より、もっともっと前へ回りこみ、「そもそもこんなことをやらないほうがいいのでは?」と、詩人は「やり方」のHowを含む「やる理由」のWhyをも見据える。
 思考停止は生活の随所にひそみ、みんなが気づいていないその具現を見つけて指摘するのも詩人の仕事だ。
(230ページ)
 この本には、そんな思考停止を気づかせる詩がいくつもあります。それが、「もし」「if」で表現される。「もし」「if」は、「こうだったらいいのに」というポジティヴな希望や願望の場合もあるし、「こうなってしまったらどうしよう」というネガティヴな不安や怖れの場合もある。また、想像の世界で遊んでみたり、「もし」「if」に問題提起や皮肉を隠す場合もある。「もし」「if」は様々な可能性を広げてくれる。

 でも、私は、「もし」「if」はむしろ思考停止じゃないのかと思ってきた。過ぎ去ってしまった過去に「もし」と言ってみても過去は戻ってこない。歴史に「もし」は禁句だ(ビナードさんの高校時代の歴史の先生と同じ考えかも知れない)。あり得ない未来に「もし」と言っても現実には変わらず虚しいだけだ。「もし」なんていってみても無力だ。

 私が使ってきた「もし」はネガティヴな意味だけだったのかもしれないとこの本を読んで思った。文学の世界には多様な「もし」「if」が溢れている。ラドヤード・キップリングの「もし」はとてもいい作品だと思った。
もし一生ずっと幸せに暮らしたかったら、畑を耕して種を植えるがいい。
(94ページ)
 この「耕して種を植える」のはそのものも意味だけではなく、生活、仕事、人生のあらゆることにおいて通じることだとビナードさんは考察している。いい言葉だなと思う。G.K.チェスタートンの「もし、ある人を叩きつぶそうと思ったら…」の詩は異なる宗教や文化を理解することの意味をストレートに伝えてくる。ジェイムズ・スカイラーの「あいさつ」はセンチメンタルで美しさを感じる。「もし」「if」は様々な感情を、一旦空中に浮かせて見つめ直し、考えてまたキャッチすることを可能にしてくれる。客観視して、自分の手元に戻ってきた時には少し違うものだと認識できる。面白いなと思う。

 日本の歌の詩も出てくるが、吉幾三の「俺ら東京さ行くだ」が出てきて笑ってしまった。そうか、あれも「もし」か。

 「もし」「if」でこんなに語れるなんて。ビナードさんが言葉を、日本語を、身の回りを注意深く見ているからこそ引き出せる話がとても面白かった。ビナードさんの著作は多数。もっと読んでみたいなと思った。


by halca-kaukana057 | 2019-12-03 22:29 | 本・読書
 アマゾンを見ていたら、この本のシリーズ第3作をおすすめされた。シリーズ第1作は?とあらすじを読んでみたら面白そう。早速第1作を読みました。アマゾンのおすすめも時にはいいものを薦めてくる。


ヴァイオリン職人の探求と推理
ポール・アダム:著、青木悦子:訳/東京創元社、創元推理文庫/2014


 イタリア、クレモナ。初老のジャンニはヴァイオリン職人。ジャンニの幼なじみのヴァイオリン職人のトマソ・ライナルディ、神父のアリーギ、クレモナ警察の刑事のアントニオ・グァスタフェステの4人で弦楽四重奏を結成していた。いつもの練習の後、トマソの妻・クラーラからトマソがまだ帰ってきていないと電話がかかってくる。トマソのことをとても心配しているクラーラ。ジャンニとグァスタフェステはトマソを探しに行く。トマソの工房に行くと、中でトマソが殺されていた。弦楽四重奏の練習の時、何かを探していると言っていたトマソ。クラーラの話では、「救世主(メシア)の姉妹」という幻のヴァイオリンを探していると言っていた。それを探しにイギリスまで行ったという。ジャンニはヴァイオリンの専門家としてグァスタフェステの捜査をサポートすることになる。トマソが行った場所、会った人に会いに行く2人。2人はヴェネツィアのヴァイオリンのコレクター、エンリーコ・フォルラーニにも会うが、彼も自宅で殺され、コレクションのひとつのマッジーニがなくなっていた。ジャンニとグァスタフェステはヴァイオリンの歴史を紐解きながら、トマソが探していたヴァイオリンと犯人を捜す…。


 私はクラシック音楽は好きだが、ヴァイオリンについてはそんなに詳しくない。私はヴァイオリンを弾いたことはないし、触ったこともない。ストラディヴァリウス、グァルネリ、アマティぐらいしか知らないし、その何年に作られた云々…と聞いてもよくわからない。ストラディヴァリウスやグァルネリのどこがどう違っていて、音色にどんな特徴があるのかは知らない。よくヴァイオリンのソリストが使っている楽器についてプロフィールに書かれているが、それを読んでも由緒あるすごい楽器なんだろうな程度にしか思っていない。どうすごいのかはわからない。そんなヴァイオリンに疎い私も、ジャンニの語る偉大なヴァイオリン職人たちのこと、それぞれの特徴と違い、たどってきた歴史を読んで興味を持った。ヴァイオリン奏者たちが名器に憧れ、名器とともに名演が生まれる理由が少しわかったような気がする。

 偉大なヴァイオリン職人たちは、数々の名器を創った。しかし、それらが全て記録され、現代に残っている訳ではない。失われてしまったものもあるし、ちゃんと記録を取っておかなかったせいで行方不明のものもある。貴重なものなのだからしっかり管理しろと言いたいが、長い年月と様々な人に渡っていった途中であやふやになるのは仕方ないのか。更に、創った職人や制作年がわかっていても、それが本物かどうか確かではないことがある。この作品では贋作についても触れている。そのヴァイオリンが本当に本物であるか証明するのは確実ではないことに驚いた。

 また、名器と呼ばれるヴァイオリンも、実際に演奏するには手を加えないとならないことにも驚いた。ヴァイオリン職人はヴァイオリンを創ったり、修理するだけではない。それぞれの名器の個性を知り尽くしていて、そのよさをより発揮するためにはどうしたらいいかを知っている。そのための作業ができる。ヴァイオリン職人は過去と現在をつないで、楽器を活かすことができる。並大抵の仕事ではないのだなと思った。

 トマソの足取りをたどっていく途中で、ジャンニはあるヴァイオリンと出会う。ジャンニのある過去。ヴァイオリンをめぐる業界は一筋縄ではいかない。現代も過去もヴァイオリンのディーラー、コレクターたちは曲者ばかり。ディーラーだけでなく、ヴァイオリンに関わる人たちは個性的な人が多い。それはいい意味の場合もあるし、悪い意味の場合もある。トマソがイギリスに行って、あるものを探すために訪ねたミセス・コフーンはいいキャラしています。

 ジャンニはとても優しくて誠実な紳士。ジャンニよりもずっと若いグァスタフェステもしっかりした刑事。ジャンニはヴァイオリンの専門家でもあるが、人脈がとても広い。仕事だけの付き合いだったとしても、ジャンニは誠実。登場人物は多いですが、その分深みもあって面白い。

 とにかくヴァイオリンにまつわる歴史がとても重く、面白い。これからヴァイオリン作品を聴く時は、もっとヴァイオリンの楽器そのものにも注目して聴かねばなと思う。使っているヴァイオリンの製作者がわかるなら、それにも注目したい。

 昔も今も人々を惑わすヴァイオリンの歴史ある名器。ヴァイオリンそのものが謎が多いのだから、それをミステリーにしたら面白い。「ヴァイオリン職人」シリーズ、続きも楽しみです。


by halca-kaukana057 | 2019-12-01 23:04 | 本・読書

起終点駅(ターミナル)

 桜木紫乃さんの作品は初めて読みます。表題作の「起終点駅(ターミナル)」が映画化され、映画は観ていないのですが主題歌のMY LITTLE LOVER「ターミナル」がとても好きで、まずは原作を読んでみようと思ったのが読むきっかけ。ちなみにマイラバはデビュー当時から大好きです。


起終点駅(ターミナル)
桜木紫乃/小学館、小学館文庫/2015(単行本は2012)

 東京のデパートの化粧品売り場で働く真理子は、竹原基樹の納骨式のために函館にやって来た。1ヶ月前に納骨式に出席して欲しいと手紙を受け取った。式はロシア正教会で、参列者は真理子の他にいなかった。真理子と竹原は大手化粧品会社に勤めていて、竹原は幹部を約束された男だった。竹原は複数の女性と関係を持っていて、真理子もその一人だった。だが、急に母親の介護をすると仕事を辞め函館に行ってしまった。真理子はその納骨式の立会人で神父の角田吾朗に、函館に来てから死ぬまでの竹原のことを聞く…。
(「かたちないもの」)

 「かたちないもの」、「海鳥の行方」、「起終点駅(ターミナル)」、「スクラップ・ロード」、「たたかいにやぶれて咲けよ」、「潮風の家」、6編の短編集です。どれも北海道の町が舞台になっていて、もう一つ共通するのが登場人物は孤独、無縁の状態であること。暗く寂しい作品ばかりで、読んだ後やるせない気持ちになった。特に「スクラップ・ロード」は救いがない…。

 私はひとりでいるのは好きだ。だが、孤独にはなりたくないと思う。
 「無縁」であれば、家族がいない、もしくは連絡を取っていない、ほぼ縁が切れた状態。身寄りがない。
 「孤独」はどういう状態だろうなと考える。友人や恋人、心を許せる人がいない。自分のことを誰にも話せない、話し合える相手がいない。頼る人が誰もいない。ひとりぼっちでいることを寂しく、苦しく、辛く、望みがないと思っている。こう書いてみたが、とすると、この作品に出てくる登場人物たちは全く「孤独」ではないとも思える。誰かがそばにいて、少しの間だけでも一緒にいてくれる。その人が何者なのか、誰もよく知らなくても。過去に何があったとしても。ただ一緒にいるのではなくて、お互い孤独で、それをわかっていて距離を保っている。傷をなめ合うようなことはしない。目の前にいるその人として向き合う。どこまでも暗く寂しい物語だけれども、その個人を尊重するような関係があるのは救いだ。

 「海鳥の行方」「たたかいにやぶれて咲けよ」の主人公、新人新聞記者の里和がいい。男社会の新聞社で、新人で女性の里和は上司の圧力に耐え記事を書き続ける。里和には恋人がいたが、卒業後離れて暮らし、それぞれの仕事が過酷になるにつれて連絡も減っていった。恋人の苦しい状況に心を痛めつつも、記事を書き続ける。記者の郷和と、ひとりの人間としての里和。この違いに惹かれる。
 「潮風の家」も寂寥感に満ちた作品だが、人間の奥深さが伝わってくる。千鶴子とたみ子の2人は孤独で生きづらいはずだが、そんな素振りも見せない。「孤独」はその人自身が決めるのだろうか、と思う。

by halca-kaukana057 | 2019-11-19 22:52 | 本・読書
 「友だち幻想」の著者、菅野仁さんが、「友だち幻想」の前に書いた本です。長らく入手困難になっていたそうですが、文庫化しました。

友だち幻想

愛の本 他者との<つながり>を持て余すあなたへ
菅野 仁:著、たなか鮎子:イラスト/筑摩書房、ちくま文庫/2018(原本は2004年、PHPエディターズ・グループ)


 「友だち幻想」へ繋がるテーマである、他者との繋がりと、幸せとは何かを菅野さんが語りかけるように書かれた本です。「友だち幻想」同様10代~大学生の若い人向けの本ではありますが、それ以上の大人も読んで欲しい。

 「友だち幻想」でも書きましたが、菅野さんの言う「他者」とは、自分以外の全ての人のこと。家族や親しい友達も。この「他者」をどう捉えるかによって、考え方は変わってきます。「他者」は自分とは「違う」存在。親しくて、「同じ」と思ってしまうから、自分のことをそっくりそのままわかってくれるはずだ、価値観は同じはずだと思ってしまう。でも、「他者」はどんなに親しい人であっても自分と全く同じではない。そこに傷ついてしまう。「他者」と適度な距離を取り、適度な距離があるからこそ親しさも感じられる。このことについては深く頷きます。相手が自分と親しいからといって、好きなものが同じだからといって、自分の考え方や価値観などは同じとは限らない。それで独りで傷ついてしまうことがよくありました。この本を読んでいたら、もっと気が楽になれたのになと思います。
 「他者」に対して、「他人」という言葉も出てきます。「他者」と「他人」(親しくないよそよそしい関係の人)を家族が同じに考えてしまって怒られた…なんて話も出てきます。家族であっても、自立した人間と見て欲しい。それが「他者」の考え方です。

 「他者」からの自分がどう見えているか。このことについても文章が心に染み込むようでした。自分をこう見て欲しい、というイメージがある。でも、「他者」はそう見るとは限らない。
 この「他者」は、自分自身でもある。自分自身に対してのイメージを持ちすぎて、現実と理想のギャップに傷ついてしまう。「自我」の弱さ、繊細さは悪いことではないけれど、自分自身が苦しくなる原因でもある。傷つきやすい自分、弱い自分を認めて、他者や社会へもう一歩踏み出す。傷つきながらも「耐性」をつけていくこと。
 自分自身と他者からの自分のイメージの違い、評価、恐れに対して「構え」を持つこと。他者に期待しすぎないこと。「純度100%の関係を相手に求めない」(162ページ)という言葉があるが、とてもしっくりきた。これも、もっと早く読みたかった。

 「友だち幻想」の感想記事で、「こう紹介していると、随分とクールな立場の本なんだな、と感じます。実際、クール、現実的です。」と書きました。この「愛の本」の感想も、このままでは同じようにクールで現実的な立場の本と思われてしまいそうだ。この「愛の本」はとても優しい、そっと見守ってくれるようなメッセージに満ちた本です。菅野さんが高校生の頃にピアノ教室で経験したあること、菅野さんのご家族のこと、親戚や学生さんたちのこと…経験談やエピソードはどれもあたたかい(ピアノ教室での話は苦め)。菅野さんからの手紙のような本です。

 人間の幸福とは何か。この本では、「自己充実をもたらす活動」と「他者との交流」としている。「他者」に期待し過ぎないとか、「他者」は自分とは違う存在だと書きましたが、それは「他者」との交流を否定するものではない。傷つくこともあるけれども、だからこそ他者との心地よい交流は「生のあじわい」を感じられる。自分を認めてくれる他者がいることは安心に繋がる。そして、自分が楽しいと思うことをする。菅野さんも様々な趣味を持っている。それも「生のあじわい」を感じられることだ。私もやっていると楽しい、時間も忘れて熱中してしまうことがいくつかある。それを大事にしていこうと思う。

菅野さんが若くして亡くなってしまったことが本当に残念だ。「友だち幻想」と合わせて、人間関係に悩んでいる、社会の中で生きづらいと感じている人に読んで欲しい。

by halca-kaukana057 | 2019-11-11 22:56 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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