カテゴリ:本・読書( 540 )

白河天体観測所

 数々の星座や天文の本を出版している藤井旭さん。その藤井さんたちが作った「白河天体観測所」という私設天文台がありました。所長の「天文犬」チロで有名でもあります。その50年を綴った本です。


白河天体観測所 : 日本中に星の美しさを伝えた、藤井旭と星仲間たちの天文台
藤井旭/誠文堂新光社/2015


 天文好きな美大卒の藤井さんは、雑誌のイラストを描いて生活しつつ、天文同好会の観測小屋で天体観測をする日々だった。しかし、天文写真を現像すると「光害」の影響で夜空が明るく写ってしまっていた。暗い夜空を求めて、藤井さんは福島の郡山へ。運よく就職先が見つかり、同じ頃、天文好きが集まる国立科学博物館の村山定男先生の研究室で、那須高原に山荘のような天文台を建てたいという話を聞く。口径30cmの反射望遠鏡のある天文台。星仲間たちも「光害」のないところで、観測できる場所を求めていた。村山先生と藤井さんたちアマチュア天文家が資金を出し合って、天文台作りが始まった。そして1969年、天文台は完成。その頃、偶然立ち寄ったデパートの犬の展示会で、北海道犬のメスの子犬を買うことになってしまった藤井さん。その犬を「チロ」と名づけ、観測には連れて行くようにしていた。観測所でも可愛がられたチロ。強く美しく成長したチロを、天文台の所長にしようと決めた。


 白河天体観測所と、チロのお話は「星になったチロ」「チロと星空」という藤井さんの著書にまとめられています。私もその本を読んでチロのことや白河天体観測所、後に始まったチロの星まつり「星空への招待」のことを知り、憧れていました。大きな望遠鏡があって自由に使えて、夜が遅くても観測所で寝泊りできるし、「アストロ鍋」のような美味しいものも食べられる。天文仲間もいるし、可愛いチロもいる。こんな天文台があるっていいなぁと思っていました。

 観測所での面白いエピソードも数多く綴られています。様々なお客さんや、チロや天文仲間たちの様々なエピソード、失敗談、山の中の自然のこと、観測所での困った出来事などなど。笑い話もあるし、「星見あるある」な話もあるし、不思議だなと感じる話も。観測所にやってきていた人たちにとっては、どれも大切な思い出話だろう。藤井さんの語り口調(文章)そのものが、それを物語っているよう。
 先述した「アストロ鍋」。星仲間たちはもちろん観測のために天文台にやってくるけれども、それ以上に、星仲間と集い、美味しいものを食べながらおしゃべりするのも楽しみ。星仲間の「たまり場」になっていた。観測所…「白河天体歓食所」名物の「アストロ鍋」は、やってきた星仲間たちが持ってきた各地の名産物など使ったり、なんでもありの鍋。本当に楽しそうだ。
 「歓食所」には海外の天文家もやって来る。さらには星新一他作家もやって来る。星新一のある独白には驚いた。さらに、天文家(後に博士号を取得)で宇宙飛行士の土井隆雄さんも、藤井さんの頼みでチロのステッカーを宇宙に持って行き、天文台に持って帰って来てくれた。そんなゲストたちの話も面白い。

 観測所はアマチュア天文家やプロの天文学者たちが集う天文台だったが、星見の楽しさを伝えようとしていく。会津磐梯山の山奥で、星好きたちが集まる星まつり「星空への招待」。1975年の夏から始まった。勿論チロは人気者。しかし、チロは1981年に亡くなってしまう。全国から、チロの死を悼む手紙や、香典までが届けられる。チロに会ったことがなくても、天文雑誌などで「星空への招待」のことや、チロのことを知り、私と同じようにいいなと思っていた星好き、星には興味がなかったがチロがきっかけで興味を持った人もいる。チロはまさに「天文犬」「アストロ犬」だったのだなと思う。

 その後もチロの遺志を引き継いでこうと、チロを記念した口径84cmの移動式の大望遠鏡を作ろうという計画が持ちあがる。私設天文台でのこの大きさはとても珍しい。科学館などの天文台でもこの大きさはなかなかない。しかし、チロのために、と星仲間たちは作ってしまう。必要なものの調達もうまい具合に進み、周囲の人々もいいタイミングで強力してくれる。星仲間もそれぞれの持っている技術で貢献する。白河天体観測所を作った時も、トラブルがあってもうまい具合に進んで行った。すごいなと思う。望遠鏡は無事に完成し、1986年のハレー彗星接近に合わせて、全国各地を走り回ることになった。さらには、南天の星空も観測しようと、オーストラリアに天文台建設の話が持ち上がる。「チロ天文台」と名づけられたその天文台でも、星仲間たちは美味しいものを食べて歓談し、観測しているという。

 そんな、白河天体観測所には、ある取り決めがあった。そして、2011年3月、東日本大震災。観測所は強い揺れを受け、望遠鏡は倒れ、建物も被害を受けた。さらに、原発事故の影響も受けてしまった。その取り決めと、震災でのダメージにより、白河天体観測所は2014年に閉鎖。何とも残念な最後になってしまった。自然の中で、宇宙という自然を観測してきた天文台が、地震という自然災害で被害を受けてしまう。天文台は人工の私設ではあるが、山の自然と共に観測を続けてきた。皮肉な最後でもある。

 白河天体観測所はなくなってしまった。しかし、「チロ」シリーズの本やこの本で、私設天文台のノウハウは伝えていける。日本の、世界のどこかに、星仲間が集う新しい天文台ができても不思議ではない。白河天体観測所のこと、チロのことをこの本が伝えていけばいいなと思う。チロと白河天体観測所は、今も私の憧れだ。
 「チロ」シリーズの本も再読しよう。
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by halca-kaukana057 | 2019-01-13 22:35 | 本・読書

夜想曲集

 少しずつカズオ・イシグロ作品を読んでいます。今回は、カズオ・イシグロの初めての短編集のこの本。

夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語
カズオ・イシグロ / 土屋政雄:訳 / 早川書房、ハヤカワepi文庫 / 2011

 ベネチアのカフェでバンドでギターを演奏していたヤネクは、アメリカ人歌手のトニー・ガードナーがいるのを見つけた。ヤネクの母はガードナーの大ファンで、ヤネクもガードナーの歌が大好きだった。共産圏出身のヤネクは、なかなか手に入らないガードナーのレコードを手に入れて、よく聴いていた。演奏後、ガードナーに話しかけたヤネク。ガードナーとヤネクはガードナーの音楽についての話で盛り上がっていた。ガードナーは妻のリンディとベネチアにやってきていた。リンディにも会ったヤネク。ヤネクはガードナーからあることを頼まれる…。(「老歌手」)



 これまで読んだ「日の名残り」「わたしを離さないで」とは雰囲気が違います。5つの短編、「老歌手」、「降っても晴れても」、「モールバンヒルズ」、「夜想曲」、「チェリスト」が収められています。舞台はイタリアだったり、イギリスだったり、アメリカだったり。イギリスでも、「日の名残り」や「わたしを離さないで」とは雰囲気の異なるイギリス。どれも独立した話ですが、2作品にある共通点があります。これを見つけた時はお互いの作品を別の視点からも読めるようで面白かった。

 副題にあるとおり、どの作品にも音楽が関係してきます。それと、「夕暮れ」。これはただの一日のうちの「夕暮れ」だけでなく、人生の「夕暮れ」でもある。何を持って「夕暮れ」と感じるかはそれぞれの作品の、それぞれの登場人物による。「夕暮れ」をどう解釈するかもそれぞれの登場人物による。昼間と夜の境目なのか、夜に向かっていく時間なのか、夜がやってきてもまた夜明けがくると思えるのか。そして、「夕暮れ」の余韻。夕暮れの時間帯は特に好きな時間だ。空は光と闇、青と橙と黒が混じりあい、月や星が見えることもある。音の伝わり方も昼間や夜と違った感じがする。昼間から夜へは急に変わらない。「夕暮れ」があって、徐々に変化していく。この少しずつの変化にも、それぞれの登場人物の解釈がある。

 特に好きなのが「降っても晴れても」。とにかくコミカル。
 アメリカの古いブロードウェイソングが好きなイギリス人レイモンド。友達のチャーリーの彼女のエミリも好みが同じで親しくしていた。大学を卒業しても3人の交友は続き、チャーリーとエミリは結婚した。レイモンドはスペインで英語講師をしていたが、久しぶりにチャーリーとエミリに会いにイギリスに行くことにした。ロンドンについて、レイモンドはチャーリーから相談を受ける…。
 話のテンポがよくて、様々な事件が起こる。その事件がコメディ映画を観ているかのようなコミカルさ。チャーリーもチャーリーだし(事をおおごとにしたのチャーリーのせいでは…?)、レイモンドもレイモンド。レイモンドが真面目にチャーリーの案を実行していく様がおかしくてたまらない。コミカルな物語の根っこには、チャーリーとエミリが抱えるある問題があった。その問題を心配するレイモンド。心配して、何とか問題を解決しようとするのだが…。この「降っても晴れても」の「夕暮れ」は、ドタバタと静かな夜の間。静かな夜には問題が顔を出すだろうけれども、「夕暮れ」の時間だけはその余韻に浸っていたい。そして、朝が来ることも確信したい…。そんな雰囲気。とても面白い。

 「夜想曲」もコミカルな展開の奥に、問題を抱えた人々の心理が細やかに描かれる。「チェリスト」は他の4作とはちょっと雰囲気が違う。音楽を演奏するとは何か、音楽家として生きるとはどういうことか、才能とは何かが描かれる。人生の「夕暮れ」はいつ訪れるかわからない。自分でも、「夕暮れ」だとわからないかもしれない。他人が見ないとわからないかもしれない。でも、それは他人からの視点であって、自分自身の視点はまた違う。「チェリスト」の主人公(語り手の「私」ではない)の才能とは何だったのか。音楽を演奏する上で、才能はあった方がいいと思う。努力や、教えを請う素直さ、細々とでも継続する力も才能に入るだろうか。でも、才能とは何なのか、どういうものを才能というのか。それを履き違えたら大変なことになる。主人公は、ある女性と出会うが、それはよかったのだろうか…と思う。

 色々な感情が交錯する「夕暮れ」時。そこには音楽があってほしい。余韻を味わうだけで無く、音楽に慰めてもらったり、支えてもらったり、包み込んでもらったり、とにかく音楽と一緒にいたいと思う。毎日何かしらの音楽を聴いている私はそう思う。
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by halca-kaukana057 | 2019-01-08 21:44 | 本・読書
 強い寒波の襲来で、とても寒いですね。年末年始は寒さが続く模様。こんな時にぴったりの漫画が出ました。しかも舞台はフィンランド!


ケサランなにがしとスープ屋さん 1
堀井 優 / マッグガーデン、BLADE COMICS pixiv / 2018

 フィンランドの田舎町。妹のティナはスープ屋さんを営んでいる。兄のニコラスは図書館司書。そんな2人の家に、ある冬の夜、不思議な白い物体が入って来る。博学のニコラスによると、ケサランパサランみたいだ、と。捕獲し、エサとしてマタタビをあげてみると…。2人は、育った生物を「ケサランなにがし」と名づけ、飼い始めた…。


 まず感想を一言。可愛い。そして癒される。
 ケサランなにがしがとにかく可愛い。ふんわり、モフモフで、のんびりしている。仕草も可愛い。ケサランパサランは日本の伝承だったのか。日本語の本を読んでいるらしいニコラスは、日本語がわかるのか?
 そして、ティナも可愛い。一人でスープ屋さんを営み、毎日スープやパン(フィンランドはライ麦パンと、「プッラ」と呼ばれる菓子パンやお馴染みシナモンロール)を仕込み、売っている。ニコラス曰く、よく働く。その通りで、毎日けなげに働いている。でも、苦しい感じは全く無く、スープ作りも楽しんでいる。そんなティナのもとにやってきて、ティナに懐いたケサランなにがし。ティナもケサランなにがしに癒され、可愛がっている。そんな2人の様がほんわかしていてまた癒される。アナログ(なのだろうか?デジタルでもアナログっぽく描けるんだろうか)な絵がまたいい感じです。

 舞台がフィンランドということで、フィンランドの食や生活、文化や自然も漫画の中にも、各話の合間のコラムにも出てきます。ここまでフィンランドの文化やライフスタイルを取り入れた日本の漫画(しかも最近の)はなかなか見ない。スープは「Keitto」このブログでもよく出てくる「Lohikeitto(サーモンスープ)」は定番。木曜日に食べるのが習慣の「Hernekeitto(豆のスープ)」は気になっていたんだ。スープは冬だけでなく夏も食べる。夏に合った「Kesäkeitto」の中身を決める話には、夏も夏らしいスープを食べるんだと知らなかったことも知れたり。ティナのお店でスープを食べたいと思ってしまった。フィンランド語も少し出てきます。のんびりとしたフィンランドの田舎町に、ケサランなにがしのふんわりとした雰囲気がとてもよく似合う。時に、森や湖などフィンランドの自然を感じられるシーンもあって、美しい。特に、湖で釣りをして、ケサランなにがしが空から湖と森を見ているシーン。ああ、フィンランドだなと思います。

 兄のニコラスもいいキャラしています。図書館の司書で、とにかく本が好き。夜は遅くまで本を読んでいるし、休みの日もやっぱり本。そんなに本を読んでいるニコラスなので、先述した日本語がわかっても不思議じゃない…。ニコラスとケサランなにがしは、ティナほど懐いている感じではないのですが、いい距離感でいい雰囲気。落ち着いて面倒も見て、ニコラスも癒されている。妹思いのいい兄です。
 ティナの友達のミルッカもちょっとだけしか登場しませんが、可愛い。ミルッカとケサランなにがしの関係もまたいい。

 今後、ティナがスープ屋さんを始めるきっかけや、フィンランドの文化などももっと紹介されればいいなと思います。この漫画は寒い日に、ストーブが効いたあたたかい部屋で、コーヒーを飲みながら読みたい。心もあたたまります。
 1巻の最後、ケサランなにがしに変化が…?このまま癒し系ほんわか路線で行って欲しいんだが…

 表紙カバーを外すと、Lohikeitto(サーモンスープ)のレシピもあります。私の作っているレシピとは少々違いますが、ほぼ同じです。ディルは乾燥したものが輸入食品店のスパイスコーナーに売っていると思うので、是非入手してください。ディルのある、なしで風味が全く変わります。
 一応、私のレシピはこちら:フィンランドのサーモンスープ「Lohikeitto」を作ってみた
 その時によって、材料の分量は変化します。
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by halca-kaukana057 | 2018-12-27 21:53 | 本・読書
 先日は恐竜の本ですが、今度はピラミッドの本。どちらも古の謎やミステリーに惹かれます。この本は単行本として出版(その時は別題)された時から気になっていました。

ピラミッド 最新科学で古代遺跡の謎を解く
河江 肖剰(ゆきのり)/新潮社、新潮文庫/2018
(単行本は2015、新潮社「ピラミッド・タウンを発掘する」)


 河江先生はピラミッド研究の第一人者・マーク・レーナー博士の元で学び、現在もピラミッド周辺にあった労働者達の住まいのあった地区「ピラミッド・タウン」を発掘している。NHKスペシャルや、「世界ふしぎ発見!」にも出演し、研究結果を番組で取り上げたり、番組でユニークな試みをしている。
 以前、クフ王のピラミッドで、宇宙線を使った透視によってピラミッド内に未知の巨大な空間があるのではないか、というニュースがあった。また、この本では取り上げていないが、ツタンカーメン王墓でも未発掘の部屋があるのではないかと、同じように宇宙線を使った調査で推測された。最新科学を使えば、遺跡の未知の領域も調べられるのか!と驚いた。ツタンカーメン王墓のほうは、詳しい調査の結果ない可能性が高いという結果が出てしまったが、こういう話には惹かれてしまう。また、ピラミッドに登ったり、ドローンでピラミッドを撮影したのも面白かった。ピラミッドは本当に不思議な遺跡だと実感した。

 この本では、ピラミッドについて、ありとあらゆる方向から解説している。ピラミッドをどうやって作ったのか…これはかなり難しい問題。でも、ピラミッドの建設方法の様々な説や、石をどんな道具でどのように加工していたかは興味深い。
 そして、どんな人たちが働いていたのか。ピラミッドの建設に携わったのは、奴隷階級の人々だったという話もよくある。が、こんな体力を要る仕事をするためには、十分な食料と安定した生活を保障する方が、人々は熱心に仕事に打ち込むのではないか…。確かに、劣悪な労働環境では、逃げ出す人も少なくないだろうし、十分な力も出せない。ピラミッドの周辺から発掘された集落跡「ピラミッド・タウン」で人々がどのような生活をして、どんなものを食べていて、どのようにピラミッド建設に携わっていたかの予想が面白かった。河江先生の師匠のレーナー博士たちが発掘している「ピラミッド・タウン」には、ツタンカーメン王墓のような財宝やファラオのミイラはない。古代エジプト考古学はそんな「宝物」の発掘だけではない、一般市民がどのように生活していたのか、その痕跡を発掘することも重要。そこから出てきたものがたとえゴミだったとしても、重要な生活の痕跡。そこが面白いなと思った。食べていたパンの再現も興味深かった。

 河江先生の師匠のレーナー博士が、これまでどのようにして「ピラミッド・タウン」の発掘にたどり着いたかの章もある。これには驚いた。レーナー博士が古代エジプトに興味を持ったのは、アトランティス大陸などの超古代文明からというのだから。科学の進んだ超古代文明のアトランティスの末裔が、古代エジプト文明を築いたというのだ。レーナー博士は最初は、アトランティスの痕跡を見つけようとエジプトにやってきた。しかし、レーナー博士がエジプトで惹かれたのは、土器や石器の欠片など、人々が生活した痕跡だった。そこで博士は180度転換して、厳格な実証主義の考古学者になったという。
 エジプト考古学者の父とも呼ばれる、フリンダーズ・ピートリー(ピートリ)も、最初は超古代文明的なピラミッドの存在に惹かれてエジプトにやってきた。が、ピートリーもピラミッドを丹念に測量するうち、実証主義に移っていったというから面白い。今まで、ピートリーがどのようにしてエジプト考古学の道を進んだのか知らなかったので、こちらも驚いた。古代エジプトの遺跡の実物は、想像するもの以上のものだったということなのだろうか。

 ピラミッドというとまず、クフ王、カフラー王、メンカウラー王の三大ピラミッド、その前の時代につくられた、ジェセル王などの階段ピラミッドが有名。その他にも様々なピラミッドがあり、ピラミッドが建設された場所もナイル川上流のスーダン北部まで広がっている。古代エジプトの王国の影響力の大きさを感じる。

 発掘を進める河江先生たちが、危機に晒された時があった。2010年に始まった「アラブの春」だ。エジプトを含め、中東は不安定な状態になる。発掘を進めたいが、身の安全が第一。当時の記録が生々しい。学術研究は、平和があってこそなのだと思う。


 発掘は進んでいる。発掘された遺構の分析、研究も進んでいる。とはいえ、わからないことは多い。壁画のヒエログリフを解読しても、様々な遺構を発掘しても、すべてがそのままその通りに出てくるわけではない。先日の「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」では、恐竜が栄えたのは6500万年よりも前。一方、古代エジプトで三大ピラミッドを建設していたのは約5000年前。恐竜の時代よりもずっと新しいのに、わからないことがこんなにあるのか…。過去を遡って研究することはいかに難しいのか実感しました。100年前のことでさえ、曖昧になっていたり、間違って伝えられていたりするのだから。人間の悲しい側面なのだろうか。どちらにしろ、わからないことがたくさんあるから、研究が面白い。そんな研究の一部をこうやって本で読んで学べるのもありがたいことだ。
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by halca-kaukana057 | 2018-12-20 22:04 | 本・読書
 NHKのラジオ「夏休み子ども科学電話相談」の、鳥の分野の先生としておなじみの川上和人先生。「はいどうもこんにちは川上でーす」の挨拶にはじまり、ユーモアを交えた軽快な口調で、鳥のことをわかりやすく教えてくれる先生です。その川上先生の本が話題になっているとのこと。まず、この本が文庫化されました。テーマは恐竜…?!川上先生が、恐竜をどう語るのか…?


鳥類学者 無謀にも恐竜を語る
川上和人/新潮社、新潮文庫/2018(単行本は2013年、技術評論社)

 かつて、地球で繁栄を極めていた恐竜。その恐竜から進化したのが鳥。恐竜は絶滅してしまったが、鳥類は現在も地球上のありとあらゆるところに生息している。ならば、恐竜の末裔の鳥類から、恐竜がどんな生物だったのか推測することができるのでは?ということで、鳥類学者の川上先生が、鳥類の視点から恐竜を語ります。


 「はじめに」で、こう書いてあります。
この本は恐竜学に対する挑戦状ではない。身の程知らずのラブレターである。(8ページ)
 こうあるように、この本は川上先生の恐竜への愛に溢れている。恐竜の種類、分類にはじまり、恐竜の生態について、鳥類と比較、鳥類から推測している。

 思えば、恐竜がいたことを示すものは、化石しかない。もう絶滅してしまっていないのだから。いくら鳥類が末裔で、爬虫類が恐竜に近い類だとしても、やはり違う。化石には皮膚や内蔵、骨格のなかった箇所は残らない。羽毛があったという説がどんどん広まっているが、色はわからない。卵は出てくることは珍しい。証拠が少ないのだ。
鳴き声は?
何を食べていたか?
繁殖はどのようにしていたか?
巣はどんなものだったか?
群れか単独か?
夜行性か?
毒は持っていたのか?…などなど、化石に残らないことの方が多く、恐竜の生態を解き明かすのに重要なことばかりなのだ。そんな恐竜のわからない点を、鳥類から分析する。とても興味深かった。鳥類のことも、恐竜のことも学べる。現在、地球上には様々なタイプの鳥類がいる。ペンギンやダチョウのように飛ばない鳥もいる。大きさも、食べるものも、行動時間も範囲も様々だ。きっと、恐竜も鳥と同じように様々なタイプの恐竜がいたに違いない。ちょっとした骨格の特徴から、似た鳥類を挙げて生態を推測する。数少ない証拠。人間の行動心理から犯人の人物像を推理する探偵のようだ。

 この本の面白さはそこだけではない。川上先生の文章がとにかく面白い。ジョークやユーモア、古いネタを交え(ネタの説明の脚注もあるw)、文章のテンポがとてもいい。いつの間にか惹き込まれている。堅苦しくなく、軽快。ラジオでの語りをそのまま読んでいるようだ。恐竜にも鳥類にも詳しくなくても、ユーモアたっぷりの文章で、ニヤリとしながらイメージがしやすい。この本を、公共の場で読むのはちょっと危険かもしれない。ニヤニヤしたり、吹き出しそうになったりする。そのくらい面白い。

 鳥は恐竜から進化した、ということで、始祖鳥など、恐竜と鳥類の間にあった恐竜についてはじっくりと語られる。どのくらい飛べたのか。羽は今の鳥類と同じか、違うか。身体の特徴は?逆に、今の鳥類になるために何が必要か、という視点も面白い。
 そして、恐竜の最大の謎と言えば、絶滅してしまったこと。どのように絶滅への道を辿っていったのか。一方で鳥類はどのように生き延びたのか。恐竜と鳥類の間にあった「恐鳥」の仲間たちはどうなったのか。逆に、鳥類と哺乳類が絶滅したシュミレーションが面白い。

 今、生き延びている鳥類の図鑑より、恐竜の図鑑の方が多いという事実には驚いた。この本で、恐竜も好きだけど鳥類も好きだと思えた。恐竜と同じ時代に生きた鳥類についての研究も、まだこれかららしい。どちらも、様々な化石が発掘されて、研究が進むことを願ってやまない。

 文庫版の解説は、同じく「電話相談」で、恐竜担当の小林快次先生。川上先生と小林先生が一緒になると恐竜から鳥の話になったり、鳥から恐竜の話になったり、名コンビになっています。川上先生からの恐竜への「ラブレター」を受け取り、小林先生も絶賛。しかし…小林先生も本当に文章が面白い。

 川上先生の本と言えば、「鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。」(新潮社)。こちらも文庫化を楽しみにしています。来年あたり出るかなぁ?
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by halca-kaukana057 | 2018-12-16 21:43 | 本・読書
 本屋で偶然見つけて、面白そうと買った本です。


星の文学館 銀河も彗星も
和田博文:編集/筑摩書房、ちくま文庫/2018

 星、天文、宇宙に関する文学作品35編を集めたアンソロジーです。宮澤賢治「よだかの星」、谷川俊太郎「二十億光年の孤独」といった有名作品から、川端康成、三島由紀夫、江戸川乱歩、茨木のり子、大江健三郎など著名作家の星・天文に関する作品。山口誓子、稲垣足穂、小松左京といった宇宙・天文を得意とする作家。森繁久彌、中村紘子のような意外な方まで。ありとあらゆる方向から、様々な作家たちが星や宇宙を語っています。

 トップバッターは山口誓子。以前、野尻抱影との共著「星戀」で、数多くの星や宇宙に関する俳句や随筆を読みましたが、トップバッターにふさわしいと思う。
 それぞれの星や宇宙への視点が違っていて、表現も様々で面白い。この本で、初めて名前を知った作家、名前は知っているけど作品を読んだことのない作家も少なくありません。その中から、いいなと思える作品もたくさん。こういうアンソロジーもいいですね。

 宇宙や星、天文について語ると言っても、幅が広い。特定の星(月、太陽、惑星、恒星、彗星)や天体(銀河など)について語るのか、七夕のような星にまつわる文化について語るのか。はたまた広い広い宇宙について語るのか。また、内容も、天体観測の話もあるし、童話や神話もあり、宇宙や天文にまつわる小説だったり。SFもある。占星術もある。作家によって、全部違う。夜空に輝く数多の星のようだ。

 面白いと思ったのが、まず稲垣足穂。めくるめくファンタジーのような幻想的な世界で、輝く星。文章も魅せる。
 寺山修司の「コメット・イケヤ」も面白かった。星を見る、ということは、目が見える必要がある。残念ながら、星には音(火球、隕石なら運がよければ音はするが)も、においも味もない。遠くにあるので触れない。しかし、この「コメット・イケヤ」では、盲目の少女が出てくる。星を見たことはないけれど、彼女は彼女の星・星座を持っている。寺山修司のイマジネーションは、独特で不思議だ。面白かった。
 小松左京は身近な視点から、一気に遠くの宇宙まで飛ぶ。小松左京の魅力だなぁと思う。江戸川乱歩も、推理小説のイメージが強いが、SFのような作品もいいなと思った。三浦しをんの作品も取り上げられていて嬉しかった。ある経緯で星を観に行った話。星空は、人間の純粋な面を見せてくれると思う。私自身、星空観望会をやっていても思うことです。

 荒正人「火星を見る」は、今年の火星大接近を思い出させる。いつの時代も、天体現象は人間を惹き付ける。村山定男先生の名前が出てきて、おお!と思いました。1986年のハレー彗星に関する作品も多い。
 天体観測の話では、ピアニストの中村紘子さんのエッセイに驚いた。旦那様が天体観測に興味を持ち、赤道儀付きの天体望遠鏡(「バケツみたいな」とあるので、おそらくニュートン式かカセグレン式の反射望遠鏡)を購入し天体観測をするようになった、という。中村さんが天体観測を趣味にしていたと知って嬉しくなった。
 俳優の森繁久彌さんも、天体望遠鏡を買って、家の屋根を「天文台」と呼んでいる。その「天文台」で見ようとした「ムルコス彗星」は、おそらく「パーライン・ムルコス彗星」。1968年を最後に観測された彗星だそうだ。このような著名人も星に興味を持っていたんだなと思う。

 星や宇宙は、見上げればそこにある。広大に広がっていて、謎ばかりだ。簡単に近づけないから、こんな文学作品がうまれたのだと思う。どんな風に星を見て、どんなことを考えるかは自由だ。天体観測の決まった形もないし、文学となれば本当に自由だ。文学でも、人類は宇宙に近づけるんだなと感じました。寺山修司の作品で思いましたが、「星を見る」方法はひとつじゃない。目で観るだけが星や宇宙を「観る」方法ではない。人類の、宇宙や星に対する興味や想像力を実感する一冊でした。

 「星の文学館」の他に「月の文学館」もあるとのこと。そっちも読んでみたい。
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by halca-kaukana057 | 2018-12-11 22:58 | 本・読書

Im ~イム~ 11 [最終巻]

 好きな漫画がラストを迎えるのは、感慨深くて、寂しいですね…。「イム」完結です。

Im ~イム~ 11
森下真/スクウェア・エニックス、ガンガンコミックス/2018

 ジェゼルのミイラ(遺体)を得て、復活したアポフィス。地上では、「マガイ・エネアド」が世界中を壊し、多くの人々が死んでいた。さらに、アポフィスは晴吾や稲羽、神官団の人々をマガイにしてしまった。皆を助けたいが何もできず、混乱するイム。しかし、陽乃芽だけはマガイにならなかった。陽乃芽は怒りセクメトの炎をアポフィスに放つ。陽乃芽は逆に攻撃されてしまうが、アポフィスは身体に違和感を覚える。一方、トトはアポフィスとの友情について考えていた。表に出てきたトトは、アポフィスと戦う、「絶交」することを決意する。

 ついに復活したアポフィス。しかも地上には巨大なマガイがいて、世界を破壊しまくっていた。ここまで来た神官団の者たちもマガイ化され、打つ手もなく…。マガイ・エネアド、勝てる気がしない…。しかし、陽乃芽という希望がいました。古代エジプト神話は、ひとつの物語にまとまっていない。様々な物語・説があり、神々もその物語ごとに数多く出てくる。アポフィスとセクメト神の共通点をうまく取り入れた感じです。アポフィスがジェゼル、セクメトは陽乃芽で、2人ともイム(トト)の友達。似た者でもある。イム・トトと友達になる対の存在のようにもなっています。この2人は後で重要な立場になります。陽乃芽の優しさと強さに爽やかな気持ちになります。

 イムにはまだ友達がいます。神官団の仲間たち。マガイにされてしまいましたが…その手があったか。全員で総攻撃する様はかっこいい。しかも、クレオパトラとラムセスまで。クレオパトラの言葉にじんと来ます。

 「絶交」からの仲直り。ジェゼルとイム、アポフィスとトト。ジェゼルとイムは、本当にここまで長かった。そして、11巻冒頭でも語られているのですが、ジェゼルは最後までジェゼルだった。アポフィスのことを、忘れられなかったのが切ない。

 もう1組、放っておいてはならない関係の者がいました。コンスとアトゥムの「器」。コンスは覚えていたんですね。

 壊滅状態の世界をどうするか…ラスト。平和な日常は、誰かによって守られている…。お別れのシーンはじんと来ます。そして…。以前出せなかった陽乃芽の「進路希望」がどうなってるか。嬉しくなりました。

 王道な友情と真正面からのぶつかり合い。友情の隣には、孤独があった。様々な理由で自ら孤独を選ぶ人は少なくないと思う。私もそんなことを思ったことがあった。でも、誰かが近くにいて、そのただならぬ孤独に気づいていることも少なくない。手を差し伸べれば、その手を受け止めれば、孤独は薄れるかもしれない。様々な友情のかたちを、見せてもらいました。後半、情報量が多くてついて行けない、何度か読まないと状況が読み込めないところもありました。あのスピードも必要だとは思いますが、付いていくのは大変だった…。古代エジプト神話が題材になっている、という理由で読み始めた漫画ですが、古代エジプト神話の幅の広さ、奥の深さも実感しました。普段はあまり読まない王道友情少年漫画ですが、楽しめました。ありがとうございます。

 番外編は、ジェゼル王子の事件簿。人々を助ける立派な王(ファラオ)になりたいジェゼル王子が、エジプトのある村のミステリーにイム(イムはあくまで「大神官イムホテプ」)と共に挑みます。イムは勿論、ジェゼルの未来を知っている。ジェゼルは知らない。無邪気で国民思いの優しいジェゼルが、切なくなります。

 表紙カバーは、全部読んだ後に外して下さい。読む前に外すとネタバレします…。

・10巻:Im ~イム~ 10
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by halca-kaukana057 | 2018-11-30 22:33 | 本・読書
 「刑事モース ~オックスフォード事件簿~」(原題:Endeavour)を観て、元々の「主任警部モース」シリーズ原作に興味を持ち、読みました。


ウッドストック行最終バス
コリン・デクスター:著、大庭忠男:訳 / 早川書房、ハヤカワ・ミステリ文庫

 夕闇に包まれたオックスフォード。ウッドストック行きのバスを待つ若い女性2人。バスはなかなか来ない。2人の女性のひとりはヒッチハイクすることを提案した。その夜、その2人の女性のうちのひとり、シルビア・ケイがウッドストックにあるバー「ブラック・プリンス」で殺されていた。捜査を始めた刑事部長のルイスと主任警部のモース。もうひとりの女性は一体誰なのか。ヒッチハイクで2人を乗せたのは誰なのか。そして犯人は誰なのか…。

 まずはじめに書いておくと、私は若いモース、ドラマ「刑事モース」から入りました。「主任警部モース」のドラマは観ていません。なので、モースのイメージは、若いモース(ショーン・エヴァンスさんの演じる)しかありません。
 若いモースが将来(実際には、主任警部になったモースが元で、そこから派生したのが前日譚の若い「刑事モース」)こうなるのか…と思いながら読んでいました。クロスワードとクラシック音楽(特にワーグナー)が好きなのは変わらない。若い頃も飲酒はしていましたが、将来はそれ以上に。タバコも吸うようになった。そして未婚だが、女好き、女性を口説くようになった。このあたりは情報は仕入れていましたが、実際に小説で読むとちょっとショック…。特に酒の量はかなり増えている。しかも、捜査中、モースは飲んでおいて、ルイスは仕事中だからと飲ませない。何て奴だと思ってしまった。
 その一方で、推理の鋭さは増したと感じます。若いモースも鋭いけれども、思い込みの激しいところもあり、その思い込みのまま突っ走って、犯人じゃない人を犯人だと言ってしまうこともある。主任警部のモースは、複雑な事件で数多くの証言者の言葉に翻弄されかかることもありますが、落ち着いて、そして一気に犯人をあぶりだしていく。この過程にはしびれました。集まってきた事件の断片をひとつひとつ繋ぎあわせて、そこからひらめいて次の断片もイメージできるようになる。クロスワードパズルと同じだなと思いました。

 事件の関係者たちが嘘をついている。誰かを守るために。どの証言が嘘なのか。それの裏を想像しながら読むのは難しかったですが面白かった。モースとルイスは関係者たちとじっくり話をして、誰が嘘をついているのか見破ろうとする。捜査の過程で、明らかになっていく事件当日の殺されたシルビアと関係者たちの足取り。シルビアと一緒にいたもうひとりの女性は誰なのか。これが本当に最後の最後までわからなくて、明かされた時はそうだったのか!と衝撃を受けました。

 捜査の途中で、事件が急展開する。シルビアの殺人も惨劇だが、その急展開の事件も惨劇で、胸が痛む。事件の結末を知ると、その惨劇が本当に残念に思う。

 モースの推理も面白いが、モースのアシスタントとして動くルイスも魅力的だ。モースに翻弄され苛立つこともあるが、モースと同じように聞き込みを丁寧にしていて、仕事熱心で家族思いでもある。奇人?変人?なモースに対して、堅実なルイスはいいコンビだと思う。

 若い「刑事モース」でも描かれる、オックスフォードの町並み。自然と大学。映像はないけれど、描写は美しいなと感じました。
 「刑事モース」と関係はないのかと思ったら、ほんの少しだけですがありました。「刑事モース」に出てくるある人の将来。「刑事モース」の話の流れから納得はできますが、そうなのかと。今後の原作にも出てくるのかなぁ。今回は本当にチョイ役なので、今度はもっと出番が増えて欲しいな。

 「刑事モース」同様(「刑事モース」の脚本は、必ずデクスター氏に読んでもらっていて、カメオ出演もしていた)、人間関係が複雑で、誰が誰なのか、誰と誰がどんな関係なのか、わからなくなることがしばしば…。ドラマだとそのまま流して最後まで観てしまっていたりしますが、本だと自分のペースで何度も読み返せていいです。「主任警部モース」シリーズも、これからも読み続けたい、シリーズ読破したいです。

 なのですが、シリーズ2作目以降はほぼ絶版で入手困難。古本屋を探してみたがない。この本は2018年に新版が出版され、著者紹介の下の「コリン・デクスターの本」には、この「ウッドストック~」しかない。早川書房の公式サイトで検索してみても、やっぱり「ウッドストック~」しか出てこない。早川さん、2作目以降、「主任警部モース」シリーズはどうするつもりなんでしょう?全部新版をこれから出す予定なのだろうか。出してください、読みたいんです。買いますから、読みますから。

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by halca-kaukana057 | 2018-11-18 22:36 | 本・読書

ヴィンランド・サガ 21

 そろそろこの間読んだ「ヴィンランド・サガ」最新刊の感想を書こうかな…と思ったら、発売したのは8月下旬だったことに驚きました。そんなに前だったっけ?!本を買っても読まずに積んでおくことを「積読」と言いますが、私の漫画の場合、読んだ後そのまま積んでおいてます…。


ヴィンランド・サガ 21
幸村誠/講談社、アフタヌーンKC/2018

 戦いの中にある、ヨーム戦士団の本拠地、ヨムスボルグ。砦から脱出する途中に傷を負ったレイフ。レイフを戦場から遠ざけるためトルフィンとエイナルはトルケルに話すが、相手にしてもらえない。砦の中にはグズリーズが取り残されている。グズリーズを助けるために再び秘密の井戸の通路から砦に侵入するトルフィンとエイナル、ヒルド。その後を、トルケルの手下であるアスゲートに命じられ、シグルドが追っていた。砦の中に侵入したトルフィンたちとシグルド。トルフィンたちはバルドルのもとへ案内され、グズリーズと再会する。どうやって砦を抜け出すか…そこへ、フローキがやって来る。一方、シグルドは…。砦の外では、ガルムが…。


 21巻の山場はトルフィンとフローキの対面。トルフィンは19巻で、父・トールズを殺したのはフローキだと知ります。トルフィンの表情、感情が一気に変化する。もう自分から人を殺す戦はしない。仲間を守るためであっても人を殺すことはしない。どんな時も、そういう立場だったトルフィンですが…。アシェラッドのもとでトールズの仇を討とうとしていた少年の頃のトルフィンとも違う。あの頃も殺気に満ちていたが、このフローキに会ったトルフィンは全然違います。これまで積もり積もった父への想い、真実を知った衝撃。その全てが、恨み、怒りとして暴走している。こんなトルフィンは初めて見る。バルドルの言葉も重い。まだ少年だというのに、祖父がどんな人間か知っている。知っているからこそ、バルドルも戦士団を継ぎたくないし、戦もしたくないのだと思う。

 「元気君」シグルドは、トルフィンの後を追って砦の中へ。しかし、兵士に見つかってしまい大変なことに。コミカルな部分もあるのですが、かなりやばい状況です。そんな状況で、シグルドの手下の太っちょさん(名前がわからない…すみませんw)が、鋭い質問を。シグルドは本当はグズリーズのことを好きではないと指摘。それに続く言葉。
シグやんが本当に望んでいることはなに?
本当に望んでいることをしなよ
そのほうがグズリーズさんもシグやん自身も幸せになれるよ
たぶんね
(78ページ)
 この言葉が、後半、終盤のシグルドを変えた、のか…?

 砦から脱出する方法を探り、ある手に出たトルフィンたち。砦の中は大変なことに。でもうまくいくんじゃ…と思っていたら、この人の登場…ガルムです。本当にタイミング悪い奴だな!シグやんピンチ。どうなる!

 シグルドへの鋭い質問もそうですが、砦の中で処刑された名もなきヴァイキングの兵士の会話もポイントです。20巻同様、ヴァイキングたちの中にも、自分たちの生活、生き様について、「これでいい」と思っていない者もいる。これが、トルフィンたちをヴィンランドへ向かわせる動機となるはずなのですが…まだまだ長そうです。まずは、ヨムスボルグを無事に脱出できるのか?21巻に続く。

・20巻:ヴィンランド・サガ 20

 ところで、帯にも書いてあるのですが、「ヴィンランド・サガ」アニメ化決定です!!
コミックナタリー:「ヴィンランド・サガ」WIT STUDIO制作でTVアニメ化、幸村誠も歓喜
◇アニメ公式サイト:アニメ「ヴィンランド・サガ」
 いつかはアニメ化するだろう…でも、血がいっぱい流れる、残虐なシーンが沢山、物語も長い(トルフィンの少年時代だけで終われない)ので、アニメ化は難しいだろうと思っていたのですが…本当にアニメ化しますか!来年放送予定。動くトルフィンやアシェラッド、少年時代の美少年クヌートを観たいです!ユルヴァちゃんも観れますね!
 アニメ公式サイトでは、幸村誠先生と、籔田修平監督の釣りをしながらの対談が面白いです。

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by halca-kaukana057 | 2018-10-31 22:47 | 本・読書
 本屋で見つけて気になった本です。この頃、ハヤカワノンフィクションはよくチェックします。


羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季
ジェイムズ・リーバンクス:著/濱野大道:訳/早川書房、ハヤカワ・ノンフィクション文庫/2018


 著者のジェイムズ・リーバンクス氏はイギリスのイングランド北西部、湖水地方で羊飼いをしている。家は、600年続く羊飼いの家系。物心つく頃には、祖父が営む農場の仕事を手伝っていた。父も農場で働いている。
 ジェイムズ氏にとって、農場と羊飼いの仕事が生活のすべてだった。しかし、年齢が上がるにつれて、現実が見えてくる。中等学校では、農場の家の子どもであることはバカにされる理由だった。学校の授業でも、湖水地方や羊飼いの歴史などには触れない。ジェイムズ氏は落ちこぼれ、学校から自ら去った。
 その後は農場の手伝いをしていたが、祖父が倒れ、他界した。祖父の農場を相続すると言うことは、借金など難しい問題を含んでいた。それで父と対立、ジェイムズ氏はそのころ読み始めた数々の本に惹かれ、学問の世界へ自ら向かうことになる。教育センターに通い、大学受験を目指す。それもオックスフォード。ジェイムズ氏はオックスフォード大学に入学する。


 タイトルと表紙カバー写真に惹かれて買った本だが、いい意味で期待を裏切られた。のどかな牧場で羊たちに囲まれ、のんびりとファーマーの生活とイギリスの湖水地方の美しい自然を楽しんでいる…という内容の本ではない。羊飼いの仕事はとてもハード。趣味で飼っているわけではない。生活の糧である。育て、競売に出し稼ぐ。出産シーズンは大変だ。羊飼いの仕事の現実を隠すことなく書かれている。口蹄疫の流行の惨劇もリアルに描かれるし、血が流れることもある。全てそのまま書いている。理想郷のような癒し系の文章よりも、現実をしっかりと受け止め正直に書いている内容に好感を持った。

 農場の男は、本を読むものではない、とこの本で出てくる。本を読むのは仕事を怠けている証拠。本を読む暇があったら働け。羊飼いの男に学問は必要ない、という考え方だ。ジェイムズ氏も、子どもの頃はそんな風に育った。しかし、祖父の死後、父と対立した頃、母方の祖父が遺した本を読み漁るようになる。その本の中に、ウィリアム・H・ハドソン「ある羊飼いの一生」という本があった。その本は、ジェイムズ氏にとってかけがえのない本になる。この本も、その「羊飼いの一生」を意識したのだろう。

 イギリスの湖水地方と言えば、「ピーター・ラビット」のビアトリクス・ポターによるナショナル・トラスト運動がある。学校で習ったのを覚えている。「ピーター・ラビット」などの絵本作家というよりも、ファーマーで自然を保護する活動をした人として知られているそうだ。農場のこともよく知っている。農場を舞台にした絵本も描いている。こんな一節がある
「ポターの作品がいまだ高い人気を誇るという日本では、スミット・マークなどのエピソードは読者にどう受け止められているのだろう?」(380ページ)
絵本よりも、ピーター・ラビットはキャラクターとして愛されている…という日本の現実を申し訳なく思った。
 他にもワーズワースなど湖水地方を描いた作家も登場する。文学方面からのアプローチも出来るのはありがたい。

 オックスフォード大学に進学しても、羊飼いの仕事から離れたわけではない。休みになると湖水地方に戻り、農場を手伝う。大学卒業後、農場に戻ったが、ユネスコ世界遺産センターの「エキスパート・アドバイザー」として観光が地元共同体に利益をもたらす仕組み作りの仕事もしている。インターネットの発達によって、農場の仕事と掛け持ちすることができるようになった。600年続く農場も、新しい変化を受け入れ、また続いていっている。

 羊飼いの仕事は厳しい。でも、羊飼いたちは品評会や競売で勝ち取った賞のプライドを持ち、厳しくも美しい自然の中で羊たちを育てている。オックスフォードで学んだことも、羊飼いの仕事も、自分で選んだ。自分で選んだからこそ、この本に書いてあることは力強い誇りに満ちている。大学を卒業し、戻ってきた時の箇所がいい。
 眼のまえにそびえる湖水地方のフェルを眺め、ついに家に戻ってきたのだと実感した。フェルが友達のように私を取り囲んでいるくれているような気がして、拳を宙に突き上げて叫んだ。「やっと帰ってきたぞ!」
(277ページ)
 目の前にあるものを受け入れ、果敢に人生に挑戦もする。そんな生き方に触れられる本です。文章もすっと入ってきます。

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by halca-kaukana057 | 2018-10-29 22:23 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


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