タグ:カズオ・イシグロ ( 2 ) タグの人気記事

わたしを離さないで

 「日の名残り」に続き、ノーベル文学賞受賞がきっかけで読み始めたカズオ・イシグロ氏の作品です。


わたしを離さないで
カズオ・イシグロ:著、土屋政雄:訳/早川書房、ハヤカワepi文庫/2008(単行本は2006)

 イギリスに暮らすキャシーは介護人の仕事をしている。世話をするのは提供者と呼ばれる人たち。それも、ヘールシャムという施設の出身者に限って担当していた。キャシーや、親友のトミーやルースたちが子ども時代を過ごした施設・ヘールシャム。彼女はそこでの日々を思い出していた…。







 読んで、「すごい!!おもしろい!!」と思いました。まずその一言。

 そして、感想を書く…あらすじ書けないよこの作品…?と思ったのが次。上に書いたあらすじが限界です。後はネタバレになってしまうので書けません。訳者あとがきで、イシグロ氏は「ネタバラシOK」と言っていて、何だったら帯に何の物語か書いても構わない、とも言っているそうだ。
 だが、もし、まだこの本を読んでいなくて、この記事を読んで、あらすじは知らないという方は、あらすじを知らない方がいいと思います。あらすじを調べる前に、まず読んで欲しい。こんなことを思った小説は久しぶりです。

 この作品は、ミステリのようでもあるし、SFのようでもある。ディストピア作品ともいえる。これ(キャシーたちの存在)が許される世の中、キャシーたちはどう生きたらいいのか…。そして、キャシーたちの立場にいる当人たちが、自分たちのこと、真実をどれだけ知らされるべきか…。最初は、謎だらけで不思議な物語だなぁと読んでいたら、徐々にキャシーたちがどんな存在なのか、ヘールシャムとはどんなところなのかが明かされていく。残酷で、緊張感はあるが、キャシーたちの「日常」は続いていく。キャシーたちは自分たちの立場を淡々と受け入れてしまう。

 少しおおげさですが、何か不運な出来事、めぐり合わせ、理不尽なこと、つらい出来事、苦しい境遇にあって、「なぜ私がこんな目に」「なぜ私は生きているのか」などと思うことがある。でも、悪いことばかりでもない。根本的な救いはないかもしれないが、その時、心を少しでも軽くしてくれる救いはある。自分の今置かれている状況を受け入れたほうが、うまくいくこともある(でも、この作品のキャシーたちの立場は理不尽に思えるが)。どんな状況に置かれても自分の人生を生きる。生きる権利はある。そう感じました。

 でも、…私がキャシーたちの立場だったら、私は怖くて怖くて仕方ないと思うのだが…。世の中を恨みたくなると思うが…。これで助けられた人は幸せになれるのか、とか、科学とは何か、とか、色々考えてしまいます。もう考える幅が広くて、ショックが大きいです。

 ちなみに、調べてみたら、蜷川幸雄演出で2014年に舞台化、2016年にはTBSでドラマ化(舞台は日本に変更、主演は綾瀬はるか)されていたんですね。全然知りませんでした(テレビドラマには疎い)。DVD借りられるかな?




[PR]
by halca-kaukana057 | 2018-06-16 22:04 | 本・読書

日の名残り

 この本の感想も昨年のノーベル賞授賞式あたりに書きたかった。ノーベル賞関連書をもうひとつ。今まで、カズオ・イシグロ氏の作品は読んだこともなかったし、全然知らなかった(教養がない)。ノーベル文学賞受賞で、代表作の紹介を読むことが増え、読んでみようかなと手にとりました。


日の名残り
カズオ・イシグロ:著、土屋政雄:訳/早川書房、ハヤカワepi文庫

 イギリスの貴族の大きな館、ダーリントン・ホール。この屋敷はダーリントン卿の屋敷だったが、卿の死後、アメリカ人のファラディに渡る。ダーリントン卿の時代から執事を務めてきたスティーブンスは、引き続きファラディの元で働いている。ファラディが少しの間アメリカに帰るので、その間、休暇を取らないかと言われたスティーブンス。ずっと屋敷を守り続けてきたので最初は戸惑ったが、屋敷の召使が次々と辞めてしまい、人手が足りなくなってきた。かつてダーリントン卿の時代に女中頭を務めていたミス・ケントンのことを思い出し、ミス・ケントンに話せば何とかなるかもしれない…。ミス・ケントンに会うため、ファラディに借りたフォードで旅に出たスティーブンス。旅の間、思い出すのはダーリントン卿の時代の屋敷での様々な出来事や人々のことだった…。


 読んで、最初に思ったのが、スティーブンスの生真面目さ。頭が固い…という表現はちょっと違う。執事として、召使たちをまとめ、全員の仕事の状況を把握し、仕事を割り振る。ダーリントン卿や卿のお客(貴族や政治家、有名人も珍しくない)に快適に、居心地よく過ごしてもらうため、滞りなく仕事を進め、何か要求があれば応え、忙しさを表に出したり、何かあっても取り乱したりしてはならない。なので、「頭が固い」という表現は違うだろう。スティーブンスは自分の仕事も、召使たちの仕事も、しっかり把握し遂行していた。でも、やっぱり非常に生真面目である。執事とはこういうものなのかもしれないが、そのスティーブンスの生真面目さ、まっすぐさが滑稽に思えるところがよくあった。不器用にも思える。イギリスのドラマ「ダウントン・アビー」を観ていれば、執事や女中の仕事や上下関係についてもっと知ることができて、楽しめたかもしれないと思う。

 スティーブンスは何度も「品格」という言葉を使う。執事の「品格」、イギリス人の「品格」などなど。「品格」とは何か、と問う。仕事への誇り、その仕事を何があっても完璧に遂行すること、プロフェッショナル、という意味でも使われている。スティーブンスの父も執事で、ダーリントン・ホールで働いていた。しかし、老いは仕事にも影響する。様々な仕事ができなくなったが、執事の仕事を全うした父。父が生死をさまよう中、屋敷では重要な国際会議が開かれていた。その仕事に邁進したスティーブンス。家族よりも仕事を取った(という表現は合っているのだろうか…そういう問題ではないと思うが、現代の私から見ると「家族より仕事を取った」と思ってしまう)。執事の父も、それを望んでいたかもしれない。息子も立派な執事になったのだから。スティーブンスも父を尊敬している。

 そんなスティーブンスにとって、女中頭のミス・ケントンは不思議な存在だったが、本当は信頼できる仕事のパートナーだ。スティーブンスとミス・ケントンはなかなか噛み合わない。でも、どこかで合うところもある。毎晩、ミス・ケントンの部屋でココアを飲みながら打ち合わせをする「ココア会議」でも、意見が噛み合わないことがある。スティーブンスはダーリントン卿の申しつけの通りに仕事をし、決断することがあれば表向きには感情を挟まずに決断する。ミス・ケントンは感情も込めて仕事をしている。でも、ミス・ケントンは仕事はしかりやっていた。新しい女中が入れば、しっかりと教育して、見事な女中に育てた。どちらも仕事には誇りを持っている。ミス・ケントンが「品格」という言葉を使うことはないが、ミス・ケントンにも女中として、人間としての「品格」はある。そのミス・ケントンとの再会は…良い再会だなと思った。スティーブンスが、ミス・ケントンに声をかけられなかったあの日の出来事が、静かなかなしみを誘う。

 この物語で、スティーブンスが旅をしているのは1950年代。ダーリントン卿に仕えていて回想されるのは、第1次世界大戦後から第2次大戦後にかけて。変わりゆくヨーロッパ、変わりゆくイギリス。戦争の足音が屋敷を、ダーリントン卿を巻き込んでゆく。スティーブンスは、執事として、ダーリントン卿やお客のために働く。ダーリントン卿を敬愛し、信じていた。しかし、ダーリントン卿は、どんどん歴史の渦に飲み込まれてゆく。ダーリントン卿に何があったのか、スティーブンスが知らなかったわけではない。お屋敷に何の目的で誰が来て、というのは知っていた。だが、職務なので、深入りはしない。ダーリントン卿の友人であるコラムニストのディビッド・カーディナルがある晩突然屋敷を訪れ、その晩、屋敷で何があるのか探っていたエピソードから、スティーブンスの立場がわかる。スティーブンスの立場では、そうするしかなかった。それも、執事の「品格」だろう。ラストシーンのスティーブンスは、泣いてはいるが、「品格」はそのままだ。ダーリントン卿のもとで職務を成し遂げた。何があっても取り乱さない。過去を振り返り、その過去に何か間違いがあったとしても、生きている限り未来はある。その未来をどうするかは、これから自分が決めることだ。スティーブンスだけの話ではない。ミス・ケントンも。ミス・ケントンはスティーブンスよりも先に、そのことに気づき、決めてしまったが。

 旅の道中のエピソードも面白い。田舎の人々が、スティーブンスのことを紳士と間違えて、恭しく接する。それに対するスティーブンスがまた生真面目で、不器用だ。その不器用さが、心優しくも思える。

 文体は最初は固いかなと思ったのですが、読んでいくととても心地よいです。静けさがちょうどいい。訳者の土屋さんが、この作品を訳すきっかけになったエピソードがあとがきで書かれているのですがこれもまた面白い。まさかフィンランドが関係するとは。他にも読んでみたいカズオ・イシグロ氏の作品があるので、読んでいこうと思います。
 「日の名残り」は映画化もされています。DVDがあるので、こちらも観てみようと思います。原作とどう違うのかな。

 先日の「重力波は歌う」といい、カズオ・イシグロ氏の作品といい、2017年のノーベル賞は早川書房さん大当たりですね。

[PR]
by halca-kaukana057 | 2018-04-23 23:26 | 本・読書


好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)

プロフィールを見る

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

お知らせ・別サイト

管理人HN:(はるか)
 熱しやすく冷めにくい、何が好きになるかわからない好奇心のかたまり。このブログでは好きなものを、好き放題に語ってます。

プロフィール
*2014.9.5:更新
はてなプロフィール:遼(halca-kaukana)



web拍手を送る


ブログランキングならblogram


はてなブックマーク
Mielenkiintoinen!

気になること、関心のある記事や参考にしたサイトなどのブックマーク集。コメント多め。

◆ピアノ録音置きブログ:Satellite HALCA

☆「はやぶさ2」、小惑星リュウグウ到着!!☆
管理人・遼も小惑星探査機「はやぶさ2」を応援しています。



あかつき特設サイト
JAXA:金星探査機「あかつき」特設サイト

☆祝!「あかつき」は金星の衛星になりました☆
金星軌道上で観測中!

最新の記事

星戀 (ほしこい)
at 2018-08-18 21:42
BBC Proms ( プロ..
at 2018-08-14 22:16
ペルセウス座流星群を見たい ..
at 2018-08-13 21:50
天文の世界史
at 2018-08-11 22:22
日本・スウェーデン150年特..
at 2018-08-06 21:34
日本とスウェーデンの150年..
at 2018-08-02 22:16
火星大接近の夜の星見
at 2018-07-31 23:48
BBC Proms ( プロ..
at 2018-07-30 21:56
マーラーを語る 名指揮者29..
at 2018-07-28 22:20
2018年の夏は惑星祭り! ..
at 2018-07-26 23:01

カテゴリ

はじめにお読みください
プロフィール
本・読書
宇宙・天文
音楽
奏でること・うたうこと
Eテレ・NHK教育テレビ
フィンランド・Suomi/北欧
イラスト・落描き
日常/考えたこと
興味を持ったものいろいろ
旅・お出かけ
information

タグ

以前の記事

2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
more...

検索