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カテゴリ:本・読書( 584 )

 先日河合祥一郎さんによる新訳を読んだ「ドリトル先生航海記」。新訳で読み直すきっかけになったのが、この福岡伸一さんによる新訳が文庫で出たことでした。


ドリトル先生航海記
ヒュー・ロフティング:著、福岡伸一:訳/新潮社、新潮文庫/2019 (単行本は2014年)


 子どもの頃、井伏鱒二訳の岩波少年文庫の「航海記」を読んで、ドリトル先生に魅せられてしまった福岡先生。ドリトル先生のような博物学者になりたいと思うようになったそう。
 河合祥一郎さんの新訳で、井伏訳ではイギリスの文化・慣習がまだよく知られておらず削除された箇所があると知りました。この福岡訳では、その部分も勿論そのまま、原著初版に忠実な翻訳を目指したのだそう。英語でも「航海記」は、差別的な表現があると削除、改変されてきたのだそうです。現在、日本でも言葉の一言だけに過敏に反応してしまう残念なことが起きています。あとがきで福岡先生が書いている通り、物語全体を読めばドリトル先生がどんな人なのか、ドリトル先生を通してロフティングが伝えたかったことは何なのかわかるはず。物語が書かれた当時は仕方なかった表現であって、でもその表現だけに気をとられてドリトル先生のメッセージを読み取らない…きっとドリトル先生は怒ると思います。残念がると思います。「航海記」からはトミーが語り手になっているからトミーもか。
 井伏訳岩波少年文庫では、ロフティング自身の挿絵を載せていますが…カットされた挿絵がありました。何故この挿絵をカットしたのだろう、と思います。他の絵とタッチ、画材が違うからだろうか。これはきっとカラーで描かれたのだと思う。カラーの絵も見てみたかった。

 「航海記」は、これで3つの訳で読みましたが、「ドリトル先生」、そして「航海記」は本当に面白い。大好きな作品だと実感しました。やはり、ドリトル先生の人間性に惹かれます。そして、学校にも行けなかった少年トミーが、ドリトル先生と知り合い、助手になり、一緒に冒険の旅に出る。こんなにワクワクすることはない。動物と話のできるドリトル先生は、人々の固定観念をいい意味で破壊していく。ペットを飼っている人なら、うちの子は人間のことをどう見ているのだろう?「人間様」なんて皮肉って見ているんじゃないか、と思ったことがあるかもしれません(私も子どもの頃インコを飼っていて、そんなことを思っていました)。動物の前では、人間は偉いんだ、動物は下等なんだと横柄な態度を取っている「人間様」もいる。そんな「人間様」の本性を暴いてしまうドリトル先生。とても痛快ですし、生物、命は皆平等なんだと実感します。

 福岡先生の訳は、「児童文学」のジャンルと捉えられていた「ドリトル先生」を、「文学」として楽しめる訳になっていると思います。井伏訳では一人称は「わし」だったドリトル先生。そういえば。それが、「わたし」になるだけで、随分変わる。ドリトル先生がどんな人か、イメージが変わってしまう。物語を追っていくと、「わたし」の方がしっくり来るなと思います。ドリトル先生は小太りですが、闘牛のシーンにしろ、遭難のシーンにしろ、クモサル島での戦いのシーンにしろ、結構体力もあるし運動神経もいいのではないのかと思う。

 ドリトル先生の助手となり一緒に旅に出たトミー。ドリトル先生やオウムのポリネシアの元で字や算術、動物の言葉を学ぶ。ドリトル先生の元で成長を実感し、自信をつけていく。しかし、船が遭難した際、ドリトル先生と離ればなれになってしまう。その時の不安の表現は、トミーはまだ子どもなのだと思う。
 先のシリーズになってしまうが、月3部作では、ドリトル先生はトミーのことを案じてトミーを置いて旅に出ようとする。しかし、トミーはこっそりとついて行く。ドリトル先生がトミーが付いてきたことを知った時安心していた。また離ればなれになった際、トミーはドリトル先生のことを心配しつつも自分にできることをしていた。
 「航海記」ではトミーとドリトル先生の冒険は始まったばかりだが、トミーがいてこそ、ドリトル先生は旅に出られるのだと思う。少しの間だけ離れた2人だが、2人の絆の深さを実感する。

 ドリトル先生は、誰にでも親切で、人道的で、公平。クモサル島で王様になってしまったドリトル先生は、住民たちのためにあらゆることをする。島の住民は火を知らず、食物を調理して食べることを知らない。文明というものを教える。しかし、ドリトル先生は博物学者としての研究ができなくなってしまった。そんなドリトル先生をあわれみ、何とかクモサル島を脱出してイギリスに帰らせたいポリネシア。ドリトル先生をイギリスに帰る気にさせるも、王様になった限りはその務めを果たしたい。住民たちを豊かにしたい。自分がいなくなったら、またこの島は文明と切り離されてしまう…。ドリトル先生が島から離れることを決意し、島を去るシーンが印象的だ。今回は、このクモサル島での暮らしと別れが強く印象に残りました。

 あとがきを読むと更に楽しめます。パドルビーはどこにあったのか。「Do little, Think a lot」の意味するもの。そういう読みがあったのか。とても面白いです。「航海記」だけじゃなくて、ドリトル先生全シリーズの新訳を出してくれないかなぁ、新潮社さん。

【過去記事】
・河合新訳・角川つばさ文庫:ドリトル先生航海記 [河合祥一郎:新訳]
・井伏訳・岩波少年文庫:ドリトル先生航海記
by halca-kaukana057 | 2019-09-05 22:19 | 本・読書
 以前、「満願」を読んで作者の米澤穂信さんのことを知りました。米澤さんの代表作でデビュー作と言えば、「氷菓」に始まる「古典部」シリーズ。タイトル、「古典部」シリーズのことは名前は聞いたことがあったけど中身はよく知らない。アニメ本編も見たことはない。気になるから原作を読んでアニメも観てみようと思っていたら…こんなことに…。
満願


氷菓
米澤 穂信/KADOKAWA、角川文庫/2001(初版は角川スニーカー文庫、2001)


 高校に入学した折木奉太郎。「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」をモットーとする「省エネ」主義者。これといって趣味もなく、何かに活力を持つことを浪費と思っている。そんな奉太郎は、世界中を旅している姉の供恵から、彼女が所属していた部活「古典部」に入れという手紙が届く。部員がおらず廃部寸前の「古典部」を守りなさい、と。
 その通りに古典部に入部した奉太郎は、部室の地学講義室に向かう。鍵を開けると、一人の女子生徒がいた。同じ新入生の千反田える。さらに、奉太郎の旧友の福部里志もやって来る。えるは鍵を持っていないのに講義室の中にいた。その時鍵は開いていたという。奉太郎がやって来るまでえるは部屋に閉じ込められていた…えるは疑問を持つ。

 ミステリーものと聞いていて、人が死んだりするのは全く駄目ではないがあまり気分がよくないなぁ…と思っていたが、そういう話はない。あらすじにも書いた、えるが教室に知らない間に閉じ込められていたこと。些細なことで、まぁいいかと流してしまいそうなことだ。えるには何も危害もなく、奉太郎も困ることも何もない。でも…。えるの一言「わたし、気になります」ここから全ては始まった。

 ミステリー、推理ものは殺人事件ばかりではない。「シャーロック・ホームズ」シリーズも殺人事件だけではない。よく考えてみると奇妙なことも依頼される。(そんな奇妙な話をうまく学園ものにアレンジした三谷幸喜:脚本のNHK人形劇「シャーロックホームズ」は素晴らしい、本当に面白かった)
 ほんの小さな違和感。些細な出来事。日常生活に埋もれて、そのまま見過ごして通り過ぎてしまうようなこと。そんな「日常の謎」に、「わたし、気になります」と興味を持つえる。情報通で様々な知識を提供する里志。えるの好奇心から逃れたいと思いつつも、興味を持ってしまい、それらをまとめて、推理する奉太郎。ホームズは、「君はただ眼で見るだけで、観察ということをしない。見るのと観察するのとでは大違いなんだ。」と言う。ただ「見て」いないで、「観察」した上で「気になる」と言うえる。「観察」して答えを導く奉太郎。とても面白い。導き出された答えも、日常の些細なこと。でもよく「観察」すれば面白い。奉太郎がこんなに推理力があるのは何故なのだろうか。成績もとてもいいわけではない(学業に関しても「省エネ」だから)。そのあたりは後のシリーズで明かされていくのだろうか。
 「古典部」にはもう一人、奉太郎の幼なじみの伊原摩耶花も入部する。私はまだ摩耶花のキャラがつかめていない。これも後々か。

 「古典部」の活動は特に決まってはいない。ただ、文化祭で文集を出すことが伝統となっているらしい。この文集と、えるの過去、家の話が大きな謎に向かっていく。
 最初読んで、随分堅い、古めかしい言葉遣いをする高校生だなと思った。奉太郎も、里志も、えるも、摩耶花も。でも、この雰囲気が彼らの通う高校・神山高校の雰囲気に合っているし、この大きな謎に対してちょうどよく感じる。
 前の記事の「ファースト・マン」、アポロ11号の月面着陸は、私にとっては歴史だ。でも、当時リアルタイムで生中継を見ていた人には実際の体験だ。このある過去についての「歴史」と「実際の体験」の差。私にも、奉太郎たちにとっても「歴史」だった出来事が、文集の謎を解くことで、「実際の体験」にはならなくても、もう少し身近な「過去の実際の出来事」になる。それが、今現在や未来につながることもある。不思議だなと思う。

 「古典部」に入ったことで、「省エネ」だった奉太郎に変化が。奉太郎は、青春を「薔薇色」と表現し、一方自分は「灰色」と例えている。こんな箇所がある。
俺だって楽しいことは好きだ。バカ話もポップスも悪くはない。古典部で千反田に振り回されるのも、それはそれでいい暇つぶしだ。
 だが、もし、座興や笑い話ですまないなにかに取り憑かれ、時間も労力も関係なく思うことができたなら……。それはもっと楽しいことではないだろうか。それはエネルギー効率を悪化させてでも手にする価値のあることではないだろうか。
 例えば、千反田が過去を欲したように。
(180ページ)
 奉太郎がえるの過去や叔父のこと、そして文集のことで触れたことは、奉太郎の「省エネ」とは正反対のことだった。それは、「薔薇色」とはちょっとちがうけれども、熱意がある。その熱意を受け取った奉太郎。今後、どう変化していくか楽しみ。
 続きのシリーズも読みます。


 では、アニメの話も少し。ちょうど小説を読んでいたら、GYAO!でアニメが配信開始されました。

GYAO!:アニメ:氷菓

 観てみました。まだ2話までしか観ていませんが面白い。原作を絵にするとこうなるんだなぁ、と思う。伏線、推理の鍵となるものが何気なく登場しているのがいい。ああ、これか、と。登場人物の口調も上述の通り、高校生にしては堅い、古めかしいが、今風のキャラデザのアニメに合うのがすごい。「古典部」の世界だと思えてしまう。アニメで観るとまた違う。面白さが倍になる。アニメも最後まで観ます。
 オープニングの映像もきれいで、Chouchoさんの歌もいい。奉太郎のことであり、えるの願いのようにも思える。そして、オープニングを観ていたら何故か涙が溢れてきた。ちょっと切ない歌のせいだろうか。それとも、スタッフクレジットを読んだせいだろうか。事件が起こった時はとにかくショックだった。このブログでも、「けいおん!」や「日常」を取り上げてきた。大好きなアニメだ。何かできることはないかとささやかだが募金もした。他のアニメを観ていても、大勢のスタッフさんたちがいて、このアニメはできているんだと思うようになった。この「氷菓」は、アニメそのものも面白いけれども、作り手のことを思わずにはいられない。アニメ「氷菓」は、その意味でも見届けたい。亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
by halca-kaukana057 | 2019-08-26 22:54 | 本・読書
 この7月で、アポロ11号の月面着陸から50年。私も月やアポロ関係の本を読んでいますが、この本は読まねばならないだろうと思って読んだ。映画の原作ですが、映画は観ていません(上映館がない)

ファースト・マン 上: 初めて月に降り立った男、ニール・アームストロングの人生

ジェイムズ・R. ハンセン:著、日暮雅通、水谷淳:訳/河出書房新社、河出文庫/2019


ファースト・マン 下: 初めて月に降り立った男、ニール・アームストロングの人生

ジェイムズ・R. ハンセン:著、日暮雅通、水谷淳:訳/河出書房新社、河出文庫/2019



 ポルノグラフティが歌う「アポロ」の歌詞…「ぼくらが生まれてくるずっとずっと前には…」普段は、自分は生まれていなくても実際にあったこと、歴史上の事実、人類は月まで行って月に降り立ったことは変わらない、と思ってきたのだが、この本を読んでいたら何故かその歌詞に共感してしまった。自分は生まれていなかった時代に、宇宙開発は黎明期から月を目標にした時代になり、月へ向けて奮闘してた人々がいた。とても遠い時代のことに思えてしまった。自分に関係がないわけじゃないけど、遠い世界、遠い時代のことなんだな…と思ってしまった。それは、私が今までアポロ計画や、その前のジェミニ計画、そしてアポロ計画で一番有名な人物と言っていいニール・アームストロングという人について知らないことがたくさんあったことに気づいたからだ。

 アームストロングは、自分のことをあまり語ろうとしなかった。アームストロングの自伝を出すことに対しても、彼はとても慎重だった。ちなみに、この本は2005年に最初の版が出版され、2012年、アームストロングが亡くなった後第2版が出版された。そして、2018年アームストロングが亡くなった時のことなどを加筆、アポロ11号月面着陸50年を記念して2018年新版が出版された。

 宇宙開発の黎明期のNASAの宇宙飛行士というと、明るく快活、おおらかな性格で、アメリカの英雄という輝きを上手に纏う人をイメージする。しかし、アームストロングは違った。根暗なわけではない。引っ込み思案なわけでもない。明るく快活ではある。しかし、思慮深く、控えめで、言葉を慎重に選んで話し、物事を緻密に考えてから行動する人だった。ジョークを言って場を和ませることはするので、堅物というわけではない。愛想もよく人に好かれていた。機転が利き、トラブルが起こっても慌てない。月着陸訓練機(LLTV)での訓練中、制御不能となり、アームストロングは脱出装置で脱出し一命を取り留めたことがあった。しかしその約1時間後、アームストロングは何事もなかったかのようにオフィスで仕事をしていた。事故のことを知った他の宇宙飛行士は平然としているアームストロングにとてお驚いたそうだ(当然だ)。そして、月面着陸をした後も、隠遁生活をしたわけではなかったが、「ファースト・マン(月面に初めて降り立った男)」と権力を振りかざすことも、出しゃばることはしなかった。不思議な魅力の人だなと感じた。

 アームストロングは、根っからのパイロットだった。子どもの頃から飛行機が大好きで、自動車免許を取るより先に飛行機を操縦するようになった。大学在学中、兵役で海軍に所属し、実戦にも赴いた。大学卒業後はNASAの前身、NACAのテストパイロットになり、超音速での飛行を繰り返した。今まで誤解していたのだが、アームストロングは宇宙飛行士になった時、軍人ではなく民間人だった。民間人初の宇宙飛行士だった。テストパイロットというと、映画「ライト・スタッフ」を思い出すが、あの映画で描かれていることは事実と反することも知ってショックだった。違うのか…。
 そんなアームストロングが何故宇宙を目指すようになったのか。詳しくは書かれていない。ただ、関係することがいくつか書かれている。あるとても悲しい出来事について書かれているが、それがアームストロングを宇宙に向かわせたのだろうか。

 アームストロングはアポロ11号の船長。でも、その前の宇宙飛行の実績については知らなかった。1966年のジェミニ8号での飛行。トラブルにより、予定されていた全てのミッションを行うことができず、アームストロングは残念がっていた。その帰還の数日後には現場に戻り、後続のミッションを支えた。ジェミニ計画の箇所も興味深かった。まさに宇宙飛行黎明期。

 そして、アポロ計画へ。アームストロングが11号の船長になったことは決まっていたが、11号で月面に着陸、EVA(船外活動、つまり、月の上を歩くこと。EVAというと私にとってはシャトルやISSでの船外活動のイメージなので、アポロ計画の月面での活動もEVAと呼ぶのに驚いた)を行うのは最初から決まっていたわけではないのに驚いた。1969年になってから、月着陸を行うかもしれない、と告げられる。その後の、誰が最初に月に降りるのか。アームストロングとオルドリンの反応が正反対。アームストロングの性格だったからこそ、様々なものに耐えられたのかもしれない。アポロ11号のクルー3人の関係は不思議な関係だ。宇宙飛行士というと、誰とでも仲良くできて、チームワークを大切にする。意見が違うことがあっても冷静に話し合って理解し合う。何が起こるかわからない、命の危険もある宇宙空間。お互いの命を預けても構わないぐらいに信頼し合うことを大事にするイメージがある。この3人はちょっと違う。信頼していないわけではないけど…。これで耐えることができた3人はすごいと思う。

 月着陸の箇所も、知らなかったことがいくつもあった。そういえば、アポロ計画、ならびに11号の飛行を支えたジョン・ハウボルトとマーガレット・ハミルトンの名前が出てこなかったのが残念。アームストロングの伝記だから仕方ないか。
 残念なのは、月面での写真にアームストロングの写真はほぼないということだ。写真はほとんど全てオルドリンのものだった。アームストロングの控えめな性格のせいなのだろうか。それとも、そこまでのことを想定していなかったということなのだろうか。6分の1の重力は、歩くこと以外でも不便なことがある。無重力(微小重力)ではないのだから、ISSほどの慣れと苦労はしないのだろうと思っていたが、どうも違うらしい。月面での生活を描いたSF作品を見る目が変わりそうだ。
 アポロ11号の月面着陸というと、星条旗を月面に立てたのも印象的で、その意味を考えてしまう。その一方で、国に関係なく宇宙に挑んできた人たちへの敬意を示した記念品を月面に残していた。

 帰還後、アポロ11号のクルーは地球の英雄となった。注目されればされるほど、各々の利害のためにデマを流して利用しようという人もいる。メディアは追いかけ回す。しかし、アームストロングの性格や考えはぶれることはなかった。アームストロング個人を勝手に英雄視する商品などに対しては抗議をした。少しも舞い上がることもなく、謙虚であり続けた。そして、アームストロングはパイロットであった。これは現代も変わらないのだが、読んでいて、アポロ11号の船長である宇宙飛行士のアームストロングと、一個人のニール・アームストロング。これを切り離して報道なり、捉える、認識することは人類にはできないのだろうか。人類は月まで行ったというのに。現代なら、できている国や地域はあると思う。しかし、日本はできていないと思う。読んでいて悲しくなった。

 映画はどんな感じなのだろうか。この原作から映画を作るのは難しそうだ。「Hidden Figures(邦題:ドリーム)」みたいになっているのだろうか。こちらも原作はとても堅いノンフィクションだった。
 この本のこの堅さ。これこそが、アームストロングなのだと思う。
 
by halca-kaukana057 | 2019-08-22 23:09 | 本・読書

ユルスナールの靴

 須賀敦子さんの作品を。生前最後の作品だそう。


ユルスナールの靴
須賀敦子/ 河出書房新社、河出文庫/1998(単行本は1996)


 20世紀フランスの女性作家、マルグリット・ユルスナール。「ハドリアヌス帝の回想」、「アレクシス、あるいは虚しい闘いについて」、「黒の課程」、「東方綺譚」、「なにを?永遠を」などの著作がある。第二次世界大戦の前にパートナーの女性に誘われアメリカへ渡った。ユルスナールの作品を愛する須賀さんが、ユルスナールの足跡を追い、須賀さん自身の人生に重ね合わせる。

 マルグリット・ユルスナールのことはこの本で初めて知りました。どんな作家なのか、どんな小説なのか、さっぱりわからないので読んでもよくわからないところがたくさんあった。でも、須賀さんがユルスナールのことが好きで、ユルスナールの文章、作品が好きで、それを追いかけていきたい、というのが伝わってくる。

 この本はこのように始まる。
 きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。行きたいところ、行くべきところぜんぶにじぶんが行っていないのは、あるいはあきらめたのは、すべてじぶんの足にぴったりな靴をもたなかったせいなのだ、と。
(9ページ)

 わかる、と思った。「靴」は実際の靴そのものでもあるし、機会、チャンスとか、様々な手段、境遇、環境…様々なものに置き換えることができると思う。ユルスナールについての本なのに、何故こんな文章から始まるのか。靴の話からユルスナールの話にどうつながるのか。そう思って読んでいくと、ユルスナールは須賀さんにとってとても大きな存在なのだと思う。須賀さんにとって目標であり、理想であり、深く深く共感できる存在なのだと思う。
 とは言え、須賀さんがユルスナールの作品に出会ったのは、そんなに昔ではなかった。

 だれの周囲にも、たぶん、名は以前から耳にしていても、じっさいには読む機会にめぐまれることなく、歳月がすぎるといった作家や作品はたくさんあるだろう。そのあいだも、その人の名や作品についての文章を読んだり、それらが話に出たりするたびに、じっさいの作品を読んでみたい衝動はうごめいても、そこに到らないまま時間はすぎる。じぶんと本のあいだが、どうしても埋まらないのだ。
(31ページ)

 ユルスナールはそんな存在だったという。でも、読んだらぐいぐいと惹かれていった。ユルスナールを追って、イタリアやギリシア、アメリカも訪れる。自身とユルスナールを重ね合わせる須賀さん。様々なものごとを消化(昇華)できなかった須賀さんの過去を、ユルスナールが紡いだ言葉がほどいていく。本を読んで、自分の過去や境遇と重ね合わせることは私もある。何かを経験した後、あの本のようだなと思うこともある。でも、須賀さんがユルスナールの作品に思うことはもっと深い。須賀さんとユルスナールが静かに対話しているように思う。

 須賀さんは、ユルスナールを追うだけでなく、「ユルスナールのあとについて歩くような文章を書いてみたい」(256ページ)とこの本につながった。同じ作家、物書き、言葉で生きている2人だからこそできることだ。本文中でユルスナールの各作品の一節が引用されていて、雰囲気は感じられる。でも、ユルスナール作品を読んだらもっと楽しめるし、深みを感じられるのだろうなと思う。日本語訳が結構出ているので読んでみたい。上記引用のように、なかなかたどり着けないかもしれないけれど…。須賀さんの本は読んでいて、静かな、凪いだ気持ちになれる。私も、そんな文章を書くなり、歌を歌いたい。
by halca-kaukana057 | 2019-08-09 22:48 | 本・読書

ある一生

 よく、本屋や図書館で偶然目にした本を読んでみたら面白かった、ということはあります。ネットではそういうことがない、と。でも、ネットでも、たまたま見つけた本が気になって、読んでみたら面白かった、ということもある。そんな本です。


ある一生
ロベルト・ゼーターラー:著、浅井晶子:訳/新潮社、新潮クレスト・ブックス/2019

 20世紀初頭、アルプスのふもとの村。アンドレアス・エッガーは私生児として生まれ、母親はエッガーが幼い頃に亡くなった。4歳ぐらいのエッガーを引き取った農場主のクランツシュトッカーは、エッガーに厳しい労働を課し、事あるごとに体罰を与えてきた。その体罰が原因で、エッガーは右の脚が不自由になってしまう。それでも、エッガーはたくましく成長し、18歳の時農場を出て一人で暮らすようになった。その後、29歳になった頃、エッガーは山の中に小さな小屋つきの土地を買い、そこに住んでいた。吹雪のある日、エッガーはヤギ飼いの老人「ヤギハネス」の小屋に立ち寄り、ヤギハネスが瀕死の状態にあるのを見つける。村にヤギハネスを運ぼうとするが、その途中、ヤギハネスは「死ぬ時は氷の女に会う」と言い残し、吹雪の雪山へ向かってしまう。その後のエッガーは…。


 そんなに長くない物語です。でも、とても濃い。「ある一生」のタイトルのとおり、エッガーの生涯について語られる。恵まれない…と思うのは、エッガーにとってはどうなんだろう。エッガーは「恵まれない」と思っていたようには思えない…。過酷な環境で育った少年時代。虐待により、脚に障碍を負ってしまう。でも、この物語は「障碍者」としてのエッガーの物語ではない。あくまで、ひとりの人間としてのエッガーという男の物語だ。だから、エッガーを「恵まれない」「かわいそう」とは思ってしまうが、それはエッガーにとっては本望ではない。

 エッガーはとてもたくましい、力強い男で、どんな過酷な仕事もする。エッガーの住む村・山を観光のために開発していた会社で仕事をする。不平不満を一言も言わず、黙々と仕事をする。山で仕事をするには過酷な冬でも仕事をする。それは、愛する妻のため。素直で、朴訥で、仕事以外の面では不器用なエッガーのけなげさがまっすぐ伝わってくる。そんな、エッガーのある喪失。素直でけなげだからこそ、そのかなしみもまっすぐ伝わってくる。

 エッガーの生涯は、20世紀の歴史そのものでもある。第二次世界大戦が始まり、エッガーもナチス・ドイツ軍に召集される。戦場での出来事。戦時中でも、エッガーの生き方は変わらない。やれと言われた任務を遂行し、環境の厳しさに辛さを覚えることはあるが、置かれた環境では文句ひとつ言わない。ただ、時代、世の中の流れに乗って、その時その時を生きている。エッガーの住む山もどんどん変わっていく。でもエッガーは一歩一歩、ゆっくりと歩いていく。

 エッガーの生涯は、自然とともにあった。育ったアルプスのふもとの村の自然は、刻々と移り変わる。山は人間にはどうしようもない試練を与える。その厳しい自然はむごい結果を生む。エッガーもその被害に遭っているのに、山や自然を恨むことはしない。自然と一緒に生きている。戦争から帰って来たエッガーは、観光客と接することになるが、その観光客とエッガーが自然に何を感じるかの対比を描いたシーンが印象的だ。
「どこもかしこもこんなにきれいなのに、あんたには見えてないのかい!」エッガーは幸福感で歪んだ男の顔を見つめて、言った。
「見えてるが、すぐ雨になる。地面がぬかるんできたら、きれいな景色もなにもあったもんじゃない」
(111~112ページ)

 あと、134ページも、エッガーの生き様をよく語っている。長く、実際に読んで味わって欲しいので引用はしません。

 ひとりの男の生涯。この物語そのものも、エッガーのように無駄なことを一言も話さない。エッガーは、環境を、時代を、境遇をそのまま受け入れた。ごまかすことも、誇張することもしない。私も、過去も今もそのまま受け入れる…読後、そんな気持ちでいた。
by halca-kaukana057 | 2019-08-01 21:18 | 本・読書
 福岡伸一訳の文庫版が出たので、河合祥一郎訳の方も「月3部作」と合わせて読みました。久々の「ドリトル先生」シリーズ。



新訳 ドリトル先生航海記
ヒュー・ロフティング:著、河合祥一郎:訳、patty:イラスト/アスキー・メディアワークス、角川つばさ文庫/2011


 「航海記」の前に第1作「アフリカ行き」も再読すればよかった。アフリカに帰ったオウムのポリネシアとサルのチーチー、アフリカからオックスフォード大学に留学しているバンポ王子、彼らのアフリカでのことが繋がってくる。ムラサキ極楽鳥のミランダと、この「航海記」のキーパーソンとなるロング・アローのことも。でも、そういう細かい部分が分からないままでも、「航海記」は面白い。靴屋の息子のトミー・スタビンズがドリトル先生に怪我をしたリスを診せることで、助手になることに。この「航海記」からトミーが語り手になる。「月3部作」ではもう立派な博物学者、獣医の助手になっているが、「航海記」では博物学のこともよくわからない。でも、海を越えて遠くへ行きたい、冒険したいという少年の純粋な好奇心に、読んでいる側もワクワクする。海を越えて遠くの国へ行きたい…日本と同じ島国のイギリスだからこそ、わかる気がします。知らない世界は陸続きではなく、海の向こうという考え方にワクワクします。

 ちなみに、「アフリカ行き」での最大の問題、井伏鱒二訳の「オシツオサレツ」を新訳ではどうしたか。それは読んでのお楽しみ。やっぱり「アフリカ行き」も読まないと…。

 航海に出るまでの話が長いが、重要な要素だと思う。ドリトル先生が動物と話ができるというだけでなく、とても人道的で親切で、正義感があり、動物の命と同じように人間も大事にする。航海に出て、クモザル島での話にも関わってくるが、権力にひれ伏したり権力を強引に行使するのではなく、人間も動物も皆平等な命であり、権利を持っていると考えている。その一方で、私利私欲、我がままを押し通そうとするものや、動物を大事にしないものにはとても厳しい。欲がない、利益を求めないので、お金には困ってばかりだが、それでもうまい具合に進んでしまう。人徳のあるドリトル先生だからこそなのだなと思う。

 トミーの両親とドリトル先生のシーンもいい。大人同士の話になりがちだが、子ども、トミーのことを両者ともよく考えている。ドリトル先生は音楽も好きでフルートが得意というのもいい。ドリトル先生、不足しているところは何もないじゃないですか。お金には縁がない、ぐらい…?

 ドリトル先生は常に新しいことを学ぼうとしている。「月3部作」では昆虫の言葉を研究していたが、「航海記」は海らしく貝の言葉。ドリトル先生は様々な動物、生物の言葉を研究し、学び、習得する。外国語を学ぶのは難しい。文法もだし、発音も難しい。フィクションとはいえ、ドリトル先生はそれを独学でやってのけてしまう。トミーも、ポリネシアに教えられて、まずは英語の読み書き(トミーは貧乏なので学校には通えなかった)、そして動物の言葉を学び始める。「月3部作」ではもう動物の言葉を自在に話せるようになっている。ドリトル先生もだが、トミーも学ぶことを怠らない。お手本にしたい。

 井伏訳でも書いたが、「航海記」で明らかになるドリトル先生の名前の秘密…「Do little」(ドリトル)。クモザル島で、それはドリトル先生の功績に似合わないので、「シンカロット(Think a lot)」に変えられてしまう。「Do little, Think a lot」…やっぱりドリトル先生は、「Do a lot, Think a lot」だと思うけどなぁ。本の上だけで終わらず、必ず旅に出て現地で学び、実行に移す。こんな人物が、第一次大戦後に描かれていた。当時はさぞかし斬新に見えたと思う。

 あとがきで、井伏訳との違いについて書かれています。井伏訳では、イギリスの文化・生活についての理解が不十分で削られたところがあったという。イラストは可愛い、今の子どもたちに親しみやすいけれども、訳は手を抜いていないところはいいと思う。でも、ロフティング自身のイラストもやはり魅力的なんだよなぁ…。この河合訳のトミーのキャラデザはとても可愛らしく、利口で利発な少年という感じがする。いきいきしていていい。

 ドリトル先生の旅は結構長い。この「航海記」も1年は旅に出ているし、「月3部作」もドリトル先生は1年月に滞在した。さて、9歳半だったトミーはいくつになっているんだ…?ドリトル先生年表とかないのか。

・井伏鱒二訳、岩波少年文庫:ドリトル先生航海記
by halca-kaukana057 | 2019-07-26 22:40 | 本・読書
 アポロ月面着陸50年を記念して、私も月に関する本を色々と読んでいます(第1弾は先日の「ドリトル先生」月3部作新訳)。

月 人との豊かなかかわりの歴史
ベアント・ブルンナー:著、山川純子:訳/白水社/2013

 月に対して、人間は何を思ってきたのか。月のことをどう考えてきたのか。月の科学と、月の文化的な面での歴史について記した本です。

 私は時々、天文仲間さんたちと人通りのある街中の公園で望遠鏡を設置して、通りすがりの人々に向けて小さな観望会を開く。街頭やネオンがある街中なので、観る対象は主に月、木星や土星などの惑星など明るく目立って、インパクトのある天体だ。月は定番の対象だが結構人気がある。クレーターや暗い「海」を拡大した像を観たお客さんの反応に嬉しくなってしまう。「初めて望遠鏡で観た」「すごくボコボコしてる」「これが月!?」「ちょっとヤバい!」…。私も初めて望遠鏡で月を観たのは小学生だったが、図鑑で観た月がまさに目の前にあることにとても興奮した。月を望遠鏡で観ることには慣れたとは思うが、それでも月を観る度にわくわくする。普段、裸眼で観る月。望遠鏡で観る月。月齢や月の位置でも見え方が変わり、月が見えるだけで嬉しくなる。夕方の空に見える細い三日月だと尚更嬉しい。月食となればどう観測しようか考えて準備をしているだけでも楽しい。赤銅色の皆既月食の月にはとても惹かれる。私の個人的な月への想いを語ってみた。ここで止めておくが、語ろうと思えばもっと語れる。その位、月は魅力的な天体だ。

 人類が誕生して、月はその歴史にずっと寄り添ってきてくれたようにこの本を読むと思う。人類が月を観続けてきたのか。世界各地の神話や民話に登場し、太陽と同じように特別な存在と思ってきた。今は電気があるから夜も明るいが、古の時代の夜の月明かりに、人間は安堵したのだろうか、それとも狂気(ルナティック、ルナシー、ルーニー、ムーニッシュ)を覚えるのか。月に関する文学や芸術、伝承の多さに驚く。

 天文学の発達により、月の姿が次第にわかるようになってきた。望遠鏡でクレーターや「海」を詳細に観測し、月面図が発表された。月の地形がわかってくると、また人類は月はどんな世界なのだろうかと想像する。月面図の地形は近くで見るとどうなっているのか。月に生命や人類はいるのか。月の起源についての記述もある。話はずれるが、ヒュー・ロフティングの「ドリトル先生」月3部作では、月は元々は地球の一部だったとある。これは「ジャイアント・インパクト説」であり、ロフティングが「ドリトル先生」シリーズを執筆した時にはまだこの仮説はなかった。ロフティングは一体…と思ったのが、19世紀から月は地球の一部だったという「分裂説」が存在していた。ロフティングはこの「分裂説」を用いたのかもしれない。
 ここで、ジュール・ヴェルヌの「月世界旅行」が出版される。「月世界旅行」と、実際のアポロ計画との一致の多さに驚いた。月へ行く物語は「月世界旅行」の前にも後にも存在したが、SF小説としての先駆けだった。そして、ヴェルヌは現実の科学にも影響を与え続けている。

 人類は月に関して、様々な想像をしてきたが、アポロ計画で実際に人類が月に向かうことになる。アポロ計画以前・以後についても書かれている。アポロ計画を人々がどう受け止めたか。アポロ計画はアメリカと旧ソ連の宇宙開発競争でもあった。この宇宙開発競争がなければ、人類はこんなに早く月に立っていなかったと思う…皮肉なものでもある。月に立っただけでなく、アポロ計画はたくさんの技術革新をもたらした。そして、人類にこのような考え方ももたらした。引用します。
 幽霊のような足取りで歩く宇宙飛行士の姿と金属的な声がゆらゆらとした映像で生中継されたとき、世界中に興奮の波が広がったことは、文化的記憶の一ページとなり、過ぎ去った世紀の忘れ形見となった。もっとも意義深く、心に刻み込まれたのは、カメラが地球へ向けられたときの映像だろう。このとき初めて、私たち惑星の全体というものがもはや抽象的概念ではなくなった。ついに、地球は個々の場所としてでなく、文脈のなかで認識されたのである。月への旅は、私たちがかつて感じたことのない、宇宙のなかで自分たちの特異性と私たちの住むオアシスの有限性を感じさせてくれた。人類はこの世界の外へ外へと飛び出していったものの、私たちの想像力はますます内側へと向かっていった。
(214~215ページ)
 アポロが月へ行き、世界各国の月探査機が月を調査し、月の科学的な姿は日に日に解明されつつある。でも、月を舞台にしたSF小説や月を題材にしたファンタジー、芸術作品はなくならない。お月見などの文化的慣習もなくならない。月にはウサギがいるという民話も、「竹取物語」のかぐや姫もなくならない。月を見て遠くに住む大切な誰かを想ったりする感情や、それを歌った歌などもなくならない。科学的な月の姿と、文化的な月の姿。それは対立するものではなく、人間の心のなかで共存している。これからも、月は人類の伴侶、相棒、友人…よき隣人であり続けるだろう。私はこれからも、月を様々な方向から観続けていたい。


by halca-kaukana057 | 2019-07-24 23:17 | 本・読書
 アポロ11号による、人類初の月面着陸から50年。1969年7月20日(アメリカ東部夏時間)のことでした。日本時間だと21日なので、今夜は前夜祭といったところか。アポロ11号そのもののノンフィクションや、天文学としての月の本も読んでいるが、月にまつわる本、月に行くことを描いた本…この本を思い出した。せっかく新訳が出ているのだからシリーズ途中からになるが再読。


新訳 ドリトル先生と月からの使い

ヒュー・ロフティング:著、河合祥一郎:訳、patty:イラスト/アスキー・メディアワークス、角川つばさ文庫/2013



新訳 ドリトル先生の月旅行

ヒュー・ロフティング:著、河合祥一郎:訳、patty:イラスト/KADOKAWA、角川つばさ文庫/2013



新訳 ドリトル先生月から帰る

ヒュー・ロフティング:著、河合祥一郎:訳、patty:イラスト/アスキー・メディアワークス、KADOKAWA、角川つばさ文庫/2013



 イギリス文学が専門の河合祥一郎さんによる新訳。イラストもアニメ調の可愛らしいものに。以前は岩波少年文庫の井伏鱒二訳こそ「ドリトル先生」シリーズだと思っていたのですが、新訳もいいなと思いました。「月から帰る」の献呈文もちゃんと削らすに書いている。イラストは今の子どもたちに親しみやすくていいんじゃないかと思うのですが、でもロフティング自身のイラストもあるんだよと知って欲しい。訳の文章は読みやすいけど、ちょっと現代的過ぎるところもあるかなと。新訳についてはこの辺で。


 1928年から1933年にかけて発表された「月3部作」。再読してみて、やっぱり面白いと感じました。「月からの使い」は月に関係ない話で始まり、一体月からの使いはいつ出てくるんだ?と思いつつも、その前半の話が伏線になってくる。運命に導かれるように、ドリトル先生は月に向かうことになる。助手のトミーももちろん一緒に行きたいと思うが、危険だという先生の判断でトミーは地球、パドルビーに残るようにと言われてしまう。それでも先生についていきたい。先生をひとりにしてはいけない。出発の夜、トミーはこっそりと蛾に乗り込み、ドリトル先生、オウムのポリネシア、サルのチーチーと一緒に月へ向かう。旅立った後、トミーがついてきたことがばれるシーンが印象的だ。先生とトミーの絆、信頼関係の強さ。だからこそ、「月旅行(月へゆく)」でトミーがひとり帰されてしまうシーンは胸が痛くなる。でも、「月から帰る」でドリトル先生が月から帰って来るまで、帰って来た後もトミーは立派に働く。博物学者としても、獣医としても、ドリトル先生の家を守ることにしても。離れていてもドリトル先生とトミーの信頼関係は揺るぎ無いものであるし、離れていた期間があるからこそ、トミーは立派に成長していったのだと思う。

 「月からの使い」の巨大蛾が何者でどこから来たのかを調べるシーンでも、「月旅行」で月を調査するシーンでも、未知のものを科学的に、博物学的に丁寧に調べる姿がいいなと思う。自分の足で歩き、見たもの、聞こえたもの、出会ったものを観察し、記録し、事実から可能性を考える。必要なら議論もする。ドリトル先生は医師で博物学者であるが、その根底には科学もあり、また音楽にも詳しい…物事を専門的かつ総合的に観ることのできる学者だ。それだけでなく、未知の世界を探検する冒険家でもある。動植物の命を尊重し、救うことのできる人道的な人でもある。「ドリトル先生」シリーズはファンタジーのようだが、「月3部作」はSFでもあり、科学の手法にのっとったリアルさも持ち合わせた物語だと今読むと思う。

 話は少しずれるが、同じイギリス文学の、「シャーロック・ホームズ」シリーズのホームズとワトスンのいいところを足したのがドリトル先生か?と思う。井伏鱒二訳を読んだ時は「ホームズ」シリーズを読んでいなかった。「月から帰る」の、月での記録を本にまとめようとするドリトル先生は、研究を始めたら一心不乱、それ以外のことは気に留めない、常識はずれのことまでやってしまうホームズと似ているところがある。でも、研究を後回しにしても病気や怪我をした動物たちがやってくれば診察し、必要なら保護する優しさはワトスンか。

 「月3部作」で描かれる月の姿は、空想の姿だ。でも、今でも月についてはわからないことがある。地球に一番近くて、身近な天体なのに。アポロが月に行って、人類は月の上を歩いて調査もしたのに、まだわからないことがある。探査機を飛ばして、明らかになったことに驚き、そこから更に空想する。「かぐや」の探査によって見つかった月の地下の巨大な空間。様々な探査機により、月には凍った状態の水があるのではないかとわかってきた。地球から見ることのできない月の裏側の探査も始まっている。また人類は月に向かおうとしている。事実がわかっても、そこからまた謎が出てくる。それが空想を生む。アポロが月へ行く…宇宙開発もまだロケット開発が始まったばかりの時代、こんな鮮やかでワクワクする月の姿を空想した物語が生まれているんだ。人類は物理的にももっと"遠く"へ行けるだろうけど、空想の世界ならもっともっと"遠く"に行けるだろう。

 ただ、"遠く"に行くということは、地球から離れる…孤独を意味する。月の巨人がドリトル先生を帰したがらなかった理由が切ない。ドリトル先生が行った月にはまだ動植物たちがいる。でも、実際の月は荒涼とした死の世界だ。「死の空間」は宇宙空間だけではない。現実には月も「死の空間」。月には可能性もあるけれども…初めのうちは月の巨人と同じ思いをするだろうなと思う。

 それにしても、ロフティングが空想した宇宙や月が、将来を暗示するかのような表現をされていることに改めて驚いた。月は地球の一部だった(ジャイアント・インパクト説?)とか、月から帰ってきたオウムのポリネシアの飛び方やドリトル先生の身体の反応。月は地球より重力が小さくて、軽々とジャンプして移動することができる…これが理論的にわかったのはいつなのか、まだ調べられていない。

 どんな時も、月が見えると嬉しくなる。夕焼け空の三日月、青空に白い月、大きくて明るい満月。「ドリトル先生」の「月3部作」を読んで、月がもっと好きになった。そんな気持ちで、日本時間だと明日の人類月面着陸50年を祝おうと思う。

 ちなみに、ロフティングは、「月旅行」で「ドリトル先生」シリーズをやめようと思ったそうだ。ドリトル先生は月に残ったままで。しかし、読者たちの強い希望で続編「月から帰る」を書いた。なんだかこの点も「ホームズ」シリーズみたい。


【過去記事:井伏鱒二訳ドリトル先生「月3部作」】
ドリトル先生と月からの使い
ドリトル先生月へゆく
ドリトル先生月から帰る

 新訳は「航海記」も読む予定。というのは、福岡伸一訳「航海記」が文庫化したので、読み比べようと…。久々に「ドリトル先生シリーズ」タグの記事を書けて嬉しい。
by halca-kaukana057 | 2019-07-20 23:35 | 本・読書
 アニメを観ました(もう1週間経っていますが)。面白かった!!

◇アニメ公式:TVアニメ「ヴィンランド・サガ」公式サイト
◇NHK公式:NHKアニメワールド:ヴィンランド・サガ
 7月25日~27日、再放送あります!

 アニメは、原作の1話からではなく、トルフィンの幼少時代から始まります。以後、原作ネタバレありで書きます(原作の感想をずっと書いてきたんだし)。

・原作1巻(少年マガジン版):注目の漫画2選
・原作2巻(少年マガジン版/アフタヌーン版の追記あり):ヴィンランド・サガ2
・原作3巻(アフタヌーンに完全移籍):ヴィンランド・サガ 3

 連載が開始されたのが2005年。もう10年以上も前なんですか!その間ずっと読んできたのか私…。ずっと読んできた作品がアニメ化されて、全部カラーだし動くししゃべるし…感慨深いものがありました。キャラクターの動きや背景の美しさに魅了されていました。アニメ1話の冒頭、これは原作にはなかったような…。トルケルが出てくるのはまだ先ですが、ここでトルケルが出てきて嬉しかった。大塚明夫さんのトルケルを楽しみにしていました。イメージぴったりです!戦闘シーンの動きもすごい。3話一気に観られたのもよかった。1話だけだと1週間待ちきれなかったと思う。

 アイスランドの村に暮らす少年トルフィン。父トールズ、母ヘルガ、姉ユルヴァと、平和に、慎ましく暮らしていた。商人で冒険家のレイフ・エイリクソンが話してくれた「ヴィンランド」…アイスランドのように寒くなく、草木が茂る豊かな土地が海のずっと向こうにある。ヴァイキングとは違う人間が暮らしているらしい。その「ヴィンランド」に想いを馳せる。少年時代の無邪気で好奇心旺盛なトルフィンの豊かな表情がとても可愛かった。その一方で、トルフィンは何故ご先祖様たちがアイスランドに住むようになったのかをレイフのおっちゃんから聞く。寒さが厳しく、土地も痩せている。こんな厳しい島に何故住んでいるのか。重なるように、ハーフダンの屋敷から逃げてきた奴隷、父トールズの過去…ヴァイキングの戦士たちの中でも最強と呼ばれるヨーム戦士団で、最も強いと言われていた男・トールズが何故このアイスランドにいるのか。
 ヴァイキングの男は戦い、人を殺すことが美徳と北欧神話では信じられてきた(原作の感想でも書いているのですが、ヴァイキングにとって北欧神話は宗教だった)。そのヴァイキングの社会の中で、戦うこと、人を殺すことが嫌な人はどうしたらいい?できなくなった人はどうなる?
 「逃げる」のは、「弱い」から?「弱い」とは、「強い」とは?生きるために「逃げる」のか?
 現代にも通じるテーマを、もっと厳しい北欧のヴァイキングたちで描く。骨太で屈強なヴァイキングの戦士たちの戦闘シーンと、繊細だけれども芯の強さと心の奥深さを感じる内面。これがアニメでもそのまま描かれていて、「ヴィンランド・サガ」の原点に立ち返った気持ちになりました。

 父トールズの言葉「剣は人を殺す道具だ」「お前に敵などいない」「本当の戦士に剣などいらぬ」。不戦の誓いをしたトールズの信念も再確認しました。原作22巻では、トルフィンがその信念を再確認するシーンがいくつかある。ヨーム戦士団のその後も描かれる。22巻の感想になってしまうのですが、ヨーム戦士団から逃げたトールズと、そのヨーム戦士団であることをしたトルフィン。父から息子に受け継がれた想いが通じてよかったな…と、アニメを観て最新刊の深さを実感しました。

 アニメではトルフィンの幼少時代、アイスランドから物語が始まります。一方、原作の1話はその後の成長したトルフィンやアシェラッドが大暴れするところから始まります。原作の1話は、ヴァイキング、トルフィン、アシェラッドの強さを見せつけられます(まさにあのキャラクターのように呆然としてしまう)。アニメだと、「ヴィンランド」の存在と「逃げる」こと、トールズの信念が強調されているように感じます。アニメがもう少し進めば、これから長い物語、「サガ」が始まるのだと実感できると思います。もう始まっているのですが。

 アニメのよかったシーン…もう全部wヘルガさんもユルヴァちゃんもレイフのおっちゃんもイメージそのまま。あのユルヴァちゃんが動いてしゃべっている…嬉しいです。ハーフダンは以前は悪党と思っていましたが、アニメで見返して、原作も読み返すと、ちょっと違うなと。法は守る。法を貶す者は、自分の手下であっても容赦しない(このシーンも痛々しくて辛いけど割愛されなくてよかった)。とはいっても、トールズとの取引きは酷いものですが…。フローキは最新刊のイメージの方が新しかったので、始まりの頃のフローキに、そうだった…と思い出しました。そしてアシェラッド。声が軽い感じがして、あれ?と思ったのですが、それは8巻あたりのイメージだからだと思う。1巻あたりのアシェラッドはこのぐらい軽くていい。後から渋みや重み、狡賢さが加わればいい。ビョルンもいい感じです。

 原作を8巻まで読み返したのですが、最新刊に繋がるシーンが多いなと感じました。これから新キャラも出てくるのですが、どう描かれるのだろう。気になるのはクヌート。2~3話はある理由で、観ているとやきもきするんじゃないかとw

 音楽もよかった。オープニングはトルフィンの心の叫びか…トルフィンだけではないな。エンディングのAimerさんの「Torches」、とても良かった。気に入りました。CD発売を楽しみに待とう。
 
 本当にこれからが楽しみです。24話。じっくり観ます。どこまで進むのかな。

by halca-kaukana057 | 2019-07-15 22:41 | 本・読書
 国立天文台の縣先生の新刊です。


ヒトはなぜ宇宙に魅かれるのか ― 天からの文を読み解く
縣 秀彦/経済法令研究会、経法ビジネス新書/2019 


 宇宙・天文に関する様々な話題が増え、宇宙・天文に関心を持つ人が増えている。人類は古代から星空を見つめ、星、天体とは何なのか、宇宙とは何なのか、何があるのかと読み解こうとしてきた。20世紀になると人類は宇宙に行く手段、技術を得、無人・有人で宇宙を探査したり、宇宙空間を利用するようになった。21世紀になると、宇宙を舞台にしたビジネスも加速的に始まった。
 宇宙と人間の歴史と関わりについて、様々な視点から解説している本です。

 縣先生は国立天文台で広報やアウトリーチの活動を行っています。天文や科学を一般市民にもっと知ってもらう…というよりは、税金を使っているので「成果を還元していく」。この本では、人間が宇宙や天文、科学に対してどんなアプローチが出来るのか、様々な例を挙げています。宇宙は遠い彼方のことで、日常生活には直結しない。でも、宇宙や天文は「文化」にもなりつつあり、もっと身近にあるものなんだ。例えば、昨日は七夕(月遅れの8月7日、「伝統的七夕」もお忘れなく。新暦は邪道、というよりも、3回やってもいいじゃんと私は思います。ちなみに今年は伝統的七夕も8月7日)。他にも十五夜、十三夜もあり、日本には天文にちなんだ風習がある。流星群が見られるかもしれないとよくニュースで取り上げている。月が普段より大きいとか赤いとかというのでも話題になるし、日食、月食となればさらに話題になる。こんなに宇宙や天文が話題になりやすく、関心をもたれやすいのに、「宇宙は遠い」「身近じゃない」のだろうか…。どんどん身近になりつつあり、文化になっていっていると思う。

 私はこれまで、宇宙がもっと身近になればいいと思ってきた。このブログでも、何度も、「地上の延長線上に宇宙があって、その延長線がどんどん短くなればいい」と書いてきた。それは、主に宇宙開発でのことでした。地上とISSでの暮らしぶりだとか、意識的な距離感だとか。でも、天文でも同じことが言える。重力波やブラックホールは遠い存在のようで、原理は身近にある物理法則と変わらない。重力波やニュートリノは、私たちの身体に感じられない規模で通り過ぎ、すり抜けていっている。それが天文学的規模になると大発見になる。まだまだ分からない宇宙の成り立ちや構造の謎がひとつひとつ解き明かされれば、もっと宇宙は身近になるのではないだろうか。

 宇宙と天文の歩み、歴史、現在についての概論もあるので、宇宙の入門書にもおすすめです。ブラックホールの縁の観測までは載っていませんが、重力波観測など、新しい話題も多いです。
by halca-kaukana057 | 2019-07-08 21:52 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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