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夜想曲集

 少しずつカズオ・イシグロ作品を読んでいます。今回は、カズオ・イシグロの初めての短編集のこの本。

夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語
カズオ・イシグロ / 土屋政雄:訳 / 早川書房、ハヤカワepi文庫 / 2011

 ベネチアのカフェでバンドでギターを演奏していたヤネクは、アメリカ人歌手のトニー・ガードナーがいるのを見つけた。ヤネクの母はガードナーの大ファンで、ヤネクもガードナーの歌が大好きだった。共産圏出身のヤネクは、なかなか手に入らないガードナーのレコードを手に入れて、よく聴いていた。演奏後、ガードナーに話しかけたヤネク。ガードナーとヤネクはガードナーの音楽についての話で盛り上がっていた。ガードナーは妻のリンディとベネチアにやってきていた。リンディにも会ったヤネク。ヤネクはガードナーからあることを頼まれる…。(「老歌手」)



 これまで読んだ「日の名残り」「わたしを離さないで」とは雰囲気が違います。5つの短編、「老歌手」、「降っても晴れても」、「モールバンヒルズ」、「夜想曲」、「チェリスト」が収められています。舞台はイタリアだったり、イギリスだったり、アメリカだったり。イギリスでも、「日の名残り」や「わたしを離さないで」とは雰囲気の異なるイギリス。どれも独立した話ですが、2作品にある共通点があります。これを見つけた時はお互いの作品を別の視点からも読めるようで面白かった。

 副題にあるとおり、どの作品にも音楽が関係してきます。それと、「夕暮れ」。これはただの一日のうちの「夕暮れ」だけでなく、人生の「夕暮れ」でもある。何を持って「夕暮れ」と感じるかはそれぞれの作品の、それぞれの登場人物による。「夕暮れ」をどう解釈するかもそれぞれの登場人物による。昼間と夜の境目なのか、夜に向かっていく時間なのか、夜がやってきてもまた夜明けがくると思えるのか。そして、「夕暮れ」の余韻。夕暮れの時間帯は特に好きな時間だ。空は光と闇、青と橙と黒が混じりあい、月や星が見えることもある。音の伝わり方も昼間や夜と違った感じがする。昼間から夜へは急に変わらない。「夕暮れ」があって、徐々に変化していく。この少しずつの変化にも、それぞれの登場人物の解釈がある。

 特に好きなのが「降っても晴れても」。とにかくコミカル。
 アメリカの古いブロードウェイソングが好きなイギリス人レイモンド。友達のチャーリーの彼女のエミリも好みが同じで親しくしていた。大学を卒業しても3人の交友は続き、チャーリーとエミリは結婚した。レイモンドはスペインで英語講師をしていたが、久しぶりにチャーリーとエミリに会いにイギリスに行くことにした。ロンドンについて、レイモンドはチャーリーから相談を受ける…。
 話のテンポがよくて、様々な事件が起こる。その事件がコメディ映画を観ているかのようなコミカルさ。チャーリーもチャーリーだし(事をおおごとにしたのチャーリーのせいでは…?)、レイモンドもレイモンド。レイモンドが真面目にチャーリーの案を実行していく様がおかしくてたまらない。コミカルな物語の根っこには、チャーリーとエミリが抱えるある問題があった。その問題を心配するレイモンド。心配して、何とか問題を解決しようとするのだが…。この「降っても晴れても」の「夕暮れ」は、ドタバタと静かな夜の間。静かな夜には問題が顔を出すだろうけれども、「夕暮れ」の時間だけはその余韻に浸っていたい。そして、朝が来ることも確信したい…。そんな雰囲気。とても面白い。

 「夜想曲」もコミカルな展開の奥に、問題を抱えた人々の心理が細やかに描かれる。「チェリスト」は他の4作とはちょっと雰囲気が違う。音楽を演奏するとは何か、音楽家として生きるとはどういうことか、才能とは何かが描かれる。人生の「夕暮れ」はいつ訪れるかわからない。自分でも、「夕暮れ」だとわからないかもしれない。他人が見ないとわからないかもしれない。でも、それは他人からの視点であって、自分自身の視点はまた違う。「チェリスト」の主人公(語り手の「私」ではない)の才能とは何だったのか。音楽を演奏する上で、才能はあった方がいいと思う。努力や、教えを請う素直さ、細々とでも継続する力も才能に入るだろうか。でも、才能とは何なのか、どういうものを才能というのか。それを履き違えたら大変なことになる。主人公は、ある女性と出会うが、それはよかったのだろうか…と思う。

 色々な感情が交錯する「夕暮れ」時。そこには音楽があってほしい。余韻を味わうだけで無く、音楽に慰めてもらったり、支えてもらったり、包み込んでもらったり、とにかく音楽と一緒にいたいと思う。毎日何かしらの音楽を聴いている私はそう思う。
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by halca-kaukana057 | 2019-01-08 21:44 | 本・読書

わたしを離さないで

 「日の名残り」に続き、ノーベル文学賞受賞がきっかけで読み始めたカズオ・イシグロ氏の作品です。


わたしを離さないで
カズオ・イシグロ:著、土屋政雄:訳/早川書房、ハヤカワepi文庫/2008(単行本は2006)

 イギリスに暮らすキャシーは介護人の仕事をしている。世話をするのは提供者と呼ばれる人たち。それも、ヘールシャムという施設の出身者に限って担当していた。キャシーや、親友のトミーやルースたちが子ども時代を過ごした施設・ヘールシャム。彼女はそこでの日々を思い出していた…。







 読んで、「すごい!!おもしろい!!」と思いました。まずその一言。

 そして、感想を書く…あらすじ書けないよこの作品…?と思ったのが次。上に書いたあらすじが限界です。後はネタバレになってしまうので書けません。訳者あとがきで、イシグロ氏は「ネタバラシOK」と言っていて、何だったら帯に何の物語か書いても構わない、とも言っているそうだ。
 だが、もし、まだこの本を読んでいなくて、この記事を読んで、あらすじは知らないという方は、あらすじを知らない方がいいと思います。あらすじを調べる前に、まず読んで欲しい。こんなことを思った小説は久しぶりです。

 この作品は、ミステリのようでもあるし、SFのようでもある。ディストピア作品ともいえる。これ(キャシーたちの存在)が許される世の中、キャシーたちはどう生きたらいいのか…。そして、キャシーたちの立場にいる当人たちが、自分たちのこと、真実をどれだけ知らされるべきか…。最初は、謎だらけで不思議な物語だなぁと読んでいたら、徐々にキャシーたちがどんな存在なのか、ヘールシャムとはどんなところなのかが明かされていく。残酷で、緊張感はあるが、キャシーたちの「日常」は続いていく。キャシーたちは自分たちの立場を淡々と受け入れてしまう。

 少しおおげさですが、何か不運な出来事、めぐり合わせ、理不尽なこと、つらい出来事、苦しい境遇にあって、「なぜ私がこんな目に」「なぜ私は生きているのか」などと思うことがある。でも、悪いことばかりでもない。根本的な救いはないかもしれないが、その時、心を少しでも軽くしてくれる救いはある。自分の今置かれている状況を受け入れたほうが、うまくいくこともある(でも、この作品のキャシーたちの立場は理不尽に思えるが)。どんな状況に置かれても自分の人生を生きる。生きる権利はある。そう感じました。

 でも、…私がキャシーたちの立場だったら、私は怖くて怖くて仕方ないと思うのだが…。世の中を恨みたくなると思うが…。これで助けられた人は幸せになれるのか、とか、科学とは何か、とか、色々考えてしまいます。もう考える幅が広くて、ショックが大きいです。

 ちなみに、調べてみたら、蜷川幸雄演出で2014年に舞台化、2016年にはTBSでドラマ化(舞台は日本に変更、主演は綾瀬はるか)されていたんですね。全然知りませんでした(テレビドラマには疎い)。DVD借りられるかな?




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by halca-kaukana057 | 2018-06-16 22:04 | 本・読書

日の名残り

 この本の感想も昨年のノーベル賞授賞式あたりに書きたかった。ノーベル賞関連書をもうひとつ。今まで、カズオ・イシグロ氏の作品は読んだこともなかったし、全然知らなかった(教養がない)。ノーベル文学賞受賞で、代表作の紹介を読むことが増え、読んでみようかなと手にとりました。


日の名残り
カズオ・イシグロ:著、土屋政雄:訳/早川書房、ハヤカワepi文庫

 イギリスの貴族の大きな館、ダーリントン・ホール。この屋敷はダーリントン卿の屋敷だったが、卿の死後、アメリカ人のファラディに渡る。ダーリントン卿の時代から執事を務めてきたスティーブンスは、引き続きファラディの元で働いている。ファラディが少しの間アメリカに帰るので、その間、休暇を取らないかと言われたスティーブンス。ずっと屋敷を守り続けてきたので最初は戸惑ったが、屋敷の召使が次々と辞めてしまい、人手が足りなくなってきた。かつてダーリントン卿の時代に女中頭を務めていたミス・ケントンのことを思い出し、ミス・ケントンに話せば何とかなるかもしれない…。ミス・ケントンに会うため、ファラディに借りたフォードで旅に出たスティーブンス。旅の間、思い出すのはダーリントン卿の時代の屋敷での様々な出来事や人々のことだった…。


 読んで、最初に思ったのが、スティーブンスの生真面目さ。頭が固い…という表現はちょっと違う。執事として、召使たちをまとめ、全員の仕事の状況を把握し、仕事を割り振る。ダーリントン卿や卿のお客(貴族や政治家、有名人も珍しくない)に快適に、居心地よく過ごしてもらうため、滞りなく仕事を進め、何か要求があれば応え、忙しさを表に出したり、何かあっても取り乱したりしてはならない。なので、「頭が固い」という表現は違うだろう。スティーブンスは自分の仕事も、召使たちの仕事も、しっかり把握し遂行していた。でも、やっぱり非常に生真面目である。執事とはこういうものなのかもしれないが、そのスティーブンスの生真面目さ、まっすぐさが滑稽に思えるところがよくあった。不器用にも思える。イギリスのドラマ「ダウントン・アビー」を観ていれば、執事や女中の仕事や上下関係についてもっと知ることができて、楽しめたかもしれないと思う。

 スティーブンスは何度も「品格」という言葉を使う。執事の「品格」、イギリス人の「品格」などなど。「品格」とは何か、と問う。仕事への誇り、その仕事を何があっても完璧に遂行すること、プロフェッショナル、という意味でも使われている。スティーブンスの父も執事で、ダーリントン・ホールで働いていた。しかし、老いは仕事にも影響する。様々な仕事ができなくなったが、執事の仕事を全うした父。父が生死をさまよう中、屋敷では重要な国際会議が開かれていた。その仕事に邁進したスティーブンス。家族よりも仕事を取った(という表現は合っているのだろうか…そういう問題ではないと思うが、現代の私から見ると「家族より仕事を取った」と思ってしまう)。執事の父も、それを望んでいたかもしれない。息子も立派な執事になったのだから。スティーブンスも父を尊敬している。

 そんなスティーブンスにとって、女中頭のミス・ケントンは不思議な存在だったが、本当は信頼できる仕事のパートナーだ。スティーブンスとミス・ケントンはなかなか噛み合わない。でも、どこかで合うところもある。毎晩、ミス・ケントンの部屋でココアを飲みながら打ち合わせをする「ココア会議」でも、意見が噛み合わないことがある。スティーブンスはダーリントン卿の申しつけの通りに仕事をし、決断することがあれば表向きには感情を挟まずに決断する。ミス・ケントンは感情も込めて仕事をしている。でも、ミス・ケントンは仕事はしかりやっていた。新しい女中が入れば、しっかりと教育して、見事な女中に育てた。どちらも仕事には誇りを持っている。ミス・ケントンが「品格」という言葉を使うことはないが、ミス・ケントンにも女中として、人間としての「品格」はある。そのミス・ケントンとの再会は…良い再会だなと思った。スティーブンスが、ミス・ケントンに声をかけられなかったあの日の出来事が、静かなかなしみを誘う。

 この物語で、スティーブンスが旅をしているのは1950年代。ダーリントン卿に仕えていて回想されるのは、第1次世界大戦後から第2次大戦後にかけて。変わりゆくヨーロッパ、変わりゆくイギリス。戦争の足音が屋敷を、ダーリントン卿を巻き込んでゆく。スティーブンスは、執事として、ダーリントン卿やお客のために働く。ダーリントン卿を敬愛し、信じていた。しかし、ダーリントン卿は、どんどん歴史の渦に飲み込まれてゆく。ダーリントン卿に何があったのか、スティーブンスが知らなかったわけではない。お屋敷に何の目的で誰が来て、というのは知っていた。だが、職務なので、深入りはしない。ダーリントン卿の友人であるコラムニストのディビッド・カーディナルがある晩突然屋敷を訪れ、その晩、屋敷で何があるのか探っていたエピソードから、スティーブンスの立場がわかる。スティーブンスの立場では、そうするしかなかった。それも、執事の「品格」だろう。ラストシーンのスティーブンスは、泣いてはいるが、「品格」はそのままだ。ダーリントン卿のもとで職務を成し遂げた。何があっても取り乱さない。過去を振り返り、その過去に何か間違いがあったとしても、生きている限り未来はある。その未来をどうするかは、これから自分が決めることだ。スティーブンスだけの話ではない。ミス・ケントンも。ミス・ケントンはスティーブンスよりも先に、そのことに気づき、決めてしまったが。

 旅の道中のエピソードも面白い。田舎の人々が、スティーブンスのことを紳士と間違えて、恭しく接する。それに対するスティーブンスがまた生真面目で、不器用だ。その不器用さが、心優しくも思える。

 文体は最初は固いかなと思ったのですが、読んでいくととても心地よいです。静けさがちょうどいい。訳者の土屋さんが、この作品を訳すきっかけになったエピソードがあとがきで書かれているのですがこれもまた面白い。まさかフィンランドが関係するとは。他にも読んでみたいカズオ・イシグロ氏の作品があるので、読んでいこうと思います。
 「日の名残り」は映画化もされています。DVDがあるので、こちらも観てみようと思います。原作とどう違うのかな。

 先日の「重力波は歌う」といい、カズオ・イシグロ氏の作品といい、2017年のノーベル賞は早川書房さん大当たりですね。

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by halca-kaukana057 | 2018-04-23 23:26 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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