昨日書いた仙台行きの本来の目的・メインイベントについて。

 2013年に初演された宮川彬良さん作曲のオペラ「あしたの瞳」。初演後、ラジオミュージカル版がラジオ放送され、それを聴いてドハマり。いつか生のオペラを観たいなぁと思っていました。あれから5年。現在は、アンサンブル・ベガによる室内楽版の、オペラのダイジェストが上演されています。今年は仙台に。このチャンスを逃がすまいと応募、当選しました(チケットを買うのではなく、当選しないと行けない。当選すればご招待してくれるメニコンさん太っ腹!)当選してよかった…!行ってきました。


メニコンスーパーコンサート2018 宮川彬良&アンサンブル・ベガ 特別演奏会 in仙台
◇2015年のオペラ再演のページ:メニコンスーパーコンサート:歌劇「あしたの瞳」

◇ラジオミュージカル版。まだ聴けます!ラジオミュージカル 「あしたの瞳」
 前編・後編に分かれています。それぞれの箇所をクリックすると、再生できます。

【過去関連記事】
「見える」とは何だ? ラジオミュージカル「あしたの瞳」前編
ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」前編 覚え書き
ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」 後編 覚え書き
今の積み重ねの先に「見える」もの ラジオ・ミュージカル「あしたの瞳」全体感想
 ドハマりした結果が、こんな量の考察記事を…。歌われるアリアのタイトルもあるので、参考にどうぞ。
 このラジオミュージカル放送の直後、アンベガ岩手公演に行きました。
宮川彬良&アンサンブル・ベガ @岩手矢巾 覚え書き・前編(第1部)
宮川彬良&アンサンブル・ベガ @岩手矢巾 覚え書き・後編(第2部)
”主張”と”和”の生きている”音楽” 宮川彬良&アンサンブル・ベガ@岩手矢巾 全体感想

 コンサート会場にて。
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 公演パンフレット。
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ポスター。オペラの部分拡大。

【アンサンブル・ベガ メンバー】
・第1ヴァイオリン:辻井 淳
・第2ヴァイオリン:戸原 直(客演:通常メンバーの日比浩一さんはお休みです。岩手でも聴けなかった日比さん…)
・ヴィオラ:馬渕 昌子
・チェロ:近藤 浩志
・コントラバス:新 眞二(アンベガのリーダーであり、発起人がこの新さん)
・クラリネット:鈴木 豊人
・ファゴット:星野 則雄
・ホルン:池田 重一
・音楽監督・作編曲・ピアノ・指揮・ナレーション:宮川 彬良
・オペラパートのピアノ:宮川 知子(彬良さんのご長女さんです)

・オペラ構成・脚本:響 敏也(通常のアンサンブル・ベガの構成もこの方)

【「あしたの瞳」キャスト】
・田宮常一:安冨 泰一郎(テノール)
・眼球の記憶/アンソニー・サリバン:塚本 伸彦(バリトン)
・花井君代:長谷川 忍(メゾソプラノ)
・シンディー・フェルダー:安藤 るり(ソプラノ)
・坂本義三:滝沢 博(バリトン)
・コロス:趙 知奈(ソプラノ)、市村 由香(メゾソプラノ)、大久保 亮(テノール)、重左 竜二(バリトン)
(ラジオ版や初演とキャストが同じなのは、常一役の安冨さんと、眼球の記憶/サリバン先生役の塚本さんのみ)。


 舞台がまだ暗い中、舞台に出てくるアンベガメンバー。辻井さんがピアノでチューニング。これ、岩手でもそうだった…思い出します。彬良さんが入ってきて、1曲目。

・F.デーレ/宮川彬良:すみれの花咲く部屋
 アンベガのテーマ曲。アンベガといったらこの曲でしょう!!メインはオペラだけど、アンベガの演奏会でもある今回。始まりはこの曲でした。嬉しかった。また聴けたというのも。鈴木さんの朗らかなクラリネット。辻井さんの切れそうで切れない繊細なヴァイオリン。低音の歌はチェロの近藤さん。新さんのコントラバスが支え、星野さんのファゴット、池田さんのホルンが管楽器の味を加える。内声を支える馬淵さんのヴィオラ、戸原さんのヴァイオリン。アンベガだなぁ、とじんわりと感じました。

 演奏の後は、オペラの前に彬良さんのミニトーク。「10分話せと言われまして…」アキラ節も健在。
 オペラ「あしたの瞳」の「Why」と「How」.「あしたの瞳」はこれで5回目の公演。聴いたことがない人がほとんど(ラジオ版聴いてた人はどの位いたんだろう?)。しかもダイジェストなので、所々飛ばします。オペラができた経緯と、ざっくりとしたあらすじを。オペラを作って欲しいと頼んだのは、メニコンの田中英成社長(ここでは名前は書きますが、実際のトークでは触れてなかった)。父のことをオペラにしてほしい、と。そのお父様が、常一のモデルになった、田中恭一会長。日本で初めて、角膜コンタクトレンズ(現在のハードレンズ。当時のコンタクトは眼球全体を覆う強角膜コンタクトレンズが主流だった)を開発、しかも独学で。とはいえ、彬良さんはオペラを書いた経験がない。オペラも、ドロドロとした人間関係、最後に誰かが死ぬようなもの…と思っていた。でも、この題材はコンタクトレンズ開発。産業が主題のオペラ。ならば書いてみよう…様々な苦節があり、2013年に書き上げ、初演。ここまでが「Why」。
 ラジオ版を聴いて、コンタクトレンズ開発史の本を読んで色々と学びました。ここで語られる物語もすごいですが、史実もすごい。

 「How」は、どうやってオペラを作るのか。今回、カットした一場面のセリフを書いたホワイトボードを持ってきて、セリフを読みながら解説します。場面は、「過去を見続けるために」の前、合成樹脂の板を入手して常一のもとに向かっていた君代と、常一が出会うシーン。ラジオ版ではミュージカルなのでセリフは普通に語られますが、こちらはオペラなので歌に乗せます。「ふるさと」に乗せてみる…違う。常一と君代のセリフのテンションの違いに注目し、曲調を変える。さらに、セリフから、登場人物がどんな動きをしているかイメージする。そのイメージに合う音楽を考える。彬良さんのオペラの作曲スタイルは、脚本→芝居、であること。そして、オペラなので音楽も付いてくる。舞台音楽家として活躍している彬良さんらしいやり方です。セリフに音楽を乗せる、歌のような、語りのような…この微妙な「オペラ」というものがどうやってできるのか、わかりやすかったです。

 そして、いよいよオペラ本編。序曲になっていたのが、「なぜ何故なぜ」。アンベガ版の「あしたの瞳」の音楽はどうなるんだろうと思っていましたが、すっと入って来る。元々のオーケストラでの編曲・演奏と違うけれども、「違う」という感じではない。「こっちもいい」。
 カットしたシーンに関しては、指揮をしている彬良さんがナレーションで語ります。さすがにラジオ版と同じく、眼球の記憶役の塚本さんがやるのは無理か…。

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 舞台の上に白い長い看板のようなものがありますが、ここに歌詞の字幕が出ます。最初、何だろうと気になっていた。これで、ラジオ版でわからなかった歌詞もわかる。ありがたい!と思っていたのですが…。
 オペラの音楽・歌は、ラジオ版とは違うものがほとんど。ラジオ版のはフルじゃない、ショートVer.です。ラジオと同じだったのは、「わしはお前だ」ぐらい…。「もうひとつの瞳」もラジオと同じではあるけれども、その前フリが長い。そして上述のとおり、ラジオ版はセリフは普通に語りますが、オペラは全部歌。「あしたの瞳」の物語そのものに変わりはありませんが、ラジオ版とオペラは全くの別物!オペラはオペラとして楽しめました。セリフが歌になっても違和感無い。ラジオ版のセリフの語りも好きだ(特に、19歳常一の爽やかな好青年っぷり。眼球の記憶の深いバリトンも。)

 上で貼った長々とした考察記事…。ラジオ版の時は、物語やセリフに注目して聴いていました。それを読解する。ラジオ版とオペラの歌詞の違いもチェックはする。しかし、オペラは歌手の皆さんの歌に魅了され、圧倒されっぱなしでした。歌の迫力がすごい。私も声楽を趣味でやっていますが、その時に思っていたのが、どうやったら、マイクなしに自分の声だけで、広いホールに響かせられるんだろう?ということ。その初心を思い出しました。レッスンで声楽での発声、声の響かせ方を学んで、歌っていますが、何をどうしたらこんな響く声が出てくるんだろう、と。しかも、ずっと歌ってばっかり。演技もするし、激しく動くこともあるし、踊ることもある。それでも発声は崩れない。すごいなぁ、プロはすごいなぁと思っていました。

 終戦の頃を思い出していた現代の常一と坂本。坂本が去った後、登場するのが、常一の視覚の記憶が実体化した「眼球の記憶」という謎の存在。眼球の記憶のインパクトがすごかった。舞台のあっちこっちから登場してくる。登場の際のアリア「わしはお前だ」コミカルで楽しい。コロスは眼球の記憶の子分みたいな存在だった。最初は無視しようとする常一が、最後にはノリノリだったのは笑えたwこのオペラはコミカルなシーンが多いです。オペラそのものが初めて、という人も親しみやすいと思います。

 眼球の記憶が常一の見たものの記憶そのものだというのを証明するために、終戦直後の常一の記憶を見せる眼球の記憶。「何を見たか」(「焼け跡タンゴ」に続くシーン)で、コロスのソプラノ・趙さんのソロがすごかった。「何を見たか」の箇所は、オペラだとどう表現するんだろう…と思っていましたが、なるほど、という演出でした。ひと段落した後で、ここで、常一のあの一言…「目玉幽霊」出てきましたw待ってましたw

 眼球の記憶が常一の見たものの記憶そのものだと判明し、常一が成し遂げたことをたどる過去の旅へ。軍需工場での坂本さんとのシーンは割愛。一気に、常一の運命が動き出す瞬間へ。メガネ店で働く19歳の常一。シンディー登場。インパクト強いです…。シンディーの変な日本語英語(英語日本語?)も、字幕があると楽しめます。前半の山場、常一のアリア「もうひとつの瞳」、熱演でした。アンベガの演奏も常一の心情に寄り添い、熱い。ラジオ版でも一番好きなアリアなのですが、生はもっと迫るものがあった。これがライヴだ。この「もうひとつの瞳」の前、コンタクトレンズを見たかったけど見られなかった常一の葛藤「俺は、見たいのだ」ラジオ版だと結構短かったが、オペラは長かった。ただ、ラジオ版での「見られないなら、つくればいい」。このセリフが大好きなのですが、カット?元々からなかった?ありませんでした…ここは残念だった…。

宮川彬良/歌劇「あしたの瞳」より”もうひとつの瞳”(室内楽版)
 2016年の神戸公演での、「もうひとつの瞳」。生は歌も演奏ももっと熱かったよ!

 ここから、君代が登場。元々はソプラノなのですが、アンベガ版ではメゾソプラノに。どうなるんだろう?と思っていましたが、長谷川さん、ソプラノ音域もきれいでした。本当にメゾなんですかと思ってしまった。ソプラノ寄りのメゾなのか、プロならソプラノ音域も出せるのがメゾなのか…。本当、プロはすごいよ…。「過去を見続けるために」で戦争で使われたものでコンタクトレンズを作ることへの葛藤から、それでいいんだと答えを出す。この箇所は特に好きな箇所です。その後序曲にもなっていた「なぜ何故なぜ」。常一と君代の恋の二重唱です。ラジオ版とオペラでは、眼球の記憶の反応が違います。演出を変えたのか、元からこうなのか。オペラの反応も好きだ。

 そして完成したコンタクトレンズ。そこへシンディーが連れてきたのが、アメリカから来た医師のサリバン。塚本さんの2役、見事です。そのサリバンに対抗する常一。サリバンは銃を構え、常一は刀を構えるような演出がよかった。話にならないと去ろうとするサリバンを、「待て!」と引き留める常一の仕草が歌舞伎風だったのも。常一のコンタクトレンズの実力を試す「自転車ソング」。後半の山場です。ラジオ版よりも速い!自転車を全力でこぎながら歌う常一役の安冨さん、息切れも全くなく、力強く歌う。プロの実力を見せ付けられました…。ポスターにもなっているシーンですが、とてもいいシーンです。

 ラジオ版では、眼球の記憶の語りのバックでコロスのコーラスがあったのですが、「闇と光」、ようやく歌詞がわかりました!!いいコーラスです。でも、ラジオ版では途中までなので、全部覚えきれなかった。でも、全体的にそうなのですが、歌詞の詳細よりも、歌、音楽そのものを楽しんでいました。あの歌声を目の前にして、圧倒されて、惹き込まれて…思う存分楽しんだという気持ちです。
 最後は華々しくフィナーレ。この希望に満ちたフィナーレも好きです。

 カーテンコール。大拍手でした。脚本の響さんも登場。そして、彬良さんから、客席にモデルの田中恭一会長と奥様がいらしている、と。ご本人!ここでも大拍手でした。

 歌に完全に惹き込まれて、アンベガ版の演奏を注意して聴けなかったのが残念というか何というか…。違和感がなかった、自然にすっと入ってきたから、それでいいのかもしれない。今度、もしアンベガの演奏会に行く機会があれば、今度こそ日比さんも一緒のフルメンバーで聴きたいです。
 ラジオ版にはなかった歌もあり、これがオペラかと思いましたが、ラジオ版からカットされたアリアも何曲か…。ダイジェストだから仕方ないんだよなぁ…。こうなったら、オペラをフルで観たいよなぁ…。見たい、観たいです。
 あの考察ができたのは、ラジオ版だからだったかもしれない。ラジオ版は何度でも聴けますし。オペラだと、本当に生の歌、音楽に心から魅了されました。その時、その瞬間だけの音楽。音楽は時間と共にある。時間が流れれば、音楽も流れる。生の音楽は引き留めておけない。引き留めたかったけど、ライヴの勢いにいい意味でのまれました。ラジオ版でこのシーンはこんな感じかなとイメージしていたのですが、いい意味で覆されました。イメージ以上です。(ラジオ版はラジオ版、オペラはオペラで別バージョンのように捉えてはいます。)

 私が見たかったものはこれだったんだ、と思ったコンサートでした。改めて、このオペラが好きだ、出会えてよかったと思っています。ホールを出た後も、オペラの歌が頭の中をぐるぐる。普通の言葉も、オペラのように音楽に乗せて歌いたいと思ってしまったくらい。
 今後の私の声楽へのモチベーションにもなりました。年に1度の発表会でも、普段のレッスンや練習でも、目指したい声・発声・歌を聴けました。地道に、コンコーネ50番練習曲他、がんばります。
 最後に、ありがとうございます!

 おまけ。パンフレット一式の中に入ってたお土産。
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 目にいいというコーヒー。まだ飲んでいません。PC作業の休憩にいいかも。よく見たら、このコーヒーはメニコンの子会社が作っているということ。こういうものもあるんだ。

 思い出したら、また追記します。

おふぃすベガ:メニコンスーパーコンサート2018 宮川彬良&アンサンブル・ベガ特別演奏会 宮川彬良/歌劇「あしたの瞳」~もうひとつの未来 SPECIALダイジェスト
 アンサンブル・ベガ事務局のおふぃすベガさんによる、公演レポート。公演の写真、ツイッターのまとめ(モーメント)もあります(モーメントはツイッターアカウントがなくても見られます。)

【追記】
 先述、リンクを貼ったラジオ版を改めて聴いて、過去の考察記事を読み直してみて気づいたことがあります。ラジオ版は、常一のコンタクトレンズ開発の物語に、「見るとは何か、見えるとはどういうことか」という問いをテーマにしている。「見る」のは、視覚だけに限ったことなのか。「見ている」ようで、「見ていない」「見えていない」こともあるんじゃないか。「見えない」ものを「見る」にはどうしたらいいんだろうか。そんな哲学的なテーマが物語のあちらこちらに散りばめられ、「光と闇」「フィナーレ」で、開かれた答えを出します。
 が、オペラダイジェスト版では、あちらこちらカットしてしまったため、コンタクトレンズ開発の物語がメイン。「焼け跡タンゴ」に続く「何を見たか」、「過去を見続けるために」、「光と闇」あたりで、「見るとは何か」というテーマも出てきますが、そこまで追求していない。「フィナーレ」も、コンタクトレンズを見事開発して、サリバン先生にも認められて、大円団…という感じになってしまった。この物語は観ている側にも通じるもの、というメッセージが薄れてしまったように感じます。3時間のオペラをあっちこっち削って75分、仕方ないか…。ラジオ版は、眼球の記憶の語りが重要なポイントになってくるのですが、それもかなりカットされていましたから。なぜ、どうやって、このタイミングで眼球の記憶が常一の元にやってきて、過去へ遡る旅をすることになったのか。その理由がカットされたのは残念。
 でも、歌はオペラの方がフルなのだから、ある程度は伝えられるのではないかと思います。というか、歌の歌詞がオペラとラジオ版では違うところがちらほらあったような…?
 こうなると、やっぱりオペラのフルバージョンを観たいです。これが完全版、というのを観たいです。

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by halca-kaukana057 | 2018-12-06 23:53 | 音楽
 今回もシリーズではありませんが、シベリウス「クレルヴォ(クレルヴォ交響曲、クッレルヴォ)」 op.7 を聴いた感想を。9月、パーヴォ・ヤルヴィ:指揮、NHK交響楽団で「クレルヴォ」を含む演奏会がありました。N響初演なのだそうです。意外。誰かやってるかと思った。コンサートに行けなくても、N響はFM生放送とEテレ「クラシック音楽館」でのテレビ放送があるのでありがたい。そのFM生放送の録音と、「クラシック音楽館」での放送を観ての感想です。
 ちなみに、N響、NHKは「交響曲」はつけない。「クレルヴォ」が交響曲なのか、交響詩なのかは研究されています。

パーヴォ・ヤルヴィ:指揮、NHK交響楽団
ヨハンナ・ルサネン(ソプラノ)、ヴィッレ・ルサネン(バリトン)
エストニア国立男声合唱団

 以前、パーヴォ・ヤルヴィさんがロイヤル・ストックホルム・フィルと「クレルヴォ」を録音し、そのCDを聴いた記事を書きました。
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その2 P.ヤルヴィ盤
 この記事で、こんなことを書いている。
現在、50代のパーヴォさんならどんな「クレルヴォ」を描くだろう?シベリウス作品でも規模やフィンランド語による独唱・合唱のため?かなかなか演奏されない「クレルヴォ」。オケや声楽独唱・合唱は変わるでしょうが、現在のパーヴォさんの「クレルヴォ」も聴いてみたいです。
 まさにこれが実現しました。21年後の実現です。聴きたかったものが聴けて嬉しい。

 そして、「クラシック音楽館」でのインタビューでも、興味深いことを仰っていました。
・「カレワラ」で、クレルヴォは「善」か「悪」か判断がつきにくい。シベリウスがクレルヴォの物語を取り上げたのが興味深い。(ちなみに、レンミンカイネンは「善」)
・フィンランドとエストニアは民族、言語的に近い。エストニア語は、フィンランド語の古語に近い。フィンランド語は、エストニア語の古語に近い。
・「クレルヴォ」の詩(「カレワラ」のクレルヴォの章)はフィンランド語の古語で書かれている。エストニア国立男声合唱団は、フィンランド語の古語を完璧に発音できる。
 「カレワラ」の中で、ワイナミョイネンやレンミンカイネン、イルマリネンは通して登場しますが、クレルヴォはクレルヴォの章しか登場しない。しかも、「カレワラ」の中でも他の章とは雰囲気が全く異なる。「悲劇の英雄」。しかも、若い頃のシベリウス、初期の作品。初めて交響曲を書こうとして、選んだのがクレルヴォの物語というのは確かに興味深い。レンミンカイネンよりも先に、何故クレルヴォを選んだのだろう。クレルヴォの何に惹かれたのだろう。
 フィンランドに様々な面で近いエストニア。エストニア語とフィンランド語の関係は初めて知りました。言語的に似ている、フィンランド人とエストニア人がそれぞれの母国語で会話しようとすればできないことはない、と聞いたことはあります。方言のような感じだと。「カレワラ」は古語で書かれているとは大体予想はついていましたが(声楽でも、イタリア歌曲集のイタリア語の歌詞は古い表現で、今のイタリア語ではあまり使わない表現だと学びました)、それがエストニア語に関係しているのは初耳です。パーヴォさんのエストニア国立男声合唱団が歌う「クレルヴォ」の男声合唱への大きな信頼と自信が感じられます。(ならば、これまで、今も「クレルヴォ」を歌い続けている数多くのフィンランドの男声合唱団はどうなんだろう…?と思ってしまいます。現代のフィンランド語を話すフィンランド人の方が弱いのか、と。他の国の男声合唱団は?)

 演奏は、ソフトな感じ。以前のロイヤル・ストックホルム・フィルとの演奏もソフトな感じでしたが、N響ともソフトです。第1・2楽章はこのやわらかさに加えてゆったりと。でも、音の質感は重め。根はずっしり、しっかりと張り、枝葉は柔らかな大樹をイメージします。第1楽章の主題はいつ聴いても胸を締め付けられます。「クレルヴォ」を作曲していた頃は、シベリウスはワーグナーが好きで、ベルリン留学の際に聴いたワーグナーのオペラに強い感銘を受けています。「クレルヴォ」はオペラ風だと感じます。でも、完全にワーグナーや、同じく強い感銘を受けたベートーヴェンの第九とは違う、シベリウスの音になっている。
 第3楽章、男声合唱は表現豊か。語るタイプよりも歌うタイプです。パーヴォさんが仰っていたように無骨、時にやわらかく。ソプラノとバリトンの独唱の2人を引き立てているようにも感じました。独唱は「クレルヴォ」ではお馴染みのルサネンきょうだい。メリハリ、キレがありますが、乱暴ではない。クッレルヴォの妹の告白の箇所が痛切で、かなしい。妹の死の後のクレルヴォの嘆きは、強く重く自分を責める感じ。クレルヴォでお馴染みのきょうだいですが、その時によって歌い方が異なるのは本当に興味深い。それぞれ、指揮者の考え方が違うんだなと感じます。
 第4楽章もソフトな感じ。クッレルヴォがウンタモ一族を滅ぼしに戦争をするのですが、もうちょっと硬い音でもいいかなと思う。金管はバリバリで、勇ましさ、力強さはよく伝わってきました。
 第5楽章、クレルヴォの死。最初は弱音で、じわじわと重く盛り上がる男声合唱に、ぞくぞくします。ソフトな演奏だけど、重めの音がいい味を出しています。ラストはどこか淡々としているけれども重く、力強く。カンテレで歌いつつも語る吟遊詩人のよう。

 「クラシック音楽館」で、日本語字幕付きで聴けたのはよかったです。なかなかありません、初めてです。いつもは記憶しているクレルヴォの章のあらすじを思い出したり、歌詞カードを見たりしているのですが、途中でどこかわからなくなることもあります。歌詞の詳細と一緒に聴けるのはいいなぁと感じました。N響で演奏されてよかった。

 歌詞の詳細を追いながら聴けたので、今回はこの話も書きます。第3楽章、第5楽章の歌詞は「カレワラ」のクレルヴォの章からとられていますが、シベリウスが変更した部分があります。クレルヴォが妹を誘い、きれいな宝物…金銀や布地を妹に見せるところの男声合唱の部分。
Verat veivät neien mielen,
Raha muutti morsiamen,

(布地は娘の心を揺るがせ
お金は花嫁の気持ちを変えた)
 「カレワラ」原詩ではこのようになっていますが、シベリウスは「Raha(お金)」を、「Halu(願望、憧れ)」に変えています。しかし、何者かがシベリウスの自筆譜を無断で書き換え、「Raha」に戻してしまいます。その後、ずっとこの箇所は「Raha」で歌われてきたのですが、2005年のブライトコプフ社「ジャン・シベリウス作品全集」ではシベリウスによる「Halu」に戻されています。今回の演奏では、N響機関紙「フィルハーモニー」に載っている歌詞では「Raha」でしたが、「クラシック音楽館」の訳では「憧れ」となっていました。結局、どっちで歌ったんだろう?

 今回のコンサート前半では、「レンミンカイネンの歌」op.31-1、「サンデルス」op.28、「フィンランディア」op.26(男声合唱つき)も演奏されました。「レンミンカイネンの歌」(NHKでは「レンミンケイネンの歌」と表記)は、「カレワラ」のレンミンカイネンを題材に、ユリヨ・ヴェイヨの詩を歌っています。「レンミンカイネン組曲(四つの伝説)」op.22のドラマティックさとは少し違う牧歌的な詩です。曲は、「レンミンカイネンの帰郷」と同じ楽想が活用されています。「サンデルス」は詩はスウェーデン語。ルーネベルイの詩です。1808年、ロシア-スウェーデン戦争のスウェーデンの将軍、ヨハン・サンデルスを歌っています。スウェーデン語系フィンランド人であるシベリウス、ルーネベルイがうかがえます。どちらもあまり聴かない歌で、「クレルヴォ」とは異なる雰囲気で興味深い。滅多に演奏されない曲が演奏されて嬉しいです。「フィンランディア」は男声合唱の入れ方は色々あるんだな、と感じました。

 昨年はハンヌ・リントゥさんが東京都交響楽団で「クレルヴォ」を演奏。今年はパーヴォさんとN響。日本でもどんどん「クレルヴォ」を演奏して、もっと広まればいいなと思います。やっぱりフィンランド語の歌詞が壁になるかとは思いますが…。
 「クレルヴォ」の記事が多くなってきたので、タグを作りました。これからも、「クレルヴォ」を聴いたら書いていこうと思います。



【これまでの「クレルヴォ」シリーズ】
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その1
 パーヴォ・ベルグルンド:指揮、ボーンマス響盤
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その2 P.ヤルヴィ盤
 パーヴォ・ヤルヴィ:指揮、ロイヤル・ストックホルム・フィル盤
もうひとつの「クレルヴォ」
 番外編:レーヴィ・マデトヤの交響詩、アウリス・サッリネンのオペラ
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その3 バレエのクレルヴォ?
 ユッカ=ペッカ・サラステ:指揮、フィンランド国立歌劇場管弦楽団、バレエ付き。
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その4 ヴァンスカ盤
 オスモ・ヴァンスカ:指揮、ラハティ交響楽団
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その5 N.ヤルヴィ盤
 ネーメ・ヤルヴィ:指揮、エーテボリ交響楽団
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その6 パヌラ盤
 ヨルマ・パヌラ:指揮、トゥルク・フィルハーモニー管弦楽団
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その7 ベルグルンド&ヘルシンキフィル盤
 パーヴォ・ベルグルンド:指揮、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団

[フィンランド独立100年記念]続・シベリウス クレルヴォ交響曲を聴こう スロボデニューク&ラハティ響
 ディーマ・スロボデニューク:指揮、ラハティ交響楽団 (2017年 シベリウス音楽祭より)
[フィンランド独立100年記念]続・シベリウス クレルヴォ交響曲を聴こう ロウヴァリ&エーテボリ響
 サンットゥ=マティアス・ロウヴァリ:指揮、エーテボリ交響楽団 (2017年の演奏会より)
[フィンランド独立100年記念]続・シベリウス クレルヴォ交響曲を聴こう サロネン&ロスフィル
 エサ=ペッカ・サロネン:指揮、ロスアンジェルス・フィルハーモニック
[フィンランド独立100年記念]続・シベリウス クレルヴォ交響曲を聴こう オラモ&BBC響
 サカリ・オラモ:指揮、BBC交響楽団(2015年プロムスでのライヴ録音)
[フィンランド独立100年記念]続・シベリウス クレルヴォ交響曲を聴こう リントゥ&フィンランド放送響
 ハンヌ・リントゥ:指揮、フィンランド放送交響楽団(2017年、フィンランド放送響のフィンランド独立記念日コンサートより)
まだまだ、シベリウス クレルヴォ交響曲を聴こう ダウスゴー & BBCスコティッシュ響
 トーマス・ダウスゴー:指揮、BBCスコティッシュ交響楽団
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by halca-kaukana057 | 2018-10-15 22:39 | 音楽
 フィンランド独立100年の記念日を過ぎましたが、まだ聴いた「クッレルヴォ」があるので続けます。寒波襲来で、「クッレルヴォ」は猛吹雪に合う気がします。



 今回もCDなのですが、ちょっと普通のCDとは違います。
サカリ・オラモ:指揮、BBC交響楽団
ヨハンナ・ルサネン=カルタノ(ソプラノ)、ワルテッリ・トリッカ(バリトン)、
ポリテク合唱団、BBCシンフォニーコーラス(男声合唱)

 2015年のBBCプロムス、ロイヤル・アルバート・ホールでのライヴ録音です。BBC Music Magazine 2017年9月号で付録のCDになりました。一般に販売しているCDではないですが、CDではある。BBC Music Magazine は聴きたいCDが付録の時や、興味のある記事の時買います。読み込めてないですが…。

◇公式サイト:classical-music.com:September 2017
◇HMVならまだ買えるみたいです。:HMV:BBC Music Magazine 2017年 9月号

・その時のプロムス シベリウスプログラムまとめ:Proms2015 シベリウスプログラム&シベリウス音楽祭 まとめ
 2015年はシベリウス生誕150年。その記念の公演。その時、BBC radio3 のオンデマンド配信も聴きました。改めてCDで聴いてみて、その時の印象とはまた違った感想を持ちました。
 ちなみに、前回はアメリカのオーケストラ。今回はイギリスのオーケストラ。イギリスオケはベルグルンド&ボーンマス響以来です。

 最初に聴いた時は、まだ「クッレルヴォ」をそんなに聴いたことがなく、私にとっては目新しいものとして聴きました。「カレワラ」のクッレルヴォの章は、救いがない。でも、クッレルヴォは悲劇の「英雄」。「英雄」なんです。過酷な運命に毅然と力強く立ち向かうクッレルヴォの姿を思い浮かべました。

 というイメージは変わってはないのですが、付け足された感想がいくつか。テンポは速めですが、すごく速いというわけでもない。第3楽章は結構速いなとは感じます。それよりも、演奏時間約71分、流れに勢いよく乗って、クッレルヴォの章、ドラマを紡いでいく印象です。でも、さらさらと流しているわけではなく、語るところは語る。急緩も全部流れに乗っている。例えば第2楽章の「ジャーン!ジャジャジャジャン!」と強いところがありますが、その後休符が数秒。その無音、休符で何を語っているのだろう?強弱もコロコロと変わる。アクセントも随所につける。それらも全部ひとつの、この演奏全体の「流れ」に感じます。自然に思える。それが、ドラマティックに思う所以なのかなと思いました。若干響きがソフトに感じるのはあの大きなホール、録音のせいだろうか?

 第3楽章、ポリテク合唱団とBBCシンフォニーコーラスの合唱は滑らかでアクセントも効いている。役者寄りの合唱かな、と。ヨハンナ・ルサネンさんはもうお馴染みのクッレルヴォの妹役。澄んだソプラノはどの録音でも素敵です。クッレルヴォに自分のことを明かす部分は悲痛。バリトンのワルテッリ・トリッカさんは、フィンランドの若手バリトン。クラシックだけでなく、ポップス歌手とのコラボなど、多方面で活躍しているバリトンさんです(Spotifyでソロアルバムを聴けます。いい感じです)。「クレルヴォの嘆き」の部分が結構速いです。ショックで叫び、悲しみ、自分を責めているような歌い方。伴奏のオケも強い鋭い音を出して、クッレルヴォの叫びを代弁しています。若々しく、たくましいバリトンです。若手のクッレルヴォ歌手がこれからどんどん増えて、育ってきて欲しいなと思いました。



 ちなみに、「クッレルヴォ」から少し離れますが、シベリウス繋がりなので。今シーズンのオラモさんとBBC響はシベリウス・チクルスをやっています。BBC radio3のオンデマンドで現在聴けるものがあるので、リンク貼っておきます。
BBC radio3 : Radio 3 in Concert : Sakari Oramo Sibelius Cycle: Symphony No 6
 4番、6番。その間にスウェーデンの作曲家・ヒルボルイのヴァイオリン協奏曲第2番。12月29日ごろまで配信。
BBC radio3 : Radio 3 in Concert :Sakari Oramo Sibelius Cycle: Symphony No 1
 報道の日 祝賀演奏会のための音楽(イギリス初演)、2つの荘重な旋律 Op.77、1番。「Finland Awakes」と銘打って、フィンランド独立100年記念日の12月6日が演奏会でした。1月6日あたりまで配信。
 残る2番と7番、加えて「ルオンノタール」は1月6日(日本時間7日早朝)。

 それと、オラモさんとBBC響で忘れちゃいけない、BBCプロムス ラストナイトが放送されます!今週日曜深夜です!
NHK : プレミアムシアター
NHK番組表:プレミアムシアター プロムス2017/NHK音楽祭「ドイツ・レクイエム」
 12月18日 午前0時30分から。お忘れなく!


【これまでのの「クレルヴォ」特集まとめ】
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その1
 パーヴォ・ベルグルンド:指揮、ボーンマス響盤
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その2 P.ヤルヴィ盤
 パーヴォ・ヤルヴィ:指揮、ロイヤル・ストックホルム・フィル盤
もうひとつの「クレルヴォ」
 番外編:レーヴィ・マデトヤの交響詩、アウリス・サッリネンのオペラ
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その3 バレエのクレルヴォ?
 ユッカ=ペッカ・サラステ:指揮、フィンランド国立歌劇場管弦楽団、バレエ付き。
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その4 ヴァンスカ盤
 オスモ・ヴァンスカ:指揮、ラハティ交響楽団
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その5 N.ヤルヴィ盤
 ネーメ・ヤルヴィ:指揮、エーテボリ交響楽団
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その6 パヌラ盤
 ヨルマ・パヌラ:指揮、トゥルク・フィルハーモニー管弦楽団
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その7 ベルグルンド&ヘルシンキフィル盤
 パーヴォ・ベルグルンド:指揮、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団

[フィンランド独立100年記念]続・シベリウス クレルヴォ交響曲を聴こう スロボデニューク&ラハティ響
 ディーマ・スロボデニューク:指揮、ラハティ交響楽団 (2017年 シベリウス音楽祭より)
[フィンランド独立100年記念]続・シベリウス クレルヴォ交響曲を聴こう ロウヴァリ&エーテボリ響
 サンットゥ=マティアス・ロウヴァリ:指揮、エーテボリ交響楽団 (2017年の演奏会より)
[フィンランド独立100年記念]続・シベリウス クレルヴォ交響曲を聴こう サロネン&ロスフィル
 エサ=ペッカ・サロネン:指揮、ロスアンジェルス・フィルハーモニック

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by halca-kaukana057 | 2017-12-13 22:16 | 音楽
 フィンランドの独立記念日が明後日に迫っています。シベリウス:クレルヴォ交響曲(クッレルヴォ)を聴こうシリーズ。今日も演奏会のオンデマンド配信のものです。
サンットゥ=マティアス・ロウヴァリ:指揮、エーテボリ交響楽団
ヨハンナ・ルサネン=カルタノ(ソプラノ)、ヴィッレ・ルサネン(バリトン)
オルフェイ・ドレンガル
GSOplay:Sibelius’ sibling drama
◇上の動画が重い場合は:SIBELIUS Kullervo - Rouvali

 この秋から、エーテボリ響の新首席指揮者に就任したロウヴァリさん。5月にはタンペレ・フィルと来日してましたね。聴きに行きたかった…。以前のシリーズでエーテボリ響は、ネーメ・ヤルヴィ指揮のCDを取り上げましたが、あれは1985年の録音。あれから30年以上。若い指揮者とどう演奏するのか楽しみです。声楽ソロは、前回のラハティ響と同じルサネンきょうだい。

 動画を再生して視聴していたのですが、最初から驚きます。いきなりテンポを遅くする。えっ、ここで?とびっくりする。他のところでも、えっ、こうするの?と驚く箇所があちこちに出てくる。でも、ずっと聴いていると、説得力がある。「クレルヴォ」の物語ってこうだったんだ、と思う。いつの間にかロウヴァリさんの「クレルヴォ」の世界に入っている。すごい。完全にやられました。
 ロウヴァリさんの指揮はご存知の通り個性的。華奢で小柄な身体をいっぱいに使って、踊るような、大きな動きをする。こちらも最初はびっくりするのですが、オーケストラ側からのアングルで見てみると、わかりやすい指示だなと思う。しなやかに、力強く、ゆるやかに、決然と…多彩。自由自在。本当に面白い。

 声楽ソロは前回スロボデニューク&ラハティ響と同じルサネンきょうだいなのですが、歌い方が全然違う。まず、登場の演出に驚きました。まさに、クレルヴォと妹が森の中で出会うような。歌も力強い。クレルヴォが森で出会った女性(この時はまだ妹と知らない。妹も兄とは知らない)を誘うところで、最初は妹が思いっきり罵倒するのですが、力強い口調で早口で罵る。その後も2人の掛け合いや、告白、嘆きなどは力強く、ただ歌うだけじゃない、セミステージ方式のオペラを観ているかのよう。
 男声合唱のオルフェイ・ドレンガルのうまさにも驚きました。揃ったハーモニー。層が厚い。さすがです。これもまた、オペラのように感じます。

 一度だけで無く、2度3度聴くとハマってきます。まだコンビを組んだばかりなのに、こんな面白い演奏をするなんて、これからのロウヴァリ&エーテボリ響が楽しみになります。エーテボリ響とも来日しないかなぁ。


【これまでのの「クレルヴォ」特集まとめ】
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その1
 パーヴォ・ベルグルンド:指揮、ボーンマス響盤
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その2 P.ヤルヴィ盤
 パーヴォ・ヤルヴィ:指揮、ロイヤル・ストックホルム・フィル盤
もうひとつの「クレルヴォ」
 番外編:レーヴィ・マデトヤの交響詩、アウリス・サッリネンのオペラ
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その3 バレエのクレルヴォ?
 ユッカ=ペッカ・サラステ:指揮、フィンランド国立歌劇場管弦楽団、バレエ付き。
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 オスモ・ヴァンスカ:指揮、ラハティ交響楽団
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[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その6 パヌラ盤
 ヨルマ・パヌラ:指揮、トゥルク・フィルハーモニー管弦楽団
[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その7 ベルグルンド&ヘルシンキフィル盤
 パーヴォ・ベルグルンド:指揮、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団

[フィンランド独立100年記念]続・シベリウス クレルヴォ交響曲を聴こう スロボデニューク&ラハティ響
 ディーマ・スロボデニューク:指揮、ラハティ交響楽団(2017年 シベリウス音楽祭より)
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by halca-kaukana057 | 2017-12-04 22:40 | 音楽
 今日は6月8日、ロベルト・シューマンの誕生日。生誕206年です。初夏、(当地では)入梅前の爽やかな季節、シューマンはとても合うと思うのです。雨の日もまた合うと思う。

 今年はこのCDから。
HMV:BBC Music Magazine 2016年5月号
f0079085_2241654.jpg BBCが出版している音楽誌。前から気になっていたのですが、この5月号の付録CDがシューマンとクララの歌曲と聴いて購入。洋書です。全部英語です。

 シューマンは様々な詩人の詩に曲をつけました。ゲーテ、ハイネ、ケルナー…そしてフリードリヒ・リュッケルト。シューマンの歌曲の代表的作品、「ミルテの花」op.25の第1曲「君に捧ぐ(献呈)/Widmung」もリュッケルトの詩。「ミルテの花」では第11曲:花嫁の歌Ⅰ、第12曲:花嫁の歌Ⅱ、第25曲:東方のバラより、第26曲:終わりに、が取り上げられています。

 op.37は全曲リュッケルトの詩の作品です。詩集「愛の春」から12曲。この歌曲集の中の3曲はクララの作曲です。歌も、ソロだけではなく、ソプラノとテノールの重唱もあります。ロベルトとクララの結婚に合わせて作曲、出版は結婚の翌年になってしまいますが、2人の愛の歌と言っていい歌曲集です。

 これまで、あまり作詞者、作詞者の個性については注目してこなかったのですが、「献呈」からもわかるように、リュッケルトの詩はロマンティックです。シューマンにぴったり。特に好きなのが、第5曲「私は自分の中に吸い込んだのだ/Ich hab in mich gesogen」.春と愛の喜びを、美しいメロディーに載せています。前奏がとても印象的。歌とピアノ伴奏が追いかけっこをしているような音楽で、穏やかな雰囲気です。第9曲「バラ、海 そして太陽/Rose,Meer und Sonne」も広い広い海原を思わせるおおらかなメロディーが美しいです。重唱の第7曲「美しいのは春の祭/Schön ist das Fest des Lenzes」、第12曲「確かに太陽は輝く/So wahr die Sonne scheinet」ソプラノとテノールのハーモニーがきれい。特に第12曲は教会で聴く賛美歌のような美しさ。詩も愛を静かに、優しく、ストレートに歌っています。小さな合唱曲です。

 シューマンの歌曲は、詩の魅力を曲が引き出し、美しく響かせているところにあるのかな、と感じました。このCD、歌もきれいでいいCDです。これが雑誌の付録とは。
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by halca-kaukana057 | 2016-06-08 22:05 | 音楽

悪い時は悪いなりに

 数週間ぶりの更新です。余程のことがない限り、こんなに更新しなかったことはなかったと思います。

・熊本・大分地方での大地震、被災された皆様へお見舞い申し上げます。ライフラインが安定しない、余震で不安な日々が続く…5年前を思い出します。どうぞ、お身体を第一にしてください。心より、一日も早い復興をお祈り申し上げます。

・現在、体調不良が続いていて、更新をお休みしています。音楽は聴いても聴いてるだけ。本は読んでものろのろと遅く、なかなか読み終わらない。そして、ブログ記事を書くだけの気力体力がない。PCに長時間向かっていられない…そんな状態です。

・ツイッターもあまりツイートしていません。ツイート、タイムラインの流れに乗れません。ツイートって何書けばいいんだっけ?と思うこともあります。好きなことを書く…流れに乗れず、好きなことを出せないことも多いです。正直言うと、居心地悪いです。ツイッターやめてもいいかな、なんて思うこともあります。私の体調が悪く、精神的な方にも影響しているので、私の捉え方だと思います…。
 これも、5年前を思い出します。5年前、震災後のタイムラインは見ていて辛かったです。

・あまりツイートしない日が続くと思いますが、それでもよろしければお相手してくださいませ。

・ちなみに、渾身のツイートをしても何も反応が無く、失望・がっかりすることもありました(本当、渾身だったんですけどね…)。

・そんな調子が悪い状態が続き、声楽のレッスンはどうしよう…と先生に相談しました。すると、体調が悪い時なりの歌い方がある、と仰ってレッスンをしてくだりました。プロの声楽家でも体調が悪い時がある。体調を良い状態に保つことも大事だけど、悪い時はどうしたらいいか。私のような趣味のアマチュアなら、悪いなりにリハビリのような歌い方で歌うことが出来ることもある。自分の調子と向き合いながら、丁寧に発声、音を取っていってみると、元気な時は気付けなかったことに気付くこともあります。丁寧に音を取っていくので、寧ろ今の方がよく歌えていることもあります(汗 普段の練習・レッスンへの向き合い方はどうなんだ…)。

・悪い時でも、悪い時なりにできることがあるんだ、と思う今日この頃です。
 ブログも悪いなりにできることがあればいいのですが、それよりも早寝することにします。

 よくなるまで、まだ少しかかりそうです。また気が向けばこんなつれづれの記事を書こうと思います。
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by halca-kaukana057 | 2016-04-21 21:31 | 日常/考えたこと
 クリスマスもシベリウス…クリスマスの歌曲もありますが、「クレルヴォ交響曲」の続きを聴こうかと思いましたが、さすがにクリスマスにあの悲劇はないよなぁ…と思ったので、クリスマスだからこその音楽を。

 17世紀、バロック時代に活躍したフランスの作曲家、マルカントワーヌ・シャルパンティエ(Marc-Antoine Charpentier/マルク=アントワーヌと表記することも)。以前声楽・オペラ特集で少し取り上げた作曲家です。オペラ(音楽劇)も「オルフェウスの冥府下り」(こと座の星座物語の元となったギリシア神話、オルフェウスの物語)、「アクテオン」(こいぬ座の星座物語の元、猟師アクタイオンが女神アルテミスの水浴びを見てしまい、アクタイオンは鹿に変えられてしまい…というお話)など、悲劇から喜劇まで幅広いです。
 一方、宗教曲も多く書いており、その中で有名なのが、「テ・デウム」ニ長調H.146、「真夜中のミサの曲」H.9。

 「テ・デウム」の前奏曲は、元日恒例、ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートの生中継のオープニングの曲として使われています。去年、M-A・シャルパンティエの「テ・デウム」の前奏曲だと知りました。金管楽器の軽快で華やかな音色が、まさに新年の特別なコンサートにピッタリ。選んだ人、さすがです。

 以降、8人の独唱と合唱の歌が入ります。歌詞はローマ・カトリック教会の賛美歌のひとつ。「テ・デウム」とは、「Te deum, laudamus(神よ、私たちはあなたをたたえます)」という歌い出しからつけられているのだそう。仏教徒だが、キリストへの祈りの歌詞を読んでいると、祈るという行為、感情の崇高さを思う。それが音楽になると、とても美しく、さらに崇高なものになる。M-A・シャルパンティエのニ長調の「テ・デウム」(他にもあるらしい)は明るく華やかで、やわらかくやさしい。祈りの歌ではあるけれども、身近に感じられるような音楽。伸びやかなソプラノやテノールの独唱・重唱とオルガンと木管の穏やかな、心落ち着く歌もあり、バロックの金管やティンパニの溌剌とした音楽にハリのあるバリトン・バス独唱・重唱もあり。合唱も美しい。色とりどり。J.S.バッハよりも前の時代(J.S.バッハは18世紀)。宗教音楽入門にいいかもしれないと思いました。

 「真夜中のミサの曲」は「リコーダーと弦楽器のためのクリスマスのミサ曲」と副題が付いている。リコーダーが大活躍します。やわらかくあたたかいリコーダーの音色と、「テ・デウム」よりは荘厳な雰囲気な曲調の弦楽器、オルガン、声楽独唱と合唱。クリスマスの夜、ろうそくの明かりの中で奏でられ歌われているであろう光景をイメージすると、クリスマスの夜に教会で聴いてみたいなと思いつつ…でも実際に演奏されているのだろうか?いや、どこかでは演奏されているんだろうなぁ。

 年末、1年を振り返り、思うことは沢山あります。また、平和な世界になってほしい…とも思います。様々な祈りが、この2曲の音楽には込められ、奏で歌われるのだと思います。ミサ曲など宗教音楽が数多くの作曲家によって書かれ、演奏され歌われ続けてきた理由がわかる気がしました。

 ちなみに聴いたのは、マルク・ミンコフスキ指揮、レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルの演奏。

・過去関連記事:オペラ事始 その3 序曲・前奏曲は楽しい水先案内人
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by halca-kaukana057 | 2015-12-25 22:34 | 音楽
 今年の年末はベートーヴェンの交響曲第9番(第九)でもなく、ヘンデル「メサイア」でもなく、シベリウス「クレルヴォ交響曲」で過ごすことになりそうです…。先日のふたご座流星群観測の際も、観測時間の目安になると聴いてたし…。「クレルヴォ」で年越しって、かなり暗い…いや、フィンランドの日照時間の短く暗い寒い冬を思い浮かべる…フィンランドは今の季節はクリスマス(Joulu)シーズンですよ…やっぱり合わない…。
 でも聴きます。シベリウス生誕150年記念「クレルヴォ交響曲」を聴こうシリーズ第2弾。今回の演奏はこちら。

 パーヴォ・ヤルヴィ指揮 ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団
 ランディ・シュテーネ(ソプラノ)、ペーター・マッティ(バリトン)、エストニア国立男声合唱団


 前回、第1回でパーヴォ・ベルグルンド指揮ボーンマス響の演奏を取り上げましたが、そのフィンランドの名指揮者ベルグルンドにちなんで名前を貰ったというパーヴォ・ヤルヴィ。N響の首席指揮者に就任して、日本でも演奏機会が更に増えますね。そして、ちょっと過ぎてしまいましたが、12月10日のノーベル賞受賞式、その前のノーベル賞コンサートで演奏するロイヤル・ストックホルム・フィル(なので、時々「ノーベル賞オーケストラ」と呼ばれる…)。前の記事、今の季節に関連させた演奏を選んでみました。合唱はパーヴォさん(ヤルヴィだとお父様のネーメさん、弟さんのクリスティアンさんと紛らわしいので、ファーストネームで呼んでいます)の故郷エストニアの男声合唱団。エストニアは合唱大国だもんなぁ(北欧・バルト諸国の合唱は本当凄い)。

 この演奏、録音が1997年。20年近く前のものです。パーヴォさんはまだ30代。そんな前のものなのに、新鮮に感じます。30代のパーヴォさんの若さか。テンポ強弱もも全楽章ちょうどいい感じで、クレルヴォの物語を鮮明にイメージできます。低音の響きもどっしりと迫力があって、物語の重さが伝わってくる。そういえば、先日のEテレ「クラシック音楽館」でパーヴォさんが日本人若手アーティストとの対談で、音楽には物語がある、と仰っていたのですが、まさに「クレルヴォ」もそうだなぁ(ただ、当時30代のパーヴォさんがどう思っていたかはわかりませんが…)。

 第2楽章「クレルヴォの青春」、入り方が静かにそっと、テンポ遅めで入るのが凄くいいなと思いました。第1楽章「序章」はクレルヴォの物語の始まり、第2楽章からクレルヴォの悲劇が「カレワラ」クレルヴォの章で次々と語られていく。「青春」というと明るく爽やかなものを想像してしまいますが、クレルヴォの少年時代はそんなものは一切ない。ウンタモへの復讐と、奴隷として働いていたイルマリネンの家での恵まれない生活。木管はのどかなようで緊張感がある。金管も華やかなようで重く悲劇的。2楽章もいいなと思えるのが、この演奏です。第3楽章の合唱が病みつきになるのに、この演奏だと第2楽章も病みつきになります。

 第4楽章「クレルヴォの出征」の引き締まった弦も印象的です。その弦で、戦いをイメージさせる金管が映える。最後のほう、クレルヴォの勝利の部分だけは明るく。力強さが満ち溢れています。

 やはりエストニアの合唱はうまい。第3楽章、第5楽章の合唱の響きが緻密。特に第5楽章。人の声、しかも何十人もの合唱で、こんな緻密な歌い方も出来るんだ。第5楽章、合唱もオケもとても静かに入ってくる。何もかも失い、荒涼とした家があった場所で絶望に暮れているクレルヴォをイメージします。「カレワラ」のクレルヴォの章を読んでいなくてもわかるような。じわじわと破滅の時へ悲しくクレッシェンドしていくのが、心身に突き刺さります。

 現在、50代のパーヴォさんならどんな「クレルヴォ」を描くだろう?シベリウス作品でも規模やフィンランド語による独唱・合唱のため?かなかなか演奏されない「クレルヴォ」。オケや声楽独唱・合唱は変わるでしょうが、現在のパーヴォさんの「クレルヴォ」も聴いてみたいです。


・第1回:[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その1
 パーヴォ・ベルグルンド指揮ボーンマス響
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by halca-kaukana057 | 2015-12-17 22:05 | 音楽
 声楽を始めて、イタリア歌曲集に初めて出会いました。最初は南の方の音楽・詩に馴染めない(音楽はとりわけ北…北欧が好き。ドイツあたりも日本と比べたら北だ)と感じることもあったのですが、歌ううちにこれが魅力なのかなと、徐々に好きになっていきました。

イタリア歌曲集(1)中声用 [新版] (声楽ライブラリー)

全音楽譜出版社



 作品に取り組む前に、録音を探して聴きます。動画サイトだったり、MP3販売だったり。でも、一枚ぐらいイタリア歌曲集のCDを持っていたい。日本盤の、日本語解説のついたものがいい。あと、私の声域に合ったもの…メゾソプラノがいい。そのうち、このCDが出ていることを知りました。


TOWER RECORDS ONLINE : 波多野睦美/イタリア歌曲集
 メゾソプラノ歌手の波多野睦美さんによるイタリア歌曲集。カッチーニ、A.スカルラッティ、カルダーラ、フレスコバルディ、モンデヴェルディ、ヘンデル…とイタリア歌曲集ではお馴染みの作曲家の作品が収められています(でも、私はまだ1巻)。カッチーニ「アマリッリ」やヘンデル「私を泣かせてください」、カルダーラ「つれない人よ」あたりは声楽をやったことがなくても聴いたことがあるかも。

 聴いてまず思ったのが、波多野さんの歌がとてもやわらかくてやさしい。とても穏やかでやわらかい、ゆったりと、ふわりとした、でも響くメゾソプラノ。私が歌うと力んでキンキンした声になってしまう高音(オクターブ上のミより上)も、自然で無理がなくやわらかい。無駄な力が入っていない。高音をこんな風に自然に歌いたいと思いました。フォルテも、ただ強い大きな声ではなく、表情が様々。ピアノでもそうだった。自分の声が楽器になるのだから、もっと多彩な表情を付けられるはず。付けられるようになりたい。波多野さんの歌声は、人間の声であり、管楽器のようなところもあるし、弦楽器のような響きもあります。
 あと、いつもはオペラ歌手が大舞台で堂々とアリアを歌うように私は歌っているのですが、元々オペラアリアでも「歌曲」になっているのだから、声を張り上げずに、弱音と響きを大事にした歌い方の方が自然なのかな、と感じました。

 伴奏は、バロックハープやチェンバロ、バロックチェロ、弦楽アンサンブルによるもの。ポコポコと打楽器の音もする曲もあるのだが、楽器を叩いているのだろうか。波多野さんの歌をやさしく引き立てつつ、それぞれの楽器も存在感がある。伴奏も自然で素朴でやさしい。ピアノ伴奏もいいけれど、元々はこんなバロックアンサンブルで演奏されていたのだろうなと思うと、イタリア歌曲集の深さを実感します。

 楽譜とは異なる演奏をしていたり、歌い方も楽譜と違うところも多くありました。このCDは声楽・イタリア歌曲集の「お手本」ではない。ひとつの芸術作品だ。歌そのものの「お手本」としては難しいものがありますが、発声、発音、トリルやヴィヴラート、響かせ方…たくさんの学ぶところがあります。そして、私自身、レッスンで取り組んでいる曲という考え方でいたことを思い知りました。ずっと歌い継がれてきた芸術作品であることを、少しも考えたことがありませんでした。波多野さんの歌から、これは芸術作品なんだと実感させられました。発表会で歌う歌も、普段のレッスンで取り上げられる歌も、イタリア歌曲集の楽譜に収められている曲はレッスン用の教則本(教則本であるコンコーネ50番練習曲も歌っていて楽しいです)ではなく芸術作品であるという自覚を持って取り組もうと感じました。イタリア歌曲集に対する考え方がまた変わりました。

 やっぱり声が楽器になるって面白いな、深いな。私はまだ入り口のあたりにいる。もっと先に進んでみたいです。

 試聴できます。
Le Violette (A.Scarlatti) すみれ( A.スカルラッティ) 波多野睦美 Mutsumi Hatano


Selve amiche Antonio Caldara 優しい森よ(伝カルダーラ)波多野睦美 Mutsumi Hatano

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by halca-kaukana057 | 2015-11-13 23:06 | 音楽
 オペラに関する記事は久しぶりです。声楽なら、オペラよりも歌曲(伴奏はピアノでもオーケストラでも)やオペラアリア抜粋を中心に聴いていました。オペラ全曲となるとなかなか時間が…。なので、やはり生で観るのが一番集中できます。
 昨年初めて生のオペラを観に行ったのですが、今年も観に行く機会がありました。2年連続でオペラ公演があるなんて当地では考えられない…と思いながらw演目は、ヴェルディの「椿姫」。「乾杯の歌」が有名ですね…ってそれしか知らなかった…予習もロクにせずに観に行くことに…大丈夫か?

・ヴェルディ:作曲:歌劇「椿姫」(全3幕)
 プラハ国立歌劇場
 マルティン・レギヌス指揮、プラハ国立歌劇場管弦楽団、合唱団、バレエ団
 演出:アルノー・ベルナール

 開演前、購入したパンフレットのあらすじを読んで簡単に予習。舞台はパリ。ヒロインは売れっ子娼婦のヴィオレッタ。華やかな毎日を送るが、そのせいか彼女は結核に侵されていた。そのヴィオレッタのパーティに、アルフレードというひとりの男性がやってくる。アルフレードはヴィオレッタに一目惚れし、会いたい思いでパーティに参加した。パーティの途中、誰もいなくなり、ヴィオレッタは具合が悪そうにしている。そのヴィオレッタを心配し、愛を告白するアルフレード。その一途な思いに、ヴィオレッタは心動かされる。ヴィオレッタもアルフレードのことを愛するようになる。が…

 舞台は白の壁の建物、白のソファ。ヴィオレッタも白のドレス。一方、アルフレードや合唱の取り巻きの人々は黒の衣装。白と黒だけのシンプルでモダンな舞台。でも、第2幕では床に黄色のカーペット代わりのようなものがあり、日の差し方も変えている。場面が変わると白の建物の位置を動かして、黒い面を出している。シンプルだけど、シンプルだからこそ多様な見せ方が出来る舞台にしてあるんだな、と感じました。

 第1幕の最初に、「乾杯の歌」が。字幕を見て、ああ、こういう歌詞だったんだとようやく知りました。今まで、例えばNHKニューイヤーオペラでも歌詞字幕を見ていたはずなのですが、物語のあらすじ、これからどうなるのかがわかって、「乾杯の歌」の歌詞もわかった。ただ楽しく盃を交わし、宴を楽しもうという意味だけでなく、今が楽しければそれでいいというヴィオレッタの信条に基づいていたのだな、と。

 ヴィオレッタは多くの男性と過ごすけれども、心から誰かに愛され、愛すということを知らない。そんなヴィオレッタに一途に愛を告白するアルフレード。こんな気持ち初めて…と人を愛する感情に目覚めるヴィオレッタが印象的でした。でも、「花から花へ」で、自分はその時その時の快楽に生きる、と…。このあたりから、ヴィオレッタに幸せになってほしいと思いながら見ていました。この「花から花へ」の自問するヴィオレッタの歌がとてもきれいでした。

 第2幕では娼婦を辞め、ヴィオレッタはアルフレードと暮らしている。アルフレードの一途な思いが届いた…よかった…と思ったのもつかの間。2人の生活は楽ではない、お金の問題。そして、アルフレードの父・ジェルモンがやってきて…。2人がだんだんとすれ違っていってしまうのが悲しい。2人とも一途にお互いを思っているからこそのすれ違いなのかもしれない…。
 2人が再会するフローラのパーティでバレエも登場。でもあまり存在感がなかったような。多分、パーティの客がごちゃごちゃと回りにいるせいかもしれない。

 すれ違ったまま、最後の第3幕。この第3幕への前奏曲がまた重く悲痛。結核が悪化し、ヴィオレッタの命は残り少ない。ヴィオレッタの世話をするアンニーナもけなげ。残り少ない命、アルフレードと愛し合った日々を回想するヴィオレッタ…このまま終わってしまうのか…?あらすじを読んで終わりがわかっていてもそう思ってしまう。そして、戻ってきたアルフレード。ジェルモンも謝り、誤解が解け、再会を喜ぶ2人。でも…。最後はつらかった。でも、ヴィオレッタは報われた、救いのある最期だったのだと感じました。昨年観た「カルメン」よりは救いのある最後だと思う。

 心から愛し、愛し合うこと。愛のすれ違い。その時その時だけの快楽に身を任せて生きること。現代でも色褪せないテーマで、考えながらも観ていました。「椿姫」ってこういうオペラだったんだ。やはりオペラは生で観るほうが集中して、物語も楽しめます。やっぱり今回も字幕を見て、歌手を見て、演出を見て…目が忙しくて大変でした。
 前回はオケピットがあまり見えない位置に座っていたのですが、今回はオケピットが見える位置に座ったので、オケピットを見るのも面白かった。暗い中演奏するのは大変そうだなぁ…。

 昨年の「カルメン」はフランス語、今回の「椿姫」はイタリア語。声楽でイタリア歌曲集をやっているので、イタリア語の単語にも反応しました。特に、愛を意味する「amore」。何度も出てきます。イタリア歌曲集でも「amore」と歌われる歌はたくさんあり、今私も取り組んでいます。その表現や歌唱についても勉強になりました。イタリアオペラもいいなぁ。

 ヴィオレッタのソプラノの美しい声、アルフレードのテノールの甘く強い声にも惹かれました。ジェルモンのバリトンも渋い。メゾソプラノがあまり出てこないのが残念…。

 また他の作品も生で観たいです。オペラはやっぱり面白い。
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・昨年の「カルメン」:オペラ事始 その4 生のオペラを観に行こう
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by halca-kaukana057 | 2015-10-27 23:13 | 音楽

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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