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学び続けること 「夏休み子ども科学電話相談」を聞いて

 もう8月も明日で終わり。こちらは朝夕だけでなく日中も涼しくなり、もう秋です。日中の陽射しはまだ夏の明るさですが、夏の終わり、秋の始まりを感じさせる毎日です。

 夏と言えば色々ありますが、私はこれです。
NHK:夏休み子ども科学電話相談

 毎年恒例の夏休み特別企画。子どもたちの科学に関する疑問に、専門の先生方が答えてくれる。今年で30周年だそうです。私がこの番組を聴き始めたのは…高校生になってからでした…。小学生から聞いてれば…。でも、高校生の時も、そして今大人になってからも、聞いていると本当に楽しい、勉強になります。素朴な疑問から、小学校高学年~中学生の専門的な質問、マニアックな質問。特に恐竜の質問を受け付ける回では、子どもたちの恐竜博士ぶりに「マニアックだ…」と驚いてばかり。いや、好きだから自然に覚えてしまうのだろう。私も子どもの頃、星座の本を読んで名前や形、見える時期、星座の神話を自然と覚えていました。

 受け付ける質問も、近年では「心と体」、「いのちの不思議」、「放射線衛生学」といった以前は無かった分野も質問を受け付けたり、ダイオウイカで注目されている「深海」の質問も。「心と体」「いのちの不思議」は聞いていてなるほどなぁと思った質問ばかりで面白かったです。

 天文宇宙の質問では、ベテルギウスの超新星爆発に関する質問が何回かあって、皆気になっているだなぁと感じました。気になります。

 子どもたちの質問そのものも面白いのですが、わかりやすく丁寧に答える先生方のお話も面白い。専門的なことを、どう説明するのか。もし、自分が同じように質問されたらどう答えるか…そんなことも考えながら聞いていました。マニアックな質問に対して、マニアックに答える先生の楽しそうな声も印象的でしたw

 好きなこと、興味があることは、自然と学んで覚えてしまう。学んでも「なぜ」と思うことを忘れない。難しいことでもひるまずにどんどん学ぶ。そんな子どもたちが学んでいる姿(声)に、止まっている私自身の「学び」を再開したいとも感じました。先生方と子どもたちに励まされたような。

 放送のある日が休みでも、午前中用事でなかなか聞けないことも多かったのですが、今年も楽しかったです。また来年も、楽しみにしています。
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by halca-kaukana057 | 2013-08-30 22:46 | 興味を持ったものいろいろ

フィンランドで見つけた「学びのデザイン」

 以前、青森県立美術館「フィンランドのくらしとデザイン」展のトークセッションの記事で、フィンランド関係の本を読んだ…と書いていたのがこの本です。

 「フィンランド」と「教育」、この2つの単語が並ぶと、PISAによる”学力世界一”を連想する人も多いと思う。フィンランドの教育について、今まで本を読んでも記事にはしないできた(シベリウス音楽院指揮科の記事は別)。確かに、フィンランドの学校教育はとても丁寧な、ひとつひとつ学んでいこうという姿勢が制度にも反映されている。純粋に「フィンランドの教育」だけを読む・見るのならいいが、それを日本のものと比較したり、日本で導入できないかと考えるのはちょっと…と思っている。人口も、教育制度も、教育の歴史も、教育行政も全く異なる。だから比較や、安易に「フィンランドの教育」はいい、日本も導入するといい、とは言い切れない。

 そんなことを今も考えてはいるが、この本のことは記事にしたいと思う。読んで、素直に「面白い」「興味深い」と思ったから。日本のものとの比較は、してしまうかもしれないけど、出来るだけしないようにして書きます。


フィンランドで見つけた「学びのデザイン」 豊かな人生をかたちにする19の実践
大橋香奈・大橋裕太郎/フィルムアート社/2011

 この本で取材し、取り上げているのは、フィンランドの博物館や美術館、図書館や、教科書会社、放送局、NPOなどなど。学校の外で、「学び」の場をつくり、活動の実践の内容やスタッフへのインタビューを収録している。文章だけでなく、写真もカラーで「こんなところなんだな」と想像しやすい。

 まず、何故「学び」について取材し、書こうと思ったかが書かれている「はじめに」。このように書かれている。
困難を乗り越え人生を切り拓く力となるのは、多様な「学びの体験」ではないだろうか。
(18ページ)

 そして、「学び」と「教育」の違いについて。「学び」は自発的で柔軟なものであるのに対して、「教育」は主体は教える側、教える側は「正解」や「理想」を持っていてそれにたどり着くことを目標としている。…確かに。人生を豊かにする「学び」を、フィンランドではどのように「デザイン」…形作っているのだろうか。フィンランドの元教育大臣の言葉が引用されています(ラテン語の格言なのだそうです)。
「学校のためではなく、人生のために学ぶ」
(21ページより)

 
 この「はじめに」では、2011年3月11日…東日本大震災のことも書かれています。生きることさえ困難な状況に陥り、様々な情報が飛び交っている。その中には、デマもある。今も、被災地だけではない、物理的にも精神的にも困難な状況が続いている。
 一方、フィンランドものんびりしたように見えるけれども、結構大変だ。失業率・自殺率は高いほうだ。冬の厳しさは人々に精神的な苦痛も与え、うつ病に悩む人も多い。移民問題もある。PISAの結果からは見えない、様々な問題を大人も子どもも抱えている。
 そんな困難はあるけれども、豊かな「学び」が、何らかの力にならないか…。そこから、この本は始まります。

 美術館、科学館、図書館と様々な事例を見ていく。美術館で、幼い子どもが参加するガイドツアー。幼い子どもが美術館でどう振る舞うか…美術館のスタッフや保護者にとっては悩むところだが、ガイドツアーに参加して、先入観無しに作品を観たり、語ったり。アートを一部の大人(アートに興味のある人)だけの閉鎖的なものにするのではなく、子どもたちも参加して、誰もがアートを語り、様々な形で理解できるように開放すること。アートを通して、何かのテーマについて考えたり、自分でも作ってみる。そんな活動が幅広く行われている。

 図書館でも、本だけでなく、CDやDVDなどの蔵書も充実し、ギターなどの楽器や音楽スタジオで演奏し録音、CDの編集もできる図書館もある(!!)。オンラインサービスも充実し、どんな質問にも答えるサービスをしているところも。ここも、本が好きな人だけの閉鎖的な空間になっておらず、様々な人が気軽に集える場になっている。

 興味深かったのが、自然に関する学びについて。森と湖…自然豊かなフィンランド。人々は森や自然とともに暮らし、自然を大事にしている。そんなイメージがある。しかし、フィンランドも変わってきている。冒頭で書いた「フィンランドのくらしとデザイン」展のトークセッションで、フィンランドの都市部では、自然とともに暮らす機会が少なくなっている、と聞いた。
 フィンランドでは、7歳から始まる基礎教育(義務教育)で、「環境と自然」という教科がある。「環境」「幸福な生活」「持続可能な未来」に対する責任ついて考えることを、4年生まで学ぶのだという。そこで、森の中で自然体験をし、「人間は自然の一部である」ことを理解するために、「自然学校」が各地に設立され、子どもたちがそこでの学びの場に参加する。フィンランドの子どもたちは小さい頃から森の中で遊んでいて平気…なのかと思ったら、驚いた。泥で服が汚れるのを心配する子もいる。自然学校の先生の話では、森の中に入りたくない、車の中から見ているだけで十分、と言う子もいるのだそうだ。やはり、自然豊かなフィンランドでの人々の暮らしは、変わってきているようだ。それでも、自然学校では、子どもたちは食べられる草の味を確認したり、沼地の小さな池にいる生き物を探したり、泥だらけになって森と戯れている。お昼には、ソーセージ(マッカラ)を焼いて、食べる楽しみもある。時代や、都市、人々の考えは変わって行くのかもしれない。それでも、フィンランドという自然豊かな地で、学ぶことがある。それが、フィンランドという地で、豊かに生きる・暮らすことを深化させる。

 フィンランドには、様々な「学び」の場があり、「場」だけでは終わらず、生きた「活動の拠点」となっている。ただ「学んだ」で終わらず、個々人の中で深化させてゆけるようになっている。学校以外の場所で学ぶことは、以前から私も興味を持っていることなので、興味のある国であるフィンランドの事例ということでも興味深い本でした。やはり日本と比べると…進んでいる。でも、全国探せば、色々な活動をしているところもあるだろうから、一概には言えない。それでも、フィンランドもまだまだ模索しているところもある。「学ぶことに終わりは無い」…作曲家・シューマンの言葉(「ユーゲントアルバム」op.68の「音楽の座右銘」より)を思い出す。「学び」のデザインにも、終わりはないのだと。

【過去関連記事】
自然と暮らしが生んだもの 「フィンランドのくらしとデザイン展」トークセッション
 これが全ての始まりでした。

シベリウス音楽院の凄さを探れ
 シベリウス・アカデミー指揮科の学びについて。
シューマンの言葉に学ぶ 「音楽の座右銘」より
 「学ぶことに終わりはありません」
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by halca-kaukana057 | 2012-06-12 23:14 | 本・読書

本気でもがき苦しんで…音楽とは生きることそのもの

 5日(4日深夜)NHK総合で放送の「ドキュメント20min. マエストロの白熱教室~指揮者・広上淳一の音楽道場~」を観ました。以前広上さんの指揮をテレビで観て、熱い指揮だなぁと感じていました。面白そうなので、録画。その録画を観たら、興味深い内容ばかりでした。

NHK:ドキュメント20min.

 広上さんが指導している東京音楽大学指揮科。ここでは、1年の時から実際にオーケストラを演奏させて、授業をしている。おお、これは、フィンランドのシベリウス音楽院指揮科で、ヨルマ・パヌラ氏が始めた方法ではないですか!このブログでも以前取り上げたとおり、このパヌラ門下生の指揮者たちは、世界中のオーケストラで活躍している。ヴァンスカ、サロネン、サラステ、オラモ…。そのうち、広上門下生の指揮者たちも世界で活躍するかもしれない。楽しみです。
・その時の記事:シベリウス音楽院の凄さを探れ(2006.8.8)

 あと、この指揮科では広上さんの他にも指揮者やプロの演奏家が指導にあたっているのですが、その中に、大阪フィル・コントラバス首席で、「アンサンブル・ベガ」メンバーの新眞二さんも。アンベガの新さん!思えば、初めて新さんのお話しているところを観ました。アンベガコンサートに行きたい…。

 この授業、とにかく熱い。広上さんも、新さんも、指導にあたっている方々全員が、学生に対してビシバシ意見を言う。ダメ出しもはっきりと、強い。オーケストラを指揮しての授業の時、指揮台は「死刑台」と呼ばれているのだそうな…。観ている私の方が怖い、と感じてしまった。でも、この熱さ、真剣さ。指導側の方々の言葉は本気だ。プロの指揮者を目指し、実際に指揮者になれば、自分よりもキャリアの長い演奏家達を目の前に、自分の解釈した音楽を提示し、演奏しなければならない。オーケストラのメンバーが納得できない指揮では、演奏にならない、音楽にならない。指揮者として、音楽家として、そして人間として成長していくための、本気の言葉。お世辞多めの授業では、生ぬるい。音楽の世界の厳しさを実感しました。

 番組では、ひとりの指揮科の学生さんが卒業試験を受け終わるまでを追いました。授業ではダメ出しばかり。その学生さんに広上さんが言った言葉が、自分にも当てはまるなと感じました。
・うまくやらなきゃ。人と接する時、皆とうまくやらなきゃいけないと思っている。
・自分自身と対峙する体験を、今日も明日もして欲しい。自分の中に、問題・敵はいる。
・音楽で対話する。

 音楽の面でも、仕事など、生きることそのものの面でも。

 そして、この学生さんはもがき苦しみながら、卒業試験に向けて音楽に向き合います。課題曲はベートーヴェン「交響曲第5番<運命>」。苦悩から喜びへ、もがきながらつかんでゆく…ベートーヴェンの人生が、この学生さんにも通じる。音楽とは、生きることそのものだと感じました。

 そして、この学生さんの卒業試験の指揮・演奏を観ていて…自分はもがき苦しむだけ苦しんでいるのだろうかと感じました。本当に、本気で、真剣に向き合っているのか。生きることにも、音楽にも。私にとって音楽・ピアノ演奏は趣味。でも、アマチュアだから適当でいい…とは思わない。作曲家たちが様々な思いの中で作曲した作品に対して、プロもアマもない。技巧は劣るけど、気持ちだけでもプロ意識でいよう。そう思っています。ところが、今の自分はどうだ。音楽に全然向き合っていない。鍵盤にも触れていないし、実際に演奏・練習しない分、他に譜読みしたり勉強したりしているのか。していない。聴くだけで満足している。それでいいの?自分に問い続けていました。音楽に限ったことではない。他のことでも、今、自分は本気で”今この時”に向き合っているのか…?番組を何回も観て、観終わった今も、問い続けています。

 指揮科の授業ではこんな感じなんだ、という雰囲気も伝わってきて、よかったです。この番組はタイトルどおり20分。足りない…1時間は欲しい!Nスペでやって!と思ってました。卒業試験の後の、新さんの言葉も印象的です。オーケストラの反応が一番欲しいところでも、指揮の仕草が全部一緒という指摘で、
何かのコピーに見える。
君の中では何か起こっているんだろうけど、そこに正解はないよ。

 ここで、また自らを振り返りました。プロの演奏家から見た指揮者、という視点も新鮮でした。

 番組そのものの再放送は、終わりました…。9日午前11:05から再放送の地域もあるので、地域ごとの番組表をチェックしてください。あと、NHKオンデマンドでも配信されています。

 あと、番組ブログにも興味深い内容があるので、こちらもどうぞ。
NHK:20min.ディレクター裏話:まるで自分に問われているようでした
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by halca-kaukana057 | 2012-03-05 23:16 | 音楽

「わからない」なら何度でも

 先日のコンサートを聴きながら、あと、日曜日に放送された「日曜美術館」を観ながら、思ったことがある。

NHK 日曜美術館:2010年1月24日放送(アンコール) 劇的?やりすぎ?バロックって何だ?!

 私は、わかっているようでわかっていないものが多いと感じている。「日曜美術館」ではルネサンスとバロックの芸術の違いについて取り上げていたが、それを理解するには芸術だけでなく、歴史や当時の社会、宗教、科学など、あらゆる知識が必要となってくる。知識だけでなく、何故だろう?と疑問に思い答えを出す考える力も必要になる。私に足りないものが一気に見えて、愕然とした。

 コンサートでも、演奏している作品の構造が実際どんなものだったのか、楽譜を見て確かめたいと思った。作品の構造はなんとなく掴めてはきたが、「理解」は出来ていない。はっきりとソナタ形式、ロンド形式…と答えられない。さらに、コンサートの感想でも書いたとおり、モーツァルトは弦楽四重奏での第2ヴァイオリンをどう位置づけていたのか。シューマンももっと知りたいことがある。わからないことがどんどん出てきた。

 でも、知らないと気づくこと。これは重要なんだなと思った。知らないなら学べばいい。理解できないなら、何度でもトライすればいい。最初から知っている、理解できているものなんて少ない。知らない・理解できていないと自覚して、知りたいと思うようになる。知っているフリをしないこと、理解できていると思い込まないこと。この姿勢で、さらに先に進めると思う。

 幸いなことに、学ぶためのもの・環境は揃っている。コンサートの演奏はその時しか聴けないけれど、同じ作品のCDで何度でも聴くことができる。本などで調べることも出来る。楽譜も、ネットで無料で見られるところがある。そのうち、だんだんと親しめて、何かつかめるだろう。

 芸術に触れることは、日常生活とかけ離れている気がする。なかなか身近に…とは行かないけれど、出来る限り身近に、そして何度でも触れること。芸術に触れることを「いい演奏だった」「いい曲だった」「素敵な絵だった」などと一時的な満足で終わらせず、それをきっかけにさらに親しめたらいいなと思っている。

 芸術だけではなく、他のものに対してもこんな姿勢でありたいと思う。
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by halca-kaukana057 | 2010-01-26 22:31 | 日常/考えたこと

学ぶ楽しさをありがとう…「学習」と「科学」休刊へ

 今日のショッキングなニュース。

学研ホールディングス:『学習』『科学』休刊のお知らせ
児童数の減少やニーズの多様化等の市場環境の変化による部数の減少のため、誠に勝手ながら『学習』は2009年度冬号(2010年1月1日発行)、『科学』は2009年度3月号(2010年3月1日発行)の発行をもちまして休刊させていただくことになりました。


 えええええ!あの学研の「学習」と「科学」が休刊!?とてもショックです。子どもの頃、本当にお世話になりました。毎月"学研のおばちゃん"が届けに来るのが楽しみで、届けに来てくれた時の嬉しさを今も覚えています。そして中身を読んで、「科学」の付録を作って実験(というより遊んでるw)したり、栽培・飼育して観察したり。学校の宿題の日記にも、「学研の科学のふろくの~を作りました。(以下云々)面白かったです。」ということを書いたり。思い出すときりがない。その「学習」と「科学」が休刊になってしまうなんて。残念でなりません。

 今の自分は、「学習」と「科学」があったからあると言っても、過言ではないと私自身感じています。「学習」の歴史読み物や、国際関係・世界の国々紹介は面白くて何度も読んだ。そして「科学」。私は結局文系の道に進んだけど、大人になった今も科学に興味を持ち、科学が好きなのは「科学」のおかげだと感じている。付録でモノづくりや実験・観察の面白さを体験し、本誌を読んでさらに興味を深められた。とりわけ、あさりよしとお作の科学漫画「まんがサイエンス」は本当に面白かった。身近な日常にある科学から、遠い宇宙の科学まで、ギャグで笑いながら楽しく読んだ。特に「ロケットの作り方おしえます」、これを子どもの頃に読んでいなかったら、今の宇宙好きな自分はいないと思う。科学の道には進まなかったけど、「科学」を読んでいて、本当によかったと思っている。(そして、その機会を与えてくれた両親にも感謝。)

 学校での勉強とはちょっと異なる「学ぶこと」の面白さ。それを味わえたのも「学習」と「科学」があったから。学校で今勉強している内容には直接結び付かない。でも、毎月興味深いことが書かれてある本が届く。付録を自分で作って実験・観察する、ちょっとした「科学者気分」。今はインターネットが発達して、子どもたちもネットで調べ物をするけど、昔はパソコンもネットもない。新聞や雑誌、テレビが情報を入手する主な手段だった。が、子どもにとって新聞はちょっと難しい。「学習」と「科学」が、情報の入手するルートでもあった。「学ぶこと」「考えること」への姿勢、欲求。それを培ってくれたのが、私にとっては「学習」と「科学」だった。

 もし、私がいつか親になったら、子どもと一緒に「学習」と「科学」を読みたいなと思っている。子どもの頃味わった楽しさ、ワクワクを、今度は後世に伝えたい。一緒に楽しみたい。そう思っていたのに。残念でなりません。

 学ぶ楽しさ・面白さを、そして沢山のことを教わりました。本当にありがとうございました。復刊を心から願います。いつかまた、子どもたち(大人も)が「学習」と「科学」で学ぶワクワクを味わえますように。


 子ども向け科学雑誌は「子供の科学」ぐらいになってしまったなぁ。「子科」もなくなってしまったら、あらゆる意味で危機だなぁ。子ども向け科学雑誌は、大人が読んでも面白いのに。支援しようか。

【関連記事】
まんがサイエンス2 ロケットの作り方おしえます
まんがサイエンス10 ライフ&テクノロジー
 今も「科学」で「まんがサイエンス」は連載続行中。どうなるんだろう。終わってしまうのだろうか。それともどこかに移籍するとか?こんな楽しくて勉強になる漫画を無くすなんて、もったいない!心配です。
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by halca-kaukana057 | 2009-12-03 21:45 | 興味を持ったものいろいろ

考えるための道具としての知識

 久々に天文仲間の方々と、星見をしてきました。薄曇りで、空は澄んでおらずあまり条件はよくないため、月と木星しか観られませんでしたが、それでもどちらの天体も何度観ても見入ってしまう魅力があります。月のクレーターのでこぼこ、海の部分の色、陰影。木星の縞模様、4つのガリレオ衛星。眼で観るだけでなく、スケッチしたいなと思った。残念ながら紙も鉛筆もなかったので出来なかったが、もっともっとよく観たい、もっと月のことも木星のことも知りたいと思った。あのクレーターはどのくらいの大きさ、高さ、深さなのだろうか。どんな名前が付いているのだろうか。「かぐや」が月に還った場所はどのあたりだっただろうか。いつも当たり前のように観ている月について、もっと知りたくなった。

 そんなことを考えながらしばらく月を観ていて、何かについてもっと考えようとしている時や疑問を持つ時、知識は必要となってくるのではないかと思った。これまで、知識と言うと詰め込んで、自分の中にためておくもののようなイメージがあった。でも、知識は力となる。例えば月なら、クレーターや月の岩石など月に関する知識をもとに、もっと深く知り、疑問を持ち、考えることが出来る。音楽なら、時代や作曲家、作品に関する背景や楽典を知って、作品についてより深く考えることが出来る。知識は道具となり、その道具を技として使い、さらに学んでいける。

 何かについて、もっと知りたいという気持ちは、それについてもっと考えたいという欲求のあらわれなのかもしれない。知識ばかり増やして何になる、知識の詰め込みはよくないという考えもあるけれども(自分自身そう考えていた)、知識がないと考えるにも考えられないと思う。知識と、その知識を使う経験、そして知識を使って考え、さらに深く知る。学ぶことはその繰り返しなのだと思う。何かについて知りたいと思ったら、ためらうことなく調べて、知識を蓄えよう。きっと、その蓄えが視野を広げ、考えを深めることにつながるはず。

・関連記事
課題を持って取り組むこと
道標を見失う
道標を見失って、つかめたもの
 「課題を持って~」から続いてきた、自分の学ぶ姿勢に対する悶々とした悩みへの答えが、さらに見つかったと、この記事を書いていて感じました。
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by halca-kaukana057 | 2009-10-29 21:51 | 日常/考えたこと

道標を見失って、つかめたもの

 これまで、「課題を持って取り組むこと」「道標を見失う」で悶々と悩み続けてきたことに、ようやくうっすらと答えを出せました。今もまだ、はっきりとは答えを出せていない。好きなものに対して、何を課題にして取り組んでいきたいのか、何を学んでいきたいのか、それをどうしたいのか、「これ!」という答えは出せていない。目の前にある宇宙関係の話題を追いかけていたり、星空を眺めたり、好きなクラシック曲を気ままに聴いていたりするような、ただ追いかけている状態は相変わらず続いている。続いている…やめられないのだ。

 そう、好きなものは、「好き」なのだ。興味がある、面白いと思う、もっと知りたい学びたいと思う、それに関係する話題があれば飛びつく、本棚には好きなもの関係の本が並び、落ち込んでも好きなものからは離れられない…。この「好き」の気持ちだけは、悩んでいても変えられなかった。これはもうどうしようもない。好きなんだからしょうがない。「好き」という気持ちは、誰かによって承認されるものではない。自分で決めるもの。好きなものでどう楽しむか、どう学ぶかは自分次第。これをしなければいけない、これをしなければ「好き」と認められない(例えば、天文なら望遠鏡を持ってるとか、メシエ天体全部暗記して望遠鏡で導入できる、とか)のは、ないはず(もちろん、出来ればいいなとは思うけど)。

 好きなものに対する課題が見つからないなら、これから見つけていけばいいじゃないか。好きなものに対してどう取り組むか、人それぞれ「自由」だと以前書いた。その広い「自由」の中でオロオロしているのが今の状態なんだと思う。それならば、誰かのやっていることや面白そうと思った分野を覗いてみて、自分もやってみたいと思ったらそれを課題にすればいい。ひとつの課題に取り組んだら、次の課題も見えてくるはず。そうやって、どんどん課題を見つけていけばいい。現在、天文では去年から取り組んで、途中のまま放置していた課題にもう一度取り組んでいる。観た星座について様々な本に書いてある内容(神話や伝承、星雲などの天体など)をまとめている。まとめているだけだけど、今の自分にとっては勉強になる「課題」だ。ピアノはソナチネ7番を何とかしなくては。古典派には、私が今まで取り組んだことのない「課題」がたくさんある。楽譜を読み解いて、鍵盤に向かうしかない。

 今回、自分がどうしたいのかわからなくなって、逆につかめたものもある。道標を見失って、道に迷って、今後について考える機会が持てた。それも収穫だ。これからも、また道に迷うと思う。悶々と悩むと思う。でも、悩むことも、迷うこともマイナスではない。自分を問い直す、必要な時間だ。休息の時間でもある。時に立ち止まって、焦らずいこう、と自分に言い聞かせている。
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by halca-kaukana057 | 2009-10-08 22:29 | 日常/考えたこと

道標を見失う

 先日の記事「課題を持って取り組むこと」で書いたことに対する、自分の答えを見つけ出せずにいる。宇宙でも、ピアノでも、自分が何をしたいのか…何を学んでいきたいのか、それをどうしたいのかなど、わからなくなってしまった。ただ好きなことを追いかけているだけ、目の前にあるものをただ追いかけているだけの自分でいいのだろうか。

 好きなものに対する姿勢や、好きなものにどのように取り組むかは人それぞれだ。宇宙・天文なら、望遠鏡で観測するのがメインの人、星座の伝説や民俗について調べる人、星空案内人の資格を取って沢山の人に宇宙の魅力を語り伝えたいという人、ボーっと眺める人、宇宙の本を片っ端から読む人…それぞれのやり方でいいと思う。ピアノでも同じことが言える。基礎から徹底的に積み上げてゆく人、弾きたい曲だけを何年かかっても練習する人、特定の時代・作曲家の作品を深く読み込みながら演奏する人、気が向いた時に気楽に演奏する人…。本当に自由だと思う。

 今、私はその「自由」の中で、自分がどうしていきたいのかを見失ってしまった。同時に、身体面でも不安定な状態にある。何かに向かって活動している時間よりも、寝転がって休んでいる時間の方が多い。寝転がりながら、早く元気になりたいと思いつつ、こんなことを考えている。

「……地球上のあちこちで、膨大な時間の中で、数学者たちはさまざまな問題の解を探し求めてきた。何も見つからずに終わることも多いだろう。では、探すことは無駄かな?違う。探さなければ、見つかるかどうか、わからない。やってみなければ、できるかどうか、わからない。……私たちは旅人だ。疲れることがあるかもしれない。道を間違うことがあるかもしれない。それでも、私たちは旅を続ける」

「疲れたなら、休めばよい。道を間違えたなら、戻ればよい。――そのすべてが、私たちの旅なんだから。」
結城浩「数学ガール」297ページより


 今、「数学ガール」原作のミルカさんのこの言葉をかみしめています。私も旅の途中、どこへこれから向かおうか…。
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by halca-kaukana057 | 2009-09-29 21:33 | 日常/考えたこと

課題を持って取り組むこと

 現在、結城浩さんの小説「数学ガール」を読んでいる。以前はページをペラペラとめくっただけで、出てくる数式に圧倒され読まずに本棚に戻してしまったのだが、コミック版を読んで今度こそ原作小説を読もうと心に決めた。やっぱり"僕"やミルカさんの取り組む数式は難しい。複雑な記号の羅列にしか見えない時もある。それでも、その数式には簡単にはわからないからこそ面白い数学の秘密と宝物と、歴史と数学者たちの想いが詰まっているんだなと思うと構えている気持ちがほぐれてくる。ゆっくりでいいから、読むつもりだ。


 その「数学ガール」では、主人公の"僕"と数学をこよなく愛する才女ミルカさん、"僕"の後輩で"僕"から数学を教えてもらっているテトラちゃんが様々な数式に取り組む。自分で問題を見つけたり、ひとつの数式から課題を見つけて解いてみたり。問題はいくらでも作ることが出来る。どんな方向にも進むことが出来る。そんな"僕"たちの様子を読んでいて、私はあれ?と思った。

 私も、何か興味のあることに課題を見つけて、自分で考えて取り組んだことがあっただろうか?

 たとえば宇宙。私は宇宙が好きだ。天文学、宇宙科学、宇宙論、宇宙開発に宇宙探査。星座の神話や民俗など、宇宙と人間の暮らし・文化に関することにも興味がある。だが、私はそれらをただ追うだけで、自分はこれを学びたい、考えたいと課題を持って追求したことがあっただろうか。目の前に宇宙に関する本があれば読む。宇宙に関するニュースがあれば見る。でも、ただ追い、知り、覚えるだけ。実際に夜空を見上げ、星座を探したり望遠鏡で星を見る時も、あれが何座で星座の由来は…と覚えたことをなぞるだけ。望遠鏡で星を見ても、これが木星で、縞模様と4つのガリレオ衛星も見える。きれいだなぁ…。で終わってしまう。「宇宙」というものに対してのアプローチ方法が、いつも一緒なのだ。宇宙に関する学問は、とても幅が広い。宇宙論のように理論からのアプローチもできるし、望遠鏡などで観測もする。天体写真を撮る人もいれば、新天体発見に力を注ぐ人もいる。科学的なアプローチだけではない。哲学的なアプローチもできる(オカルト的なものは除く)。文化や民俗方面を追究する人もいる。プロもアマチュアも、自分が宇宙の何を知りたいのか、解き明かしたいのか、発見したいのか、課題を持って取り組んでいる。追いかけるのではない。自分で考え、創ってゆく。

 音楽・ピアノでも同じだ。今、私はピアノで行き詰まっている。ブルグミュラー25では、25曲それぞれに課題を見つけ、どこが魅力的な部分なのか、何を表現したいのか、課題を持って取り組めていたと思う。ところが、ソナチネに進んで、課題を見つけられなくなってしまった。表題がない、ロマン派と古典派の違い、曲の構造の違い…求められるものがグッと増え、ついてゆけなくなってしまった。現在ようやく課題を見つけて取り組めつつあるが、まだまだだ。

 趣味だけではない。私的な話になるが、仕事でも自分の課題を持ち、意識して取り組んだことがあっただろうか。ただ毎日の仕事に追われているだけになっていないだろうか。

 自問自答は続く。今までの自分は、受け身だったと感じている。知識をため込んで満足しているだけではだめなんだ。「学ぶ」とは何なのか、考え直している。
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by halca-kaukana057 | 2009-09-17 20:43 | 日常/考えたこと

「趣味」として、楽しみとして

 私がこの春から通い続けている「星空案内人」講座も終盤に。星座を探したり、望遠鏡を扱ったりと実践的な内容も学んでいる。しかも、これまで私がやってきたように、何となく星座を探して、望遠鏡も適当に使って…ではなく、観望会でお客さんにどう教えるか、どう伝えるか。例えば、あれが「夏の大三角形で…」と言うだけではなく、星の並びだとか、特徴などを交えて話す必要がある。自分でやるのと、人に話すのでは全然違うんだなと感じている。

 また、講座が縁で、宇宙・天文つながりの知人が増え始めた。天文部漫画「宙のまにまに」3巻で「星猛者」という言葉が出てきていたが、まさにそれ。星猛者・天文猛者に圧倒されてばかり。そんな星猛者さんにも色々な方がいて、きれいな天体写真を撮る人、プラネタリウムで解説し普及活動を行っている人、子ども向けに観望会を開いている人、天文学の歴史を調べている人…と本当に様々。天文学がカバーする範囲はとても広いけれど、皆それぞれ分野を決めて活動している。凝っている人の濃い話を聞くのは、熱意まで一緒に伝わってきてとても面白い。


 そんなある日の講座でのこと。その日は少人数のグループに分かれて講座を受けていた。これまであまり話したことがない人と同じグループになり、講座の間少し話をしていた。その方は、ボランティアで科学教育活動をされているのだそうだ。今まで全く扱ったことが無かった赤道儀式の望遠鏡の使い方に苦戦していた私。なんとか講座で扱う範囲での操作を完了し、ほっと一息ついていた私に対して、その方は「趣味で星を観てきたんですか?」と訊いた。「ええ、赤道儀は初めてなんです。」と答える私。何気ない会話だが私はこの「趣味で星を観てきたんですか?」という一言が気になって仕方なかった。

 以前書いたように、私はこれまで天文部などに入ることはなく、一人で星を観てきた。一人で星を観ている方が自然だった。後は宇宙・天文関係の新聞記事をスクラップしたりだとか、ネットでニュースを集めたりだとか、宇宙・天文関係の本を読んだりなど地味な活動を「趣味」としてきた。地味だが、不満を抱いてきたわけではない。そりゃあ、種子島や内之浦でのロケット打ち上げや、筑波や相模原の宇宙センター一般公開などに行けたらもっといいが、この間はJAXAタウンミーティングにも行ってきたし、徐々に色々なイベントや全国各地の科学館にも行けたらいいなと思っている。これを専門にやってきましたと堂々と人に言えるものは無いけれども(このブログの記事はあるが、リアル友人・知人には極力教えたくない)、宇宙・天文は好きだし、追求している時はとにかく楽しい。これからも「趣味」のひとつとして追求し続けたいと思っている。だから、なんてことない一言なのに、引っかかる。

 何故引っかかるのだろう…?別に宇宙・天文の楽しみ方なんて一様ではないと自分でもわかっているのだから、何も悩むことはないじゃないか(講座の第1回目でも、宇宙・天文を楽しむ様々な方法について取り上げられてます)。一人ひとりが「面白い」「これがやりたい」「これに興味があるんだ」と思うものをやっていけばいいじゃないか。ボランティアをやりたい人はやればいい。私も「星空案内人」の資格を取れば、観望会で解説することだって出来る。だから羨ましいわけではない。それなのに。

 数日間考え込んで、ようやくわかった。私は、望遠鏡の扱い方だとか、星座を探す時の探し方だとか、そういうことばかりに気を取られていたんじゃないかと。なんとなく星空を観てきた私は遅れをとっていると、講座開始の頃から感じていた。初めて知ること、慣れないことを少しでも早く習得しようと、本来の目的…星を観て楽しむことを忘れていたんじゃないかと考えた。ピアノでもこんなことがある。これまで弾いたことが無いテクニックを含む曲を練習していて、早く「弾ける」ようになることだけを考えて、曲の魅力や聴き所・聴かせ所、音楽の楽しさを忘れてしまう。それは「趣味」で演奏している人にも、プロの演奏家にも起こりうることだと思う。これまでの講座はほとんど曇ってばかりで、実際の星空を観ることが出来なかったのもあるかもしれない。講座で学んだことを覚えて、習得して、実技試験に備えることも大事(講座では3回の実技講座がありますが、それぞれに実技試験があります)。でも、これまでなんとなくやってきた私が、ここで焦ってもいいことはないと思う。何となく「趣味」でやってきたならそれなりに、徐々に新しいことに慣れていきたい。資格は目標だけど、そこがゴールではないことは以前も書いた。私はまたしても、わかっていたようでわかっていなかったことにぶつかり、わからなくなってしまったようだ。この過程を何度も繰り返しその度に思い出すと思うが、忘れてしまいたくはない。そう強く願う。

 今日、木星がよく見えたので久しぶりに望遠鏡を出して観ていた。口径はそんなに大きくないので縞模様ははっきりと観ることが出来なかったが、衛星はちゃんと見えた。…と思っていたら雲が出てきて、見えなくなってしまった。残念。この夏は、星空を思う存分に楽しみたい。晴れの日が多いといいなぁ。

*趣味であっても、レベルは様々です。趣味でもハイレベルな天体写真を撮っている方もいます。だから私のような人ばかりではありません。


【関連記事】
「星を見る私」(2006.11.13)
「わかって、わからなくなって」(2008.6.7)
 この記事のコメント欄も参照
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by halca-kaukana057 | 2008-07-30 22:28 | 日常/考えたこと


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