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 本屋で気になったので購入。ポップな感じの表紙。裏表紙のあらすじを読んで「なんだこれ?」「マジなのか?」と思う…。色々な意味でものすごい本だった。


人間をお休みしてヤギになってみた結果
トーマス・トウェイツ:著、村井理子:訳/新潮社、新潮文庫/2017

 筆者のトーマス・トウェイツさんはロンドンに住むフリーランスのデザイナー。安定した仕事がなく、彼女に怒られ、将来のことが心配。悩ましいことばかり。姪っ子の犬の散歩をしながら、人間特有の悩みを数週間消せたら楽しそうだなぁ…と思っていた。その日その時だけのことをして生きていく。そうだ、人間をお休みしてしまおう。ここでは、親しみをこめてトーマスさんと呼ばせていただきたい。トーマスさんは、早速、医学研究支援等を目的とするイギリスの公益信託団体・ウェルコムトラストに申請書のメールを送り、見事資金提供してもらえることになった。その内容とは、象になって、四足歩行に適応する外骨格を製作すること、草を食べて消化できる人工胃腸を開発すること、脳内の将来計画と言語中枢のスイッチを切ってしまうこと。象になりきって、アルプスを越えること。
 その後、色々あって、計画は象からヤギに変更になる。しかし、トーマスさんはヤギになることを諦めなかった…。


 現代的なフランクな文章で読みやすいです。セルフツッコミばかりで、それが面白いけれども自虐的。上述したあらすじを読んで、何のことやら…と思う。要するに、「ヤギ男」になりたい。意味がわからないw

 人間をお休みして、ヤギになる。ヤギと一緒にのんびりと暮らすだけ…ではない。身体も心もヤギになりきるのが目的。最初は象だったのだが、紆余曲折あってヤギに変更した。この過程がまた意味がわからない展開w

 しかし、トーマスさんは本気である。まず、人間の思考をやめるために、人間の思考とは何か、ヤギならどうなるのかを哲学的に考える。イギリスの虐待されたヤギの保護施設へ行き、ヤギの思考について学び、人間の言語による思考をやめるために言語神経科学の医師を訪ね実験を受けてみる。四足歩行をするために、義足を作ってもらい、そもそもヤギの身体はどうなっているのか、解剖学者がヤギを解剖するところを見て身体の仕組みを学ぶ(解剖の箇所はカラー写真があり、苦手な人は注意)。ヤギになりきるために、ヤギのありとあらゆることを専門家に訊ねるこの情熱はすごい。ヤギの身体と心の仕組みを知る過程で、人間との違い、人間はどんな生き物なのかを知ることもできる。文章はフランクで、自虐セルフツッコミも多く、やっぱり意味がわからないのだが、真面目な本ではあります。脳に磁気刺激を与えて言語停止実験をしたり、草を食べてヤギと同じように消化するために使う酵素や人工の胃のくだりは、狂気も感じるほど。そこまでしなくても、いくら何でも危険だって…と思うが、トーマスさんは本当に真剣なのだった。すべてはヤギになりきるため。すごい。

 義足も出来上がり、いよいよスイスのヤギ農場で、ヤギと一緒に暮らす時が来た。ヤギ農場は山の上にある。そこまでたどり着くのも大変。二足歩行で上り下りするのも大変だった斜面を、義足を着けてヤギとして上り下りしなければならない。ヤギたちと一緒に。ヤギとして暮らすのはちっとも楽ではないではないか!でも、トーマスさんはヤギとしての生活を満喫する。楽しんでいる。象からヤギに変更になったとはいえ、ふと思いついたちょっとしたアイディアを、本気で実現してしまったトーマスさん。うん、おかしいw(褒め言葉です)

 トーマスさんは、ヤギとして最後の望みを叶えるため、アルプスへ。山を越えるトーマスさんの写真を見ながら、私も「がんばれトーマス、負けるなトーマス」と応援してしまった。
 このプロジェクトは、2016年イグノーベル賞生物学賞を受賞した。くだらない、バカバカしい思い付きから始まったが、とても興味深く、ヤギになりきることを貫き通すトーマスさんに感動してしまうのは何故だろう…何であれ、本気になるって素晴らしいことだと思う。トーマスさん、最高にカッコイイ、クールだよ(絶対にマネはしたくないけど)

 トーマスさんは元々、大学の卒業研究だったゼロからトースターを作ったことで注目されたのだそう。その本も出ているので読んでみたい。
by halca-kaukana057 | 2019-04-14 22:09 | 本・読書
 以前読んだ「日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ」。大好きな本です。この本が映画にもなりました。単行本が出たのが2002年、文庫化されたのが2008年。出版から15年以上経っても読み続けられる、素敵な本です。映画化をきっかけに、続編が出ました。これは嬉しい。(ちなみに映画は観ていません)

・以前の記事:日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ


好日日記―季節のように生きる
森下典子 / PARCO出版 / 2018

 今作も、著者の森下さんが40年も続けてきたお茶のお稽古で感じたこと、日常のことや季節の移り変わりについて綴られている。フリーランスの文筆家・エッセイイストとして活躍しているが、毎日色々な難題や苦悩に直面する。なかなか書けない原稿、迫る締め切り。生活の場が仕事場でもあるので、仕事と暮らしの切り替えが難しい。部屋に閉じこもって原稿を書いていると心身の調子にも影響が出てくる。仕事も途切れることもあり、将来に不安も感じる。人間関係に悩むこともある。そんな森下さんにとって、お茶のお稽古は仕事からも日常からも離れて頭を切り替えられる場所、時間だ。
 お茶碗を押し頂き苔のような深い緑色に、ゆっくりと口を付ける。抹茶の香ばしさが鼻を打ち、さわやかな苦みと、深いうまみが口に広がる。
「スッ」と音をたてて飲み切り、茶碗から顔を上げると、緑色の風のようなものが、サーッと体を吹き抜けていく。
「ふぅーっ」
 気持ち良くて、おなかの底から長い息を吐く。目を上げると、向こうに見える庭の椿の葉が、雨に洗われたように輝いている。
(わぁ、きれい……)
 その時、私の中には、気がかりな仕事も、将来の不安も、今日帰ったらしなければならないことも、何もない。
 抱えている問題が解決したわけではない。現実は相変らず、そこにある。……だけど、その時、私は日常から離れた「別の時間」の中にいるのだ。

 目指しても目指しても、お点前は完璧にならない。けれど、「別の時間」にスルリと滑り込むことはいつの間にか上手くなっていた。
(7~8ページ)

 その時だけ、今目の前にあることに集中する。目の前にあることだけをじっくりと味わう。近年話題になっている、私も興味を持っている「マインドフルネス」の考え方だなと思う。仕事と日常生活がすぐ隣り合わせ、というよりもお互いが重なり合うことも少なくない森下さんの生活には、お茶のお稽古の時間がかけがえのないものになっているのだと思う。

 お茶の先生の家に週1でお稽古に行くが、お稽古場には季節を感じることの出来る演出・工夫がいくつも施されている。茶道は季節と密着に関わっている。花や掛け軸、玄関先にある色紙、お茶の道具も、お茶といただくお菓子にも季節のものが使われている。お稽古で季節を感じることもあれば、お稽古がきっかけで身の回りの季節に気づくこともある。お茶のお稽古を通じて、季節に敏感になることができたのだろう。この本は章が二十四節気に分かれていて、その季節のことが描かれる。森下さんの住む東京と、私の住む地域では季節に差があるし、同じ日本とはいえ自然・草花や樹木にも違いがある。でも、森下さんが感じる季節の姿や変化の感じ方に共感する。自然の姿、有様はその時だけのもの。次の年に同じ季節が巡ってきても、決して全く同じにはならない。その時しか存在しない自然を慈しむ。自然に逆らうことはせず、受け入れる。自然に学ぶ。大切なことだと思う。

 茶道にはたくさんの作法がある。釜でお湯を沸かすために炉の炭をおこすところから始まる。この「炭点前」は難しい。難しいからと尻込みしていると、
「できるなら稽古しなくてもよろしい。できないから、稽古するんです」
と先生が仰る。先生の口癖だそうだ。その通りだなと思った。出来ないから稽古に通っている。こんな箇所があった。
 手順を間違えなくとも、先生の指摘は尽きることがなかった。上手に見せようとてらわないこと、自然にさらりとすること。はしばしまでおろそかにしないこと……。
 何十年やっても課題は尽きず、稽古に終わりはない。このごろ思う。目指しても目指しても終わりのない道を歩くことは、なんて楽しいのだろう。
 いくつになっても正面から叱り、注意してくれる人がいるということは、なんて楽しいのだろう。
 お茶を習い始めた頃は、早く完璧なお点前ができるようになりたかった。先生が「よくできました」と言ってくれないのが嫌だった。
(173ページ)
 私も声楽を始めた。私も、「早く上手くなりたい、技術を身に付けたい。たくさんの歌を歌いたい」と思っている。練習をしていくのも、怒られるのが嫌でしているところがある。この箇所を読んで反省した。声楽、音楽も「終わりがない」。目指しても目指しても終わりがない。そんな道に進んでしまったことに気が遠くなる、途方に暮れることもある。でも、終わりがないから、どこまでも歩いていけるから面白い。最近、先生からそんな課題を与えられた。難しいと思うが、そこで何を学べるだろう。ワクワクする気持ちもある。そして、できないから稽古しているということも。もっと素直になろう。叱られてナンボだ。成長の糧になる。(でも、これは決して練習をサボってもいいという理由ではない。練習はすること。足りない部分をレッスンで学ぶ)
 森下さんは40年もお稽古に通っている。私も、そんなに長い間学び続けることが出来るだろうか。声楽もだし、稽古・レッスンに通っているわけではないが宇宙・天文について学ぶこと、星見もだ。まだ始めて間もないこぎん刺しや編み物も。長く続けていることがあるって素敵だ。

 勉強については、こんな箇所もある。
「あのね、あなたたちは、道具の褒め方をもっと練習しなきゃだめよ。それには、場数を踏むことね」
「場数?」
「そうよ。お茶会にどんどん行って、亭主と正客のいろいろなやりとりを見て勉強するのよ。そして、自分も正客になってみて、いっぱい恥をかくの。それが勉強よ」
 その「勉強」という言葉に、一人の美しい老婦人を思い出した。昔、従姉と一緒に、初めてお茶会に連れて行っていただいたとき、その人は先生と言葉を交わした後、
「さっ、もう一席、お勉強してくるわ。お勉強って、本当に楽しいわね」
と、言って立ち去った。
 あれから何十年もたっている。けれど、私はまだ本当の勉強にたどり着いていない気がする。
(198~199ページ)

 続編のこの本も、何度も何度も「同感!」と思いながら読んでいた。やはり読後は清々しい。今この時を大切にしたくなる。
 森下さんのお茶のお稽古にも変化があった。お茶の先生も高齢になり、体力的にお稽古が難しくなってきた。ずっとこのままは続かない。ずっとこのままではいられない。だからこそ、一回一回を大事にするようになった、と。寂しい変化だが、いつかは訪れること。そういう意味でも、今この時を大事にしたい。
by halca-kaukana057 | 2019-03-21 23:12 | 本・読書

宇宙と人間 七つのなぞ

 物理学者の湯川秀樹博士の本は、色々と出ています。その中からこの本を。


宇宙と人間 七つのなぞ
湯川秀樹 / 河出書房新社、河出文庫/2014年

 この本は元々、1974年、「ちくま少年図書館」の中の1冊として刊行された。少年向けの科学の本なので、文章は講義を受けているような語り口調で親しみやすい。しかし、内容はちょっと難しめのところもあるかも。じっくり読んで、理解したいと思う本です。

 この本で語られる「七つのなぞ」とは、「宇宙のなぞ」、「素粒子のなぞ」、「生命のなぞ」、「知覚のなぞ」、「ことばのなぞ」、「数と図形のなぞ」、「感情のなぞ」。宇宙や素粒子、数学は湯川博士の専門だが、知覚、ことばや感情については執筆に苦労したそうだ。

 先日読んだ「宇宙に命はあるのか」(小野雅裕)は、ひとつのテーマを根底にして、宇宙開発や宇宙探査の歴史と現在、未来、何を目指しているのかを総合的に語った本だった。この湯川博士の本も、科学を総合的に語った本。その科学は、どんなに高度なものであっても、元々は私たちの身の回りにあるものから発展していった、というのが面白い。遠くの宇宙も、目に見えない素粒子も、難しい数学も、身の回りにあるものを観察し、調べることで発展していった。高度な科学を研究しようと思ったら、まずは身の回りに興味を持つことが大事なのだなと感じた。

 ことばについては、湯川博士がお孫さんの成長を「観察」した結果が書かれている。この本のために「観察」しようとしたわけではないが、一緒に遊んでいるうちにどのようにことばを理解し覚えていくのか、お孫さんの例が書かれている。言語学もやはり身の回りから発展していくのか。人間が学問を発展させていった過程もわかるようで面白い。

 科学は現実にあるものを観察、証明していくものだと思っていたが、「ノン・フィクション」の科学もある。数学の素数や複素数は「ノン・フィクション」だが、量子力学には必要なこと。湯川博士の時代ではまだ予測の段階のものもある。予測だけれども、それがないと現実の科学法則が成り立たない。確かに、科学には「ノン・フィクション」が存在する。これも面白いと思った。現代で言うなら、ダークマターもそのひとつ。重力波やヒッグス粒子も「ノン・フィクション」だったが、現実にあると観測された。湯川博士がもしまだ生きていたなら、興奮していただろう。

 知覚、感情の章で、博士はこう述べている。
私はいつも言うのですけれども、学校で習うこと、あるいは教科書に書いてあること、参考書に書いてあることはだいじに違いないけれども、それを覚え、また理解したら、それでいいと思うのは、たいへんな錯覚です。学校や書物で習うことを覚え、理解する、その根底には膨大な別の情報の獲得と記憶があるということを無視してはならない。目なら目を通じて、あるいは耳を通してはいってくるものもあるし、そのほかの感覚器官を通ってはいってくるものもある。そういう仕方で得たたくさんの情報を知らぬ間に自分で整理したり、覚えたりしているということが、意識的に勉強することと平行している。それは学校では直接には習わないことですが、それは学校で習うことと同じくらい重要だと思うのです。(211ページ)
 普段何気なく生活していることこそが、学ぶことに繋がっている。それをおろそかにしないでほしい。意識してほしい。そんな博士のメッセージは、とても重要だと思う。

 身の回りは、たくさんの謎に繋がっている。そう思うと、この世界は面白いなと思います。

 ちなみに、この本の冒頭で、神話の宇宙観のひとつとして、フィンランドの民族叙事詩「カレワラ」の宇宙創世の箇所が引用されています。大気の娘・イルマタルが世界を生み出す箇所。シベリウスは、この箇所をソプラノ独唱とオーケストラのために「ルオンノタール」として作曲したあの箇所です。世界各地に創世神話はありますが、その中から「カレワラ」が取り上げられたのが嬉しかったです。

【過去記事:湯川博士の本】
旅人 ある物理学者の回想
目に見えないもの
by halca-kaukana057 | 2019-03-18 23:14 | 本・読書
 NHKのラジオ「夏休み子ども科学電話相談」の、鳥の分野の先生としておなじみの川上和人先生。「はいどうもこんにちは川上でーす」の挨拶にはじまり、ユーモアを交えた軽快な口調で、鳥のことをわかりやすく教えてくれる先生です。その川上先生の本が話題になっているとのこと。まず、この本が文庫化されました。テーマは恐竜…?!川上先生が、恐竜をどう語るのか…?


鳥類学者 無謀にも恐竜を語る
川上和人/新潮社、新潮文庫/2018(単行本は2013年、技術評論社)

 かつて、地球で繁栄を極めていた恐竜。その恐竜から進化したのが鳥。恐竜は絶滅してしまったが、鳥類は現在も地球上のありとあらゆるところに生息している。ならば、恐竜の末裔の鳥類から、恐竜がどんな生物だったのか推測することができるのでは?ということで、鳥類学者の川上先生が、鳥類の視点から恐竜を語ります。


 「はじめに」で、こう書いてあります。
この本は恐竜学に対する挑戦状ではない。身の程知らずのラブレターである。(8ページ)
 こうあるように、この本は川上先生の恐竜への愛に溢れている。恐竜の種類、分類にはじまり、恐竜の生態について、鳥類と比較、鳥類から推測している。

 思えば、恐竜がいたことを示すものは、化石しかない。もう絶滅してしまっていないのだから。いくら鳥類が末裔で、爬虫類が恐竜に近い類だとしても、やはり違う。化石には皮膚や内蔵、骨格のなかった箇所は残らない。羽毛があったという説がどんどん広まっているが、色はわからない。卵は出てくることは珍しい。証拠が少ないのだ。
鳴き声は?
何を食べていたか?
繁殖はどのようにしていたか?
巣はどんなものだったか?
群れか単独か?
夜行性か?
毒は持っていたのか?…などなど、化石に残らないことの方が多く、恐竜の生態を解き明かすのに重要なことばかりなのだ。そんな恐竜のわからない点を、鳥類から分析する。とても興味深かった。鳥類のことも、恐竜のことも学べる。現在、地球上には様々なタイプの鳥類がいる。ペンギンやダチョウのように飛ばない鳥もいる。大きさも、食べるものも、行動時間も範囲も様々だ。きっと、恐竜も鳥と同じように様々なタイプの恐竜がいたに違いない。ちょっとした骨格の特徴から、似た鳥類を挙げて生態を推測する。数少ない証拠。人間の行動心理から犯人の人物像を推理する探偵のようだ。

 この本の面白さはそこだけではない。川上先生の文章がとにかく面白い。ジョークやユーモア、古いネタを交え(ネタの説明の脚注もあるw)、文章のテンポがとてもいい。いつの間にか惹き込まれている。堅苦しくなく、軽快。ラジオでの語りをそのまま読んでいるようだ。恐竜にも鳥類にも詳しくなくても、ユーモアたっぷりの文章で、ニヤリとしながらイメージがしやすい。この本を、公共の場で読むのはちょっと危険かもしれない。ニヤニヤしたり、吹き出しそうになったりする。そのくらい面白い。

 鳥は恐竜から進化した、ということで、始祖鳥など、恐竜と鳥類の間にあった恐竜についてはじっくりと語られる。どのくらい飛べたのか。羽は今の鳥類と同じか、違うか。身体の特徴は?逆に、今の鳥類になるために何が必要か、という視点も面白い。
 そして、恐竜の最大の謎と言えば、絶滅してしまったこと。どのように絶滅への道を辿っていったのか。一方で鳥類はどのように生き延びたのか。恐竜と鳥類の間にあった「恐鳥」の仲間たちはどうなったのか。逆に、鳥類と哺乳類が絶滅したシュミレーションが面白い。

 今、生き延びている鳥類の図鑑より、恐竜の図鑑の方が多いという事実には驚いた。この本で、恐竜も好きだけど鳥類も好きだと思えた。恐竜と同じ時代に生きた鳥類についての研究も、まだこれかららしい。どちらも、様々な化石が発掘されて、研究が進むことを願ってやまない。

 文庫版の解説は、同じく「電話相談」で、恐竜担当の小林快次先生。川上先生と小林先生が一緒になると恐竜から鳥の話になったり、鳥から恐竜の話になったり、名コンビになっています。川上先生からの恐竜への「ラブレター」を受け取り、小林先生も絶賛。しかし…小林先生も本当に文章が面白い。

 川上先生の本と言えば、「鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。」(新潮社)。こちらも文庫化を楽しみにしています。来年あたり出るかなぁ?
by halca-kaukana057 | 2018-12-16 21:43 | 本・読書

ある小さなスズメの記録

 以前読んだ本だが、ブログには書いていなかったことに気がついた。気のせいだった。せっかくなので再読して感想を。



ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯
クレア・キップス:著、梨木香歩:訳/文藝春秋、文春文庫/2015(単行本は2010)


 1940年、第二次世界大戦中のイギリス、ロンドン。空襲の危機が迫る中、著者のキップス夫人(数年前に夫を亡くしている)は、対空対策本部の隣組支部で交代で空襲に備えていた。7月、任務から帰ったキップス夫人は、玄関先に生まればかりの瀕死の小鳥を見つけた。家につれて帰り、温め、あたたかいミルクを飲ませる看病を続けると、翌日の朝には小さな声で鳴いていた。それから、キップス夫人はこの小鳥、イエスズメを育てることになる。ある程度成長したら外へ放つつもりだったが、このイエスズメは、翼と足が曲がって十分に飛べる状態になかった。キップス夫人はそのまま、このイエスズメをクラレンスと名づけて育てることになった。クラレンスはキップス夫人に非常に懐き、空襲に脅える人々を癒す存在になった。また、クラレンスは感情豊かに振舞い、お気に入りのおもちゃで遊んだり、ピアニストでもあるキップス夫人のピアノ演奏に合わせて、巧みな歌を歌うようになった。終戦後もキップス夫人とクラレンスの日々は続いた。クラレンスの老い、最期の時まで…。


 読んだ後、動物の言葉がわかり、動物と心を通わせる「ドリトル先生」シリーズを思い出した。「ドリトル先生」は物語、フィクションだが、こちらはノンフィクション。キップス夫人とクラレンスはお互いの言葉がわかるわけではないが、鳴き方や仕草で言いたいことを読み取れる。エサをねだる時、一緒に遊びたい時、一緒に寝たい時、興味を示しているものがある時。スズメはこんなに感情豊かなんだなと感じた。私も子どもの頃、セキセイインコを飼っていた。籠の外に出て遊びたい時や、新しいエサ(特に青菜)を持ってきた時の興奮はよくわかった。ただ、このクラレンスほどは懐かず、賢くなかった。生まれてすぐに育て始めただけではないと感じる。

 クラレンスは翼と足が曲がっていた。が、成長するにつれて、うまく飛べるようになった。窓越しの外の世界に出会うこともあった。そこで、他の鳥に出会うこともあった。エサはキップス夫人があげていたが、いつしか飛んでいるハエを捕まえて食べることもあった。誰も教えていないのに、鳥としての本能を目覚めさせていく。その一方で、クラレンスはキップス夫人に甘え、気に入らないことがあると叱り飛ばし、ともに生きるパートナーとなった。動物と人間の超えられない溝があるはずなのに、クラレンスも、キップス夫人も、お互いを尊重している。不思議だとも思う。

 ピアニストでもあったキップス夫人は、クラレンスの歌を楽譜に起こしている。ターンやトリルを習得し、それを日々練習していた。「小鳥はとっても歌が好き」という歌があり、私のセキセイインコもテレビから音楽が流れると、一緒に歌う、もしくは負けじと一生懸命歌っていた。だが、楽譜に起こせるような歌い方ではない。ピアノのある環境で、クラレンスの本能と才能も開花していったのだと思う。

 クラレンスは後に、病気になり、そして老いを迎える。だが、ここでもクラレンスの生命力の強さをキップス夫人も、読者も実感することとなる。苦しむクラレンスのために効くような食材とアイディアを求めて鳥の医師を尋ねる。そのアイディアには驚いた。小鳥に食べさせてもいいのだろうか…とは思うが、効き目があったのだからいいのだろう…か。

 クラレンスはヨーロッパに多いイエスズメ、日本のその辺にいるスズメとは違う種類だ。その他の理由でも、日本のスズメではこんなことはできないだろう。スズメでなくても、何かしらの動物を飼っている人は多い。飼っている動物との様々なエピソードはあるが、「ペット」ではなく、お互い生物として尊重し、愛情を注ぐ存在としてのクラレンスとキップス夫人の記録は、とても興味深いものだった。梨木香歩さんの訳も、そんな誇り高いクラレンスを感じさせるような文章です。
by halca-kaukana057 | 2018-10-08 23:04 | 本・読書

ウドウロク

 本屋で平積みにされているのを見かけて、この人の本が出ていたんだ!と思わず手にとってしまった本です。


ウドウロク
有働由美子/新潮社、新潮文庫/2018(単行本は2014)

 元(と書くのがちょっと寂しい)NHKアナウンサーの有働由美子さん。アナウンサーの中でも特に好きなアナウンサーです。「おはよう日本」でのニューヨークからの中継、リポートも楽しみでしたし、なんといっても「あさイチ」。番組が始まった頃は慣れずに、NHKがこんな番組を?と思ったものですが、有働さんの人生経験たっぷりの、率直なコメントや井ノ原快彦さん(いのっち)との掛け合いはだんだん好きになりました。番組の途中でニュースが入った時は、落ち着いた声と口調で対応する様はさすがNHKのトップアナウンサーと思ったものです。ちなみに、「あさイチ」は、「無線おじさん」柳澤秀夫さん(やなぎー)の愛する無線のお話(冷たくあしらわれているのが寂しい…もっと聞きたかった)、オヤジギャグの一方で、中東での特派員経験や解説委員としての現代に切り込んだ、かつ思いやりのあるコメントも好きでした。
 その有働さんがエッセイを出版していました。今なら話せることと、NHKを退職されたのが執筆、出版のきっかけかなと思いきや、元々の単行本は2014年に出ている。「おわりに」で書いてある通り、公共放送のアナウンサーがここまで書いたものを出版するのを許してくれたNHKすごい…と思ってしまいました。

 「あさイチ」での飾らないイメージが強いので、有働さんは肝の据わったお姐さんというイメージを持っている。NHKのトップアナウンサーのキャリアウーマン。かっこいいなと思う。そう思いきや、実際は小心者で自信もなくて、でも強く見られたい…そんなところもある。仕事に行きたくない…と思うこともある。「あさイチ」で取り上げられた、有働さんの弱み(と書いていいんだろうか?)と思われているところ…「わき汗」事件、未婚、恋愛下手、お酒好きゆえの失敗、ストレート過ぎて逆効果になってしまう発言などについても、決して下品になりすぎずに読みやすく経緯などが書かれている。夕方のスーパーで買い物する時のレジかごの悩みは、そうだったのか、と思った(有働さんのレジかごを見た親子の会話がかなしい、ひどい)。ニューヨーク勤務の時も、語学堪能で、摩天楼を満喫するように行ったのかと思いきや…。しかも、そのニューヨーク勤務中に心身ボロボロになってしまっていたのはとても辛い。

 誰かとの会話、誰かに助けられた話、お世話になった方のお話も多い。厳しかったお父様の話にはハラハラしたし、優しかったお母様の話にはホロリときてしまう。スタッフや友人、取材相手、共演者にも恵まれていて、それはこの本でうかがえる有働さんのお人柄が引き寄せたものなんだろうなと思った。有働さんがスタッフや後輩、友人相手に率直なことを言っても、受け入れられるのは、その人のことを思っているから。反対に、有働さんが率直なことを言われることもある。「私の個性、私が思う個性」で、「個性」と「素」をどう考えているかの話や、後輩へのアドバイスがいいなと思った。「個性」と「素」の違いは、私もごちゃ混ぜにしていた。これを読んで、自分の言動を振り返ると恥ずかしくなるものもあった。「個性」を売りに出さないとならないアナウンサーという職業だからこそ、生まれた考え方なんだろう。

 有働さんにだって下積みの時代があった。なかなか思うような、やりたい取材をさせてもらえなかったり、ニュースを読む時にデスクや先輩に叱られたり。「報道のアナウンサーには向いていない」と言われたこともある。取材をして、取材相手にとっては当たり前だけど意外な受け答えに、どう答えたらいいか分からなかったこともある。「一般的な」社会の常識だけで報道はできない。そんな苦労が、有働さんの深みを作ったのだと思う。

 有働さんの低くて落ち着いた声が好きです。でも、有働さんご本人は、もっと高くて可愛らしい声だったら良かったのに、と思っているそうだ。そうだったのか。私はいわゆる「女子アナ」の高くてきゃぴきゃぴした女子全開な声が苦手だ。ニュースは論外、バラエティーでもチャンネルを変えたいと思ってしまう。ニュースでも、「あさイチ」のようなざっくばらんな情報番組でも、その落ち着いた声だから品を保てるのだと思う。

 先日感想を書いた「獣の奏者 外伝 刹那」(上橋菜穂子)と合わせて、女性の生き方には様々あると思った本です。単行本にはなかった、NHK退職についても書いてあります。有働さんのこれからを応援したいです。
by halca-kaukana057 | 2018-07-06 23:07 | 本・読書

神さまたちの遊ぶ庭

 先日読んだ、宮下奈都さんの「羊と鋼の森」。この作品に関係する本を、「羊~」を読む前に読んでいました。「羊~」を読んだ時、あの本!とすぐに出てきて驚きました。
羊と鋼の森


神さまたちの遊ぶ庭
宮下奈都/光文社、光文社文庫/2017

 2013年、宮下さん一家は2年間、北海道の帯広に引越し、暮らすことに決めていた。が、宮下さんの夫が、帯広ではなく、もっと大自然の中で暮らさないかと提案してきた。大雪山国立公園のふもとにある、トムラウシという集落で暮らさないかと言うのだ。山の中にあり、牧場がある。僻地で、併置の小中学校の全校児童生徒は10人。山村留学制度があって、他の地域からの児童生徒を受け入れている。こんなところで大丈夫なのだろうかと心配する宮下さんだが、3人の子どもたちは乗り気。トムラウシに行くことに決まった。中3の長男の高校受験のことを考えて1年間。そして4月、トムラウシでの生活が始まった。

 「羊と鋼の森」の、主人公・外村がこのトムラウシがモデルの山の出身ということになっています。山で生まれ育ったことが、外村にとって重要な要素になって出てきます。驚いた。トムラウシで暮らしたことで、小説も生まれた。

 私は一度、僻地で働いたことがある。トムラウシほどの僻地ではないが、賑やかな町からは遠く離れ、静かな山の中にあった。仕事をする上で不便なこと、不利なことは沢山あったが、町では出会えないことも沢山あった。雨上がりの中を通勤中、虹の「根元」を見たことがあった。近くの畑に熊が出たとか(熊に出くわしたことは幸いにして?なかったが)、蛇に遭遇したこともある。私の住んでいるところも田舎だが、町なので近くにスーパーもコンビニも本屋などもある。病院もちゃんとある。田舎だから、自然も適度に近いと思っている。が、僻地の自然はそんなものではなかった。僻地は山を下りないとコンビニは勿論、小さな商店もない。何か足りなくて、ひとっ走り…というわけにいかない。私にとっては、不便で、その不便さが仕事に悪い影響を与えていたこともあり、もう僻地で働くのはごめんだと思うし、住むのは論外だと思っている。
 ただ、僻地にも人は住んでいて、そこでの暮らしを支えるために働く人もいるのだと感じました。

 なので、この本を読んで、僻地の不便なところが気になってしまい、最初読んだ時はいい印象がなかった。買い物も困るし、トムラウシは携帯電話は勿論圏外。テレビも雪が降ると映らない。新聞配達も来ない。病院も診療所しかない。そして、北海道の山である。とにかく寒い。文明に助けられている私にとっては、住むのは難しい、とても厳しい場所に感じられた。

 だが、宮下さん一家はトムラウシでの暮らしを楽しんでいる。集落の人々や小中学校の先生方に助けられ、山の暮らしのペースに徐々に慣れていく。山の人々は皆優しくて、心が広くおおらかだ。宮下さんと同じように、山村留学で来て、何年も暮らしている人もいる。子どもたちは順応が早い。少人数の学校は、時間割やカリキュラムに余裕があり、活動内容に幅がある。3人のお子さんたちが皆マイペースで、ゆるくて、ユーモラスで笑ってしまう。何かズレている。私も宮下さんのようにツッコミたくなる。何より、自然が豊かだ。川の魚や山菜(毒のある植物もあるので注意は必要)。寒さや雪の表情も繊細。厳しくはあるが、その分、様々な表情がある。外に出れば、何かがある。町にはないことがたくさんある。

 山の学校はおおらかだが、何をしてもいいというわけではない。子どもたちの遊び方の安全に関して学校と集落で話し合いをしているところは、ゆるさは全くない。子どもたちの自由、子どもたちの安全を思うからこそ、議論は白熱する。山の暮らしは、大人と子どもが近いのだと感じた。集落の大人が全員、子どもたちのそばにいて関わっている。町ではそうはいかない。子どもに無関心な人もいる。大人と子どもという関係だけでなく、全ての人と人の関係において、無関心な人はいないと感じる。孤立することはありえない。孤立したら、この自然、環境ではきっと生きていけないから。

 マイペースに学べる少人数の学校だが、問題もある。人数がいないので、団体競技のスポーツが困難。特に高校受験を控えている長男は、山を下りた規模の大きめの学校でテストを受ける必要がある。修学旅行もその学校に混ぜてもらう。集落全体が家族のような雰囲気なので、「友達を作る」ことをしなくても友達になれてしまう。なので、中学を卒業後、山を下りて高校に進学すると、大人数の社会に馴染むのが大変、うまく馴染めないことも少なくない。帯広の進学校に進学した高校2年生のなっちゃんのエピソードには、言葉を失ってしまった。

 メリット、デメリットと分けて書いてしまったが、メリット、デメリットと考えてしまうのは何か違う気がする。外から見たら、いいところ、悪いところと言えるけれども、トムラウシの人々にとっては、そこでの暮らしがそのものだ。何ものにも変えられない。これがトムラウシの暮らしなのだから。トムラウシで暮らしていることが、幸せなのだ。2回ぐらい読んで、外野がそれにどうこう言うのは違うなと思うようになった。

 宮下さん一家が、トムラウシで暮らすのは1年と決めた。が、実際に期限が近づき、どうするかを決めるあたりも、宮下さんがトムラウシの暮らしの幸せを満喫しているからこその悩み、つらさなのだと思う。長男の高校の問題もある。この現実も、デメリットと切り捨てるのは違うと思う。そこをどう受け入れるか、なのだと思う。

 子どもたちのマイペースでユーモラスな発言でゆるくて読みやすいエッセイですが、ハッと思うところも多い。数日間滞在しただけではわからない自然の描写、季節の移り変わりの美しさも、文章だけで伝わってくる。エッセイというところがいい。写真がひとつもなくても、その美しさや楽しさが伝わってくる。日本には、まだまだ知らない場所がある。実際に行ける場所は限られるから、こうやってエッセイで読むのは貴重だと感じました。

◇関連記事:毎日新聞:きょうはみどりの日 作品紹介(その1) 映画「羊と鋼の森」 自然は人を幸せに 北海道・トムラウシ出身の青年が主人公
by halca-kaukana057 | 2018-05-17 23:08 | 本・読書

明日は、いずこの空の下

 上橋菜穂子さんの作品も積読があるのですが、今日は新しく出たエッセイを。

明日は、いずこの空の下
上橋菜穂子 / 講談社、講談社文庫 / 2017

 作家であり、文化人類学者の上橋さん。フィールドワークや、作品の取材も兼ねて、世界のあちこちを旅する。そんな旅のルーツは高校生の頃。旅は母と一緒のことも多い。世界各地で体当たりの旅のエッセイ集です。

 「精霊の守り人」をはじめとする「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズなどでお馴染みの上橋さん。物語の舞台となる、リアリティのある異世界の設定にはいつも驚かされます。土地だけでなく、気候や民俗風習、言語、食べ物、政治、経済…その異世界全部。モデルの場所はあるのだろうかなどと思ったことも。作家であると同時に、文化人類学者として、オーストラリアのアボリジニの研究もされている。フィールドワークで現地へは何度も足を運んでいる。そんな上橋さんは旅上手なんだろうな…と思いきや、そうでもない。身体が弱く、体調を崩しやすい。方向音痴。語学も苦手。子どもの頃から世界のファンタジー文学を読みふけり、その世界に憧れても、家でぬくぬく寝て、本を読んでいる方がいい…。美味しいものがあれば尚更…。「ホビットの冒険」のビルボのように。何だか笑えてしまいます。上橋さんのお気持ちがよくわかる。私も家にいる方がいい。

 でも、作家になるためなら何でもやってやる。上橋さんの背中を押すのは、そんな気持ちと旺盛な好奇心。女子高生時代の、イギリス研修旅行がその原点。「グリーン・ノウの子どもたち」の作者、ルーシー・M・ボストンさんに会ったエピソードは、上橋さんの今に繋がる大きな力なったんだなぁと思います。

 多いのが、食べ物の話。とにかく食べ物が美味しそうな上橋作品ですが、普段から様々な文化の暮らしの中にある食べ物に注目しているからこそ、あんな美味しそうな料理が次々と出てくるのだなぁと。でも、上橋さんが読んできたファンタジー文学でも、食べ物、料理の表現を大事にしている作品もある。そんな作品のよいところを、しっかりと引き継いでいるのですね。上橋さんの作品も、このエッセイも、お腹が空いている時(しかもすぐにご飯にありつけない時)に読むのは危険かも知れません…。

 上橋さん以上にアクティヴなお母様との旅のエピソードも面白い。タフでどんどん飛び込んでいくお母様にすごいなぁと思っていました。私も、家でごろごろしている方が好きなのに、旅に出るとアクティヴになれる。旅に出ることで、また違う自分の一面を引き出している、違う自分に会えている気がする。

 上橋さんが旅先で思った様々なことが、上橋作品に投影されている。ファンタジー文学というものに、上橋さんは何を考えているのか。何を表現したいのか。上橋作品をますます面白く読めるエッセイだと思います。もちろん、いち作家の旅のエッセイとしても面白い。読んでいると旅に出たくなります。
by halca-kaukana057 | 2018-04-06 22:08 | 本・読書

野尻抱影 星は周る

 この本は出た時から気になっていたが、すっかり忘れてしまっていた…。ようやく思い出して手に取りました。

野尻抱影 星は周る
野尻抱影 / 平凡社、STANDARD BOOKS / 2015

 「星の文人」「天文学者(てんぶんがくしゃ)」の野尻抱影の随筆選集です。野尻抱影の天文、星座、星のエッセイはいくつもでています。が、絶版だったり、なかなか手に入りにくかったり…。全集を出してほしい(例えば河出文庫の須賀敦子全集みたいに、手に取りやすい、手に入りやすいもの)と思っているのだが、この本のような選集もいい。装丁もきれいだし、野尻抱影と天文、星空のさまざまな接点が伺えるのがいい。

 これまで、野尻抱影のエッセイはいくつも読んできて、この選集でも出てきたものもあるし、読んだことがなかったものもあった。各エッセイの末尾には書かれた年とその時の年齢、底本一覧もある。持っていないものは全部読みたくなる。やっぱり全集がほしい…。

 この本を読んでいると、野尻抱影の「星の文人」としての偉大さを思い知る。神話、日本・世界各地でのその星座や星の呼び名、星座や星にまつわる民俗や慣習、文化、宗教、文学などなど。たくさんのことが、さらりと、かつ、慈しむように書かれている。知識をただ並べるだけでなく、実際に星空を見て、その印象とともに書いている。海外や、歴史での星の呼び名や文化に関しても、読んでいるとその場面を想像できる。人は星を見て、それを目印にしたり、吉凶を占ったりした。人間は星と共に暮らしてきた。それをじんわりと感じることの出来る、野尻抱影のエッセイが好きだ。
 「星は周る」にあるように、私も、星や星座を見て、季節の移り変わりを感じる。冬の星座が見えてきたことに、冬の訪れを感じたり、冬でも、春の星座が見えてくると春が近づいていることを感じたり。星はさまざまなことを教えてくれる。

 星、星座の話だけでなく、野尻抱影の愛用の望遠鏡「ロング・トム」のことや、プラネタリウムのことも書かれている。また、野尻抱影は登山も好きだった。登山に関するエッセイも収録されており、また抱影の一面を発見した。

 人間と共にある星や星空について書いたが、いい話だけではない。「星無情」では、極限のかなしみや苦しみの中で見る星について書かれている。地上、人間界で何が起こっても、星はいつも変わらずそこにある。ということを、どう感じるか、捉えるか。無情で冷徹とも感じられるし、希望にも感じられる。このエッセイを読んで思ったのが、東日本大震災の夜、停電した夜に見えた星空の話だ。いつもは明るい街灯やネオンで見えない星が見え、寒さ、恐怖や不安を抱えながらも、「星が見えるよ」とネットに書き込んだ人が少なからずいたという話。その話を、野尻抱影に教えたら、何と書くだろう。

 星は、人と人を結びつける。野尻抱影が星好きになったきっかけ(「星は周る」)も書かれている。さまざまな星好きな人たちのエピソードも語られる。抱影が教師をしていた頃、教えていた生徒との星の話、「初対面」では、星がきっかけで意外な人と知り合えたことも書かれている。まさに「君たちの賜もの」だ。

 星がますます好きになる、星を見たくなる本です。

【過去関連記事】
冥王星雑感 ~そう言えば野尻抱影…
天文・星座関連オススメ書まとめ

by halca-kaukana057 | 2018-02-03 22:32 | 本・読書
 前回、カレル・チャペックのデンマーク、スウェーデン、ノルウェー旅行記「北欧の旅」を読んだのが2014年。思ったより前だった。この本を読んでいたのは去年ではあるのだが。チャペックの旅行記、今度はイギリスです。



ギリスだより カレル・チャペック旅行記コレクション
カレル・チャペック:著、飯島周:訳 / 筑摩書房 ちくま文庫 / 2007

1924年5月から7月まで、イギリスを旅行したチャペックは、イギリスに魅了される。大都市ロンドンに圧倒され、公園の緑の美しさに惹かれる。博覧会や博物館を観て、"大英帝国"のことを考える。スコットランドではイングランドとは違う風景や文化に触れ、さらに北ウェールズ、アイルランドへ。「北欧の旅」と同じように、チャペック自身によるイラストも満載です。

 冒頭の「あいさつ」に興味深い文章があったので引用します。
 人は、それぞれの民族について、さまざまなことを考える。それらは、その民族が型にはめてみずからに与え、こうだと思い込んでいるようなものとは限らない。それでも、もはや強い習慣とさえなっているが、人は国や民族を、その政治、体制、政府、世論、またはそれについて一般に言われるものと、なんとなく同一視する。
 しかし、なにかちがうものを、その民族はある程度はっきりと示す。それは決して人が自分で考え出したり意図したりできないものだ。自分自身の見たもの、まったく偶然で日常的なものの思い出が、おのずから心の中に浮かんでくるものだ。
 なぜ、まさにその、ほかならぬ小さな経験がこんなにも強く記憶に残っているのかは、神のみぞ知る。ただ、たとえばイギリスのことを思い出すだけでも十分である。その瞬間に目に見えるのは――
 今ここで、あなたの目に何が見えるか、いったい何を想像されるかどうか、それはわたしにはわからない。わたしが思い浮かべるのは、ただ、ケントにある一軒の赤い小さな家である。なんの変哲もない家だった。(7~8ページ)
 どこかへ旅行に行く時、大体はガイドブックなどで現地の情報を得てから行く。何が有名か、どんな観光名所があるのか、どんな街か。行きたいところがあれば、交通機関を調べて行く。そんな風に事前に情報を得てから行っても、実際にその地に足を踏み入れて、歩いて旅をして、何が一番印象に残ったか…それは人それぞれだ。事前に調べて行った通りの印象を持つかもしれないし、このチャペックのように全く予想もしなかったものに惹かれることもある。どんな観光名所よりも、何の変哲もない一軒の家が、イギリスらしさを表現していた。素敵だなと思った。自分だけの、そういう景色、思い出を見つけたい。

 この本を読んで、私は異文化に身をおきたいと強く思うようになった。海外旅行の経験はないし、いつ行けるかもわからない。普通の国内旅行でもそんなに機会はない。実際に行かなくても、このように本を読んだり、テレビやネットで異文化に触れることは出来る。NHK「世界ふれあい街歩き」などの紀行番組は大好きだ。観る度に、更に、余計、実際に異文化に触れたいと思ってしまう。
 クラシック音楽を聴くのも異文化に触れることだ。でも、日本で聴くのと、現地で聴くのとは全然違うだろう。来日公演は、やはり「よそ行き」なのだろうから。

 チャペックがイギリスを訪れたのは1924年。その頃でも、ロンドンは大都市で、チェコからやって来たチャペックを大いに驚かせた。交通、街地、博物館。博物館では、大英帝国が支配した地域・国のものが飾られている。が、彼ら支配された人々が、ヨーロッパのためではなく、自分自身たちのために何をしているのかは展示されない。「最大の植民帝国が、ほんとうの民族学博物館を持たないとは……」(89ページ)これには鋭いと思った。

 厳しいことを書いているところもあるが、チャペックはイギリス、イギリス人を愛している。イギリスの皮肉なジョークのように、愛情は裏返しだ。チャペックがよく書いているのは、イギリス人の無口さ。ロンドンの閉鎖的な高級クラブでは、誰一人何も話さない。「シャーロック・ホームズ」に出てくる「ディオゲネス・クラブ」は本当に存在するんじゃないかと思った。その他の場所でも、イギリス人は無口で、自らのことを話そうとしない。話すのは当たり障りのないお天気のこと。イギリスで色んなゲームがあるのは、ゲームをしていれば話さなくていいから…。無口だが親切でもある。チェコ人はおしゃべりな方ではないと思うが、イギリスのこんなところは、同じく話すのが苦手な日本人の私にとって興味深い。フィンランド人も内向的で無口(「マッティは今日も憂鬱(Finnish Nightmares)」シリーズより)だが、それとはまた違う気がする。

 また、ロンドンを離れ、地方の田舎の風景にも惹かれる。スコットランドのヒースの荒野。湖水地方の牧場の牛、羊、馬たち。チャペックの賛辞がかわいらしい。イラストにも、イギリスへの愛情が込められていると思う。

 「シャーロック・ホームズ」好きとして、ホームズ関連のことが書いてあるのは興味深い。が、ロンドンのベイカー・ストリートにはホームズの面影もなかったそうだ。「バスカヴィル家の犬」の舞台となるダートモアも登場する。ダートモアは、惹かれる場所だ。

 最後に、チャペックがイギリスのことを一番褒めていると思われる箇所を引用します。
 イギリスでいちばん美しいのは、しかし、樹木、家畜の群れ、そして人びとである。それから、船もそうだ。古いイギリスは、あのばら色の肌をしたイギリスの老紳士たちで、この人たちは春から灰色のシルクハットをかぶり、夏にはゴルフ場で小さな球を追い、とても生き生きとして感じがよいので、私が八歳だったら、いっしょに遊びたいぐらいである。そして老婦人たちは、いつでも手に編み物を持ち、ばら色で美しく、そして親切で、熱いお湯を飲み、自分の病気のことはなにも話さないでいる。
 要するに、もっとも美しい子供と、もっとも生き生きした老人たちを作り出すことができた国は、涙の谷である現世の中で、もっともよいものを確かに持っているのだ。(195~197ページ)

 旅の間、所々でチャペックはチェコのことを思い出す。チェコと比べてみる。どちらがいいとは書いていない。チェコはこうで、イギリスはこう。自分の国を再発見するためにも、やはり異文化に触れたい。

・北欧編:北欧の旅 カレル・チャペック旅行記コレクション
by halca-kaukana057 | 2018-01-10 22:26 | 本・読書

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