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 「古典部」シリーズも4作目。今度は短編集です。


遠まわりする雛
米澤穂信/角川書店、角川文庫/2010(単行本は2007)


 神山高校に入学して1ヶ月。奉太郎は居残りで家に忘れてきた宿題をもう一度書いていた。一緒にいた里志は、学校の怪談話を始める。放課後、音楽室に行った女子生徒が、誰もいない教室からピアノ演奏を聴いたという話。これは実際にあったことを、里志が聞きつけてきたという。宿題に苦戦している奉太郎のところへ、えるもやって来る。奉太郎は、えるよりも先に他の学校の怪談話を始めてしまう…。

 「やるべきことなら手短に」「大罪を犯す」「正体見たり」「心あたりのある者は」「あきましておめでとう」「手作りチョコレート事件」「遠まわりする雛」の全7作です。話は時系列で並んでいて、「やるべきことなら~」は入学1ヶ月後、「遠まわりする雛」は4月、春休み中の話です。

 今までの3作は、アニメを観る前に読んでしまっていました。なので、アニメとは関係なく純粋に物語を追って楽しんだり、このシーンはアニメではどう描かれるのだろうとアニメが楽しみになったり、そんなことを考えながら読んでいました。しかし、この第4作は「遠まわりする雛」以外はアニメを先に観てしまっていました。「やるべきことなら~」は、アニメ1話の後半(Bパート)に収められています。なので、アニメを観た時はこの話は原作にあったっけ?とわからず。後からこの短編に収録されていることを知りました。

 1年かけての短編なので、古典部の4人の関係も、奉太郎の「省エネ主義」の変化も楽しめます。古典部に入部し、千反田えるという不思議な女子に出会い、えるに振り回されつつもちょっとした出来事の不思議な箇所や、えるの過去と古典部の過去に向き合うことになった奉太郎。「やるべきことなら~」の最後、奉太郎がえるに影響を受けることに対して取ったある態度。それが、「遠まわりする雛」では、その態度を自分で動かそうとしている。第1作「氷菓」で、奉太郎の青春は灰色と里志と話していたが、薔薇色とまではいかなくても、桜色になったのかもしれない(バラも桜も好きですが)。むしろ奉太郎はそのぐらいでいいと思う。しかし、「遠まわりする雛」の最後、奉太郎が言いかけた言葉。あれは…実質…ですよね。アニメでは「!!?」となりました。でも一瞬。

 古典部の4人は、優しいと思う。「やるべきことなら~」の奉太郎、「あきまして~」のえる、「手作りチョコレート~」の里志はエゴイズムのようで、相手を傷つけたくなくて自分を守っている。えるは優しさをストレートに出す。「大罪を犯す」の事の発端、「正体見たり」の謎は解けても納得できなかったこと。謎や犯人がわかっても責めることはしない(「正体見たり」は少し違うけど)。背景を理解しているから。「遠まわりする雛」の最後、豪農の一人娘としての覚悟と決心も優しさが感じられる。

 「チョコレート事件」では、普段は竹を割ったような発言(特に里志に対して)の摩耶花も、わかっているから責めない。一方の里志の摩耶花への想い、自分に対する視点に、わかるような気持ちになった。摩耶花はずっと里志に想いを寄せている。中学3年のバレンタインも、里志にチョコレートをプレゼントしようとするも、里志にはぐらかされる。来年こそは手作りチョコレートを渡すから、憶えてなさい!と言う摩耶花だが…。その1年後のバレンタイン。里志は摩耶花の想いを知りながらもずっとはぐらかしてきた。何故だろうと思っていた。摩耶花のことが嫌いなわけじゃない。恋愛関係ではなく、友達でいたいからだろうか?と思ったら…。何か、誰かを「好き」になるということの意味。いつも飄々としている里志がこんなことを考えていたとは。里志の方が「省エネ」じゃないかと思ってしまった。でも、何か、誰かを「好き」になる、「こだわる」ことは、最初は楽しくても後から色々と厄介になってくる。それなら、と里志の方向転換に頷けてしまうけど、寂しい。
 奉太郎は「省エネ主義」だが、人の気持ちはないがしろにしない。「愚者のエンドロール」で入須先輩との2回目に会ったシーンを思い出す。

 アニメでは追加されているシーンがあります。「正体見たり」の最後、「チョコレート事件」の最後の方、「遠まわりする雛」の祭りが終わって奉太郎が里志と摩耶花といるシーンでの会話。これらは、アニメスタッフさんたちの優しさだと感じました。「正体見たり」が原作のままだと悲しい。バッドエンドではないけれど、えるにとっては辛いエンドだ。それを、ワンシーンを加えるだけで救った。「チョコレート事件」も摩耶花とえるのシーンを加えるだけで救われる。古典部の4人が、これからもいい仲でいられると思える。

 「心あたりのある者は」は純粋に推理そのものを楽しめる話。校内放送ひとつで、ここまで読み込めてしまう。面白い。アニメでも、部室で奉太郎とえるがただひたすら推理の会話をしているだけ。派手な演出はない。それなのに面白い。"世の中"を読み解く面白さ。それがミステリの醍醐味なのだと思う。

 アニメ化されたのはここまで。あと、アニメのために書き下ろした18話「連峰は晴れているか」は最新作「いまさら翼といわれても」に収録されています。この回も、奉太郎とえるの優しさが感じられる回だった。

 今後も古典部シリーズを読んでいきますが、アニメ2期が観たかったな…。例の事件の後に読み始めて、アニメも観たけど、本当に面白い作品。こんな素敵な形でアニメ化されてよかったな…。原作のストックがまだ足りないのでまだまだ先でもいいですから、2期が観たいです。
 コミカライズは第5作以降もやるとのこと。コミックを読む?

【過去記事】
氷菓 [小説 +アニメも少し]
愚者のエンドロール [原作小説 +アニメも少し]
クドリャフカの順番 +アニメも少し
by halca-kaukana057 | 2019-11-05 22:27 | 本・読書
 「古典部」シリーズ読み続けています。第3作の「クドリャフカの順番」。宇宙好きとして、タイトルに惹かれるんですが(でも意味がわからない)。



クドリャフカの順番
米澤穂信/KADOKAWA,角川文庫/2008(単行本は2005年)

 いよいよ文化祭が始まった。しかし、古典部の4人は浮かない顔をしている。手違いで、文集「氷菓」を印刷しすぎてしまった。30部の予定が200部。何とか完売させようと、えるは宣伝ができそうな団体に交渉に向かい、里志は古典部名義でイベントに参加し、そこで宣伝することになった。奉太郎は店番。摩耶花は漫画研究会があるのであまり顔を出せない。それぞれ、想いを抱いて持ち場へ向かう。えるや里志が行く先では、奇妙なことが起きていた。いくつかの団体から物がなくなり、そこにはメッセージカードと文化祭のパンフレット「カンヤ祭の歩き方」が置かれていた。文化祭が進むにつれて、その"被害"は広がっていった…。


 文化祭の始まりです。文集「氷菓」も完成しました。第1作で解き明かされた「氷菓」と「カンヤ祭」についてのことも書かれている文集です。
 この第3作は、古典部4人それぞれの視点で書かれています。今までは奉太郎だけの視点。4人の考え方の違い、見ている物の違い、それぞれに起こった出来事、それぞれの想いがストレートに描かれています。4人それぞれの想いがわかるのが嬉しい。そして、奉太郎の姉、供恵も登場します。文化祭でキャラクターも一気に増えました。
 賑やかで楽しい雰囲気なのですが、不思議な事件が起きる。様々な部活、団体から物がなくなる。その団体の頭文字と同じ頭文字の物が「失われる」。置かれたメッセージには「十文字」と署名があるが、神山の「桁上がりの四名家」のひとり、十文字かほも被害に遭っているので彼女が犯人ではない。一体誰が何のために?事件は壁新聞部の新聞などでも取り上げられ話題になる。そして、被害に遭った団体の法則性から、その犯人は古典部も狙っているらしいと…。文化祭がますます賑やかになります。学生時代の文化祭の賑やかな雰囲気を思い出します。

 その賑やかさの一方で、摩耶花の漫画研究会の雰囲気が…。同じものが好きで、集まったとしても、その気持ちのベクトルは同じではない。私も今まで何度も苦い思いをしてきました。それが表面化し、河内先輩と摩耶花が対立する。この対立した意見が興味深い。検索したら、どこかの大学の入試問題にもなったらしい(「古典部」シリーズはじめ、米澤先生の作品は入試問題に多数取り上げられているらしい)。ここで書くと長くなるので別記事にするかも。
 その対立で、摩耶花が例に挙げたある同人漫画。その漫画も鍵になります。
 この第3作は摩耶花が本当に頑張り屋さんで、強くなりたいという想いが伝わってきます。奉太郎は毒舌家と言っていましたが、ただの毒舌家ではない。先輩が相手だろうと、はっきりと自分の意見を言う。河内先輩側の部員に陰口を言われたり、意地悪をされても、落ち込むけれども負けない。一生懸命な子だとわかります。その摩耶花と河内先輩の橋渡しをする部長も素敵です。河内先輩も、最後には自分の想いを摩耶花に打ち明けてくれたし。

 里志も最初はノリノリで文化祭を楽しんでいるのですが、"事件"が進むにつれ、"事件"を解き明かそうと奔走する。現場に向かい、現行犯で犯人を捕まえてやろうとする。里志の想いもストレートで、一生懸命で…。今まで、「データベースは答えを出せない」と謎解きはしてこなかった里志が、何を思っているのか。切なくもあります。

 えるは各団体に交渉に向かうもうまくいかない。前作のキーパーソン、2年F組の入須先輩が再登場。えるにある指南をするのですが…。えるも一生懸命。でも…。第3作は、奉太郎以外の3人がとても切ない。それぞれの壁にぶつかる。それを青春と片付けてしまうか、もっと掘り下げるか。私はもっと掘り下げたい。青春に限らないことだから。

 その3人+河内先輩+"事件"の犯人が抱いているある感情。その掘り下げたいこと。「期待」と表現されています。自分にないもの、自分ではできないことを誰かに望む時に「期待」という言葉を使う、と里志は言っています。すごくわかります。「期待」だとまだまっすぐに相手に望んでいますが、ネガティヴな感情が入り交じると「嫉妬」、「羨望」などになる。私は自分のそんな感情をうまく扱えなくて、こじらせて「羨望」「嫉妬」してしまう。または、自分自身を責めたり、辛く当たってしまう。最近はそういう感情を抱きそうになったら、その対象(人)から距離を置くようにしたり、自分の気持ちを守るために「他者は他者、自分は自分。自分にできることをする」と考えるようにしている。素直に喜んでその対象(人)を賞賛できる時とできない時がある。難しい。人にはそれぞれ得意なものがあって、皆違うから、と思うのは簡単だ。でも、それを心から思い、自分は自分と割り切る難しさ。やりたいことがあるのにうまくできない一方で、身近な他の人が意外にもうまくできてしまった時の気持ち。別に勝負しようなんて思っていない。なのに、悔しい、なぁ…。私が、自分が、と主張し、その人よりも上に立ちたいのだろうか。そうじゃない。やりたいこと、表現したいことがあるのに、できなくて途中で止まってしまった。それが悔しい。
 これはまだいい。その他の人は、できてしまったことをあまり深く考えていない。その時だけで、その後はやろうともしなかったら。残念の一言では片付けられない。何故、と問いたくなる。あなたには才能が、技術があるのに。虚しくなります。5人の叫びたいような想いが伝わってきました。

 その一方で、"事件"を解いてしまった奉太郎。奉太郎は、自分が得意なこと、自分にできることを成し遂げ、「期待」にも応えた。でも、それをひけらかすことはなく、犯人と一対一だった。前作「愚者のエンドロール」で、入須先輩に言われたこと、奉太郎の読み間違いから成長した感じです。"事件"を解くだけでなく、文集の店番をしながらお料理対決では古典部のピンチを救った。「わらしべプロトコル」には笑いました。奉太郎は引き寄せる体質なのか。奉太郎は「省エネ」から脱しつつあるけれども、まだ「省エネ」なところがある。地学室から動かない店番を選んだこと。"事件"の推理は奉太郎にとっては、「他者は他者、自分は自分」だから。自分がやらなくていいことはやらない。自分ができることだけをしている。

 でも、最後には自分自身を取り戻す古典部の4人。皆優しい子たちなんですね。
 あと、「クドリャフカの順番」の中身が知りたかった。「夕べには骸に」も。これ以上はネタバレになるので書きませんが…どんなものなのか知りたかったな。



 GYAO!で配信中のアニメ「氷菓」も「クドリャフカの順番」の回が終わったところ。文化祭の描き方は、さすが京アニとしか言えません。とても賑やかで、華やかで、楽しい。えるが他団体に交渉に校内を奔走する…つもりが様々な団体の催し物に引かれ、楽しんでしまっている。好奇心旺盛なえるらしさを、アニメだからこその表現で描いてくれました。書道で書いた言葉はえるらしい。えるのあの写真はやっぱり京アニだな、と。摩耶花と対立する河内先輩は、最初は嫌な先輩と思いましたが、最後の本心を明かすシーンでは引き込まれました。心の内のネガティヴな感情を出す時の人間が魅力的に思えるのは何故だろう。供恵さんの顔を見たい、と思ったのですが…。なんという結果。
 オープニングとエンディングも変わりました。オープニングのアニメはすごいなぁ。エンディングのホームズのえる、ポアロの摩耶花が可愛い。
by halca-kaukana057 | 2019-10-21 22:58 | 本・読書
 「Eテレ・NHK教育テレビ」タグを再び使うとは思わなかった(今観ているのは「昆虫すごいぜ!」ぐらい)。

 2007年にEテレ(教育テレビ)で放送されたアニメ「電脳コイル」。私にとってとても思い入れのある、大好きなアニメです。その「電脳コイル」が、現在GYAO!で配信中。アマゾンプライムでも観られるようなのですが、入っていないのでGYAOで(アマゾンプライムでは、「ヴィンランド・サガ」も配信中。テレビ放送ではカットされたシーンもあるようで…)
GYAO!:電脳コイル

 現在、4話と5話を配信中。もっと早く記事を書こうと思ったが今になってしまった。配信は1話から観ました。

 2007年…もう10年以上も前なのか。コイルの世界のような電脳メガネはまだ出てこないが、スマートフォンやタブレットでARを使えばそれがそこにあるかのように見える。最近話題になっているという、Googleでネコなど動物名を検索すると、ARでその動物が現れて目の前にいるかのような体験ができる(私のスマートフォンは古くて対応していなかった)。これは電脳ペットに似ている。ポケモンGOもARと位置情報を使った、コイルの電脳世界に近いものだ。Googleマップで地図を表示すると、たまに古い情報が更新されずに残っているものもある。これは「古い空間」か?(最終回の記録を読むとそうじゃないらしい…覚えていない。もう一度見直します)当時、メタバグやキラバグ、電脳アイテム、イリーガルなどのことがよく理解できなかったところもあるが、今のスマートフォンで考えると理解しやすい。メガばあが作るお札などの電脳アイテムはアプリみたいなもの?メタバグなども実際はプログラミング言語なんだろうな。道具として可視化できるようにしたのが面白い。

 そういう技術面もだが、ヤサコやイサコたちの友情、人間関係をもう一度見直したい。台詞や仕草に、今だから気づける新しい発見もあるかもしれない。技術面と同じくらい、人間関係や想いの方向も複雑に絡み合っている。この物語には痛みが伴う。心の痛みを伴ってでも人とコミュニケーションすることについて何度も考えた。2007年とは置かれている環境も変わり、人間関係についての経験や考え方も変わったと思う。今、このアニメを観て、私はコミュニケーションについてどう考えるのか。それを見届けたい。

 純粋にエンターテイメントとして、アニメとしての面白さを楽しむだけでも勿論このアニメは面白い。個性的なキャラクターたちと、電脳世界で大冒険するのもワクワクする。4話のバトルシーンや、ヒゲの回は最高だったなぁ。クビナガの回もよかった。

 そしてこのアニメで、池田綾子さんの歌に出会えました。「プリズム」「空の欠片」どちらも大好きで、毎回、OPとEDは飛ばせません。

 嬉しい再会です。毎回観るのが楽しみです。GYAOで観ているアニメがいくつもあって大変です…。
by halca-kaukana057 | 2019-09-30 22:10 | Eテレ・NHK教育テレビ
 米澤穂信さんの「古典部」シリーズ第2弾です。ちょうどGYAO!でアニメも配信中。ちょうどこの「愚者のエンドロール」の回を見終わったのでその感想も。


愚者のエンドロール
米澤穂信/角川書店、角川文庫/2002

 夏休み。古典部は文化祭で出す文集「氷菓」の編集に追われていた。そんな中、千反田えるは知人に誘われたので2年F組が制作したビデオ映画の試写会に行こうと言い出した。試写会に向かった古典部の4人。そこにはえるの知人である、2年F組の入須冬実が待っていた。ビデオ映画は「ミステリー」と仮題がついた密室殺人事件ものだった。しかし、映画は途中で終わってしまう。脚本を書いた本郷真由は、脚本を完成させる前に体調を崩し入院してしまった。入須は、古典部に、折木奉太郎に、本郷の脚本の続きの答えを出してほしいと頼む。犯人は誰なのか、トリックは?古典部の4人は2年F組のビデオ映画制作スタッフ3人から話を聞き、答えを導き出そうとするが…。


 2作目はミステリー作品をめぐるミステリーです。第1作「氷菓」ではよくつかめなかった摩耶花の性格、得意なこともつかめてきました。そして2年F組の先輩たち。入須先輩は本当に高校生なのだろかと思うぐらい大人びている。本を読み始めると最初にあるチャットの会話ログが出てくる。2000年代のインターネット上のサイトの交流ツールといえば、掲示板(BBS)とチャットだった。今の若い人には他人も見られるLINEのトークと言えばいいかな。最後まで読んで、もう一度最初のチャットを読むと、そうだったのか、と思う。

 ミステリーとは何か。推理ものとは何か。それを探る物語でもありました。作品中でも取り上げられますが、私が「シャーロック・ホームズ」シリーズを読み始めた時、殺人事件ものは苦手なんだけどな…と思いながら読んでいた。でも、「ホームズ」の作品にも色々な種類がある。これも推理もの、ミステリーなんだと思った。その頃思っていたことを、思い出しながら読みました。「ホームズ」はミステリーの入門書と私も思っていたのだけど…。ホームズ作品に思い入れのある里志の話が助けになります。また、里志から見た摩耶花についての発言もある。摩耶花もすごい子なんだよなぁ。

 今回も奉太郎の推理が炸裂しますが、奉太郎一人だけでは「答え」を導けない。「答え」に近づけない。里志、摩耶花、えるがいて、それぞれの視点があって、奉太郎も推理できる。そしてこの古典部4人のつながりは、入須先輩が見据えているものとはまた違う。奉太郎の「省エネ」主義と、入須先輩のやり方、見据えているものは完全一致ではないけれど、どこか近いものがあるのかもしれない。でも、奉太郎は変わりつつある。2回目に入須先輩と2人で話した時、奉太郎の叫びは「省エネ」とはほど遠いものだった。何人もの人間を思っている。

 ミステリーとは、人間の本質、人間の心理を追求するものなのかもしれない。危機的状況、窮地に追い込まれた時、人間は何を考えて何をするのか。読んだ後にそう思いました。

 GYAO!で配信中のアニメ「氷菓」は、2010年代にうまく合わせて、原作のポイントをうまく生かしたテンポのよいものになっていたと思います。入須先輩や、古典部が話を聞いた2年F組の3人、特に沢木口先輩はイメージ通りでした。アニメで観るとより原作の面白さを実感できる。11話の打ちのめされていく奉太郎の表情がとてもよかった。本当に絵がきれいで、その絵で登場人物の心の中を表現している。いいアニメだなと思います。

 古典部シリーズ、まだまだ続きます。
by halca-kaukana057 | 2019-09-28 21:58 | 本・読書
 以前、「満願」を読んで作者の米澤穂信さんのことを知りました。米澤さんの代表作でデビュー作と言えば、「氷菓」に始まる「古典部」シリーズ。タイトル、「古典部」シリーズのことは名前は聞いたことがあったけど中身はよく知らない。アニメ本編も見たことはない。気になるから原作を読んでアニメも観てみようと思っていたら…こんなことに…。
満願


氷菓
米澤 穂信/KADOKAWA、角川文庫/2001(初版は角川スニーカー文庫、2001)


 高校に入学した折木奉太郎。「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」をモットーとする「省エネ」主義者。これといって趣味もなく、何かに活力を持つことを浪費と思っている。そんな奉太郎は、世界中を旅している姉の供恵から、彼女が所属していた部活「古典部」に入れという手紙が届く。部員がおらず廃部寸前の「古典部」を守りなさい、と。
 その通りに古典部に入部した奉太郎は、部室の地学講義室に向かう。鍵を開けると、一人の女子生徒がいた。同じ新入生の千反田える。さらに、奉太郎の旧友の福部里志もやって来る。えるは鍵を持っていないのに講義室の中にいた。その時鍵は開いていたという。奉太郎がやって来るまでえるは部屋に閉じ込められていた…えるは疑問を持つ。

 ミステリーものと聞いていて、人が死んだりするのは全く駄目ではないがあまり気分がよくないなぁ…と思っていたが、そういう話はない。あらすじにも書いた、えるが教室に知らない間に閉じ込められていたこと。些細なことで、まぁいいかと流してしまいそうなことだ。えるには何も危害もなく、奉太郎も困ることも何もない。でも…。えるの一言「わたし、気になります」ここから全ては始まった。

 ミステリー、推理ものは殺人事件ばかりではない。「シャーロック・ホームズ」シリーズも殺人事件だけではない。よく考えてみると奇妙なことも依頼される。(そんな奇妙な話をうまく学園ものにアレンジした三谷幸喜:脚本のNHK人形劇「シャーロックホームズ」は素晴らしい、本当に面白かった)
 ほんの小さな違和感。些細な出来事。日常生活に埋もれて、そのまま見過ごして通り過ぎてしまうようなこと。そんな「日常の謎」に、「わたし、気になります」と興味を持つえる。情報通で様々な知識を提供する里志。えるの好奇心から逃れたいと思いつつも、興味を持ってしまい、それらをまとめて、推理する奉太郎。ホームズは、「君はただ眼で見るだけで、観察ということをしない。見るのと観察するのとでは大違いなんだ。」と言う。ただ「見て」いないで、「観察」した上で「気になる」と言うえる。「観察」して答えを導く奉太郎。とても面白い。導き出された答えも、日常の些細なこと。でもよく「観察」すれば面白い。奉太郎がこんなに推理力があるのは何故なのだろうか。成績もとてもいいわけではない(学業に関しても「省エネ」だから)。そのあたりは後のシリーズで明かされていくのだろうか。
 「古典部」にはもう一人、奉太郎の幼なじみの伊原摩耶花も入部する。私はまだ摩耶花のキャラがつかめていない。これも後々か。

 「古典部」の活動は特に決まってはいない。ただ、文化祭で文集を出すことが伝統となっているらしい。この文集と、えるの過去、家の話が大きな謎に向かっていく。
 最初読んで、随分堅い、古めかしい言葉遣いをする高校生だなと思った。奉太郎も、里志も、えるも、摩耶花も。でも、この雰囲気が彼らの通う高校・神山高校の雰囲気に合っているし、この大きな謎に対してちょうどよく感じる。
 前の記事の「ファースト・マン」、アポロ11号の月面着陸は、私にとっては歴史だ。でも、当時リアルタイムで生中継を見ていた人には実際の体験だ。このある過去についての「歴史」と「実際の体験」の差。私にも、奉太郎たちにとっても「歴史」だった出来事が、文集の謎を解くことで、「実際の体験」にはならなくても、もう少し身近な「過去の実際の出来事」になる。それが、今現在や未来につながることもある。不思議だなと思う。

 「古典部」に入ったことで、「省エネ」だった奉太郎に変化が。奉太郎は、青春を「薔薇色」と表現し、一方自分は「灰色」と例えている。こんな箇所がある。
俺だって楽しいことは好きだ。バカ話もポップスも悪くはない。古典部で千反田に振り回されるのも、それはそれでいい暇つぶしだ。
 だが、もし、座興や笑い話ですまないなにかに取り憑かれ、時間も労力も関係なく思うことができたなら……。それはもっと楽しいことではないだろうか。それはエネルギー効率を悪化させてでも手にする価値のあることではないだろうか。
 例えば、千反田が過去を欲したように。
(180ページ)
 奉太郎がえるの過去や叔父のこと、そして文集のことで触れたことは、奉太郎の「省エネ」とは正反対のことだった。それは、「薔薇色」とはちょっとちがうけれども、熱意がある。その熱意を受け取った奉太郎。今後、どう変化していくか楽しみ。
 続きのシリーズも読みます。


 では、アニメの話も少し。ちょうど小説を読んでいたら、GYAO!でアニメが配信開始されました。

GYAO!:アニメ:氷菓

 観てみました。まだ2話までしか観ていませんが面白い。原作を絵にするとこうなるんだなぁ、と思う。伏線、推理の鍵となるものが何気なく登場しているのがいい。ああ、これか、と。登場人物の口調も上述の通り、高校生にしては堅い、古めかしいが、今風のキャラデザのアニメに合うのがすごい。「古典部」の世界だと思えてしまう。アニメで観るとまた違う。面白さが倍になる。アニメも最後まで観ます。
 オープニングの映像もきれいで、Chouchoさんの歌もいい。奉太郎のことであり、えるの願いのようにも思える。そして、オープニングを観ていたら何故か涙が溢れてきた。ちょっと切ない歌のせいだろうか。それとも、スタッフクレジットを読んだせいだろうか。事件が起こった時はとにかくショックだった。このブログでも、「けいおん!」や「日常」を取り上げてきた。大好きなアニメだ。何かできることはないかとささやかだが募金もした。他のアニメを観ていても、大勢のスタッフさんたちがいて、このアニメはできているんだと思うようになった。この「氷菓」は、アニメそのものも面白いけれども、作り手のことを思わずにはいられない。アニメ「氷菓」は、その意味でも見届けたい。亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
by halca-kaukana057 | 2019-08-26 22:54 | 本・読書
 アニメを観ました(もう1週間経っていますが)。面白かった!!

◇アニメ公式:TVアニメ「ヴィンランド・サガ」公式サイト
◇NHK公式:NHKアニメワールド:ヴィンランド・サガ
 7月25日~27日、再放送あります!

 アニメは、原作の1話からではなく、トルフィンの幼少時代から始まります。以後、原作ネタバレありで書きます(原作の感想をずっと書いてきたんだし)。

・原作1巻(少年マガジン版):注目の漫画2選
・原作2巻(少年マガジン版/アフタヌーン版の追記あり):ヴィンランド・サガ2
・原作3巻(アフタヌーンに完全移籍):ヴィンランド・サガ 3

 連載が開始されたのが2005年。もう10年以上も前なんですか!その間ずっと読んできたのか私…。ずっと読んできた作品がアニメ化されて、全部カラーだし動くししゃべるし…感慨深いものがありました。キャラクターの動きや背景の美しさに魅了されていました。アニメ1話の冒頭、これは原作にはなかったような…。トルケルが出てくるのはまだ先ですが、ここでトルケルが出てきて嬉しかった。大塚明夫さんのトルケルを楽しみにしていました。イメージぴったりです!戦闘シーンの動きもすごい。3話一気に観られたのもよかった。1話だけだと1週間待ちきれなかったと思う。

 アイスランドの村に暮らす少年トルフィン。父トールズ、母ヘルガ、姉ユルヴァと、平和に、慎ましく暮らしていた。商人で冒険家のレイフ・エイリクソンが話してくれた「ヴィンランド」…アイスランドのように寒くなく、草木が茂る豊かな土地が海のずっと向こうにある。ヴァイキングとは違う人間が暮らしているらしい。その「ヴィンランド」に想いを馳せる。少年時代の無邪気で好奇心旺盛なトルフィンの豊かな表情がとても可愛かった。その一方で、トルフィンは何故ご先祖様たちがアイスランドに住むようになったのかをレイフのおっちゃんから聞く。寒さが厳しく、土地も痩せている。こんな厳しい島に何故住んでいるのか。重なるように、ハーフダンの屋敷から逃げてきた奴隷、父トールズの過去…ヴァイキングの戦士たちの中でも最強と呼ばれるヨーム戦士団で、最も強いと言われていた男・トールズが何故このアイスランドにいるのか。
 ヴァイキングの男は戦い、人を殺すことが美徳と北欧神話では信じられてきた(原作の感想でも書いているのですが、ヴァイキングにとって北欧神話は宗教だった)。そのヴァイキングの社会の中で、戦うこと、人を殺すことが嫌な人はどうしたらいい?できなくなった人はどうなる?
 「逃げる」のは、「弱い」から?「弱い」とは、「強い」とは?生きるために「逃げる」のか?
 現代にも通じるテーマを、もっと厳しい北欧のヴァイキングたちで描く。骨太で屈強なヴァイキングの戦士たちの戦闘シーンと、繊細だけれども芯の強さと心の奥深さを感じる内面。これがアニメでもそのまま描かれていて、「ヴィンランド・サガ」の原点に立ち返った気持ちになりました。

 父トールズの言葉「剣は人を殺す道具だ」「お前に敵などいない」「本当の戦士に剣などいらぬ」。不戦の誓いをしたトールズの信念も再確認しました。原作22巻では、トルフィンがその信念を再確認するシーンがいくつかある。ヨーム戦士団のその後も描かれる。22巻の感想になってしまうのですが、ヨーム戦士団から逃げたトールズと、そのヨーム戦士団であることをしたトルフィン。父から息子に受け継がれた想いが通じてよかったな…と、アニメを観て最新刊の深さを実感しました。

 アニメではトルフィンの幼少時代、アイスランドから物語が始まります。一方、原作の1話はその後の成長したトルフィンやアシェラッドが大暴れするところから始まります。原作の1話は、ヴァイキング、トルフィン、アシェラッドの強さを見せつけられます(まさにあのキャラクターのように呆然としてしまう)。アニメだと、「ヴィンランド」の存在と「逃げる」こと、トールズの信念が強調されているように感じます。アニメがもう少し進めば、これから長い物語、「サガ」が始まるのだと実感できると思います。もう始まっているのですが。

 アニメのよかったシーン…もう全部wヘルガさんもユルヴァちゃんもレイフのおっちゃんもイメージそのまま。あのユルヴァちゃんが動いてしゃべっている…嬉しいです。ハーフダンは以前は悪党と思っていましたが、アニメで見返して、原作も読み返すと、ちょっと違うなと。法は守る。法を貶す者は、自分の手下であっても容赦しない(このシーンも痛々しくて辛いけど割愛されなくてよかった)。とはいっても、トールズとの取引きは酷いものですが…。フローキは最新刊のイメージの方が新しかったので、始まりの頃のフローキに、そうだった…と思い出しました。そしてアシェラッド。声が軽い感じがして、あれ?と思ったのですが、それは8巻あたりのイメージだからだと思う。1巻あたりのアシェラッドはこのぐらい軽くていい。後から渋みや重み、狡賢さが加わればいい。ビョルンもいい感じです。

 原作を8巻まで読み返したのですが、最新刊に繋がるシーンが多いなと感じました。これから新キャラも出てくるのですが、どう描かれるのだろう。気になるのはクヌート。2~3話はある理由で、観ているとやきもきするんじゃないかとw

 音楽もよかった。オープニングはトルフィンの心の叫びか…トルフィンだけではないな。エンディングのAimerさんの「Torches」、とても良かった。気に入りました。CD発売を楽しみに待とう。
 
 本当にこれからが楽しみです。24話。じっくり観ます。どこまで進むのかな。

by halca-kaukana057 | 2019-07-15 22:41 | 本・読書
 アニメが放送されてから1年経ちました。コミック版も完結を迎えます。


宇宙よりも遠い場所 3
よりもい:原作 / 宵町めめ:漫画 / KADOKAWA メディアファクトリー、MFコミックス アライブシリーズ / 2019

 南極・昭和基地に到着した「南極チャレンジ」一行。快適な基地での滞在に心躍らせるキマリたち。到着後、結月は母からのメールを受信し、その内容をキマリたちに伝える。出発前に受けたドラマのオーディションに合格し、役をもらえた。日本に帰って、ドラマの撮影が始まればキマリ、報瀬、日向と会えなくなる…。そんな結月にキマリが言った一言「もうみんな親友なんだし」結月はいつから親友になったのか、何をもって親友になったのか、わからず混乱してしまう。考えた末、結月はあるものをキマリたちに差し出した…。

 アニメだと10話~13話(最終回)。2巻では語られなかった6話のエピソードもあります。この辺りは毎回ボロ泣きしていたのですが、漫画で読んでもボロ泣きでした。南極で、4人がそれぞれ過去や悩んできたことと向き合う。報瀬が南極を去る際のスピーチで話していた「すべてがむきだしの場所」。押し込めていた感情や想いをさらけ出して向き合った。それには4人の友情が不可欠だった。友情に支えられ、後押しされ、でも最終的に決着をつけるのは自分自身。その様は痛みを伴い辛い。でも、決着をつけた4人の姿はとても爽やかだ。

 4人が過去や悩みと決着をつけられたのは、長い旅をしてきたからだと思う。目指すのは南極という地球の果てにある場所。基地の中にいれば基本的に快適だが、極地の自然は日本とは大きく違う。基地を離れ内陸へも旅をしたが、内陸は基地のあるところよりも寒さが厳しく、激しいブリザードに襲われる。そこで、報瀬の母・貴子は消息を絶った。厳しい環境で生きるには、協力し支えあわなければならない。ケンカをしていがみ合っていたら危険な状況になった際、命を落としかねない。また、集団生活で行動も制限される。同じ基地で生活している人とは協調しなければならない。その一方で、協調が大事だから不満や本音があっても心の中に押し込んでいよう…と思っても、イライラが溜まって爆発してしまっては意味がない。相手を思いやり受け止められるように、不満や本音の言い方を工夫して伝えていく。
 脱線するが、極地での生活は宇宙での生活と似ている。国際宇宙ステーションで生活し日々のミッションをこなす宇宙飛行士も、一緒に滞在する他の仲間のやり方に疑問や改善点があれば伝えていく。対話の時間を重視する。そうしないと、半年にもわたる閉鎖環境での生活に耐えられない。

 キマリたち4人も相手に対して疑問や言いたいことがあれば伝えていく。10代ゆえ、そのやり方は少し乱暴だったり、ぎこちなかったりする。でも、相手を思いやる気持ちは通じているので分かり合える。友情に悩む結月、高校在学時代の陸上部のチームメイトに対するわだかまりを抱えている日向、母・貴子への想いを確かめに南極にやってきた報瀬。キマリはめぐみのこと、青春することそのものだろうか。それぞれの問題に対して思うことを伝える。長い旅をして、南極に滞在し、長い時間を一緒に過ごしてきた。日本を経つ前にも、事あるごとに4人で集まった。長い時間一緒にいることで、よりお互いに思うことを伝えやすくなったのだろう。たとえ、報瀬の母の死という重い問題でも、重いからこそ一緒に報瀬の気持ちを汲み取ろうとした。南極に着いて、母が消息を絶った場所に行っても何も変わらなかったら…と不安になる報瀬の気持ちを汲み取っていたからこそ、キマリたち3人はあの行動に出られたのだと思う。

 そんな4人の友情ですが、いいなと思うのは、必要な時はひとりにしてあげること。ひとりで考える時間が持てるように放っておけること。日向の「何かをするのが思いやりではない 何もしないのも思いやりである!」(100ページ)の名言や、弓子さんの「お互いほっとけるっていうのは いい友達の証拠だよ」(101ページ)のように。最終的には自分で結論を出せるように。それがあのラストシーンに繋がったのだと思う。

 キマリたち4人もいいのですが、吟さんやかなえさん、弓子さんなど大人たちもいい。吟も報瀬と一緒に貴子への想いを抱え、もがいている。内陸への出発前のバーベキューで、2人で静かに一緒にいるシーンがすごくいい。

 どのシーンがいいとかを語ろうとすると、全て挙げたくて止まらないのでこのぐらいにしておきます。よりもいはいい作品です。

 この漫画版では、アニメでは出てこなかったシーンが特別編と、ラストに追加されています。どちらもじんわりとする内容でした。

 これで、漫画も完結…終わってしまって寂しい…。でも、この余韻のまま終わってよかったなと思うので、私は続編はなくてもいいかなと。4人はまた旅に出るのでしょう。それだけで十分です。素晴らしい作品をありがとうございました!

・2巻:【アニメ コミカライズ】宇宙よりも遠い場所 2
by halca-kaukana057 | 2019-04-10 21:57 | 本・読書
 現在GYAO!で配信中のアニメ「日常」。毎回笑って、ほのぼのして、楽しく観ています。
GYAO!:アニメ:日常:日常の第一話
※リンク先に飛ぶと動画が再生されるので注意! 日曜、火曜、木曜に更新されます。

・過去記事:アニメ「日常」再び

 これまで、何度もなのは普通の女の子でありたいと意識してきました。日常の十三話で、阪本さんになのは学校に行きたいのではないかと言われたはかせ。なのも学校には行きたい、けど…。大雨、嵐の夜のなのとはかせの会話がよかった。そして、はかせがなのが学校に行けるようにしてくれた。
 日常の十四話は、いよいよなのが学校へ。冒頭の制服にときめくなのが可愛い。その流れで、2期OPへ。走って学校へ行くなの。ゆっこやみお、まいと仲良くしているなの。きらきらしています。とても好きです。
 しかし、なのには悩みが…。ロボットであること、背中にネジがあること。ロボットであることをバレないように取り繕うとするも、うろたえて落ち込んでしまう…。そんななのに話しかけてくるみおたち。14話のゆっことみおのケンカは名エピソードだと思う。勿論思い切り笑えますwアルゼンチンペソw
 日常の十五話でも、なのに話しかけるゆっこたち。まいが強いというか、怖いというか…。
 なのとはかせと阪本さんは相変らず。15話ではかせと言い合いをするなのが、結構好戦的wなのの新たな一面か…?別のシーンではなのが昭和ギャグ…w

 2期からは新キャラも登場。ヒマな囲碁サッカー部にやって来た桜井。その桜井は…。十五話の高崎先生の動揺がw安中さんはいつも何かに巻き込まれている気がする…。以前の回で明らかになりましたが、囲碁サッカー部部長の大工は、実はすごい御曹司なのだな…。
 なのが学校に来たということで、理科の中村先生も登場。なのが高性能ロボットだと疑い、それを証明しようと、なのに罠を仕掛けようとするが…笑える。マッドサイエンティストな中村先生がいい。

 サントラがないのでわからないのですが、切迫したシーンで流れるあの曲。私の実生活で、何かが起こった時、あの曲が脳内で流れます…。

 2期になって、EDも変わりました。毎回違う合唱曲に。この2期EDは、Eテレ版では観られなかったので嬉しい。14話の「翼をください」は歌もよかったし、伴奏アレンジもよかった。15話からはキャラクター達が歌っている。15話のなの、はかせ、阪本さんの歌は、阪本さんの声が強過ぎて、一瞬「誰の声?」と思ってしまった…。

 まだまだ続く「日常」、毎回観るのが楽しみです。
by halca-kaukana057 | 2019-03-17 22:41 | 興味を持ったものいろいろ

アニメ「日常」再び

 数年前に放送されたアニメ「日常」(原作:あらゐけいいち)。Eテレでも放送されたおかげで、このアニメを知ることができました。現在、GYAO!で配信中です。
GYAO!:アニメ:日常:日常の第一話
 ※リンク先に飛ぶと動画が再生されるので注意! 日曜、火曜、木曜に更新されます。

 数年ぶりに観ました。面白かった!シュールなギャグ、ほのぼのした日常のヒトコマ。思いきり笑えて、ほっと和む。やっぱりこのアニメは大好きです。ゆっこもみおもまいも相変らず。色々なモノが降ってくる話、みおのノートを巡っての騒動、腕相撲、気弱な桜井先生…と、どれも笑える。笹原先輩とみさとのやりとりは、Eテレ版ではカットされたはず(多分。カットされてないところもあるかも)。OPではみさとの銃撃が観られるけど本編ではなかなか出てこない。実際の銃撃が観られてよかった。東雲研究所のなのとはかせも可愛い。マイペースなはかせ、頑張り屋さんでけなげななの。阪本さんが東雲研究所に来た話、阪本さんは何故人の言葉を話せるのか、初めて観たのでそうだったのか!と(Eテレ版で放送されたかどうかわからない。その時はまだ観ていなかったかもしれない)。Eテレ版はカットしたり、順番が違っていたりしたので、オリジナルのアニメを観られるのは楽しみです。でもEテレ版も、ブルーレイ/DVDの特典映像が放送されたりもしていました。

 "日常"は"非日常"の連続。日常の中に、非日常が隠れている。そんな視点を広げてくれる作品だと思いますし、単純に笑える。主題歌もエンディングもいいし、野見祐二さんの音楽もいい。何故サントラが発売されていないんだ…(ブルーレイBOXの特典だった。)普通に発売してほしい…。

 今後も楽しみです。原作も読んでみたくなってきた。ノベライズ(小説とジュニア文庫版の2種類)もあるらしいので読んでみたい。アニメを観たら、熱が再燃しました。

【過去記事】
まさかの、驚き新クリップ 今週のEテレ・教育テレビ
新月歌、そのほかいろいろ 最近の教育テレビ
 この頃はEテレのこども番組の感想をほぼ毎週書いていたんだなぁ。その中に、Eテレ版「日常」の感想もあります。
奇跡の連続という日常
 この記事は「日常」単独感想。

”日常”と”非日常”の息抜き
 アニメは全く関係ない(この頃はまだアニメ「日常」のことを知らない)けど、こんなタイトルの記事を書いていました。
by halca-kaukana057 | 2019-02-16 21:40 | 興味を持ったものいろいろ
 青森県立美術館にて開催中の、「新海誠」展に行ってきました。このブログでは、「言の葉の庭」の映画と小説を取り上げています。その他にも、「ほしのこえ」、「秒速5センチメートル」、「君の名は。」はテレビ放送されているのを観ました。「君の名は。」は小説も読みました(小説を先に読んだ)。どの作品も、アニメーション映像の美しさに惹かれています。原画や絵コンテ、実際の映像から、新海作品に迫る展覧会です。

青森県立美術館:新海誠展 「ほしのこえ」 から 「君の名は。 」まで が開催されます。
新海誠展:「ほしのこえ」から「君の名は。」まで

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青森県立美術館のいつもの建物に、どーんと「君の名は。」をはじめとした新海作品が。

 今回の特別展はボリュームがあります。じっくり観て回ると2時間はかかります。そのくらい、ひとつひとつの作品を丁寧に展示、解説してありました。神木隆之介さんによる、音声ガイドもあります。それを聴きながら周りました。

 「ほしのこえ」は、新海監督がひとりで、デジタルアニメーションで制作した、いわばインディーズ作品。20分程度の作品ですが、少年少女の恋あり、宇宙SFあり、新海作品特有の切なさあり…とたっぷりな作品と観ていました。2002年に公開され、当時使われていた携帯電話のメールがコミュニケーションツールになっていたのも、今観ると懐かしい。新海監督がアニメ界に与えた衝撃がどれほどであったか、実感できました。当時新海監督が使っていたPCやペンタブレットなどの置かれた机も展示されていました。当時はブラウン管ディスプレイだったんだよなぁ。

 第2作「雲のむこう、約束の場所」は、舞台が青森でもあります。映画は少し観ただけなので、ちゃんと全部観たい。長編作品になり、制作メンバーも増えた。舞台を青森の津軽半島にしたのは、実際に訪れた新海監督が、生まれ故郷に似ていたから、なんだそう。まだちゃんと観ていないので物語がよくわからないところがあります。ただ、映像は本当にきれい。廃駅と水溜りや、雪や空や雲が。

 第3作「秒速5センチメートル」、好きな作品です。これまで宇宙やSF要素を物語に入れてきたが、自分の手の届く範囲の物語にしたいと舞台は現代日本に。SF要素もなくなります(種子島のロケットは出てきますが)。美しい映像に描かれる男女のすれ違い。映像だけでなく、すれ違い、微妙な心理描写も切ないけど美しいと思える。新海作品のそういうところが好きだなと思います。

 第4作「星を追う子ども」で方向転換。新海監督がつくりたいものと、観客が観たいものを考えた結果、観客が観たいものを優先。しかし、かねてからの新海作品ファンには不評…悩むところとなりました。「星を追う子ども」は観ていない。確かに、これも新海監督の作品なの?と思ってしまった。映像の美しさとかはそのままなんだけど…。試行錯誤し、悩んで、続く作品がうまれます。

 第5作「言の葉の庭」。やっぱり一番好きなのがこれ。新海監督がつくりたいものと、観客が観たいものについてもう一度考え直し、その答えがこれだったそう。日本庭園、雨の情景などの美しい景色に、すれ違う男女。「言の葉の庭」は小説でも読んで、物語をよく知っているから展示も面白いと思えるのかもしれません。でも、不器用な主人公とヒロインや、雨の描写には本当に惹かれる。雨だけで沢山の表情があり、表現がある。神木さんが「この作品で雨の日が好きになった方もいらっしゃるかもしれません」と音声ガイドにありましたが、その通りです。雨が憂鬱だなと感じると、「言の葉の庭」を思い出すと好きになれそうです。展示には、タカオが作った(であろう)靴の実物もありました。これかぁ!

 そして第6作「君の名は。」。新海監督がつくりたいものと、観客が観たいものがうまく一致してこうなったのだと思います。わかりやすいけれども謎のある物語。コミカルなシーンもありつつ、男女の切ないすれ違いと、会いたいというお互いの気持ちをいいタイミングで出している。美しい映像。残酷なところはあるけれども、それをも美しいと思ってしまう…。天文好きとしては、彗星について思うところは色々あるのですが、観はじめるとついつい観てしまう。ラストは、観客(新海作品に馴染みのない人も)が観たいものをうまくいれたな、と。「秒速5センチメートル」のようには終わらないのが、変化だなと思いました。

 そんな美しい映像を作るために、絵コンテやビデオコンテ(ビデオコンテの存在は初めて知りました)をじっくりとつくっている。背景も何重にも重ねている。「君の名は。」を制作した新海監督のPC環境の机も展示されていました。「ほしのこえ」と比較すると、時代は、技術は変わったなと思います。「ほしのこえ」では携帯電話だったのが、「君の名は。」ではスマートフォン。何かを表現し、それを商業作品として世に送り出す苦労も感じられました。

 展示の終わりに、これまでの作品を繋げたショートムービーがあります。その映像とメッセージには見惚れました。

 こんなものもありました。これは撮影OKです。
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 アレです。

 展覧会に行って帰ってきた後、これまで観た新海作品を観直したいし、また映画を観ていないものは観たい、小説をまだ読んでいないものは読みたいと思いました。

【「言の葉の庭」関連記事】
小説 言の葉の庭
[アニメ映画]言の葉の庭
 展示を見て思ったのですが、ユキノの部屋にて、2人はマリメッコのマグカップを使っています。が、ガラスのコップは…イッタラの「アイノ・アアルト」ではないでしょうか…?形が似ている…気がする…?

by halca-kaukana057 | 2018-11-21 22:56 | 興味を持ったものいろいろ

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


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