タグ:ピアノ ( 166 ) タグの人気記事

 今日は12月8日、シベリウスの誕生日。生誕153年です。なので、シベリウスの話を。

 以前、こんな記事を書きました。
アンスネスのシベリウス!?
 2015年、フィンランドやデンマークなどでのコンサートツアーで、アンスネスがシベリウスのピアノ作品を取り上げ演奏。そのオンデマンド配信を聴いた、という話。その後、来日公演でもシベリウス作品を取り上げ、2017年にシベリウスのアルバムが出ました。



悲しきワルツ シベリウス:ピアノ名曲集 (SIBELIUS)
レイフ・オヴェ・アンスネス(ピアノ)/ Sony Classical / 2017

 昨年買って聴いたのですが、音楽を聴いてもずっと感想を書けない状態で…1年後になりました。

 帯には「シベリウス没後60年」とあります。収録曲は以下。


 ・即興曲 第5番 ロ短調 op.5-5 (6つの即興曲 op.5より)
 ・即興曲 第6番 ホ長調 op.5-6 (6つの即興曲 作品5より)
 ・キュリッキ (3つの抒情的小品) op.41 第1曲 ラルガメンテ-アレグロ,第2曲 アンダンティーノ,第3曲 コモド-トランクイロ
 ・ロマンス 変ニ長調 op.24-9 (ピアノのための10の小品 op.24より)
 ・舟歌 op.24-10 (ピアノのための10の小品 op.24より)
 ・羊飼い op.58-4 (ピアノのための10の小品 op.8より)
 ・悲しきワルツ op.44-1 [ピアノ独奏版] (劇音楽「クオレマ」 op.44より)
 ・ソナチネ 第1番 嬰ヘ短調 op.67-1 第1楽章 アレグロ,第2楽章 ラルゴ,第3楽章 アレグロ・モデラート
 ・白樺 op.75-4 (ピアノのための5つの小品 (樹木の組曲) op.75より)
 ・樅の木 op.75-5 (ピアノのための5つの小品 (樹木の組曲) op.75より)
 ・ロンディーノ op.68-2 (ピアノのための2つのロンディーノ op.68より)
 ・エレジアーコ op.76-10 (ピアノのための13の小品 op.76より)
 ・ピアノのための6つのバガテル op.97より 第5曲 即興曲,第4曲 おどけた行進曲,第2曲 歌
 ・5つのスケッチ op.114 第1曲 風景,第2曲 冬の情景,第3曲 森の湖,第4曲 森の中の歌,第5曲 春の幻影

 2015年のツアーで演奏された作品も、来日公演で演奏された作品もあります。シベリウスは幼い頃からヴァイオリンを演奏し、ヴァイオリニストを目指していた。ピアノは、それほどうまくなかった(アイノ夫人はピアノが得意だった)。シベリウスのピアノ曲は、シベリウスが経済的理由のために作曲したものが多い。交響曲のスコアよりも、家庭で気軽に演奏できるピアノ曲の楽譜の方が売れる。それでも、というか、だからこそ、シベリウスの心の中が反映されているように思えます。勿論、交響曲や管弦楽曲からもシベリウスの作風は伺えるし、シベリウスはシンフォニストだと思う。ピアノ曲を聴いていても、シベリウスらしいオーケストレーションを感じられます。この部分はこの楽器だろうか、とか。一方で、交響曲や管弦楽曲に縛られずに、自由な実験をピアノ曲で試みていたようにも思えます。何より、シベリウスが愛した自然が描かれることも多く、個性豊か。シベリウスにとって身近な楽器はヴァイオリンであり、ピアノは身近な楽器ではなかったかもしれないが、そっと静かに聴きたい、もし弾けるなら弾きたい曲ばかり。

 CDのライナーノートに、アンスネスの言葉があるので引用します。
It inhabits a private world.
It is almost not for the public,
but something to play for friend, or even alone.
シベリウスの音楽は内面世界を映し出しています。
コンサートの聴衆ではなく、
友人のために、あるいは一人で弾くために書かれた音楽であるかのようです。
 同感です。

 アンスネスの選曲は、有名曲から、ちょっとマイナーな曲まで幅広い。有名曲、例えば作品75の「樹の組曲」が「白樺」と「樅の木」だけになってしまったのは寂しいと言えば寂しいが、他の作品が充実しているからいいか、と思える。最初に即興曲op.5から、第5曲だけでなく第6曲も入れてくれたのは嬉しかった。私が唯一弾けるシベリウスのピアノ曲、即興曲op.5-6(今は大分弾けなくなっているが…)。アンスネスならこう演奏するんだ、と思って聴いていました。繰り返しも忠実に(私は省略しました)。この曲を練習していた時に聴きたかったなぁ(今からでも遅くない?)。

 シベリウスのピアノ曲は色々と聴いてきましたが、このアルバムを聴いて好きになった曲も多い。作品97「ピアノのための6つのバガテル」第2曲:歌、第4曲:おどけた行進曲、第5曲:即興曲の3曲だけだが、シベリウスの様々な面が伺える。これまで聴いてきたアルバムに、作品97はあまり入っていなかったのもある。第2曲「歌」は他のCDにも入っていたが、改めて聴いてみるとのびのびと自然体で、きれいな曲だなと思う。
 作品114「5つのスケッチ」が全曲入っているのは、このアンスネス盤の強みだと思う。ツアーでも部分的に演奏してたこの作品。作曲は1929年。交響曲第6番や第7番、「タピオラ」よりも後。後期作品独特のシンプルさ、透明感を感じられる。タイトルは、冬の景色に関係している。後期作品からは冬や寒さ、冷たさ、暗闇をイメージするのだが、そのイメージのまま。第3曲「冬の湖」、第4曲「森の中の歌」の冷たさ、暗さ、透明感はとても好きです。最後、第5曲「春の幻影」で春の気配を感じられるのが、また抒情的。アンスネスの透明なタッチが、それをささやかに伝えてくれます。

 これまで好きだった「キュッリッキ」や「舟歌」op.24-10もいい。そして、「悲しきワルツ」のピアノソロ版。ピアノになると、こんなにお洒落な雰囲気も感じられるのかと思いました。シンフォニックではあるけれども、それを全部ピアノで表現しようとするのではなく、ピアノだからこそ出来る表現をしているように思います。

 シベリウスのピアノ曲は、もっと広まっていいと思うし、演奏機会も増えて欲しいと思っています(その割には日本で気軽に入手出来る楽譜はあまり出版されていない…)。アンスネスのシベリウスが聴けて、本当に嬉しい。感想はこれに尽きます。


・私が演奏した「即興曲」op.5-6の記事まとめはこちら:Satellite HALCA:シベリウス:即興曲op.5-6
[PR]
by halca-kaukana057 | 2018-12-08 22:21 | 音楽

羊と鋼の森

 宮下奈都さんの作品を。1年ぶり?話題になったこの本が文庫化されたので読みました。


羊と鋼の森
宮下奈都 / 文藝春秋,文春文庫 / 2018(単行本は2015)

 北海道の田舎の山で生まれ育った外村は、高校生、17歳の時、たまたま担任から来客を体育館に案内するように頼まれる。やって来た来客はピアノの調律師の板鳥宗一郎。外村は初めてピアノの調律を見て、調律に魅せられる。板鳥に弟子にしてほしいと頼むと、調律師の学校を紹介され、勉強し、卒業後、板鳥が働く楽器店に新人調律師として採用された。毎日、店のピアノを調律し、練習を重ねる。先輩の柳について、主に一般家庭のピアノの調律について回り、学ぶ。一方、秋野は違うスタイルで調律をしている。時々、板鳥にアドバイスを貰う。どんな調律が求められるのか、理想の調律は何か、外村は毎日ピアノと向き合う。


 以前読んだ「メロディ・フェア」と同じく、お仕事小説ではありますが、雰囲気は全く違います。今回はピアノの調律師。主人公の外村は、板鳥の調律に出会うまで、ピアノを弾いたこともよく聴いたことも無く、調律に接するのは勿論初めて。板鳥の調律に偶然立ち合ったことで、いわば運命的な出会いをする。

 ピアノは家にあるので、大人になってからの調律の際にはいつも立ち会っています。トーン、トーンと音を出しながら、調律をしていくのを見ているのは好きです。調律の際の、静けさも好きです。まさに、その調律中の静けさが漂う本です。以前はこのブログのピアノのカテゴリに書いてあるぐらいピアノを弾いていましたが、今はピアノを弾かなくなった。諦めてしまった。これ以上、どうやって進んだらいいかわからない。弾きたい曲はあるけれど、どうやったらたどり着けるのかわからない。そのままピアノから離れてしまいました。今は声楽の練習で、音を取る程度。なので、家のピアノには申し訳ないと思っている。この本を読み進めるのは辛かった。外村も、他の登場人物も、ピアノが好きで、ピアノと向き合っている。もうピアノには熱心になれない(かもしれない)自分には、辛い作品でした。
 そして、ピアノにあまり熱心ではなかった子どもの頃の自分が、外から見ればどう思われていたのだろうと思って辛くなった。外村がもうひとりの先輩調律師・秋野に付いてある家庭のピアノの調律に行った時のこと。ピアノにはバイエルの楽譜が置かれているが、秋野は椅子の高さからその子がもう高学年であることを悟る。高学年にもなってバイエルレベル…ピアノにあまり熱心でない、という。私がまさにそんな子どもだった。ピアノは好きだったけど、練習はあまり好きでは無い。練習してもうまくいかない。自分に合った練習方法、ピアノとの向き合い方がわからなかったのだと思う。小学校低学年からピアノを始めたのに、上達せず、小学校高学年、中学校になってもバイエルレベル。ピアノ教室の先生や、調律師さんにどう思われていたんだろうな…と辛くなった。

 その調律師さんが何をしていたのか。この本を読んで、そういうことをしていたのかとわかりました。調律の過程の描写がかなり詳しく書かれています。何のためにこんなことするのか、どう調律するのか。ピアノの部品についても。タイトルの意味がわかります。以前もどこかで書いた記憶があるのだが、ピアノは他の楽器と違って、弾く人が自分で調律できない。調律師が調律する。基本的に持ち運ぶ楽器ではないので、その場所にあるピアノを、どんな音にしたいか、調律師に伝えて調律してもらう。ピアノは特殊な楽器だなと思う。

 この作品では、ピアノを「森」と表現するが、音楽が「森」のような深いものだと思う。調律に「正解」はない。調律の際に基準音となるラ(A)の周波数は440Hzと言われているけれども、その演奏者や演奏する作品によって微妙に上下する、いや、微妙どころではなくなってきているそうだ。また、外村と柳のピアノの調律とうまいレストランの例えの話にもあったように、客と調律師でピアノの音に対して考えが違うこともある。
 以前、今もまだ続いているが、聴いた音楽の感想が出てこなくなった時期があった。感想を出すのが怖いのだ。外村が調律がうまくならなかったらどうしよう、怖いと思ったように。この演奏は、「いい演奏」か「悪い演奏」か、叩き切るように判断できなければならないと思って、それがわからず、感想を言うのが怖くなった。感想が他の人…ズバッと感想を出している、しかも説得力のある感想を出している人と違えば、自分は間違っていると思えてしまう。その作品を初めて聴く、聴いたことがなくて、判断できないこともある。いい曲だとは思ったけど、感想は…?「いい」「よかった」、でいいの?それだけだと足りない、弱いのではないか。判断基準が自分ではなく、他の人になってしまい、音楽は聴いても、その感想を出すことはなかった。そもそも自分に判断する権利はあるのか。音楽経験も少なく、叩き切るような感想を出せるような説得力も知識も読解力もない。音楽を聴くのが辛かった時期を思い出した。
 このことに関しては、別記事で書こうかなと思います。収拾がつかない。
 「正解」がない、と言われると、困ってしまう。でも、判断基準は自分にある。こんな音が理想だ、こんな音がいい。この人にはこんな音がいいのではないか。そんなお客の要望に応えて、調律する外村や柳、秋野、そして板鳥の一生懸命な姿に励まされる。

 この作品では、「諦めること」「あきらめないこと」の2つに分けられることが出てくる。田舎の山で育った外村は、環境の上で諦めなければならないことも多かった。でも、調律師になり、ピアノと調律は諦めたくないと思った。板鳥にも諦めないことが大事とアドバイスされた。外村の先輩調律師の秋野は、ピアニストを目指していたが、諦めて調律師になった。柳が担当する高校生の双子、和音と由仁に起こったある出来事と、そこから諦めること、諦めないことが生まれる。
 諦めることで、新しい何かが始まることもある。諦めることで、可能性を閉ざしてしまうこともある。諦めないことで、進めなくなった道とは違う、別の道を見出すこともできる。諦めることと諦めないことが紙一重になっている。

 外村は、時々調律をキャンセルされる。理由は様々だ。キャンセルされると落ち込むが、それでも調律することをやめない。外村の静かな生真面目さがいい。外村だけでなく、この作品に出てくる人々は皆、生真面目だ。それぞれのやり方で、ピアノと向き合っている。
 外村のまだ未熟な調律の結果を、ただ失敗と言わず、こんな音にしたかったんだよね、このやり方は好きだ、と認めてくれる双子の和音と由仁。いい耳を持っているだけでなく、ピアノに真剣に向き合っているから、その外村の音がわかるんだろうな、と思う。外村に影響を及ぼし、外村から影響を受ける2人。この双子の存在もいいです。2人ともいい子です。

 外村がピアノ作品にはあまり詳しくないという設定なので、ピアノ作品について詳しいことはあまり出てこなかったのはちょっと物足りなかった。あくまで調律が主役なのだな、と。なので、作中のピアノリサイタルの箇所や、最後の部分の印象が弱く感じた。ちょっと淡々とし過ぎているなぁ…とも。でも、この静かな雰囲気は好きです。


 この本を読む前、宮下さんの別の本を読んでいたのだが、共感できない部分があって、感想を書けずにいた。その後、この作品を読んだら、とても関連があることがわかった。なので、その本についても感想を後日書きます。
 この本です。

神さまたちの遊ぶ庭 (光文社文庫)

宮下 奈都/光文社



[PR]
by halca-kaukana057 | 2018-05-03 23:23 | 本・読書
 5月の連休恒例、3~5日に東京で開催されていた『ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭』。その開催に合わせて、クラシック音楽配信サービス・ナクソス・ミュージック・ライブラリーを期間限定で無料公開するイベントが開催されていました。その時、聴いてみて気に入ったのがこの曲。

ペッテション=ベリエル:組曲「フレースエーの花々」
小川典子/BIS








ニクラス・シーヴェレフ/NAXOS


 スウェーデンの作曲家、ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル(Wilhelm Peterson-Berger)。1867年生まれ。フィンランドのシベリウス、デンマークのニールセン、同じスウェーデンのステーンハンマルと同年代の作曲家です。名前は聞いたことはあったけど、曲を聴いたことがなかった。5曲の交響曲や歌曲などを残していますが、有名なのがこのピアノ曲集「フレースエーの花々」なのだそうだ。

 フレースエー(Frösö)は、スウェーデン中部の山岳地イェムトランド(Jamtland)のストゥーシェン(Storsjon)湖に浮かぶ島の名前。ペッテション=ベリエルはイェムトランドに魅せられ、フレースエー島に別荘を建て住むようになった。

 「花々」とタイトルにあるけれども、それぞれのタイトルに花の名前があるのは少ない。フレースエー島の景色を彷彿させるようなものが多い。曲はどれも愛らしくて美しい小曲。フレースエーでの情景そのものが、花々のように色とりどりで愛らしいという意味なのだろうか。ウィキペディアにある通り、グリーグの「抒情小曲集」の雰囲気。シベリウスのピアノ曲のような愛らしさにも似ている。でも、ペッテション=ベリエルは全体的に明るめで朗らか、おおらかに感じました。「花々」の明るめだけれども派手とは違うやさしい色鮮やかさ。

 第1巻第2曲「夏の歌」は北欧の爽やかな夏をイメージします。心地よい風が吹いてくるよう。第3曲「ローンテニス(Lawn Tennis)」何のことだろう?と思って調べてみたら、テニスのこと。試合ではなく、ゆったりとラリーを楽しんでいるのだろうか。第2巻第3曲「森の奥深く」は薄暗い森の中を歩いているよう。中盤で曲調ががらりと変わって、愛らしい雰囲気になるのはグリーグやシベリウスとは違う点だなと思う。スウェーデンの森とフィンランドの森、隣同士だけど違うのだなと感じます。
 第3集第7曲、曲集の最後のタイトルは「何年も過ぎ」。フレースエーでの年月をいとおしむよう。感慨深い締めです。

 ピアノ曲ですが、抜粋で管弦楽編曲もあります。

スウェーデン管弦楽名曲集

オッコ・カム:指揮、ヘルシンボリ交響楽団/ Naxos


 オッコ・カムがスウェーデンのヘルシンボリ響を指揮しているスウェーデン管弦楽曲集です。
 第3巻第2曲「夏の隠れ家に入居して」、第1巻第2曲「夏の歌」、第5曲「お祝い」、第6曲「フレースエーの教会で」の4曲を収録しています。オーケストラで演奏されると、また情景が鮮やかに浮かぶようです。

 ペッテション=ベリエルの他の作品、交響曲なども聴いてみたくなりました。北欧クラシックは探せば色々な作曲家や作品が出てきて興味深いです。

第1巻


 体調もよくなってきたので、止まってしまっているシベリウス:クレルヴォ交響曲シリーズをまた再開したいです。体調がよくない時に「クレルヴォ~」は重い、ヘヴィーです…。
[PR]
by halca-kaukana057 | 2016-05-17 22:12 | 音楽
 Proms、並びにシベリウス音楽祭で海外ネットラジオ(動画)オンデマンドの豊かさに圧倒され、以来、あちらこちらの海外の放送局のオンデマンドサイトで聴きまくっています。日本の自宅にいながら、海外のコンサートのライヴ音源を気軽に聴けるようになったとは、いい時代になりましたね…(結構昔からあったのですが、ネット環境が整っておらず、また時差もあるためなかなか手が出せなかった。オンデマンドならいつでも聴ける。ありがたい)

 主にイギリスBBCや、フィンランドYLE(ここは動画もある)、スウェーデンP2、デンマークDRP2などを聴いています。英語はまだいいのですが、フィンランド語やスウェーデン語、デンマーク語…フィンランド語は何とか。特にデンマーク語はどう発音したらいいのか分からない表記ですが、翻訳サイトを使って何とか解読しています。フィンランド語は読めるようになりたいなぁ…それ以前に英語ももっと読めるようになりたい…!

 その中で見つけたこれ。フィンランドYLEでラジオ放送され、オンデマンドで聴けるようになっています。
YLE:Areena Radio:Konsertteja Leif Ove Andsnes konsertoi Kansallisoopperan päänäyttämöllä

シベリウス:
 キュッリッキop.41
 5つの小品(樹の組曲)op.75より 第4曲:白樺、第5曲:樅の木
 5つのスケッチop.114より 第3曲:森の湖、第4曲:森の歌、第5曲春の幻
 
 ピアノ:レイフ・オヴェ・アンスネス

 2015年10月25日 フィンランド国立歌劇場(エスポー国際ピアノフェスティバル2015)

◇公式サイト:Pianoespoo:Leif Ove Andsnes at the National Opera
◇コペンハーゲンでも同プログラム。こちらでも聴けます:DR P2:P2 Koncerten: Leif Ove Andsnes i København
◇アンスネス公式サイトでのコメント:Leif Ove Andsnes explains the new solo recital program
 ※この後にもプログラムは続いていますが、割愛します

 アンスネスがシベリウスを演奏ですと!!?
 1曲目は3つの楽章からなる「キュッリッキ」。「カレワラ」の物語のひとつ、レンミンカイネンがサーリの美女・キュッリッキに求婚するも失敗。強引に連れ帰って妻にする(レンミンカイネンらしい…w)キュッリッキはレンミンカイネンと妻になる条件を交わすも、キュッリッキの方が破ってしまう、というお話。グレン・グールドも録音していた作品です。
 その次は、ご存知「樹の組曲」op.75から、白樺と樅の木。説明は多分要らないと思います。アンスネスの「樅の木」が聴けるなんて…。ずっとアンスネスに演奏して欲しいなぁと思っていました!
 その次が、シベリウス後期のピアノ曲集「5つのスケッチ」から3曲。交響曲第6番がop.104、7番がop.105.「タピオラ」がop.112.その後の作品なので、後期も後期です。ピアノ曲も、交響曲・管弦楽曲と同じように、静かに、暗く、独特の響きをしています。でも、管弦楽とはちょっと違うピアノの響きがうまく出ている作品です。全音ピアノピースで楽譜が出ています(なぜか持ってます)。

 同じ北欧出身として、通じるものがあるのかなぁ。ノルウェーとフィンランド、違いはありますが…。これまで、アンスネスがシベリウス作品を演奏したのは、アルバム「HORIZONS」に収録された「13の小品」より「エチュード」op.76-2のみ。子どもの頃から演奏していた作品だそうです。この演奏もとても好きです。

 今後、アンスネスがシベリウス作品を録音してCDを出すのかなぁ…?だったらとても嬉しいなぁ。シベリウスイヤーの今年、交響曲はかなり取り上げられていますが、ピアノ曲や声楽、室内楽ももっと取り上げられていいのになぁ…と思っていたところにこの演奏が聴けたので、とても嬉しいです。
 ちなみに、この演奏会の他の曲、ショパンやドビュッシーも、以前は演奏していたこともあったけど最近はそんなに演奏していないはず。嬉しい演奏会です。

 いつまで聴けるかわからないので、お早めにどうぞ(オンデマンドはここが恐ろしい…)

ホライゾンズ~ピアノ・アンコール集

レイフ・オヴェ・アンスネス / ワーナーミュージック・ジャパン


[PR]
by halca-kaukana057 | 2015-11-09 23:31 | 音楽

矢車菊?ひな菊?

 先日の記事で、種から育てた矢車菊(ヤグルマギク、矢車草)が咲いたと書きました。
真夏のバラと花々

f0079085_22513417.jpg

こんな濃いピンクの花もありました。
f0079085_22514519.jpg

やっぱり青もきれいです。

 矢車菊といえば、シベリウスのピアノ曲にも「矢車菊」というタイトルのついた小曲があります。5つの小品op.85、「花の組曲」とも呼ばれる曲集の第1曲です。スタッカートが軽快な可愛らしい曲です。
'Bellis' (The Daisy) Op.85 No.1 Sibelius - P. Barton FEURICH 218 piano


 矢車菊の花にちなんで、この曲について書こう…と思ったら、上の動画に書いてある通り、英語でのタイトルは「Bellis」.「ひな菊」と訳されます。更に他のサイトでは「Daisy」デイジーはひな菊の別名。同じ種類の花だったんだ。矢車菊はヤグルマギク属。ちょっと違う。あれ?
 では、フィンランド語ではどうだ。調べてみると、「Kaunokki」.これを和訳すると「矢車菊」。あれ…?一体どっちなんだ…?
 曲から考えても、どちらでも合う気がする。参った。曲について書こうとしたら、タイトルの和訳で盲点が。矢車菊かひな菊かのどちらか、ということにしておきます…これ以上わからん!
 タイトルの和訳がどちらであれ、可愛らしい曲には変わりありません。爽やかなフィンランドの夏を思わせる曲でもあります。猛暑の日本から見れば、フィンランドの夏は爽やかで快適なんだろうなぁ。冬は寒い以上に暗い、日照時間が短いのが大変そう。

 このop.85、第2曲の「カーネーション」や第4曲の「金魚草」もきれいな曲です。ちなみに、今金魚草を種から育てています。遅く蒔いたので、花はもう少し先です。

 op.75の「樹の組曲」といい、シベリウスのピアノ作品には自然の樹、草花がタイトルの曲が多い。樹は沢山あっただろうけど、アイノラの周りには色々な花が咲いていたのかなぁ…?と思ってしまいます。
[PR]
by halca-kaukana057 | 2015-07-27 23:17 | 音楽
 去年で止まっているガブリエル・フォーレシリーズ…。終わったわけではありません…。

 フランス近代ものと、夏は相性がいいと思う。ゆらゆらとうつろう曲想に涼しさを感じます。風に揺れている風鈴のような。
 今回取り上げるのは、ピアノ曲集・ノクターン。フランス語だとノクチュルヌ(Nocturne)。ソナチネでお馴染みのクレメンティの弟子のジョン・フィールドが創始したと、ベートーヴェンと弟子のフェルディナント・リースの漫画「運命と呼ばないで」にありました。ノクターンと表題のついたピアノ曲と言えばショパンが有名。でも、ほかの作曲家もノクターンを結構書いています。スクリャービンの「左手のための前奏曲と夜想曲」Op.9は左手で演奏される曲。舘野泉さんの演奏がとても美しいです。

 フォーレもノクターン、いや、ノクチュルヌ、いや…「夜想曲集」を13曲書いています。フランス近代ものですが、どれもメロディーも和音もきれいな、ゆったりとした曲。ここで「夜想曲」と書いたのは、そう呼ぶのにピッタリだと感じたから。急な転調や和音、強音も少なく、落ち着いて聴いていられる。暑い夏の宵、夕涼みに合いそうな曲ばかりです。きらきらした音が、夏の星空を眺める時にも合うかもしれない。甘美過ぎず、ロマンティック過ぎず。音楽そのものがゆったりと流れているあたりは、フランス近代ものなんだなと思います。

 特に好きなのが3番変イ長調op.33-3と、6番変ニ長調op.63、8番変ニ長調op.84-8。3番は始まり方のメロディー、音がのびのびとしていてとても好きだ。4番変ホ長調op.36も、始まり方が素朴でいい。中間部の長調と短調が入り混じっているまだそんなに数を聴いていないので、これから聴けばもっと好きな曲が出てくるかもしれない。

 フォーレは舟歌もいい曲ばかりで…でも持っているCDが少なくて、これからです。

【フォーレシリーズ:過去記事】
・第1回:フォーレを聴こう その1「シシリエンヌ」
・第2回:フォーレを聴こう その2「ラシーヌ雅歌」
・第3回:フォーレを聴こう その3「ドリー組曲」
・第4回:フォーレを聴こう その4 フォーレの月の歌

・記事内で出てきた漫画「運命と呼ばないで」: 運命と呼ばないで ベートーヴェン4コマ劇場
[PR]
by halca-kaukana057 | 2015-07-24 21:54 | 音楽

ピアノ調律師

 図書館をうろうろしていたら、偶然目にとまって、そのまま借りてきた本。絵本です。


ピアノ調律師
M.B.ゴフスタイン:作/末盛千枝子:訳/現代企画室/2012
(初版はすえもりブックス、2005)

 ルーベン・ワインストックはピアノ調律師。2年前に両親を亡くした孫娘のデビーと暮らしている。ルーベンは、デビーにピアニストになってほしいと思っている。デビーはピアノのお稽古をしているが、なかなか上手にならない。そんなある日、ルーベンが住む町に著名なピアニストのアイザック・リップマンが演奏会のためにやってくる。ルーベンとリップマンは親しく、リップマンはルーベンの調律を心から信頼していた。演奏会のために、ピアノを調律するルーベン。デビーは、その様をじっと見て、音を聞いている。しかし、その日、別のピアノを調律する仕事が入っていることを思い出した。ルーベンは、調律を明日にしてもらえないかとデビーを伝えに出すが…。

 絵は線画だけの、シンプルな絵です。文章の方が多い。絵本というよりも、挿絵つきの小さな物語、といった方が近いかもしれない。

 ピアノの調律を見るのは、私も好きだ。ピアノの蓋を開けて、複雑な中身を見るのも好きだ。そのピアノの中身は、ひとつ間違えば音が狂ってしまう繊細な空間。そこに、様々な道具や調律の技術、チューナーや自分自身の耳を頼りに、調律をする。弦楽器や管楽器は自分で調律する。ヴァイオリンなどの弦楽器は弦が切れても自分で張りなおして調律するし、オーボエは自分でリードを作る(勿論、専門家に頼むこともあります)。ピアノのように、調律師だけが調律する楽器は珍しいのかもしれない。だからこそ、ピアノの中身は繊細で、どこか神聖なものに思える。

 そんな調律師をしているルーベンは、一流の腕前を持った調律師。孫娘のデビーは、祖父のような調律師になりたいと思っている。しかしその祖父・ルーベンは、デビーをピアニストにしたいと思っている…。どちらもピアノに関する仕事だけれども、全然違う。調律師は縁の下の力持ち、裏方。でも、調律師がいないとピアニストはピアノを演奏できない。ルーベンがピアノを調律する様も詳しく描かれているのですが、実際生で見ても、調律する姿はかっこいい。ピアニストも、楽曲や作曲家と一対一で対峙し、解釈を演奏技術と表現にのせて演奏する。調律師も、技術や経験をもとに、ピアノと一対一で向き合って、その音を整える。ピアノの個性、癖、湿度や気温などの変化する環境、ホールの音響、ピアニストの好み…。いつも同じとは限らない。それも、ピアニストと同じ。読んでいて、より調律師という存在、仕事や魅力的に思えました。

 しかし、ルーベンは何故デビーが調律師よりもピアニストになってほしいと思っているのだろう…と疑問に思いました。調律師をしているからこそ、仕事の大変さがわかる。裏方の調律師よりも、リップマンのようにピアニストの方が華やかで主役になれるから…?それでも、デビーにとってはおじいさんがヒーロー、主役。誇りであり、目標でもある。小さなことから、そんな目標を持てるって素晴らしいなと思いました。しかも、ルーベンは一流の腕前の調律師だから。デビーの一途さに心を打たれます。こんな風に、何かに一途になれるっていいな、と。

 この物語の中で、デビーが練習しているのが、メンデルスゾーン「無言歌集」より第7巻op.85-1「夢」.こんな曲です。
Barenboim plays Mendelssohn Songs Without Words Op.85 no.1 in F Major

 私には結構難しい曲に思えるのですが…。優しくゆったりとしていて、素敵な曲だなぁ。
 ちなみに、リップマンが演奏会で演奏する曲に、シューマンの「謝肉祭」op.9があるのが嬉しい。大好きな作品です。
[PR]
by halca-kaukana057 | 2014-09-29 21:46 | 本・読書
 夏になると、フランスもののピアノ曲が聴きたくなります。ということで、ガブリエル・フォーレ作品を聴こうシリーズ、第3回は「ドリー組曲」op.56

 子どもの頃、ピアノを習っていた時、先生と連弾することが時々ありました。連弾だと、いつもは自分ひとりだけの演奏が音が厚く豪華になって聴こえ、またひとりでプリモ(生徒はメロディーメインの簡単なプリモをやる)を練習、レッスンで演奏した後、先生のセコンド(大体伴奏)もつけると音がこんなに変わるんだ!という発見。更に誰かと一緒に演奏する楽しさもあり、好きでした。連弾曲は大体楽しく軽快な曲が多かったので、そんな楽しさもあります。

 ピアノ連弾というと、そんな子どもの時のピアノレッスンのイメージが強く、プロのピアニストが弾くものとは思っていなかった。ところが、この「ドリー組曲」は連弾曲。2台ピアノではなく連弾。連弾にこんな作品があるんだ…と思いながら聴いています。

 フォーレが親しくしていた銀行家の娘(のちにドビュッシーの妻になる)のお嬢さんの誕生日お祝いに毎年1曲ずつ作曲され、タイトルも小さな女の子を思わせるような可愛いタイトルがついている。曲そのものも愛らしい。第1曲「子守歌」を聴いて、あれ?と思った。聴いたことがある。ああ、NHK・Eテレのアイキャッチのあの曲か!「Eテレ」とコールされる数秒のアイキャッチ。何種類がありますが、この「子守歌」の冒頭が使われています。この曲だったのか。

 全6曲、どの曲も軽快で愛らしい。第3曲「ドリーの庭」、第5曲「やさしさ」の穏やかさ、優雅さ。フォーレの他のピアノ作品…後に書くかもしれませんが、夜想曲集などに通じるものがある。第6曲「スペイン風の踊り」の音の重なり、厚み、和音の響きとスピード感がとても気に入っています。これは連弾だからこそできる響き。ちなみに、アルフレッド・コルトーはピアノソロに編曲し、更に、管弦楽版もあるらしい。
Gabriel Fauré - Dolly Suite

 オーケストラ版もまたきれいだなぁ。

【過去記事】
・第1回:フォーレを聴こう その1「シシリエンヌ」
・第2回:フォーレを聴こう その2「ラシーヌ雅歌」
[PR]
by halca-kaukana057 | 2014-07-28 22:26 | 音楽
 1年以上も前に本屋で見つけ、無性に気になり、物凄く惹かれたので購入。その後、何度も何度も読み返している本。いい加減感想書こう…と何度も思ったのに感想を書けずにいる本。


静けさの中から ピアニストの四季
スーザン・トムス:著/小川典子:訳/春秋社/2012

 著者はイギリス人のピアニスト。ピアノソロ演奏の他、「フロレスタン・トリオ」というピアノ三重奏団を組んでの演奏活動もしている。演奏会などで各地を旅し、その旅先で出会ったものや人々、演奏会でのこと、子どもの頃ピアノとどう向き合っていたか、演奏する作曲家について、聴いた他の演奏会のこと、家族のこと、ふと見たもの聞いたこと考えたこと…トムスさんの「音楽家の日常」に触れられる本です。

 サブタイトルに「ピアニストの四季」とあるのですが、12ヶ月間に分けて、日記のようなエッセイになっています。読んで思ったのが、トムスさんの目の付け所がとても鋭い。しかもそれを読み手にまっすぐ届くような言葉で表現している。素直で、飾らない。時にユーモアも交えて。同じくピアニストである小川典子さんの訳もすばらしいのだろう。音楽のことも、音楽に関係ないことも、「音楽家」の視点だったり、一般人とあまり変わらないような視点で語られる。ピアノや楽譜、音楽に向き合うのは、楽しいけれど、サボりたいと思うこともある…プロの演奏家でも練習が嫌いなこともあるのか、とちょっと身近に感じてしまうことも。それでも、「芸術」を希求する心が表現する文章の強さに、何度も何度も読み返してしまっています。

 もうひとつ、読んでいて思ったのは、「音楽家」といっても、「芸術家」と「優等生」に分かれるのかな、ということ。楽譜の通り、間違いなく演奏している生徒の話が出てくるのだが、それだと「優等生」になる。音楽だけじゃない、この本ではスポーツやバレエなどについても語られているが、ただより速く、より高く、より遠く、正確にやって勝てることもあるけれど、「芸術家」はそれだけではない。身体の一連の動きや演技の流れが自然で、かつ高度。難易度の高い技をやっても、無理をしていると感じさせない。技巧の他に何かがある。それを、私達は「芸術性」と呼び、スポーツでも芸術的な面、表現力が評価の対象、得点に関わるものもある。音楽は芸術のひとつだが、私はこれまで、音楽が「芸術」であることを忘れていたかもしれない…と読んでいて冷や汗をかきました。「芸術」とは何か。表現力とは何か。技巧・テクニックだけがよくても、表現力がなければ…と思っていたけれども、その表現力って何?しかも、音楽・演奏は、その時その場限りのもの。二度と同じ演奏は出来ないし、録音してもその時の演奏をそのまま再生できるわけではない。一瞬の一音一音にこめるものの大きさを実感し、その中で何をどう表現するのか。今も考えています。

 「優等生」は、ひたすら練習、努力する。「芸術家」も人の何倍も練習、努力しているけれども、他の人には真似できない繊細な動きや、楽譜からより多くのことを読み取って演奏で表現する。それは才能だけなのか。どんなに小さい頃から音楽の勉強をしても、プロの音楽家になれるのは一握り。さらに、第一線で活躍するとなれば、一つまみぐらいのものだろう。音楽をやる=プロになる、ではない。技巧がおぼつかないアマチュアの演奏でも、心惹かれる時もある。「優等生」と「芸術家」。音楽を少しかじっている者としても、この違いは、何なのだろう…考えてしまっています。

 という私の悶々とした問答はさておき、本当に面白い本です。トムスさんが接した演奏会の聴衆の不思議な、奇妙な言動も笑えるけれども、自分はさてどうだろうか…と自らを省みる。世の中に音楽はあふれている。その音楽の中から、音楽を通して、トムスさんは様々な発見や問いかけをしてくる。何度読んでも面白いです。

 と、読んだのはいいが、トムスさんは一体どんなピアニストなのだろうか。演奏を聴いたことが無い。この本を読むまで、トムスさんのことも存じ上げませんでした。聴いてみよう。
[PR]
by halca-kaukana057 | 2014-05-29 22:32 | 本・読書
 久々にピアノカテゴリ。と言っても、練習記録ではありません…(かなしいことに)
 twitter経由で、興味深いツイートを読みました。

Togetter:モビゾウさんの基礎についての一連のツイート
 娘さんのピアノレッスンで、基礎を学ぶ大切さについて書かれています。特に印象に残った部分を引用します。

 最初はあまりにリジッドに理論勉強をするので、もう少ししたら辞めさせようかなあと思っていたのだけれど、なるほど、基礎理論の勉強というのをしないと、ピアノはいつか必ず行き詰まるということが分かった。そして、私が弾けなくなった時点で娘のピアノも頭打ちである。
 ・モビゾウさん(2013年5月14日 10:19

 勉強も、研究も、音楽も、全て基礎。基礎理論だ。話はそれから。毒にも薬にもならない「基礎部分」というのは本当に面白くない。その面白くない部分をいかに楽しく教えるか。ここが先生の力量なのだとやっとわかった。
2013年5月14日 10:22

 英語もピアノも同じ。つまらない基礎の部分を、いろいろな工夫をしながらひたすら繰り返し、定着させていく。その定着が済んだときに突然飛躍した難易度のものを渡されても、解ける自分に驚く。あとはどんどん自分で創り上げるだけだ。創造はそこから始まる。
 2013年5月14日 10:24


 まさしくそうだなと感じました。基礎練習…例えばハノンで指・手・腕…身体全体の動きを確かめながら練習し、曲の練習でも片手ずつ楽譜に書いてある指示を理解してその通りに何度も弾いてみる。楽譜に書いてあることを理解してその通りに弾いてみる…これは結構難しい。「書いてある通り」と言っても、解釈で異なってくる。
 それから、よくあるのが音符の読み間違い。音そのものを読み間違えることも私はよくあるのですが(悪い例です)、音の長さ・付点も大事。この辺も、おろそかにしていなかったか自分よ…(完全に悪い例)

 基礎練習・理論の勉強は大事だと、今痛感しています。ピアノに最近触っていません…。全く触っていません…。弾きたいと思う時があるけど、この先どう練習したらいいか分からないと壁にぶつかって、そのまま壁の下に座り込んでいる状態です。「弾けない」自分に向き合うのも不安、怖い。ここから先にどう進んだらいいかわからない…これはずっと悩んでいる。

 悩んで、基礎練習や理論の勉強は自分でコツコツ積み重ねるものだけど、自分だけでは出来ない。やり方や方向を教えてくれるプロの存在が必要なんだとようやくわかった。ここから先に進むのは、自分ひとりではできないことだと、少し前から感じ、教えを請おうを考えているところです。

 こう書くと、もう決まってしまったようになりますが…、まだ動き出していません。教えを請うこと=ピアノを本格的に再開するということ。そこまでして再開したいのか…という迷いもあります。別にピアノ弾けなくてもいいじゃない?とささやく自分がいます…。でも、CDを聴いたり楽譜を読んだり、以前のピアノ練習記録・演奏録音を聴いていると、もう一度ピアノを演奏するという形でも音楽を楽しみたい、自分で演奏して音楽に触れたいと思います。途中でやめたままにしておきたくない。以前「演奏したい」と思った数々の作品を演奏したいか、と問われれば、「演奏できるようになりたい」と思います。

 具体的な曲を挙げれば、シベリウスの「樅の木」(「5つの小品(樹の組曲)」op.75-5)はやはり演奏したい。憧れの曲です。シューマンの「美しい5月よ、お前はもうすぐやってくる」(ユーゲントアルバムop.68-13)や以前練習していた「春の歌」op.68-15、「思い出」op.68-28といった「ユーゲントアルバム」に収められている作品も弾きたい。J.S.バッハにモーツァルトやベートーヴェン。シューベルトやブラームス、グリーグでも弾きたい曲は沢山ある。ちょっと苦手意識のあるショパンも、これはいいなと思う曲が少しずつですが出会えました。近現代なら、バルトークやヤナーチェクなどなど。現代邦人作品なら、吉松隆も好きだ。
(詳しくは「ピアノ・弾きたい曲」リストを。下にリンクを貼っておきます)

 こんなに好きだ、演奏してみたいと思う作品は沢山あるのに、手を伸ばそうとしない自分は一体何なのだ。憧れているだけか?それだけか?それだけでいいのか?

 その前に、基礎練習、理論の勉強という長い途があるけれど、それは苦だけじゃないと以前弾いていて分かっている。今は忘れている、失っている。先に進むための心の準備が出来れば、動きます。
 …もっと思い切って「やります!」とはっきり言えたらなぁ…弱気な自分どうにかしたい。

タグ:ピアノ・弾きたい曲
 過去の「弾きたい曲リスト」があります。
[PR]
by halca-kaukana057 | 2013-05-14 22:36 | 奏でること・うたうこと

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31