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音楽嗜好症(ミュージコフィリア) 脳神経科医と音楽に憑かれた人々

 よく、本屋で見かけて面白そうと思ったのに、手持ちがなかったとか様々な理由でその時はその本を買えず、そのまましばらく経ってしまった…ということがよくあります。この本もそう。


音楽嗜好症(ミュージコフィリア): 脳神経科医と音楽に憑かれた人々
オリヴァー・サックス:著 / 大田直子:訳 / 早川書房、ハヤカワ・ノンフィクション文庫 / 2014

 このブログに書いてある通り、私は音楽が好きだ。毎日のように、何かしら音楽を聴いている。聴きたいラジオやオンデマンドがあればそれを聴く。テレビのクラシック番組(主にEテレ「クラシック音楽館」)も観る、聴く。買ったばかりのCDや、何度も聴いてお気に入りのCD、音楽配信サービスも使っている。コンサートも興味のあるものがあれば行く。聴くだけじゃなくて、声楽のレッスンに通って歌っている。声楽を始める前は、子どもの頃中途半端に習ったピアノを弾いていた。クラシックだけでなく、様々なジャンルの音楽を聴いている。
 何故そんなに音楽が好きなのか。聴いてしまうのか。私自身にもわからない。別に家族が音楽好きで音楽に詳しかった、というわけでもない。むしろ音楽はあってもなくてもいい環境。子どもの頃から音楽は好きではあった。でも、ピアノは練習嫌いで苦手だったし、音楽の授業でも成績はすごくよかったというわけではない。ただ、音楽が好き、というだけだ。

 この本の著者のオリヴァー・サックスさんは、イギリス生まれのアメリカの脳神経科医。数多くの患者の中には、音楽に様々な反応をする人が少なからずいる。そんな患者たちの音楽との関係について、脳科学、脳神経学の面から書いた本…と書くと難しそうに思えます。実際、本を店頭でちょっとペラペラとめくってみた時には、文字もギッシリ、ページも多い、脳神経学って難しそう?と思いました。しかし、読んでみると面白い。どんどん読み進めてしまう。サックスさんの文章もユーモアたっぷりで面白いし、患者たちの様々な症例に頷いたり、驚いたり。冒頭で、アーサー・C・クラークのSF小説で、音楽と地球の人類について宇宙人が理解できないという話を出していたが、人間にとって音楽とは何なのだろうと、読んでいるうちにどんどん謎が深まってしまう。

 よく、音楽は心を癒す、という。私も音楽に癒される、慰められることはよくある。癒されたい時、慰められたい時はこの曲を聴く、と決まっている。この本でも、様々な病気は持っているけれども、癒されるどころではなく、音楽に助けられている患者の症例があげられている。脳の障害を持ってしまい、記憶することができない、記憶を失ってしまった人だが、バッハのピアノ曲を演奏することや、合唱で歌うことはできる、と。うまく話せない障害の人が、言葉にリズムやメロディーをつけるとうまく話せるようになる。言葉の意味はわからないが、その言葉を意味する歌なら歌える(例えば、クリスマスの意味はわからなくても、クリスマスソングは歌える)。音楽が言語のような役割を果たしている。

 一方で、音楽が生きる上で妨げになってしまうこともある。脳を怪我したり、脳卒中などの病気にかかったあと、それまで楽しめていた音楽が楽しめなくなってしまった、感動することがなくなってしまったという例がある。脳の病気で、元の音楽と音程がずれて聞こえてしまうようになってしまった人もいる。さらには、特定の音楽を聴くと、発作を起こして倒れてしまう、てんかんの発作が起きてしまうという非常に困った例もある。よく、特定の音楽が脳内エンドレスリピートしている、というのもよく聴くが、脳内でただ単に鳴っているのではなく幻聴として聞こえていて、それが止まらない、止められないことも困った一例だ。完全な失音楽症になると、音楽を音楽として認識できなくなる。どんなに簡単なメロディーでも、それを何度聞いても、その曲だと認識できないのだそうだ。こうなると怖くなってくる。
 音楽と脳の関係で、絶対音感や、共感覚のエピソードもある。更には、2000曲のオペラを正確に記憶しているという例もある。とてつもない。

 この本が面白いのは、その症例の場合、脳のどの部分がどのようなはたらきをしているかについて解説している。脳科学、脳神経医学に詳しくなくても、分かりやすく読みやすく書いている。音楽を感じるのは耳だが、それを処理するのは脳。人間の脳は、音楽にポジティヴにもネガティヴにも反応してしまう。音楽は脳から生まれたのか、脳があるから音楽が生まれたのか…ニワトリとたまごみたいな話も思ってしまう。脳の複雑さに驚き、音楽を聴くということも単純なことではないとこの本を読んで思う。音楽は芸術でもあるし、科学でもある。医学でもある。音楽と脳により興味を持つとともに、音楽というものがますますわからなくなる本でもある。
 もう一度書く。人間にとって、音楽とは何なのだろう。こうなると脳科学ではなく哲学になってしまう。でも、脳にとっても、音楽は単純なものではない。いつもは、何かしながら音楽を聴いていることも多いし、音楽を聴きながら眠ってしまうこともある。そんな適当な向き合い方ではなく、もっと音楽に正面から…正面だけで無く、様々な面から向き合おうという気になる。音楽が何なのか、謎は深まるばかりだが、音楽により魅了されることは確かである。私も「音楽に憑かれた人」のようだ。

 この本の中で、オリヴァー・サックスさんの他の著書も登場します。「火星の人類学者」「妻を帽子とまちがえた男」(どちらもハヤカワ・ノンフィクション文庫)など。他の著作も読みたくなりました。

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by halca-kaukana057 | 2018-09-18 22:09 | 本・読書

星戀 (ほしこい)

 昨日は「伝統的七夕(旧暦の七夕)」。新暦の七夕では織姫・彦星、天の川は夜遅くならないと南中しない。また、梅雨の真っ只中で雨のことも多い。満月で星があまり見えないこともある。ということで、旧暦の七夕であれば、織姫も彦星も天の川も夜の早い時間から楽しむことが出来るし、月は上弦の月で星見に邪魔しない。ということで、国立天文台がはじめとなって、普及しつつあります。でも、昨日は雲が多く星見できませんでした。今日は快晴、上弦の月も、木星、土星、火星も見えています。火星は日没の時間から南東の空に明るく輝いて、すぐにわかりました。そんなに明るいんです。
 そんな、星見の気分をさらに上げてくれる本がこちら。

星戀
野尻 抱影 / 山口 誓子/中央公論新社、中公文庫/2017

 「星の文人」「天文学者(てん ぶんがくしゃ)」の野尻抱影のエッセイに、山口誓子の星の俳句を組み合わせた本。出版された時、こんな本があったのか!!と思いました。
 戦後、真っ暗な気分を星で晴らそうと星や天文の随筆を書き続けた野尻抱影。そのうち、山口誓子の星の句を借りられないかと思うようになったそうだ。すると、山口誓子は快く応じ、発表済みの星の句だけでなく、未発表作まで寄せてくれた。山口誓子から星の句が届くと、それに対照した随筆を書いていったそうだ。1954年に出版された。今回の版では、追加した部分もある。再出版して下さってありがとう中公文庫さんと伝えたい。

 「星戀」…星に恋する、なんと素敵な、ロマンティックな響きだろう。野尻抱影は「やや気恥ずかしい」と書いているが、これ以上ないタイトルだと思う。2人とも、星に魅了され、星に憧れ、星と文学を融合させた。エッセイ、俳句という形で、星への憧れ、想いを表現する。俳句も、エッセイも、星への愛情に満ちたものになっている。

 冬の憧れの星であるカノープス(南極老人星)だが、イギリスでは秋の唯一の一等星・みなみのうお座のフォーマルハウト(北落師門)が、高度8度ほどにぽつんと光っていて、南の空への憧れと鳴っているそうだ。秋の星空のにぽつんと明るく(といっても、他の一等星よりは暗め)輝くフォーマルハウトを見つけて、上へ登っていくとみずがめ座にたどり着く。虫の音を聴きながら、そんな秋の星空を楽しむ…といったところなのだが、イギリスでは日本と違うことに、言われてみればそうだけど、驚いた。確かに北欧へ行けば北極星は真上だし…。
 野尻抱影は日本だけでなく、世界の民間に伝えられている星の名前や独特の星座を蒐集した。日本は東西南北に長い国なので、北海道と沖縄では見える星が違う=呼び名なども異なる。世界へ広げればその土地に根ざした呼び名になる。星がその土地の文化や民俗そのものを表している。それは今までの野尻抱影の本を読んできて思ったが、星にまつわる文学も、その国、その土地から見える星が元になっており、その土地の文化などを表現しているのだなと思った。

 俳句はエッセイのように詳しく書けない。でも、限られた中での表現は、想像力をかきたてる。言葉数少ないからこそ、伝わってくるものもある。山口誓子の俳句は今まであまり読んだことがなかったが、楽しく読んだ。こんなに沢山の星や宇宙に関する俳句を書いていたのは知らなかった。2人の、2つの表現方法で、また星の見方が広がった。

 こういう本がもしまだ眠っているのなら、再出版をお願いしたい。
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by halca-kaukana057 | 2018-08-18 21:42 | 本・読書

天文の世界史

 火星の大接近と夏の夜の惑星祭り、ペルセウス座流星群と様々な天文現象があり、今年も何かと天文・宇宙は話題になっています。これまで、様々な天文・宇宙本を読んできましたが、その宇宙を人類はどのように見つめてきたのか。ルーツ、歴史を紐解いてみたいと思いません?ということでこの本。


天文の世界史
廣瀬 匠 / 集英社、集英社インターナショナル、インターナショナル新書 / 2017

 天文学の歴史というと、まずメソポタミアやエジプトと言った古代文明のもとで生まれた天文学に続いて、西洋の天文学の歴史について語られる。あと、アラビアの天文学。しかし、インドや中国といったアジア諸国でも天文学は進歩していった。古代マヤでも天文学は進んでいた。世界史は世界史でも、天文学の世界史、人類が宇宙をどう捉えていたのか、その歩みを辿る本です。
 著者の廣瀬さんは、アストロアーツで働いた後、天文学史の研究へ。古代・中世インドがご専門。ツイッターをやっていた時、フォロワーさんでした。何度か言葉を交わした方が本を出されている…不思議な世の中です。

 身近な太陽、月、地球に始まり、惑星、星座、流星や彗星、銀河などの記録や民俗、文化などなど。時間、年月日の概念と誕生、暦の作成…宇宙、太陽や月、星(星座)はそれらを生み出してくれた。運行に規則があって、一定である。そこから、権力者が変わり無く、絶え間なく、統治できるかという指針にもなった。動きが一定でない惑星や、彗星、超新星などは不吉とされた。星占いもそこから発展した。人類が宇宙の中で生きてきた、宇宙があって人間の生活や文化が生まれ変わっていったことの証でもある。現代人の多くの人は、天文現象があれば何だかんだと騒いで空を見上げるが、古の人々にとって宇宙は、もっと身近で、もっと見続けていたものなんだろうなと思った。昔は夜はこんなに明るくはないので、もっと星や月を見えたのもあるのかな、と。

 地域によって、星の見方も違う。メソポタミアの流れにある西洋の星座と、中国の星座は違う。でも、似ているところもある。星の並びが印象的なものだと、どこの地域でも結び方は同じになってしまう。星座だけでなく、太陽や月、暦、惑星などに関しても。インドについては今まであまり知らないことが多いので、興味深かった。

 近現代の天文学についても書かれています。望遠鏡の発達により、遠くの銀河や星雲なども観測できるようになった。天の川についても、銀河だったとわかる。さらには相対性理論、暗黒物質、ビッグバンと今現在も研究が続いている天文学、物理学に繋がる。遠くの宇宙が見えるようになれば、また謎が生まれる。新しい発見があれば謎も生まれる。天文学の歴史はその連続。今、研究している宇宙の謎が解けたら、また新しい謎が出てくるのだろうか。とても面白いです。

 新しいことだけではない。244ページの「「天文学の歴史」を疑うことこそ理解への第一歩」とあるように、天文学の歴史も諸説ある。ある概念が時間を経て、違う概念に変わってしまったことはよくある。過去も知ればまた謎や疑問、噛み合わないことが出てくる。専門家でない限りなかなか文献を探すのは大変だが、色々な説や文献に触れて、天文学の多様性を実感する。天文学の歴史の膨大さも、宇宙のように広がっているのだなと感じました。すごいね。

 宇宙天文についての基礎についても書かれているので、宇宙天文+天文学史の入門書になると思います。内容はちょっと難しいところもありますが、文章も親しみやすいと思います。


【過去関連記事】
天文学者の江戸時代 暦・宇宙観の大転換
カリスマ解説員の楽しい星空入門
「ブルームーン」とはそもそも何ぞや

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by halca-kaukana057 | 2018-08-11 22:22 | 本・読書

マーラーを語る 名指揮者29人へのインタビュー

 クラシック音楽を聴くようになって10数年ぐらい(大人になってからなので、全然日は浅い)になるが、なかなかお近づきになれない作曲家が何人かいる。そのひとりが、グスタフ・マーラー。クラシックを聞き始めた頃、交響曲が苦手だった。「重い」「長い」「難しい」から。マーラーの交響曲はまさにそのどれにもあてはまる。しかも、マーラーといえば交響曲が圧倒的に演奏回数が多い(歌曲や室内楽もあるのに)。指揮者、オーケストラの「勝負曲」になることも多い。事あるごとにマーラーは演奏されている。聴く回数が増えて、以前よりはマーラーを好きになれたと思う。交響曲でも声楽付きの作品は好きだ。でも、まだ、お近づきになれていない感じはある。この本を読んだら、もう少しお近づきになれるんじゃないかと思って読みました。

マーラーを語る 名指揮者29人へのインタビュー
ヴォルフガング・シャウフラー:著、天崎浩二:訳/音楽之友社/2016


 2010年の生誕150年、2011年の没後100年に合わせて、世界的に活躍している指揮者、29人に、マーラーの作品について、作曲について、マーラーの人間について、指揮者としてのマーラーについてをインタビュー。年代も国も幅広く。

 この本を読んで思ったのは、私はマーラーの伝記をよく知らないということ。マーラーは複雑な背景を持っている。現在のチェコ(当時はオーストリア帝国)に生まれた。両親はユダヤ人。指揮者としてウィーンやアメリカで活躍し、ウィーンではオペラを指揮していた。そして作曲家として、11曲の交響曲、歌曲や室内楽を作曲し、自身の指揮で披露した。このぐらい。シベリウスと会って、交響曲について語り合った時、考え方が全く異なる、というエピソードは覚えている。が、それぞれの作品の作曲背景もよく知らないし、どんな指揮者だったのかも知らない。まずは伝記を読まないとなぁ、と思ってしまった。

 今でこそ、マーラーは世界中で当たり前のように演奏されている。「またマーラーか」と思うこともある程、演奏機会は多い、増えている。でも、以前はこんなにマーラーは演奏されていなかった。かつてはオーケストラの楽団員には、民謡の寄せ集め、悪趣味、と揶揄されていたのも初めて知った。
 マーラーはユダヤ人である。第二次世界大戦の時は既に亡くなっていたけれど、ユダヤ人排斥のナチスの方針で、マーラーは演奏禁止、レコードを聴くことも許されなかった。そういえばそうだった。それを忘れていた。マーラーは早くに死んでしまったが、それでよかったのかもしれない。そんな中で、こっそり家族がレコードを聴かせてくれた、などという指揮者たちの話を読んで、戦争や弾圧は個人の心の中までもは支配できないのだなと感じた。
 マーラーの作品を演奏、普及するのも地域差がある。結構遅い地域もある(例えば、フィンランドでは、1970年代に、元シベリウスアカデミー指揮科教授のヨルマ・パヌラがフィンランドで初めてマーラーチクルスをやったそうだ)。インタビューをした29人の指揮者の出身地はバラバラである。コンサートなんてあまりない、あってもマーラーが演奏されることなんて滅多にないところで生まれ育った指揮者もいる。マーラーとの出会いはそれぞれ異なり、面白いなと思った。

 マーラーの作品を積極的に演奏したバーンスタイン(今年生誕100年)は、交響曲第6番「悲劇的」、第7番などから、20世紀の戦争、破壊的な大惨事(カタストロフ)を予言していたと言っている。それについてどう思うか、という質問もあった。指揮者たちの答えが興味深い。単純に言葉を受け取るのではなく、指揮者たち各々が勉強をして、そこからその質問に対しての答えを導いているのは、なるほどと思った。

 指揮者としてのマーラーについての指揮者たちの考え方、見方も面白い。マーラーは、数多くのオペラを指揮していたのに、何故オペラを作曲しなかったのか。これは興味深い。調べてみたら、一応作曲はしたが、破棄、紛失してしまったという。声楽付きの交響曲、特に交響曲第8番はオペラの雰囲気でもある。ここからマーラーのオペラ感がわかるのだろうか。

 マーラーと、同時代の作曲家の関係も面白い。シベリウスは、現代作品への作曲への流れに納得できず、孤高の立場を貫いた、作曲ができなくなったと言われている。マーラーはどうだろうか。マーラーがもしもっと生きていたら、どんな作曲をしただろうか。他にも、マーラーと関係のあった、マーラーに影響を受けた作曲家の話が出てくる。ショスタコーヴィチがマーラー好き、マーラーに影響を受けていたとは知らなかった。そのショスタコーヴィチに対して、ピエール・ブーレーズの反応が…そうだったのか。

 指揮者たちの、マーラーに対する考え方はそれぞれである。クールに徹している人、マーラーともし会って話が出来るなら是非、という人。この29人全員のマーラーを聴きたい…いや、それは大変なことになるな…。

 ズービン・メータがブルーノ・ワルターを通じて、アメリカで妻・アルマと会った話が面白かった。マーラーがどんな人だったのかも語ってくれた。アルマも、こんな人だったんだな、と感じた。
 直接の話でなくても、戦時下での反ユダヤのことや、こんなにマーラーが演奏される前の話など、昔の話は特に興味深い。しかし、この本でインタビューを受けた指揮者のうち数名は亡くなってしまった。この本の形で残ってよかったと思う。

 「やがて私の時代が来る」と言ったマーラー。マーラーの時代は、今来ているのだろうか。マーラーの音楽にお近づきになれただろうか。まずは作品を聴くのと同時に、ちゃんとした伝記を読むことからかも。

 ちなみに、マーラー以上にお近づきになれていない作曲家…ブルックナー。版問題から、作品の巨大さから、聴いても、4番と9番以外聴き分けられない。続編で「ブルックナーを語る」を出してもらえないだろうか…。でも聴かないと話にならんのだよなぁ…。

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by halca-kaukana057 | 2018-07-28 22:20 | 本・読書

Im ~イム~ 10

 遅れがちになる漫画の感想。発売したのは5月でした。早く書かないと次の巻が出てしまう。


Im ~イム~ 10
森下真/スクウェア・エニックス、ガンガンコミックス/2018

 コンスが、ジェゼルの遺体(ミイラ)を持ち去った。様子がおかしいとコンスの後をつけていたセドも攻撃されてしまった。セドとラトは黒アザを持っているコンスを止める為に護衛に付いていたのだ。コンスは、唯一の肉親、弟を九柱神に奪われ、神官団を憎んでいた…コンスが神官団に入団し、黒アザを発症した頃から、ヘシレはそのことを秘密にして、黒アザの治療法の研究に使っていた。魔法を使うと黒アザが侵食するため、ラトとセドを護衛につけた。一方、トトはミイラのほうを心配していた。アポフィスがジェゼルの肉体を得て、世界中の人々に散らばった心の闇がアポフィスに戻ってしまったら、アポフィスは完全復活する。イムは、以前アトゥムの「器」と話した時のことを思い出していた。アトゥムが言っていた思い出せない「ある人」を探したい…イムはその約束も守ろうと、アポフィスがいる「原初の丘」へ向かう…。


 ミステリアスな存在だったコンス。力はあり、飄々としているけれども、常に何かを隠しているそぶり。イムに協力的なようで、何かありそうな感じではあった。九柱神のことになると憎しみの感情を持つ(でも人前では出さない)。黒アザを持っている。コンスの本性が出てきました。イムがアトゥムの「器」と話をしたのは8巻の最後のほう。神官団本部の街で人々がマガイ化し、そのマガイを回収するのに駆け回っていた途中、イムは力尽きて倒れてしまう。その時、アトゥムの「器」と会い、話した。9巻の最初で、倒れている間、アトゥムの「器」と話した、と言った際、コンスが激しく反応した。ということは…?
 九柱神の「器」というのも、今までよくわからない存在でした。そうか、誰か人に乗り移らせているシステムなのか。アトゥムだけでなく、あとの8人も元々は一般人だったということか。8巻の最後で、セトも、「器」について話していた。神官団のシステムは、よくわからないというか、結構強引で残酷ではある。大きな組織だから、オシリス家のような人たちもいるし、色々な考え方の人がいて、利害や思想で派閥を作ったり、駆け引きしているのだろう。

 そのコンスや、アポフィスからジェゼルのミイラを取り返すため、イムたちは「原初の丘」へ向かう。世界の始まりの場所。行くためにはイムの魔法と、陽乃芽のセクメト神の魔法が必要。陽乃芽ちゃん、がんばりました!他の上位神官たちから陰口を叩かれても動じず、魔法を的確に発動させることに集中している。陽乃芽ちゃんが魔法を発動させる際、セクメト神のお面?を被っている?もしくは、セクメト神の顔になる?んですね。「原初の丘」は不思議なところです。そこで、コンスとのバトル…に対抗したのは、なんとあの人!イムも驚くほどの強さの魔法。改心して戻ってきてくれたのが嬉しいです。

 コンスの魔法も初めて見たが、強い。こんなに強かったんだ。ミイラを奪う際もかなり強い魔法を使った模様。ただ、長く持たない。黒アザに侵食されてしまっている。

 「原初の丘」では、新しい敵が登場します。アクエンアテン。しかも、あの姿で。とってもシュールではある。確かに、史実からしてアメン神官団の敵だもんなぁ。
 コンスとのバトル、アクエンアテンとのバトルだけでなく、クレオパトラにラムセスも再登場します。クレオパトラに対抗するのは、女同士、ラトさん。追いついたイムの、クレオパトラに対する言葉がぐっと来る。敵側ではありますが、同じエジプトの者だからね。さらに、ラムセスは…この人本当に強いです。精神的にも強いです。信念も強い。物事を見据えていました。ラムセス…かっこいいぞ。あの陽乃芽ちゃんとのバトル、そこで陽乃芽ちゃんの言葉を覚えていたんですね。このバトルと、クライマックスで、クレオパトラがどうなったのかわからない。どうなったんだ?

 神官団に入る前のコンスも、クレオパトラも、ラムセスも、友情や愛情で結ばれた人がいる。でも、引き裂かれてしまう。友情も愛情も邪魔されたり、すれ違ったりで相手に伝わらない、伝えられないことは現実でもある。私もそんな気持ちをずっと抱えている。それが、心の闇になってしまっては困るのだが、自分独りで思えば思う程暗いものになってしまう。何より、イムとジェゼルも、トトとアポフィスもそうだ。相手に伝えて、伝え返してもらえるのか。コミュニケーションとして成立するのか。不安はあるが、相手にぶつかっていくしかない。できないなら、あきらめるしかない。

 クライマックスです。ガンガン本誌の連載では、既に最終回を迎えたそう。読みたい…。9月発売予定の最終巻、11巻を待ちます。

Im ~イム~ 9
Im ~イム~ 8
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by halca-kaukana057 | 2018-07-22 22:40 | 本・読書

秘密の花園 /『秘密の花園』ノート

 プロムス開催中(読み終えたのは開幕前ですが)だからというわけではないのですが、イギリス文学が読みたくなります。


秘密の花園 (新訳)
フランシス・ホジソン・バーネット:著/畔柳和代:訳/新潮社、新潮文庫/2016

 インドで生まれ育ったメアリ・レノックスは、痩せていて不機嫌そうな10歳になる少女。両親はメアリのことは乳母(アーヤ)やインド人の召使いに任せっきり。メアリもアーヤに何でもやってもらっていた。そんな中、屋敷でコレラが流行し、両親も、アーヤも、数多くの召使いたちも死んでしまった。メアリは部屋に閉じこもっていたところを発見される。メアリは叔父のアーチボルト・クレイヴンに引き取られる。本国イギリスに渡ったメアリは、クレイヴンの家政婦のミセス・メドロックに連れられ、ムアにあるクレイヴンの屋敷・ミセルスウェイト邸にやって来る。メアリには女中のマーサがつくことになった。ヨークシャ訛りで、インドのアーヤや召使いたちとは全く性格も態度も異なるマーサに悪態をつくが、次第に心を開いていく。メアリは天気のいい日は屋敷の庭で遊ぶようになる。庭には老庭師のベン・ウェザースタッフがいて、口数は少ないが、メアリに植物のことを教えてくれた。さらに、マーサの弟・ディコンは動植物が大好きな少年で、メアリの友達になった。メアリは、屋敷に10年も閉ざされた庭があることを知る。更に、屋敷の中を歩いていると、どこからか子どもの泣き声がする。メアリは閉ざされた庭の鍵と入り口を見つけ、その泣いていた少年、クレイヴンの息子、メアリの従兄弟のコリンと仲良くなる。コリンは身体が弱く、ミセス・メドロックやマーサもその存在を隠していた。メアリはディコンと閉ざされた庭の手入れをこっそり始め、コリンもメアリと話すようになってから精神的に落ち着いてくる…


 訳は沢山ありますが、今回は新訳の新潮文庫版で。岩波少年文庫版も持っています。

 昔、NHKで「秘密の花園」がアニメ化されたことがありました(あの「ふしぎの海のナディア」の後番組)。その頃は原作を読んだことはありませんでしたが、アニメの内容をおぼろげに覚えています。メアリはおてんばな娘というイメージがあったのですが、原作を読んでみると記憶違いかも?と思いました。

 メアリは「偏屈者」と呼ばれるほど、すぐに機嫌が悪くなる。ミセルスウェイト邸に来るまでのメアリは、正直に言って本当に可愛くない。でも、メアリは両親に育児放棄され、アーヤに身の回りのことは何でもやってもらい、召使いたちは恭順で何でも従う。愛情を注がれることもなく、友達もいない。メアリはとても孤独だ。人との心地よいコミュニケーションを学ぶ場は全くない。更に、その両親もアーヤも召使いたちもコレラで死んでしまう。ますます孤独になってしまった。

 そんなメアリにも救いはある。クレイヴンに引き取られ、イギリスにやって来る。ミセルスウェイト邸は大きなお屋敷で、クレイヴン氏は普段は屋敷にいない。またもメアリは孤独か…と思いきや、マーサやディコンがいる。庭にはベンがいて、メアリはその庭で遊び始め、鍵のかかった忘れられた庭を見つける。その庭を再生させる作業をディコンとするうちに、メアリはどんどん元気になっていく。よく食べるようになる。偏屈者と言われていたが、その不機嫌も徐々に収まっていく。

 一方、屋敷にはメアリと同じように身体が弱く、事あるごとに癇癪を起こし、泣きわめき、屋敷の者たちからは存在を隠されていた少年、コリンがいた。コリンを見つけ出したメアリは、インドの話などをして、コリンと仲良くなる。コリンも、メアリと会い、メアリから外の話を聞く度に、元気になっていく。

 この2人の回復していく様が、とても心に響く。この本を読んだ時、私も元気が無かった。私もこんな風に元気になれたらなと思いながら読んでいた。その2人の回復の糧になったのが、「秘密の花園」、10年鍵をかけられ、誰にも手をつけられなかった庭。メアリはディコンとこっそり庭の手入れを始め、そのことをコリンに話す。コリンもその庭に行ってみたいと、屋敷の外に出ることを目標とする。この庭の由来、何故鍵をかけられることになったのか…重く、かなしい10年だった。寂しく、暗く、心細い。孤独や病弱の辛さを知っているからこそ、再生や回復の過程の喜びは輝かしいものになる。喜びという感情が芽生えていくメアリやコリンは、本当にいきいきしている。2人は自立もしていく。途中、メアリとコリンが衝突する箇所があるのだが、そこもまた回復や再生の過程で通らなければならないものに思える。2人のやり取りが、実に2人らしい。この衝突で、2人は偏屈者の自分と別れることができたのだと思う。
 回復していったのはメアリとコリンだけではない。庭も、ミセルスウェイト邸そのものも、屋敷の人々も、ベンも、クレイヴン氏も、それぞれの「回復」「再生」をしていく。庭や屋敷は人ではないが、人と同じように元の有様を取り戻し、新鮮な空気が入ってきて、暗かった部分に光が当たる。子どもの再生や回復よりも、大人のほうは面倒臭い。なかなか変われず、現実を悲観し、感情に蓋をしてしまう。クレイヴン氏の場合、マーサの母が橋渡し役になって、クレイヴン氏の再生、回復に繋げていくのもとてもよかった。大人も再生、回復していくことができる希望。この辺りは大人の視点で読めます。
 徐々にマーサやミセルスウェイト邸の自然を好きになっていくメアリではありませんが、本当に好きな物語です。



 この「秘密の花園」の読解本があります。著者は梨木香歩さん。

『秘密の花園』ノート (岩波ブックレット)

梨木 香歩/岩波書店、岩波ブックレット773


 物語の隠された背景や、伏線に「そうだったのか!」と物語を読み直しながら読めます。インドというキーワード、屋敷の中と外の生き物、人物像…。イギリス文学が専門で、イギリスにも住んでいた梨木さんだからこその豆知識も。最後の箇所は、読書だけでなく、他のことでも当てはまると思う。「秘密の花園」を更に面白く読めます。


 記事の冒頭で、イギリス文学が読みたいと書いた。イギリス文学の特徴、個性を掴んでいるわけではないけれど、これまでも多く読んできた。庭を手入れしていくように、開拓していきたい。「ドリトル先生」シリーズもイギリス文学ですし、最近読んでいるカズオ・イシグロ作品もイギリス文学ですよね?「シャーロック・ホームズ」シリーズもそうですよね?文学だけでなく、音楽も開拓したい。
 イギリスだけでなく、北欧も…。こっちは音楽は開拓していっているけど、文学はなかなか進まない…(以上独り言)
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by halca-kaukana057 | 2018-07-16 22:57 | 本・読書

ウドウロク

 本屋で平積みにされているのを見かけて、この人の本が出ていたんだ!と思わず手にとってしまった本です。


ウドウロク
有働由美子/新潮社、新潮文庫/2018(単行本は2014)

 元(と書くのがちょっと寂しい)NHKアナウンサーの有働由美子さん。アナウンサーの中でも特に好きなアナウンサーです。「おはよう日本」でのニューヨークからの中継、リポートも楽しみでしたし、なんといっても「あさイチ」。番組が始まった頃は慣れずに、NHKがこんな番組を?と思ったものですが、有働さんの人生経験たっぷりの、率直なコメントや井ノ原快彦さん(いのっち)との掛け合いはだんだん好きになりました。番組の途中でニュースが入った時は、落ち着いた声と口調で対応する様はさすがNHKのトップアナウンサーと思ったものです。ちなみに、「あさイチ」は、「無線おじさん」柳澤秀夫さん(やなぎー)の愛する無線のお話(冷たくあしらわれているのが寂しい…もっと聞きたかった)、オヤジギャグの一方で、中東での特派員経験や解説委員としての現代に切り込んだ、かつ思いやりのあるコメントも好きでした。
 その有働さんがエッセイを出版していました。今なら話せることと、NHKを退職されたのが執筆、出版のきっかけかなと思いきや、元々の単行本は2014年に出ている。「おわりに」で書いてある通り、公共放送のアナウンサーがここまで書いたものを出版するのを許してくれたNHKすごい…と思ってしまいました。

 「あさイチ」での飾らないイメージが強いので、有働さんは肝の据わったお姐さんというイメージを持っている。NHKのトップアナウンサーのキャリアウーマン。かっこいいなと思う。そう思いきや、実際は小心者で自信もなくて、でも強く見られたい…そんなところもある。仕事に行きたくない…と思うこともある。「あさイチ」で取り上げられた、有働さんの弱み(と書いていいんだろうか?)と思われているところ…「わき汗」事件、未婚、恋愛下手、お酒好きゆえの失敗、ストレート過ぎて逆効果になってしまう発言などについても、決して下品になりすぎずに読みやすく経緯などが書かれている。夕方のスーパーで買い物する時のレジかごの悩みは、そうだったのか、と思った(有働さんのレジかごを見た親子の会話がかなしい、ひどい)。ニューヨーク勤務の時も、語学堪能で、摩天楼を満喫するように行ったのかと思いきや…。しかも、そのニューヨーク勤務中に心身ボロボロになってしまっていたのはとても辛い。

 誰かとの会話、誰かに助けられた話、お世話になった方のお話も多い。厳しかったお父様の話にはハラハラしたし、優しかったお母様の話にはホロリときてしまう。スタッフや友人、取材相手、共演者にも恵まれていて、それはこの本でうかがえる有働さんのお人柄が引き寄せたものなんだろうなと思った。有働さんがスタッフや後輩、友人相手に率直なことを言っても、受け入れられるのは、その人のことを思っているから。反対に、有働さんが率直なことを言われることもある。「私の個性、私が思う個性」で、「個性」と「素」をどう考えているかの話や、後輩へのアドバイスがいいなと思った。「個性」と「素」の違いは、私もごちゃ混ぜにしていた。これを読んで、自分の言動を振り返ると恥ずかしくなるものもあった。「個性」を売りに出さないとならないアナウンサーという職業だからこそ、生まれた考え方なんだろう。

 有働さんにだって下積みの時代があった。なかなか思うような、やりたい取材をさせてもらえなかったり、ニュースを読む時にデスクや先輩に叱られたり。「報道のアナウンサーには向いていない」と言われたこともある。取材をして、取材相手にとっては当たり前だけど意外な受け答えに、どう答えたらいいか分からなかったこともある。「一般的な」社会の常識だけで報道はできない。そんな苦労が、有働さんの深みを作ったのだと思う。

 有働さんの低くて落ち着いた声が好きです。でも、有働さんご本人は、もっと高くて可愛らしい声だったら良かったのに、と思っているそうだ。そうだったのか。私はいわゆる「女子アナ」の高くてきゃぴきゃぴした女子全開な声が苦手だ。ニュースは論外、バラエティーでもチャンネルを変えたいと思ってしまう。ニュースでも、「あさイチ」のようなざっくばらんな情報番組でも、その落ち着いた声だから品を保てるのだと思う。

 先日感想を書いた「獣の奏者 外伝 刹那」(上橋菜穂子)と合わせて、女性の生き方には様々あると思った本です。単行本にはなかった、NHK退職についても書いてあります。有働さんのこれからを応援したいです。
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by halca-kaukana057 | 2018-07-06 23:07 | 本・読書

獣の奏者 外伝 刹那

 この本も何年も積読にしていました…。


獣の奏者 外伝 刹那
上橋菜穂子 / 講談社、講談社文庫 / 2013 (単行本は2010)

 エリンと結婚したイアル。エリンとイアルはカザルムにおり、エリンは出産の真っ只中。陣痛が弱く、なかなか生まれようとしない。イアルは子どもが生まれるのを待ちながら、エリンとのなれそめを思い出す…「刹那」

 貴族のコルマ家の長女のエサル。貴族の女性らしい暮らしに馴染めず、貴族の女性の結婚も嫌がり、名門タムユアンの薬草学科で学んでいた。一緒にいたのは、代々上級貴族を診る医術師の家に生まれた医術科のユアン、タムユアンの教導師長を数多く輩出している家の出身のジョウンだった。真王ハルミヤの息女、リノミヤ誕生の祝宴に行くことになった3人。エサルはそこで、初めて王獣を見る。それ以来王獣のことが気になって仕方ないエサルは、著名な獣ノ医術師のホクリ師のことを聞く。エサルはホクリ師のもとへ、ユアンと一緒に行き、後に師事する…「秘め事」

 「獣の奏者」シリーズの外伝、4つの短編集です。短編といっても、「刹那」と「秘め事」はそれなりの分量はあります。4つの短編、全てのテーマは女性の性と生。女性として、母親としての面から、エリンとエサルを描いています。

 王獣と闘蛇と、それに関わる国の政治、軍事、秘められた歴史を描いた「獣の奏者」シリーズ。壮大な物語の途中で、もしくはそこに至るまでにあった、2人(+1人)の女性として、母親としての日常。「日常」であってほしかった。しかし、エリンは「霧の民」の血を引き、既に王獣リランと心を通わせ、国を左右する存在となってしまっている。イアルもかつては「堅き盾」で、王家に仕える者だった。過去形であるけれども、過去は消せない。そんな特殊な立場にいる2人が結婚し、子どもをもうけるのは国の今後にもかかわること。なので、出産にも国の使者が控えている。エリンは無事なのか、生まれた子ども(ジェシ)は無事なのかを伝えなければならない。イアルがお互いの気持ちに気づき、エリンと一緒に住み始めたが、自分たちの子どもに生まれた瞬間からのしかかる重圧を思って思い悩む気持ちは痛い程伝わってくる。エリンも同じだが、「国を左右する獣ノ医術師」である自分だけではない、女性として恋をして、想いを伝えて、好きな人と一緒になり、子をさずかる…普通の女性の面もある自分を選んだ。気持ちに素直に従った。王獣は生殖を人工的に制限されていたが、エリンはリランをその制限から解き放った。生命の営みに従った。エリンも、自分を国の制限から解放した。

 エリンとイアルの馴れ初めとなる箇所では、2人のささやかな幸せを垣間見ることができた。エリンは普段の仕事では着ることのない色の衣を着て、お祭りに行き、美味しいものを食べる。イアルは指物師として、黙々と仕事をする。穏やかな日々は2人にはちゃんとある。
 イアルの過去も明らかになります。「堅き盾」ってそういう仕組みなんだ…。このあたりは切ないです。


 一方のエサルの「秘め事」。エサルは結婚はせず、本編では厳しく強くもあたたかな心を持つカザルムの教導師長。これはエサルの青春時代の物語です。エサルがどんな立場にいるのか、王獣との出会い、どんなことを学んでいたのか…こんな過去を持つエサルだからこそ、エリンを受け入れられたのだなと思う(エリンはエサルの学友であるジョウンに生き物のことを学んでいるので、自然とエサルに近くはなりますが)。実際に生き物を観察して研究する姿は、エリンそっくりだと思う。

 そんな学問に没頭するエサルは、「貴族の女性」という枠組みから逃げてきた。馴染めなかった。だが、エサルの家との関係は途切れたわけでは無く、何かあればエサルの実家・コルマ家に影響が及ぶ。そして、エサルは「女性」という枠組みからも逃げ切れたわけではなかった。その時、エサルは家のことも思う。エサルも、エリンほどではないけれど、制限の中にある。「貴族の女性」として生きていれば、「女性」としても生きることができただろう。だが、エサルはそれを選ばなかった。でも、エサルも「女性」だった。エサルが一大決断をした時の箇所は切ないという言葉では足りない。痛いほど苦しい。

 エリンとエサルは正反対のように見える。正反対の選択をした。でも、制限の中で生きているのは同じ。「女性」「母親」だって制限、枠組みだと感じる。もっと風呂敷を広げれば、ジェンダーのことにも繋がってくる(「獣の奏者」の世界にはジェンダーに関わる話は出てこないのでここまで)。その枠組みの中で、自分は何を選ぶか。「獣の奏者」では生命の強さ、多様さも語られるが、エリンも、エサルも、多様な生命なのだなと思う。

 後の2作「綿毛」はソヨンのお話。ソヨンの選択の重さと、「綿毛」というタイトルの言葉の持つ軽やかさ。この対比がいい。「初めての……」では、母親になったエリンの奮闘記。エリンも子育てで悩みます。

 「獣の奏者」シリーズ全巻と一緒にどうぞ。
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by halca-kaukana057 | 2018-07-03 22:05 | 本・読書

無伴奏ソナタ [新訳版]

 あらすじを読んで気になって、しばらく前に買って、積読にしておいた本です。そろそろ読もうかなと。


無伴奏ソナタ 新訳版
オースン・スコット・カード:著、金子浩、金子司、山田和子:訳/早川書房、ハヤカワ文庫SF/2014


 異星人に攻撃されている地球。11歳のエンダー・ウィッギンズはバトル・スクールの指揮官。竜(ドラゴン)隊を率いている。指揮官たちの中では最年少だが、戦闘では連戦連勝、成績はずば抜けて優秀だった。そんなエンダーを、大人の大尉や中尉たちは…「エンダーのゲーム(短編版)」。
 生後6ヶ月でリズムと音程への才能を認められ、2歳で音楽性、創造性の天才と評されたクリスチャン・ハロルドセン。両親と離れ、森の中にある一軒家で、自然の音や鳥のさえずりだけを聴いて過ごし、「創り手(メイカー)」として特殊な「楽器」を使って作曲するようになった。何十年も経ったある日、クリスチャンの前にある男が現れ…「無伴奏ソナタ」他11編。


 オースン・スコット・カードは著名なSF作家だそうですが、私は何も知らずに読みました。あらすじを読んで気になっていたのが、表題作の「無伴奏ソナタ」。音楽が題材の作品であることはあらすじからわかったのですが、読んで、まさかこんな作品だとは思いませんでした…いい意味です。私たちは生まれてから、様々な音に囲まれて暮らしているし、沢山の音楽も聴こうとしなくても耳に入って来る。それを、シャットダウンできたら…? これまでの歴史で、作曲家が他の作曲家に師事していたり、尊敬していたり、影響を受けたりするというのはいくらでもある。そういうのが一切なかったら?そして、音楽を創るな、演奏するな、歌うな、と禁止されたら?優れた音楽の才能がなくても、音楽がないのは退屈だ。演奏したり歌ったりできないのもつまらない。体調不良で一時そんな状態だったのですが、少しでもよくなってくると音楽を聴きたくなる。歌いたくなる。私のような凡人でさえもそうなのだから、優れた音楽の才能のあるクリスチャンにとっては、もっと自然なことだろう。クリスチャンが出会う街の人々もそうだ。ちょっと音程が外れていても、音楽を奏でずにはいられない。最後のギターで歌う少年たちのシーンがグッと来る。クリスチャンの音楽は、何があってもクリスチャンの音楽なのだと。

 11の短編集ですが、どれも面白かった。「エンダーのゲーム」はワクワクして、エンダーやビーンの成長が面白くてたまらない。のに、最後、そういう展開になるとは…!「王の食肉」「磁器のサラマンダー」は、最初、これもSF?と思ったが、見事にSFでした。不条理で、グロテスクな作品も少なくないので、そういう作品に慣れていない私には辛い表現もありましたが、面白い。「深呼吸」「四階共有トイレの悪夢」「解放の時」はホラーっぽくもある。「四階~」は完全にホラーですこれ。「死すべき神々」も面白かった。こういう異星人とのコンタクトがあっても面白い。

 どの物語も、面白いけれども、根底にかなしげな雰囲気が漂っている。「無伴奏ソナタ」の「シュガーの歌」のように。地球は、宇宙は、歴史は人間の力ではどうしようもできない。できないけれども、その時の人々が「よりよく」生きようと毎日を過ごしている。科学技術を駆使したり、宇宙へ出て行ったり、最悪な状況を避けようと逃げたり。人間はなんてちっぽけで、どんな優れた才能や能力を持っていて何かを成し遂げても、不条理なことが待っていたりする。それがわからなくても、わかっていても、毎日を生きる。人間は不思議な生き物だとも思う。

 こんな多彩な作品を創造するオースン・スコット・カードがSFの名手というのも納得できました。いいSFを読みました。
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by halca-kaukana057 | 2018-06-30 21:49 | 本・読書

わたしを離さないで

 「日の名残り」に続き、ノーベル文学賞受賞がきっかけで読み始めたカズオ・イシグロ氏の作品です。


わたしを離さないで
カズオ・イシグロ:著、土屋政雄:訳/早川書房、ハヤカワepi文庫/2008(単行本は2006)

 イギリスに暮らすキャシーは介護人の仕事をしている。世話をするのは提供者と呼ばれる人たち。それも、ヘールシャムという施設の出身者に限って担当していた。キャシーや、親友のトミーやルースたちが子ども時代を過ごした施設・ヘールシャム。彼女はそこでの日々を思い出していた…。







 読んで、「すごい!!おもしろい!!」と思いました。まずその一言。

 そして、感想を書く…あらすじ書けないよこの作品…?と思ったのが次。上に書いたあらすじが限界です。後はネタバレになってしまうので書けません。訳者あとがきで、イシグロ氏は「ネタバラシOK」と言っていて、何だったら帯に何の物語か書いても構わない、とも言っているそうだ。
 だが、もし、まだこの本を読んでいなくて、この記事を読んで、あらすじは知らないという方は、あらすじを知らない方がいいと思います。あらすじを調べる前に、まず読んで欲しい。こんなことを思った小説は久しぶりです。

 この作品は、ミステリのようでもあるし、SFのようでもある。ディストピア作品ともいえる。これ(キャシーたちの存在)が許される世の中、キャシーたちはどう生きたらいいのか…。そして、キャシーたちの立場にいる当人たちが、自分たちのこと、真実をどれだけ知らされるべきか…。最初は、謎だらけで不思議な物語だなぁと読んでいたら、徐々にキャシーたちがどんな存在なのか、ヘールシャムとはどんなところなのかが明かされていく。残酷で、緊張感はあるが、キャシーたちの「日常」は続いていく。キャシーたちは自分たちの立場を淡々と受け入れてしまう。

 少しおおげさですが、何か不運な出来事、めぐり合わせ、理不尽なこと、つらい出来事、苦しい境遇にあって、「なぜ私がこんな目に」「なぜ私は生きているのか」などと思うことがある。でも、悪いことばかりでもない。根本的な救いはないかもしれないが、その時、心を少しでも軽くしてくれる救いはある。自分の今置かれている状況を受け入れたほうが、うまくいくこともある(でも、この作品のキャシーたちの立場は理不尽に思えるが)。どんな状況に置かれても自分の人生を生きる。生きる権利はある。そう感じました。

 でも、…私がキャシーたちの立場だったら、私は怖くて怖くて仕方ないと思うのだが…。世の中を恨みたくなると思うが…。これで助けられた人は幸せになれるのか、とか、科学とは何か、とか、色々考えてしまいます。もう考える幅が広くて、ショックが大きいです。

 ちなみに、調べてみたら、蜷川幸雄演出で2014年に舞台化、2016年にはTBSでドラマ化(舞台は日本に変更、主演は綾瀬はるか)されていたんですね。全然知りませんでした(テレビドラマには疎い)。DVD借りられるかな?




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by halca-kaukana057 | 2018-06-16 22:04 | 本・読書


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