人気ブログランキング |

カテゴリ:日常/考えたこと( 235 )

Season's Greetings

 明日はクリスマス。冬のご挨拶に、冬らしいこぎん刺しを刺しました。
Season\'s Greetings_f0079085_22522667.jpg


 楽しい冬をお過ごしください。


by halca-kaukana057 | 2019-12-23 22:54 | 日常/考えたこと
 たまに、このブログがどこで言及されているのか、検索することがある。そんなこと気にしない、と思えればいいのだが、私もそこまでの人間ではない。気になってしまう。コメント欄を閉じているからこそ尚更。

 先日、某所でこのブログの一記事が言及されていた。かつて好きだったものについての記事。そのことについて知りたいことがある人がいるらしい。それでこのブログにたどり着いたようだが(ありがたい)、続けてこう書いてあった。

「この記事が正しければですが」

 カチンと来てしまった。
 このブログには、嘘やデマ、噂程度のことは書かないようにしている。私自身の考察によるものは考察だとわかるように「~だと思う」「~なのかな」と私の考えである書き方をしている(つもり。記事によって統一されていないものもある)。リアルタイムで読んでいる漫画や観ているアニメなど、伏線や物語の謎が解けておらず、またその時点での物語の読み間違いで間違っていることを書いているところもある。後からフォローを入れていればいいのだが、忘れているものもある。でも、繰り返すが、このブログには嘘やデマ、噂程度のことは書かないようにしている。間違っていたとはっきりわかれば、後から訂正追記を入れます。

 話を元に戻して、その該当の記事の内容は、CDのライナーノートに書かれていることである。ソースはちゃんとある。ライナーノートによると、とソースを明確にしている。それなのに。

 それ以上に私がカチンと来たのは、私がその記事を書くのにどれだけの熱意を持って書いていたかだ。私が楽しいと思ったこと、面白いと思ったこと、好きなこと、もっと知りたいと思ったこと…そんなワクワクした感情を原動力にひとつひとつの記事を書いていた。記事にするためにはわからないことや曖昧なこについて資料を調べたり、興味深いものごとの繋がりがないか考えたり、わかりやすく、面白く伝わるように文章を考えたり…結構大変だ。毎週定期的に書いていたネタに関しては尚更である。そんな面倒くさいことをするためには、熱意がないとやっていられない。このブログは何のためか、時々考えたり、わからなくなって迷ったりするけれども、今答えを出すなら、私の心の中にある熱意のためだ。ワクワクした感情の行き先がここなんだ。

 近頃、また私はこのブログの意味や、何のためなのかわからなくなって迷ってしまっていた。先のたった一言がその答えを出すきっかけになったのは皮肉だ。心外だ。でも、自分の気持ちを整理できてよかった。

 私の心の中にある熱意のため…ならば熱意がないなら書けない…事実だと思う。更新が少ない時は忙しかったり、何かに悩んでいて元気がなかったりなど、何かに興味を持つ熱意と、ブログ記事にする熱意が足りない時です、きっと(言い訳)。


by halca-kaukana057 | 2019-12-20 21:48 | 日常/考えたこと
 NHKスペシャルで放送された「ボクの自学ノート 7年間の小さな大冒険」を録画で観ました。
NHKスペシャル:ボクの自学ノート ~7年間の小さな大冒険~
NHKドキュメンタリー:ボクの自学ノート~7年間の小さな大冒険~
 ↑元々はBS1のドキュメンタリーで放送された番組でした。番組未放送のインタビューも。

NスペPlus:読む「ボクの自学ノート」① 地元時計店・吉田社長との7年間の交流
 ↑自学ノートを読めます。

 主人公は梅田明日佳くんという男の子。小学3年生の頃宿題として出された「自学ノート」に、興味を持ったことについて調べ、書き続けている。「自学ノート」が宿題ではなくなった中学生になってからも書き続け、そのことを振り返った作文が「子どもノンフィクション文学賞」大賞を受賞。明日佳くんの「自学ノート」がどんなものなのか、「自学ノート」でどんなことを学んできたのか、「自学ノート」をきっかけに出会った大人たち、「自学ノート」を書き続ける一方で明日佳くんとお母さんは悩むこともあった…。その様を描きます。

 番組を観て、すごいな、明日佳くんはすごいなと思いました。「自学ノート」…私も小学生の頃、宿題で「一人勉強ノート」というのが出ていて、似たようなことをしていました。「一人勉強ノート」は、自分のやりたい勉強をやる、というルールでした。明日佳くんの元同級生が語ったように、普通は計算問題や漢字練習をする。でも私は、国語辞典や百科事典の興味のある項目を書き写していました。そのうち先生から、「そうじゃなくて計算問題や漢字練習をしなさい」と注意されてしまい、私も計算問題や漢字練習をすることに。でも、時々はまた興味を持ったことを書いていました。計算問題や漢字練習がつまらない、あまり気が進まなかったので、逃げるように興味のあることを書いていた、というのが正直なところ。勿論、「一人勉強ノート」が宿題ではなくなった中学以降はやりませんでした。

 明日佳くんの「自学ノート」は私のそんなものとは違う。興味を持ったことがあれば、その場所へ実際に行ってみる。新聞で珍しい時計の展示をしていると知れば、実際にその展示をしている時計店に行ってみる。そして、その社長さんから聞いた話もまとめて、更に詳しくノートに書く。しかもそのノートは人に見せるものという前提で書いている。ノートそのものもとても丁寧だ。書いた後社長さんに見せて、感激した社長さんが明日佳くんと「自学ノート」のことをブログに書けば、そのことも「自学ノート」に書く。明日佳くんの住んでいる周りには博物館や科学館も多かった。手紙を出してから会いに行き、聞いた話を「自学ノート」にまとめてまた見せに行く。こうして明日佳くんは地域の大人と「自学ノート」で繋がっていった。その行動力がすごいと思う。気になったことがあっても、そこまで追究できるか。実際に現場に行って、人に会って、その感想を伝え続けることができるか。しかも、学校の課題ではない。ただ単に、自分が興味を持ったから。明日佳くんは「自学ノート」を趣味だと言っている。学校の勉強とは関係ないと言う。趣味でそこまでできるか。大人になって、学校の勉強から離れ、没頭できる趣味に時間やお金を費やすことを考えれば趣味でそこまでできると思う。でも、明日佳くんは当時中学生だ。学校での勉強がある。高校受験だって控えているし、将来を見据えて大学受験や就職のことを考えている中学生も少なくないだろう。中学生は忙しい。でも、明日佳くんは部活に入らず、「自学ノート」を選んだ。友達と遊ぶことよりも「自学ノート」でしたい学びに楽しみを見いだした。自分だけの学びの世界が、どんどん広がっていく。世界はとても広くて、たくさんの不思議な、面白いことに溢れていて、自分でそこへ近づくことができる。明日佳くんの豊かな感受性と、文章力、丁寧さも力となり、「自学ノート」はどんどん豊かになっていく。

 その一方で、明日佳くんもお母さんも迷いはあった。友達と遊ぶこともほとんどせず、「鎖国のように自分の世界に閉じこもって」いると自己分析している。お母さんも明日佳くんを応援しつつも他の子と違う我が子をどう育てたらいいか悩んでいた。番組を観ていて、私は明日佳くんがよく不登校にならなかったなと思った(不登校であることを否定する、悪いものとするわけではありません)。学校にいるのは最低限。学校が終わればダッシュで家に帰り「自学ノート」に打ち込む。長期休暇は絶好の「自学ノート」に打ち込める期間。その夏休みを短縮する方向性だと報道された際には、それは困ると市長に手紙を書いたほど。明日佳くんは学校の外に自分の世界を持っていた。自分を認めてくれる大人たちが学校の外にいることを知っている。だから、学校にも行き続けることができたのではないかと思う。辛い時間ではあったけれども。

 明日佳くんのお母さんが紹介していた福岡伸一「ルリボシカミキリの青」の一文が沁みた。
そしてそれは静かに君を励まし続ける。
最後の最後まで励まし続ける。


 明日佳くんのような「個性」を、どう考えたらいいだろうか。「個性」を伸ばそうとする教育。一方で、「出る杭は打たれる」突出した個性は煙たがられる。明日佳くんも「自学ノート」はほどほどに、受験勉強を頑張るように先生に言われたそうだ。内申書に「自学ノート」をつけたら、加点になると私は思うのだが…「規格外」「想定外」なのだろう。「時間をかければ良いのはできるけど、社会では効率性が求められる」とも先生は言う。それは正しい、とは思う。でも、それをよしとする「社会」も存在する。先生にはそれを伝えて欲しかった。いや、先生が伝えなくても、明日佳くんはきっと自分で見つけるだろう。
 人それぞれの豊かな「個性」、「多様性」。大事にしようと言っているけれども、それは心からの言葉?建前だけの話?突出している明日佳くんだけじゃない。周りの「ちょっと違う」、周りと「ちょっと違う」を本当の意味で認め合うことについて考えています。

 しかし、手書きで、誰かに読んでもらうことを前提に、丁寧に書いているのはすごいなと思う。明日佳くんがブログをやったら面白いだろうと思ったけど、きっとデジタルでは伝わらない。アナログだからいいのだと思う。私ももっと手書き、アナログも大事にしないとなと思います。毎日日記をつけたりと、何かしらアナログなことはしているのですが、デジタルは便利…こうやってブログを書くのもやっぱりデジタルは便利と思ってしまう。悪いことではないのだけれど。

 人びとがそれぞれ、興味のあることについて調べたり、わかったことを語ったり発信して、読みあえたら楽しいだろうなと思う。ネット上にはそういうのが溢れている。探せば出てくる。
 自分のことを話すと、少し前からこのブログを続けることに楽しさを感じなくなっていた。方向性に疑問を抱くことがあり、しんどいと感じる。にアクセス数も少ない。反応がない(コメント欄を閉じているから当然だけど)。誰が読んでいようと誰も読んでなかったとしても、自分が書いていて楽しいのだからそれでいいと思っているつもりだったが、やはり公開しているからには読んで欲しいと思っている自分に気がついた。「つまらない」のだろうな。この興味を共有できる人がいないのだろうか。複雑な気分。自分の興味のあることについて書いているのは同じだから、明日佳くんの「自学ノート」がこのブログのヒントになればいいとも思っています。


 個性については過去に読んだこの本も参考になります。
「個性」を煽られる子どもたち



by halca-kaukana057 | 2019-12-09 23:33 | 日常/考えたこと
 先日、この記事で後で書くかもと書いたことを。
クドリャフカの順番 +アニメも少し

どこかの大学で、『クドリャフカの順番』での伊原と河内の論争(「知られていなくとも普遍的な価値を持つ創作は存在する」vs「万人が認めたものが結果的に価値を持つに過ぎない」(大意))を受験問題に引用し、「文学作品を評価すること」について思うところを述べよ、という問題が出たそうです。
 
 米澤穂信 (@honobu_yonezawa) 2019年3月27日 午後8:02

或る推理作家の苦悩 ~入試問題での引用と過去問集への収録~

 米澤先生大人気ですね。

 さて、本題。「クドリャフカの順番」で、主人公たちが所属する「古典部」部員のひとりで漫画研究会も兼部している井原摩耶花と、漫画研究会の河内先輩が論争になります。発端は漫研の文集。漫画のレビューを載せたもので、摩耶花は積極的に執筆に参加したが、河内先輩はあまり積極的ではなかった。その文集の売れ行きがあまりよくなく、それを見た河内先輩と河内先輩派の部員が文句を言い出す。それに対し、摩耶花が反論。いつしか摩耶花と河内先輩の論争に。
 「名作」とは何か。それが論題だ。
 摩耶花は、名作は存在すると主張する。知られていなくとも普遍的な価値を持つ創作は存在する。
 河内先輩は、人それぞれがその人の感じ方で「面白い」と思い(作品が面白いのではなく、読み手が決める)、そう思った人が多い作品、長い年月にわたって思われ続けた作品が名作と呼ばれているだけ、と主張する。

 私なら、どんな答えを出そうか。
 ちなみに、ここで語る作品は漫画に限らず、文学作品、音楽、その他創作物全体で考えます。私の場合漫画や文学作品だけだと難しい。(この入試の論点から外れてしまうが)

 河内先輩の言い分もわかる。名作、人気のある作品に触れても、「面白くない」=「私には合わなかった」「私は苦手だ」と思うことは少なくない。面白いのだろうけど、私はそこを面白いと感じられない。苦手なタイプの作品だった、物語は面白いと思うけど絵や言葉遣い・音遣いが苦手、自分には馴染みのない設定・物語でよくわからない、その作品の設定が苦手・地雷、さらーっと読んだ・聴いたので印象に残ってない、その日の体調や気分に左右された…理由は挙げるときりがない。このブログには、私が面白いと思ったものについて書いているので、実は読んだ・聴いたけど面白いと感じられなかったので書いていないものもあります。
(反対に、すごく面白いのだけれども、うまい表現ができなくて書いていないものなども大量にあります)

 でも、自分は面白いと思えなかったけど、この作品のこんなところがすごいんだろうな、こんな所に感動するんだろうな、とも思います。名作の所以なんだろうなと。そんな時、悔しいなと思います。自分も一緒にこれ面白いよね!と盛り上がりたかった。

 摩耶花の意見はその通りだと思う。漫画で考えると、漫画を出版している会社は大手から小さな出版社、同人作品を合わせると星の数ほどある。小さな出版社で、新人かあまり知られていない漫画家で、でも面白い漫画がある。書店もそんなに数多く入荷しない。入手が難しいこともある。でも、面白い。物語や絵に引き込まれて一気に読んでしまった。そんな作品はある。大勢の人が名作と言っている作品でも、声は多くなくてもじわじわと人気を集めている作品でも。映画ならわかりやすいかもしれない。単館上映のあまり知られていない作品が、いつしか話題になってどんどんお客が観に来て、多くの映画館で上映される。賞まで取ってしまった、なんて作品だってある。

 クラシック音楽で考えるとわかりやすいと思う。今は名作として演奏機会も多く、よく聴く作品でも、初演は大失敗だったとか、ある時期までは歴史に埋もれていたが演奏機会を得て広く知られるようになったとか、初演後ある時期まで封印され演奏されることがなかった作品などがたくさんある。政治的な圧力で、演奏を禁じられた作品もある。あまりにも同じ曲ばかり演奏されると「またか」と思ってしまうが、そういう作品こそ、その演奏家の読解や個性が表れやすく、聴くと面白い。「またか」と飽きたような態度を取ってしまうけれども、聴くとやっぱりいい曲だ、魅力がいっぱいだと思う。音楽は聴くだけでなく、自分で演奏できるのも楽しい。その作品の魅力を自分で表現できる。自分で表現すれば、その作品のすごいところがよくわかる。

 ここで、疑問がある。名作だから面白いのか。名作じゃないと面白くないのか。名作と呼ばれれば、多くの人は面白いと認めてしまうのではないか(作品そのものに関係なく、売り方でそのようなやり方をするのは見かける)。
 世間ではいまいちと見なされている作品を面白いと言う人はいる。作者は失敗だったと言っていても、それを面白いと思う人はいる。一体何が名作なのか。

 でも、名作は存在すると思う。名作と言われる作品には、やはり力はあると思う。でも、それを自分が感じ取れるか…それは読んでみないと、聴いてみないとわからない。河内先輩の意見の一部は否定しきれない。個々人、好みや苦手がそれぞれ違うのだから仕方ない。

 自分の主観と、名作という他者の主観。多くの視点から捉えて、でも自分の立ち位置を忘れることなく、バランスよく…これはすごく難しい。でも、様々な作品に触れる上で必要な力だと思う。作品から何かを読み取る力。心を耕すなんて言い方は教育的過ぎるけど、心を耕して作品を読み取り、作品を読み取って心を耕す。面白いという気持ちをどんどん増やせていけたらと思う。面白いという感情は、エネルギーだから。

 本当に難しい…。入試だからもっとまとまった、ちゃんとした答えを書かなきゃいけないのに…これじゃ解けてないよ…。
by halca-kaukana057 | 2019-11-01 23:22 | 日常/考えたこと

初夏のあじさい

 こちらは今あじさいが見頃です。
初夏のあじさい_f0079085_22183766.jpg


初夏のあじさい_f0079085_22184527.jpg


同じ青でも色合いが違います。他にもピンクや赤、紫もそれぞれの色が違っていて、どの花も見ていて飽きません。この画像を撮った時は晴れていましたが、あじさいはやはり雨が似合います。雨のあじさいも撮りたいです。
by halca-kaukana057 | 2019-07-09 22:21 | 日常/考えたこと

初夏のバラ

 今日は雨で寒く暗い1日。とにかく寒い。こんな日は撮って寝かせておいたバラの花の画像を見て気分を明るくしましょう。
初夏のバラ_f0079085_21534695.jpg

 明るくはっきりとしたピンク。

初夏のバラ_f0079085_21534585.jpg

 薄い紫なのですが、日の光でピンクっぽくも見える。

初夏のバラ_f0079085_21534534.jpg

 黄色にピンクも混ざったきれいな色。

初夏のバラ_f0079085_21534604.jpg

 白にピンク。こういう色合いが好きです。

 その季節の花や植物を愛でる。その時しか咲かないからこそ。
by halca-kaukana057 | 2019-06-16 21:56 | 日常/考えたこと
 エキサイトブログには簡単なアクセス解析がある。検索ワードは部分的にしかわからない。「簡単な」というよりは、「本当にちょっとした、目安にしかならない」と言った方が合っているのか…。それでも、こんな記事が読まれているんだな、こんな検索ワードで来たんだなというのは一応わかる。まぁまぁこんな辺鄙なブログによくいらっしゃいました…お気に召したらゆっくりしていってください…という気分です。

 少し前から、こんな検索ワードで来ている方がいらっしゃるようだ。

「○○よりも△△の方が…」

 「…」の部分は、検索ワードが長すぎたためか省略されていてわからない(これが仕様だから…まぁ仕方ない)。でも、どちらかを比較して、どちらかがよかったとか悪かったとかそういう内容だろう。
 
 何かと何かを比較する。比べて、両者の良し悪し、優劣を決める。あまりそういうことを明言したくないなと思う。そういうことを全く思ったことがないわけではない。好きな人、もの、作品、世の中にあるもの何でも…好きなものは評価されていて欲しいと思う。私だけでなくて、他の人も好きだったらいいな、いいと思ったらいいなと思う。その好きなものへの思い入れが強ければ強いほどそう思う。
 また、その好きなものが何らかの理由で失われてしまった(終了した、引退した、死去した、消失した、遠い過去の作品で覚えている人が少ない、マイナーで知っている人がほとんどいない、自分で手放した、等)時の虚しさ、「ロス状態」の辛さ、苦しさは計り知れない。辛くて辛くて、その反動で、似たようなものがあると比較してしまったり、勝手にライバル視してしまうこともあった。
 好きなものを語る際、好きなものを「上げる」ために、他の似たようなもの、同じジャンルにあるものを貶すことはファンとしての品位を下げることだ、マナー違反だ、という話はよく聞く。その通りだと思う。が、口にしなくても心の奥底でそう思ってしまうこともある。自戒をこめて。

 何かと何かを比べるというと、クラシックは厄介なジャンルだと以前から思ってきた。同じ作品を、数多くの演奏家(指揮者やオーケストラなどの団体も含める)が演奏する。CDでも、演奏会でも、聴いた後には感想が出てくるのは当たり前。その中には、「前のAの方がよかった」「Bよりもよかった」等と他と比べる感想もある。悪いこととは思わない。否定はしない。上述した、好きなものを「上げる」ために他のものを貶すことさえしなければ。ただ、その比較されたものが自分の好きなものだったら悲しくなる。あと、自分の好きなものと比較されなくても、「Cは最高」とか、自分の好きなものが出てこないと、眼中にないのかな、忘れ去られているのかな、そもそも興味すらないのかなと思って悲しくなってしまう。自分自身に対して、そんなことをいちいち思わなくても、と今では思う。もちろん独りで思うだけなので、抱え込んでしまって余計に辛くなる。ツイッターをしていた頃は、そんな同曲異演の比較の感想があると読むのが辛い、苦手だなと思った。こういう同曲異演の比較の感想は私には向いていない。ツイッターを辞めた理由のひとつでもあります。

 それでも、「私はこっちの方が好き」という表現を、私が全くしないかといえばそうでもない。もっと簡単なこと…今日のお昼はサンドイッチとおにぎりのどっちを食べたいか。その日の服装を選ぶのに、色は黒か白かどちらにしようか。生きていく上で「選択」することからは逃げられない。当たり前に存在する。この時、両者(複数)を比較して選択することはやっぱりあるんだ。
 そこで…何故比較するのだろう。その比較する気持ちの根底に何があるのか。

 私は、「私の好みに合っているから」からだと思う。私は優劣や良し悪しで決めているのではない(日用品や家電などは使いやすさの良し悪しから判断することも少なくないが、使い勝手も「私の好み」に入ると思う)。私の好み…価値観ともいえる。その好みや価値観が何故こうなったのか説明するのは難しい。私の感情の根底にある好みや価値観に合うから好きなんだ。他のものが好きな人は、その人の好みや価値観に合っているから好きなんだ。対立する必要も、ケンカする必要も無い。ライバル視する必要も無い。こう考えると心がラクになる。

 私は、自分の好きなものを誰かに話すのが苦手だ。その相手が私と同じものが好きだとわかっていれば話せる。でも相手が何が好きかわからない状態だと、私の好きなものが相手は嫌いかもしれない。話すことで関係に亀裂ができたらどうしよう、と思ってしまう。でも、反対に、相手の好きなものは(自分の好みに合わなかったとしても)否定しない。それがその人の好み、価値観なのだから。寛容でいたいと思う。ただ、相手の好みばかり聞いているのも不釣合いなので、自分のも少しずつ出していけたらと思う。

by halca-kaukana057 | 2019-06-13 22:05 | 日常/考えたこと

北国の春 2019 その2

 5月も半ばを過ぎ、心地よい季節です。暑くなく、寒くない。新緑が青々していて、とても爽やかです。春の花の写真をまとめて。

・前回の記事:北国の春 2019

北国の春 2019 その2_f0079085_22183983.jpg


北国の春 2019 その2_f0079085_22184152.jpg


北国の春 2019 その2_f0079085_22184403.jpg

 ソメイヨシノで花見をしたら、八重桜でも花見をしたいと思います。十五夜(中秋の名月)のお月見をしたら、十三夜のお月見をしないと「片見月」で縁起が悪いと思うような…(勿論そんな説はありません)。ソメイヨシノとは違う豪華な花がきれいです。八重桜といっても色々あります。2枚目の桜は、薄いピンクに黄緑色も混じっていて、そのグラデーションがきれいでした。

北国の春 2019 その2_f0079085_22185210.jpg

桜を見上げていたら、月を見つけました。桜と白い月の共演。

北国の春 2019 その2_f0079085_22190524.jpg

 八重桜の次はライラック(リラ)。大好きな花です。紫色も爽やかな色できれいですし、近寄るといい香りがします。画像はないですが、ナナカマドの白い花も。

 爽やかで穏やかな春、というよりもう初夏です。急に暑くなったり、大気が不安定で大雨の地域もあります。落ち着いた初夏になればと思っています。
by halca-kaukana057 | 2019-05-19 22:37 | 日常/考えたこと

令和元年のはじめの日に

 新しい時代が始まりました。今日のお天気は曇り雨でしたが、気温は涼しく、清々しい一日でした。
新しい時代が、平和で、災害の少ない、全ての人にとって幸せな時代となりますように。寛容で多様化を認め合える時代になりますように。

 先日、桜を見に行った時、梅の花も咲いていました。「令和」の典拠となった一文に出てきます。

「時に、初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す。」

令和元年のはじめの日に_f0079085_21552698.jpg


令和元年のはじめの日に_f0079085_21551949.jpg


 桜もきれいでしたが、白梅もたくさんの花を咲かせて、美しかったです。今日も外を歩いていて、色とりどりの花が咲き、緑も増えてきました。そんな季節に改元してよかったなと思います。
 豊かな文化を美しいと思う心が大事にされる時代になればいいなと思います。

 即位された天皇陛下は、ヴィオラ奏者として有名です。ヴィオラ好きとして嬉しいです。ヴィオラの作品をこれからさらに聴いていけたらと思います。
by halca-kaukana057 | 2019-05-01 22:04 | 日常/考えたこと

北国の春 2019

 春がやって来ました。今年は急に暖かくなったと思ったらまた寒くなり…寒暖の差が激しかったです。身体には辛い。
北国の春 2019_f0079085_21374435.jpg


北国の春 2019_f0079085_21374944.jpg

 ソメイヨシノ。のんびりと桜を眺めて、お花見を楽しんでいます。

北国の春 2019_f0079085_21375524.jpg

 しだれ桜。濃いピンクの花がきれいです。

 毎年、冬は寒く雪も多く、本当に春が来るのだろうかと思ってしまいます。でも、徐々に雪の日は少なくなり、寒暖を繰り返しながら暖かくなります。雪も融け、地面が見え、クロッカスや水仙が咲き始めます。そして桜。冬がどんなに寒くても、春はくるんだなと思います。
by halca-kaukana057 | 2019-04-28 21:51 | 日常/考えたこと

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31