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ヴェネツィアの宿

 久々に須賀敦子さんの本を読みました。


ヴェネツィアの宿
須賀敦子/文藝春秋・文春文庫/1998(単行本は1993)

 戦争末期・終戦後の頃、イタリアに留学した頃、父と母と、父の愛人のこと、ミラノで結婚した頃のこと…須賀さんの様々な年代の思い出を語る12編のエッセイ。

 立秋も過ぎ、当地は一気に秋めいてきた。まだ夏だけれども、陽の照り方、空の色や雲、風の温度や触感、日の短さ、暮れゆく空…秋の気配を感じる。真夏のギラギラした太陽の下、強烈に明るい雰囲気から、陰りを感じる季節へ。読んでいたら、そんな夏から秋へ移り変わる頃の陰りを思い浮かべた。

 須賀さんが留学し、住んだイタリアやフランスは、南の国のイメージがある。日本のような酷暑ではないけれども、カラッと暑くて、太陽の光が降り注ぎ、明るく、人々も陽気で、街も賑やか。でも、須賀さんが描くイタリアやフランスの情景は、そんなカラッとした陽気なものではない。その光の陰にある、人々の憂鬱や心の奥底が際立っている。周りが明るくポジティヴな印象が強いから、暗いネガティヴな様が浮かび上がりやすいのだろうか。

 今年は戦後70年。戦時中、終戦後に関するエッセイもある。「寄宿学校」は終戦後のカトリック学校の学校生活や寄宿舎でのことが書かれている。戦後の混乱の中、外国人のシスターたちはどんな想いでいたのだろう、と思う。学校での学業や生活は楽ではなかった。その「寄宿学校」の最後が印象的だった。

 以前読んだ「コルシア書店の仲間たち」に関するエッセイもあります。夫のぺッピーノとの話は、何度読んでもつらい。

 様々な人と出会い、別れ。その時、様々なことを思うけれども、はかなく過ぎ去ってしまう。短い夏のような、切なくなる本です。

 ところで、須賀敦子さんの本を読もうと思ったら、河出文庫から全集が出ているじゃないですか。全集でそろえるか、それぞれのを買うか…迷います。全集だと分厚くて持ち歩きにくいのが難点…。
by halca-kaukana057 | 2015-08-09 23:17 | 本・読書
 かなり前に出て、フィンランド関係で読みたいと思っていたが読めずにいた本。ようやく読めました。


青い光が見えたから 16歳のフィンランド留学記
高橋絵里香/講談社/2007


 小学生の時に読んだ「ムーミン」シリーズがきっかけでフィンランドに興味を持った筆者。いつしか「フィンランドに行きたい。フィンランドで暮らしてみたい。フィンランドの学校に通いたい」と思うようになった。高校生になったらフィンランドの学校に留学する、と目標を立てた。しかし、中学生になり、上級生下級生の上下関係が厳しく、先生は絶対であり、体罰や脅しもあることに疑問を持つようになった。親しくなった先生にも裏切られ、いつしか皆と同じ、自分を押し殺し、他者の顔色を伺いビクビクしながら暮らすようになった。フィンランドへ留学することも諦めていたが、中学2年の時に下見とフィンランドへ家族で旅行し、受け入れてくれそうな学校を探す。見つかったのはロヴァニエミのリュセオンプイスト高校。留学といっても、1年間ではなく3年間。入学して、卒業するまで。留学への壁は厚い。フィンランドの滞在許可が下りるか。フィンランド語も満足にできないのに留学できるのか。フィンランドの高校の卒業試験はとても難しく、突破できるのか…。精神的に不安定になりながらも、やっぱりフィンランドの高校に行きたい。ホストファミリーも無事に見つかり、滞在許可が下り、中学を卒業した筆者は、フィンランドへ旅立った…。


 この本が出た頃、フィンランドの教育が注目されていたのだったっけ?よく覚えていない。フィンランドの教育はいい、日本の学校との比較はあまりしないように書きます。日本の学校でも、フィンランドほどではないが自由でおおらかな校則・校風の学校はある。あくまで、高橋さんが体験したフィンランドでの高校生活について書きます。

 きっかけなどは異なるが、フィンランドに興味を持っていて、フィンランドに行ってみたいと思っている…私も同じだ。フィンランドに行くなら、できるだけゆっくり滞在して、フィンランドの人々と触れ合ったり、森と湖の自然を満喫しながら、私がフィンランドに興味をもつきっかけになったシベリウスの作品を聴きたい、と思っている。だが、私がそんなことを思うようになったのは社会人になってから。仕事もある、生活費から旅行資金を繰り出すのはなかなか難しい。体調面でも不安がある。ゆっくりとフィンランドに滞在する…少なくとも2週間…時間も取れない。もしかしたら、行けないままかもしれない。届かないまま、憧れのままで終わるかもしれない。そう思いながら、シベリウスやフィンランドの音楽を聴いたり、「ムーミン」シリーズを読んだり、フィンランドの写真をネットで探してみたり…。

 この本を読んで、若いっていいなとまず思った。エネルギーがある。窮屈な中学校、日本から飛び出したい。1年間の交換留学じゃ短い、とフィンランドの高校に留学というよりは入学することを目指す。精神的に不安定になりながらも、それでもフィンランドに行きたい!!とひとつひとつ厚い壁を乗り越えていく。若さもあるし、両親の理解と支援が何よりも心強い。恵まれている。学校で先生に反対されても、両親は理解して背中を押してくれる。いいなぁと、正直羨ましく思った。

 そして入学。フィンランドの高校は単位制。移民や留学生のための外国人のためのフィンランド語の授業もある。本ではさらっと書いてあるが、実際、筆者がフィンランド語をマスターするのはとても大変だったのだろう。フィンランド語は名詞も動詞も格変化が多くとても難しい。しかも、日本語で書かれたフィンランド語の本は今は少しは増えてきたが、筆者がフィンランドに渡った2000年ごろはほんの少ししかなかったはず。フィンランドで筆者が買ったのは、フィン英・英フィン辞書。ストレートに母国語でマスターできない難しさは相当のものだったろう。だが、間違えてもいいからフィンランド語をマスターして、国語の読書感想文を発表したり、試験も受ける。試験はレポート記述式のような形で、最初はほとんど何も書けなかった。その試験は0点でも、成績は…試験の結果だけじゃない。高校の先生も、友達も、高橋さんの努力する姿、前向きに学ぼうとする姿勢を評価し、ほんの少しのことでも誉めてくれる。間違っていることや足りないことははっきり言うが、いいところもちゃんと見る。子どもも大人もそんな考え方が出来ていて、それで学校が成り立っていていいなと思う。

 フィンランドの人たちに日本のことを紹介することも何度かあった。日本語、食べ物、文化…。普段でも、外国にいく時には特に、日本のことをちゃんと紹介出来るようにしておきたい。
 高橋さんがフィンランドで迎えたクリスマスも印象的。ロヴァニエミはサンタクロースが住んでいる村がある町としても有名。クリスマス前には、世界中にプレゼントを配りに出発するサンタさんのニュースを観たことがある。フィンランド人にとってクリスマスは、家族で過ごす大事な日。日本のようなわいわい賑やかなパーティーは1ヶ月前に済ませておくそうだ。フィンランドにも一応ワイワイ騒ぐクリスマスパーティーもあることは初めて知った。そして、この頃はフィンランドは暗く寒さの厳しい季節。ロヴァニエミは北の方の町なので、日中はほとんど真っ暗。気温もマイナス30度を下回る。厳しい自然の中だからこそ、よりクリスマスの暖かさが際立つのだろう。

 勉強は難しいが、高橋さんはフィンランドで閉ざした心を徐々に開いてゆく。厳しい上下関係も、体罰や脅しをする先生もいない。先生は親しみを込めてファーストネームで呼び(寧ろ呼ばれないと親しみをもたれていない証拠なのだそうだ)、髪を染めたりピアスも開けていい。高橋さんも髪を染め、ピアスも開けた。日本では先生は絶対だし、校則も厳しく、ピアスは禁止されていると言うと、理解できない、と。私がもし何故禁止されているのかと聞かれたら「風紀を乱すから。日本ではピアスは好ましくないもの、学校や大人、社会への反抗とみなされるから」と説明するだろうが、これで理解されるだろうか。
 そして、フィンランドに来た頃はフィンランドの人々から見れば、高橋さんはとても暗い表情をしていたという。シャイな日本人、では説明しきれないほどの。1年も経たないうちに、表情も、服装も明るくなった、と。3年では元々得意なドラムを生かして友達とバンドを組み、学校で演奏もした。「自分の居場所」と言えばいいのだろうか。自分を素直に表現できる環境。人も場も受け入れてくれる。高橋さんにとってフィンランドはそんな場だった。自分を押し殺し、苦しんだ中学とは全く異なる世界。そんな環境に出会えた…というよりも、自分で切り拓いて見つけたことに、いいなぁと思いながら読んでいた。

 フィンランドの高校は、3年と決まっていない。学びたいことの進度・深度や自分のペースによって、3年半や4年の人も少なくない。高橋さんも4年で卒業することを目指す。卒業するための最大の難関…卒業試験。これは学校ごとではなく、フィンランドの国全体で行われるもの。卒業できるかどうかは国が決める。試験も長文の記述式のものがほとんどで、試験時間は1教科最大で6時間。厳しく徹底しているというか、丁寧だなと思った。高校生ひとりひとりの答案を読んで、採点して、相対評価で成績・合否を出す。フィンランドは日本よりも人口が少ないけれど、それでも大変なことだろう。高校で何を学んだか、どれだけ学んだか、国が見守っているという印象を受けた。

 その卒業試験前の最後の登校日の「アビの日」が凄い。ここで鬱憤を晴らして、厳しい試験に臨むのか…。

 フィンランド語が満足にできなかった高橋さんは、フィンランドに来る前に卒業試験に合格するのは無理だと学校では思われていた。しかし、信じて挑戦し努力していれば、道は拓ける。味方してくれる。試験の成績発表の最後あたりは胸が熱くなった。
 最初から最後まで、「いいなぁ」という思いで読んでいた。実際はもっともっと大変だったはず。この本には書ききれないことが沢山あったはず。それでも、フィンランドという環境は高橋さんに合っていたからこそ、苦労も乗り越えて、挑戦し努力し続けて、ここまで来ることができた。そして挑戦することから遠ざかっていた私は、読んだ後、「私はどうしたい?」「何がやりたい?」「難しそう?でもやってみたい?」と自分自身に問いかけている。

 この本、文庫化しないのが不思議である。出版社も講談社だし、様々な選定図書にも選ばれているし、文庫化して、中学生や高校生、若い人にもっと読んでほしいと思うのだが…。
by halca-kaukana057 | 2015-07-02 23:10 | 本・読書
 先日読んだ本の続編です。
・前作:シャーロック・ホームズへの旅

シャーロック・ホームズへの旅 2
小林司・東山あかね/東京書籍/1993

 河出文庫版正典の訳者のシャーロキアンのお二人の「シャーロック・ホームズ」シリーズゆかりの地を訪ねる旅行記続編。前作の翌年の1988年、再びイギリスへ。1991年は、「最後の事件」のホームズとモリアーティがライヘンバッハの滝で決闘してから100年。ちょうど建国700年記念のスイスで、ロンドンのシャーロック・ホームズ会によるスイス・ツアーに、お二人のお嬢さんも一緒に参加。更に、この続編ではアメリカへも。世界で一番古いシャーロキアン団体「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ(BSI)」に招かれディナーに参加し、「緋色の研究」の悲劇の舞台となったソルトレイク・シティにも。「ホームズ」はイギリスの作品ではあるけれども、スイスや直接行ったわけではないがアメリカ、この本には出てこないがインドなど、国際色豊かな物語だったのだなぁと実感する。

 イギリス編では、ロンドンに行ったらまずはパブ「ザ・シャーロック・ホームズ」。観光地としても有名なので、世界各地からホームズ好き、シャーロキアンたちがやって来る。ベイカー街には「シャーロック・ホームズ・ホテル」があるが、名前だけになってしまい内装やアメニティは普通のホテル。更に、ホームズの格好をしたホテルマンが掃除している…シャーロキアンから見れば「ホームズに掃除させるとは何事か!」と遺憾、と…。
 ベイカー街221Bはどこか、という問題も。現在の221番には「アビ・ナショナル・ビルディング・ソサエティ」がある。ホームズ専用の秘書も置いてサービスしてきた。だが、1990年にそばに「シャーロック・ホームズ博物館」ができ、"本家"を名乗りだしている、と。この本によると、「ベイカー街は行くたびに様子が変わってしまうので、油断ができない」(22ページ)とのこと。今は更に変わってしまっているのだろうな。前作の感想の最後に、私はこう書いた。
今はかなり変わっているのだろうな…。変わってしまっていても、イギリスにはたくさんのホームジアンがいるだろうから、「ホームズ」を愛する人たちの力で守られているものもきっとあると思う。

 こうとは限らないようで…残念。

 この時、イギリスでは、グラナダテレビのドラマ「シャーロック・ホームズの冒険」のジェレミー・ブレットとエドワード・ハードウィックによるホームズとワトソンの2人芝居が上演されていたとのこと。その舞台を観に行った2人。英語で、渋い会話の2人芝居。お二人でも内容はよくわからなかったそうだが、ジェレミー・ブレットのホームズとエドワード・ハードウィックのワトソン、グラナダコンビの2人の舞台…観てみたかった!!生で、目の前で、かっこよくお茶目なジェレミー・ブレットのホームズと、温厚で頼りがいのあるエドワード・ハードウィックのワトソンの会話劇があっただなんて!!夢のようだ…。今回の旅でも、マンチェスターにあるグラナダテレビを訪問。グラナダ版のスタジオセット見学ツアーもあった。読んで、いいなぁいいなぁ!と連呼していました。

 アーサー・コナン・ドイルの墓や隠れ家、病気だった最初の妻を静養させるために建てた豪邸のホテルへも。コナン・ドイルがどんな作家・人間だったのか、ドイルにとって「ホームズ」は何だったのか。「ホームズ」好き、シャーロキアン以外の人々は、「ホームズ」やドイルについてどう思っているのか。後のスイス、アメリカでも、そんなことにも触れた旅でした。小林さんは医師でもありますが、その医師であることが役に立った場面も。

 「ホームズ」だけでなく、チャールズ・ディケンズに関しても出てきて、これまた面白い。「アベ農園」の舞台のひとつと考えられている町・ロチェスター。ディケンズにちなんだ名前のパブが多く、ディケンズ博物館もある。人形劇では、4話でワトソンがディケンズの「二都物語」を読んでいて、物語の鍵となっている。人形劇で「二都物語」を出したのは、4話の物語に関連するだけではないかもしれない…。

 スイスでは、前作と同じようにツアーの参加者は「ホームズ」シリーズに出てくる人物に扮装(今風に言えばコスプレ)している。偶然出会った他の日本人観光客たちからは、冷たい視線が。それ対して、日本人は遊び心がない、と。今なら、それほど冷たい視線で見られることはないと思う。一方の、本職がスコットランド・ヤードの警官さんは、警視庁から「ツアー一行を護衛せよ」と公務出張命令を貰って参加したとかw役は巡査役。楽しそうでいいなぁ。
 スイス建国700年にも当たっているので、スイス観光も。ウィリアム・テル、永世中立国…。永世中立国の厳しさには色々と考えてしまった。ホームズも、ウィリアム・テルも架空の人物?それとも?これも興味深い繋がり。
 マイリンゲンにあるホームズ像には、60の事件名が暗号で記されているという。筋金入りのシャーロキアンの小林さん・東山さんでも一つしかわからなかったというのは驚き。相当難しいに違いない…。

 アメリカ編では、ニューヨークでの「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ(BSI)」に招かれた小林さん。なんと、SF作家のアイザック・アシモフも筋金入りのシャーロキアンだったそう。世界のシャーロキアンの輪は凄い。このアメリカ編で、ホームズの誕生日が1月6日の理由が判明。驚きの理由だったwちなみに、ワトスンの誕生日は様々説があって、決まっていないようなのですが…。7月7日説と8月7日説が有力らしいが、どちらを祝えばいいのでしょう…?もうすぐ7月7日なので…。
 「緋色の研究」の舞台となったソルトレイク・シティ。だが、実在の人物も登場しモルモン教への偏見を含む内容は、モルモン教の信者たちにとっては残念でならないもの。シャーロキアンとばれると憎まれるかもしれないので、隠して取材。世界的な名作の「ホームズ」シリーズも、別の視点から見ると…と思うとまた複雑。

 旅にはトラブルがつきもので、イギリスでは郵便局のストに巻き込まれたり、スイスでも持ち物を盗まれたり…。でも旅先での出会いは今回も楽しい。
 何より、「シャーロック・ホームズ」で世界中に友達ができて、「ホームズ」で扮装して、今で言う「聖地巡礼」的なツアーや、パーティーなどで盛り上がれる。いいなぁ、楽しそうだなぁ、と「ホームズ」入門者の私も思います。
by halca-kaukana057 | 2015-06-28 23:16 | 本・読書

エジプト学夜話

 古代エジプトに関する本をちまちまと読んでいます。以前読んだ「古代エジプトうんちく図鑑」で参考文献にもなっていた本。
古代エジプトうんちく図鑑
 この本、本当にインパクト強い…w 

エジプト学夜話
酒井傳六/青土社/1997(1980年に出版されたものに加筆した新版)

 著者の酒井さんは、朝日新聞の記者としてエジプトに滞在していたのがきっかけで、古代エジプトに関する著作や訳をするようになった。「ツタンカーメン発掘記」も酒井さんの訳。

 本でもテレビ番組でも、古代エジプトに触れるといつも思うのは、そのスケールの大きさだ。第1王朝は紀元前3000年頃。第31王朝、紀元前332年にアレクサンドロス大王(アレクサンドロス3世)によって征服されるまでを「古代エジプト」と呼ぶ。初期のピラミッドがつくられ始めたのが第3王朝・ジョセル王。クフ王の大ピラミッドが第4王朝、紀元前2500年ごろ。首都がテーベ(ルクソール)となる新王国時代・第18王朝~第20王朝が紀元前1500年~紀元前1200年ごろ。「古代エジプト」と一言で言っても、古王国時代と新王国時代、アレクサンドロス大王に征服されたマケドニア朝では全然違う。まずこの時間軸でクラクラしてしまう。
 さらに、ピラミッドや神殿・葬祭殿などの遺跡もスケールが大きい。どんな本を読んでも、あんな大きなピラミッドを古代の人々はどうやってつくったのだろう…?と思わずにはいられない。そんな建造物のスケールにもクラクラする。クラクラするけれども、古代エジプトには惹かれる。

 この本は、そんな「古代エジプト」を研究する「エジプト学」について描いている本。「古代エジプト」について語る際、2つに分かれる。古代エジプトそのものについて語るのと、古代エジプトの研究や発掘・研究した人々について語ること。古代エジプトそのものについて語ろうとしても、発掘や研究が進んでいなければわからないことだらけ。古代エジプトに魅せられて、発掘・研究した人々がいたからこそ、現在、私は古代エジプトについて少しずつ学ぶことが出来ている。

 古代エジプトについて知ろうとして、まずぶち当たるのが言葉。ヒエログリフが読めないとさっぱりわからない。そのヒエログリフを解読したジャン・フランソワ・シャンポリオン。「古代エジプトうんちく図鑑」でも書かれていたのですが、シャンポリオンには兄・ジャック・ジョゼフがいた。シャンポリオンと言うと一般的には弟のジャン・フランソワで、この本では「シャンポリオン弟」と書いている。兄のジャック・ジョゼフがいなければ、弟・ジャン・フランソワはエジプトに行くことも、ヒエログリフを解読することも出来なかった、と。兄・ジャック・ジョゼフは元々古代エジプトに興味を持ち、実際にエジプトには行けなかったが、論文を書きつづけた。そして、弟・ジャン・フランソワが先に死んだ後も、弟の残した論文をまとめ出版した。シャンポリオン兄弟がいたからこそ、ヒエログリフも解読され、古代エジプトのこともわかるようになった。ここから「エジプト学」が始まった、と。

 エジプト学で面白いのは、論文を書いて博士号をとった学者だけが拓いたのではない、懐の大きさがあること。エジプトに遠征し、ピラミッドなどをヨーロッパに紹介したナポレオンもそうだし、それ以降多くの人々が立場に関係なくエジプトに渡った。19世紀に「エジプト調査財団」を設立し、フリンダーズ・ピートリーらエジプト学者たちを支援し、エジプトに学者たちを送り続けたイギリス人アメリア・エドワーズもその一人だろう。エドワーズ女史は売れっ子小説家。発掘や研究に資金は欠かせない…という話で連想するのは、ツタンカーメン王墓を発掘したハワード・カーターのパトロンのカーナヴォン卿。カーナヴォン卿はパトロン、スポンサーだっただけでなく、カーターと共に論文を出している。その「テーベにおける5年間の発掘」の序文が掲載されているのだが、面白い。序文だけなのが残念…。カーナヴォン卿はこんな風に発掘や、出土した遺物をみていたのか、と伺える。エドワーズ女史もカーナヴォン卿も、資金提供だけでなく、古代エジプトやエジプト学に理解を示し魅せられて学んでいたからこそ、資金を提供し続けられたのだなと思う。
 ちなみに、この本で、カーターによるツタンカーメン王墓発掘の資料がまとまって出版されていない、と書かれていますが、それを補うのがこのブログでも何度か紹介したグリフィス研究所ホームページで自由に閲覧できるデータなのかな。インターネットを上手く活用している。著者の酒井さんは1991年に逝去されています。あのホームページを見たら喜ぶだろうか。

 しかし、懐は大きいけれども、その分失うものも多かったのも事実。遺跡を破壊する乱暴でずさんな発掘(発掘と言えるのか?)。金目のものはエジプト国外に流出し、取り締まっても裏取引もされた。大英博物館のエジプト関係の所蔵品と切っては切れない関係のウォーリス・バッジ。大英博物館に出土品を買い入れたり、最初から大英博物館に収める目的で発掘したり…。大英博物館の光と影を見ているような複雑な気持ちになる。

 また、エジプトロジストたち同士の対立も大変…。学問に人間ドラマは要らないかもしれないけど、こういう話はまた違った見方ができて面白い。エジプトロジストも気に食わない人もいて、人間なんだなぁ、と。

 最後には、ヴェルディのオペラ「アイーダ」についても。第25・26王朝を想定した舞台で、サッカラのセラペウムを発掘し、エジプト考古局を創設したオーギュスト・マリエットが原作というのは知ってはいたが、それを知ってから「アイーダ」を視聴したことはなかったので、俄然観たくなった。まずはハイライトかな。2013年のNHK音楽祭で、グスターボ・ドゥダメル指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団の全曲版をラジオで聴いたが、あれはよかったなぁ。

 古代エジプトのあらゆる意味でのスケールの大きさを実感する本でした。
by halca-kaukana057 | 2015-06-18 22:40 | 本・読書
 「ホームズ」関連本を読んでみた。正典の物語や映像化作品からちょっと離れて、こんな本を。

シャーロック・ホームズへの旅
小林司・東山あかね/東京書籍/1987

 世界中の人々を魅了している「シャーロック・ホームズ」シリーズ。正典を読んだり、映像化作品を観たりすると、その場に行ってみたくなるのがファンの心理。今で言う「聖地巡礼」は、今も昔も、どんな作品においても変わりないようです。
 河出文庫版の訳者の小林さんと東山さんご夫婦が、「ホームズ」ゆかりの地…ロンドンやホームズとワトスンが事件などで訪れたイギリス各地、アーサー・コナン・ドイルの故郷のエディンバラ。更に「最後の冒険」でホームズが歩いたコースをたどる旅に同行。その旅行記です。

 「ホームズ」正典や映像化作品を読んで、観ていると、確かにイギリス、ロンドンに行きたくなる。ベイカー街をはじめとして、ロンドンにはいたるところにホームズにちなんだ場所がある。「ホームズ」シリーズで出てきた場所が次々と出てくる。ここがあの場所なのか!の連続。ロンドンホームズ街歩きを実際にやるとこうなるのかと思いながら読みました。

 「ホームズ」シリーズで、何故ロンドン警視庁が「スコットランド・ヤード」と呼ばれているのが疑問に思っていた。調べないままだったのだが、この本に書いてあった。スコットランド国王や大使が宿泊していた屋敷が後に首都警察の本拠地になり、その裏通りが「ストッコランド・ヤード」と呼ばれ、ロンドン警視庁の呼び名になったのだそう。ホームズの時代のスコットランド・ヤードは、現在のロンドン警視庁とは別の位置にありロンドンの地元の人も、なんと警察に聞いてもわからないと…でも、「旧跡スコットランド・ヤード」のプレートはあるので探せばわかるらしい。

 正典だけでなく、映像化作品にも触れていて、アニメ「名探偵ホームズ」(通称:犬ホームズ)で、モリアーティ教授がビッグベンの鐘を盗む回があったが、それにも触れている。この回では、ビッグベンの鐘を盗んだモリアーティ教授が、鐘の換わりに鳴らしたものが…大爆笑の回。ビッグベンのイメージが…w
 現在なら、BBCのドラマ「SHERLOCK」も追加ですね。しかも「SHERLOCK」は現代が舞台なので、そのまま舞台めぐりを出来る。聖バーソロミュー病院は外せない場所ですね。

 ロンドンを離れて、イギリス各地の「ホームズ」ゆかりの地めぐりは、その土地の人々との出会いも楽しい。イギリス各地の風景は正典を読んでいても想像できますが、実際に行ってみるともっと面白い。「バスカヴィル家の犬」の舞台、ダートムアは実際は明るかったとか。そして、舞台となった建物がどれか探す…実際には存在しなくても、似たような建物があるはず。古い建築が残されているイギリスなら尚更。筋金入りのシャーロキアンのお二人の洞察力に感服しました。ロンドンを離れても、ホームズ関係のお土産があるのはさすが本国イギリス。また、B&Bなどの宿やレストランでのエピソードも読んでいて楽しい。ただ、食に関しては当たりはずれがあるようで…これは海外旅行でこそのものなんだろうな。

 マンチェスターでは、グラナダ・テレビ局へ。そう、グラナダ版「シャーロック・ホームズの冒険」のグラナダ・テレビ局。この頃はグラナダ版はリアルタイムで制作、放送されていた時代。もっと昔の作品かと思っていたので驚いた。オープンセットを見せてもらって記念撮影。リアルタイムのあのグラナダ版…!ジェレミー・ブレットがまだ生きていた頃…!この頃、私は生まれてはいたけれど、「ホームズ」は全く知らなかった頃。アニメ「名探偵ホームズ」さえ観てなかった。この部分は衝撃的でした。

 第2部では、スイスへ。ロンドンのシャーロック・ホームズ会がスイス観光局の協力を得て実現した、「ホームズ」のスイスツアー。しかも、参加者(取材する記者たちも)は皆「ホームズ」シリーズに出てくる誰かに扮装しなければならない。つまりコスプレ…!日本人である小林さんと東山さんが選んだのは…なるほど。「ホームズ」でスイスと言えば「最後の事件」ですが、「フランシス・カーファックス姫の失踪」ではローザンヌが舞台になっている。参加者たちは時々寸劇も披露して、どっぷり「ホームズ」の世界に浸れる。シャーロキアンたちが集まって、皆それぞれ「ホームズ」の世界の人々になりきって楽しむ。ライヘンバッハの滝も勿論訪れる。本当に楽しそうだ。もし私が参加するなら、「まだらの紐」のヘレン・ストーナーがいいなぁ(人形劇のイメージもある。人形劇のストーナー先生は特に好きなキャラクタです)。ワトスンの妻になるメアリー・モースタンはハードル高いかなぁ…。アイリーン・アドラーはムリ、無理…w

 写真や地図も多く、読みやすいです。ただ、この本は1987年のもの。今はかなり変わっているのだろうな…。変わってしまっていても、イギリスにはたくさんのホームジアンがいるだろうから、「ホームズ」を愛する人たちの力で守られているものもきっとあると思う。

 この本、続編もあります。続編も読みます。
by halca-kaukana057 | 2015-06-13 22:35 | 本・読書

春楡の木陰で

 免疫学者の多田富雄先生のエッセイはこれで3冊目。著作はたくさんありますが、その中では新しい方のエッセイです。


春楡の木陰で
多田富雄/集英社・集英社文庫/2014
(「ダウンタウンに時は流れて」[集英社・2009年]を改題)

 前半は多田先生が若い頃、アメリカに留学していた時の話。大学院を修了し、コロラド州デンバーの研究所に留学することになった。留学中、ドイツ移民2世のトレゴ夫妻の家に下宿することになった。老夫婦に英語を習いながら、トレゴ夫妻やお隣のウクライナ人のコプロウスキー夫妻、街にあるバーや中華料理店にも通い人々と親交を深めてゆく、が…。

 1960年代のアメリカ。一言で言えば、若き日本人研究者のアメリカ留学青春物語、だろう。でも、その一言では言い尽くせないほどの様々な人々と交流、事件、アメリカ社会の現実に向き合うことになる。多田先生はとても柔軟で、先入観を持たずにデンバーのダウンタウンの人々に馴染んでゆく。貧しい暮らしをしている移民の人々。下級社会の人々が集うバー、リノ・イン。米のご飯を食べたいと紹介してもらった中華料理店・ロータスルームで働く日本人・チエコ。同じようにデンバーに住んでいた日本人たちなら眉をひそめるような地域、店、人々にもおそれることもなく、身構えることもなく入る。最初は見慣れない日本人が来たと思っていても、彼らは寛容に多田先生を「トミー」、「ブラザー」と呼び、親しくなってゆく。しかし、彼らの生活はもろいものの上にあった。トレゴ夫人との突然の別れ、リノ・インを取り巻く街と人々の変化、厳しい暮らしをしてきたチエコの交友とその後…どの話でもやるせない気持ちになる。チエコさんの結末には言葉が出ない。彼らは苦しい境遇だろうと、デンバーの街の片隅で生きていた、暮らしていた。儚いけれども、たくましかった。変化するのが人間の世。日本だろうとアメリカだろうと同じ。でも、それで追いやられた人々がいる…忘れてはいけないことだと思った。

 後半は、多田先生が脳梗塞で倒れてからのこと。研究に一心不乱で、奥様の式江(のりえ)さんのことを思いやれなかったと後悔する。病気になって、不自由な身になって、初めてわかることがある。愛おしく大切なものだったと思い出すものがある。ちょっと風邪を引いて鼻や耳、喉の調子が悪い程度でも、毎日点滴を打つほどの体調不良でも、病気になって当たり前のものが当たり前ではなかった、大切なものだったとわかることは私もある。しかし、脳梗塞で身体が思うように動かず、言葉も話せない、声も出せない、ものもうまく食べられない…でも思考は止まらない…そんな状態の過酷さは、この本で書かれている以上のものだろう。病気になって初めてわかる…と言うのは他人事のようにも思える。それでも、奥様や家族のとのことを思い出す。多田先生が本を執筆出来るまで回復されて本当によかった。「羽化登仙の記」「花に遅速あり」「姥捨」のエピソードにはドキリとするところもありつつも、自分の身体を第三者の目で見るように病気になったからこそ見えてきた、わかったものが書かれていて、多田先生がこの本を遺してくれて本当によかったと思った。

 私事の話だが、私の父も脳梗塞に倒れた。当時私は実家を離れて一人暮らしをしていて、父が倒れたと聞いて驚き、休みの日に地元に戻った。病室の父は、何か言いたそうで、でも思い通りにならないようだった。それから父もリハビリをして、杖をついて歩けるまでになったが、様々な障害が残った。認知症のような症状もあり、性格も話すことも以前の父と全く変わってしまった。それまでと異なる父の姿、性格、言動に戸惑い、どう接していいか分からなかった。母は父を献身的に介護していた。今思うと、母の苦労と寛容さに私はひどく鈍感過ぎた。それでも、その後実家に戻って父と暮らすうち、少しは父に寄り添えたかなと思うこともあった。ただ、子どもの頃に退行してしまったようになっていたので、父とじっくり会話することは少なかった。父と一緒に酒を飲みながら…なんてことも実現しなかった。倒れてから、父はそれまで手放せなかった酒もタバコも一切口にしなかった。その後、父はまた病に倒れ、逝ってしまった。

 この本を読みながら、亡き父のことを思った。父は倒れてから、何を思っていたのだろう。私や母に何を伝えたかったのだろう。父の話を"聞く"方法もあったんじゃないか、とも思う。病気になってからわかることは、本人だけではなく家族にもあるのだと思った。思い出すことも増えるのだな、と。


【過去の多田先生の著作感想記事】
生命の木の下で
イタリアの旅から 科学者による美術紀行
by halca-kaukana057 | 2015-03-22 22:46 | 本・読書
 長らく積読にしてあった本をようやく読みました…。免疫学者の多田富雄先生のエッセイは、以前「生命の木の下で」を読みました。それ以来です。しかし、今回は、イタリア美術紀行…?

生命の木の下で


イタリアの旅から 科学者による美術紀行
多田富雄/新潮社・新潮文庫/2012
(単行本は1992年誠信書房)

 以前の「生命の木の下で」でも、多田先生の多才ぶり、読みたくなる文章に凄いなぁ、いいなぁと思ったのですが、この「イタリアの旅から」でも変わりません。20年以上イタリアに通い、各地の歴史的建築や美術館、教会や寺院、神殿、遺跡などを観て歩いてきた多田先生。普通の観光地の観光スポットだけで無く、ガイドブックにも載らないようなところにも足を運び、じっくりと観て、言葉にしている。そんな科学者の視点での記述もあれば、文章がとてもきれいで、詩的なところもある。この本を読んでいたのは夏のこと。地中海の青い空と青い海、燃えるような緑、太陽の明るさとからりとした暑さ、朗らかな歌でも聞こえてきそうなイタリアの町の様子、そして歴史を伝える建築や美術作品の数々…イタリアには行った事はないですし、イタリアにもあまり詳しくない。イタリア美術も高校の世界史程度の知識しかないのですが、楽しく読みました。

 読んでいると、歴史的建築や美術品があるイタリアの町そのものが、歴史を伝えているなと感じる。そして、それらの建築や絵画を生み出した芸術家たちについての解説も面白い。イタリアの歴史の中でどう生きたのか。その歴史は決して平坦なものではなく、血や涙が流れたものもある。それらを経て、その建築や美術品も町も今に残っているんだ…と思うとその重さ・長さがとてつもないものに感じられる。少し前に読んだ小説「時の旅人」(アリソン・アトリー)で描かれた、その場所が歴史を記憶していて、何らかの拍子でその過去に触れられてしまうような。

 各地の町の描写も面白い。治安は決してよいとは言えない。「キウソ(Chiuso)」、つまり「closed」があまりにも多い。シエスタの時間もちゃんとある。日本とは全然違う、地中海文化だなぁ…と思う。いや、日本人が規律正し過ぎる、真面目過ぎるのか…?だが、町の人々との会話では、そんなことも関係ないと思ってしまう。現地の空気が伝わってくる。旅先のお料理についてもちゃんと語られます。出てくるたびに「美味しそう…」と思ってしまった。

 イタリアにもギリシア神殿がある。古代ギリシア・ローマ文化には興味があるので、じっくりと読みました。エトルリアも。謎めいていて惹かれる。サルジニアとマラリアの関係も興味深かった。ここは免疫学がご専門の多田先生だからこそ。病気は人類の歴史の中で脅威となってきましたが、こんな場合もあるんだな…。

 多田先生は2010年に他界されましたが、たくさんの著書を遺されました。また読みます。
by halca-kaukana057 | 2014-09-14 22:39 | 本・読書
 かなり前に、光野桃さんのエッセイ「可愛らしさの匂い」を読みました。久しぶりに、光野さんの著書をまた読みました。
・過去記事:可愛らしさの匂い


あなたは欠けた月ではない
光野桃/文化出版局/2011

 以前読んだ「可愛らしさの匂い」やその前に読んだ「実りを待つ季節」でも、光野さんはファッション誌編集者を経て、イタリア・ミラノへ移住。その経験を活かして、ファッションや女性の生き方に関するエッセイなどを執筆している。あたたかな文章で、今回もその文章に惹かれた。ただ、おしゃれや生き方に対して詳しく、洗練されたセンスをお持ちの方なんだろうなと勝手に思ってきた。この本を読んで、違うと感じた。

 この本では、おしゃれや生き方に関するエッセイもありますが、光野さんがご自身のこれまでを振り返り、書いています。それは、想像以上につらいものだった。子どもの頃から、人間関係・交友関係に悩み、自己評価も他者からの評価も低かった。光野さんがご自身の性格を分析した文章に、私もだ…とうなづいてしまった。この後、私の場合「だから私はダメなんだ」と続く。
 一方の光野さんは、ファッション誌に魅了され、編集者になることを志す。その夢を叶え、仕事に邁進し成功もおさめる。だが、自己評価は低いまま。「みんなとおんなじ」、そして「女性ならこうでなければならない」という暗黙の価値観に心を痛めていた。その後、思い切って結婚し、子どもも生まれる。そして、仕事一筋人間だった光野さんが、「ファミリーガール」として仕事を辞め、夫の転勤でミラノへ移住する。ミラノでの生活は、光野さんにとってショックの連続だった。ミラノの女性たちは、どの年齢の人も、女性であることに自信をもっている。おしゃれも似合うものを楽しんでいる。光野さんはそんなミラノの女性たちと比べては劣等感を抱いていたが、その姿を観察し、それが帰国後の執筆活動に繋がってゆく。帰国後も、お子さんの事故や、光野さんご自身の年齢など、苦労は絶えない。だが、年齢を重ねるごとに、だんだん自由になってきたという。

 年齢を重ねるのは怖い。年相応の生き方をしているか、自信が全く無い。キャリアも無い。それは、私だけの悩みではないようだ。ファッションの面では、顔立ち、体形、様々なコンプレックスを隠すように、目立たないようにものを着る。しかし、隠すことばかりでは、更に自信を失ってしまう。自分を輝かせてくれる装いに出会った時、人は外見も、内面も輝く。自信を持てる。それは、年齢とは関係ない。光野さんの言葉があたたかい。

 また、時代・社会の中での女性の立場に関しては、鋭い視点でこう書いている。
 婚活という言葉も、結婚をひとつのシステムとして捉えすぎてしまうのではないか、と危惧していた。仕事のキャリアや成功と同じように、結婚や出産を人生のキャリアアップの一環と考えるひとが増えてしまうのではないか、と。(23ページ)

 結婚や出産が、人生で勝ち取るべきものの一環として考えられているように感じる(24ページ)

 その通りだと思った。(最近の時事問題に当てはまると感じた。狙ったわけではない。何とリアルタイムな)

 この本を手にとって、パラパラと読んでいて、作曲家・ロベルト・シューマンについて書かれているのを見つけた。光野さんがシューマンについて、何を書いているのか気になり、この本を読むきっかけになった。ポーランド人ピアニストのピョートル・アンデルシェフスキさんのインタビューからの内容だった。シューマンの美しさと失敗。
 ピョートルさんは語る。
「今日の世界でわたしたちが必要としているのは、醜く成功するよりも、失敗と美なのではないでしょうか」
 成功するために醜く生きるより、美しく生きて失敗してもいい。
 美しくとは、自らを信じ、あきらめず果敢に挑戦し、常にその過程にいることだろう。結果ではなく、過程に意味を見出して生きることができたら、わたしたちはもっとずっと充足し、豊かでいられるはずだ。
(111ページ)

 私がシューマンの音楽に惹かれる理由が、わかったような気がする。シューマンを聴きたくなった。ピアノ曲や歌曲も美しくていいが、特に、オーケストレーションに文句をつけられがちな交響曲を。

 この本のタイトル「欠けた月ではない」。月は満ち欠けをするが、実際に欠けているわけではない。地球と月と太陽の位置関係、光の当たり方でどう見えるかだ。照らされず見えなくても、無いわけじゃない。暗闇で失敗しても、私はここに存在している。それを認めて、信じられるようになれたら…。やっぱりシューマンが聴きたい。
by halca-kaukana057 | 2014-06-24 22:26 | 本・読書
 そろそろ夏至ですね。ということで、北欧旅行記を。「ロボット」という言葉を世に出した「R.U.R」のカレル・チャペックによる旅行記です。


北欧の旅 カレル・チャペック旅行記コレクション
カレル・チャペック:著/飯島周:訳/筑摩書房・ちくま文庫/2009

 1936年7月、チャペックは妻と妻の兄とともにデンマーク、スウェーデン、ノルウェーの旅に出る。北欧とあるので、フィンランドも入っているかと思ったら無かった(残念)。その旅のことを、チャペック自身によるイラストとともに書き綴ったのがこの本。

 冒頭「北への旅」で、チャペックは北欧諸国(フィンランドは抜けているのでスカンディナヴィア3国)への想いを書いている。同じヨーロッパでも、北は少し違う、と。しなやかで厳しい自然、深い森。そんな北をひたすら目指したい、巡礼したい、と。

 皆が皆ではないが、北という地はどうしてこれほど人を惹きつけるのだろう。私も北国に住んでいるのに、更に北に惹かれている。今住んでいる北国でも、季節が巡るごとに発見すること、再確認・再認識することが多い。これまで様々な北欧に関する本を読んできたが、文章でその北国の魅力を豊かに描いている。チャペックの可愛らしいイラストも一緒に楽しめる。チャペックはこんなに絵を描く人だったんだ。

 自然の描写は、読んでいるだけで北欧の自然を思い描ける。色彩豊かな文章に惹かれる。深い森、トウヒやモミの木、白樺。シダやベリー。南の方とは表情が異なる太陽、陽の光。白夜。北へ行けば行くほど、無駄なものはそぎ落とされてゆく。船でノルウェーのヨーロッパ最北の地・ノールカップを目指す。黒い断崖絶壁がそびえるその地を、チャペックはこう記している。
ここはヨーロッパの終点ではない。これはヨーロッパの始発点なのだ。ヨーロッパの終点は、あの南のほうの、人々の間の、あの、この上なく忙しい場所だ――。
(230ページ)

 何もない、この北の地が始まり…納得できる。

 出会った人々の描写もあたたかく、ユーモラスだ。現地の人々の民族性に心惹かれたチャペック。人々が住む街も、人々も、無駄がそぎ落とされているように読める。一方で、アメリカから布教のために来た教団に対しては、皮肉たっぷりに語っている。そのユーモアに、思わずニヤリとしてしまった。ただ、アルコール販売に制限があることだけは、チャペックにとって困り事だったようだ。

 チャペックがデンマーク、スウェーデン、ノルウェーを旅したのは、1936年。第2次世界大戦への流れが表われてきた頃。この後、この3国も戦争に巻き込まれてしまうのかと思うと心が痛む。現在は様々な面で注目されている北欧諸国だが、約70年前の北欧諸国の空気を味わうのにもいい本です。

 ただ、私としては、やはりフィンランドが無いのが残念です…。
by halca-kaukana057 | 2014-06-07 22:15 | 本・読書
 1年以上も前に本屋で見つけ、無性に気になり、物凄く惹かれたので購入。その後、何度も何度も読み返している本。いい加減感想書こう…と何度も思ったのに感想を書けずにいる本。


静けさの中から ピアニストの四季
スーザン・トムス:著/小川典子:訳/春秋社/2012

 著者はイギリス人のピアニスト。ピアノソロ演奏の他、「フロレスタン・トリオ」というピアノ三重奏団を組んでの演奏活動もしている。演奏会などで各地を旅し、その旅先で出会ったものや人々、演奏会でのこと、子どもの頃ピアノとどう向き合っていたか、演奏する作曲家について、聴いた他の演奏会のこと、家族のこと、ふと見たもの聞いたこと考えたこと…トムスさんの「音楽家の日常」に触れられる本です。

 サブタイトルに「ピアニストの四季」とあるのですが、12ヶ月間に分けて、日記のようなエッセイになっています。読んで思ったのが、トムスさんの目の付け所がとても鋭い。しかもそれを読み手にまっすぐ届くような言葉で表現している。素直で、飾らない。時にユーモアも交えて。同じくピアニストである小川典子さんの訳もすばらしいのだろう。音楽のことも、音楽に関係ないことも、「音楽家」の視点だったり、一般人とあまり変わらないような視点で語られる。ピアノや楽譜、音楽に向き合うのは、楽しいけれど、サボりたいと思うこともある…プロの演奏家でも練習が嫌いなこともあるのか、とちょっと身近に感じてしまうことも。それでも、「芸術」を希求する心が表現する文章の強さに、何度も何度も読み返してしまっています。

 もうひとつ、読んでいて思ったのは、「音楽家」といっても、「芸術家」と「優等生」に分かれるのかな、ということ。楽譜の通り、間違いなく演奏している生徒の話が出てくるのだが、それだと「優等生」になる。音楽だけじゃない、この本ではスポーツやバレエなどについても語られているが、ただより速く、より高く、より遠く、正確にやって勝てることもあるけれど、「芸術家」はそれだけではない。身体の一連の動きや演技の流れが自然で、かつ高度。難易度の高い技をやっても、無理をしていると感じさせない。技巧の他に何かがある。それを、私達は「芸術性」と呼び、スポーツでも芸術的な面、表現力が評価の対象、得点に関わるものもある。音楽は芸術のひとつだが、私はこれまで、音楽が「芸術」であることを忘れていたかもしれない…と読んでいて冷や汗をかきました。「芸術」とは何か。表現力とは何か。技巧・テクニックだけがよくても、表現力がなければ…と思っていたけれども、その表現力って何?しかも、音楽・演奏は、その時その場限りのもの。二度と同じ演奏は出来ないし、録音してもその時の演奏をそのまま再生できるわけではない。一瞬の一音一音にこめるものの大きさを実感し、その中で何をどう表現するのか。今も考えています。

 「優等生」は、ひたすら練習、努力する。「芸術家」も人の何倍も練習、努力しているけれども、他の人には真似できない繊細な動きや、楽譜からより多くのことを読み取って演奏で表現する。それは才能だけなのか。どんなに小さい頃から音楽の勉強をしても、プロの音楽家になれるのは一握り。さらに、第一線で活躍するとなれば、一つまみぐらいのものだろう。音楽をやる=プロになる、ではない。技巧がおぼつかないアマチュアの演奏でも、心惹かれる時もある。「優等生」と「芸術家」。音楽を少しかじっている者としても、この違いは、何なのだろう…考えてしまっています。

 という私の悶々とした問答はさておき、本当に面白い本です。トムスさんが接した演奏会の聴衆の不思議な、奇妙な言動も笑えるけれども、自分はさてどうだろうか…と自らを省みる。世の中に音楽はあふれている。その音楽の中から、音楽を通して、トムスさんは様々な発見や問いかけをしてくる。何度読んでも面白いです。

 と、読んだのはいいが、トムスさんは一体どんなピアニストなのだろうか。演奏を聴いたことが無い。この本を読むまで、トムスさんのことも存じ上げませんでした。聴いてみよう。
by halca-kaukana057 | 2014-05-29 22:32 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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