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重力波は歌う アインシュタイン最後の宿題に挑んだ科学者たち

 去年のノーベル賞受賞式の近辺に書きたかった記事です…。
 2017年のノーベル物理学賞は、マサチューセッツ工科大学(MIT)のライナー・ワイス(Rainer Weiss)博士、カリフォルニア工科大学のバリー・バリッシュ(Barry C. Barish)博士、キップ・ソーン(Kip S. Thorne)博士に授与されました。
Nobelprize.org : The Nobel Prize in Physics 2017

日経サイエンス:2017年ノーベル物理学賞:超大型干渉計「LIGO」を構築,宇宙から来る重力波を初めて観測した3氏に
 ↑LIGOの仕組みの解説もあり、わかりやすいです。
アストロアーツ:重力波検出に貢献した研究者3名、ノーベル物理学賞を受賞

 重力波を検出したレーザー干渉計型重力波検出器「LIGO」のプロジェクトに携わってきた3氏をはじめとする重力波観測と「LIGO」建設のノンフィクションです。


重力波は歌う――アインシュタイン最後の宿題に挑んだ科学者たち
ジャンナ ・レヴィン:著、田沢恭子、松井信彦:訳/早川書房、ハヤカワ文庫 NF/ 2017(単行本は2016)

 アインシュタインによる一般相対性理論で、存在すると言われていた重力波。しかし、重力波による空間のゆがみは非常に小さく、アインシュタイン自身も観測出来るかどうかには不可能と考えていた。だが、重力波は存在する、観測することができる、という科学者たちが、少しずつ観測装置を考え出し、観測に向けて動いていた。
 その中のひとり、ジョセフ・ウェーバーは重力波に共鳴して振動するという「ウェーバー・バー」を作った。また、ジョン・ホイーラーやロナルド・ドレーヴァーという科学者も重力波検出に乗り出した。「ウェーバー・バー」では重力波を検出することはできず、ウェーバーは責め立てられた…。ウェーバーの最期がまたかなしい。

 国籍、出身、ルーツも異なる科学者たち。彼らがどのように科学者人生を歩み始めたのか、どこで重力波の研究と出会ったのか、それらを読むのは面白い。皆個性的だ。だが、重力波を検出する機器はどうやったらできるのか、どう建設するのか。なかなかプロジェクトは進まない。レーザー干渉計型重力波検出器のプロトタイプは作られるが、複雑な仕組みで、コントロールするのが難しい。ひとつひとつ、問題を解決していき、一方で、プロジェクトが正式に認められ、予算が出るように尽力する。科学者は、実験や研究だけやっているわけではないというのは、他の宇宙・天文プロジェクトでも読んだ。政治家や役人たちにわかるようにプロジェクトを説明し、予算を得られるようにしないと、肝心の実験も機器の開発も研究もできない。未知の世界に乗り込んでいく科学者というのは、マルチな才能を持っているのだなと本当に思う。

 途中、「LIGO」ってどういう仕組みだったっけ…?と何度も思うことがあった。この本を読むために、もう1冊重力波と「LIGO」に関して解説した本が欲しいと思ったほどだ。
 ノーベル物理学賞を受賞した3氏の中で、バリー・バリッシュ博士は一番後、1990年代になって「LIGO」プロジェクトの統括責任者になった。受賞したのは3氏だが、ホイーラーやドレーヴァー、ウェーバーらたくさんの科学者が重力波観測を目指していた。志半ばで亡くなったのが残念だ。重力波を観測し、ノーベル賞も受賞したことを天国で喜んでいるだろうか。喜んでいてほしいと思う。この「LIGO」プロジェクトでも、志を引き継いでいくという熱いものに触れることができた。

 ノーベル賞を受賞するのは、その成果が出てからしばらく経ってから、というのが多い(スーパーカミオカンデの故・戸塚洋二博士を思い出さずにはいられない)。今回の受賞は、重力波検出の報せが出てすぐの受賞。本当によかったと思う。「LIGO」だけでなく、日本の「KAGURA」も含めて、重力波天文学はこれからますます盛り上がる。その黎明期を伝える本として、とてもいい本だと思います。

 あと、先日亡くなられたスティーヴン・ホーキング博士についても少し出てきます。キップ・ソーン博士とは友人で、科学関係の賭けをするが、ホーキング博士は賭けに弱い、と。答えが出そうもない妙な賭けもしている。科学者同士のこんな話題も面白い。

・「LIGO」の重力波検出の際に書いた記事:重力波天文学が始まる
 重力波は「聞く」。この本にも込められています。

 ちなみに、この本を買ったは、ノーベル賞受賞直後。帯がこれでした。
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 もし、2017年に受賞しなかったらどうなっていたんだろう…。現在は「ノーベル賞受賞!」になってます。

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by halca-kaukana057 | 2018-04-16 22:36 | 本・読書

映画「ドリーム(Hidden Figures)」

 久しぶりに映画を観てきました。宇宙開発ものと聞けば観たくなります。邦題で話題になりましたね…。公開後、私の近隣の地域の映画館では上映がないようだ…とがっかりしていたのですが、今になって上映されました。嬉しいです。

20世紀フォックス:映画「ドリーム」オフィシャルサイト
リンク先に飛ぶと予告編が再生されるので注意。

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 フライヤーとパンフレット。

 1961年。アメリカ、ヴァージニア州のNASAラングレー研究所。「西計算グループ」に所属する計算手の黒人女性たちは、日々計算を仕事としていた。ドロシーはリーダー格だが、1年も管理職が不在な「西計算グループ」を心配し、管理職を希望していたが、上司のミッチェルに管理職を置くことも、ドロシーが管理職になることも却下されてしまう。メアリーは宇宙船のカプセルの試験をする技術部に転属。エンジニアになりたいが、黒人で女性の自分には無理だと思っているところへ、上司からなりたいんだろうと言われ、望みを叶えたいと思い始める。「西計算グループ」で一番の数学の頭脳をもつキャサリンは、マーキュリー計画の宇宙船の軌道計算をする「宇宙特別研究本部」に黒人女性で初めて配属される。白人ばかりの職場はキャサリンに冷たい。「宇宙特別研究本部」のある建物は「西計算グループ」のある建物からはかなり離れており、有色人種用のトイレがない。厳しい環境ではあるが、ドロシー、メアリー、キャサリンをはじめとする黒人女性計算手たちはそれぞれの仕事でマーキュリー計画に貢献しようと奮闘する。ソ連はガガーリンを宇宙に送り、NASAは先を越されてしまうが、マーキュリー計画は進んでいく。キャサリンはその数学の腕で、計画を支えるようになる…。


 邦題は「ドリーム」なんてタイトルになってしまっていますが、原題は「Hidden Figures」隠された姿。マーキュリー計画で、NASAに黒人女性が差別下にありながら仕事をしていたというの話は私も初めて知りました。ドロシー、メアリー、キャサリンも実在した人物。1960年代はまだ黒人、女性への差別が根強く残っていた。NASAは宇宙開発の最先端の組織なので、実力さえあれば人種は関係ないと思っていた…アメリカという国にある人種差別を甘く見ていました。有色人種への差別は未だにあるのだから。

 物語の中には、様々な「隠されたもの」が出てきます。ドロシー、メアリー、キャサリンをはじめとする黒人女性計算手の存在もですが、キャサリンが「宇宙特別研究本部」の白人男性ポールから手渡されるものも「隠されたもの」。3人が抱く様々な想いも、表には出てこず「隠されたもの」。彼女らを取り巻く様々なものが「隠されて」いる。「隠れていて」白人たちはそれを知らない、というものもあります。例えばトイレ。でも、「数字(figures)」は正直。隠れない、隠されない。彼女たちは数学、数式を駆使し、数字で自分たちの存在を示そうとする。数学の知識、腕前に自信を持っている、心から信頼していて、「できます」とはっきりと自己主張する。ここはアメリカだなぁと思いました。

 彼女たちは厳しい環境に置かれながらも、向上心を持ち続けている。エンジニアの夢に向かって歩き始めたメアリー。コンピューター、IBMを導入し、計算手は必要なくなるのでは…と心配するが、コンピューターでのデータ処理をするのは人間じゃないとできない。プログラミングを学び始めるドロシーたち。軌道の数値が日々変化し、計算が追いつかない…そのために必要なことは何か。それを叶えていくキャサリン。彼女たちを応援しながら観ていました。黒板に数式を書いて計算しているキャサリンはとても素敵です。

 自分たちは黒人で、差別されるのが当たり前。差別される存在なのだと自覚しているキャサリンたち。勿論差別を受けるのですが、仕事が出来れば人種など関係ないと思っている人もいる。「宇宙特別研究本部」のハリソン本部長。技術部のメアリーの上司。「マーキュリー・セブン」宇宙飛行士のジョン・グレン。ハリソン本部長は尊敬できるし、グレンはかっこよすぎ。差別していた他の白人職員たちが悪いというわけではない。映画を観ている間は少々ムカつきはしたけど。それが当然だったのだから。メアリーの「前例」の話のように、前例がなかったから。この頃は、「前例」を作っていく時代だったのだ。

 3人はNASAで仕事をしているが、同時に母親、妻でもある。ただの数学のエキスパート、計算手という面だけでなく、職場を離れればひとりの女性という面も描かれていてよかったと思う。黒人差別や、NASAでの仕事だけの映画ではない。彼女たちの生活も、「隠されたもの」だろうか。歴史の表には出てこない物語。
 仕事と家庭の両立という面では、現代の日本にも通じるものがあると思った。雇用形態、お給料、職場環境など。日本には人種差別はないけれど、違う差別がある…。
 アメリカから見たソ連のロケットについての考え方も、今の日本に通じるものがあると思いました。あまり思いたくはないけれど…。

 1960年代アメリカのファッションがとてもオシャレで素敵だなと観ていました。特にメアリー。かっこいい。キャサリンもドロシーも似合うファッションをしている。音楽もアメリカという感じの歌がいくつも使われていて、雰囲気が出ていました。「宇宙特別研究本部」のオフィスの美しいこと。大きな黒板があり、2階のフロアはハリソン本部長の部屋。ガラス張りになっていてかっこいい。

 私はこの映画を、どんな環境でも向上心をもって奮闘する人たちの物語として観ました。日程的にもう一度映画館に行けそうにないので、DVDが出たらまた観たい。その時はもっと細かいところまで観られると思う。

 原作小説も出ています。買いました。DVDが出るまで読みます。

ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち


マーゴット・リー シェタリー:著、山北めぐみ:訳 / ハーパーコリンズ・ ジャパン、ハーパーBOOKS/ 2017



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by halca-kaukana057 | 2017-12-10 22:30 | 宇宙・天文

超巨大ブラックホールに迫る 「はるか」が創った3万kmの瞳

 私のHNの由来でもある、大好きな宇宙機、電波天文衛星「はるか」(MUSES-B)プロジェクトの集大成の本が出ました。

超巨大ブラックホールに迫る 「はるか」が創った3万kmの瞳
平林 久/新日本出版社/2017


 まず、「はるか」はどんな人工衛星か…宇宙科学研究所(ISAS)のプロジェクトのページをどうぞ:宇宙科学研究所:電波天文観測衛星「はるか」

 著者は、「はるか」のプロジェクトマネージャーの平林久先生。文章は、中学生も読みやすいような、丁寧でわかりやすい文章です。

 まずは、「はるか」の観測方法の基礎基本、電波天文学について、歴史をたどりながら、仕組みや技術も解説します。宇宙から電波がやってくるのを発見した、カール・ジャンスキー。ここから始まります。電波天文学について、わかっているようで、わかっていないことも学び直しながら読みました。電波天文学がどのように発展していったのか、これまであまり学んだことがなかったので、電波天文学、電波での天文観測についての基本を学ぶ本としてもいい本です。

 この本は、中学生でも読みやすいような…書きましたが、平林先生が、ご自身の研究人生を振り返りながら書かれているのも、読みやすさの理由だと思います。東大に入学し、天文学を専攻し、どのように電波天文学に関わっていかれたのか。論文を書く話では、時代は違いますが、大学で天文学を学ぼうと思っている高校生に論文のイメージが伝わるんじゃないかな、と思います。平林先生が電波天文学を学んでいった時代は、日本の電波天文学の黎明期。通信衛星用のパラボラアンテナの建設も進みました。そして、野辺山に45mミリ波電波望遠鏡、ミリ波干渉計を建設。日本でも、干渉計(複数の電波望遠鏡を並べ、結んで、より高い分解能で観測することができる方法)での観測が始まった。一方、1967年、遠く離れたアンテナで干渉計を構成する「VLBI」の手法に成功。野辺山の45mアンテナもVLBIに参加。これが、さらに大きなVLBI…スペースVLBI(VSOP)、「はるか」に繋がっていきます。

 その「はるか」で何を観測するか。この本のメインテーマが「ブラックホール」の観測。ブラックホールは可視光では観測できない。ブラックホールらしきものは、銀河の中心にあるらしい。また、ブラックホールらしきものを電波で観測していると、電波の強さが時々変化したり、フレアを起こしたりする。これはどういうことなのか。ブラックホールはどうなっているのか。こうして、「はるか」につながる、VSOP計画は進んでいきます。

 VSOP計画がスタートしたのは1988年。MUSES-B、のちの「はるか」計画がスタートしたのは1989年。打ち上げは1997年…他の人工衛星でもそうだが、宇宙機のプロジェクトは、本当に時間がかかる。しかも、スペースVLBI、宇宙に電波望遠鏡を打ち上げて、地球の電波望遠鏡と干渉計を用いて観測するという、全く新しいプロジェクトを立ち上げて、実行するのは相当大変なことなのだと実感する。平林先生のご家族のお話や、平林先生ご自身のお話も所々に出てくるが、人生を掛けているのだな、と。
 また、「はるか」の特徴である、花びらのようなアンテナ部分をどうするか。衛星は過酷な宇宙環境に耐えられるのか。その設計や試験の箇所も興味深いです。

 1997年、M-Vロケット初号機で打ち上げられた「はるか」。ブラックホールの詳しい姿を次々と観測します。「はるか」によって、それまでわからなかったブラックホールの姿が明らかになっていく。ブラックホールの想像以上の大きさ、ブラックホールから出るジェットの激しさ。これほど面白いものはありません。

 活躍した「はるか」ですが、衛星にも寿命はあります。最期の時、停波のコマンドを送る時…グッとくるものがあります。それ以上に、その後、「はるか」でお世話になった方々を訪ねると、感謝の気持ちが伝わってくる…プロジェクトは終わっても、終わらない何かがあるのだなと感じます。

 そして、「はるか」の後継機、「ASTRO-G」計画を立ち上げますが…目標のアンテナの精度が達成できない、予算の問題などで、計画は中止に。ロシアの電波天文衛星「ラジオアストロン」についても書かれています。「ASTRO-G」がなくなって、VSOP衛星は「ラジオアストロン」だけだったので注目していたのですが、わからないことも多く…取り上げられていてよかったです。

 この本では、ブラックホールの合体を捉えた、アメリカの重力波検出装置LIGOについても触れています。重力波も、干渉計を使います。そして、観測するのはブラックホール。「これからは重力波天文学が花開く」(167ページ)とありますが、世界各地で重力波検出装置が動き出している一方で電波天文学もALMA望遠鏡があります。これから、天文学はますます面白くなるのだろうと思っています。


【過去関連記事】
電波天文観測衛星「はるか」に想う
無念… 電波天文衛星「ASTRO-G」開発中止
2月12日は「はるか」記念日
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by halca-kaukana057 | 2017-09-18 23:48 | 本・読書

若田光一 日本人のリーダーシップ ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験Ⅱ

 来月7日、大西卓哉宇宙飛行士が国際宇宙ステーションへ向けて出発します。日本人宇宙飛行士がISSで長期滞在し、仕事をするのが珍しくなくなってきた現在。そのJAXAの新たなる目標は、「日本人からISSのコマンダー(船長)を出す」こと。2013年11月から2014年5月までISSに滞在し、後半の3ヶ月間、日本人で始めてのISSの船長となった若田光一宇宙飛行士に密着取材、のちにNHKスペシャルとして放送されたものの新書版です。

若田光一 日本人のリーダーシップ~ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験II
小原健右・大鐘良一/光文社・光文社新書/2016

 著者の2人は、5期生の選抜試験を取材した「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」のコンビ。今度は若田さんのコマンダーとしての訓練、若田さんが何故コマンダーになれたのか…について取材しています。前回の新書と同じく、NHKスペシャルとして放送されたものよりずっと内容が濃い、放送されなかったものもかなりあります。ただ、ISSでの火災訓練の箇所は、映像で観たほうがわかりやすい、文章だとイメージし難いなとは思いました。

 若田さんは、コマンダーとして仕事する上で「和の心」をモットーに掲げていました。日本人らしいリーダーシップ、協調性や思いやり、コミュニケーションを大事にする船長になりたい、と。ISSのコマンダーは、いわば「中間管理職」。ISSのクルーたちと、地上の管制との架け橋となる。何かあった時はクルーを、ISSを守らなくてはならない。そのコマンダーは、予想以上に過酷な、厳しい立場に立たされる役職だったのです。
 ISSでの火災を想定した緊急対処訓練の箇所は、Nスペで観た時も、パニックで冷静さを欠いている若田さんに、コマンダーになるのは大変なことなんだと感じました。普段は笑顔で、朗らかで思いやりを忘れない若田さんも、こんなに混乱して窮地に立たされ、失敗し険しい表情をすることもあるのか、と。本だとその訓練の過程が細かく、じっくりと読めます(でも映像が無いのでイメージし難い)。一緒にフライトをするアメリカ・ロシアのクルーたちも、若田さんに負けないレベルのエリート宇宙飛行士たち。これまで、コマンダーが軍出身者が多かった理由も書かれています。若田さんは技術者出身。だからこその強みはあります。が、危機的状況でコマンダーとしてどう行動したらよいか、軍出身者は元から違うというのにはなるほどと思いました。勿論、訓練を重ね、コマンダーとして成長し、力をつけていくことは出来ます。

 この訓練の様子を読んでいると、5期生(油井・大西・金井飛行士が選抜された)の選抜試験のことを思い出します。ありとあらゆる場面で緊急事態を想定した指令を出し、その際の受験者達の反応や行動、どう対処するかを見る。選抜され宇宙飛行士候補者になることがゴールではなく、そこが本当のスタートラインなのですが、やはり選抜の時点から素質は見抜かれていくのだなと感じました。…ちょっと怖いです。

 若田さんがコマンダーになることができた理由のひとつが、先輩宇宙飛行士たちやNASAの技術者たちからの厚い信頼。過去に一緒にフライトをした先輩宇宙飛行士や、訓練で一緒になった技術者たちは、若田さんの人柄に好意を抱き、一緒に宇宙飛行をしたい、この人がコマンダーなら一緒に働きたい、と若田さんを推し、コマンダーへの第一歩となるNASAの宇宙飛行士室「ISS部門長」の役職に1年半ついていた。ISSに送り込む宇宙飛行士にいつどんな訓練をさせるのか、各国の宇宙機関と連携して調整すること、人事にも携わる。宇宙飛行士たちをどう訓練し、育成させるのか。全体を見渡す力が養われる、若田さんご自身も「大変な仕事だった」と振り返る。このISS部門長に関しては、Nスペではカットされてしまったという。この本でも、もう少しページを割いてもよかったと思う。

 若田さんは協調型のコマンダーを目指していたが、時にはキッパリと命令するトップダウン型のコマンダーであることも必要、とある。また、クルーのために地上の管制に強く訴えることもある。クルーが一番よく仕事が出来るように取り計らう。補給船の打ち上げの遅れで、クルーのボーナス食がISSに届くのが大幅に遅れた際、地上に何度も掛け合い、ソユーズ宇宙船に載せてもらったというエピソードは、若田さんの思いやりと、キッパリとした態度の両方があってこそのものだった。また、2014年2月に起きた、ロシアと欧米諸国のウクライナのクリミアをめぐる対立の際も、若田さんはアメリカとロシアのクルーの間のわだかまりを解くよう尽力した。一緒にご飯を食べ、話し合いながら、ISSという国際協調の方向性を確認できた、と。この時、私は若田さんが、日本人がコマンダーで本当によかったと思っていた。若田さんの和の心が、ISSに和をもたらした。

 この他にも、子どもの頃の若田さんのエピソードなども語られます。やはり、宇宙飛行士は「成長するもの」なのだなと実感します。また、油井亀美也宇宙飛行士のフライトや、スペースX社についても語られています。あと少しで打ち上げられる大西さんは、ISSでどんな仕事をするのか、楽しみに応援したいです。

【関連過去記事】
ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験
宇宙飛行士という仕事 選抜試験からミッションの全容まで
宇宙飛行士の育て方

・若田さんのフライト中のブログ記事:タグ:Exp.38/39
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by halca-kaukana057 | 2016-06-28 21:54 | 本・読書

宇宙飛行士という仕事 選抜試験からミッションの全容まで

 昨年末から今年初めにかけて、宇宙飛行士に関する新書が2冊出ました。どちらも、宇宙飛行士を「仕事」として捉え、その「仕事」に迫っている。そのうちの1冊。


宇宙飛行士という仕事 - 選抜試験からミッションの全容まで
柳川孝二/中央公論新社・中公新書/2015

 筆者の柳川さんは、旧宇宙開発事業団(NASDA)で国際宇宙ステーション計画の立ち上げに関わり、JAXAになってからは有人宇宙利用ミッション本部・有人宇宙技術部部長に。2008年の宇宙飛行士候補者選抜試験も担当。日本の宇宙飛行士たちをそばでずっと見守り続け、日本の有人宇宙飛行を支えた方。


 このブログで、私は宇宙へ行くこと、宇宙飛行士という仕事が、地上のものの延長線上にあるという認識が広まればいいとずっと思っている。地上での暮らし・生活や仕事を伸ばしていくと、宇宙・国際宇宙ステーションでの暮らしや仕事にたどり着く。そして、その延長線が徐々に短くなっていけばいい、と。日本人宇宙飛行士の活躍で、その延長線は短くなってきていると感じている。でも、宇宙飛行士は具体的に何をしているのか、どんな訓練をしているのか、日本人飛行士の活躍の裏に何があるのか。よくわからないことも多い。

 この本はそんな、宇宙飛行士とは、宇宙飛行士の訓練や仕事について、歴史を踏まえて書かれた本。全体を大まかに見るのに適している本だと思います。
 宇宙飛行士と言っても、黎明期のガガーリンやマーキュリー・セブン、アポロ計画、スペースシャトル時代、国際宇宙ステーション建設期、そして現在の長期滞在ではタイプが異なる。日本人飛行士でも世代、何期生かで異なる。日本人飛行士の歴史、軌跡についても書かれていますが、訓練も何もかも手探り状態だった第1期生(毛利さん、向井さん、土井さん)の初期の訓練や飛行についてもう少し詳しく書いて欲しかったと思うところ。

 この本でメインに語られるのは、現在のISS長期滞在宇宙飛行士の仕事。選抜試験についても、あのNHKが取材した2008年の第5期生の時のことを詳細に書いています。先述のとおり、柳川さんは2008年の選抜試験の担当者。NHKの取材とはまた違う担当者ならではのエピソードも出てきて、選抜試験で何を見ているのかがよりわかります。
 訓練についても、ひとつひとつ細かく書いています。ISS長期滞在で、JAXAが目標としたのは、日本人飛行士からISSの船長(コマンダー)を出すこと。その候補を若田光一宇宙飛行士に決め(本人も希望するかどうかを尋ねた上で)、NASAやロシアと交渉、若田さんも船長になるための訓練やキャリアを積んでいく。ISSに搭乗するための交渉の舞台裏は面白い。日本はISSで何をするのか、何を提供するのか。「きぼう」日本実験棟や輸送船「こうのとり」(HTV)が強みとなっていく。そして若田さんを船長にするために、どう推していくのか。自己主張をはっきりしないと、欧米の人は取り合ってくれない。毅然とした交渉にドキドキする。若田さんはISS運用ブランチチーフに就任。これが船長になるのに重要な仕事だった。訓練だけでなく、管理職…地上での「コマンダー」を経験することが、ISSでの船長(コマンダー)へ近づく一歩。巻末にも若田さんのインタビューがあり、ISS運用ブランチチーフの経験は船長になる上で役立った、と言っている。コマンダーにアサインされてから、コマンダーの訓練を始めるのは遅い、とも。若田さんは、さらに日本人コマンダーを輩出するために行動を開始しているという。このような交渉も、努力なのかなぁと思う。

 来月、大西卓哉宇宙飛行士がISSへ向かう。第5期生2人目の初飛行。大西さんはインタビューで、地球の写真を撮って「きれい」というのはやり尽くした。どんな生活をしているのか、失敗したことも、着飾らず、ISSで何をしているのか紹介したい、と言っている。宇宙飛行士の視点、どこを向いているのかが変わってきていると確実に思う。大西さんのそんなISSからのレポート、ミッションが楽しみです。
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:DHBR Featureインタビュー:日本の期待を背負うプレッシャーも、楽しさもある —JAXA宇宙飛行士・大西卓哉


 もう1冊はこの本。若田さんの船長の仕事について、さらに深く掘り下げます。

若田光一 日本人のリーダーシップ~ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験II~ (光文社新書)

小原健右・大鐘良一 / 光文社


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by halca-kaukana057 | 2016-05-21 22:39 | 本・読書

ツタンカーメン 少年王の謎

 少しずつ古代エジプトに関する本を読んでいます。何度も言いますが、古代エジプトはピラミッドで有名な古王国時代から、ツタンカーメンやトトメス3世などの新王国時代、クレオパトラなどのプトレマイオス朝と本当に時間軸が長く、同じ古代エジプトでもそれぞれの時代で特徴や文化が異なる。ローマの影響を受けたプトレマイオス朝はかなり違う。なので、一言で「古代エジプト」と言っても、どの時代を指すのか、とにかく範囲が広い。どの時代も魅力的だけど、やっぱりツタンカーメン王あたりは王名表からも消され、謎も多く…魅力的です。知りたいことがたくさんあります。


ツタンカーメン 少年王の謎
河合望/集英社・集英社新書/2012

 この本は前半と後半で内容が分かれています。
 前半はハワード・カーターとカーナヴォン卿によるツタンカーメン王墓発掘の物語。「王家の谷」発掘の歴史と、もう発掘し尽くしてしまった、もう何も出てこないと考古学者たちは諦めていた王家の谷に、まだ未知の王墓があると信じて発掘を続けたカーターとカーナヴォン卿。そして王墓への階段を見つける…このあたりは以前読んだカーター自身による「ツタンカーメン発掘記」あたりでも読んだのですが、研究者の第三者の視点から、そして王墓発掘に関しても新しい事実がわかってきたりと興味深い。「もし…」と思うこともあり、色々と考えてしまう。

 後半部分は、ツタンカーメン王がどんな王だったかに関する新しい研究について。アメンホテプ3世に遡って話は始まります。アクエンアテン王(アメンホテプ4世)がそれまでの古代エジプトの多神教から、いきなりアメン神の一信教に変え、都も変えてしまった。そのせいで、ツタンカーメン王やその前後の王は王名表から消されてしまった。だが、碑文などにツタンカーメン王に関する記述があり、そこからツタンカーメン王の生い立ちやその父のアクエンアテン王、王の周囲にいた人々に関して詳しいことがわかってきている。それがまず驚き。ツタンカーメン王は決して消されたファラオじゃなかった。

 さらに、現代技術が王の家系に迫る。ミイラのDNA鑑定で、父親、母親について調べている。このあたりはテレビでも取り上げられそれも観ました。ツタンカーメン王は18歳ぐらいで亡くなった。その死因に関しても。王の苦労、人間模様が活き活きと浮かび上がってくる。ツタンカーメン王墓からはたくさんの遺品が見つかったけれども、それでもツタンカーメン王やアンケセナーメン妃、その周囲の人々に関する記録は足りない(他の副葬品が既に盗掘されてしまっていたファラオよりは充実しているけれども)。その足りない部分を、他の出土品や碑文などから見つけてきて、ピースをはめる。考古学は面白いなぁと思う。

 ツタンカーメン王は激動の歴史の渦中にいたファラオだった。ほぼ未盗掘の墓や様々な出土品、碑文から、激動の中でファラオがどう生きたのか、その死後どんなことが起こったのか、少しずつ解明されていっている(現在進行形で)。これからの研究にも注目したいです。

 ツタンカーメン王墓といえば、今話題になっていますね。
CNN:古代エジプトの王妃の墓、ついに発見か
ナショナルジオグラフィック日本版:エジプト王妃ネフェルティティの墓に新説
毎日新聞:ツタンカーメン:墓に未発掘ネフェルティティの部屋?
NHK:隠し部屋の出入口か ツタンカーメン墓で発見
 ツタンカーメン王墓の玄室(王の棺が置いてあった部屋)に、2つの隠れた出入り口があり、そこにツタンカーメン王の母親のネフェルティティ妃の墓があるのでは?という論文。これを確かめるため、現在ツタンカーメン王墓で調査が行われています。もし何か見つかれば、ただでさえドラマティックな発見だったツタンカーメン王墓が更に大変なことに。調査の結果を楽しみに待ちます。

 もうひとつ、ツタンカーメン王に関して楽しみなものが。
海外ドラマNAVI:ツタンカーメン王の墓発掘の軌跡を描くITVのミニシリーズ『Tutankhamun』にサム・ニールが出演
 イギリスの民放ITVが、ツタンカーメン王墓発掘の物語をドラマ化します。これまで、BBCもドラマ化(「エジプト 甦るツタンカーメン」)したことがあったのですが、各回50分全2回、観てみたらちょっと時間が足りない、物足りないかな…という内容でした。カーターやカーナヴォン卿を演じる俳優さんたちは好演でした。
 今度のこのITVのドラマは、各回60分全4回。BBCのよりも濃い内容を期待していいですかね?ちなみに、ITVは大ヒットドラマ「ダウントン・アビー」を製作しているテレビ局。傘下にはグラナダテレビ…ジェレミー・ブレット主演の「シャーロック・ホームズの冒険」のテレビ局。これはやっぱり期待していいですかね?そういえば、「ダウントン・アビー」の舞台となっているお屋敷は、カナーヴォン伯爵家のハイクレア城でロケを行っていることを、以前このブログでも取り上げました。はい、カーナヴォン卿が住んでいた、城主のお屋敷です。つまり、『Tutankhamun』でもハイクレア城がロケ地になるのでしょうか…本当のカーナヴォン卿のハイクレア城として。だとしたら楽しみで仕方ありません!日本での放送はいつになるかなぁ?
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by halca-kaukana057 | 2015-10-08 22:46 | 本・読書

イプシロン、宇宙に飛びたつ

 2年前、2013年の今日、JAXAの新型固体ロケット「イプシロン」初号機が打ち上げられました。もう2年も前のことなのか…と驚いています。ということで、イプシロンロケットに関する本を。
 ちなみに、2007年には、月周回衛星「かぐや(SELENE)」も打ち上げられました。


イプシロン、宇宙に飛びたつ
森田泰弘/宝島社/2015

 「イプシロン」プロジェクトマネージャの森田先生自らによる、イプシロン開発とこれからのドキュメント、ノンフィクションです。
 「サンダーバード」に憧れ、アポロ11号の月面着陸などで宇宙に夢を抱き、宇宙開発の道に進んだ森田先生。大学・大学院生の頃、東大宇宙航空研究所(のちのISAS・宇宙科学研究所)で「ハレー彗星探査計画」が進んでいた。当時の日本の固体ロケットはM-3SⅡ型。固体ロケットで惑星探査をすることに興味を持ち、宇宙研へ。そして、当時大学院博士課程3年だった「はやぶさ」プロジェクトマネージャの川口淳一郎先生に誘われ、森田先生はロケットの誘導制御を担当する。
 しかし、森田先生の研究者としての道はロケットのようにまっすぐではなかった。博士課程を修了したが当時の宇宙研には助手のポストがない。その頃カナダからやって来たビノッド・J・モディ教授から声をかけられ、カナダでロボットアームの研究員をすることになる。その後宇宙研に戻り、M-Vロケットの開発へ。1997年、M-Vロケット初号機は無事打ち上げに成功(この時のペイロードが電波天文衛星「はるか(MUSES-B)」)。M-Vは改良と打ち上げを重ねるが、2000年の4号機、「ASTRO-E」打ち上げは失敗してしまう。失敗を教訓に、挑んだ2003年打ち上げの5号機…小惑星探査機「はやぶさ(MUSES-C)」の打ち上げは成功。その後、宇宙研は宇宙・航空関係機関が統合し、JAXA・宇宙航空研究開発機構に。そこで森田先生はM-Vのプロジェクトマネージャになり、ISASだけでない、旧NASDAのスタッフとも一緒にM-Vを打ち上げることになる。そして、2006年、7号機で「ひので(SOLAR-B)」を打ち上げ、M-Vは廃止になってしまう…。

 M-Vがなくなり、新しい個体ロケットの構想を考える森田先生。コストを抑えて、もっとシンプルなロケットを。これがイプシロンロケットに繋がってゆく。逆境でこそ挑戦し、力を発揮する新しい個体ロケット開発チームの人々が頼もしい。イプシロンが形になってゆくにつれて、チームも大きくなる。この本では、チームの様々なエンジニアや研究者が登場する。彼らを信頼し、いい関係を築いている森田先生のお人柄がうかがえる。

 この本を読んでいると、本当にイプシロンは夢のようなロケットだと思う。プラモデルのようにシンプルで、人工知能を持ち成長することが出来る。新しい固体燃料の作り方も自転車のパンクしないタイヤからヒントを得たり、フェアリングも工業用のシリコンフォームを使うなど、身近なものからヒントを貰う。手作りのような雰囲気なのに最先端。イプシロンが更に面白い、興味深いロケットに感じられました。

 射場のある内之浦の人々との交流も心温まる。宇宙への敷居を下げるだけではない、多くの人に支えられ、見守られ、応援される「みんなのロケット」なのだなと感じた。

 現在イプシロンは、「ジオスペース探査衛星」(ERG)を打ち上げる2号機を開発中。この「ERG」を打ち上げるには、初号機の能力では足りない。そこで、強化型イプシロンを開発することに。2016年度に打ち上げの予定。さらに、2018年、5号機では月面着陸機「SLIM」を打ち上げ予定。初号機から間があいてしまっていますが、パワーアップしたイプシロンの活躍を楽しみに待つことにします。
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by halca-kaukana057 | 2015-09-14 21:56 | 本・読書

エジプト学夜話

 古代エジプトに関する本をちまちまと読んでいます。以前読んだ「古代エジプトうんちく図鑑」で参考文献にもなっていた本。
古代エジプトうんちく図鑑
 この本、本当にインパクト強い…w 

エジプト学夜話
酒井傳六/青土社/1997(1980年に出版されたものに加筆した新版)

 著者の酒井さんは、朝日新聞の記者としてエジプトに滞在していたのがきっかけで、古代エジプトに関する著作や訳をするようになった。「ツタンカーメン発掘記」も酒井さんの訳。

 本でもテレビ番組でも、古代エジプトに触れるといつも思うのは、そのスケールの大きさだ。第1王朝は紀元前3000年頃。第31王朝、紀元前332年にアレクサンドロス大王(アレクサンドロス3世)によって征服されるまでを「古代エジプト」と呼ぶ。初期のピラミッドがつくられ始めたのが第3王朝・ジョセル王。クフ王の大ピラミッドが第4王朝、紀元前2500年ごろ。首都がテーベ(ルクソール)となる新王国時代・第18王朝~第20王朝が紀元前1500年~紀元前1200年ごろ。「古代エジプト」と一言で言っても、古王国時代と新王国時代、アレクサンドロス大王に征服されたマケドニア朝では全然違う。まずこの時間軸でクラクラしてしまう。
 さらに、ピラミッドや神殿・葬祭殿などの遺跡もスケールが大きい。どんな本を読んでも、あんな大きなピラミッドを古代の人々はどうやってつくったのだろう…?と思わずにはいられない。そんな建造物のスケールにもクラクラする。クラクラするけれども、古代エジプトには惹かれる。

 この本は、そんな「古代エジプト」を研究する「エジプト学」について描いている本。「古代エジプト」について語る際、2つに分かれる。古代エジプトそのものについて語るのと、古代エジプトの研究や発掘・研究した人々について語ること。古代エジプトそのものについて語ろうとしても、発掘や研究が進んでいなければわからないことだらけ。古代エジプトに魅せられて、発掘・研究した人々がいたからこそ、現在、私は古代エジプトについて少しずつ学ぶことが出来ている。

 古代エジプトについて知ろうとして、まずぶち当たるのが言葉。ヒエログリフが読めないとさっぱりわからない。そのヒエログリフを解読したジャン・フランソワ・シャンポリオン。「古代エジプトうんちく図鑑」でも書かれていたのですが、シャンポリオンには兄・ジャック・ジョゼフがいた。シャンポリオンと言うと一般的には弟のジャン・フランソワで、この本では「シャンポリオン弟」と書いている。兄のジャック・ジョゼフがいなければ、弟・ジャン・フランソワはエジプトに行くことも、ヒエログリフを解読することも出来なかった、と。兄・ジャック・ジョゼフは元々古代エジプトに興味を持ち、実際にエジプトには行けなかったが、論文を書きつづけた。そして、弟・ジャン・フランソワが先に死んだ後も、弟の残した論文をまとめ出版した。シャンポリオン兄弟がいたからこそ、ヒエログリフも解読され、古代エジプトのこともわかるようになった。ここから「エジプト学」が始まった、と。

 エジプト学で面白いのは、論文を書いて博士号をとった学者だけが拓いたのではない、懐の大きさがあること。エジプトに遠征し、ピラミッドなどをヨーロッパに紹介したナポレオンもそうだし、それ以降多くの人々が立場に関係なくエジプトに渡った。19世紀に「エジプト調査財団」を設立し、フリンダーズ・ピートリーらエジプト学者たちを支援し、エジプトに学者たちを送り続けたイギリス人アメリア・エドワーズもその一人だろう。エドワーズ女史は売れっ子小説家。発掘や研究に資金は欠かせない…という話で連想するのは、ツタンカーメン王墓を発掘したハワード・カーターのパトロンのカーナヴォン卿。カーナヴォン卿はパトロン、スポンサーだっただけでなく、カーターと共に論文を出している。その「テーベにおける5年間の発掘」の序文が掲載されているのだが、面白い。序文だけなのが残念…。カーナヴォン卿はこんな風に発掘や、出土した遺物をみていたのか、と伺える。エドワーズ女史もカーナヴォン卿も、資金提供だけでなく、古代エジプトやエジプト学に理解を示し魅せられて学んでいたからこそ、資金を提供し続けられたのだなと思う。
 ちなみに、この本で、カーターによるツタンカーメン王墓発掘の資料がまとまって出版されていない、と書かれていますが、それを補うのがこのブログでも何度か紹介したグリフィス研究所ホームページで自由に閲覧できるデータなのかな。インターネットを上手く活用している。著者の酒井さんは1991年に逝去されています。あのホームページを見たら喜ぶだろうか。

 しかし、懐は大きいけれども、その分失うものも多かったのも事実。遺跡を破壊する乱暴でずさんな発掘(発掘と言えるのか?)。金目のものはエジプト国外に流出し、取り締まっても裏取引もされた。大英博物館のエジプト関係の所蔵品と切っては切れない関係のウォーリス・バッジ。大英博物館に出土品を買い入れたり、最初から大英博物館に収める目的で発掘したり…。大英博物館の光と影を見ているような複雑な気持ちになる。

 また、エジプトロジストたち同士の対立も大変…。学問に人間ドラマは要らないかもしれないけど、こういう話はまた違った見方ができて面白い。エジプトロジストも気に食わない人もいて、人間なんだなぁ、と。

 最後には、ヴェルディのオペラ「アイーダ」についても。第25・26王朝を想定した舞台で、サッカラのセラペウムを発掘し、エジプト考古局を創設したオーギュスト・マリエットが原作というのは知ってはいたが、それを知ってから「アイーダ」を視聴したことはなかったので、俄然観たくなった。まずはハイライトかな。2013年のNHK音楽祭で、グスターボ・ドゥダメル指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団の全曲版をラジオで聴いたが、あれはよかったなぁ。

 古代エジプトのあらゆる意味でのスケールの大きさを実感する本でした。
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by halca-kaukana057 | 2015-06-18 22:40 | 本・読書

夜と霧 (新訳)

 一昨年ぐらいからずっと読んできた本です。何度も何度も読んでいました。きっかけはNHK・Eテレ「100分de名著」で取り上げられたことでした。

NHK「100分de名著」ブックス フランクル 夜と霧

諸富 祥彦 / NHK出版


 テキストに加筆修正、新たなコラムも付け加えた書籍版も出ています。私は読んでいませんが…テキストは読みました。「夜と霧」以外のフランクルの著書や、フランクルの思想に影響を与えたものなどの解説もあるので、先に本を読んでから、テキストは参考に…という形で読むほうが入りやすいかなと思いました。

夜と霧 [新版]
ヴィクトール・E・フランクル:著/池田香代子:訳/みすず書房/2002
(日本語版旧版:霜山徳爾訳/みすず書房/1985)

 十何年も前、読もうと思って図書館で借りたのだが、描かれている収容所での悲惨な光景に耐えられず、その時は途中でギブアップしてしまった。今回は本を買って、ゆっくりと読んだ。最初に読んだ時の悲痛さはやはり読んでいてつらいが、それ以上にフランクルがそんな過酷な状況でも自分や収容所の人々を客観的に観て、日々の出来事や心の中で起こっていることを冷静に記録していることに驚いた。そして、収容所ほどの酷い状況ではないけれども、私の日常でも同じようなことを思ったことがあり、特殊なものではないのかもしれないと思った。

 例えば、収容所に送られ、過酷な生活を強いられているうちに、正常な感情の動きがなくなってしまっていたこと。最初のうちは同じ被収容者が殴られたりしているのを見るのがつらい、耐えないと感じている。しかし、しばらく経つと目をそらすこともなく、何も感じない。嫌悪も恐怖も同情も憤りも何も感じなくなってしまったという。
 私も覚えがある。仕事で猛烈に忙しくとにかく仕事をこなすのが精一杯の時、ボロ雑巾のように疲れきってしまった時、さらに疲れが度を越してしまった時、喜怒哀楽を感じられなくなってしまっていた。「~するしかない」、他のことが考えられない。無味乾燥な感情…今思うと恐ろしい。

 また、隣で眠っていた仲間が夢の中でうなされていた時。フランクルは彼を起こそうとしたが、やめた。
その時思い知ったのだ、どんな夢も、悪夢の夢さえ、すんでのところで仲間の目を覚まして引きもどそうとした、収容所でわたしたちを取り巻いているこの現実に較べたらまだましだ、と……。
(47ページ)

 つらい日が続いていて、寝る時、「明日が来なければいいのに」と思うことがある。翌朝目が覚めて「朝になってしまった。また一日が始まるのか」と絶望的な気持ちになる。その気持ちに似ているだろうか。どんなに恐ろしい夢でも、「夢」。それ以上に恐ろしく苦痛な現実。「現実」は消すことが出来ない。空腹や痛み、寒さ、病気…ありとあらゆる苦痛が、心身を本当に襲ってくる。それに比べたら悪夢はまだまし…。いたたまれない気持ちになった箇所だ。

 そんな厳しい収容所生活でも、フランクルは人間の精神・内面は自由だと語る。収容所の中でも、その人がどんな人間であろうとするかは強制できない、と。フランクルは、書きかけの論文のことや、別の収容所に入れられた妻のことを思い、希望を持っていた。また、精神科医として被収容者や、元は同じ被収容者だったのに監督する立場になった「カポー」の一部の相談にものった。正常な感情の働きがなくなってしまったと思っていても、ふとした空や森の風景に心を動かされることもあった。気心が知れた仲間に、笑い話を作ろうと提案し、ちょっとしたユーモアで数分だけでも気持ちを軽くしようとした。このユーモアの話は、一歩間違うと死の危険が迫る、宇宙飛行士のミッションにも当てはまる。収容所と宇宙ステーション…全く異なる世界だが、苛酷な環境で死と隣り合わせという点は似ている。これも驚いた点だ。

 そして、フランクルが辿り着いた問いと答え…生きる意味とは何か。過酷な収容所の生活が、いつまで続くかわからない。自殺しようと思えば、鉄条網に走れば感電して遂げられる。収容所には自殺しようとしている人を助けてはならないというルールもあった。こんな状況で生きる意味などあるのか。努力も無駄だ…。そう絶望して、自殺や免疫力ががた落ちして病に倒れてしまった人々を見て、フランクルはこう答えを出す。
わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。
(129ページ)

 苦しみと向き合い、引き受け、とことん苦しむことも、何かを成し遂げるための可能性、とも述べている。フランクルは、書きかけの論文を書き上げること、フランクルに「生きていることにもうなんにも期待が持てない」と相談してきた仲間たちは、深く愛している子どもに会うことや、研究中でその本を完成させることを挙げた。
 「生きることは彼らからなにかを期待している」「生きていれば未来に彼らを待っているなにかがある」私は今、この問いに答えを出すことが出来るような、出来ないような…曖昧な答えはある。フランクルや上述した仲間のようにはっきりとした、毅然とした意思によるものではない…ほんの些細な、取るに足らないものだからだ。それでも、それが今の私の今の「人生が期待していること」「待っているなにか」なのかもしれない。苦しみ尽くして出た今の答えなら…。

 今年は戦後70年。アウシュビッツをはじめ、収容所の記録としてもこの本の存在は大きいと思う。だが、そんな厳しい時代と社会、環境を心理学の方向から見る、その中でどう生きるかという意味でも、読み継がれる本だと思う。

【参考リンク】
NHK:100分de名著:フランクル「夜と霧」
 ↑「100分de名著」番組サイト
朝日新聞:生きる意味に気づく 心療内科医・永田勝太郎さん
「あなたが人生に絶望しても、人生はあなたへの期待を捨てない。どんな人にも、固有の生きる意味がある」
「人間は誰しも心のなかにアウシュビッツを持っている。でもあなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない」

 この記事で取り上げられた心療内科医・永田勝太郎氏に、フランクルが手紙であてた言葉。「心の中のアウシュビッツ」とは生死を分かつような苦悩のこと。アウシュビッツをはじめとする強制収容所はなくなったが、同じような苦悩は存在し続けているのだな、と…。
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by halca-kaukana057 | 2015-04-16 20:48 | 本・読書

小惑星探査機「はやぶさ2」の大挑戦

 小惑星探査機「はやぶさ2」は順調に飛行を続けています。その間に「はやぶさ2」本を読もう。


小惑星探査機「はやぶさ2」の大挑戦 太陽系と生命の起源を探る壮大なミッション
山根一眞/講談社・ブルーバックス/2014

 初代「はやぶさ」帰還後に出版された「小惑星探査機 はやぶさの大冒険」の続編でもある「はやぶさ2」本です。「はやぶさの大冒険」では書ききれなかったカプセルの回収、採取された微粒子の分析、それが小惑星「イトカワ」のものだと判明するまで、そして同時進行で進められていた「はやぶさ2」の開発について、プロジェクトチームや関係者にインタビュー取材し「はやぶさ2」の仕組みから研究者・技術者たちの想いにも触れます。
・前作:小惑星探査機 はやぶさの大冒険

 本の半分ぐらいが初代「はやぶさ」について書かれています。後継機の「はやぶさ2」に入る前に、初代のミッションをしっかり振り返っておこうという感じです。初代「はやぶさ」の帰還、大気圏再突入、カプセル回収は予想以上にスムーズに進みました。その裏には、カプセルチーム、軌道計算チームの奮闘がありました。カプセルの話は山田哲哉先生のお話をあちらこちらで読む機会があったのですが、軌道計算チームの話はあまり聞いたことがなかったのでとても興味深かった。「はやぶさ」に影響する様々な引力や力学のイラスト(46ページ)は初耳のものも多く、こんなに複雑だったのか!と驚きました。そういえば、確かに高校の地学でやった内容…地球は楕円で場所によって引力が違うとか、地球内部構造の影響で自転もきれいにまわってるわけではない、等…やりました。地学の基礎的なことが、「はやぶさ」の軌道力学に関係していたのかと気付かされました。何事も大元は基礎基本ですね。

 「はやぶさ2」打ち上げの際、第2段ロケットをつけたまま地球を1周、再点火して加速し「はやぶさ2」を分離する理由もこの本にも書いてありました。打ち上げ前に出版されたのだから、打ち上げ前に読んでおけばよかった。H2Aで打ち上げた「はやぶさ2」ですが、H2Aロケットなら大きいから余裕がある、と私も思っていました。しかし、H2Aは地球をまわる軌道上に載せる衛星を打ち上げるのに適したロケット。惑星間探査機を打ち上げるのにはどんどん加速させることの出来る3段以上の固体ロケット、初代「はやぶさ」を打ち上げたM-Vロケットの方が適していた。しかし、M-Vロケットは廃止。新しく開発したイプシロンロケットでは小さい。これから小惑星やさらにその向こうへ向かう探査機を打ち上げるのに、コスト面でも技術面でも適したロケットがない問題…これは深刻ではあります…。

 どの章でも、山根さんのわかりやすい例えや、聞き上手なインタビュー形式の記述で、プロジェクトチームや関係者の専門的な話もわかりやすく読めます。「はやぶさ2」入門にピッタリです。
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by halca-kaukana057 | 2015-02-26 23:25 | 本・読書


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