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生命の木の下で

 本屋でなんとなく気になって購入。

生命の木の下で
多田 富雄/新潮社・新潮文庫/2009

 著者の多田さんは免疫学者。その多田さんが海外で見たものや、日常を綴ったエッセイです。読んでいて、とてもエネルギーにあふれた人だなと思った。人類発祥の地であるアフリカの、原始的神話を今に伝えるドゴン族に会いに行こうと砂漠をひたすら走る。タイ北部の山岳地方に住む少数民族の麻薬療養所を訪れ、その現実を目の当たりにする。アフリカであれ、タイであれ、「命の現場」に赴き、その現実を見つめ捉えようとする著者の姿勢に圧倒された。過酷な状況であれ、厳しい現実にさらされていてもそこには人間が生きていて、生命がある。生命に対する著者の探求心に刺激されるものが多かった。

 第2章は日常を綴ったエッセイ。これまでの旅行でのエピソードから、学問のこと、親しい学者仲間たちのこと、社会のこと、家で起きたちょっとした出来事、美味しい食べ物のことなど…鋭い視線で語られ、面白い。ところどころにユーモアも交じり、心が和む。いいエッセイを読んでいると、日常をこんな豊かな視点で見たいと思うと同時に、こんな文章が書きたいなぁと思う。日常の何気ないことをさらりと、でも考えるポイントを逃さず書く。生きるということ、日常生活というものに好奇心を持って、貪欲に楽しんでいるからなのかなと思う。豊かなエッセイには、その人の生き方が表れる。こんな好奇心とものの考え方を持って、ささやかな毎日を生きていきたいなと思う。

 第3章は影響を受けた作家たちの話。小林秀雄、中原中也…。科学者でも文学に詳しいという人は結構いる。代表的なのが寺田寅彦。専門分野である科学だけでなく、他の分野にも引き出しを持っているっていいなぁと思う。興味を持ったのが哲学者の中村雄二郎。読んでみよう。

 多田さんの著書はたくさんあるらしい。また、現在多田さんは脳梗塞で倒れ、リハビリ中なのだそうだ。そのリハビリの様子はNHKでも放送されたそうで、かなり過酷なものであるらしい。リハビリに関する著書もあるらしい。またいい文章家と出会えた。著書をじっくり読んでみよう。
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by halca-kaukana057 | 2009-09-06 21:23 | 本・読書
 ずっと前から、何故か気になっていた本。木の職人たちのお話です。


木のいのち木のこころ―天・地・人
西岡 常一/小川 三夫/塩野 米松/新潮社・新潮文庫/2005


 法隆寺の棟梁として、法隆寺や薬師寺の修理・再建に携わった宮大工・西岡常一。西岡氏が宮大工の仕事や棟梁としての心構え、弟子の教育について、木のことについて語った<天の巻>。西岡氏の唯一の内弟子である小川三夫氏が、西岡氏の教えを継ぎつつも、宮大工の新しいあり方について考える<地の巻>。小川氏が設立した宮大工集団「鵤工舎」(いかるがこうしゃ)で働く若い宮大工たちにインタビューした<人の巻>。この3部で構成されているこの本。この本を読むまで、宮大工のことは全く知らなかった。高校の修学旅行で法隆寺を訪れたが、聖徳太子の時代からよく保っているなぁとか、法隆寺のそばにも普通の民家があるんだ…世界遺産のそばに住むってどんな気分なんだろうとか、そんなことしか考えていなかった。飛鳥時代の職人たちが、どのように、どんな気持ちで法隆寺を建てたのか。そんなことを考えたことも無かった。

 西岡さんの<天の巻>を読んでいると、様々なことを考えさせられます。まず、教育のこと。宮大工は「徒弟制度」で弟子を育てる。寝食を共にし、師の仕事を見て仕事を覚える。具体的に手取り足取り教えるということはしない。仕事をやって見せて、どうしたらそう出来るのか考えさせ、試行錯誤して仕事を覚えていく。弟子それぞれ、仕事を学ぶ過程もかかる時間も異なる。ひとりひとり異なっても、長い時間がかかっても、それも個性と認め見守る。西岡さんが個性を重視する教育について語っている部分があるが、そこを読むと個性を重視する教育とは何なのだろうと考えてしまう。完全な個性を重視し伸ばす教育をするためには、膨大な時間と労力がかかる。簡単に個性個性と言うけれども、その「個性」とは、一体誰にとっての個性なのだろうか。指導する側にとって都合のいい個性なのか、その本人にとって誇るべき個性なのか、と。そして、本当に個性を伸ばす教育をするなら、徹底的に弟子(子ども)と向き合う覚悟が必要なんだ、と。

 弟子自身に考えさせ、仕事を学び覚えることについても、その通りだと感じた。答えを最初に教えてもらうのではなく、自分で答えを見つける。そうやって学んだことは、しっかりと身につくはず。職人はその覚えたことで一生飯を食べて生きていくとあったが、そのためには自分の手と頭を使って身につけることが大事なのだ。他にも、西岡さんの語る内容には沢山の学ぶべきこと、考えさせられることがある。宮大工の口伝も、重みのある言葉ばかりだ。

 その西岡さんの跡を継いだ小川さん。小川さんも、西岡さんから学んだ通りに弟子を育てている。その弟子たちも西岡さんと小川さんの考えを大事にして跡を継いでいる。「鵤工舎」という場が出来てよかったと思う。<人の巻>の若い宮大工たちのインタビューを読んで、新しい時代の職人たちが育っていることを嬉しく思った。私は分野は何であれ職人の仕事ぶりやその仕事にかける想いを聞いたり読んだりするのが好きだ。職人の存在そのものが好きなのだ。自分の仕事に妥協せず、完成度の高いモノを作ろうと尽力する。そんな職人が生活のことなどを心配することなく、仕事に邁進出来る場があることはとても重要だと思う。宮大工の仕事も心も「鵤工舎」で受け継がれていくのだろう。

 高校の修学旅行以来、京都には行っていない。でも、京都にはいつかまた行きたいと思っている。その時法隆寺などの古いお寺に行ったら、その建築もよく見てみようと思う。そして、宮大工たちがどんな想いでその寺を建てたのか、考えてみたい。

 「ほぼ日イトイ新聞」に小川さんのインタビューがあるので、こちらもどうぞ。
ほぼ日刊イトイ新聞:一生を、木と過ごす。宮大工・小川三夫さんの「人論・仕事論」。
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by halca-kaukana057 | 2009-05-13 22:59 | 本・読書
 新宿のライブハウス「ロフトプラスワン」で、「ロケットまつり」というイベントが時々催されている。著書「恐るべき旅路」他宇宙開発ジャーナリストの松浦晋也氏、著書「宇宙へのパスポート」他SF作家の笹本祐一氏、漫画「なつのロケット」「まんがサイエンス」他漫画家のあさりよしとお氏ら宇宙作家クラブが開いている、ロケット・宇宙開発についてとことん語りつくすトークイベント。私も一度行ってみたいと思っていたのだが、その内容がDVD付きで書籍化された。これは嬉しい。

はてなキーワード:ロケットまつり とは


昭和のロケット屋さん ロケットまつり@ロフトプラスワン
林 紀幸+垣見 恒男:語り/松浦 晋也+笹本 祐一+あさり よしとお:聞き手/エクスナレッジ/2007

 日本のロケット開発は、「日本ロケットの父」糸川英夫博士の「ペンシルロケット」から始まった。そのペンシルロケット開発から糸川先生と仕事をしてきた林さんと垣見さん。林さんは糸川研究室に就職し、「ロケット班長」としてロケットの打ち上げ現場で仕事をし続けた。垣見さんは富士精密(現在は日産自動車→IHIエアロスペース)で、糸川先生のロケットを設計していた。2人の日本のロケットのお話がとにかく面白い。糸川先生の現場でのエピソード・とんでもない話や、ロケット開発のノウハウや裏話。こんな話を書籍化していいのか?と思うような、あらゆる意味で危険なお話まで。日本のロケットの歴史を、順に追っていきます。ロケットの仕組みについても、さらに勉強できました。仕組みはわかっていても、それをどう作るのかについてわかっていなかったり。それについても詳しく、現場の視点で書いて(語って)ある。現場で体験したからこそ話せる話の数々は、技術の伝承の面でも、体験の伝承の面でも貴重だと思う。

 以前、「月をめざした二人の科学者」の記事で、アメリカの宇宙開発は演出を大事にしヒロイック的なイメージ、ロシア(旧ソ連)のイメージは細かいことにはこだわらず、実用的でタフ。では日本は?日本のロケットは、職人技だと思う。日本の技術そのものが職人技だと思うのだが、ロケットも同じく。林さんも、垣見さんもまさに職人。ロケットを知り尽くし、技を極めている。そのような方がこんなフランクに、昔の貴重なお話をしてくださる。お話から、ロケット打ち上げ場や製作所の空気や雰囲気が伝わってくるようだ。やっぱり、私は何であれ現場の空気が大好きだ。現場にいる人の、現場の話が大好きだ。

 この本を読んでいて、こういう場がどんどん増えればいいと思った。ロケット・宇宙開発に限らず技術職全体…いや、どんな仕事でも。日本が「技術立国」として成長していったのには、現場で楽しみながらも仕事に打ち込んだ技術者たちがいたからこそ(「プロジェクトX」みたいだ)。そのような方のお話を聞ける場が、もっと増えればいいと思う。製作のコツも、苦労話も、失敗談も、武勇伝も、今だから話せる驚きエピソードも。そして、若い世代へのメッセージも。それらのお話には、学ぶことが沢山ある。この本でも、技術的なこと、仕事上のこと、心理的なこと、人間関係などで学ぶことが沢山あった。そして、優れた技術を後世へ引き継いでいきたいと、強く思った。技術も人間に宿るのだから。私は技術職ではないけれども、もしそのお手伝いが出来るならと、この記事を書いている。

 印象に残った話が2つある。ひとつは、「人生に消しゴムはいらない」。糸川先生の言葉だそうだ。
とにかく戻ることができないんですよ、人生だけは。皆さん、今おいくつか知りませんけど、人生は現実と、今と、先のことしかないですから、終わったことをくよくよしてもしょうがないですよ。失敗の場所に立ち会えたというのは、ラッキーだったと思うことが一番大切です。
(68ページ、林さん)

 それと、日本は失敗すると「原因の追求」ではなく「責任の追及」をする人が多いという話。失敗のデータを残していかなければいけないのに、「失敗の責任を取れ」と責任者を辞職させて、データを残さず失敗を隠蔽してしまう。そうすると、また同じ失敗が起きる。これは革めなければいけないことだよなぁ。

 今も「ロケットまつり」は続いている。現在は人工衛星をいくつも設計したNECの小野英男さんを招いての「衛星まつり」も。続きの刊行も期待しています。そしていつかは「ロケットまつり」に行きたいな。地方からだと厳しいなぁ…。
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by halca-kaukana057 | 2009-02-22 22:48 | 本・読書
 的川泰宣先生が日本惑星協会のメールマガジン「TPS/Jメール」で連載しているコラムをまとめた「轟きは夢をのせて 喜・恕・哀・楽の宇宙日記」の続編が出ました。

人類の星の時間を見つめて 喜・怒・哀・楽の宇宙日記 2
的川 泰宣/共立出版/2008


 第2巻は2005年から2008年5月まで。この間、シャトル飛行再開(STS-114,野口飛行士搭乗)、「すざく」「あかり」「ひので」打ち上げとM-Vロケットの開発終了、「だいち」「ひまわり6号」「かぐや」打ち上げ、「きぼう」建設開始…と大きな出来事が続くのですが、なんと言っても読みどころは「はやぶさ」の小惑星イトカワへのタッチダウン前後の記録。何度読んでもすごいなぁと思う。管制室の「はやぶさ」チームの様子もひしひしと伝わってくる。これはその現場にいた的川先生だからこそ書ける内容。「はやぶさ」がイトカワへのタッチダウンに成功した時、ライブカメラに向かってVサインをした(画像がこれ)ことについても書かれています。今も「はやぶさ」は地球帰還へ向けて航行中。2010年6月の帰りを待ってます!


 的川先生のライフワークとも言える宇宙教育に関しても、「子ども・宇宙・未来の会(KU-MA)」設立などこの2巻で一気に進みます。「はやぶさ」への応援や、「かぐや」が撮った月の画像などの人々の反響を見ていると、宇宙開発には応援する人の存在が必要なんだなと思う。応援するためには、宇宙・科学のどんなところが面白いのかアピールする必要もある。的川先生ご自身がアピールするのもそうだが、アピールできる人を増やし次の世代に繋げていく方向に進んで行っているのかなと感じる。同じく宇宙を志した先生方の訃報に関する内容や、体調を崩されたという内容もあるのですが…的川先生がこれからもお元気で、宇宙と科学の面白さを伝える先頭に立ち続けて欲しいなと思う。

 日本国内は勿論のこと、世界各地の旅行記も読みどころ。相変わらずパワフルです。面白かったのが、ポルトガルの西端・ロカ岬での部分。そこには、ポルトガルの詩人・ルイス・デ・カモンエスの詩の一節が記されたモニュメントがある。
「ここに地が果て、海が始まる」
こう書かれたモニュメントと、大航海時代、見たことの無い海の向こうへ旅立った人々を思って的川先生は「ここに地果て、宇宙(そら)始まる」と言い換える。日本の宇宙開発・宇宙科学研究は今船出したところ。これからが面白い。様々な問題もありますが、この時代に生まれて、立ち会うことが出来て良かったと感じます。

 的川先生のメルマガは、現在も絶賛連載中です。
日本惑星協会:日本惑星協会メールマガジン「TPS/J メール」
 内容が宇宙の話だけになっていないところがまた面白い。科学全般だけでなく、文学や歴史まで。読んでいると、色々と勉強になります。
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by halca-kaukana057 | 2008-11-01 22:47 | 本・読書
 以前紹介した小平圭一さんの「宇宙の果てまで」の記事の最後でちょっとだけ触れた本。すばる望遠鏡に関する本では一番新しい(と思う)。著者は国立天文台2代目台長であった海部宣男さん。

すばる望遠鏡の宇宙 カラー版―ハワイからの挑戦
海部 宣男/宮下暁彦:写真/岩波書店・岩波新書/2007

 フルカラーで、「すばる」が撮影した天体やマウナケアの星空の写真がいっぱい。どれも鮮明で、美しい。これらの写真を見ているだけでもたまらない。天体の写真と、その天体がどういう星なのかの解説を読んでいると近くに行って実際に見てみたい!と強く思ってしまう。何百光年も離れたそれらの天体に行くなんて無理なのだが、近くで見たかのように観測・撮影できてしまう「すばる」。改めて、いい望遠鏡を日本は作ったんだなと嬉しくなった。

 「すばる」は本当にすごい望遠鏡だ。何がすごいって口径8.2メートルなんてただものじゃない。あのハッブル宇宙望遠鏡にも優る精度だ(「すばる」は特に新しい天体を探すのに適している。一方、ある一つの天体をじっくり観測するのは、大気に邪魔されないハッブルの方が適しているのだそうだ)。その「すばる」の性能のよさを支えているのは、沢山の観測機器。太陽系外惑星を探し、観測するための装置・CIAO(チャオ/補償光学を用いたコロナグラフカメラ)や、赤外線カメラ「シスコ(CISCO)」、広視野カメラ「シュープライム・カム」など、天体を観測・撮影するための沢山の装置が付いている。これらの装置の性能も良いため、「すばる」はその力を遺憾なく発揮できるのだろう。観測機器で望遠鏡も様々な使い方・観測方法ができる。望遠鏡の面白いところだと思った。

 「すばる」が観測しているのは遠い宇宙だけかと思ったら、太陽系のなかも観測しているのだそうだ。これは知らなかった。太陽系のなかにも、まだ発見されていない天体や、身近なのに謎が多い天体もある。そんな宇宙の隅々の謎を解く鍵を、「すばる」が見つけてくれるのだろう。考えるだけでドキドキする。

 天文学に関する成果だけでなく、ハワイ原住民の方々のマウナケア天文台群に対する考え方や交流の話、望遠鏡建設中の技術者たちのエピソードも。いいモノを作ろうと、持つ力を発揮しようとする技術者たちの話は、何度読んでもカッコイイです。

 以前も貼りましたが、この本を読む上での資料にもなるので、すばる望遠鏡の公式サイトへのリンクを貼っておきます。
国立天文台・すばる望遠鏡
 「すばる望遠鏡について」→「すばる望遠鏡の観測装置」で、観測装置に関する詳しい説明もあります。
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by halca-kaukana057 | 2008-10-11 22:26 | 本・読書
 少し前に、はてなブックマークでこんな記事が話題になっていました。

はてな匿名ダイアリー:ソ連宇宙オタが非オタの彼女にソ連宇宙世界を紹介するための10機

 非常に濃くて面白かったwヒロイック的なイメージのアメリカ宇宙世界もいいけど、細かいことにはこだわらずシンプルかつ実用的でタフなソ連・ロシア宇宙世界も好きだ。ソユーズは本当にタフで安定性があるし、ミールもいろいろあったけど、宇宙開発史の中で忘れられない存在。エネルギアなんてとんでもないロケットもあったし、結局有人探査は出来なかったがアメリカに先駆けて月探査を行った「ルナ計画」も印象的。ちなみに、私はルナ17号・21号に搭載された世界初の月面無人探査機「ルノホート」が好きです。

 ルノホートは、こんな探査機です。食玩「王立科学博物館 第1展示場」より「赤いロボット」ルノホート1号
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 前置きはここまでにして、この「ソ連宇宙オタが~」の記事の中に、何度も出てくる名前がある。コロリョフ…ソ連宇宙開発になくてならない人、セルゲイ・コロリョフ。このコロリョフがソ連の宇宙開発をリードしていた頃、アメリカにはヴェルナー・フォン・ブラウンがいた。そう、ドイツでロケットの研究をし、第2次世界大戦後アメリカに渡りアメリカの宇宙開発をリードする。コロリョフのライバルだ。そのコロリョフとフォン・ブラウン、ソ連とアメリカの宇宙開発競争について書かれたのがこの本。

月をめざした二人の科学者―アポロとスプートニクの軌跡
的川泰宣/中公新書・中央公論新社/2000

 お互い少年時代に空、そして宇宙へ憧れた。1930年代にはロケット・ブームが訪れ、2人はそれぞれソ連とドイツでロケットの研究・開発に尽力する。しかし、迫り来る戦争と国家の力の波。その波にのまれ身動きできなくなるコロリョフと、目指していた方向とは違うけれども使えるものは使おうと波に乗るフォン・ブラウン。この本を読んでいて強く感じたのが、宇宙開発は国家が無くては出来ないということだ。

 2人がライバルとして争った(コロリョフは死ぬまで表舞台に名前を出されることは無かったが)1960年代は、米ソが互いの威信をかけて宇宙を、月を目指していた時代。ロケットを開発するにも打ち上げるにも莫大な予算がかかる。しかも、アポロのサターンVロケットなんて巨大なロケットだと、とんでもない予算がかかる。それでも、米ソは国家の威信とライバルに打ち勝つために、お金と時間と最新技術をかけて争った。今、日本では宇宙開発予算…だけでなく科学に関する予算そのものが十分に足りていない。予算が足りないからと、実現が困難なプロジェクトも多い。そんな今の日本から見れば…勿論当時の米ソとは考え方も目的も違うけど、この時代の国が宇宙開発にかけるパワーは計り知れないものだと感じる。

 そんな国の支援を背景に、宇宙を目指すコロリョフとフォン・ブラウン。追い抜いたり、追い抜かれたり。ガガーリンとライト・スタッフだけをとっても、両国の有人宇宙飛行に対する考え方の違いが見えて面白い。そして、最初は負けっぱなしだったが月に照準を絞ることでソ連に追いついたアメリカ。一方、リードしていたのにいろいろ手を出しすぎて有人月飛行ではアメリカに追い抜かれてしまったソ連。この戦略の違いも面白い。

 ただ、ソ連の場合は1966年、コロリョフの死によって大きく狂いだす。コロリョフのリーダーシップがいかに大きかったかがわかる。コロリョフがもう少し長生きしていたら、サターンVロケットに対抗するN-1ロケットを完成させて、米ソ宇宙開発競争はもっと過熱していたかもしれない。

 コロリョフとフォン・ブラウン。国も考え方も違う2人だが、宇宙を目指していた強い思いは同じ。戦争や国の圧力にもめげず、その意思を貫いたからこそ、今の両国の宇宙開発、いや、世界の宇宙開発の今があるのではないだろうか。

 ところで、フォン・ブラウンは子どもの頃、母からピアノの手ほどきを受け、ヒンデミットのレッスンを受けたこともあったのだそう。すごい…。中学ではチェロのレッスンも受け始め、学校のオーケストラで演奏したり、作曲もしてたんだそう。ロケット研究をしていた"秘密基地"ペーネミュンデでも研究者たちと弦楽四重奏団を結成してモーツァルトやハイドン、シューベルトなどを演奏していたのだそうだ。フォン・ブラウンのチェロ演奏を聴いてみたかった!作曲した作品も、どんな作品だったんだろう?

 最後に、この本を読んでいる間、こんなしおりを使っていました。
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 JAXAの宇宙飛行士候補生募集の宣伝しおり。友人からもらいました。友人は科学館で見つけたらしいが、本屋にも置いてあったらしい。面白いものを作ったなぁ、JAXA.いいぞいいぞw
 宇宙つながりで脱線しまくりでしたがこの辺で。
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by halca-kaukana057 | 2008-08-19 23:12 | 本・読書

宇宙の果てまで

 3月21日に、こんな切手が発売されます。
特殊切手「日本天文学会創立100周年」(日本郵便)
日本天文学会の創立100周年を記念した切手。宇宙好きにはたまらん切手です。太陽系やX線天文衛星「すざく」、小惑星探査機「はやぶさ」、野辺山の45m電波望遠鏡など、日本の天文学・宇宙科学を支えてきた観測機がずらり。これ絶対買う。で、その中にハワイ島・マウナケア山に建設された「すばる」望遠鏡も。来年で「すばる」も運用開始10周年か…。今回の本は、その「すばる」建設を推進した天文学者による、「すばる」のノンフィクションです。

宇宙の果てまで―すばる大望遠鏡プロジェクト20年の軌跡 (ハヤカワ文庫NF)
小平 桂一/早川書房/2006(単行本は文芸春秋社/1999)

 著者の小平さんは日本を代表する天文学者の一人。その小平さんが海外の望遠鏡を使ううちに、日本にも巨大望遠鏡が欲しいと願う。外国の望遠鏡だと、自由に使うことができないからだ。次期望遠鏡計画が持ち上がった1960年代、日本最大の望遠鏡は岡山天体物理観測所の188センチ。一方、「すばる」は8.2メートル。世界最大級だ。

 望遠鏡を建設する。これには多くの問題がつきまとう。まず、望遠鏡そのもののハードの部分。8メートルもの巨大な望遠鏡の眼となる鏡をどうやって作るか、その鏡を支えるにはどうしたらいいか。そして、望遠鏡を建てる場所も問題だ。日本国内よりも、空気の薄い高山であるマウナケアやチリのアンデスの方が、望遠鏡の性能をよりよく発揮することができる。しかし、外国の領土内に、日本が国で運用するものを建設することができるのか。法律はどうなっているのか。どういった手続きを取ればいいのか。

 一方望遠鏡を運用する、ソフトの部分も欠かせない。まず、望遠鏡を建設するための予算。億単位の予算を取るにはどうしたらいいのか。建設にかかる人員をどうするか。望遠鏡が完成しても、天文学者を”外国の領土にある日本の施設”に配置するには、法律や給与の面で曖昧になっているところがある。それを整備するにはどうしたらいいのか。そして、誰が行くのか。ハワイで暮らすことになるわけで、ハワイでの暮らしや、天文学者の家族の仕事・教育の問題もある。問題は絶えない。

 小平さんも天文学者であるから、望遠鏡建設だけに従事するわけにも行かない。研究か、建設か。しかも、建設には長い時間がかかるため、完成し運用開始の時には定年で退官になってしまう可能性もある。しかし、これからの天文学を支える最先端の望遠鏡の実現を信じて、これら沢山の問題をひとつひとつ解決していった。予算が決まったのは1990年代に入ってから。さらに建設には8年もかかった。夢の望遠鏡ができるまでの長い長い道のり。天文学自体、宇宙で起こっている事象を長い眼で、根気強く観測・研究する必要のある学問だが、その研究に使う望遠鏡の建設も長い眼で見なければならない。計画・建設に携わった小平さんらプロジェクトチームの研究者たちに、頭が下がる。

 私が宇宙が好き、宇宙のことをもっと知りたいと思うのは、ここにも理由があるのかもしれない。謎だらけの宇宙の実態が解明されてゆくことに知的興奮を覚えるのと同時に、その謎に立ち向かう科学者・技術者・研究者たちのことが好きだ。宇宙のことをもっと知りたい、それを知るための技術を作りたいと一心に願い、研究し続けている人たちの熱い想いが好きなんだ。この本でも、小平さんはじめ多くの天文学者や、望遠鏡建設に携わる技術者たちの想いを読み取ることが出来た。その想いと、今私たち一般市民も目にすることが出来る「すばる」が捉えた画像を見て、時間もお金も沢山かかったけれど、いい望遠鏡が出来て本当によかったと感じる。完成からもう10年近くも経ってしまったが、「すばる」建設に携わった人たちに心からお祝いとお礼を言いたい。ありがとう、と。

 それと、こういった望遠鏡や、人工衛星などの大きな科学プロジェクトには、政治や経済は関係ないと思ってきた。予算を決める上で政府や省庁・政治家や官僚は関係してくるけれども、そういうプロジェクトを推し進める科学者の敵のような見方をしていた。でも、そうじゃない。確かに、お役所の人たちに「なんの役に立つのか」なんて質問はされるけれども、理解を得られれば力になってくれる。理解してくれないとは限らない。予算が出ても、国の経済状況で左右されることもある。科学も国の仕組みの中で動いていたんだ。政治や経済に支えられて、科学も成り立っていると思うと不思議な感覚を覚える。

 ハワイは日本人にとってとても身近な外国。行けたなら、ビーチで遊ぶのも勿論だけど、マウナケア山に登って、「すばる」を見てみたい。(ただ、高山のため高山病が心配だ…)

「すばる」資料集(続きを読む)
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by halca-kaukana057 | 2008-02-08 16:53 | 本・読書
 以前、「はてなハイク」でこんな絵を描いた。
はてなハイク:へんないきもの
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「へんないきもの」と言えば、私はこれしか思いつかなかった。5億年前、カンブリア紀に現れた謎の生物群「バージェス動物群」の中で最も有名(だと思う)生き物・アノマロカリス。中学生の時、NHKスペシャル「生命」で観て度肝を抜かれた。他にも、五つ目のオパビニアとか、どっちが上かわからないトゲトゲのハルキゲニアとか、弱々しいけど脊索動物の祖先となったピカイアとか。アノマロカリスの実物大ロボットを作って、プールを泳がせていたのも衝撃的だった。数年後、国立科学博物館だったかで(うろ覚え)、このアノマロカリスの実物大模型が売られていたのを見た時買おうか本気で迷ったほど(結局、高くて買えなかった)。



 そんなバージェス動物群の化石発掘と進化・生態の謎を追ったこの本。実はまだ読んでいなかった。
ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語 (ハヤカワ文庫NF)
スティーヴン・ジェイ・グールド/渡辺政隆・訳/早川書房/2000
(単行本は1993、原書は1989)


 長かった…。読むのが大変だった。本当に内容が濃くて、グールドの文章(と、渡辺さんの訳)は面白いのだけれども、生物学の知識無しに読むと大変なことに…。

 進化と言うと、単純な構造の生き物から複雑で高度な構造の生き物への変化と一般的には考えられている。また、最初は生命の種も少なく、時間を追うごとに徐々に多種多様な生命が生まれてくるとも考えられている。ダーウィンの時代からの説だ。しかし、グールドの説は違う。

 まず、生命は初期の段階で一気に多種多様な種が生まれる。そして、各々の生き物が生き残るか、絶滅するかは偶然によるもの。それによって最終的に生き残り、さらに進化する種が決まる。生命進化のビデオテープがあったとして、それを巻き戻し再生しなおすと、生き残る種はいつも同じではない、「悲運多数死」という考え方だ。生命進化の話になると必ず出てくる樹の形をした図のように、一本の幹から枝が徐々に増えてゆくという図ではなく、クリスマスツリーのように先細り型なのだとグールドは主張する。偶然によって左右されている生命進化。この考え方がとても面白いと感じた。

 バージェス動物群の発掘にしても、形がこれまでの常識を覆すような生物ばかりで、その判定に古生物学者たちは苦労する。これまで見たことも無い、想像したことも無い「へんないきもの」を調べて、研究するってとても難しいんだなと思う。かつて存在したものを調べることは、新しいものを創ることよりも簡単だと思ってきた。でも、かつて存在したものでも、全く見たことが無ければ"新しいもの"と同じじゃないかと思う。アノマロカリスに関しても、最初は口や触手などが別々の生物と考えられて…という経過を読むと、古生物学に対するイメージが変わった。

 この本、結構古いので今はもっと研究が進んでいるはずです。さらにグールドの研究も不十分で、これに対する新しい説や、反論もあります。今現在のバージェス動物群に関する研究がどうなっているのか知らないのですが、是非知りたいと思います。

 そのバージェス動物群に関して、グールドのこの本の後に出たこの本も読んでおこうっと。
「カンブリア紀の怪物たち 進化はなぜ大爆発したか」
サイモン・コンウェイ・モリス/松井 孝典・訳/講談社現代新書/1997
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by halca-kaukana057 | 2008-01-29 18:07 | 本・読書
 「はやぶさ」「かぐや」と宇宙機ネタを続けるブログです。日本の宇宙開発になくてはならない人を挙げるとしたら、私は真っ先にJAXA宇宙科学研究本部(旧ISAS・宇宙科学研究所)の的川泰宣先生の名前を出します。その的川先生が日本惑星協会のメールマガジン「TPS/Jメール」で連載しているコラムをまとめたのがこの本。「TPS/Jメール」はいつも購読させていただいております。

轟きは夢をのせて―喜・怒・哀・楽の宇宙日記
的川 泰宣/共立出版/2005


 1999年に始まった的川先生の「YMコラム」。メルマガでは、「的川泰宣」ではなく、肩書きを捨てて「YM」として執筆している。長年宇宙開発・宇宙科学に携わってきた権威として語るのではなく、いち宇宙工学者としての視点で語られている。しかも、堅苦しい科学的な話ではなく、現場の科学者・技術者たちの生の声をリアルに伝えるもの。宇宙への熱い魂が伝わってくる。読んでいて、さすがだなぁ…と実感する。

 的川先生が特に力を入れているのが、日本の宇宙開発の広報活動と"宇宙教育"。宇宙開発の"今・現在"を国民に知ってもらう・理解してもらうためにメディアにも積極的に登場。宇宙開発に興味が無い人でも、きっと一度は的川先生をテレビで観たことがあるはず。海外の宇宙関係者や、種子島・内之浦の宇宙センターがある鹿児島付近の漁業関係者との交渉・協力関係も大切にする。さらに、火星探査機「のぞみ」、小惑星探査機「はやぶさ」、そして月探査機「かぐや」に人々の名前・メッセージを載せる企画も的川先生から始まったもの。「宇宙教育」とは、ただ宇宙のことを子どもたちに教えるのではなく、宇宙という視点から自然や生命を見て、科学する心を養うこと。日本各地で行われる宇宙教育イベントを主導し、子どもたちや教育現場の大人たちに宇宙・科学の面白さを伝え続けている。人があっての宇宙開発。主導する科学者・技術者だけでなく、応援する人の存在だって必要。的川先生がいなかったら、こんなに宇宙と人が結びついていなかったんじゃないかと思う。
(宇宙教育についてさらに詳しくは、JAXA宇宙教育センター:宇宙教育センターについてをご覧ください。センター長である的川先生が方針について説明されています)

 宇宙開発の現場の様子だけでなく、的川先生自身の思い出話も読みどころ。若い頃からヘビースモーカーだった的川先生が、40歳の時に禁煙を決意。その40歳の誕生日、40本のタバコを一気に吸って禁煙開始記念にした(驚きの画像あり。しかも、その後ろに「はやぶさ」プロジェクトマネージャーである、若き日の川口淳一郎先生が写っていたりする。恐るべし…)だとか、糖尿病予防を目的としたダイエット記録だとか。本当にパワフル。人間的な意味でも、的川先生は物凄い人です。

 現在もメルマガの連載は続いていますが、この本に収録されているのは2004年まで。1999年から2004年というと、宇宙開発では大きなニュースが続けて起こった時期でもある。H2Aシリーズの打ち上げ開始、「のぞみ」の行方、ロシアの宇宙ステーション・ミールの廃棄、スペースシャトル「コロンビア」事故、JAXA発足、「はやぶさ」打ち上げ…。激動の宇宙開発の記録として読んでも面白い。事実だけを追うんじゃなくて、その事実から何を学ぶか。特に「のぞみ」失敗に関する部分が胸に迫ってくるようだった。

 的川先生と言えば、「マトちゃん」の存在も。的川先生をキャラクター化したもので、ロケット打ち上げライブ動画に時々登場もします。さらに仕事場には「マトちゃん」等身大パネルが置いてあるらしい(それは是非見たい)
 ↓これがマトちゃん。かわいい。
f0079085_23134445.jpg

 ちなみに、この画像は以下の動画から。
ニコニコ動画:国産全段固体ロケット M-V 赤外線天文衛星「あかり」 打ち上げ
エキサイトブログではサムネイル画像が表示できないのが悔しい。



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 宇宙といえば、「かぐや」からの地球の画像がすごすぎます。
JAXAプレスリリース:月周回衛星「かぐや(SELENE)」のハイビジョンカメラ(HDTV)による「地球の出」撮影の成功について

 待ってましたよこの画像!月のかぐやからの、元気な便りが届いて本当に嬉しいです。さて、明日夜8時からはNHKでかぐや特番。4:3のブラウン管のテレビなのが残念ですが、今から楽しみで仕方ない。あー、宇宙大好きだ!ワクワクが止まらん!
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by halca-kaukana057 | 2007-11-13 23:21 | 本・読書
 ruvhanaさんのブログで見つけた本。ピアニスト・中村紘子さんによる、ピアニストノンフィクション。ピアニストから見たピアニストって、どう見えるんだろう?

ピアニストという蛮族がいる
中村 紘子/文春文庫・文藝春秋社/1995(単行本は1992)

 この本を読んでまず感じたこと。ピアニストとはなんて哀しく辛く、ひたむきでけなげで、かつ滑稽で大真面目な生き物なんだろう(ピアニストに限らず、音楽家全般に言えることかもしれない)。この本で紹介されている古今東西のピアニスト…ホロヴィッツにラフマニノフ、パデレフスキー、ミケランジェリ…、そして2人の日本人ピアニスト・幸田延と久野久。彼らの生き様を読んでいて、複雑な気持ちに襲われた。私たちは素晴らしい演奏を求めてピアニストたちの演奏を聴く。プロであれアマであれ"音楽評論家"たちはその演奏をああだこうだと論評し、人気ピアニストにはファンが群がる。しかし、その内面でピアニストたちは何を考え、どう生きてきたのだろう。この本を読んで、ピアニストも一人の人間であったと感じずにはいられない。当然のことで、世界中のピアニストの方々には失礼な言葉になってしまうが、ピアニストにも音楽・演奏以外の生活の時間があり、家族関係があり、人間関係があったことを、私は忘れてしまっていた。

 CDに収められた演奏も、コンサートでの演奏も、そのピアニストにとっては"ピアニスト人生"の一場面でしかない。いくら上手いピアニストでも、全く同じ演奏は二度と出来ない。その二度とない、人生の一場面でしかない演奏を聴いて私たちは一喜一憂している。ただ、その一瞬の演奏がどんなに重いものか、彼らは知っている。コンサートであれ、録音であれ、自分の前に聴衆がいて、自分の演奏を待っていることをよく知っている。だからこそ大真面目に、一般人から見れば滑稽で変な行動をとりつつ、時に神経をすり減らしてまでピアノに向かい、一度きりの演奏に臨む。その姿があまりにも哀しく、あまりにもけなげに感じられる。


 不安定な精神と、大指揮者トスカニーニの娘である妻・ワンダに振り回され続けたホロヴィッツ。今、ホロヴィッツのベートーヴェンを聴きながらこの記事を書いているのだが、演奏からはこの本に書いてあるようなことは感じられない。滑らかで優しく、でも力強く雄弁な演奏にため息が出る。この演奏を録音した時、ホロヴィッツは何を考えていたのだろう?辛くは無かったのだろうか。そんなことを考えてしまう。以前「演奏を聴いてその人間のことがわかる」という意見に納得できなかったことがあったが、やはり私は納得できないと、ホロヴィッツの演奏を聴いて感じる。

 この本の中で最も衝撃的だったのが、明治・大正時代の日本人女性ピアニスト・幸田延と久野久のことだ。明治の文明開化と共に日本人最初のピアニストとなった幸田延。最初の"純国産ピアニスト"となった久野久。彼女たちが開拓した日本のピアノの歴史。その開拓は悲劇の連続だった。西洋クラシック音楽なんて一度も聴いたことが無いのに(コンサートもレコードも無い。この本の中でも触れているが、伊藤博文がリストを一回でいいから日本に連れてきて欲しかったと私も思う)、西洋音楽に圧倒され、のめりこみ、大海原に飛び込んだ2人。日本の西洋音楽の先駆者となったはいいが、彼女たちの生き様は満ち足りたものではなかった。ウィーン留学で身につけた自立精神が、男尊女卑の残る明治時代の日本で攻撃の標的となった延。幼い頃に持った足の障害に加え、ヨーロッパ留学で文化的にもピアノの技巧・表現的にも徹底的に打ちのめさせられた久。現在、日本で一番ポピュラーな楽器となったピアノ。その原点となった2人の重すぎる苦労があったからこそ、今こんな私でものんびりとピアノを弾いていられるのだろう。延と久に対して、申し訳ない気持ちと感謝の気持ちで一杯だ。


 中村さんはこの本の中で、
「社会との健康的なつき合いが才能ある人間ほど少なくなってしまうため、一般の常識からみれば、どこかピントの狂った頓珍漢が多いのである。ゆめゆめピアニストなんぞを女房にするものではない」(286ページ)
と言っている。とは言え、そんなトンチンカンな部分も含めて、ピアニストは人間として魅力的だと思う。血のにじむような努力を続けるピアニストたちに比べたら、私は「お気楽ゆとりヘボピアノ弾き」("ピアノ弾き"であって"ピアニスト"ではない)とでも言おうか。これからも、そんな哀れで滑稽でけなげな部分も全部ひっくるめて、ピアニストたちの演奏を楽しみ、学んでいけたらと思う。ピアノを弾く方、ピアノじゃなくても楽器を演奏される方、音楽を愛する方全てにお薦めいたします。

 ruvhanaさんの記事はこちら。
「ソナチネに毛が生えた:『ピアニストという蛮族がいる』」
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by halca-kaukana057 | 2007-10-17 22:31 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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