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神さまたちの遊ぶ庭

 先日読んだ、宮下奈都さんの「羊と鋼の森」。この作品に関係する本を、「羊~」を読む前に読んでいました。「羊~」を読んだ時、あの本!とすぐに出てきて驚きました。
羊と鋼の森


神さまたちの遊ぶ庭
宮下奈都/光文社、光文社文庫/2017

 2013年、宮下さん一家は2年間、北海道の帯広に引越し、暮らすことに決めていた。が、宮下さんの夫が、帯広ではなく、もっと大自然の中で暮らさないかと提案してきた。大雪山国立公園のふもとにある、トムラウシという集落で暮らさないかと言うのだ。山の中にあり、牧場がある。僻地で、併置の小中学校の全校児童生徒は10人。山村留学制度があって、他の地域からの児童生徒を受け入れている。こんなところで大丈夫なのだろうかと心配する宮下さんだが、3人の子どもたちは乗り気。トムラウシに行くことに決まった。中3の長男の高校受験のことを考えて1年間。そして4月、トムラウシでの生活が始まった。

 「羊と鋼の森」の、主人公・外村がこのトムラウシがモデルの山の出身ということになっています。山で生まれ育ったことが、外村にとって重要な要素になって出てきます。驚いた。トムラウシで暮らしたことで、小説も生まれた。

 私は一度、僻地で働いたことがある。トムラウシほどの僻地ではないが、賑やかな町からは遠く離れ、静かな山の中にあった。仕事をする上で不便なこと、不利なことは沢山あったが、町では出会えないことも沢山あった。雨上がりの中を通勤中、虹の「根元」を見たことがあった。近くの畑に熊が出たとか(熊に出くわしたことは幸いにして?なかったが)、蛇に遭遇したこともある。私の住んでいるところも田舎だが、町なので近くにスーパーもコンビニも本屋などもある。病院もちゃんとある。田舎だから、自然も適度に近いと思っている。が、僻地の自然はそんなものではなかった。僻地は山を下りないとコンビニは勿論、小さな商店もない。何か足りなくて、ひとっ走り…というわけにいかない。私にとっては、不便で、その不便さが仕事に悪い影響を与えていたこともあり、もう僻地で働くのはごめんだと思うし、住むのは論外だと思っている。
 ただ、僻地にも人は住んでいて、そこでの暮らしを支えるために働く人もいるのだと感じました。

 なので、この本を読んで、僻地の不便なところが気になってしまい、最初読んだ時はいい印象がなかった。買い物も困るし、トムラウシは携帯電話は勿論圏外。テレビも雪が降ると映らない。新聞配達も来ない。病院も診療所しかない。そして、北海道の山である。とにかく寒い。文明に助けられている私にとっては、住むのは難しい、とても厳しい場所に感じられた。

 だが、宮下さん一家はトムラウシでの暮らしを楽しんでいる。集落の人々や小中学校の先生方に助けられ、山の暮らしのペースに徐々に慣れていく。山の人々は皆優しくて、心が広くおおらかだ。宮下さんと同じように、山村留学で来て、何年も暮らしている人もいる。子どもたちは順応が早い。少人数の学校は、時間割やカリキュラムに余裕があり、活動内容に幅がある。3人のお子さんたちが皆マイペースで、ゆるくて、ユーモラスで笑ってしまう。何かズレている。私も宮下さんのようにツッコミたくなる。何より、自然が豊かだ。川の魚や山菜(毒のある植物もあるので注意は必要)。寒さや雪の表情も繊細。厳しくはあるが、その分、様々な表情がある。外に出れば、何かがある。町にはないことがたくさんある。

 山の学校はおおらかだが、何をしてもいいというわけではない。子どもたちの遊び方の安全に関して学校と集落で話し合いをしているところは、ゆるさは全くない。子どもたちの自由、子どもたちの安全を思うからこそ、議論は白熱する。山の暮らしは、大人と子どもが近いのだと感じた。集落の大人が全員、子どもたちのそばにいて関わっている。町ではそうはいかない。子どもに無関心な人もいる。大人と子どもという関係だけでなく、全ての人と人の関係において、無関心な人はいないと感じる。孤立することはありえない。孤立したら、この自然、環境ではきっと生きていけないから。

 マイペースに学べる少人数の学校だが、問題もある。人数がいないので、団体競技のスポーツが困難。特に高校受験を控えている長男は、山を下りた規模の大きめの学校でテストを受ける必要がある。修学旅行もその学校に混ぜてもらう。集落全体が家族のような雰囲気なので、「友達を作る」ことをしなくても友達になれてしまう。なので、中学を卒業後、山を下りて高校に進学すると、大人数の社会に馴染むのが大変、うまく馴染めないことも少なくない。帯広の進学校に進学した高校2年生のなっちゃんのエピソードには、言葉を失ってしまった。

 メリット、デメリットと分けて書いてしまったが、メリット、デメリットと考えてしまうのは何か違う気がする。外から見たら、いいところ、悪いところと言えるけれども、トムラウシの人々にとっては、そこでの暮らしがそのものだ。何ものにも変えられない。これがトムラウシの暮らしなのだから。トムラウシで暮らしていることが、幸せなのだ。2回ぐらい読んで、外野がそれにどうこう言うのは違うなと思うようになった。

 宮下さん一家が、トムラウシで暮らすのは1年と決めた。が、実際に期限が近づき、どうするかを決めるあたりも、宮下さんがトムラウシの暮らしの幸せを満喫しているからこその悩み、つらさなのだと思う。長男の高校の問題もある。この現実も、デメリットと切り捨てるのは違うと思う。そこをどう受け入れるか、なのだと思う。

 子どもたちのマイペースでユーモラスな発言でゆるくて読みやすいエッセイですが、ハッと思うところも多い。数日間滞在しただけではわからない自然の描写、季節の移り変わりの美しさも、文章だけで伝わってくる。エッセイというところがいい。写真がひとつもなくても、その美しさや楽しさが伝わってくる。日本には、まだまだ知らない場所がある。実際に行ける場所は限られるから、こうやってエッセイで読むのは貴重だと感じました。

◇関連記事:毎日新聞:きょうはみどりの日 作品紹介(その1) 映画「羊と鋼の森」 自然は人を幸せに 北海道・トムラウシ出身の青年が主人公
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by halca-kaukana057 | 2018-05-17 23:08 | 本・読書

羊と鋼の森

 宮下奈都さんの作品を。1年ぶり?話題になったこの本が文庫化されたので読みました。


羊と鋼の森
宮下奈都 / 文藝春秋,文春文庫 / 2018(単行本は2015)

 北海道の田舎の山で生まれ育った外村は、高校生、17歳の時、たまたま担任から来客を体育館に案内するように頼まれる。やって来た来客はピアノの調律師の板鳥宗一郎。外村は初めてピアノの調律を見て、調律に魅せられる。板鳥に弟子にしてほしいと頼むと、調律師の学校を紹介され、勉強し、卒業後、板鳥が働く楽器店に新人調律師として採用された。毎日、店のピアノを調律し、練習を重ねる。先輩の柳について、主に一般家庭のピアノの調律について回り、学ぶ。一方、秋野は違うスタイルで調律をしている。時々、板鳥にアドバイスを貰う。どんな調律が求められるのか、理想の調律は何か、外村は毎日ピアノと向き合う。


 以前読んだ「メロディ・フェア」と同じく、お仕事小説ではありますが、雰囲気は全く違います。今回はピアノの調律師。主人公の外村は、板鳥の調律に出会うまで、ピアノを弾いたこともよく聴いたことも無く、調律に接するのは勿論初めて。板鳥の調律に偶然立ち合ったことで、いわば運命的な出会いをする。

 ピアノは家にあるので、大人になってからの調律の際にはいつも立ち会っています。トーン、トーンと音を出しながら、調律をしていくのを見ているのは好きです。調律の際の、静けさも好きです。まさに、その調律中の静けさが漂う本です。以前はこのブログのピアノのカテゴリに書いてあるぐらいピアノを弾いていましたが、今はピアノを弾かなくなった。諦めてしまった。これ以上、どうやって進んだらいいかわからない。弾きたい曲はあるけれど、どうやったらたどり着けるのかわからない。そのままピアノから離れてしまいました。今は声楽の練習で、音を取る程度。なので、家のピアノには申し訳ないと思っている。この本を読み進めるのは辛かった。外村も、他の登場人物も、ピアノが好きで、ピアノと向き合っている。もうピアノには熱心になれない(かもしれない)自分には、辛い作品でした。
 そして、ピアノにあまり熱心ではなかった子どもの頃の自分が、外から見ればどう思われていたのだろうと思って辛くなった。外村がもうひとりの先輩調律師・秋野に付いてある家庭のピアノの調律に行った時のこと。ピアノにはバイエルの楽譜が置かれているが、秋野は椅子の高さからその子がもう高学年であることを悟る。高学年にもなってバイエルレベル…ピアノにあまり熱心でない、という。私がまさにそんな子どもだった。ピアノは好きだったけど、練習はあまり好きでは無い。練習してもうまくいかない。自分に合った練習方法、ピアノとの向き合い方がわからなかったのだと思う。小学校低学年からピアノを始めたのに、上達せず、小学校高学年、中学校になってもバイエルレベル。ピアノ教室の先生や、調律師さんにどう思われていたんだろうな…と辛くなった。

 その調律師さんが何をしていたのか。この本を読んで、そういうことをしていたのかとわかりました。調律の過程の描写がかなり詳しく書かれています。何のためにこんなことするのか、どう調律するのか。ピアノの部品についても。タイトルの意味がわかります。以前もどこかで書いた記憶があるのだが、ピアノは他の楽器と違って、弾く人が自分で調律できない。調律師が調律する。基本的に持ち運ぶ楽器ではないので、その場所にあるピアノを、どんな音にしたいか、調律師に伝えて調律してもらう。ピアノは特殊な楽器だなと思う。

 この作品では、ピアノを「森」と表現するが、音楽が「森」のような深いものだと思う。調律に「正解」はない。調律の際に基準音となるラ(A)の周波数は440Hzと言われているけれども、その演奏者や演奏する作品によって微妙に上下する、いや、微妙どころではなくなってきているそうだ。また、外村と柳のピアノの調律とうまいレストランの例えの話にもあったように、客と調律師でピアノの音に対して考えが違うこともある。
 以前、今もまだ続いているが、聴いた音楽の感想が出てこなくなった時期があった。感想を出すのが怖いのだ。外村が調律がうまくならなかったらどうしよう、怖いと思ったように。この演奏は、「いい演奏」か「悪い演奏」か、叩き切るように判断できなければならないと思って、それがわからず、感想を言うのが怖くなった。感想が他の人…ズバッと感想を出している、しかも説得力のある感想を出している人と違えば、自分は間違っていると思えてしまう。その作品を初めて聴く、聴いたことがなくて、判断できないこともある。いい曲だとは思ったけど、感想は…?「いい」「よかった」、でいいの?それだけだと足りない、弱いのではないか。判断基準が自分ではなく、他の人になってしまい、音楽は聴いても、その感想を出すことはなかった。そもそも自分に判断する権利はあるのか。音楽経験も少なく、叩き切るような感想を出せるような説得力も知識も読解力もない。音楽を聴くのが辛かった時期を思い出した。
 このことに関しては、別記事で書こうかなと思います。収拾がつかない。
 「正解」がない、と言われると、困ってしまう。でも、判断基準は自分にある。こんな音が理想だ、こんな音がいい。この人にはこんな音がいいのではないか。そんなお客の要望に応えて、調律する外村や柳、秋野、そして板鳥の一生懸命な姿に励まされる。

 この作品では、「諦めること」「あきらめないこと」の2つに分けられることが出てくる。田舎の山で育った外村は、環境の上で諦めなければならないことも多かった。でも、調律師になり、ピアノと調律は諦めたくないと思った。板鳥にも諦めないことが大事とアドバイスされた。外村の先輩調律師の秋野は、ピアニストを目指していたが、諦めて調律師になった。柳が担当する高校生の双子、和音と由仁に起こったある出来事と、そこから諦めること、諦めないことが生まれる。
 諦めることで、新しい何かが始まることもある。諦めることで、可能性を閉ざしてしまうこともある。諦めないことで、進めなくなった道とは違う、別の道を見出すこともできる。諦めることと諦めないことが紙一重になっている。

 外村は、時々調律をキャンセルされる。理由は様々だ。キャンセルされると落ち込むが、それでも調律することをやめない。外村の静かな生真面目さがいい。外村だけでなく、この作品に出てくる人々は皆、生真面目だ。それぞれのやり方で、ピアノと向き合っている。
 外村のまだ未熟な調律の結果を、ただ失敗と言わず、こんな音にしたかったんだよね、このやり方は好きだ、と認めてくれる双子の和音と由仁。いい耳を持っているだけでなく、ピアノに真剣に向き合っているから、その外村の音がわかるんだろうな、と思う。外村に影響を及ぼし、外村から影響を受ける2人。この双子の存在もいいです。2人ともいい子です。

 外村がピアノ作品にはあまり詳しくないという設定なので、ピアノ作品について詳しいことはあまり出てこなかったのはちょっと物足りなかった。あくまで調律が主役なのだな、と。なので、作中のピアノリサイタルの箇所や、最後の部分の印象が弱く感じた。ちょっと淡々とし過ぎているなぁ…とも。でも、この静かな雰囲気は好きです。


 この本を読む前、宮下さんの別の本を読んでいたのだが、共感できない部分があって、感想を書けずにいた。その後、この作品を読んだら、とても関連があることがわかった。なので、その本についても感想を後日書きます。
 この本です。

神さまたちの遊ぶ庭 (光文社文庫)

宮下 奈都/光文社



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by halca-kaukana057 | 2018-05-03 23:23 | 本・読書

日の名残り

 この本の感想も昨年のノーベル賞授賞式あたりに書きたかった。ノーベル賞関連書をもうひとつ。今まで、カズオ・イシグロ氏の作品は読んだこともなかったし、全然知らなかった(教養がない)。ノーベル文学賞受賞で、代表作の紹介を読むことが増え、読んでみようかなと手にとりました。


日の名残り
カズオ・イシグロ:著、土屋政雄:訳/早川書房、ハヤカワepi文庫

 イギリスの貴族の大きな館、ダーリントン・ホール。この屋敷はダーリントン卿の屋敷だったが、卿の死後、アメリカ人のファラディに渡る。ダーリントン卿の時代から執事を務めてきたスティーブンスは、引き続きファラディの元で働いている。ファラディが少しの間アメリカに帰るので、その間、休暇を取らないかと言われたスティーブンス。ずっと屋敷を守り続けてきたので最初は戸惑ったが、屋敷の召使が次々と辞めてしまい、人手が足りなくなってきた。かつてダーリントン卿の時代に女中頭を務めていたミス・ケントンのことを思い出し、ミス・ケントンに話せば何とかなるかもしれない…。ミス・ケントンに会うため、ファラディに借りたフォードで旅に出たスティーブンス。旅の間、思い出すのはダーリントン卿の時代の屋敷での様々な出来事や人々のことだった…。


 読んで、最初に思ったのが、スティーブンスの生真面目さ。頭が固い…という表現はちょっと違う。執事として、召使たちをまとめ、全員の仕事の状況を把握し、仕事を割り振る。ダーリントン卿や卿のお客(貴族や政治家、有名人も珍しくない)に快適に、居心地よく過ごしてもらうため、滞りなく仕事を進め、何か要求があれば応え、忙しさを表に出したり、何かあっても取り乱したりしてはならない。なので、「頭が固い」という表現は違うだろう。スティーブンスは自分の仕事も、召使たちの仕事も、しっかり把握し遂行していた。でも、やっぱり非常に生真面目である。執事とはこういうものなのかもしれないが、そのスティーブンスの生真面目さ、まっすぐさが滑稽に思えるところがよくあった。不器用にも思える。イギリスのドラマ「ダウントン・アビー」を観ていれば、執事や女中の仕事や上下関係についてもっと知ることができて、楽しめたかもしれないと思う。

 スティーブンスは何度も「品格」という言葉を使う。執事の「品格」、イギリス人の「品格」などなど。「品格」とは何か、と問う。仕事への誇り、その仕事を何があっても完璧に遂行すること、プロフェッショナル、という意味でも使われている。スティーブンスの父も執事で、ダーリントン・ホールで働いていた。しかし、老いは仕事にも影響する。様々な仕事ができなくなったが、執事の仕事を全うした父。父が生死をさまよう中、屋敷では重要な国際会議が開かれていた。その仕事に邁進したスティーブンス。家族よりも仕事を取った(という表現は合っているのだろうか…そういう問題ではないと思うが、現代の私から見ると「家族より仕事を取った」と思ってしまう)。執事の父も、それを望んでいたかもしれない。息子も立派な執事になったのだから。スティーブンスも父を尊敬している。

 そんなスティーブンスにとって、女中頭のミス・ケントンは不思議な存在だったが、本当は信頼できる仕事のパートナーだ。スティーブンスとミス・ケントンはなかなか噛み合わない。でも、どこかで合うところもある。毎晩、ミス・ケントンの部屋でココアを飲みながら打ち合わせをする「ココア会議」でも、意見が噛み合わないことがある。スティーブンスはダーリントン卿の申しつけの通りに仕事をし、決断することがあれば表向きには感情を挟まずに決断する。ミス・ケントンは感情も込めて仕事をしている。でも、ミス・ケントンは仕事はしかりやっていた。新しい女中が入れば、しっかりと教育して、見事な女中に育てた。どちらも仕事には誇りを持っている。ミス・ケントンが「品格」という言葉を使うことはないが、ミス・ケントンにも女中として、人間としての「品格」はある。そのミス・ケントンとの再会は…良い再会だなと思った。スティーブンスが、ミス・ケントンに声をかけられなかったあの日の出来事が、静かなかなしみを誘う。

 この物語で、スティーブンスが旅をしているのは1950年代。ダーリントン卿に仕えていて回想されるのは、第1次世界大戦後から第2次大戦後にかけて。変わりゆくヨーロッパ、変わりゆくイギリス。戦争の足音が屋敷を、ダーリントン卿を巻き込んでゆく。スティーブンスは、執事として、ダーリントン卿やお客のために働く。ダーリントン卿を敬愛し、信じていた。しかし、ダーリントン卿は、どんどん歴史の渦に飲み込まれてゆく。ダーリントン卿に何があったのか、スティーブンスが知らなかったわけではない。お屋敷に何の目的で誰が来て、というのは知っていた。だが、職務なので、深入りはしない。ダーリントン卿の友人であるコラムニストのディビッド・カーディナルがある晩突然屋敷を訪れ、その晩、屋敷で何があるのか探っていたエピソードから、スティーブンスの立場がわかる。スティーブンスの立場では、そうするしかなかった。それも、執事の「品格」だろう。ラストシーンのスティーブンスは、泣いてはいるが、「品格」はそのままだ。ダーリントン卿のもとで職務を成し遂げた。何があっても取り乱さない。過去を振り返り、その過去に何か間違いがあったとしても、生きている限り未来はある。その未来をどうするかは、これから自分が決めることだ。スティーブンスだけの話ではない。ミス・ケントンも。ミス・ケントンはスティーブンスよりも先に、そのことに気づき、決めてしまったが。

 旅の道中のエピソードも面白い。田舎の人々が、スティーブンスのことを紳士と間違えて、恭しく接する。それに対するスティーブンスがまた生真面目で、不器用だ。その不器用さが、心優しくも思える。

 文体は最初は固いかなと思ったのですが、読んでいくととても心地よいです。静けさがちょうどいい。訳者の土屋さんが、この作品を訳すきっかけになったエピソードがあとがきで書かれているのですがこれもまた面白い。まさかフィンランドが関係するとは。他にも読んでみたいカズオ・イシグロ氏の作品があるので、読んでいこうと思います。
 「日の名残り」は映画化もされています。DVDがあるので、こちらも観てみようと思います。原作とどう違うのかな。

 先日の「重力波は歌う」といい、カズオ・イシグロ氏の作品といい、2017年のノーベル賞は早川書房さん大当たりですね。

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by halca-kaukana057 | 2018-04-23 23:26 | 本・読書

重力波は歌う アインシュタイン最後の宿題に挑んだ科学者たち

 去年のノーベル賞受賞式の近辺に書きたかった記事です…。
 2017年のノーベル物理学賞は、マサチューセッツ工科大学(MIT)のライナー・ワイス(Rainer Weiss)博士、カリフォルニア工科大学のバリー・バリッシュ(Barry C. Barish)博士、キップ・ソーン(Kip S. Thorne)博士に授与されました。
Nobelprize.org : The Nobel Prize in Physics 2017

日経サイエンス:2017年ノーベル物理学賞:超大型干渉計「LIGO」を構築,宇宙から来る重力波を初めて観測した3氏に
 ↑LIGOの仕組みの解説もあり、わかりやすいです。
アストロアーツ:重力波検出に貢献した研究者3名、ノーベル物理学賞を受賞

 重力波を検出したレーザー干渉計型重力波検出器「LIGO」のプロジェクトに携わってきた3氏をはじめとする重力波観測と「LIGO」建設のノンフィクションです。


重力波は歌う――アインシュタイン最後の宿題に挑んだ科学者たち
ジャンナ ・レヴィン:著、田沢恭子、松井信彦:訳/早川書房、ハヤカワ文庫 NF/ 2017(単行本は2016)

 アインシュタインによる一般相対性理論で、存在すると言われていた重力波。しかし、重力波による空間のゆがみは非常に小さく、アインシュタイン自身も観測出来るかどうかには不可能と考えていた。だが、重力波は存在する、観測することができる、という科学者たちが、少しずつ観測装置を考え出し、観測に向けて動いていた。
 その中のひとり、ジョセフ・ウェーバーは重力波に共鳴して振動するという「ウェーバー・バー」を作った。また、ジョン・ホイーラーやロナルド・ドレーヴァーという科学者も重力波検出に乗り出した。「ウェーバー・バー」では重力波を検出することはできず、ウェーバーは責め立てられた…。ウェーバーの最期がまたかなしい。

 国籍、出身、ルーツも異なる科学者たち。彼らがどのように科学者人生を歩み始めたのか、どこで重力波の研究と出会ったのか、それらを読むのは面白い。皆個性的だ。だが、重力波を検出する機器はどうやったらできるのか、どう建設するのか。なかなかプロジェクトは進まない。レーザー干渉計型重力波検出器のプロトタイプは作られるが、複雑な仕組みで、コントロールするのが難しい。ひとつひとつ、問題を解決していき、一方で、プロジェクトが正式に認められ、予算が出るように尽力する。科学者は、実験や研究だけやっているわけではないというのは、他の宇宙・天文プロジェクトでも読んだ。政治家や役人たちにわかるようにプロジェクトを説明し、予算を得られるようにしないと、肝心の実験も機器の開発も研究もできない。未知の世界に乗り込んでいく科学者というのは、マルチな才能を持っているのだなと本当に思う。

 途中、「LIGO」ってどういう仕組みだったっけ…?と何度も思うことがあった。この本を読むために、もう1冊重力波と「LIGO」に関して解説した本が欲しいと思ったほどだ。
 ノーベル物理学賞を受賞した3氏の中で、バリー・バリッシュ博士は一番後、1990年代になって「LIGO」プロジェクトの統括責任者になった。受賞したのは3氏だが、ホイーラーやドレーヴァー、ウェーバーらたくさんの科学者が重力波観測を目指していた。志半ばで亡くなったのが残念だ。重力波を観測し、ノーベル賞も受賞したことを天国で喜んでいるだろうか。喜んでいてほしいと思う。この「LIGO」プロジェクトでも、志を引き継いでいくという熱いものに触れることができた。

 ノーベル賞を受賞するのは、その成果が出てからしばらく経ってから、というのが多い(スーパーカミオカンデの故・戸塚洋二博士を思い出さずにはいられない)。今回の受賞は、重力波検出の報せが出てすぐの受賞。本当によかったと思う。「LIGO」だけでなく、日本の「KAGURA」も含めて、重力波天文学はこれからますます盛り上がる。その黎明期を伝える本として、とてもいい本だと思います。

 あと、先日亡くなられたスティーヴン・ホーキング博士についても少し出てきます。キップ・ソーン博士とは友人で、科学関係の賭けをするが、ホーキング博士は賭けに弱い、と。答えが出そうもない妙な賭けもしている。科学者同士のこんな話題も面白い。

・「LIGO」の重力波検出の際に書いた記事:重力波天文学が始まる
 重力波は「聞く」。この本にも込められています。

 ちなみに、この本を買ったは、ノーベル賞受賞直後。帯がこれでした。
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 もし、2017年に受賞しなかったらどうなっていたんだろう…。現在は「ノーベル賞受賞!」になってます。

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by halca-kaukana057 | 2018-04-16 22:36 | 本・読書

明日は、いずこの空の下

 上橋菜穂子さんの作品も積読があるのですが、今日は新しく出たエッセイを。

明日は、いずこの空の下
上橋菜穂子 / 講談社、講談社文庫 / 2017

 作家であり、文化人類学者の上橋さん。フィールドワークや、作品の取材も兼ねて、世界のあちこちを旅する。そんな旅のルーツは高校生の頃。旅は母と一緒のことも多い。世界各地で体当たりの旅のエッセイ集です。

 「精霊の守り人」をはじめとする「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズなどでお馴染みの上橋さん。物語の舞台となる、リアリティのある異世界の設定にはいつも驚かされます。土地だけでなく、気候や民俗風習、言語、食べ物、政治、経済…その異世界全部。モデルの場所はあるのだろうかなどと思ったことも。作家であると同時に、文化人類学者として、オーストラリアのアボリジニの研究もされている。フィールドワークで現地へは何度も足を運んでいる。そんな上橋さんは旅上手なんだろうな…と思いきや、そうでもない。身体が弱く、体調を崩しやすい。方向音痴。語学も苦手。子どもの頃から世界のファンタジー文学を読みふけり、その世界に憧れても、家でぬくぬく寝て、本を読んでいる方がいい…。美味しいものがあれば尚更…。「ホビットの冒険」のビルボのように。何だか笑えてしまいます。上橋さんのお気持ちがよくわかる。私も家にいる方がいい。

 でも、作家になるためなら何でもやってやる。上橋さんの背中を押すのは、そんな気持ちと旺盛な好奇心。女子高生時代の、イギリス研修旅行がその原点。「グリーン・ノウの子どもたち」の作者、ルーシー・M・ボストンさんに会ったエピソードは、上橋さんの今に繋がる大きな力なったんだなぁと思います。

 多いのが、食べ物の話。とにかく食べ物が美味しそうな上橋作品ですが、普段から様々な文化の暮らしの中にある食べ物に注目しているからこそ、あんな美味しそうな料理が次々と出てくるのだなぁと。でも、上橋さんが読んできたファンタジー文学でも、食べ物、料理の表現を大事にしている作品もある。そんな作品のよいところを、しっかりと引き継いでいるのですね。上橋さんの作品も、このエッセイも、お腹が空いている時(しかもすぐにご飯にありつけない時)に読むのは危険かも知れません…。

 上橋さん以上にアクティヴなお母様との旅のエピソードも面白い。タフでどんどん飛び込んでいくお母様にすごいなぁと思っていました。私も、家でごろごろしている方が好きなのに、旅に出るとアクティヴになれる。旅に出ることで、また違う自分の一面を引き出している、違う自分に会えている気がする。

 上橋さんが旅先で思った様々なことが、上橋作品に投影されている。ファンタジー文学というものに、上橋さんは何を考えているのか。何を表現したいのか。上橋作品をますます面白く読めるエッセイだと思います。もちろん、いち作家の旅のエッセイとしても面白い。読んでいると旅に出たくなります。
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by halca-kaukana057 | 2018-04-06 22:08 | 本・読書

Im ~イム~ 9

 新刊として出たのは1月だったか…春になる前に感想を書きましょう。


Im ~イム~ 9
森下 真/ スクウェア・エニックス、ガンガンコミックス / 2018

 人間をマガイ化する黒アザの出る薬を仕込まれ、アメン神官団本部の街は大混乱に。それぞれが戦う中、イムは「記憶抹消大魔法(ダムナティオ・メモリアエ)」を使い、街もマガイ化した人々も元通りにする。イムを「救世主」と崇める人々たち。だが、その後イムは倒れ、眠り続けてしまう。再び目覚めたイムを待っていたのは、知らない間に元通りになった街と、イムを「救世主」と呼び讃える人々だった。イムは3000年前、ジェゼルを助けようとした際、「記憶抹消大魔法」を使ったが、それ以後は使わないと決心していた。イムが眠り、記憶を失っている間、何が起きたのか。イムが覚えているのは、九柱神(エネアド)のアトゥムの「器」と会っていたこと。イムは九柱神に会いに行く。そこで、世界創世の神話の真実を知ったイムは…


 9巻も展開が早く、次々と新しい情報が出てきます。一度読んだだけでは覚えきれない、過去のエピソードや伏線を、なんだったっけ…と思い出すのも必要。濃いです。

 イムのおかげで、街も人々も救われた。「何も無かった」ことになった。その結果はよいことですが、イムにとっては信じられない、納得できないこと。イムも覚えていない。記憶に無い。「記憶抹消大魔法」を使ったのは誰…?ということで、その謎解きの旅に。
 その前に、イムはその謎を陽乃芽に話す。もうひとりの自分がいて、それが「記憶抹消大魔法」を使ったのではないか。また、何かが起き、皆の記憶どころか、皆の存在も消されてしまったら…そんな不安を、陽乃芽が吹き飛ばし、背中を押します。大神官で、誰よりも賢く、誰よりも強いイムにも弱みや悩みがあって、それを信頼している人に話すことが出来るようになった。いい友情です(陽乃芽にとっては「友情」ではなく…?)。そして、イムの本心。ジェゼルと仲直りがしたい。これらについては、9巻終盤でも出てきます。

 九柱神と会ったイム。そこで語られるのは、九柱神以前の創世神話。「混沌の八柱神(オグドアド)」、その守護神アポフィスと「記録者」月の神トト。あのアポフィスも神なのか…。そして、「記憶抹消大魔法」の本当の使い道も明かされます。淡々と語るアトゥムに、「神」であるアトゥムに対して怒りをぶつけるイムの言葉がすごくいい。
 イムは今度はトト神に会いに月の宮殿へ。トト神のこれまでと、イムやファラオたちに宰相として仕えていた大神官たちが何なのかが明かされます。そう来たか…。トト神と、イムの対峙。トト神は、あくまで中立で、世界を記録する。しかし、イムホテプは、「親友」ジェゼル王のために、「記憶抹消大魔法」を使った。中立になりきれてなかった…。イムが「お祓い箱」と呼んでいる「月光の魔水晶」の秘密も明かされます。たくさんの謎が明かされるのに、更に新たな謎、情報が出てくる。すごいなぁこの創作世界…。
 再びアポフィス登場。アポフィスがトト神に語ったのは、トト神には信じられないこと。トト神は中立の立場とはいえ、人間と同じように、人格、感情を持っている。イムとジェゼル、トトとアポフィス。「友達」のための戦いが始まります。

 読んでいる側も、イムの真実に混乱しますが、イムの周囲の人々も大混乱。ユート君ですら理解しきれない…。稲羽くんの言う通りなら(これが真実なのですが)、どうやってアポフィスを倒すんだ…?何かアポフィスの弱点、バグでもあるのか?
 そして、上述した、イムの本心、ジェゼルと仲直りしたい、ということも伝えられます。しかし、マガイに肉親を殺された稲羽くんや晴吾たちにとって、それは許せることではない。いくらジェゼルではなくアポフィスの仕業だったとしても、ジェゼルもマガイに関係していた。稲羽くんにとってジェゼルは許すことのできる人ではない。でも、信頼しているイムのことも思うと…。反発しても、「仲間」というつながりがそれを超えていく。かつては晴吾と対立していたイムですが、稲羽くんとも対立し、理解し合えた。ひとりひとりと、こういうシーンがあるのがいいですね。

 ラスト、また非常事態発生。ついにあの人が…!!この人にも悲しい思いのまま終わってほしくない。どうするんだ。10巻を待ちます。ついに10巻まで来たんですねぇ。

・8巻:Im ~イム~ 8
 この9巻は、さらに遡らないとイムの真実や本心にたどり着けません。本当に9巻は濃いです。
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by halca-kaukana057 | 2018-03-23 22:27 | 本・読書

天文学者の江戸時代 暦・宇宙観の大転換

 大分前に読み終わったのに、感想を書かずにいる本のひとつです…。


天文学者たちの江戸時代: 暦・宇宙観の大転換
嘉数 次人 / 筑摩書房、ちくま新書 / 2016


 江戸時代。日本の天文学は、それまでの中国からのものに加え、西洋の天文学も取り入れ、変化していった。暦の作成、日食や月食の観測と予測、月やさまざまな惑星の観測、最新の宇宙論。江戸時代に活躍した天文学者を紹介しながら、江戸時代に日本の天文学がどのような方向に進んでいったのかを俯瞰できる本です。

 江戸時代の天文学者というと、「天地明察」で有名になった渋川春海。歩いて海岸線を測量し、正確な日本地図をつくった伊能忠敬。また、天文学を推し進めた将軍・徳川吉宗などが出てくる。でも、それだけじゃない。江戸時代、日本の天文学はこうなっていたのかと、興味深い内容の本です。

 渋川春海に関しても、「天地明察」の範囲でしか知りませんでした…。史実ではあるけれども小説なのでフィクション、脚色も勿論入っている。この本では、渋川春海がどのように「貞享暦(じょうきょうれき)」や「天文分野之図」などを作っていったのか、ざっと書いてある。中国の暦や星座を用いてきたが、それを日本の地理に合わせたものに作り変えた。事実だけ読んでも、渋川春海のすごさを実感する。

 江戸時代の天文学者が次々と出てきます。以前、このブログでも取り上げたことがある麻田剛立も勿論登場します。数々の業績も素晴らしいのですが、麻田剛立のすごいところは、研究スタイルをオープンにしたこと。当時の学問は閉鎖的で、師に入門すると、学んだことは他人にも家族にも話さない、同門の者にも話さない、師に無断で著作物を出さないなど、門下だけでひっそりと研究を進めていた。一方、麻田剛立は、全てをオープンにしたわけではなかったが、大坂や日本各地の研究者を交流、議論するなど自分の知識を門下以外の人にも伝えていた。月食を観測していた際にも、見物人にも望遠鏡や観測機器を公開して、一緒に観測していたという。今では当たり前のようなことだが、当時は珍しいことだった。

 その、麻田剛立の弟子として紹介されるのが、高橋至時(たかはし よしとき)、間重富(はざま しげとみ)。高橋至時は、伊能忠敬の師匠。寛政の改暦、「ラランデ暦書」の翻訳にあたる。江戸時代、どの科学分野でもネックになったのが、オランダ語からの翻訳だろう。「ラランデ暦書」の翻訳も難航した。
 また、この頃になると、地動説や、彗星の研究、天王星の観測もあった。

 江戸時代、鎖国のため、西洋の学問はなかなか入ってこない、そのため、日本での科学分野での研究もなかなか進まない…というイメージを持っていた。語学の壁もあったが、思った以上に江戸時代の天文学はいきいきしていた。限られた中でも、試行錯誤や工夫、想像力をもって宇宙に挑んでいった先人たちのことを知ることができてよかった。

【過去関連記事】
天地明察
 小説の方です。コミカライズの感想もあります。
月のえくぼ(クレーター)を見た男 麻田剛立
 麻田剛立の児童向けの伝記です。児童向けですが、大人でも楽しめます。この本と合わせてどうぞ。

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by halca-kaukana057 | 2018-03-14 22:05 | 本・読書

【アニメ コミカライズ】宇宙よりも遠い場所 1

 読んで、感想を書いていない本もたくさんあるのですが、アニメが絶賛放送中、後回しにしていたらアニメが終わってしまうので、こっちを先に書きます。
 現在放送中のアニメ「宇宙よりも遠い場所」(「宇宙」は「そら」と読みます。公式略称は「よりもい」)の漫画版です。このアニメは小説や漫画などの原作のないオリジナルアニメ。なので、この漫画の原作はアニメです。アニメが原作です。



宇宙よりも遠い場所 1
よりもい:原作 / 宵町めめ:漫画 / KADOKAWA メディアファクトリー、MFコミックス アライブシリーズ / 2018

 高校2年生の小淵沢報瀬(こぶちざわ・しらせ)の母・貴子は南極観測隊員だが、報瀬が中学生の時、南極で行方不明になった。母のいる南極に行きたい。その一心で、南極に行くための資金稼ぎのバイトに明け暮れる毎日。クラスメイトたちからは、南極なんて行けるはずがないと嘲笑され、友達もおらず浮いていた。バイトでついに100万円を貯め、通帳からおろしたお金を落としてしまった報瀬。学校のトイレで泣いていたところに、いつの間にかいたのは同じ高校2年の玉木マリ(通称:キマリ)。キマリが100万円を拾って、報瀬を探し当ててくれた。キマリに南極のこと、母のことを話し、母の著書「宇宙よりも遠い場所」を手渡す。それを読んだキマリは報瀬の南極行きのことを応援すると言い出す。それなら、一緒に南極に行こうと言う報瀬。だが、これまで、南極のことに興味は持っても本気で行きたいという人はいなかった。だが、キマリは…


 アニメは序盤はキマリの視点が多かったのですが、コミカライズは報瀬の視点。「南極」と呼ばれ嘲笑されるシーンや、多少なりとも人間不信だった報瀬はアニメではそんなに描かれないので、これはこれで面白いです。あと、報瀬が目指す民間の南極観測隊に関する事前情報も(アニメの2話の部分)。でも、基本的にアニメと同じです。アニメは毎回テンポがとてもよく、そして泣かせてくる。青春っていいなぁ、何かに向かって一生懸命になれるってキラキラしていていいなぁと思い、泣けてくる。アニメはそのテンポで観られるので爽快ですが、じっくり味わいたいシーンもある。漫画なら、自分のペースで味わえるのでそこがいいなと。

 途中から、南極を目指す仲間が増えます。キマリが資金稼ぎのために始めたコンビニのバイトの先輩、だけど同じ16歳の日向。高校は中退したが、既に高認はとっており、大学入試の模試はA判定。アニメでも、陽気でとても賢い、人生経験豊富な女の子です。ただ、アニメの2話に当たる部分で、日向にとって大事なキーワードが語られていない…。
 もう1人が、北海道に住んでいるひとつ年下の結月。小さいころから子役として活躍し、今はCDデビューもしたタレント。しかし、本人はその歌を気に入っておらず、仕事でこれまで友達がまったくいなかったことをとても気にしている。高校に入って、友達になってとクラスメイトに声をかけたものの…。南極行きのキーパーソンになる子です。途中から、報瀬から結月に視点が変わります。確かに、アニメの3話は結月視点じゃないとできない。友達に憧れ、でも出来なくて苦しむ結月の姿は辛いです。

 この作品を観ていると、皆、何かしらネガティヴな部分、暗いもの、「負け組」なところを持っている。そんな状況にあるけど言いたい奴には言わせておいて、がんばって夢を叶えて、バカにしている奴らに「ざまーみろ!」と言うのが目標だったり、足りないもの、欠けているものを手に入れよう、そんな自分になりたいともがいたり。そんな姿が自分(過去も現在も)に重なるところがあって、そこでも泣けてしまう…。

 アニメを観る前、アニメが気になっているけど観そびれたという人には、ちょっと説明が必要なところがあります。後でアニメも観るなら問題ありません。アニメを観て、漫画の視点も楽しみたいという人向けのような気がします。漫画だけ、はちょっと厳しいかもしれません。

 ちなみに、何故南極が「宇宙よりも遠い場所」なのか。宇宙飛行士の毛利衛さんが南極に滞在した際、宇宙ならロケット(毛利さんの時はスペースシャトルですね)で数分あれば行けるのに、南極は何日もかかる、宇宙より遠い、という言葉に由来しています。あと、物語の舞台は群馬県館林市。アニメのOPでも出てくるのですが、同じく、宇宙飛行士の向井千秋さんの出身地です。宇宙好きにもたまりません、このアニメ。漫画では館林が舞台ということが全くわからないので残念です。

TVアニメ「宇宙よりも遠い場所」公式サイト
 アニメを観て、漫画で補完して、楽しもうと思います。本当、毎週楽しみなアニメです。

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by halca-kaukana057 | 2018-02-26 22:57 | 本・読書

ヴィンランド・サガ 20

 19巻の感想を、この20巻の発売日に書いて、その後すぐ20巻を買って読んだのですが…感想を書くのは遅くなってしまいます。



ヴィンランド・サガ 20
幸村誠 / 講談社 アフタヌーンKC / 2017

 ヨーム戦士団の内紛に介入せよと、トルケルにクヌート王の勅令が下った。しかし、トルケルはクヌート王の命令など関係無く、ただ戦争をしたいと言う。一方のフローキ側のヨーム戦士団。ガルムがトルフィンではなく、ヴァグンを殺害してしまったため、厄介な展開に。要塞の地下牢に捕らえられたガルムは、同じく捕らえられているレイフ、エイナル、グズリーズと再会する。
 トルフィンはレイフたちと待ち合わせをしているオーゼンセに到着。ギョロからレイフたちが人質になったこと、ガルムがヨムスホルグに来いという伝言を聞かされる。やはり戦うしかないのか…。どうしたらいいか分からず呆然とするトルフィンに、ギョロが思いをぶつける。
 ガルムがヴァグンを独断で殺害してしまったことを、フローキ側はトルケルに釈明するが、トルケルは交渉決裂、と退ける。そして、フローキ側から放り出されたガルムはトルケルを挑発。トルケルはガルムと一騎打ちをすることになる…。


 本格的に戦争が始まりました。冒頭のクヌート王の言葉が印象的です。クヌート王も楽土建設のために何をするのか考え、動いているが、ヴァイキング、ノルドの戦士たちの考え方は変わらない。思う存分戦って死ぬ。ガルムも同じことを考えている。地下牢でガルムとグズリーズが会話していましたが、そのシーンにその考え方の違いがはっきりと表れていました。グズリーズにとっての「普通の生活」と、ガルムやノルドの戦士たちにとっての「普通の生活」とは何なのか。答えの出ない問題です。ただ、クヌート王は、王として、この方向に向けようとしています。トルフィンも目指す方向に向かいたい…けれども、トルフィンには足りないものが多い。まず、クヌート王のような権力がない(あれ?権力…?)。

 19巻の感想で、トルケルとガルムは似た者のように思えると書きましたが、全くの似た者同士でした。2人の一騎打ちはすごい。あのトルケルと互角に戦えるなんて。戦う前、ガルムはトルケルの年齢のことを言っていましたが、トルケルっていくつぐらいなんでしょう?ガルムはまだ10代?

 レイフさんたちが人質になったことを知らされたトルフィン。誰も殺さずに、レイフさん、エイナル、グズリーズを助けるなんて無理だ…と迷いますが、ギョロの言葉がはっきりと、でも重い言葉でした。理想は誰も殺さずに助けたい。でも、トルフィンやギョロにとって大事なのは誰か。助けなきゃいけないのは誰か。そして、助けられる力を持つのはトルフィンしかいない。過去を打ち消すのではなく、今自分が持つ「力」をどう使うのか、トルフィンにとってこれからの課題になりそうです。とはいえ、ヒルドさんが見張ってるんだよなぁ…。

 ヨムスホルグに捕らえられた3人に、味方が1人。トルフィンにとっても味方かもしれません。バルドル君も苦労する…。グズリーズはどうなってしまうのか。シグルドとトルフィンが再会…状況はこれはこれでよかったのかもしれない…。普通の状況だったら、シグルドは何をするか…。前向きなシグやん、「友達の多い」シグやん…重い展開の20巻で、こんなシグやんがいいキャラしています。グズリーズ、一気に大人になりましたね。美人さんになってきましたね。

 ヨムスホルグでの戦のシーン。ノルドの戦士たちの「普通の生活」と先述しましたが、ヨムスホルグのヨーム戦士団の兵士でも、トルケルやガルムとは少し違う人もいるのかもしれない。そんな描写がいくつか。戦争真っ只中の21巻でも、こんな描写があるかなぁ。

・19巻:ヴィンランド・サガ 19
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by halca-kaukana057 | 2018-02-18 15:53 | 本・読書

野尻抱影 星は周る

 この本は出た時から気になっていたが、すっかり忘れてしまっていた…。ようやく思い出して手に取りました。

野尻抱影 星は周る
野尻抱影 / 平凡社、STANDARD BOOKS / 2015

 「星の文人」「天文学者(てんぶんがくしゃ)」の野尻抱影の随筆選集です。野尻抱影の天文、星座、星のエッセイはいくつもでています。が、絶版だったり、なかなか手に入りにくかったり…。全集を出してほしい(例えば河出文庫の須賀敦子全集みたいに、手に取りやすい、手に入りやすいもの)と思っているのだが、この本のような選集もいい。装丁もきれいだし、野尻抱影と天文、星空のさまざまな接点が伺えるのがいい。

 これまで、野尻抱影のエッセイはいくつも読んできて、この選集でも出てきたものもあるし、読んだことがなかったものもあった。各エッセイの末尾には書かれた年とその時の年齢、底本一覧もある。持っていないものは全部読みたくなる。やっぱり全集がほしい…。

 この本を読んでいると、野尻抱影の「星の文人」としての偉大さを思い知る。神話、日本・世界各地でのその星座や星の呼び名、星座や星にまつわる民俗や慣習、文化、宗教、文学などなど。たくさんのことが、さらりと、かつ、慈しむように書かれている。知識をただ並べるだけでなく、実際に星空を見て、その印象とともに書いている。海外や、歴史での星の呼び名や文化に関しても、読んでいるとその場面を想像できる。人は星を見て、それを目印にしたり、吉凶を占ったりした。人間は星と共に暮らしてきた。それをじんわりと感じることの出来る、野尻抱影のエッセイが好きだ。
 「星は周る」にあるように、私も、星や星座を見て、季節の移り変わりを感じる。冬の星座が見えてきたことに、冬の訪れを感じたり、冬でも、春の星座が見えてくると春が近づいていることを感じたり。星はさまざまなことを教えてくれる。

 星、星座の話だけでなく、野尻抱影の愛用の望遠鏡「ロング・トム」のことや、プラネタリウムのことも書かれている。また、野尻抱影は登山も好きだった。登山に関するエッセイも収録されており、また抱影の一面を発見した。

 人間と共にある星や星空について書いたが、いい話だけではない。「星無情」では、極限のかなしみや苦しみの中で見る星について書かれている。地上、人間界で何が起こっても、星はいつも変わらずそこにある。ということを、どう感じるか、捉えるか。無情で冷徹とも感じられるし、希望にも感じられる。このエッセイを読んで思ったのが、東日本大震災の夜、停電した夜に見えた星空の話だ。いつもは明るい街灯やネオンで見えない星が見え、寒さ、恐怖や不安を抱えながらも、「星が見えるよ」とネットに書き込んだ人が少なからずいたという話。その話を、野尻抱影に教えたら、何と書くだろう。

 星は、人と人を結びつける。野尻抱影が星好きになったきっかけ(「星は周る」)も書かれている。さまざまな星好きな人たちのエピソードも語られる。抱影が教師をしていた頃、教えていた生徒との星の話、「初対面」では、星がきっかけで意外な人と知り合えたことも書かれている。まさに「君たちの賜もの」だ。

 星がますます好きになる、星を見たくなる本です。

【過去関連記事】
冥王星雑感 ~そう言えば野尻抱影…
天文・星座関連オススメ書まとめ

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by halca-kaukana057 | 2018-02-03 22:32 | 本・読書


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