人気ブログランキング |
 クリスマスもシベリウス…クリスマスの歌曲もありますが、「クレルヴォ交響曲」の続きを聴こうかと思いましたが、さすがにクリスマスにあの悲劇はないよなぁ…と思ったので、クリスマスだからこその音楽を。

 17世紀、バロック時代に活躍したフランスの作曲家、マルカントワーヌ・シャルパンティエ(Marc-Antoine Charpentier/マルク=アントワーヌと表記することも)。以前声楽・オペラ特集で少し取り上げた作曲家です。オペラ(音楽劇)も「オルフェウスの冥府下り」(こと座の星座物語の元となったギリシア神話、オルフェウスの物語)、「アクテオン」(こいぬ座の星座物語の元、猟師アクタイオンが女神アルテミスの水浴びを見てしまい、アクタイオンは鹿に変えられてしまい…というお話)など、悲劇から喜劇まで幅広いです。
 一方、宗教曲も多く書いており、その中で有名なのが、「テ・デウム」ニ長調H.146、「真夜中のミサの曲」H.9。

 「テ・デウム」の前奏曲は、元日恒例、ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートの生中継のオープニングの曲として使われています。去年、M-A・シャルパンティエの「テ・デウム」の前奏曲だと知りました。金管楽器の軽快で華やかな音色が、まさに新年の特別なコンサートにピッタリ。選んだ人、さすがです。

 以降、8人の独唱と合唱の歌が入ります。歌詞はローマ・カトリック教会の賛美歌のひとつ。「テ・デウム」とは、「Te deum, laudamus(神よ、私たちはあなたをたたえます)」という歌い出しからつけられているのだそう。仏教徒だが、キリストへの祈りの歌詞を読んでいると、祈るという行為、感情の崇高さを思う。それが音楽になると、とても美しく、さらに崇高なものになる。M-A・シャルパンティエのニ長調の「テ・デウム」(他にもあるらしい)は明るく華やかで、やわらかくやさしい。祈りの歌ではあるけれども、身近に感じられるような音楽。伸びやかなソプラノやテノールの独唱・重唱とオルガンと木管の穏やかな、心落ち着く歌もあり、バロックの金管やティンパニの溌剌とした音楽にハリのあるバリトン・バス独唱・重唱もあり。合唱も美しい。色とりどり。J.S.バッハよりも前の時代(J.S.バッハは18世紀)。宗教音楽入門にいいかもしれないと思いました。

 「真夜中のミサの曲」は「リコーダーと弦楽器のためのクリスマスのミサ曲」と副題が付いている。リコーダーが大活躍します。やわらかくあたたかいリコーダーの音色と、「テ・デウム」よりは荘厳な雰囲気な曲調の弦楽器、オルガン、声楽独唱と合唱。クリスマスの夜、ろうそくの明かりの中で奏でられ歌われているであろう光景をイメージすると、クリスマスの夜に教会で聴いてみたいなと思いつつ…でも実際に演奏されているのだろうか?いや、どこかでは演奏されているんだろうなぁ。

 年末、1年を振り返り、思うことは沢山あります。また、平和な世界になってほしい…とも思います。様々な祈りが、この2曲の音楽には込められ、奏で歌われるのだと思います。ミサ曲など宗教音楽が数多くの作曲家によって書かれ、演奏され歌われ続けてきた理由がわかる気がしました。

 ちなみに聴いたのは、マルク・ミンコフスキ指揮、レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルの演奏。

・過去関連記事:オペラ事始 その3 序曲・前奏曲は楽しい水先案内人
by halca-kaukana057 | 2015-12-25 22:34 | 音楽
 今年の年末はベートーヴェンの交響曲第9番(第九)でもなく、ヘンデル「メサイア」でもなく、シベリウス「クレルヴォ交響曲」で過ごすことになりそうです…。先日のふたご座流星群観測の際も、観測時間の目安になると聴いてたし…。「クレルヴォ」で年越しって、かなり暗い…いや、フィンランドの日照時間の短く暗い寒い冬を思い浮かべる…フィンランドは今の季節はクリスマス(Joulu)シーズンですよ…やっぱり合わない…。
 でも聴きます。シベリウス生誕150年記念「クレルヴォ交響曲」を聴こうシリーズ第2弾。今回の演奏はこちら。

 パーヴォ・ヤルヴィ指揮 ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団
 ランディ・シュテーネ(ソプラノ)、ペーター・マッティ(バリトン)、エストニア国立男声合唱団


 前回、第1回でパーヴォ・ベルグルンド指揮ボーンマス響の演奏を取り上げましたが、そのフィンランドの名指揮者ベルグルンドにちなんで名前を貰ったというパーヴォ・ヤルヴィ。N響の首席指揮者に就任して、日本でも演奏機会が更に増えますね。そして、ちょっと過ぎてしまいましたが、12月10日のノーベル賞受賞式、その前のノーベル賞コンサートで演奏するロイヤル・ストックホルム・フィル(なので、時々「ノーベル賞オーケストラ」と呼ばれる…)。前の記事、今の季節に関連させた演奏を選んでみました。合唱はパーヴォさん(ヤルヴィだとお父様のネーメさん、弟さんのクリスティアンさんと紛らわしいので、ファーストネームで呼んでいます)の故郷エストニアの男声合唱団。エストニアは合唱大国だもんなぁ(北欧・バルト諸国の合唱は本当凄い)。

 この演奏、録音が1997年。20年近く前のものです。パーヴォさんはまだ30代。そんな前のものなのに、新鮮に感じます。30代のパーヴォさんの若さか。テンポ強弱もも全楽章ちょうどいい感じで、クレルヴォの物語を鮮明にイメージできます。低音の響きもどっしりと迫力があって、物語の重さが伝わってくる。そういえば、先日のEテレ「クラシック音楽館」でパーヴォさんが日本人若手アーティストとの対談で、音楽には物語がある、と仰っていたのですが、まさに「クレルヴォ」もそうだなぁ(ただ、当時30代のパーヴォさんがどう思っていたかはわかりませんが…)。

 第2楽章「クレルヴォの青春」、入り方が静かにそっと、テンポ遅めで入るのが凄くいいなと思いました。第1楽章「序章」はクレルヴォの物語の始まり、第2楽章からクレルヴォの悲劇が「カレワラ」クレルヴォの章で次々と語られていく。「青春」というと明るく爽やかなものを想像してしまいますが、クレルヴォの少年時代はそんなものは一切ない。ウンタモへの復讐と、奴隷として働いていたイルマリネンの家での恵まれない生活。木管はのどかなようで緊張感がある。金管も華やかなようで重く悲劇的。2楽章もいいなと思えるのが、この演奏です。第3楽章の合唱が病みつきになるのに、この演奏だと第2楽章も病みつきになります。

 第4楽章「クレルヴォの出征」の引き締まった弦も印象的です。その弦で、戦いをイメージさせる金管が映える。最後のほう、クレルヴォの勝利の部分だけは明るく。力強さが満ち溢れています。

 やはりエストニアの合唱はうまい。第3楽章、第5楽章の合唱の響きが緻密。特に第5楽章。人の声、しかも何十人もの合唱で、こんな緻密な歌い方も出来るんだ。第5楽章、合唱もオケもとても静かに入ってくる。何もかも失い、荒涼とした家があった場所で絶望に暮れているクレルヴォをイメージします。「カレワラ」のクレルヴォの章を読んでいなくてもわかるような。じわじわと破滅の時へ悲しくクレッシェンドしていくのが、心身に突き刺さります。

 現在、50代のパーヴォさんならどんな「クレルヴォ」を描くだろう?シベリウス作品でも規模やフィンランド語による独唱・合唱のため?かなかなか演奏されない「クレルヴォ」。オケや声楽独唱・合唱は変わるでしょうが、現在のパーヴォさんの「クレルヴォ」も聴いてみたいです。


・第1回:[シベリウス生誕150年記念]クレルヴォ交響曲を聴こう その1
 パーヴォ・ベルグルンド指揮ボーンマス響
by halca-kaukana057 | 2015-12-17 22:05 | 音楽
 声楽を始めて、イタリア歌曲集に初めて出会いました。最初は南の方の音楽・詩に馴染めない(音楽はとりわけ北…北欧が好き。ドイツあたりも日本と比べたら北だ)と感じることもあったのですが、歌ううちにこれが魅力なのかなと、徐々に好きになっていきました。

イタリア歌曲集(1)中声用 [新版] (声楽ライブラリー)

全音楽譜出版社



 作品に取り組む前に、録音を探して聴きます。動画サイトだったり、MP3販売だったり。でも、一枚ぐらいイタリア歌曲集のCDを持っていたい。日本盤の、日本語解説のついたものがいい。あと、私の声域に合ったもの…メゾソプラノがいい。そのうち、このCDが出ていることを知りました。


TOWER RECORDS ONLINE : 波多野睦美/イタリア歌曲集
 メゾソプラノ歌手の波多野睦美さんによるイタリア歌曲集。カッチーニ、A.スカルラッティ、カルダーラ、フレスコバルディ、モンデヴェルディ、ヘンデル…とイタリア歌曲集ではお馴染みの作曲家の作品が収められています(でも、私はまだ1巻)。カッチーニ「アマリッリ」やヘンデル「私を泣かせてください」、カルダーラ「つれない人よ」あたりは声楽をやったことがなくても聴いたことがあるかも。

 聴いてまず思ったのが、波多野さんの歌がとてもやわらかくてやさしい。とても穏やかでやわらかい、ゆったりと、ふわりとした、でも響くメゾソプラノ。私が歌うと力んでキンキンした声になってしまう高音(オクターブ上のミより上)も、自然で無理がなくやわらかい。無駄な力が入っていない。高音をこんな風に自然に歌いたいと思いました。フォルテも、ただ強い大きな声ではなく、表情が様々。ピアノでもそうだった。自分の声が楽器になるのだから、もっと多彩な表情を付けられるはず。付けられるようになりたい。波多野さんの歌声は、人間の声であり、管楽器のようなところもあるし、弦楽器のような響きもあります。
 あと、いつもはオペラ歌手が大舞台で堂々とアリアを歌うように私は歌っているのですが、元々オペラアリアでも「歌曲」になっているのだから、声を張り上げずに、弱音と響きを大事にした歌い方の方が自然なのかな、と感じました。

 伴奏は、バロックハープやチェンバロ、バロックチェロ、弦楽アンサンブルによるもの。ポコポコと打楽器の音もする曲もあるのだが、楽器を叩いているのだろうか。波多野さんの歌をやさしく引き立てつつ、それぞれの楽器も存在感がある。伴奏も自然で素朴でやさしい。ピアノ伴奏もいいけれど、元々はこんなバロックアンサンブルで演奏されていたのだろうなと思うと、イタリア歌曲集の深さを実感します。

 楽譜とは異なる演奏をしていたり、歌い方も楽譜と違うところも多くありました。このCDは声楽・イタリア歌曲集の「お手本」ではない。ひとつの芸術作品だ。歌そのものの「お手本」としては難しいものがありますが、発声、発音、トリルやヴィヴラート、響かせ方…たくさんの学ぶところがあります。そして、私自身、レッスンで取り組んでいる曲という考え方でいたことを思い知りました。ずっと歌い継がれてきた芸術作品であることを、少しも考えたことがありませんでした。波多野さんの歌から、これは芸術作品なんだと実感させられました。発表会で歌う歌も、普段のレッスンで取り上げられる歌も、イタリア歌曲集の楽譜に収められている曲はレッスン用の教則本(教則本であるコンコーネ50番練習曲も歌っていて楽しいです)ではなく芸術作品であるという自覚を持って取り組もうと感じました。イタリア歌曲集に対する考え方がまた変わりました。

 やっぱり声が楽器になるって面白いな、深いな。私はまだ入り口のあたりにいる。もっと先に進んでみたいです。

 試聴できます。
Le Violette (A.Scarlatti) すみれ( A.スカルラッティ) 波多野睦美 Mutsumi Hatano


Selve amiche Antonio Caldara 優しい森よ(伝カルダーラ)波多野睦美 Mutsumi Hatano

by halca-kaukana057 | 2015-11-13 23:06 | 音楽
 オペラに関する記事は久しぶりです。声楽なら、オペラよりも歌曲(伴奏はピアノでもオーケストラでも)やオペラアリア抜粋を中心に聴いていました。オペラ全曲となるとなかなか時間が…。なので、やはり生で観るのが一番集中できます。
 昨年初めて生のオペラを観に行ったのですが、今年も観に行く機会がありました。2年連続でオペラ公演があるなんて当地では考えられない…と思いながらw演目は、ヴェルディの「椿姫」。「乾杯の歌」が有名ですね…ってそれしか知らなかった…予習もロクにせずに観に行くことに…大丈夫か?

・ヴェルディ:作曲:歌劇「椿姫」(全3幕)
 プラハ国立歌劇場
 マルティン・レギヌス指揮、プラハ国立歌劇場管弦楽団、合唱団、バレエ団
 演出:アルノー・ベルナール

 開演前、購入したパンフレットのあらすじを読んで簡単に予習。舞台はパリ。ヒロインは売れっ子娼婦のヴィオレッタ。華やかな毎日を送るが、そのせいか彼女は結核に侵されていた。そのヴィオレッタのパーティに、アルフレードというひとりの男性がやってくる。アルフレードはヴィオレッタに一目惚れし、会いたい思いでパーティに参加した。パーティの途中、誰もいなくなり、ヴィオレッタは具合が悪そうにしている。そのヴィオレッタを心配し、愛を告白するアルフレード。その一途な思いに、ヴィオレッタは心動かされる。ヴィオレッタもアルフレードのことを愛するようになる。が…

 舞台は白の壁の建物、白のソファ。ヴィオレッタも白のドレス。一方、アルフレードや合唱の取り巻きの人々は黒の衣装。白と黒だけのシンプルでモダンな舞台。でも、第2幕では床に黄色のカーペット代わりのようなものがあり、日の差し方も変えている。場面が変わると白の建物の位置を動かして、黒い面を出している。シンプルだけど、シンプルだからこそ多様な見せ方が出来る舞台にしてあるんだな、と感じました。

 第1幕の最初に、「乾杯の歌」が。字幕を見て、ああ、こういう歌詞だったんだとようやく知りました。今まで、例えばNHKニューイヤーオペラでも歌詞字幕を見ていたはずなのですが、物語のあらすじ、これからどうなるのかがわかって、「乾杯の歌」の歌詞もわかった。ただ楽しく盃を交わし、宴を楽しもうという意味だけでなく、今が楽しければそれでいいというヴィオレッタの信条に基づいていたのだな、と。

 ヴィオレッタは多くの男性と過ごすけれども、心から誰かに愛され、愛すということを知らない。そんなヴィオレッタに一途に愛を告白するアルフレード。こんな気持ち初めて…と人を愛する感情に目覚めるヴィオレッタが印象的でした。でも、「花から花へ」で、自分はその時その時の快楽に生きる、と…。このあたりから、ヴィオレッタに幸せになってほしいと思いながら見ていました。この「花から花へ」の自問するヴィオレッタの歌がとてもきれいでした。

 第2幕では娼婦を辞め、ヴィオレッタはアルフレードと暮らしている。アルフレードの一途な思いが届いた…よかった…と思ったのもつかの間。2人の生活は楽ではない、お金の問題。そして、アルフレードの父・ジェルモンがやってきて…。2人がだんだんとすれ違っていってしまうのが悲しい。2人とも一途にお互いを思っているからこそのすれ違いなのかもしれない…。
 2人が再会するフローラのパーティでバレエも登場。でもあまり存在感がなかったような。多分、パーティの客がごちゃごちゃと回りにいるせいかもしれない。

 すれ違ったまま、最後の第3幕。この第3幕への前奏曲がまた重く悲痛。結核が悪化し、ヴィオレッタの命は残り少ない。ヴィオレッタの世話をするアンニーナもけなげ。残り少ない命、アルフレードと愛し合った日々を回想するヴィオレッタ…このまま終わってしまうのか…?あらすじを読んで終わりがわかっていてもそう思ってしまう。そして、戻ってきたアルフレード。ジェルモンも謝り、誤解が解け、再会を喜ぶ2人。でも…。最後はつらかった。でも、ヴィオレッタは報われた、救いのある最期だったのだと感じました。昨年観た「カルメン」よりは救いのある最後だと思う。

 心から愛し、愛し合うこと。愛のすれ違い。その時その時だけの快楽に身を任せて生きること。現代でも色褪せないテーマで、考えながらも観ていました。「椿姫」ってこういうオペラだったんだ。やはりオペラは生で観るほうが集中して、物語も楽しめます。やっぱり今回も字幕を見て、歌手を見て、演出を見て…目が忙しくて大変でした。
 前回はオケピットがあまり見えない位置に座っていたのですが、今回はオケピットが見える位置に座ったので、オケピットを見るのも面白かった。暗い中演奏するのは大変そうだなぁ…。

 昨年の「カルメン」はフランス語、今回の「椿姫」はイタリア語。声楽でイタリア歌曲集をやっているので、イタリア語の単語にも反応しました。特に、愛を意味する「amore」。何度も出てきます。イタリア歌曲集でも「amore」と歌われる歌はたくさんあり、今私も取り組んでいます。その表現や歌唱についても勉強になりました。イタリアオペラもいいなぁ。

 ヴィオレッタのソプラノの美しい声、アルフレードのテノールの甘く強い声にも惹かれました。ジェルモンのバリトンも渋い。メゾソプラノがあまり出てこないのが残念…。

 また他の作品も生で観たいです。オペラはやっぱり面白い。
f0079085_23122147.jpg


・昨年の「カルメン」:オペラ事始 その4 生のオペラを観に行こう
by halca-kaukana057 | 2015-10-27 23:13 | 音楽
 久しぶりに声楽レッスンで思ったこと、気づいたこと、感じたことを。

 以前書いたこの記事:伴奏じゃない、ともに奏でること
 この記事ではチェロとピアノ、「チェロソナタ」だけど、ピアノが伴奏だけになっていないことについて書きました。

 コンコーネ50番練習曲も、イタリア歌曲集でも、最近のレッスンでピアノと「一緒に歌う」ことを意識させられています。コンコーネ50番練習曲は全部で50曲あるのですが(ピアノのツェルニー100番・30番練習曲でも、ブルクミュラー25の練習曲でも、タイトルに曲数が出ていますね)、中盤に差し掛かってきました。だんだん難しくなってきています。音の跳躍やリズムも複雑。シンコペーションが苦手だったことを思い知った曲もありました。コンコーネは何が苦手なのかをあぶりだしてくれるいい曲集です(コンコーネ好きですよ~)。

 今取り組んでいる曲に共通していることは、ピアノ伴奏がない箇所が課題だということ。イタリア歌曲集の中でも、他のシューベルトやシューマンなどのドイツリート(先生の許可が下りません…)、様々な歌曲では、伴奏のメロディーと歌のメロディーが一致しない曲が多い。ピアノは休符・お休みしていたり、和音は一応歌のメロディーに合っているのだけどピアノも複雑な演奏をしていたり…。歌曲もオーケストラの協奏曲のような部分があるのだなと感じます。
 ピアノ伴奏がない箇所では、音が取りにくい。音は合っている(ドならド)けど、微妙なピッチが合っていない・揺らいでいることがよくあり、指摘されます。これまで音楽の演奏はピアノだけやってきて、ピアノはドの鍵盤を押せばドの音が出る。ひとつのピッチのドしか出ない。でも、ヴァイオリンなどの弦楽器なら、同じドでもピッチを微妙に変えられる。ドにも範囲がある。声楽も同じように、ドにも範囲があり、微妙に揺らいでいる。この揺らぎは音が不安定になるので、安定したピッチの音を出すことが求められる。ピアノ伴奏がドを出していれば、歌うほうもドの声を出しやすい。でも、苦手な音域…私の場合高い音域や跳躍する音になると、ピッチが揺らいでしまいがち。そこに伴奏がないと思い切り外してしまうこともある。自分では準備をして、「いくぞ」と心の中で思いながら臨むのですが…外してしまうと「ああ、うまく出なかった…」残念です…。

 ピアノ伴奏がない、つまり、歌手の歌のみせどころ。聴かせどころ。強調するところ。自分の声だけで、どう演出するか。どう響かせるか。課題です。
 反対に、前奏や間奏、メロディーの合間などのピアノだけの箇所も、歌っている側はお休みしているだけでない。そこもその音楽、作品。特にメロディーのちょっとした合間は大事にしたいと思っています。
 また、前の記事でも書いた通り、ピアノ伴奏も弾けなくても読めないとダメだなと実感しています。歌のリズムが難しい場合、ピアノ伴奏にヒントがあることが多い。ピアノ伴奏と歌がどう絡んでいるのかも、その曲を読み込み、どう歌うかを決めるポイントになる。ピアノをひとりで弾いてきたのとは違う感覚です。似ているけど、ちょっと違う。

 ピアノはただの伴奏じゃない。歌も伴奏に頼ってばかりでもダメ。そんな課題に今ぶち当たっています。

 あと、声楽に関して思ったことを箇条書きで。
・歌っている時、歌いながら指揮のようなことをしたくなりますwリズムが難しい曲は手で脚を軽く叩きながらリズムを取っていることも多いのですが、声の強弱や質感、雰囲気など、オーケストラの指揮者のように指揮を自分自身にしたくなります。楽譜にも書いているのですが、指揮のようなことをしたほうがわかりやすいかな、と。実際やってみるとハマる。ピアノだと両手がふさがっていたのでそんなことは出来ませんでしたが、声楽なら手は空いています。声楽をはじめて、ピアノだけではわからないことが色々と見えてきました。勿論、家での練習だけで、レッスンではやりませんw無意識に小さく振ってしまうことはあります。あと、オペラのように簡単な振り…手の動き程度のことも入れてしまうこともあります。声楽はより身体でも表現する音楽ですね。

・最近、声楽付きの交響曲や管弦楽曲を聴くことが多いです。声楽付きの交響曲…シベリウスの「クレルヴォ」交響曲(交響曲に入るのか、入らないのか、と論議はありますが)、「ルオンノタール」、マーラーの交響曲第2番や第3番(今まで敬遠してきたのですが、聴くといつの間にか楽しんでいて、聴けるようになってきました!)、グリーグの「ペール・ギュント」の「ソルヴェイグの歌」などなど。声楽付きの古楽、モーツァルトやフォーレ他の「レクイエム」のような宗教曲も。オペラ、オペラアリア抜粋とはまた違う、歌の可能性を感じます。
by halca-kaukana057 | 2015-10-15 23:26 | 奏でること・うたうこと

母国語の歌ほど難しい

 最近の声楽レッスンから。これまで、「イタリア歌曲集」1巻(全音の)からイタリア語の歌曲を歌ってきましたが、現在は日本語の歌…誰もが知っている唱歌を歌っています。声楽を選んだ理由のひとつが、NHK教育(Eテレ)「クインテット」で絶妙なアレンジと抒情的・楽しそうな歌声の童謡・唱歌を聴いて、アリアさんやシャープ君のように歌えたらな、という動機でした(とは言え、私の声域はアリアさんのような高さはない。シャープ君より少し高めか?)。今、私が歌っている歌は、「クインテット」では歌われたものではなかったのですが…(ドラマパートの冒頭でさらっと演奏はされました。それで惹かれたという…一体どういう動機だw)

 レッスン前に一人で練習して、レッスンに臨んだら…直されまくりでした。
 まず、発音。母国語だから簡単と思いきや、普通に話す発音と声楽的歌い方の発音は微妙に違う。しかも、これまでイタリア語の歌を歌ってきて、レッスンでも毎回コンコーネ50番練習曲をイタリア語発音の音名(ドレミ)で歌っているので、発音がイタリア語とごっちゃになっているところもあります(滝汗)。歌になると日本語なのに聞き取れない、ということがありますが、明瞭に、でも曲の流れや雰囲気を壊さない歌い方で日本語の歌詞を歌う。出来ているはずのことをまず直されて、驚きました。

 次に、歌詞と曲の流れ。歌詞の言葉の意味、単語のつながり、詩として強調するところ、つなげるところはどこか…。これも当たり前のようですが、何箇所も指摘されてしまいました。
 歌として歌う前に、詩として読み解く。どこがひとまとまりで、強調すべきところはどこか。込められた情景や想いをイメージする、「深読み」する。

 そして、曲が付いて、その曲のメロディーや和音、音のつながりが、詩とどう呼応しているのか。楽譜にブレス(息継ぎ)が合っても、全てのブレスをただ切ればよいのではなく、詩の流れから響かせたまま繋げるところもある。詩の流れがひとまとまりのところはブレスも無く一息で。なかなか苦しい…やったことは無いのですが肺活量勝負の管楽器と同じだなぁ、と感じました。

 ただ美しく歌うだけではだめ、というのも実感しました。
 思えば「クインテット」でも、そんなところに惹かれたのだった。美しく歌うことよりも、詩と曲から何を伝えようとしているのか、歌に込められたものが音楽だけでなくイメージや雰囲気、絵として伝わってくる、そんな歌に惹かれたのでした。
 「クインテット」ではしゃべらなかったアキラさん・宮川彬良さんが、他の番組やコンサートで、詩から情景を読み解き、曲がその詩の魅力や伝えたいことをどう表現しているのか解説「深読み」していましたが、レッスン後、まさにそれだと思いました。

 イタリア歌曲では発音と、激しい感情をたっぷりと表現する歌詞、歌詞は激しくても曲は穏やかだったりする不思議な美しさに難しさを感じていました。が、歌い続けていると慣れてきて、普段なら絶対言わない(言えない)ようなことも外国語だし、情感たっぷりに歌っています。
 一方の日本語、母国語の歌。古語もあるので、勉強する必要はある。だが、何を歌っているのかはわかる。わかるからこそ、ではそれを伝える歌い方とはどんな歌い方だろうか?と考える。より繊細な技術(発声、ブレスなど)も表現も要求される。最初は自分から、「次はこれを歌いたいです」と持って行った曲だったのが、まさかこんなに難しいとは!でも、やはり母国語の歌は歌いたかったので、練習します。



*****
 最後に、声楽関係で最近思ったこと。私は、まだまだオペラという芸術、表現をわかっていない。慣れていない、親しめていない。歌曲や、オペラアリアを単独で歌う・聴くことで精一杯だと感じています。本当に難しい。交響曲(年代・時代や作曲家、作品にもよりますが)よりもずっと難しい。あと、オペラの物語に親しめないのもあるのだろうな…。
by halca-kaukana057 | 2015-02-09 21:19 | 奏でること・うたうこと
 先日、チェロとピアノの小規模なリサイタルに行ってきました。その時思ったことを。

 プログラムはチェロソナタが3作品。「チェロソナタ」というからには、主役はチェロでピアノは伴奏。でも、この時の演奏では、「ピアノは伴奏」なんて言えない、と感じました。ピアノもソロの部分もあり、主張し、チェロを引っ張り、会話し、競い合う。ピアノにも魅せられました。普通、このような演奏会ではピアノのふたは閉じているのですが、ピアノソロのリサイタルと同じようにふたは開いていました。チェロの演奏がピアノに負けていない、とても力強いのにやわらかく、奥深い音色でした。

 特に素晴らしいなと思ったのが、ベートーヴェンのチェロソナタニ長調Op.102-2。協奏、競演、共奏…そんな言葉が浮かびました。3楽章のピアノのメロディーをチェロが追うのが面白い。引き立て合い、競い合っている。ピアニストさんがチェリストさんの動きをよく見ていて、呼吸もぴったり。いい演奏を聴けました。

 ピアノを演奏していた頃は、伴奏もメロディーも全てひとりで演奏していました。楽譜を読み込み、ここがメロディーパートで伴奏も内声と低音に分かれて…。きっとメロディーはこの楽器、伴奏はこの楽器なのかなと想像したり。でも、それを実際にピアノで、ひとりで演奏で表現するのはとても難しいことでした。

 今は声楽で、歌と伴奏ではっきり分かれています。そのピアノ伴奏を、私はどの程度と思ってきただろう?リサイタルの後、レッスンや練習のことを考えました。ただ歌を支えるものとしか思っていなかっただろうか。ピアノ伴奏もひとつのパート。合唱のピアノ伴奏は、歌の声部の他に存在するもうひとつのパートと捉えてきました。声楽、ソロだって同じ。歌だけが主役じゃない。ピアノ伴奏を聴いていて、純粋にいいピアノだなと感じます。この低音があるから歌が引き立つ、歌と競うような魅せ場がある、前奏や間奏はピアノの独壇場。これまで、自分が歌うことで必死でしたが、自分が歌うためにはもっとピアノをよく聴いて、ピアノの楽譜も弾けなくても読むぐらいはして、ピアノと一緒に奏でるように歌いたいと、このリサイタルを聴いて思いました。

 ひとりで演奏していたのではわからないことに出会えました。

・関連過去記事:音楽を共有すること
by halca-kaukana057 | 2015-01-27 22:10 | 奏でること・うたうこと

音楽を共有すること

 このカテゴリで書くのは1年以上ぶりです。しかも、カテゴリ名が変わりました。変えました。その経緯などを、これから書こうと思います。

 まず、ピアノを弾くことから、ずっと離れています。たまに、ブルクミュラー25やシューマン「見知らぬ国々」などを軽くさらう程度。後述するソナチネアルバムや、シューマン、シベリウスの他に、弾いてみたいと思う曲が何曲か合って、黙々と練習していたこともありました。が、続かず、未完成のままです。練習がだんだん退屈に思えてくる…。かつての、楽譜と鍵盤に食い入るように練習して演奏いていたあの熱心さ、情熱はどこへ行ってしまったのだろう…。

 思えば、転機となったのが、腕の手術と、ブルクミュラー25を終えてソナチネに入ったこと。腕の手術を受け、しばらくピアノを弾けず、練習から離れたこと。ブルクミュラーとは性格も形式も異なるソナチネアルバムを始めたはいいが、最初のクレメンティ7番から壁にぶち当たってしまった。簡単そうに見えるのに弾けない。どう弾いたらいいのかわからない。次にクーラウ4番に進み、クレメンティ7番よりは親しみやすいなと感じたのですが、やはりソナチネは何か違う。ならば大好きなシューマン「ユーゲントアルバム」…シューマン先生、難しいです。指遣いや響かせ方が単純じゃない。ずっと弾きたい憧れの曲である、シベリウス「樅の木」…まだ手が届きません。こうして、どんどんピアノから遠ざかっていきました。

 でも、ピアノからこのまま遠ざかる、離れる、さよならするのもかなしい。部屋には子どもの頃から弾いてきたピアノがある。弾かないままなのも勿体無い、かわいそう。そう思って、ピアノに向かうのですが、演奏しようと思って楽譜を開いても、何も出て来ず、そのまま蓋を閉めてしまうことばかりでした。

 でも、音楽は好きだ。クラシックからポップスまで。それは変わりませんでした。昨年あたりから、これまで長い、何を歌っているのかわからない、物語に馴染めない…と敬遠してきたオペラも聴き始め、今年は声楽全般強化年になりました(続行中)。さらに、以前は苦手意識のあったフランス近代ものも、フォーレをはじめとして聴いています。フォーレでも、「レクイエム」や宗教曲、歌曲と声楽曲を中心に聴いています。

 去年あたりから、ピアノのレッスンを受けてみようかと考えていました。子どもの頃は大手の教室に通っていた。教室・先生選びや体験レッスンを受ける時のことを、ピアノレッスンを受けているネットで知り合った方々に質問し、アドバイスをいただきました。しかし、ピアノ教室は大手から個人まで結構ある。体験レッスンを申し込むのもなかなか勇気が出ず…結局受けずにそのまま昨年が過ぎてしまいました(アドバイスしてくださった皆様、ありがとうございます。そして、ごめんなさい)

 そして今年に入ってから、ピアノが難しいなら、今まで興味はあったけどやったことのないものを一からやってみたらどうだろう。逆に、ピアノをやっている人は多いから、ピアノよりも別なものをやりたい(天邪鬼)。そう思って、何をやりたいか…と出てきたのが、うたうこと。オペラや声楽曲を聴いて、同じ人間なのに、どうやったらあんな声を響かせられるのだろう?自分の身体そのものが楽器になるって、どういうことだろう。歌うのは元々好きです。運転中に好きな音楽を聴いて、合わせて歌うことも多いですし(でも安全運転で)、カラオケも好きです(ただしひとりカラオケ・ヒトカラ。なかなか友達と都合が合わない、そして歌う歌がマイナーな曲が多い…)。ポップスもいいけど、マイクなしで大きなホールに声を響かせる声楽に興味がありました。合唱も興味があったのですが、一からボイストレーニングも受けてみたい。音楽の基礎となるソルフェージュにもなるだろう。声楽の教室は少なく選択肢がほとんど無かったので、すぐに決まりました。体験レッスンでも、この先生の元でレッスンを受けてみたい、と思えました。

 というわけで、今は声楽をやっています。練習曲のコンコーネ50番と、イタリア歌曲集をメインに歌っています。声の大きさには自信がありましたが、「大きな声」と「響く声」は全く違うことに、発声を一からやってみて気付きました。息の吸い方、吐き方、響かせ方、姿勢、使う筋肉、口の開け方、発声する際のイメージ。声のトーン、ピッチ、表情。まだはじめて1年経っておらず、うまくいかず戸惑うことも少なくありません。最初の頃は、高音はよくひっくり返るし、かすれる、安定しない。ピアノはその鍵盤を押せばその音が出る。声楽は、弦楽器と同じでその音は出せていても、ピッチという触れ幅がある。ピッチが少し違うだけで、全くその歌の表情が変わってしまう。ずっとピアノだけやって来たので、難しいけれどもとても新鮮でした。今は、イタリア歌曲集(全音の第1巻)を歌っています。ヘンデルの「Ombra mai fu(オンブラ・マイ・フ/なつかしい木陰)」など。イタリア語の発音もまだまだこれからです。イタリアものはこれまでほとんど聴いてこなかったので、最初はその明るさが眩し過ぎて慣れませんでしたが、探すとイタリア歌曲やオペラアリア、イタリア民謡にも様々な曲があることを知って、面白いなと思っています。
 でも、いつかはやりたいドイツリート。そして北欧もの。やっぱり北の音楽に惹かれますw

 発表会もあり、1曲歌う機会がありました。ピアノ演奏ではないけれど、人前で演奏するのは何年ぶりだろう…。発表会まで、細かい修正が続きました。そして、声楽はピアノ以上に体調に気をつけなければならない。風邪を引くなんて言語道断。自分の身体が楽器になるということは、体調そのものが演奏にあらわれてしまうことなんだと実感しました。
 発表会は、高音が少々かすれたところがありつつも、無事に歌いきることができました。曲に合わせた歌い方も出来たと思っています。そして、他の方々の演奏を聴くのも楽しかった。普段は個人レッスンなので、会ったことのない方ばかり。曲も違えば、声域も違う。声質も違う。同じピアノでも、弾く人によって音色は変わりますが、声楽はその人の声が楽器になる。人それぞれ声域も声質も異なる。その幅広さと深さが楽しかった。クラシックだけで無く、ポップスを歌う人、合唱もあり、また、ピアノや他の楽器もあり、自分が歌う以上に、聴くのが楽しかった発表会でした。

 その発表会の後、私が発表会で歌った歌を、他の生徒さんが歌いたい!と歌っている、と先生から聞きました。私も、他の生徒さんの歌もいいな、いつか歌いたいな、と思っていました。また、先生と先生の音楽仲間さんたちのコンサートを聴く機会もあり、憧れの歌も聴け、モチベーションが上がりました。

 以前、ピアノを一人で弾いていた頃。とにかく弾きたい一心で、レッスンに通えなくてもいい、誰も聴いてなくてもいい。そうして一言で言うと「独学」を選び、自分と楽曲・楽譜・作曲家の一対一で向き合いながら演奏するので十分だと思っていました。その分、自分の演奏には極限まで客観的に向き合う。わからないことがあったら「適当」で終わらせない。それで、ひとりで練習・演奏しても、カバーできると思っていました。

 その一方で、レッスンや練習オフ会などを心の奥で本当に羨ましいと思っていました。今でも、羨ましいと思っています。そんな環境が、直々に会って演奏し合える仲間が近くにいるのが羨ましい。演奏する曲も皆レベルが高くて、よく自分を見失っていました。過去の記事に、そんな自分を見失い、立ち上がり、また迷い…の過程が記されています。そんな過去の自分は、随分と意地を張っていました。置かれている環境…ひとりで演奏するしかない状態だったから、それでもやるんだ!、と強く思わないとすぐ折れてしまうから。熱心だったけど、腕の手術で少し離れた時期もあり、ソナチネに入って勝手が変わり、壁にぶち当たったところで折れた。

 今、ようやく、意地張っていた、頑なになっていた自分に気付きました。確かに、確固たる意志を持っていないと保てない状況だったけど…。他者を羨ましいと思いつつも、拒否している部分もありました。レッスンを受けている人には、仲間にいつも囲まれている人には、この私の置かれている状況、孤独なんてわからない。理解されてたまるか。私はひとりでも、ひとりだからこそ、自分に向き合って演奏するんだ。でもその演奏は、行き場がありませんでした。ブログに練習記録や録音をアップしても、そこが着地点ではありませんでした。

 今は、誰かと共有する音楽もいいなと思っています。一人で演奏したり、演奏会やCDを聴くのも、もちろんいい。ソロで演奏する時も、誰かと合わせる時も、聴く人がいる時も、音楽は特定の人がいるいないに関わらず、誰かに向けて演奏している。声楽は、基本的に伴奏がいないと歌えない。伴奏も共有。共有して、先生や聴いている人たちの反応を受け取って、音楽はまた深く広くなるのかな、と声楽レッスンや発表会などを通じて、思えるようになって来ました。特に、歌は、外国語であっても、雰囲気で伝わるものがある。発表会前、どうしたら、どう歌ったら、聴く人にこの歌に込められているものを伝えられるだろう。勿論、基礎基本の発声も大事。でも、歌の意味を頭に入れて表現を考えることで、発声も変わってくる。おのずとついて来る。先生にそうアドバイスされ、考えながら練習していました。

 先日感想を書いた「BBCプロムス ラスト・ナイト・コンサート2014」。指揮のサカリ・オラモのスピーチに、こんな内容のものがありました。
音楽は(中略)聴く者にとっては世界共通の言語です。
(中略)
物事を見る目を養い、人の心を癒します。
音楽は驚くほどの速さで人に伝わり、心の奥底にある感情に訴えかけます。
だから私たちは、こうして集まるのです。

 音楽は、共有してもっと楽しくなる。その時しか奏でられない、聴けない(録音録画しても、その時の空気感や熱気、雰囲気までは完全に伝えきれない)音楽を、共有したい。自分が演奏して聴いた人は違うことを思うかもしれない。その逆もある。それでもいい。その異なる想いも共有したい。

 ピアノは、今は声楽の練習の際に音を取る時に使っています。「演奏する」というものではありません(ごめんよ)。今は、声楽だけで精一杯なので、とにかく歌います。でも、発表会でピアノも聴いていいなと思ったので、またピアノを弾くこともあると思います。今度ピアノを弾く時は、意地を張らないように。

 声楽のレッスン記録は基本的に書きません。練習中の曲についても書きません。後でさらりと書くかもしれません。ただ、レッスンで学んだ面白いことや、何か気がついたら書きます。

 これが、今の私の奏でている音楽です。こうやって書くこともまた、共有ですね。
by halca-kaukana057 | 2014-12-22 23:41 | 奏でること・うたうこと
 今年はオペラ・声楽強化年。続きです。

 NHKBSプレミアムなどで、オペラ公演を収録した放送が結構あり、録画して観ています。しかし、いまいちピンと来ない。集中できず、途中で挫折してばかり。物語のあらすじが、登場人物と声域、誰がどのアリアを歌うのか、登場人物たちの関係が覚えられない!やはりオペラは長い、難しい、敷居が高い、のか。独特の台詞の言い回しも慣れない。ラジオでの全曲放送なら、全部聴けないことも無いのですが…。
 そんな私が、オペラを観に行くことにしました。ビゼーの「カルメン」。以前、ハイライト版を聴いたのですが、全部を観るのも聴くのも初めて。オペラを観に行くこと自体人生初めて。「カルメン」は前奏曲もアリアの数々も超有名曲ばかりですが、物語のあらすじを読むと「うーん」と思ってしまう。この物語を楽しめるのだろうか。集中して観ていられるだろうか…。そんな不安も抱きつつ、行ってきました。

・ビゼー作曲:歌劇「カルメン」(全4幕)
 スロヴェニア マリボール国立歌劇場
 ロリス・ヴォルトリーニ指揮、マリボール国立歌劇場管弦楽団/合唱団/バレエ団
 演出:フィリップ・アルロー

 舞台の両サイドに、字幕用の電光表示板が。舞台の下にオケピットが。これがオケピットか…と思いつつ、開演を待ちます。
 開演、マエストロの登場。そしてあの前奏曲。威勢のいい前奏曲を聴きながら、だんだんワクワクしてきました。

 全幕、飽きずに集中して観られました。終わって一言、「楽しかった!!」オペラって楽しい!凄い!これが音楽と舞台の総合芸術だ。実際の舞台では、台詞の言い回しも気にならなかった、自然だった。オペラという世界に引き込まれているからか。歌手の皆さんの歌も素晴らしい。広いホールに、自分の声だけで朗々と響かせて歌う。歌いながら、演技もする。演劇やミュージカルとは違う、音楽・歌でも魅せるオペラの手法にすごいなぁ、すごいなぁと思ってばかりでした。演出も、親しみやすかった。コミカルなシーンも所々にあって、クスリと笑えました。勿論、シリアスなシーン、カルメンが魅了するシーンも惹かれる。バレエも美しい。舞台セットや背景も物語を引き立てている。

 あらすじ、ハイライト版では分からない物語の全容もようやく理解しました。ああ、「カルメン」ってこういうお話だったんだ。ここでこの登場人物がこんな台詞を言って、こんな風に歌に入って…生で観ないとわからないことばかりでした。字幕で台詞や歌詞が出るので、追いやすい。ただ、字幕を観て、舞台の歌手を観て、背景や舞台演出を観て…目が忙しい。目が疲れました(苦笑

 真面目な衛兵のドン・ホセ、ホセの婚約者のミカエラ。ホセは田舎の母親のことを心配し、結婚を誓い合う幸せな2人だったのに…自由奔放な恋愛を楽しむカルメンの登場で、ホセは変わってしまう。カルメンに気に入られたホセ。ホセも婚約者がいるのに、カルメンに惹かれ、恋に落ちてしまう。そして、ホセの人生も堕ちてゆく…。ホセの視点でずっと観ていて、終わった時の感想が、「ホセ、かわいそう…」。カルメンに出会わなければ、ミカエラと幸せに結婚し、親孝行も出来たのに…。
 とは言え、カルメンも「魔性の女」であるけど、何故か憎めない。相手のことを考えない、自由奔放過ぎる、でも、心は自由だとうたい、今を生き、そのためなら死をも恐れない。カルメンにとっての「自由」とは何だろう?と考える。未練がましくない。強いなぁと思う。カルメンが死を悟るシーン、そしてラストシーンは息をのみました。

 数々のアリア、二重唱、合唱にも魅了されました。カルメンのハバネラ、ホセの「花の歌」、闘牛士・エスカミーリョの「闘牛士の歌」は心の中で「来たー!」と叫んでました。どの歌も好きです。オペラは、アリアの後に拍手をする。この雰囲気もよかった。カーテンコールは拍手しまくりました。

 第1幕の「子供たちの合唱」は、地元の小学生が歌っていました。元気よく舞台に出てきて(翻弄される大人たちw)、元気よく歌う姿が可愛かった。プロのオペラ歌手と共演、オペラの舞台で歌えるなんて凄いなぁ、いい経験だなぁ。この日のために、フランス語の歌詞を覚えて練習したんだろうなぁ。第2幕の後、子どもたちが先にカーテンコール。可愛かった。
 親御さんと一緒に観に来ている小学生もちらほらと。「カルメン」の物語は子どもにはちょっと…と思ったが、こんな美しい舞台、豊かな歌・音楽のオペラを小学生の頃から観せてもらえるなんて羨ましいなぁ…とも。制服姿の高校生も。どう観るんだろうなぁ。

 オペラは生で観てこそその魅力がわかる、と実感した夜でした。ようやく、オペラの魅力がわかった。これまで、台詞などの面で、何故オペラはこんな表現方法を使うのだろう。クラシック音楽には音楽劇もたくさんありますが、音楽劇じゃダメなのか、とよく思っていました。しかし、音楽と舞台の総合芸術であるオペラだからこそ表現できるものがあるんだ、とようやくわかった気がします。本当に楽しかった!また、様々なオペラを生で観たいです(東京などに遠征しないと観られないですが…)。

 ということで、たまっているオペラ番組の録画を消化せねば…。

 
f0079085_2202047.jpg


・過去関連記事:ハイライト版を聴いてみた:オペラ事始 その2 ビゼー「カルメン」(ハイライト)
by halca-kaukana057 | 2014-06-10 23:11 | 音楽
 オペラ・声楽をもっと聴いてみようと色々手をつけてみています。こんな時便利なのが、テレビやラジオでの放送。過去の名演から、最近のオペラ公演・演奏会まで放送してくれるのがありがたい。しかも放送だと、全く知らない歌手・曲にも巡り会える。そこから興味を持ってハマってしまうことも多い。と言うわけで、オペラ・声楽関係の番組は片っ端から録画し、ラジオも聴けるものは聴いています(出来れば録音も)。クラシック音楽を聴き始めた頃も、こんなことをしていたなぁ。今もクラシック番組は片っ端から観て聴いて録画録音しています。

 先日、テレビの番組表を見ていたら、「びわ湖ホール四大テノール演奏会」というのが合った。NHKBSプレミアムの「クラシック倶楽部」。びわ湖ホール?四大テノール?声楽だし、これも録画しておこう…と予約し、今日放送、観ました。
 観て、なんだこれは!!?ぶっ飛びました。めちゃくちゃ楽しい、面白い!!

NHK番組表:クラシック倶楽部 びわ湖ホール四大テノール演奏会
◇この公演のお知らせ:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール:2014年1月22日:びわ湖ホール四大テノールコンサート

◇公式:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール:びわ湖ホール四大テノール
◇非公式まとめ:NAVERまとめ:【BST】びわ湖ホール四大テノールがすごい!【Biwako Super 4 Tenors】

 メンバーは、関西を中心に活動している若手テノール歌手。清水徹太郎さん、竹内直紀さん、二塚直紀さん、山本康寛さん。それぞれ、オペラなどでも活躍している。昨年の日本音楽コンクール声楽部門では、清水さんが入賞、山本さんが2位を受賞。この日本音コン声楽部門も、昨年末に放送され、「こんなこともあろうかと」(ないw)録画しておいたので、再び見直しました。お二人とも豊かな声、表情。伸びやかな歌に聞き惚れました。日本音コン、他の受賞者の方々の歌も素晴らしかった。

 話を元に戻して、「四大テノール」演奏会。いつものこの番組なら、演奏者のインタビューが入ったり、すぐに演奏が始まるのだが、何故か開演前のホールの様子が。そして開演前のアナウンス(カゲアナ)。何故そんなものを?と思ったら、内容がぶっ飛んでたw
「携帯等を鳴らしたら、メンバーが一緒に歌います」
「公演中の会話は、メンバーへのブラボーや日本一!等以外はお控えください」
「メンバーが客席のそばを通っても、触ったり、エサをあげないでください」
(※全て意訳です)

 なんだこれはww場内のお客さんも笑っている。

 そして演奏会スタート。「琵琶湖周航の歌」から、リーダーでMCの竹内さんメンバー紹介。4人それぞれのヴェルディやプッチーニ、レオンカヴァルロ、ドニゼッティのオペラアリア独唱集。テノールと一言で言っても、個々人で声の雰囲気も質感も異なる。オペラそのものは知らないものもあるのですが、実際オペラでもこんな風に歌っているのだろうなと思うと、劇場でオペラそのものも聴きたくなります。こういうところからオペラに入っていくのはいいなぁ。

 4人での迫力ある「タイム・トゥ・セイ・グッパイ」のあとは、「テノールdeコント」…コント?ロッシーニ「猫の二重奏」を、日常風景で再現。ネコの被り物をした竹内直紀さんと二塚直紀さんが、夫婦コントをwニャーニャーとネコの鳴き声で歌いながら会話、サラリーマンの夫と妻、飲んで遅く帰って来た夫と、それを怒っている妻。おかしくて爆笑しました。これ、会場で生で観たら大変なことになりそうですw
 ちなみに、コントを考えているのも、リーダーの竹内さんだそうです。

 更に、NHK繋がり?で「あまちゃん」が。あのテーマ曲のピアノ演奏が流れると、出てきたメンバーは「北の海女」の扮装、アキちゃん、ユイちゃん、夏ばっぱ。歌うは勿論「潮騒のメモリー」!後から太巻さんも出てきたwテノール4人で「潮騒のメモリー」は新鮮でした。アキちゃん&ユイちゃんの可愛らしい歌、春子さんの清楚な歌、鈴鹿さんのしっとりとした歌もいいですが、テノール四重唱もいい!

 そして名物だというクリスタルキングの「大都会」。扮装がまた笑えますが、歌は本気。「♪あーあ~果てしない~」たっぷりの声量でハーモニーもきれい、高音も伸びやか。凄い。高いド(ハイC)が出てくるテノールにとって難易度の高い歌らしい(実際大変そうな表情をしていた)のですが、迫力満点です。

 「サンタ・ルチア」や「カタリ・カタリ」などのイタリア・カンツォーネ・メドレーは馴染み深い歌を豊かに楽しく歌っていて、ますます楽しくなる。「ヴォラーレ」はジャズ風でかっこいい。「フニクリ・フニクラ」は2番が「鬼のパンツ」の歌詞wあの振りもちゃんと付いてます。子ども向けのコンサートをすることもあるそうで、これは子どもたちも喜ぶだろうな。凄い歌のお兄さんたち…。「おかあさんといっしょ」にゲスト出演して、だいすけお兄さん(国立音大卒、同じくテノールです)と一緒に歌って欲しい…なんてw

 「アンコールは、第3部です」とツッコミたくなるようなMCで始まったアンコール。レハールのオペレッタ「メリー・ウィドウ」から「女・女・女」は、踊り出し、その踊りもEXILE風w最後は扇の組体操でキメるwあんな踊りをしながら、あの声量・発声で歌うのは大変そう…と思いつつ、それをやってのけるのオペラ歌手の本気の実力に脱帽しました。しかも笑いまで取るなんて。
 「オー・ソレ・ミオ」も4人のハモリと同時に高音を競って出しているサービスも。楽しい放送でした。
 ちなみに、放送ではカットされてしまった曲、曲順の違いもあるそうです。「潮騒のメモリー」も実際にはアンコールだったそう。


 これまで、声楽のコンサートには何度か足を運びました。でも、日本の歌曲や童謡・唱歌、好きな作曲家歌曲(ドイツリート、シベリウスの歌曲)ぐらい。イタリア語もフランス語もわからない。オペラも詳しくない…ということで、声楽のコンサートはちょっとハードルが高いと感じていました。オーケストラ、室内楽なら、知らない曲や作曲家の作品でも聴いてみようと思うのに、オペラのアリアや歌曲になると、「歌詞がわからないから…」という壁を作ってしまう。語学の壁。日本の歌曲でも、親しみやすいとは言えない現代作品もある。歌い方も独特。それでも、歌そのものに惹かれれば、語学の壁だろうがなんだろうが聞き入るのだろうが…なかなかそんなコンサート・歌手には出会えていません。

 しかし、このびわ湖ホール四大テノールは、クラシックから民謡・唱歌・歌謡曲にコントまで、ジャンルの壁を取っ払って、歌のたのしみを伝えようとしている。テノールという声域もちょうどいい。明朗で快活、且つ男声の迫力もある。そして、先述したとおり一言でテノールと言っても、声の高さや質、声色は異なる。4人できれいに揃い、ハモる。そんな歌で、クラシックのオペラも、馴染み深い流行歌やカンツォーネ、民謡・唱歌も全部「歌」なんだよ。「歌」の世界はこんなに広くて、楽しいよ!と伝えている。メンバーの想いが伝わってきました。
 これはいつか生で聴けたらいいなと思う声楽アンサンブルです。この録画は永久保存版にします。

【ふと思ったこと】
・滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール…立派な劇場、ホールじゃないですか!!これが「県立」なのだから凄い。滋賀県羨ましい…我が居住自治体が貧弱過ぎる…(音楽面では。他の面では、公立でも充実しているところもある。どこかがいいと、どこかがよくない?)

・この「びわ湖ホール四大テノール」のノリ…「宮川彬良&アンサンブルベガ」のノリに似ている!wテノールアンサンブルか、室内楽かの違い。
 アンベガも、日本各地のオーケストラのコンサートマスターや首席奏者を集めた実力派揃い。宮川彬良さんの軽妙なMCと、原曲の魅力をふんだんに味わえる編曲のクラシック名曲の数々。宮川さんが作・編曲しない純クラシック作品の演奏もある。そして、実力派のメンバーが普段は見られない一面を見せてくれるコントと巧みな演奏で、音楽を読み解いてしまう「音符の国ツアー」。…この「クラシック倶楽部」の枠で出来るじゃないですか!!放送の検討を、前向きにお願いします!
 NHK教育「クインテット」の演奏を担当したメンバーがいるアンサンブル、というNHK繋がりもありますし。アンコールの「ゆうがたクインテット テーマ」は外せませんね。と言うことで、検討お願いします!!


 今日はFMで新国立劇場の「カルメン」の放送も。途中から聴いたのが残念でしたが、全曲になるとこうなるんだ、と聴いていました。再放送されないかなぁ。録音したい。
 ということで、オペラ・声楽堪能の一日でした。
by halca-kaukana057 | 2014-03-21 23:19 | 音楽

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31