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今の積み重ねの先に「見える」もの ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」全体感想

 感想記事がシリーズになってしまっています…。
ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」(作曲:宮川彬良、脚本:響敏也、演出:佐久間広一郎、演奏:セントラル愛知交響楽団)。
 後編の放送からも1週間過ぎました。そろそろ全体の感想を書きたいと思います。
◇番組公式&全編丸ごと聴けます:FM AICHI:ラジオミュージカル「あしたの瞳」
 以下思い切りネタバレしますので、ネタバレしたくない人はまず公式で全編聴いてね~

【これまでのシリーズ記事】
・前編・作品概要の感想:「見える」とは何だ? ラジオミュージカル「あしたの瞳」前編
 ↑前編で流れた歌リストあり。
・前編の覚え書き: ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」前編 覚え書き
・後編の覚え書き:ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」 後編 覚え書き
 ↑後編で流れた歌リストあり。

 前置きとして、他の本や音楽などの作品の感想記事でも、「自分はどう読んだか」について書いてきたのですが、今回はその色を濃くしようと思います。というのは、この作品のテーマは”「見る」「見える」とは何か?”前編の感想記事でも書いたのですが、前編の冒頭での語りにこうあります。
見るものは同じであっても、
見る人間によって、見る環境によって、その見方によって
それは様々に変化してしまう
ならば、人はたとえそれが歓喜の時であったとしても、苦渋の時であったとしても
その見方次第で違った光景を、自らにもたらすことになるだろう

 この「あしたの瞳」というひとつの作品も、「見る人間によって、見る環境によって、その見方によって それは様々に変化してしまう」。
 元々はオペラの作品で、ラジオでは「見えない」けれども、私がこの作品をどう「見た(聴いた・読んだ・感じた・考えた)」のか、この作品から何を思ったのか。私の「見る」「見える」こととは何か?そんな”私の視点”で書きたいと思います。

 まず、この作品には3つ、テーマがあると読みました。
○「見る」「見える」とは何か
○つくること。何かをつくることへの情熱・よろこび

 この2つを元に、もうひとつ
○時間の中で、人間が生きるということ

 ひとつずつ、いきましょう。

○「見る」「見える」ということ…何を「見る」?どう「見る」?…「見方」
 いきなりメインの、結論となるテーマに入り…ませんw結論までの過程にある「見る」ことについて。冒頭で書いた見方について。

 主人公・常一にとって、大きな意味を持つ「見た」もの…戦中・終戦直後のこと。常一は戦中・終戦直後にあったことを、前編で忘れようにも忘れられない辛い思い出と振り返る。
 戦時中、学徒動員で兵器の部品を作っていた常一と、先輩の坂本。作っているものが、兵器になり、人を殺す、命を奪うものとなる。そんな現実に向き合い、ショックを受ける常一に、坂本はこう言う。
心ない技は、世の中を住みづらくする。
心ある技は、世の中に笑顔を運ぶ。
技術のよしあしを見分ける方法は、それに尽きるだろう。
その技術が人によりよい未来を運ぶかどうかだ。

 この坂本の言葉が、後の常一に影響を与える。坂本のこの言葉と考えは、当時の日本の社会情勢では公には言えないこと。元々手先が器用で、旋盤の技術もすぐ習得してしまった常一にだけは話せたことだと思う。常一のその高い技術を認めていたから、その技術が世の中に、人に笑顔を運ぶ未来がいつか来ることを信じていたのだろう。だから常一には伝えたかった。常一もその坂本の「見ていた」であろうものを、その言葉で受け取った。そして、その技術・腕を磨き、その後の常一に繋がってゆく。

 終戦後の混乱期、飢えた人々が食料を奪い合っている。その様を「見て」、その奪い合っている人々は自らの姿を見失っている、と。これも、後に関わってくる「見方」。
 そして、コンタクトレンズという”眼に入れるレンズ”の存在を知り、でも実物を見られなかったので自分で作ろうと決意し、作り始めた常一。このコンタクトレンズを作るために手に入れたアクリル板。これは、戦闘機の部品・窓の部分だった。
 戦争の部品を作ることで更に磨いた技術。そして、戦争のために使われた兵器の部品。それを使って、平和な時代、平和な世界を「見る」ためのもの…コンタクトレンズを作る。

 先日聴いた、NHKオーディオドラマ「天空の道標」でも、戦時中、戦場に向かうために星を使って現在位置を調べていた。星も戦争の道具だった…と振り返る老いた男に対して、その男の無事を祈り続けていた少女にとって星は希望の象徴だった。戦時中、ある場所・ある人にとっては戦争の道具だったとしても、同じ時代の同じ状況に置かれていたとしても他の場所・他の人にとっては全く異なるものとなる。

 常一にとっての、自分自身の手先の器用さ・技術も、戦時中に戦闘機の部品だったアクリル板も、戦後、コンタクトレンズを作ることで全く違うものになってしまった。「見方」が変わった。坂本の言葉の通りに。

○つくること。何かをつくることへの情熱・よろこびと”今・この時”
 次、つくること。先にも述べたように、常一はとにかく手先が器用。つくることが好きで、老いて現場を離れても、何かをつくっていないと気が済まない。
 戦後、働いていた眼鏡店で知り合ったアメリカ人から、コンタクトレンズの存在を知る。しかし、見せてはもらえない。見たい、でも見られない…ならば、自分で作ればいい!と、コンタクトレンズの資料も何もないのに、作り始めてしまう。手探り、試行錯誤の先の「見えない」作業のはずなのに、連日徹夜してでもただ作りたい。作ることの疲れなら、苦労だと感じない。つくることはよろこびだ。歌「光と歓びを作る歌」で、そう穏やかに歌われている(この歌が好きだ)。レンズ作りに没頭する毎日…常一は”今・この時”に集中していた。
 なにかを「作ること」は、”今”に集中することだと思う。目の前にあるもの・レンズに向かう。作っている”今”は、”今”でしかない。”今”以外の何物でもない。どうやっても、二度と同じものは作れない。だから、たのしいのだろう、きっと。常一にとってはそれはレンズでもあるし、ヒロイン・君代に語る言葉
今日、いまこの瞬間が明日に繋がる。明日を作るのは僕自身だ。
僕は、僕を信じてくれるきみのためにも、きみが信じてくれる僕を、僕自身を作り続けるよ

 常一自身をもつくり続けていた。その作り続けていた自分自身は、どこへ向かうのか。次に続きます。

○過去・現在・未来を「見る」
 3つ目のテーマに行く前に、ここまでの2つのものを組み合わせてみます。
 まず、過去を「見る」こと。常一は常一自身の視覚的記憶の化身「眼球の記憶」とともに、自身の過去を遡る。そこで見た過去は、先にも書いたとおり辛い、残酷なものだった。しかし、常一はその過去から目をそらしていない。それを表しているのが、「過去を見続けるために」の歌詞のここ。
過去の記憶を消そうとするから 過ちをまた繰り返す
過去を見続けるために これでレンズを作ろう

 よく、「~があったから今の自分がある」と言うことがある。よく使われる言葉・表現だ。常一も、戦時中の学徒動員が無かったら、戦争を「見て」いなかったら、コンタクトレンズ開発に繋がらなかったかもしれない。

 次、現在を「見る」こと。レンズ作りの過程で、出来たレンズを自分の眼に入れて確かめてみようとする常一。しかし、常一に恋する君代は、心配して止めてしまう。そんな君代に、常一はこう言う。
眼に入れて確かめてみなくちゃ、一体どんな風に見えるのか、それとも見えないのか
何もわからないじゃないか。
自分のこの眼で確かめてみなくちゃ何もわからない。
痛いとしたらどれほど痛いのか、そういう痛さなのか知っておきたい。いいや、知らなきゃいけないんだ。

 レンズを作っている”今”を、自分自身の眼で「見よう」としている。見えないかもしれないことも、痛みも。

 そして未来。続けて、常一は君代にこう語る。
僕は、人が見たいものを見る時に、役立つものを作りたい。
これまで自分の目で見ることができなかった人も、
不自由なく見たいものが見えるようになる。
そんな新しい世界が見たいんだ。

 コンタクトレンズ開発の先にある未来の世界。自分が今何を作っていて、それがどうなるのか。それが「見えて」いた。そのために、自分自身を作り続けていた。

 これを踏まえて、最後
○時間の中で、人間が生きるということ…過去の積み重ねの先の今と未来
 後編の最初、眼球の記憶の語り
人に何かが見えているとしたら、一体何が見えているのだろうか。
人が見る記憶の積み重ねは、人生をつくり、時に進む道を左右してしまう。


 そして、過去を遡る旅の終わり、「見る」ことの真実をいつ見せてくれるのか?と問う常一にこうも語る。コンタクトレンズを開発した常一に。
新しい見え方、新しい光を世の中に与えたのだ。
見るとは何だ。見えているとはどういうことなのか。
見ることの真実。それはお前自身の中に存在するものだ。
自らの明日の希望を見ることができるのは己のみ。
人は自らの道を切り拓く力を持っている。
それこそが、お前が生み出した、本当の”あしたの瞳”

 「目には見えない。しかし、そこに確かに存在するものが、ある。」
 コンタクトレンズの存在を知ったが、見たいのに見られない若き日の常一の姿に対する、眼球の記憶の語りですが、見えないけれども存在するもの…未来、未来の希望もそのひとつだと思う。はっきりとした未来の希望・夢を持っている人は別だが、未来は「見よう」としてもよく「見えない」もの。何となく「見えている」ような気もする。私はずっとそう感じてきた。この先、近い将来、自分が何をしているのか、何をしたいのか、あまりよく「見えない」。「見えない」ことにずっと不安を感じてきた。ここ数日、未明の空に「見たい」と探した淡い彗星のような、先日読んだ「夜明けのカノープス」(穂高明:著)で出てくる、空低くある星・カノープスのような。コンタクトレンズも、眼鏡も、彗星を観るための双眼鏡・天体望遠鏡も、ピントが合わなければ「見えない」。でも、ピントが合えば、暗い天体も観やすい暗い条件のよい空、カノープスがもっと高い空に見える位置に移動すれば、はっきり見えてくる。人間は、自らピントを合わせられる、移動することが出来る。積み重なった過去…たとえ辛くても肯定する見方を持ち、”今”に集中して、自分をつくり続ける。その中で見えてくる希望…その希望を見い出すことこそが、”あしたの瞳”だと。

 最後に歌われる「フィナーレ」を聴いていると、この物語は閉じて終わっていない、開かれた物語なんだと思う。眼球の記憶が「見ることの真実。それはお前自身の中に存在するものだ。自らの明日の希望を見ることができるのは己のみ。」と語るように、明確な答えは出していない。”あしたの瞳”という表現も、(いい意味で)曖昧で開かれている(それゆえ、わかったと思ったら、しばらくするとわからない…と揺れ動いていますw)。それを表現しているのが、「フィナーレ」で坂本→常一→君代の順にそれぞれの見い出した希望を歌っている。そして、その希望は、各々一人だけで見い出したものではない。後編で常一と君代の恋物語も描かれるが、ラブロマンスで流して…流せなかった。ああ、関係あったんだ!また、前編覚え書きの、冒頭の部分で老いた常一と坂本が対照的だと書いた。対照的なようではあるけれども、それは、坂本と常一が「見ている」ものが、置かれている状況が異なるから。坂本は、家族との中で希望を見い出したから。これに対になるのが、終戦直後の混乱期、食料を奪い合う人々が自分自身を見失っていた…他の人はどうでもいい、と思っていたからだろう。
 「フィナーレ」を何度も何度も聴いていると、開かれた物語の先に向かおうという気持ちになってきます。この物語の先に、自分自身の物語もある。最近自分の周りで「見た」こと、体験したこと、思ったことも、この物語に繋がってきて、それも交えて書きました。壮大になったな…(したのは私かw)

 あと、この物語は戦争も描いているし、常一のコンタクトレンズ開発の過程も想像以上に大変なものだったかもしれない。でも、物語全体には”光”があって明るい。前編の戦中・終戦後の混乱期のあたりは影がありますが、それを後編でそれらを”光”に変えるような力強さ、まっすぐさ、熱さがある(「過去を見続けるために」のあたりではっきりとする)。きっと、物語のどこに光を当てて、どう「見せる」か、どう見せようとしたかったのか。そんな「見方」もこの物語は含んでいると思います。

 物語の面の感想ばかり書いてしまいましたが、宮川彬良さんの音楽もどれもツボです。ハマってます。常一のテーマともいえる「もう一つの瞳」が様々な形に変奏されて、音楽も紡ぎだされているのもいい。それが、最後にはあの「フィナーレ」になる…胸が熱くなる。歌ももう暗記して歌えそうです…(実際、部屋にひとりでいると口ずさんでますwただ、歌詞がわからないところが少なくないので、そこらへんは曖昧。)
 あと、キャストの皆さんの声がハマっていて、特に安冨さんの若い常一。爽やかな好青年っぽさがよく出ているなぁと感じました。眼球の記憶の塚本さんも、惹かれる声です。…声フェチか私は?w

 先述しましたが、このラジオ版の元はオペラ。
◇オペラ公式:メニコンスーパーコンサート2013:歌劇「あしたの瞳」
 演奏は新日本フィルハーモニー交響楽団。オペラとは変えてある部分がかなりあるようです。特に「フィナーレ」を聴いていて、オペラを観たいと思いました。再演希望です!

 オペラの再演もですが、その前に、劇中の楽曲を生で聴けるコンサートもあります!
新日本フィルハーモニー交響楽団:特別演奏会コンチェルタンテ・スーパー宮川彬良vs新日本フィル☆チョー年越しコンサート2013→2014
 毎年恒例の彬良さん&新日本フィルの年越しコンサート。ここで、劇中の曲も演奏、オペラのソリストも登場とのこと。どの曲なのか、出演者は不明。気になる…。

 以上、長くなりました。どうしてこんなに長くなる…。

【2013.12.20 追記】
 上記オペラ公式サイトに、公演の模様がアップされていました!
メニコンスーパーコンサート2013:歌劇「あしたの瞳」:当日の風景

 公演のダイジェストムービーを観て、驚きました。ラジオ版と全然違う…全くの別物じゃないか!!!
オケも違うし編曲も違う、演奏もたっぷりと抑揚・強弱をつけていて、熱い。彬良さんの指揮が熱い。これがライヴ、初演の熱さか。これに、物語そのものも熱さ・情熱がこもっているのだから、これは劇場で観たら自分どうなるかわからない…。ラジオ版は随分とすっきりさせていますね。舞台での生の演奏・演技と、ラジオ放送が目的の録音では鳴らし方、響かせ方、歌い方、語り方も異なりますね。
 公演の画像がほとんどなかったので、キャストのビジュアルもはっきりとわかりました。ラジオ版で映像・画像無しでずっと楽しんできたので、オペラはオペラ、ラジオ版で想像した自分のイメージは自分のイメージでたのしむことにします。
 ダイジェストムービーだけでなく、作品紹介、登場人物紹介、物語についても詳しく書かれています。しかし…、「作品紹介」で、この記事も含むこれまでの関連記事で、考えて書いてきたことがあっさりと数行で書かれてしまった…ちょっとしょんぼりです。まぁ、答えあわせという訳ではないし、自分なりの読解はこれなので、これはこれ、公式の作品紹介は作品紹介で割り切ります。
 「ストーリー」も、ラジオでは断片的にしかわからなかった情報が書いてあるなぁ。オペラでは語られた(ラジオでは省略された)のかなぁ。やっぱりオペラとラジオ版は別物な作品であると感じます。ほぼ同じなんだけど、また違う。まず、オペラとラジオ版で編曲が違う、編曲を2種類用意していたことに驚きです。とても手が込んでる。脚本も書き直したところがあるだろう。
 最後に、ダイジェストムービーで、”舞台音楽家”の彬良さんを初めて観たと感じました。テレビとも、コンサートとも違う、舞台作品の指揮をしている彬良さん。当然あの軽快でユーモアたっぷりのトークは無し。彬良さんの音楽で、その舞台の作品の世界がつくられる。その様を少し垣間見た気がしました。

 ということで、再演お願いします!馳せ参じます!
以上、長い追記ここまで。
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by halca-kaukana057 | 2013-11-19 23:33 | 音楽

ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」 後編 覚え書き

 3日の前編に引き続き、10日に後編が放送された、ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」(作曲:宮川彬良、脚本:響敏也、演出:佐久間広一郎、演奏:セントラル愛知交響楽団)。
◇番組公式:FM AICHI:ラジオミュージカル「あしたの瞳」
 ↑前編も後編も、公式サイトに丸ごとアップされてます。通して聴けます。

 (放送の都合上)前編と後編に分かれてはいけれど、元はひとつの作品(元は3時間にもわたるオペラ)。なので、前編・後編に分けて感想を書くのはおかしいような気もします。が、後編を聴いて自分の中で感想が”更新”される前に前編の感想・覚え書きを書きました。後編も放送され、全体の感想を書きたいところなのですが、まだ自分の中で考え中のことも多く、まとめきれない。あと、歌の歌詞が聴き取れず、悩んでいるところも。こんなに耳を澄ましてラジオ番組を聴いたのは初めてかもしれない(しかも何回聴いてるんだってぐらい…)

 ということで、前置きが長くなりましたが、後編の覚え書きです。全体の感想はまた後日。

・前編・覚え書き編:ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」前編 覚え書き
・前編の感想というか…概要の感想?:「見える」とは何だ? ラジオミュージカル「あしたの瞳」前編

 まず、後編の歌のリストを。放送局のオンエア曲リストに題名が載っていたものから。括弧内は役名です。
1.どう作る?(レンズの歌):安冨泰一郎(田宮常一)・コロス
2.光と歓びを作る歌:安冨泰一郎(田宮常一)・コロス
3.あんな人:楠永陽子(花井君代)
4.透明で光を通し:安冨泰一郎(田宮常一)、楠永陽子(花井君代)
5.過去を見続けるために:安冨泰一郎(田宮常一)、楠永陽子(花井君代)
6.磨き歌:コロス
7.磨き歌:コロス
8.なぜ何故なぜ:安冨泰一郎(田宮常一)、楠永陽子(花井君代)
9.磨き歌:コロス
10.Hi! Joe!:松波千津子(シンディー・フェルダー)
11.サリヴァンの歌:塚本伸彦(アンソニー・サリヴァン)、安冨泰一郎(田宮常一)
12.自転車ソング:安冨泰一郎(田宮常一)、コロス
13.二人で観る:安冨泰一郎(田宮常一)、楠永陽子
14.フィナーレ:安冨泰一郎(田宮常一)、塚本伸彦(眼球の記憶)、楠永陽子(花井君代)、松本千津子(シンディー・フェルダー)、安田旺司(坂本義三) ほか

 後編は歌が増えました。更に、ヒロイン・君代の登場で、前編と歌の雰囲気も変わっています。

・オープニング:「眼球の記憶」の語り
 後編でも鍵となる言葉を語っていたので、書き起こしておきます。
人に何かが見えているとしたら、一体何が見えているのだろうか。
人が見る記憶の積み重ねは、人生をつくり、時に進む道を左右してしまう。

 BGMは前編ラストの「もうひとつの瞳」。常一のものづくりへの情熱のテーマとも言える曲。
 前編のおさらいなのですが、ただのリプレイになってないところがいい。眼球の記憶の語り、前編のラストから続いている音楽を引き継ぎ、前編のラストでこの手でコンタクトレンズを作りたいと決意する常一の情熱がじわじわじわじわと盛り上がってゆき、そのまま後編に入れます。熱いです。


・♪「どう作る(レンズの歌)」
 暗い、切迫した短調曲。コロスも迫り来る。見たことも無い(見せてもらえなかった)、ただ「眼に入れるレンズ」という情報だけでコンタクトレンズの姿、作り方を必死に考えている常一。そのうち、ひらめいて少し長調へ。でも、まだ何か不安定さがある。
 歌の後も、歌の内容と同じことを考え込む常一。黒目を覆う…というところまでは答えは出たけど、それをどう作る?
「えーい!くどくど考えるのは性分に合わない!」考えるより実践の人。
 この常一がひとり考えているシーン、BGMが鳴っている(曲名不明)。後編は台詞部分のBGMが増えます。

・レンズを作ってみている常一。前編のシンディー登場前に流れていた、あの明るいBGMが。これはやはり働く常一のテーマか。そしてこの曲、「もうひとつの瞳」、オープニング・エンディングに流れていた曲であり、最後に出てくる「フィナーレ」である曲の変奏だった!
 徹夜でレンズを作り、朝になってお隣のおばあちゃんと話す常一。徹夜明けなのに、常一は爽やかな好青年。
♪「光と歓びを作る歌」…穏やかな歌。作るたのしみ、よろこび、心から作りたいと思っているだけ。
眼に入れるレンズを作れば
お前には ものを作り出す歓び
人々には 新しい瞳のよろこび
試行錯誤のはずなのに、たのしくて仕方ない。作る先にはよろこびがある、と。常一自身にも、世の中にも。

・君代登場。常一に恋心を抱いている。でも、常一は仕事、レンズばかり…何がたのしいの?わからない。自分のことを見て欲しい…。そう思いつつも、
あの人の瞳は、まっすぐ何かを見つめている。
あのまっすぐな瞳で、一体何を見つめているのかしら。
せめて、あの人と同じものを見れたらいいのに。

♪「あんな人」
 常一との心の距離を嘆く…遠い。走っても、遠い。(切ないなぁ…。)
 一転して長調、ここからは常一のどこに惹かれているのか。純朴な常一の姿。
 でも、あの人のどこがいい?忘れたい…揺れ動く恋心。最後の音が可愛らしいのが、恋する乙女ですね。

(※追記
 この、君代がひとり常一のことを想うシーン…常一は「見ていない」はず。勿論、君代の心の内をこの時知る由も無い。常一の視覚の記憶に無い、はず=眼球の記憶も再現できない。…あれ。あれ…あれ…!!?
 常一がどこからか見ていたなんて、この常一の性格からは想像できないし、後で君代から聞いて知ったとしても、それは常一のこの時の視覚的記憶ではない。君代の記憶から借りてきた…いやいや眼球の記憶はあくまで常一の記憶。後で出てくるけど、「それ以上でもそれ以下でもない」。…!!?)

・君代の前に常一登場。常一が欲しがっていたものを持ってきた。(前編でもそうだったが、驚き、興奮する常一のストレートな感情表現がいい。爽やか。)
♪「透明で光を通し」
 (オペラの公演前、彬良さんがラジオでオペラのことを話していて、この歌が流れました。「合成樹脂~」…合成樹脂なんて言葉がオペラの歌詞になるんかい!?と思っていた歌…という印象が強くてどうしようw)
 レンズの材料になる合成樹脂を手にした、希望が見えてきたものの、
一体いつになったら 人のレンズに生まれ変わるのか
常一もまだ不安なのか…最後の音が不安定。

・君代が持ってきた合成樹脂、アクリル板。これをどこから?→君代の父が軍の関係者から特別に分けてもらった (←君代は、結構いいところのお嬢さん?)
 これは元々、戦闘機・爆撃機の風防…”瞳”だった…。
 特攻兵たちは、このアクリル板を通して、何を見ていた?ふるさとを、自分の行く末を…。
 米兵は、日本の町をこれを通して見ていた…。
 (昨日の記事で書いた「天空の道標」を思い出します。)
♪「過去を見続けるために」
過去の記憶を消そうとするから 過ちをまた繰り返す
過去を見続けるために これでレンズを作ろう
(この歌詞がグッと来ます。)

 眼球の記憶の語り:常一がその手先の器用さを培ったのは、学徒動員で兵器の部品を作っていた時。
そんな常一が、戦争で培った技術と道具で、戦後の平和な時代、平和な世の中を見るための道具を作ろうとしている。
 人間とは面白いと笑う眼球の記憶…(眼球の記憶は、常一の見たものの記憶。でも、立ち位置は常一そのものとは少し違う位置にいるようだ。)

・♪「磨き歌」(1:前奏あり)
 リズム、音色が、”ブンチャカヤマト(「ヤマト2199」劇判「ヤマト渦中へ」の俗称)”ですね…ブンチャカいってます(何故この発想になるw)
 働く常一のテーマを短調にしたものだ、これ。
 まさに研ぎ澄まされるような、鋭さが印象的な曲。

 レンズが出来たのでつけてみよう! …止める君代。
 その君代に覚悟を語る常一。自分のこの目で確かめてみなきゃ、何もわからない。痛いとしたらどれくらい、どんな痛さなのか。(常一は理工系ですな)
 自信はある! 完全にレンズ作りを楽しんでいる。
♪「磨き歌」(2回目)同じ歌なのに、1度目よりも更に強さを増したような気がする。

・常一を心配する君代。
 君代に、このレンズを作ることで何をしたいのか語る常一。BGM:「二人で見る」(後で出てきます)
 人が見たいものを見る時に役に立つものを作りたい。自分の目で見ることが出来なかった人も見たいものが見られる。そんな新しい世界が見たい…君代さんと一緒に。(告白来た!!)
 君代:何故?理由は? …!!? この2人のやり取りが微笑ましいw
♪「なぜ何故なぜ」2人のラブソングです。ちょっと論理的、でもファンタジック。君代がリードしつつ、常一も追いつく。幸せな、ロマンティックな、きれいな音だ…。

 ↑これに対する眼球の記憶の反応がw(一番恥ずかしがっているのは眼球の記憶の気がするw)
  このシーンでいつも笑ってしまいますw
 ”恋は盲目”自分も相手も「見えていない」 …見えていないとこうなる、と。
 共に見ている、現在の老いた常一にも「しっかり見ておけよw恥ずかしくて見てられないかwww」
 この時の常一の反応は無し(というよりも、ずっと出てこない)実際の反応は?さて。

♪「磨き歌」(3回目)
 今度は出来た!君代も止めない。つけてみた…見える、痛くない!
BGM:もう一つの瞳…出来上がったよろこびの表現。
 でも、まだやることはある。様々な条件下で使ってみなくては。(やはり理工系)

 眼球の記憶の語り…その努力はすさまじい、どこまでも一途。
 シンディーからコンタクトレンズの話を聞いてから、3ヶ月足らずで作ってしまった…それマジですか、史実ですか!!?…調べてみよう…。事実だとしたら、とてつもないぞ……!!
【追記 2013.11.23】
 調べました。

人工臓器物語―コンタクトレンズから人工心臓まで (ポピュラー・サイエンス)

筏 義人 / 裳華房


 この本に書いてありました。常一のモデルである田中恭一氏が、コンタクトレンズを作ろうと取り掛かってから、3ヵ月後に角膜コンタクトレンズを作った、と。事実でした…!!!
 他にも本を探して読んだりしたのですが、日本のコンタクトレンズ開発史は紐解くととても興味深い、面白いです。(一番最初の前編・概要の感想参照)
 <追記ここまで>

・BGM:働く常一のテーマ(もう勝手に題名つけました)
♪「Hi! Joe!」シンディー再登場。相変わらずのテンションw
 コンタクトレンズの専門家の医師、サリヴァン先生を連れてきた…もう自分で作っちゃいました。
 サリヴァン先生、非常に上から目線。これがコンタクトレンズ?しかも医師でもない素人が作った?
♪「サリヴァンの歌」1950年代アメリカの雰囲気の曲。コミカル。
 ※サリヴァン先生役は、眼球の記憶役の塚本さんが2役でやってます。眼球の記憶と声の感じが全く違う。ノリは似てはいますね。オレ様の雰囲気がw
 完全に上から目線。医師として、コンタクトレンズの専門家としてのプライドなのだろう。戦争に勝った国としてのプライドも。この当時、まだGHQ統治下。

 でも常一はぶれません。間違ってない、このコンタクトレンズは譲れない!
 実力を見せてあげましょう!全く引かない。
♪「自転車ソング」…「磨き歌」と同じメロディー。だけどテンポが少しゆっくり。
 コンタクトをつけたまま、自転車に乗っても大丈夫か…大丈夫!間奏から長調へ。自転車で走る。
 爽快なまま、ラスト「瞳の上にレンズはあるよ 希望があるよ」

・これが僕のコンタクトレンズだ!! BGM:「なぜ何故なぜ」サリヴァン先生の頭の中で何故、Why!?と止まらないのでしょう…。
 でも謙虚な常一。まだ完成品じゃない。むしろこれから。お互いの道を進み、学びあいましょう、と。(どこまで好青年なんですか常一…!)
 ところで、サリヴァン先生が「こんな魚のうろこみたいなレンズ」と言ってましたが、サリヴァン先生が開発・研究していたのは「角鞏膜コンタクトレンズ」だと思われる。角膜(黒目)の部分だけでなく、強膜(白目)の部分も覆う形のコンタクトレンズ。一方、常一がつくっていたのは、角膜(黒目)だけを覆う「角膜コンタクトレンズ」。大きさが違ったのですね。
◇参考資料:ウィキペディア:コンタクトレンズ
(この物語のおかげで、コンタクトレンズの歴史・仕組みに詳しくなっている気がする…。コンタクトは勿論、眼鏡とも縁は無いのですが…)


・常一と君代。BGM:もうひとつの瞳
 これからの生涯をコンタクトレンズにかける…なら私は、この人生をあなたにかける。
君代さん、きみは本当に素敵なんだ。僕に無限の明日を見せてくれる。
今日、いまこの瞬間が明日に繋がる。明日を作るのは僕自身だ。
僕は、僕を信じてくれるきみのためにも、きみが信じてくれる僕を、僕自身を作り続けるよ
鍵となる言葉です。

♪「一緒になろう」プロポーズソングです。

・そして現代へ戻る…常一「おい、目玉幽霊」←結局「目玉幽霊」呼ばわりで終わってしまった…w
 見ることの真実とやらを、いつ見せてくれるのか?
眼球の記憶:オープニングの語りで言った言葉をもう一度。
ここで、眼球の記憶が語るバックで、コロスがアカペラコーラス。とてもきれい。賛美歌のよう。ただ、歌詞が全部わからない…聞き取れない。
 眼球の記憶が語りかけた言葉…何故常一の記憶を遡り、常一と見てきたのか。常一に見せたのか。
 つまり、常一の記憶の中に、「見ることの真実」がある…。このあたりは全体の感想で。

♪「フィナーレ」 何度聴いても気持ちがいい、声も音楽も心も広がる歌。
坂本→常一→君代とソロ。それぞれの「希望」を歌う。
これも歌詞がわからないところが多い…。わかる範囲では、歌詞は凄く好き。高揚感がすごい。
そして、このフィナーレを聴いて、「オペラを観たい!!」と強く思った。ガツンと来た。
このあたりに関しても全体の感想で。

・後編は、常一のコンタクトレンズ作りにかける情熱が、とにかくまっすぐで、一途で、ひたむきで、ぶれない。熱い!爽やかな熱さ。しかも作ることは苦労なんて全く言わない。ラジオだから表情は見えないけれど、真摯で穏やかな表情が見えるよう。
 1度目を聴いた後、しばらくその熱さにやられてました。今も何度聞いても熱いなと思う。

・元はオペラのこの作品、歌はオペラ。前編でも思ったのですが、歌っているのはプロの声楽家・オペラ歌手。なのに、一緒に歌いたくなる、口ずさんでしまう(周囲に誰もいなければ)。歌いたくなる。歌詞も可能なかぎり覚えましたw覚えてしまいましたw
 脳内リピート率も高いです。仕事している時、常一の働くテーマとか、「磨き歌」が出てくるw「もうひとつの瞳」はとても好きな曲・歌ですし、「フィナーレ」も病み付きになる。

 以上。覚え書きでした。

【続きの記事】
・いよいよ、全体感想へ:今の積み重ねの先に「見える」もの ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」全体感想


2013.11.14:君代のシーンのほか、あちこち追記
2013.11.23:コンタクトレンズの歴史について追記
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by halca-kaukana057 | 2013-11-13 23:18 | 音楽

ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」前編 覚え書き

 先週前編が放送された、ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」(作曲:宮川彬良、脚本:響敏也、演出:佐久間広一郎、演奏:セントラル愛知交響楽団)。今日、後編の放送です。
・前編…というか概要の感想(?):「見える」とは何だ? ラジオミュージカル「あしたの瞳」前編

◇番組公式:FM AICHI:ラジオミュージカル「あしたの瞳」
 ↑公式に、放送された前編が丸ごとアップされてます。今からでも聞けます!後編もアップされる予定です。

 さて、後編を聴く前に、前編を聴いての感想や気づいたことをメモしておこうと思う。上記した前編の感想も、物語の概要の感想になってしまい、音楽や歌のことは書いていなかった…(それだけ物語に圧倒されたというか、ドツボだったというか。)
 後編を聴いたら、前編で思ったことが上書きされてしまう。その前に、書いておきます。
 以下箇条書き。

・オープニング、眼球の記憶によるナレーション(中身は上記前編感想に書き起こししてます)
 BGMはこの後で常一と坂本が歌う「あの空を観ていた」の演奏だけヴァージョン。(歌われた曲名についても、前編感想を参照ください)
 ナレーション後、序曲らしい曲。前編の最後に常一が歌う「もう一つの瞳」のワルツバージョン?

・舞台は現代、常一と坂本。
 常一と坂本の老後が対照的。常一は会長になったのに、現場にいたいと思っている。手を動かして何かを作っていないと気が済まない。手先の器用さを保っていたい。自分が年寄りだという気がしない。
 ものを作ることに対して、楽しみ、誇り、自信、情熱を持っている。
 一方の坂本は、「いいおじいちゃん」。完全に引退。

・戦中、戦後間もない頃のことを思い出す2人。
♪「あの空を観ていた」…穏やかな曲なのに、歌われる中身はつらいもの。戦争と、その道具を作っていた2人。
・「何を見て、何を見ずにいたのか」
 「あの日の青い空」…晴れた青い空、一方で晴れない、沈む2人の心。

・ノイズのように入ってきて、現れる眼球の記憶。
 ♪「わしはお前だ」…ド派手w堂々と力強く、のびのびと。(この歌大好きだw)
 後で気がついたが、眼球の記憶が歌うのは、この歌だけだった。(後編で出てくる?)

・眼球の記憶のことを認められない、信じられない常一。2人のやりとりがコミカル。
 眼球の記憶は、常一が見たものの記憶…2人は似たところがあるかも。2人ともどこかとぼけている。自信家なところもある。眼球の記憶は「オレ様」だが…w
 
・♪「音が見える」常一の息子・友則。他の人には見えていないものが、見えている…OPのナレーションを思い出させる。
  息子の昔を思い出す。その息子は今?

・何故眼球の記憶がやってきたのか…ものが見えることについて考えてもらいたい。コンタクトレンズを開発し、人に見える喜びを与え、それが人々の暮らしの中に生きている…という革命を成し遂げた常一に。
 ここのBGM:「もう一つの瞳」オーケストラのみ…「もう一つの瞳」、常一のテーマか。
♪「みるみる見える」…壮大なコーラス。コンタクトレンズの普及と喜びを表現。

・「目玉幽霊」…ここでいつも吹くw
 眼球の記憶は、このあと常一にちゃんと呼んでもらえるのだろうか…?w

・「見る」ことについて考えるため、常一の記憶の旅へ。
 まずは戦後間もない頃。
♪「焼け跡タンゴ」…飢えた人々、食料の奪い合い。
 最初に常一と坂本が思い出し、語っていたもの。ここではリアルに、生々しく、おぞましく。「見た」強烈な記憶の再現。
 「あの空を見ていた」で、「何を見て、何を見ずにいたのか」…このことはちゃんと「見ていた」。目を背けていなかった。

 ここで、常一、「やはりこの旅のお供はお前…」と認めるが、「目玉幽霊」w

・次の旅:戦中。
♪「見えるぜ、俺たちゃ」…空襲、燃える街を「見ている」…バス・低音のうなりの強さ。彬良さんのこういう激しい短調曲が好き。
♪「旋盤ソング」…学徒動員の工場。ハーモニーの中から突出するソプラノ…戦争の狂気?
 工場の若き坂本と常一。
 戦争の、命を犠牲にする道具を作ることに対して、常一は認めている。坂本は認めていない。
以下坂本の台詞。
心ない技は、世の中を住みづらくする。
心ある技は、世の中に笑顔を運ぶ。
技術のよしあしを見分ける方法は、それに尽きるだろう。
その技術が人によりよい未来を運ぶかどうかだ。
 (この台詞が印象的、好きだ…。)
♪「ワザワザの技」…歌の後のコーラス部分が不思議。
 心ある技。常一のものづくりの原点に。
 「見る」「見える」というメインのテーマのほかにもう一つのテーマ「技・つくること」

・次の旅:戦後、常一は眼鏡店で働いている。
明るいBGM、働く常一の様子?
♪「Hi! Joe!」…シンディー登場。コミカルな、ハイソプラノ。眼球の記憶と同じぐらい強烈な個性w
 常一の技術を認めている。一方の常一:楽しくて仕方ない。手先指先を使っていると、新しい考えも浮かんでくる…コンタクトレンズ開発フラグ?
 そして、コンタクトレンズの存在を教えるシンディー。
♪「眼に入れるレンズ」…眼鏡は友達、コンタクトレンズは恋人。
 存在は教えても、見せられない、詳しいことは教えない。 (この時、まだGHQの統治下)
 「未来のレンズ。未来は、誰でも簡単に見られるものじゃありません」…と言いつつも、もしかしたら常一なら作れるかも…と期待していた?

・コンタクトレンズについて一人考える常一。見たくてたまらない。見たい、でも見られない…ならば自分で作ればいい!!
 ここの眼球の記憶ナレも重要。
♪「もう一つの瞳」常一の静かな情熱…徐々に盛り上がる。何度聴いてもグッと来る。心揺さぶられる歌。
 ピアノの高音が、憧れの音?
 コンタクトレンズを作ると、決意。 >後編へ!

・全体的に…音楽で金管が印象的。朗々と歌っている。
 弦が内面を語っているような。

・エンディング:これも序曲?「音が見える」ワルツバージョン→OPの序曲のような曲へ「もう一つの瞳」と「音が見える」が混ぜてある?…常一と友則、親子の繋がり、絆?

 以上。さて、後編は19時から、JFN各局で!
(放送局によって時間が異なるので、お聞きの放送局の番組表をチェックしてくださいね。でも、公式にアップされる予定なので、聞き逃しても大丈夫…だと思います。)

【記事も続く!】
・後編の覚え書き:ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」 後編 覚え書き
・全体感想:今の積み重ねの先に「見える」もの ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」全体感想
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by halca-kaukana057 | 2013-11-10 17:47 | 音楽

「見える」とは何だ? ラジオミュージカル「あしたの瞳」前編

 9月に初演された、宮川彬良さんの初オペラ「あしたの瞳」(脚本:響敏也、演出:佐久間広一郎、演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団)。観に行きたかったのですが行けず…しかし、昨日3日、そして来週10日の2回に分けて、ラジオミュージカル版として放送、上演です。

メニコンスーパーコンサート2013:歌劇「あしたの瞳」
 3時間にもわたる歌劇だったそうです。

FM AICHI:ラジオミュージカル「あしたの瞳」
 ラジオミュージカル版は、演奏はセントラル愛知交響楽団。前編・後編に分けて、それぞれ55分の放送(CMも入るので実質50分ぐらい)。ラジオで聞き取りやすくするために、セリフの部分は変えてあるようです。歌の部分も多少変更があるようです。歌つきのラジオドラマ、ですね。
 昨日の放送を聞きそびれた、聞けなかった方も、リンク先でフルでアップされています。聞けますよ!

 あらすじは、メニコンの創業者・現会長で国産コンタクトレンズを開発した田中恭一氏をモデルとした、田宮常一の半生を通して、「見える」とは何かを問う…というお話。

※常一は田中恭一氏をモデルとした人物、というところが抜けていました。上記訂正しました。ノンフィクションのフィクションの物語。失礼いたしました…。
 たとえると、小惑星探査機「はやぶさ」とプロジェクトチームを描いた映画が3本も公開されましたが、その3作も登場人物は実在するプロジェクトチームや関わった人々をモデルとしたフィクションの人物、でしたね。
 史実・コンタクトレンズ開発の歴史、田中恭一氏のコンタクトレンズ開発の経緯は以下リンク先でどうぞ
(これって、ネタバレ…?w史実なんだから仕方ない…歴史ものの映画やドラマ・大河ドラマと同じだ)
NAVERまとめ:日本初のコンタクトレンズは深い愛情と意地で誕生
かねやんの起業かわら版:田中恭一
ナゴヤラジオ:田中恭一(全8回)
 ↑田中氏のインタビューを音声でどうぞ。物語に関係があるのは第1・2回の部分。その後も聴いてみたが面白い。
読売新聞:地域:愛知:メニコン会長 田中恭一さんと父
読売新聞:マネー・経済:企業ナビ:七転八起:レンズ開発 自ら実験台
 ↑読売新聞に2本も記事がありました。お父様の話も。この前編で触れられますね。開発物語はまさにこの作品のモデルです。

 話をもとに戻しまして、物語は、こんなナレーションで始まりました。長いですが、書き起こし引用します。(違っているところがあればご指摘ください)
人に何かが見えているとしたら、果たして何が見えているのだろうか
何をもって、人は見えると感じるのだろうか
見える、とは一体どういうことなのか
視覚的には見えているつもりでも、本質的には見えていないこともあれば
たった一瞬の視覚的記憶が生涯を通して目に焼きつき
人生を左右してしまうこともある
見るものは同じであっても、
見る人間によって、見る環境によって、その見方によって
それは様々に変化してしまう
ならば、人はたとえそれが歓喜の時であったとしても、苦渋の時であったとしても
その見方次第で違った光景を、自らにもたらすことになるだろう
そして、誰しもが持つもうひとつの未来が目覚めて開ける
これは、そんな見ることの真実を
ものづくりに情熱を捧げた、ある男の瞳からつむぎだす物語である


 もうこれだけで引き込まれました。心臓わしづかみにされました。このナレーションとともに流れる音楽も、聴いた瞬間、彬良さんの音楽だ…!とここでも一気にわしづかみ。
 物語の中でも、主人公・常一と、常一が眼にしてきたものの記憶「眼球の記憶」が、ともに常一が見てきたものを振り返る中で、同じものを見ているのに人それぞれ感じ方が違う、自分で自分の姿を見ることは出来ない。そんなことが語られます。
 この「眼球の記憶」(塚本伸彦)がいい役、いい立ち位置にいる。最初は常一とのやりとりでコミカルなところも出しつつ、「見ること」とは何か、と常一と聞いている側に問いかけてくる。

 また、「見える」「見えない」…このテーマは、宮川彬良さんの作品ではよく出てくる問いかけです。NHK教育(Eテレ)「クインテット」でも、ピアノと管弦楽のための作曲作品である「風のオリヴァストロ」(新日本フィルとのコンサートシリーズ「コンチェルタンテⅡ」のテーマ曲とも言える作品)でも、「見えないけれども、ある」ということが「音楽」で語られます。
・参考過去記事(「クインテット」の放送の感想):見えないけれど、ここにある 今週の「クインテット」

 この物語でも、常一の息子・友則のエピソード・歌で「見えないけど、ある」ものについて語られます。これは私にとってドツボでした。

 以前、偶然ツイッターでこんなツイートを見かけました。引用します。
音楽が入ってくるのは耳からだけど、音楽を聴いているのはどこだろう。
彩季 (@hazure_o) 2013.10.31


 耳と音楽も興味がありますが、この耳を目に、音楽をものに変えると…この物語の問いにもなります。
 ものを見る時は目で見ている。でも、目だけでは見ることは出来ない。神経を伝って脳へ送られ、見ているものが何かわかる。記憶する。目の前にあっても、気にしなければ記憶に残らない、「見ていなかった」ことになる。物語の中で、「眼球の記憶」を幻覚だと常一が思うシーンがありますが、幻覚も、実際には無いものでその人にしか見えていないものだけれども、見えているのだから、見えるものなのかもしれない。
 また、見方でも異なる。人間の目は皆同じ…ようで視力も、色覚も異なる。上記の「クインテット」感想でも書きましたが、人間が見えるのは可視光線。それ以外の波長…紫外線や赤外線、X線や電波で見えるように、機器を使えば、普通では見えないものも見えてくる。レントゲン画像や、様々な波長で撮影した天体画像のように。

 そんなことを思いながら、冒頭のナレーション、そして物語を聞いていくと、「見る」「見える」「見ている」こととは何なのか…考えはじめると止まりません。
 とはいえ、前編はまだ物語の始まり。常一がコンタクトレンズを開発するまでの経緯、見てきたもの、経験したこと、そして眼鏡職人をしているうちにコンタクトレンズの存在を知ったところまで。目に入れるレンズ・コンタクトレンズの存在を知ったけれども、実物を見せてもらえない。コンタクトレンズを見たい、でも見れない。見れないならば、作ればいい…。常一がコンタクトレンズに対する情熱を語り、歌うところで、胸が一杯になりました。この時、常一にはコンタクトレンズはどんなものか、見えていなかった。でも、そんなものがある。どんなものかわからないけど、つくりたい。つくって、実物を見たい。後半、どうなるのか楽しみです。

 見られない、見えないことが、逆に想像力をかきたてる。「見ること」がテーマの作品なのに、音でしか聴こえない、その様子を見ることは出来ないラジオというメディアで放送したのも、深いなと感じました。どんなシーンか、想像する。9月の歌劇を観た方はイメージがあると思うのですが、逆に観てなくても楽しめる、というのが凄い。やられました。聞きながら、頭の中では自分なりのイメージがどんどん展開されていました。聴きながらイメージしていくのが楽しい。アニメとか漫画にしても面白そう…なんて思ったり。

 個人的なツボとして、常一が「眼球の記憶」のことをなかなか認めようとせず、しまいには「目玉幽霊」と呼ぶところで吹きましたwアメリカ人の友人・シンディー女史もコミカルです。でも歌うとハイソプラノ。セリフではコミカルなところはあるのに、歌になるとのびのびと、ふくよかに歌う。このギャップも聴きどころです。
 あと、「眼球の記憶」が、「上の命令」と話していたのですが、上…誰のことだろう?脳?神様とか?これも後半で出てくるのかどうなのか。そして、最後には「眼球の記憶」はどうなってしまうんだろう…。

 後編は、10日(日曜)夜7時から。地域によっては、放送時間が異なりますので、上記公式サイトとお聞きの放送局のサイトでチェックしてくださいね。聞き逃しても、また後編もアップされると思います。後編の前に、何度も聴いてしまいそうです。聴いてまた気づいたことや深読みしたことがあれば、加筆(または別記事に)します。
 ちなみに私は、MDラジカセ、PC,携帯(スマートフォンのアプリ)の3メディアで録音しましたw全部ばっちりです。しかも、放送局によって放送時間が異なるので、ラジオアプリを使って一番早い放送を聞いていました。後編は、アップもされるのでそこまでしなくてもいいかな…。早く続きを聴きたいので、聴いてしまいそうな気もします…w

 最後に、放送局のオンエア曲リストで、歌の題名も明かされていたので、引用しておきますね。括弧内は役名です。
1.あの日の空を観ていた:安冨泰一郎(田宮常一)・安田旺司(坂本義三)
2.わしはお前だ:塚本伸彦(眼球の記憶)・コロス
3.音が見える:伊藤佑悟(田宮友則)
4.みるみる見える:コロス
5.焼け跡タンゴ:コロス
6.見えるぜ、俺たちゃ:コロス
7.旋盤ソング:コロス
8.ワザワザの技:安冨泰一郎(田宮常一)、安田旺司(坂本義三)、コロス
9.Hi! Joe!:松波千津子(シンディー・フェルダー)
10.眼に入れるレンズ:松波千津子(シンディー・フェルダー)
11.もうひとつの瞳:安冨泰一郎(田宮常一)、コロス

 「コロス」はオペラのコーラスのことです。オペラのことはあまりわからず、調べました。モーツァルトやヴェルディ、プッチーニなど、オペラも聴いていきたいなぁ…。

【まだ続きます…続きの記事】
・前編の気づいたこと、思ったことを箇条書きしてみた:ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」前編 覚え書き
・後編の覚え書き:ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」 後編 覚え書き
・全体感想:今の積み重ねの先に「見える」もの ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」全体感想


※2013.11.6:加筆修正しました。
2013.12.20:新聞記事関係資料、続編記事へのリンクを加筆しました
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by halca-kaukana057 | 2013-11-04 23:37 | 音楽

再挑戦はどうなった… 創作舞踊「欲望という名の電車」(芸術劇場) 再放送リクエスト結果発表

 NHK教育(Eテレ)のもう一度観たい番組をリクエストして、100票集まれば再放送検討という企画「お願い!編集長」。以前お願いを出した”創作舞踊「欲望という名の電車」(芸術劇場)”はあと3票というところで惜しくも100票集まりませんでした。しかし、再チャレンジは何回でも出来ます。先日、再度お願いを出してくださった方が。このブログ、そして私のtwitterでも応援してきたのですが、さぁどうなった。

NHK:Eテレ:お願い!編集長:2008年放送の芸術劇場、「創作舞台“欲望という名の電車”」(脚本:齋藤雅文、監修:花柳壽輔、演出・振付:花柳輔太朗、出演:花柳寿美、藤間紫、他)への再放送希望の投稿があるのを発見。現在97Eね!で、ごめんなさいになっています。私はこの番組の再放送をずっと待っていました。…

・私の応援記事:いざ、再挑戦! 創作舞踊「欲望という名の電車」(芸術劇場) 再放送リクエスト

 結果発表(投票締め切り)は12日ごろの予定だったのですが、サイト更新がお盆休み(あるのか!!?)で更新されず、締め切りも延びた模様。そのお休みも明けて、ようやく更新されました。まだか、まだかと待っていました。

 結果は、ご覧の通り74票で「ごめんなさい」。またしても…前回よりも票が少ないじゃないですか…。なかなか厳しいです。この舞台、観たいんだけどなぁ…。

 この厳しさ、1票の重さを思うと、「クインテット」関係のお願いは次々と100票超え、凄いなと思います。音楽担当(宮川彬良さん)という共通点もあるのだから、それが推進剤にならないかなと思っているのですが…なかなかなりませんね。アキラさんの「クインテット」とは違う音楽を聴いてみたい、その音楽でどんな舞台が繰り広げられるのか観たいと思いませんか…?

 再チャレンジはまだ出来ます。日本舞踊でバレエ、舞台の物語・演技・表現、音楽…これら全ての魅力を語れる方は是非ともお願いします(私は舞台そのものを観ていないので、舞台の魅力を語れず失敗した)。全力で応援させていただきます。
 あと、応援方法にも問題はあると思ってます…。(限界か…認めたくない…
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by halca-kaukana057 | 2012-08-21 22:56 | Eテレ・NHK教育テレビ

いざ、再挑戦! 創作舞踊「欲望という名の電車」(芸術劇場) 再放送リクエスト

 以前、NHK教育/Eテレの再放送リクエスト企画「お願い!編集長」で、再放送リクエストを出した”創作舞踊「欲望という名の電車」(芸術劇場)”。2週間の間に100票達成すると再放送検討になるのですが、97票で惨敗。悔しい思いをしました…。

「お願い!編集長」でお願い! 創作舞踊「欲望という名の電車」(芸術劇場)
「お願い!編集長」でお願い! 結果発表

 「結果発表」の記事で、こんなことを書いていました。
ちなみに、リクエストは何回でもできます。達成できず、再チャレンジというものもあります。再チャレンジしたい方は是非どうぞ。私も投票、このブログやツイッターで支援します。


 その再チャレンジが来ました!
NHK:Eテレ:お願い!編集長:2008年放送の芸術劇場、「創作舞台“欲望という名の電車”」(脚本:齋藤雅文、監修:花柳壽輔、演出・振付:花柳輔太朗、出演:花柳寿美、藤間紫、他)への再放送希望の投稿があるのを発見。現在97Eね!で、ごめんなさいになっています。私はこの番組の再放送をずっと待っていました。…

 私がこの番組(舞台)の再放送をリクエストしたのが、この舞台の音楽の吹奏楽組曲版(バレエ音楽「欲望という名の電車」、宮川彬良:作編曲・指揮、大阪市音楽団)のCDを聴いて、原曲を聴きたい、その音楽と一緒に舞台そのものを観たいと思ったのがきっかけ。しかし、「結果発表」の記事で書いたとおり、舞台を観たことがないので、舞台そのものの魅力がわからず、語れず、伝えきれなかったのが敗因だったと思う。音楽だけで語るのは難しい。いくらNHK教育では「クインテット」でお馴染みのアキラさんが音楽担当(作編曲・演奏)してるよ、と言っても、「クインテット」以外のアキラさん=”舞台音楽家”としての宮川彬良さん、とつながっていかないとわからない。

 しかし、今回のお願いを出された方は、舞台を観たことがあり、更に日本舞踊・洋舞に関わってきた方とのこと。
この番組は日本の舞踊界の未来を拓くものであると感じています

 テネシー・ウィリアムズの戯曲を、舞台を大正時代の日本に置き換えて、日本舞踊で表現する、という意欲的な作品というのは調べてわかったのですが、実際に観た、しかも日舞・洋舞に関わってきた方からこのようなコメントが寄せられている。これはますます観たい。

 ダンス・舞踊を観るのは好きです(バレエ、ミュージカルなどなど)。観た後、自分でも踊ってみたくなる。舞踊・ダンスは中学の体育で創作ダンスを少しやったぐらいですが、音楽に合わせて身体を動かす、音楽と一緒に舞うのは楽しいなと感じたのを、今でも覚えています。音楽を聴いていて、踊ってみたいと思うこともよくあります。テレビを観ていても、ダンスシーンが出てくると注目してしまいます。

 この「欲望という名の電車」では、どんな舞踊が出てくるのだろう?そして、物語はどう語られるのだろう?やっぱり観たいです。

 と言うことで、再挑戦。賛同される方は、リンク先のサイトの「Eね!」ボタンをクリックして投票をお願いします。コメントも受け付けています。舞台を観た方の推しどころコメントは大変力になります。是非ともお願いします。

 ちなみに、ツイッターでも支援ツイートしてました。
「創作舞踊“欲望という名の電車”(芸術劇場)」再放送要望が再び。今度こそ100票達成して再放送実現を!1票入れました。全力で応援させていただきます。 #Eテレ #etv #nhk_rerun #nhk http://t.co/0Gfxz0uh
posted at 2012.7.29 11:40:50


 投票期間は2週間。8月11・12日あたりまで(だと思う。この辺りがはっきりしないこの企画…)。どうぞよろしくお願いいたします。

・ちなみに、吹奏楽版CDについてはこちら:この音楽の中に自分がいる 宮川彬良&大阪市音楽団「欲望という名の電車」

欲望という名の電車

宮川彬良/大阪市音楽団/ フォンテック/2012


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by halca-kaukana057 | 2012-07-31 23:18 | Eテレ・NHK教育テレビ

「お願い!編集長」でお願い! 結果発表

 投票開始から2週間経ちました。さて…。

NHK:Eテレ:お願い!編集長:「芸術劇場」で2008年に放送した「創作舞台“欲望という名の電車”」(脚本:齋藤雅文、監修:花柳壽輔、演出・振付:花柳輔太朗、出演:花柳寿美、藤間紫、他)の再放送をお願いします。…

「お願い!編集長」でお願い! 創作舞踊「欲望という名の電車」(芸術劇場)

 再放送リクエストを出していたこの番組(舞台)。音楽をアキラさん・宮川彬良さんが担当。先日CDが出た吹奏楽による同名バレエ音楽(組曲)を聴いて、元舞台も観たい、原曲を聴きたいとリクエストを出したのですが…

 リンク先を見ての通りの結果です。97票。100票で再放送検討になりますが、あと3票…。たった3票、されど3票。3票の壁は厚かった。残念無念、悔しいとしか言いようのない結果です。

 それでも、賛同して投票してくださった皆様、熱いコメントを投稿してくださった皆様、本当にありがとうございました。1票の重み、熱意を実感しました。

 ちなみに、リクエストは何回でもできます。達成できず、再チャレンジというものもあります。再チャレンジしたい方は是非どうぞ。私も投票、このブログやツイッターで支援します。

 やっぱり元舞台は観たいですよ。原曲も気になる。音楽と、演技と、日本舞踊と、テネシー・ウィリアムズの戯曲「欲望という名の電車」がどのようにひとつの作品として完成されたのか、観たい。諦めきれませんよ。ただ、今回要望をリクエストしてみて…2週間が辛かった。数日で100票達成できれば気持ちは楽だったでしょうが、2週間目いっぱい使って、票数の更新が気になる毎日。精神的に辛いです。

 もっと魅力的なアピールをできればよかったな。元舞台を観たことが無いので、推しどころがわからなかった。音楽と、有名作を日本舞踊で表現したこれまでに無い独創的な作品、という点ぐらい。ここが弱点、アピール不足だったのだと思います。97票、更にコメントもあったのに、魅力を引き出せるようなアピールができなかった。編集長ではなく、私が「ごめんなさい」と言いたいです…。

 最後に、もう一度お礼申し上げます。ありがとうございました。
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by halca-kaukana057 | 2012-07-09 21:00 | Eテレ・NHK教育テレビ

「お願い!編集長」でお願い! 創作舞踊「欲望という名の電車」(芸術劇場)

 まだまだ大盛況中の、NHK教育・Eテレ「お願い!編集長」、再放送リクエスト。観たい番組があったのでリクエストしました。

NHK:Eテレ:お願い!編集長:「芸術劇場」で2008年に放送した「創作舞台“欲望という名の電車”」(脚本:齋藤雅文、監修:花柳壽輔、演出・振付:花柳輔太朗、出演:花柳寿美、藤間紫、他)の再放送をお願いします。…


 「欲望という名の電車」、このタイトルでピンときた方はわかりますね。

欲望という名の電車

宮川彬良/大阪市音楽団/ フォンテック/2012



 昨年11月の大阪市音楽団定期演奏会のライブCD。この表題曲となっている、”バレエ音楽「欲望という名の電車」から”。アキラさん・宮川彬良さんが同名の舞台の音楽を担当、その音楽を演奏会用・吹奏楽編曲にしたのが、この”組曲”とも言える”バレエ音楽「欲望という名の電車」から”。その元舞台が、「芸術劇場」(何故なくしたこの番組…)で放送されていたので、リクエストしたわけです。

 「欲望という名の電車」は、テネシー・ウィリアムズ原作の戯曲。アメリカ・ニューオーリンズを舞台に、ひとりの女性・ブランチの心の葛藤を描いた作品。映画化、オペラ化もされ、日本でも何度も舞台で演じられている作品。
 この脚本:齋藤雅文、監修:花柳壽輔、演出・振付:花柳輔太朗版の「欲望~」は、舞台を大正時代の日本に置き換え、日本舞踊で表現するという意欲的な作品。音楽も、全曲の中から「街」は、「どれみふぁワンダーランド」で原曲のアレンジで演奏されたり、宮川彬良さんとサックス奏者・平原まことさんのデュオコンサートでピアノ・サックス版で演奏されてきました。「どれワン」最終回で、原曲を聴いたのですが、ピアノとアコーディオンが印象的な曲でした。今回の吹奏楽版も、スケールが大きくなって舞台にうごめく人間の感情が伝わってきます。

 でも、吹奏楽版を聴いて、もともとの舞台はどんな舞台だったのだろう?日本舞踊でバレエ音楽?物語も、舞台がニューオーリンズから、大正時代の日本に変更されている。どんな演劇になったのだろう?そして、音楽の原曲はどんな曲だったのだろう?この”組曲”に入らなかった曲は、どんな曲なのだろう?その曲と、演劇、日本舞踊。組み合わせると、どんな作品になったのだろう?観てみたい。
 あと、宮川彬良さんの舞台作品、舞台音楽を聴く機会があまりないので、「舞台音楽家」としてのアキラさんの演奏も聴いてみたい…とも思っています。「クインテット」や他のテレビ番組、コンサートとはちょっと違う一面を聴いてみたい。

 ということで、もともとの舞台を観たい、音楽の原曲を聴きたい。そんな理由でリクエストしました。一番上のリンク先へどうぞ。「Eね!」ボタンで投票をお願いします。コメントも投稿できます。舞台を生で観た、放送を観た方のコメントも是非どうぞ。勿論、私と同じように舞台は観たこと無いけど、CDで聴いて舞台を観たくなった方も是非是非どうぞ!

 以上、賛同してくださる方は、よろしくお願いします。

欲望という名の電車 (新潮文庫)

T.ウィリアムズ / 新潮社


 原作も読んでみています。

 大阪市音楽団とのCDについては後日ゆっくりと書きます。
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by halca-kaukana057 | 2012-06-23 22:53 | Eテレ・NHK教育テレビ

雨の中でも、歌おう、踊ろう 映画「雨に唄えば」

 休みだった昨日、NHK-BSプレミアムでお昼に映画「雨に唄えば(原題:Singin' in the Rain)」が放送されていました。気になっていて、いつか観ようと思っていたので観ることに。はい、白状します。今まで観たことがありませんでした…。

 「雨に唄えば」と言えば、「♪I'm singing in the rain~」の陽気な歌が真っ先に思い浮かびます。原曲もそうですし、「クインテット」でアキラさんがトリプル(ピアノ・カスタネット・ピアニカの三役を同時に!)で、この曲を演奏したバージョンも。大好きな編曲です。でも、もともとの映画を観たことが無い。どんな経緯で、どんなシーンで歌われていたのか、観たことが無い。今回観て、魅了されました。「雨に唄えば」のシーンだけでなく、映画全編で。

 この映画はミュージカル映画。ミュージカルを映画で上演したといえばいいかな。歌と軽快なダンスがちりばめられていて、魅入ってしまいます。時は1920年代アメリカ。俳優のドンは、音楽担当の相棒コズモと地道に歌とダンスのショーを積み、今や知らない人はいない映画スターになった。このドンとコズモのダンスが凄い。下積み時代の回想でも、軽やかに、俊敏に踊る。今、こんなに踊れる俳優さんはいるのだろうか…と思うほど。ドンは女優・リナと組んで主演している。2人は実生活でもカップルと噂されているが、ドンにその気は全く無い。あくまで仕事だけでの相手。そんなドンが、ひょんなことから駆け出しの女優・キャシーと出会う。ドンはキャシーの歌とダンスに魅了され、惹かれてゆく。キャシーのダンスも素晴らしい。ドン・コズモ・キャシーの3人で踊るシーンがあるのですが、圧倒されました。人間、ここまで踊れるのだと。しかも笑顔で、心から楽しそうに。私も踊りたくなるほど。

 その時代の映画はサイレント映画だったが、映画界に激震が起きる。トーキー映画の登場だ。他の会社が作ったトーキー映画が大ヒット。サイレント映画の時代は終わった。ドンとリナの最新作もトーキーで撮影・録音するが…うまくいかない。しかも、リナは元々酷い声。試写会でも悪評ばかり。どうしよう…と頭を抱えるドン。そこで、コズモがミュージカル映画にしたらどうかと提案する。それはいい案だ!とドンもキャシーも喜んで同意する。しかし、リナは酷い声、歌も下手。どうする…。この後の展開は、観てのお楽しみで。

 そしてこの後で、「雨に唄えば」のシーンが出てきます。キャシーと会った帰り道、雨の中、ドンが歌い踊る。ここで、日本語訳の歌詞に初めて出会いました。ああ、こんな意味だったんだ。…僕は雨雲に笑いかける。雨が降っても僕は笑顔でいる。サイレント映画からトーキー映画の時代へ。その奔流に飲み込まれそうになっているダン。でも、大丈夫。キャシーがいる。コズモもいる。そして、歌とダンスがある。今の社会、時代、そして私自身が置かれている状況に重ね合わせて観ていました。こんなに深い歌だったんだ。

 雨の中でも、笑顔で楽しく歌い、踊ろう。自分の心の中にある幸せを、雨も嵐も消せやしない。そう、雨が降ろうと嵐だろうと、心の中に幸せを持ち続けよう。そんなメッセージが込められていたんだ。この映画、歌に出会えただけでも幸せな気持ちになれました。

 「クインテット」のトリプルアキラさんバージョンの「雨に唄えば」も、何故あんなに楽しそう、聴いているだけで幸せになれるのか。その理由がわかった気がしました。音楽そのものも素晴らしい。でも、この音楽に込めたメッセージが、あの編曲とアキラさんの表情に詰まっていたんだ、と。あれ、また放送してくれませんかね。DVDにもCDにも入っていないし…。

 録画もしたので、何度でも観たいミュージカル映画です。古い映画ですが、何十年経っても見続けられている理由もわかりました。ああ、踊るって、唄うって、いいなぁ!
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by halca-kaukana057 | 2011-12-07 22:58 | 興味を持ったものいろいろ

変化自在な舞台で、生と死を思う 劇団四季「夢から醒めた夢」

 先日、ずっと観たいと思っていたものを観てきました。劇団四季のミュージカル「夢から醒めた夢」。現在全国公演中で、私の地域でも公演がありました。「夢から醒めた夢(以下、”夢醒め”と略します)」は、何年も前に赤川次郎さんの原作を読んで、興味を持ちました。更に、作編曲を宮川彬良さんも担当している(メインは三木たかしさん)ことも、私にとって興味を引く要素。ミュージカルのCD(初版)を以前買い、それを聴いてからますます生の舞台で観てみたいと思うようになりました。

 ちなみに、先日までNASAの海底閉鎖環境訓練施設での「NEEMO訓練」を受けていた宇宙飛行士・大西卓哉さんが、宇宙飛行士候補者選抜試験の最終選抜、あの閉鎖環境試験で、「他の受験者に向けて自己PRをしなさい」という課題で、この「夢醒め」のクライマックスシーンの3役をひとりで演じる”ひとりミュージカル”を披露したことでも、私にとっては印象深い作品です。大西さんはミュージカル観劇が趣味だそうで、「夢醒め」は特に大好きな作品なんだそう。大西さんが演じたシーンの本物を観たい、という気持ちもありました。
・大西さんのひとりミュージカル、詳しくはこの本に:ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験
↑実際の映像は、NHKスペシャルで放送されたものに入ってます。DVDも出てますよ。

 前置き長すぎですねw本編行きます。
劇団四季:夢から醒めた夢

夢から醒めた夢

劇団四季 / ポニーキャニオン



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 ↑チラシと会場で販売していたパンフレット。せっかくなので買いました。

 私がミュージカルを観に行くのは…中学高校の芸術鑑賞以来?しかも、何のミュージカル(または演劇?)か思い出せない。とにかく、自分でチケットをとってミュージカルを観に行くのは初めてです。そんなミュージカル入門者の感想です。

 会場のホールは、いつもはクラシックのコンサートで来る場所。いつもなら、開場したら皆自分の席を探して、大体席に付いているはず。しかし、この日は違いました。開場した後もロビーに人が溢れている。何事かと思いきや、ロビーパフォーマンスをしている。そういえばチラシにも書いてあった。脚長ピエロ、ハンドベル演奏、タップダンス、手回しオルガン…ロビーのあちらこちらで、様々なパフォーマンスが。とても賑やかです。タップダンスを中心に観てました。踊るだけでなく、観客の子どもも巻き込んで、一緒に踊っている。とても楽しそう。ついつい魅入ってしまいました。

 あ、まだ自分の席を探していなかったことに気がついた私は、席を探すことに。探して、席に着くと、開演前のステージでもピエロたちがパフォーマンス。コミカルだけど、うまい。こちらでも、会場の子どもたちも舞台で一緒に参加してパフォーマンスを楽しめるかたちになっている。2階席から、タップダンスを披露していた兵隊さんがステージ上のピエロに向かって輪投げをするパフォーマンスを。うまい…。劇団四季はサーカス団でもあったのか、と思うぐらい。そして、また別のピエロが出てきて、舞台で踊り始め…だんだん照明が暗くなってきた。ステージがライトアップされ、夢の配達人が登場。普通なら、開演のアラームが鳴り、観劇の注意のアナウンスなどがあってから始まる。それが、無い。つまり、あのロビーから既に舞台は始まっていたの…?すごい。うまい。

 物語のあらすじなどは公式サイトでどうぞ。省略します。
 それよりも、生の舞台、生のミュージカルの迫力と躍動感に包まれて感じで楽しみました。私がいたのはステージから離れた2階の席。でも、その2階の席でさえ、役者さんたちがいるステージとの境界線がないような、ホール全体が舞台になっているような、そんなものを感じていました。物語が、演出が、踊りも歌も、音楽も、ホール全体を包み込んで、一緒にピコと物語の世界を旅している気持ちになっていました。きっと、夢の配達人の言葉から、そう思ったのかなぁ。特に第2幕冒頭の「夢の配達人(リプライズ)」で、夢には悪夢も辛い事も苦しい事もある、でもそれは人生そのものだから…というセリフが印象に残っています。舞台は、人生そのもの。ファンタジーでも、フィクションでも、夢物語でも…現実の私の人生・今に繋がる何かがある。だから、物語に引き込まれ、心を動かされるのだと。

 とにかくダンスが楽しくて、こんなに踊れたら楽しいだろうなぁ、いいなぁ、いいなぁ!と思いながら観ていました。一緒に踊りたいくらい(踊れないけどwでも、踊ることに憧れてはいます)。「遊園地のパレード」が特に!音楽も歌詞もノリノリで聴いていました。ちなみに、私の持っている初版CDには入っていないことにここで気がつきました。現在の「夢醒め」は、初演の頃のものと大分変わっているんだ。パンフレットのミュージカルナンバー一覧も、CDのと違うところがいっぱいある…。CDは現在のものも出ています。これは現在のも買うべきか。「ここは霊界空港」のカッコイイダンスもいいなぁ。そして部長・暴走族・ヤクザのコントトリオ(?w)のコミカルな演技。コミカルな演技といえば、デビルも抜かせません。まさかオネエキャラとはw

 そんな歌やダンスとともに語られる物語。不運な事故で死んでしまったマコ。マコのことを思い続けているマコのお母さん。マコも勿論、霊界空港で出会った人(死者たち)に何かをしたいと思っているピコ。死んで辛さから逃れたかったのに、死んでも辛い想いをしているメソ。毎日、何気なく生きて暮らしている自分には、雷のような衝撃でした。生と死の間で、命とは、人生とは、生きることの意味を問う。人生には喜怒哀楽があり、それらを乗り越えて生きてゆく。思いやり、誰かのために何かをするとは、どういうことか。生きることは、イコール誰かと繋がっている、自分ひとりだけで生きているわけではないということ。たとえ、死んでしまったとしても。メソとマコのお母さんのセリフや歌、2人の置かれている状況を思うと、涙が…。霊界空港でピコが出会ったこどもたちも。世界の人口は70億を超えた。でも、生まれる命だけではない。あらゆるシーンが、命とは、生と死とは、と問いかけてくる。でも、気持ちが重くならないのは、コントトリオ&デビルのコミカルさと、ピコの明るさ。そして、夢の配達人の言葉も。

 夢という舞台で、生と死の間をピコと旅する。舞台に、人生と命の終わりが描かれる。舞台は、人間の生きる(死後の世界も含めて)世界・場の縮図。鏡。この物語そのものが、舞台と客席の境界線が無いように感じさせたのかもしれません。

 ピコが霊界空港を去る=もう霊界空港の人々とは会うことはないシーンの「愛をありがとう」にも、涙腺が緩んでばかりでした。出会いと別れも、このミュージカルに詰まっています。

 観た後は様々な感情が入り混じっていました。念願のミュージカルを堪能した充実感、物語の余韻に浸り、悲しくなったり、それでも生きるんだと元気をだしたり。何度でも観たい作品です。冒頭で書いた大西さんのお気持ちがよくわかりました。もし、自分が親になったらどう観るだろう。子どもと観たら、どう感じるだろう。ずっとずっと、上演され続けて欲しい作品だなと感じました。

 これからも、様々なミュージカルを観たいと思っています。劇団四季なら、以前原作本を読んだ時にも書きましたが、「ユタと不思議な仲間たち」が観たい。CDで聴いても心躍る躍動感。生で味わいたいです。

・「ユタ」原作本感想:ユタと不思議な仲間たち
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by halca-kaukana057 | 2011-11-04 22:56 | 興味を持ったものいろいろ


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