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音楽で伝えられること

 声楽を始めてから、毎年教室の発表会に出演しています。発表会は声楽だけでなく、音楽教室の他のコース、ピアノやヴァイオリンなどと一緒に行うので、普段は聴けない他の楽器の演奏を聴くのも楽しみです。また、ジャンルもクラシックに限らず、ポップスや映画音楽など幅広いのも楽しみです。年齢層も広いので、音楽はいくつになってもできるんだなと実感します。

 私は今まではイタリア歌曲を歌っていたのですが、今年は初めてドイツリートを歌いました。歌曲王シューベルト。声楽を始めて、初めてイタリア歌曲に触れた時、苦しい恋の歌が多い…とか、歌詞は暗いのに曲は明るく軽快とか、普段は北の方の音楽を聴いているから、南国の音楽は私にはまぶしい…と思ったものです。でも今はイタリア歌曲の雰囲気は好きです。情熱的なところも慣れました。今年、北上してドイツの音楽に自分で歌う形で接しました。歌詞の奥深さ、詩の世界を引き出す音楽の深さ。詩も音楽も歌も全てひっくるめて、歌曲は総合芸術なんだと実感しました。

 ドイツ語の発音が難しくて、練習では苦戦しました。レッスン前の予習で、辞書を引いてGoogle翻訳などで発音をチェックしていっても、歌う発音はそれとは異なる。発音と発声を両立させるのが難しかった。発音をがんばろうとすると声楽的な発声がおろそかになってしまう。発声をがんばると発音がカタカナドイツ語になってしまう。発表会本番はどちらも完璧…とは言えません。発声、歌もゴールはないと思っていますし、ドイツ語もイタリア語も発音はずっと続けていかないと習得できないだろうと思っています。

  後で録音を聴くと、反省するところばかりです。いくらでもできます。練習で注意したところが全然表現できてない。もっと深く響く声が出たらなぁ…。もっと安定した発声ができたらなぁ…。いわゆる減点法ではなく加点法で振り返りたいのですが、どこが加点になるのかわからない…。

 その発表会での話。私の出番の前の人はピアノで、ある曲を演奏しました。私がとても好きな作品です。舞台袖で聴いていましたが、とても素敵な演奏でした。その曲の世界、情景を引き出していました。魅了されながら、励まされていました。私もずっと練習してきたこの曲の詩の世界や想いを歌で伝えたい。声楽には歌詞はあります。しかし外国語。今まで歌ってきたイタリア歌曲は、声楽をやったことがある、もしくは声楽作品に詳しい人でなければ多分わからないと思う。今回もシューベルトとは言えマイナーな作品です。外国語で詩の内容がそのまま伝わらなくても、この曲に込められた想いを表現したい。ピアノを演奏していた人は、その曲に私と全く同じ想いを抱いていたかどうかはわかりません。でも、その曲の世界は伝わってきました。こんなことができる音楽っていいなぁ。そう思いながら、私も歌いました。

 音楽で伝えられること。音楽で感じられること。言葉とは違う表現があって、でも込められたものは伝えられる。音楽を続けている理由かも知れません。単純に歌うことや、音楽そのものが好きというのもあります。
 技術と表現を磨いて、これからもそんなことを考えながら歌っていきたいと思います。
by halca-kaukana057 | 2019-11-07 23:30 | 奏でること・うたうこと

ふたりのスカルラッティ

 フィンランドYLEの、フィンランド放送響の演奏会のオンデマンド配信を聴きました。
YLE Areena Audio : Konsertteja : RSO:n konsertissa kotimainen kantaesitys ja Griegin pianokonsertto
 (YLEのラジオのオンデマンドのページのデザインが大きく変わっていました。昨日までは古いデザイン、今日アクセスしたら新しいデザインだった。配信期間は「あと何日」の表示がなくなったのが不便。)

 9月27日の演奏会、曲目は、
 ・イルッカ・ハンモ Ilkka Hammo:On the Horizon(世界初演)
 ・グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 op.16
 ・ニールセン:交響曲第5番 op.50
  / エフゲニー・スドビン Yevgeny Sudbin (ピアノ)、ハンヌ・リントゥ:指揮、フィンランド放送交響楽団

 スドビンさんは以前から気になっているピアニスト。音がくっきりと鮮やか、第1楽章の静かなところや第2楽章でもやさしいけれども優雅。大好きなニールセン5番もよかった。聴き所のスネアもまさに機関銃のような切れのある音だったし、それぞれの楽器が入り交じる不安な和音、その不安が吹き飛んだような弦の表現を楽しめた。
 おや?と思ったのがスドビンさんのアンコール(52分ごろから)。ちなみに、私はソリストアンコールに惹かれることがよくある。しかも、海外ネットラジオだとサイトにはアンコール曲の記述がないことが多い。あまり知らない作曲家、聴いたことがない作品をどうやって探して見つけるか。見つけた時は本当に嬉しい。今回のアンコールだが、バッハ?いや、バッハじゃない。誰の何という作品だろう…調べてみたら、ドメニコ・スカルラッティのソナタ ロ短調 K.197だった。先日来日した時もこの曲がアンコールだったらしい。哀愁たっぷりのしっとりとした、やさしい音のアンダンテ。スドビンさんはドメニコ・スカルラッティのアルバムを2枚出していて、その第2集に入っています。以前からドメニコ・スカルラッティの鍵盤作品は好きだった。シンプルな、ストレートな音づかいが好きだ。
 しかし曲が多すぎて覚えられない…。もっと聴いてみたい。

 スカルラッティという作曲家、と聞くと、鍵盤の人はドメニコ、声楽の人はアレッサンドロと答えると思う(と書いたがアレッサンドロの鍵盤作品は「プレ・インベンション」に収録されている)。私はドメニコを先に覚えて、その後声楽を始めて、「イタリア歌曲集 1」の中にアレッサンドロ・スカルラッティの名前を見つけて、ここにもスカルラッティ?と思った。アレッサンドロはドメニコの父、2人は親子だったのだ。

 「イタリア歌曲集」を歌っていくと、アレッサンドロの作品に惹かれる。「Sento nel core(私は心に感じる)」「O cessate di piagarmi(私を傷つけるのをやめるか)」、そして「Se tu della mia morte(貴女が私の死の栄光を)」といった短調の曲に惹かれる(ただ単に短調好きだからだろうか)。「Se tu della mia morte」は特に好きだ。途中、曲調が変わるところがある。その辺りの語るような歌い方が好きだ。第2集以降でアレッサンドロの作品を歌ったことはまだないが、「Consolati e spera!(気を取り直して希望を抱け)」はオペラのシーンがイメージできるような歌い口調。第3集の「Toglietemi la vita ancor(私の命も奪ってください)」は短い曲だけれどもドラマティック。「Caldo sangue(熱い血潮よ)」も荘厳さを感じる短調。

 ドメニコの作品も、どちらかというと短調の方が好きだ。親子に通じるものがあるのかもしれない。
by halca-kaukana057 | 2019-10-15 22:37 | 音楽

蜜蜂と遠雷

 話題の本です。約1年前に単行本で読んでいました。が、その時は感想を書けず。文庫化され、ゆっくりと再読しました。


蜜蜂と遠雷
恩田 陸/幻冬舎/2016
(文庫版は上下巻、幻冬舎文庫、2019)


 3年に一度開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。その世界各地で行われているオーディションのうち、パリ会場でのオーディションで、審査員やスタッフを混乱に陥れたコンテスタントがいた。風間塵という16歳の日本人。書類に目立った経歴はないが、少し前に亡くなった巨匠ピアニスト、ユウジ・フォン=ホフマンに師事し、推薦状まで添えられていた。その推薦状に書いてある内容に、驚き愕然とする審査員達。そして芳ヶ江でのコンクール。ピアニストを目指す若者たちが様々な想いを抱え、演奏に臨もうとしていた…。

 直木賞と本屋大賞を受賞した話題作なので、あらすじを書くまでもないと思ったのですが…あらすじをまとめにくい。単行本で初めて読んだ時は、面白くて1日で読んでしまった。単行本は分厚く、しかも1ページに2段ある。それでも、どんどん読んで、読めば読むほどこの本に夢中になった。読み終えて、しばらく呆然としていた。

 だが、この本を読むのには少し抵抗があった。私はコンクールには苦手意識がある。演奏家の経歴を見て、「○○コンクールで優勝」とあっても、それが華々しいものであればあるほど敬遠したくなる(天邪鬼)。音楽を学び、演奏家を目指す人々の演奏の個性はそれぞれ違う。得意分野も違う。何をもって、順位をつけるのか。それがずっと疑問だった。第一コンクールで優勝しても、その後の経歴がパッとしない演奏家も少なくない。コンクールで優勝・入賞したことがきっかけとなり、その後の演奏活動でスターやアイドルのような扱いをされている演奏家は敬遠したくなる(やっぱり天邪鬼)。よくも悪くも(私の場合は悪いことの方が多い)、先入観にとらわれてしまう。

 この物語は、4人のコンテスタントを主人公に、コンクールの審査員たちや師匠といった音楽関係者たちだけでなく、コンテスタントの友人や家族、コンクール会場のステージマネージャー、ピアノの調律師、無名の観客といった様々な人の視点で描かれている。音楽のプロから素人まで、考え方が様々。審査員の視点は面白いと思った。コンクールで大変なのは出場するコンテスタントであるけれども、全ての演奏を聴いて審査する審査員が一番大変なのだ。ずっと演奏を聴き続けて、飽きてしまうこともある。でも、何か光るコンテスタントの演奏は違うのだという。同じピアノなのに、鳴り方が全然違う。そのコンテスタントの演奏で空気が変わった、もっと聴いてみたい。そんなコンテスタントがどんどん予選を突破していく。コンクールに対する苦手意識を書き連ねてしまったが、やはりプロの耳は違うのだなと思う。とはいえ、コンクールで「受ける」、評価される演奏をする「戦略家」もいて…それも個性なのだろうか。

 4人のコンテスタントの演奏を「読んで」、実際に演奏が聴きたくなった。どんな演奏だろう。彼らの解釈や、楽曲に対する想いも興味深い。楽曲のアナリーゼの部分は面白かった。私と同じ解釈のものもあれば、「ちょっと違うと思う…」というものも(相手は音楽を専門に学んでいるのに、素人が何を言っているのかと思うが…聴くだけだとしても、勉強は怠りたくない)。

 コンテスタントもこの4人だけでなく、他のコンテスタントの演奏にも触れているのは好感を持った。1番君は思わず応援してしまった。12番はヒール役になってしまうのかと思いきや、いいところはちゃんと見ている。でも、足りないところがある。12番のような演奏家が生まれた原因となる、歴史や社会、音楽業界やマーケティングの背景について触れていたのについては、なるほどと思った。そう思うとかわいそうに思えてくる。審査員だけでなく、様々な人のそれぞれの立場から、演奏に関する感想が書かれている。私は普段、音楽を聴いてそれを表現する語彙力と想像力が足りないと感じている。感想を的確な言葉で表現できるようになりたいなと思うばかりだった。

 コンテスタントたちが演奏し、その音楽を聴いて、審査員たちや他のコンテスタントたちが影響を受けていく。コンサートでいい音楽を聴いて、高揚した気持ちで帰るあの時間。CDやラジオでいい演奏を聴いて、部屋でいいなぁ!これすごい!と感激しているあの時間。声楽作品なら、これを私も歌ってみたい!と(レベルのことも忘れて)純粋に思えるあの時間。そんな、心を動かす音楽に出会い、感激し、高揚した気持ちでいる時間を思い出した。プロも、これからプロになろうとしている人も同じなのだなと思う。

 この物語を読んで、考えているのが、「狭いところに閉じこめられている音楽を広いところに連れ出す」こと。どうしたらそれが出来るのだろうか。音楽は自然の中に、世界に満ち溢れている。それを人間は音楽として切り取った。音楽とは何かを問うている。巨匠ピアニスト、ユウジ・フォン=ホフマンの回想の言葉を引用します。

 聴きなさい、と先生は言った。
 世界は音楽に溢れている。
 聴きなさい、塵。耳を澄ませなさい。世界に溢れている音楽を聴ける者だけが、自らの音楽をも生み出せるのだから。
 (上巻、393ページ)

 確かに、曲の仕組みや当時の背景を知ることは重要だ。どんな音で演奏され、どんなふうに聞こえたか、知ることは大事だ。けれど、当時の響きが、作曲家が聴きたかった響きだったのかどうかは誰にも分からない。理想とする音で聴けたのかどうかも分からない。
 楽器の音色も、使いこまれたら変わる。時代が変わればまた変わる。演奏するほうの意識もかつてと同じではないだろう。
 音楽は、常に「現在」でなければならない。博物館に収められているものではなく、「現在」を共に「生きる」ものでなければ意味がないのだ。綺麗な化石を掘り出して満足しているだけでは、ただの標本だからだ。
 (中略)
 あの人もまた、あの人の音楽を生きているのだろう。
 (上巻、395~396ページ)
 この物語では、コンテスタントたちはクラシックだけでなく、他のジャンルの音楽にも親しみ、演奏をすることもある。でも、このコンクールはクラシック。クラシック音楽はどうしても「型」にはまったものと考えられてしまう。伝統があって、上品で、格式高く、とっつきにくい、自由奔放は許されない…。この物語はそれらを批判しているわけではない。私も、クラシック音楽にはクラシック音楽の「やり方」「型」があると思う。「独りよがり」とも違う。でも、クラシック演奏家が皆が皆同じ演奏をしているわけではない。どの楽譜を選ぶかに始まり、アナリーゼ、解釈、アプローチの仕方、個性などで変わってくる。そこが面白いところだと思う。もっと聴きたい、もっと演奏したい、演奏に磨きをかけたいと思うような。長い時間残っていて、多くの人が演奏し続けてきたからこそ、その面白さが感じられるのだと思う。
 「狭いところに閉じこめられている音楽を広いところに連れ出す」ことの答えは出ていない。それは演奏家しかできないことのなのか。いや、演奏ができなかったとしても、個々人の意識で出来ることなのだと思う。この物語で、「音楽の神様」という表現が出てくる。「音楽の神様」は、才能のある人を選んで、その人しか愛してくれないのだろうか。私は違うと思う。「音楽の神様」は誰にでも等しく微笑みかけている。それに気づき感じとれるか、柔軟な心で受け止められるか、磨き続けることができるかで変わってくるのだと思う。世界は音楽に溢れているのだから。
 とはいえ、この物語に出てくる音楽家(コンテスタントたちも審査員や師匠や友人たちも)は、恵まれた環境にいる。敏感な音感を持っていて、ピアノを演奏するのに適した体格をしている。個々の個性を伸ばす音楽教育を受けることが出来る(経済的にも)。周囲の理解がある。その辺りは、どうしたらいいものか。

 音楽は過酷なものだ。鼻歌を歌うような気軽さもあるけれども、追求しようと思えばどこまでも出来る。ゴールが見えない。ゴールしたと思っても、そこがまたどこか遠くへ繋がるスタートラインでもある。過酷で容赦ない、厳しいものであるけれども、美しい。楽しい。音楽っていいなと思える。私はどこまで行けるだろう。私の音楽とは何だろう。そんな、スタートになる物語だと思っています。
by halca-kaukana057 | 2019-05-04 23:03 | 本・読書
 このところ、ショスタコーヴィチをよく聴いています。海外ネットラジオでもショスタコーヴィチの交響曲があちらこちらでオンデマンド配信されていて聴いています。思えば、今年の正月にBSプレミアムで放送された玉木宏さんのショスタコーヴィチ「交響曲第7番」のドキュメンタリーが面白くて、とても辛くて、もっとショスタコーヴィチ作品を聴きたいと思った。元々ショスタコーヴィチの音楽は好きです。でも、まだまだ聴いていない作品もありますし、聴いたけどピンと来なかった作品もあります。

 その、以前薦められて聴いてみたのだが、よくわからなくてそのままCD棚にしまっておいたショスタコーヴィチのCDがありました。
「24の前奏曲とフーガ」op.87.

 ショスタコーヴィチというと、オーケストラがバンバン鳴るイメージがある。ソ連の体制の下で苦しみながら作曲し、体制に翻弄された。作品には体制への反抗と皮肉が込められている。。ショスタコーヴィチ独特の音の使い方を、私はショスタコ節と呼んでいるが、その音の使い方が好きだ。

 そんなショスタコーヴィチは、名ピアニストでもあった。ショパンコンクールに出場し入選した腕前で、ピアノ曲、ピアノ協奏曲も多く作曲した。そのショスタコーヴィチのピアノ曲の中でも最高傑作と呼ばれるのが、「24の前奏曲とフーガ」。作品34に、「24の前奏曲」という別の作品もある(op.87とは雰囲気は全く異なるらしい。こちらも聴きたい)

 最初聴いた時は、前述したショスタコーヴィチのイメージとは違っていて、これもショスタコ?と思ってしまった。この頃のショスタコーヴィチは、ジダーノフ批判で苦しい立場にあった。1950年7月、J.S.バッハの没後200年を記念した第1回国際バッハ・コンクールの審査員に選ばれたショスタコーヴィチ。このコンクールで優勝したソ連のピアニスト、タチアナ・ニコラーエワの演奏に深く感銘を受けたこと、また、この年にバッハの作品を多く聴いていた。それがきっかけでこの「24の前奏曲とフーガ」を作曲した。バッハの「平均律クラヴィーア曲集」と同じように全ての調性で作曲され、前奏曲とフーガがある。聴くと、確かにバッハの雰囲気。でも、近現代の音、響きがする。聴いていて、平均律や対位法の知識がもっとあればいいのに、もっと理解できたらいいのに…と思っていた。もっと楽しく聴けるはず。でも、音楽そのものを聴いていても面白い。

 第1番ハ長調のフーガは全て白鍵で演奏されるが、響きに近現代の音がする。どの曲も内省的で、静かで、物悲しい。タイトルのない純粋な音楽だけど、何かを物語っているような、詩のようなものを感じる。バッハの「平均律クラヴィーア曲集」は孤高のイメージ、音楽、ピアノの基本であり、原点であり、ゴールでもありスタートでもあると感じるのですが、ショスタコーヴィチは孤独。長調でも物悲しい雰囲気。

 全部で48曲あり、通して聴くと3時間ぐらいかかる大作です。私が特に好きなのは第7番イ長調のフーガ。とても美しい。きらきらとしていて、穏やか。心にじんわりと響くものもあります。第4番ホ短調もいい。第24番ニ短調のフーガは、最後を締めくくる荘厳な曲。でも、大げさではなく、内に込めたものをぽつぽつと控えめに出している感じがいい。

 持っているCDは、コンスタンティン・シチェルバコフ盤。あと、アレクサンドル・メルニコフ盤。タチアーナ・ニコラーエワ盤、ピーター・ドノホー盤も。

ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ Op. 87

コンスタンティン・シチェルバコフ(Konstantin Scherbakov)/Naxos




 あと、交響曲ですが、ネットラジオで聴いたのはこれ。
Sveriges Radio P2 : KONSERT: Korngold och Sjostakovitj med Elina Vähälä och Klaus Mäkelä
 クラウス・マケラ:指揮、スウェーデン放送交響楽団の交響曲第6番

WDR3 Radio : WDR 3 KONZERT - 05.04.2019 LIVE: WDR SINFONIEORCHESTER - SCHOSTAKOWITSCH
 ユッカ=ペッカ・サラステ:指揮、ケルンWDR交響楽団(ケルン放送交響楽団)の交響曲第11番

BBC Radio3 : Radio 3 in Concert : Dmitri Shostakovich - surviving Soviet Russia
 セミヨン・ビシュコフ:指揮、BBC交響楽団の交響曲第11番。ピアノ協奏曲第2番もあります(ピアノ:アレクセイ・ボロディン)。
by halca-kaukana057 | 2019-04-27 22:31 | 音楽
 今日はフィンランドでは「カレワラ」の日。ということで、「カレワラ」由来の音楽作品のことを書こうと思ったが何も用意していなかった。フィンランド国営放送・YLEのクラシック専門ラジオチャンネル「YLE KLASSINEN」では「カレワラ」を元にした作品の特集をしている時間があった。それを聴こうと思ったのだが、時間を間違え、既に終わっていた(YLE KLASSINENはオンデマンド配信がない)。仕方ないのでその後の放送を聴いていたのだが、気になった作品があった。
YLE : Radio : Yle Klassinen : Päiväklassinen. (2018.2.28)
Palmgren: Valoa ja varjoa (Juhani Lagerspetz, piano).

 セリム・パルムグレン(Selim Palmgren)は、フィンランドのピアニストで作曲家。シベリウスより13歳年下。ピアノ曲を数多く作曲しており、有名なのは、第3曲「とんぼ」、第4曲「5月の夜」を収めた組曲「春」op.27、第2曲「粉雪」を収めた「3つのピアノ小品」op.57、「星はまたたく」「夜の歌」「曙」からなる「3つの夜想的情景」op.72など。舘野泉さんが演奏したCDで日本では親しまれていると思う。同じく舘野さんが監修した楽譜も全音から出ている。
 詳しい経歴はこちらで:ピティナ:ピアノ曲事典:パルムグレン

 さて、上に挙げた曲名。「Valoa ja varjoa」は、フィンランド語で「光と影」。以前も聴いたことがありましたが、CDなどを探せずにいました。今度こそ。こういう時の検索は、大抵ナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)を使います。演奏者のユハニ・ラーゲルスペッツから検索してみたが、出てこない。NMLで「光と影」(Light and Shade)なるタイトルの曲を探してみるが、やっぱり出てこない。これは作品番号何番だ?色々検索してみて、出てきたのが、作品番号は51番であること。
wikipedia : Selim Palmgren
 op.51に「Light and Shade – 6 Piano Pieces ('Ljus och skugga')」とあります。こちらはスウェーデン語でもタイトルが書いてあります。これで探しやすくなった。CDは?見つからない。NMLでも、Spotifyでも出てこない。YouTubeに音源は?見つからない。見つかったのがこちら。
IMSLP : Light and Shade, Op.51 (Palmgren, Selim)
 楽譜です。楽曲の情報もあります。6曲の作品からなっていること。
1. Fosterlandshymn (Patriotic Hymn)
2. Finsk Ballad (Finnish Ballad)
3. Skymning (Twilight)
4. Serenata (Serenade)
5. Elegi (Elegy)
6. Valse Caprice
 放送時間から計算して、演奏時間は大体10分程度。確かに最後の第6曲は快活なワルツ調の曲でした。しかし、1回聴いただけでは思い出せない…。やはり音源が欲しい。が、CDもない…。他のピアニストは演奏していないのか。動画もない…。またこのYLE KLASSINENで放送されるのを待つしかないのか…。

 以上、ここまで調べられた覚書でした。誰か、CD録音しません?
by halca-kaukana057 | 2019-02-28 22:48 | 音楽
 年の初め(今月初め)に、正月に聴いた音楽についてこれから書いていこうと思うと書いたが、もう1月も終わりになってしまった。

 海外ネットラジオを聴いていて、偶然サティの「グノシエンヌ」を聴いた。今まで、サティの作品はそんなに聴いたことがない。「ジュトゥヴー(あなたがほしい)」「3つのジムノペティ」ぐらい…?

 「グノシエンヌ」(Gnossiennes)とは、ギリシア語の「知る」(Γνωρίστε:Gnoríste グノリステ)の語幹をもとにして作ったサティの造語。また、古代クレタ島にあった古都「グノーソス宮」や、神秘教会グノーシス派も語源になったと言われている。
 「3つのグノシエンヌ」の1番から3番、4番、5番、6番と続き、7番は「星たちの息子」として作曲され、その後「グノシエンヌ」7番となったが、現在は「梨の形をした3つの小品」の第1曲となっている。

 聴いて、不思議な音楽だなと思った。最初の第1番から第3番は暗い。重い。ゆったりとしていて、夜、小川が静かに流れているかのよう。もしくは、夜の湖のほとりの波打ち際。海だと激し過ぎるので、湖かなと思った。響きは東洋風。音の流れ、変化が不思議。第4番が一番好き。これも暗い。分散和音のアルペジオの低音が心地いい。第5番はようやく長調に。ころころとした高音のメロディーが美しく、ロマンティックでもある。第5番ではあるが、一番最初に作曲されたのがこの曲(1889年)。第1番から第3番は翌年1890年、4番は91年の作曲。この1年の間に、何が起こって暗い短調になったのだろう。5番を1番先に聴くのと、番号順に聴いてみるのとでは印象が変わるから面白い。第6番はより不思議な響きの曲。
 第7番(「星たちの息子」)では、それまでになかった激しい強い音も出てくる。装飾符のタターンという音は、第1番にも出てくる。どこか似ている。第1番を思い返しているのだろうか。作曲されたのは91年。

 「知る」というギリシア語が語源になっているというので、夜、静かに考え事をしたい時に聴きたい曲だと思った。思索の時間に合うと思う。

 聴いたのは、ジャン=イヴ・ティボーデ、小川典子、ブリュノ・フォンテーヌ、ニコラス・ホルヴァート、他。
by halca-kaukana057 | 2019-01-30 22:52 | 音楽
 今日は12月8日、シベリウスの誕生日。生誕153年です。なので、シベリウスの話を。

 以前、こんな記事を書きました。
アンスネスのシベリウス!?
 2015年、フィンランドやデンマークなどでのコンサートツアーで、アンスネスがシベリウスのピアノ作品を取り上げ演奏。そのオンデマンド配信を聴いた、という話。その後、来日公演でもシベリウス作品を取り上げ、2017年にシベリウスのアルバムが出ました。



悲しきワルツ シベリウス:ピアノ名曲集 (SIBELIUS)
レイフ・オヴェ・アンスネス(ピアノ)/ Sony Classical / 2017

 昨年買って聴いたのですが、音楽を聴いてもずっと感想を書けない状態で…1年後になりました。

 帯には「シベリウス没後60年」とあります。収録曲は以下。


 ・即興曲 第5番 ロ短調 op.5-5 (6つの即興曲 op.5より)
 ・即興曲 第6番 ホ長調 op.5-6 (6つの即興曲 作品5より)
 ・キュリッキ (3つの抒情的小品) op.41 第1曲 ラルガメンテ-アレグロ,第2曲 アンダンティーノ,第3曲 コモド-トランクイロ
 ・ロマンス 変ニ長調 op.24-9 (ピアノのための10の小品 op.24より)
 ・舟歌 op.24-10 (ピアノのための10の小品 op.24より)
 ・羊飼い op.58-4 (ピアノのための10の小品 op.8より)
 ・悲しきワルツ op.44-1 [ピアノ独奏版] (劇音楽「クオレマ」 op.44より)
 ・ソナチネ 第1番 嬰ヘ短調 op.67-1 第1楽章 アレグロ,第2楽章 ラルゴ,第3楽章 アレグロ・モデラート
 ・白樺 op.75-4 (ピアノのための5つの小品 (樹木の組曲) op.75より)
 ・樅の木 op.75-5 (ピアノのための5つの小品 (樹木の組曲) op.75より)
 ・ロンディーノ op.68-2 (ピアノのための2つのロンディーノ op.68より)
 ・エレジアーコ op.76-10 (ピアノのための13の小品 op.76より)
 ・ピアノのための6つのバガテル op.97より 第5曲 即興曲,第4曲 おどけた行進曲,第2曲 歌
 ・5つのスケッチ op.114 第1曲 風景,第2曲 冬の情景,第3曲 森の湖,第4曲 森の中の歌,第5曲 春の幻影

 2015年のツアーで演奏された作品も、来日公演で演奏された作品もあります。シベリウスは幼い頃からヴァイオリンを演奏し、ヴァイオリニストを目指していた。ピアノは、それほどうまくなかった(アイノ夫人はピアノが得意だった)。シベリウスのピアノ曲は、シベリウスが経済的理由のために作曲したものが多い。交響曲のスコアよりも、家庭で気軽に演奏できるピアノ曲の楽譜の方が売れる。それでも、というか、だからこそ、シベリウスの心の中が反映されているように思えます。勿論、交響曲や管弦楽曲からもシベリウスの作風は伺えるし、シベリウスはシンフォニストだと思う。ピアノ曲を聴いていても、シベリウスらしいオーケストレーションを感じられます。この部分はこの楽器だろうか、とか。一方で、交響曲や管弦楽曲に縛られずに、自由な実験をピアノ曲で試みていたようにも思えます。何より、シベリウスが愛した自然が描かれることも多く、個性豊か。シベリウスにとって身近な楽器はヴァイオリンであり、ピアノは身近な楽器ではなかったかもしれないが、そっと静かに聴きたい、もし弾けるなら弾きたい曲ばかり。

 CDのライナーノートに、アンスネスの言葉があるので引用します。
It inhabits a private world.
It is almost not for the public,
but something to play for friend, or even alone.
シベリウスの音楽は内面世界を映し出しています。
コンサートの聴衆ではなく、
友人のために、あるいは一人で弾くために書かれた音楽であるかのようです。
 同感です。

 アンスネスの選曲は、有名曲から、ちょっとマイナーな曲まで幅広い。有名曲、例えば作品75の「樹の組曲」が「白樺」と「樅の木」だけになってしまったのは寂しいと言えば寂しいが、他の作品が充実しているからいいか、と思える。最初に即興曲op.5から、第5曲だけでなく第6曲も入れてくれたのは嬉しかった。私が唯一弾けるシベリウスのピアノ曲、即興曲op.5-6(今は大分弾けなくなっているが…)。アンスネスならこう演奏するんだ、と思って聴いていました。繰り返しも忠実に(私は省略しました)。この曲を練習していた時に聴きたかったなぁ(今からでも遅くない?)。

 シベリウスのピアノ曲は色々と聴いてきましたが、このアルバムを聴いて好きになった曲も多い。作品97「ピアノのための6つのバガテル」第2曲:歌、第4曲:おどけた行進曲、第5曲:即興曲の3曲だけだが、シベリウスの様々な面が伺える。これまで聴いてきたアルバムに、作品97はあまり入っていなかったのもある。第2曲「歌」は他のCDにも入っていたが、改めて聴いてみるとのびのびと自然体で、きれいな曲だなと思う。
 作品114「5つのスケッチ」が全曲入っているのは、このアンスネス盤の強みだと思う。ツアーでも部分的に演奏してたこの作品。作曲は1929年。交響曲第6番や第7番、「タピオラ」よりも後。後期作品独特のシンプルさ、透明感を感じられる。タイトルは、冬の景色に関係している。後期作品からは冬や寒さ、冷たさ、暗闇をイメージするのだが、そのイメージのまま。第3曲「冬の湖」、第4曲「森の中の歌」の冷たさ、暗さ、透明感はとても好きです。最後、第5曲「春の幻影」で春の気配を感じられるのが、また抒情的。アンスネスの透明なタッチが、それをささやかに伝えてくれます。

 これまで好きだった「キュッリッキ」や「舟歌」op.24-10もいい。そして、「悲しきワルツ」のピアノソロ版。ピアノになると、こんなにお洒落な雰囲気も感じられるのかと思いました。シンフォニックではあるけれども、それを全部ピアノで表現しようとするのではなく、ピアノだからこそ出来る表現をしているように思います。

 シベリウスのピアノ曲は、もっと広まっていいと思うし、演奏機会も増えて欲しいと思っています(その割には日本で気軽に入手出来る楽譜はあまり出版されていない…)。アンスネスのシベリウスが聴けて、本当に嬉しい。感想はこれに尽きます。


・私が演奏した「即興曲」op.5-6の記事まとめはこちら:Satellite HALCA:シベリウス:即興曲op.5-6
by halca-kaukana057 | 2018-12-08 22:21 | 音楽

羊と鋼の森

 宮下奈都さんの作品を。1年ぶり?話題になったこの本が文庫化されたので読みました。


羊と鋼の森
宮下奈都 / 文藝春秋,文春文庫 / 2018(単行本は2015)

 北海道の田舎の山で生まれ育った外村は、高校生、17歳の時、たまたま担任から来客を体育館に案内するように頼まれる。やって来た来客はピアノの調律師の板鳥宗一郎。外村は初めてピアノの調律を見て、調律に魅せられる。板鳥に弟子にしてほしいと頼むと、調律師の学校を紹介され、勉強し、卒業後、板鳥が働く楽器店に新人調律師として採用された。毎日、店のピアノを調律し、練習を重ねる。先輩の柳について、主に一般家庭のピアノの調律について回り、学ぶ。一方、秋野は違うスタイルで調律をしている。時々、板鳥にアドバイスを貰う。どんな調律が求められるのか、理想の調律は何か、外村は毎日ピアノと向き合う。


 以前読んだ「メロディ・フェア」と同じく、お仕事小説ではありますが、雰囲気は全く違います。今回はピアノの調律師。主人公の外村は、板鳥の調律に出会うまで、ピアノを弾いたこともよく聴いたことも無く、調律に接するのは勿論初めて。板鳥の調律に偶然立ち合ったことで、いわば運命的な出会いをする。

 ピアノは家にあるので、大人になってからの調律の際にはいつも立ち会っています。トーン、トーンと音を出しながら、調律をしていくのを見ているのは好きです。調律の際の、静けさも好きです。まさに、その調律中の静けさが漂う本です。以前はこのブログのピアノのカテゴリに書いてあるぐらいピアノを弾いていましたが、今はピアノを弾かなくなった。諦めてしまった。これ以上、どうやって進んだらいいかわからない。弾きたい曲はあるけれど、どうやったらたどり着けるのかわからない。そのままピアノから離れてしまいました。今は声楽の練習で、音を取る程度。なので、家のピアノには申し訳ないと思っている。この本を読み進めるのは辛かった。外村も、他の登場人物も、ピアノが好きで、ピアノと向き合っている。もうピアノには熱心になれない(かもしれない)自分には、辛い作品でした。
 そして、ピアノにあまり熱心ではなかった子どもの頃の自分が、外から見ればどう思われていたのだろうと思って辛くなった。外村がもうひとりの先輩調律師・秋野に付いてある家庭のピアノの調律に行った時のこと。ピアノにはバイエルの楽譜が置かれているが、秋野は椅子の高さからその子がもう高学年であることを悟る。高学年にもなってバイエルレベル…ピアノにあまり熱心でない、という。私がまさにそんな子どもだった。ピアノは好きだったけど、練習はあまり好きでは無い。練習してもうまくいかない。自分に合った練習方法、ピアノとの向き合い方がわからなかったのだと思う。小学校低学年からピアノを始めたのに、上達せず、小学校高学年、中学校になってもバイエルレベル。ピアノ教室の先生や、調律師さんにどう思われていたんだろうな…と辛くなった。

 その調律師さんが何をしていたのか。この本を読んで、そういうことをしていたのかとわかりました。調律の過程の描写がかなり詳しく書かれています。何のためにこんなことするのか、どう調律するのか。ピアノの部品についても。タイトルの意味がわかります。以前もどこかで書いた記憶があるのだが、ピアノは他の楽器と違って、弾く人が自分で調律できない。調律師が調律する。基本的に持ち運ぶ楽器ではないので、その場所にあるピアノを、どんな音にしたいか、調律師に伝えて調律してもらう。ピアノは特殊な楽器だなと思う。

 この作品では、ピアノを「森」と表現するが、音楽が「森」のような深いものだと思う。調律に「正解」はない。調律の際に基準音となるラ(A)の周波数は440Hzと言われているけれども、その演奏者や演奏する作品によって微妙に上下する、いや、微妙どころではなくなってきているそうだ。また、外村と柳のピアノの調律とうまいレストランの例えの話にもあったように、客と調律師でピアノの音に対して考えが違うこともある。
 以前、今もまだ続いているが、聴いた音楽の感想が出てこなくなった時期があった。感想を出すのが怖いのだ。外村が調律がうまくならなかったらどうしよう、怖いと思ったように。この演奏は、「いい演奏」か「悪い演奏」か、叩き切るように判断できなければならないと思って、それがわからず、感想を言うのが怖くなった。感想が他の人…ズバッと感想を出している、しかも説得力のある感想を出している人と違えば、自分は間違っていると思えてしまう。その作品を初めて聴く、聴いたことがなくて、判断できないこともある。いい曲だとは思ったけど、感想は…?「いい」「よかった」、でいいの?それだけだと足りない、弱いのではないか。判断基準が自分ではなく、他の人になってしまい、音楽は聴いても、その感想を出すことはなかった。そもそも自分に判断する権利はあるのか。音楽経験も少なく、叩き切るような感想を出せるような説得力も知識も読解力もない。音楽を聴くのが辛かった時期を思い出した。
 このことに関しては、別記事で書こうかなと思います。収拾がつかない。
 「正解」がない、と言われると、困ってしまう。でも、判断基準は自分にある。こんな音が理想だ、こんな音がいい。この人にはこんな音がいいのではないか。そんなお客の要望に応えて、調律する外村や柳、秋野、そして板鳥の一生懸命な姿に励まされる。

 この作品では、「諦めること」「あきらめないこと」の2つに分けられることが出てくる。田舎の山で育った外村は、環境の上で諦めなければならないことも多かった。でも、調律師になり、ピアノと調律は諦めたくないと思った。板鳥にも諦めないことが大事とアドバイスされた。外村の先輩調律師の秋野は、ピアニストを目指していたが、諦めて調律師になった。柳が担当する高校生の双子、和音と由仁に起こったある出来事と、そこから諦めること、諦めないことが生まれる。
 諦めることで、新しい何かが始まることもある。諦めることで、可能性を閉ざしてしまうこともある。諦めないことで、進めなくなった道とは違う、別の道を見出すこともできる。諦めることと諦めないことが紙一重になっている。

 外村は、時々調律をキャンセルされる。理由は様々だ。キャンセルされると落ち込むが、それでも調律することをやめない。外村の静かな生真面目さがいい。外村だけでなく、この作品に出てくる人々は皆、生真面目だ。それぞれのやり方で、ピアノと向き合っている。
 外村のまだ未熟な調律の結果を、ただ失敗と言わず、こんな音にしたかったんだよね、このやり方は好きだ、と認めてくれる双子の和音と由仁。いい耳を持っているだけでなく、ピアノに真剣に向き合っているから、その外村の音がわかるんだろうな、と思う。外村に影響を及ぼし、外村から影響を受ける2人。この双子の存在もいいです。2人ともいい子です。

 外村がピアノ作品にはあまり詳しくないという設定なので、ピアノ作品について詳しいことはあまり出てこなかったのはちょっと物足りなかった。あくまで調律が主役なのだな、と。なので、作中のピアノリサイタルの箇所や、最後の部分の印象が弱く感じた。ちょっと淡々とし過ぎているなぁ…とも。でも、この静かな雰囲気は好きです。


 この本を読む前、宮下さんの別の本を読んでいたのだが、共感できない部分があって、感想を書けずにいた。その後、この作品を読んだら、とても関連があることがわかった。なので、その本についても感想を後日書きます。
 この本です。

神さまたちの遊ぶ庭 (光文社文庫)

宮下 奈都/光文社



by halca-kaukana057 | 2018-05-03 23:23 | 本・読書
 5月の連休恒例、3~5日に東京で開催されていた『ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭』。その開催に合わせて、クラシック音楽配信サービス・ナクソス・ミュージック・ライブラリーを期間限定で無料公開するイベントが開催されていました。その時、聴いてみて気に入ったのがこの曲。

ペッテション=ベリエル:組曲「フレースエーの花々」
小川典子/BIS








ニクラス・シーヴェレフ/NAXOS


 スウェーデンの作曲家、ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル(Wilhelm Peterson-Berger)。1867年生まれ。フィンランドのシベリウス、デンマークのニールセン、同じスウェーデンのステーンハンマルと同年代の作曲家です。名前は聞いたことはあったけど、曲を聴いたことがなかった。5曲の交響曲や歌曲などを残していますが、有名なのがこのピアノ曲集「フレースエーの花々」なのだそうだ。

 フレースエー(Frösö)は、スウェーデン中部の山岳地イェムトランド(Jamtland)のストゥーシェン(Storsjon)湖に浮かぶ島の名前。ペッテション=ベリエルはイェムトランドに魅せられ、フレースエー島に別荘を建て住むようになった。

 「花々」とタイトルにあるけれども、それぞれのタイトルに花の名前があるのは少ない。フレースエー島の景色を彷彿させるようなものが多い。曲はどれも愛らしくて美しい小曲。フレースエーでの情景そのものが、花々のように色とりどりで愛らしいという意味なのだろうか。ウィキペディアにある通り、グリーグの「抒情小曲集」の雰囲気。シベリウスのピアノ曲のような愛らしさにも似ている。でも、ペッテション=ベリエルは全体的に明るめで朗らか、おおらかに感じました。「花々」の明るめだけれども派手とは違うやさしい色鮮やかさ。

 第1巻第2曲「夏の歌」は北欧の爽やかな夏をイメージします。心地よい風が吹いてくるよう。第3曲「ローンテニス(Lawn Tennis)」何のことだろう?と思って調べてみたら、テニスのこと。試合ではなく、ゆったりとラリーを楽しんでいるのだろうか。第2巻第3曲「森の奥深く」は薄暗い森の中を歩いているよう。中盤で曲調ががらりと変わって、愛らしい雰囲気になるのはグリーグやシベリウスとは違う点だなと思う。スウェーデンの森とフィンランドの森、隣同士だけど違うのだなと感じます。
 第3集第7曲、曲集の最後のタイトルは「何年も過ぎ」。フレースエーでの年月をいとおしむよう。感慨深い締めです。

 ピアノ曲ですが、抜粋で管弦楽編曲もあります。

スウェーデン管弦楽名曲集

オッコ・カム:指揮、ヘルシンボリ交響楽団/ Naxos


 オッコ・カムがスウェーデンのヘルシンボリ響を指揮しているスウェーデン管弦楽曲集です。
 第3巻第2曲「夏の隠れ家に入居して」、第1巻第2曲「夏の歌」、第5曲「お祝い」、第6曲「フレースエーの教会で」の4曲を収録しています。オーケストラで演奏されると、また情景が鮮やかに浮かぶようです。

 ペッテション=ベリエルの他の作品、交響曲なども聴いてみたくなりました。北欧クラシックは探せば色々な作曲家や作品が出てきて興味深いです。

第1巻


 体調もよくなってきたので、止まってしまっているシベリウス:クレルヴォ交響曲シリーズをまた再開したいです。体調がよくない時に「クレルヴォ~」は重い、ヘヴィーです…。
by halca-kaukana057 | 2016-05-17 22:12 | 音楽
 Proms、並びにシベリウス音楽祭で海外ネットラジオ(動画)オンデマンドの豊かさに圧倒され、以来、あちらこちらの海外の放送局のオンデマンドサイトで聴きまくっています。日本の自宅にいながら、海外のコンサートのライヴ音源を気軽に聴けるようになったとは、いい時代になりましたね…(結構昔からあったのですが、ネット環境が整っておらず、また時差もあるためなかなか手が出せなかった。オンデマンドならいつでも聴ける。ありがたい)

 主にイギリスBBCや、フィンランドYLE(ここは動画もある)、スウェーデンP2、デンマークDRP2などを聴いています。英語はまだいいのですが、フィンランド語やスウェーデン語、デンマーク語…フィンランド語は何とか。特にデンマーク語はどう発音したらいいのか分からない表記ですが、翻訳サイトを使って何とか解読しています。フィンランド語は読めるようになりたいなぁ…それ以前に英語ももっと読めるようになりたい…!

 その中で見つけたこれ。フィンランドYLEでラジオ放送され、オンデマンドで聴けるようになっています。
YLE:Areena Radio:Konsertteja Leif Ove Andsnes konsertoi Kansallisoopperan päänäyttämöllä

シベリウス:
 キュッリッキop.41
 5つの小品(樹の組曲)op.75より 第4曲:白樺、第5曲:樅の木
 5つのスケッチop.114より 第3曲:森の湖、第4曲:森の歌、第5曲春の幻
 
 ピアノ:レイフ・オヴェ・アンスネス

 2015年10月25日 フィンランド国立歌劇場(エスポー国際ピアノフェスティバル2015)

◇公式サイト:Pianoespoo:Leif Ove Andsnes at the National Opera
◇コペンハーゲンでも同プログラム。こちらでも聴けます:DR P2:P2 Koncerten: Leif Ove Andsnes i København
◇アンスネス公式サイトでのコメント:Leif Ove Andsnes explains the new solo recital program
 ※この後にもプログラムは続いていますが、割愛します

 アンスネスがシベリウスを演奏ですと!!?
 1曲目は3つの楽章からなる「キュッリッキ」。「カレワラ」の物語のひとつ、レンミンカイネンがサーリの美女・キュッリッキに求婚するも失敗。強引に連れ帰って妻にする(レンミンカイネンらしい…w)キュッリッキはレンミンカイネンと妻になる条件を交わすも、キュッリッキの方が破ってしまう、というお話。グレン・グールドも録音していた作品です。
 その次は、ご存知「樹の組曲」op.75から、白樺と樅の木。説明は多分要らないと思います。アンスネスの「樅の木」が聴けるなんて…。ずっとアンスネスに演奏して欲しいなぁと思っていました!
 その次が、シベリウス後期のピアノ曲集「5つのスケッチ」から3曲。交響曲第6番がop.104、7番がop.105.「タピオラ」がop.112.その後の作品なので、後期も後期です。ピアノ曲も、交響曲・管弦楽曲と同じように、静かに、暗く、独特の響きをしています。でも、管弦楽とはちょっと違うピアノの響きがうまく出ている作品です。全音ピアノピースで楽譜が出ています(なぜか持ってます)。

 同じ北欧出身として、通じるものがあるのかなぁ。ノルウェーとフィンランド、違いはありますが…。これまで、アンスネスがシベリウス作品を演奏したのは、アルバム「HORIZONS」に収録された「13の小品」より「エチュード」op.76-2のみ。子どもの頃から演奏していた作品だそうです。この演奏もとても好きです。

 今後、アンスネスがシベリウス作品を録音してCDを出すのかなぁ…?だったらとても嬉しいなぁ。シベリウスイヤーの今年、交響曲はかなり取り上げられていますが、ピアノ曲や声楽、室内楽ももっと取り上げられていいのになぁ…と思っていたところにこの演奏が聴けたので、とても嬉しいです。
 ちなみに、この演奏会の他の曲、ショパンやドビュッシーも、以前は演奏していたこともあったけど最近はそんなに演奏していないはず。嬉しい演奏会です。

 いつまで聴けるかわからないので、お早めにどうぞ(オンデマンドはここが恐ろしい…)

ホライゾンズ~ピアノ・アンコール集

レイフ・オヴェ・アンスネス / ワーナーミュージック・ジャパン


by halca-kaukana057 | 2015-11-09 23:31 | 音楽

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