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神さまたちの遊ぶ庭

 先日読んだ、宮下奈都さんの「羊と鋼の森」。この作品に関係する本を、「羊~」を読む前に読んでいました。「羊~」を読んだ時、あの本!とすぐに出てきて驚きました。
羊と鋼の森


神さまたちの遊ぶ庭
宮下奈都/光文社、光文社文庫/2017

 2013年、宮下さん一家は2年間、北海道の帯広に引越し、暮らすことに決めていた。が、宮下さんの夫が、帯広ではなく、もっと大自然の中で暮らさないかと提案してきた。大雪山国立公園のふもとにある、トムラウシという集落で暮らさないかと言うのだ。山の中にあり、牧場がある。僻地で、併置の小中学校の全校児童生徒は10人。山村留学制度があって、他の地域からの児童生徒を受け入れている。こんなところで大丈夫なのだろうかと心配する宮下さんだが、3人の子どもたちは乗り気。トムラウシに行くことに決まった。中3の長男の高校受験のことを考えて1年間。そして4月、トムラウシでの生活が始まった。

 「羊と鋼の森」の、主人公・外村がこのトムラウシがモデルの山の出身ということになっています。山で生まれ育ったことが、外村にとって重要な要素になって出てきます。驚いた。トムラウシで暮らしたことで、小説も生まれた。

 私は一度、僻地で働いたことがある。トムラウシほどの僻地ではないが、賑やかな町からは遠く離れ、静かな山の中にあった。仕事をする上で不便なこと、不利なことは沢山あったが、町では出会えないことも沢山あった。雨上がりの中を通勤中、虹の「根元」を見たことがあった。近くの畑に熊が出たとか(熊に出くわしたことは幸いにして?なかったが)、蛇に遭遇したこともある。私の住んでいるところも田舎だが、町なので近くにスーパーもコンビニも本屋などもある。病院もちゃんとある。田舎だから、自然も適度に近いと思っている。が、僻地の自然はそんなものではなかった。僻地は山を下りないとコンビニは勿論、小さな商店もない。何か足りなくて、ひとっ走り…というわけにいかない。私にとっては、不便で、その不便さが仕事に悪い影響を与えていたこともあり、もう僻地で働くのはごめんだと思うし、住むのは論外だと思っている。
 ただ、僻地にも人は住んでいて、そこでの暮らしを支えるために働く人もいるのだと感じました。

 なので、この本を読んで、僻地の不便なところが気になってしまい、最初読んだ時はいい印象がなかった。買い物も困るし、トムラウシは携帯電話は勿論圏外。テレビも雪が降ると映らない。新聞配達も来ない。病院も診療所しかない。そして、北海道の山である。とにかく寒い。文明に助けられている私にとっては、住むのは難しい、とても厳しい場所に感じられた。

 だが、宮下さん一家はトムラウシでの暮らしを楽しんでいる。集落の人々や小中学校の先生方に助けられ、山の暮らしのペースに徐々に慣れていく。山の人々は皆優しくて、心が広くおおらかだ。宮下さんと同じように、山村留学で来て、何年も暮らしている人もいる。子どもたちは順応が早い。少人数の学校は、時間割やカリキュラムに余裕があり、活動内容に幅がある。3人のお子さんたちが皆マイペースで、ゆるくて、ユーモラスで笑ってしまう。何かズレている。私も宮下さんのようにツッコミたくなる。何より、自然が豊かだ。川の魚や山菜(毒のある植物もあるので注意は必要)。寒さや雪の表情も繊細。厳しくはあるが、その分、様々な表情がある。外に出れば、何かがある。町にはないことがたくさんある。

 山の学校はおおらかだが、何をしてもいいというわけではない。子どもたちの遊び方の安全に関して学校と集落で話し合いをしているところは、ゆるさは全くない。子どもたちの自由、子どもたちの安全を思うからこそ、議論は白熱する。山の暮らしは、大人と子どもが近いのだと感じた。集落の大人が全員、子どもたちのそばにいて関わっている。町ではそうはいかない。子どもに無関心な人もいる。大人と子どもという関係だけでなく、全ての人と人の関係において、無関心な人はいないと感じる。孤立することはありえない。孤立したら、この自然、環境ではきっと生きていけないから。

 マイペースに学べる少人数の学校だが、問題もある。人数がいないので、団体競技のスポーツが困難。特に高校受験を控えている長男は、山を下りた規模の大きめの学校でテストを受ける必要がある。修学旅行もその学校に混ぜてもらう。集落全体が家族のような雰囲気なので、「友達を作る」ことをしなくても友達になれてしまう。なので、中学を卒業後、山を下りて高校に進学すると、大人数の社会に馴染むのが大変、うまく馴染めないことも少なくない。帯広の進学校に進学した高校2年生のなっちゃんのエピソードには、言葉を失ってしまった。

 メリット、デメリットと分けて書いてしまったが、メリット、デメリットと考えてしまうのは何か違う気がする。外から見たら、いいところ、悪いところと言えるけれども、トムラウシの人々にとっては、そこでの暮らしがそのものだ。何ものにも変えられない。これがトムラウシの暮らしなのだから。トムラウシで暮らしていることが、幸せなのだ。2回ぐらい読んで、外野がそれにどうこう言うのは違うなと思うようになった。

 宮下さん一家が、トムラウシで暮らすのは1年と決めた。が、実際に期限が近づき、どうするかを決めるあたりも、宮下さんがトムラウシの暮らしの幸せを満喫しているからこその悩み、つらさなのだと思う。長男の高校の問題もある。この現実も、デメリットと切り捨てるのは違うと思う。そこをどう受け入れるか、なのだと思う。

 子どもたちのマイペースでユーモラスな発言でゆるくて読みやすいエッセイですが、ハッと思うところも多い。数日間滞在しただけではわからない自然の描写、季節の移り変わりの美しさも、文章だけで伝わってくる。エッセイというところがいい。写真がひとつもなくても、その美しさや楽しさが伝わってくる。日本には、まだまだ知らない場所がある。実際に行ける場所は限られるから、こうやってエッセイで読むのは貴重だと感じました。

◇関連記事:毎日新聞:きょうはみどりの日 作品紹介(その1) 映画「羊と鋼の森」 自然は人を幸せに 北海道・トムラウシ出身の青年が主人公
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by halca-kaukana057 | 2018-05-17 23:08 | 本・読書

羊と鋼の森

 宮下奈都さんの作品を。1年ぶり?話題になったこの本が文庫化されたので読みました。


羊と鋼の森
宮下奈都 / 文藝春秋,文春文庫 / 2018(単行本は2015)

 北海道の田舎の山で生まれ育った外村は、高校生、17歳の時、たまたま担任から来客を体育館に案内するように頼まれる。やって来た来客はピアノの調律師の板鳥宗一郎。外村は初めてピアノの調律を見て、調律に魅せられる。板鳥に弟子にしてほしいと頼むと、調律師の学校を紹介され、勉強し、卒業後、板鳥が働く楽器店に新人調律師として採用された。毎日、店のピアノを調律し、練習を重ねる。先輩の柳について、主に一般家庭のピアノの調律について回り、学ぶ。一方、秋野は違うスタイルで調律をしている。時々、板鳥にアドバイスを貰う。どんな調律が求められるのか、理想の調律は何か、外村は毎日ピアノと向き合う。


 以前読んだ「メロディ・フェア」と同じく、お仕事小説ではありますが、雰囲気は全く違います。今回はピアノの調律師。主人公の外村は、板鳥の調律に出会うまで、ピアノを弾いたこともよく聴いたことも無く、調律に接するのは勿論初めて。板鳥の調律に偶然立ち合ったことで、いわば運命的な出会いをする。

 ピアノは家にあるので、大人になってからの調律の際にはいつも立ち会っています。トーン、トーンと音を出しながら、調律をしていくのを見ているのは好きです。調律の際の、静けさも好きです。まさに、その調律中の静けさが漂う本です。以前はこのブログのピアノのカテゴリに書いてあるぐらいピアノを弾いていましたが、今はピアノを弾かなくなった。諦めてしまった。これ以上、どうやって進んだらいいかわからない。弾きたい曲はあるけれど、どうやったらたどり着けるのかわからない。そのままピアノから離れてしまいました。今は声楽の練習で、音を取る程度。なので、家のピアノには申し訳ないと思っている。この本を読み進めるのは辛かった。外村も、他の登場人物も、ピアノが好きで、ピアノと向き合っている。もうピアノには熱心になれない(かもしれない)自分には、辛い作品でした。
 そして、ピアノにあまり熱心ではなかった子どもの頃の自分が、外から見ればどう思われていたのだろうと思って辛くなった。外村がもうひとりの先輩調律師・秋野に付いてある家庭のピアノの調律に行った時のこと。ピアノにはバイエルの楽譜が置かれているが、秋野は椅子の高さからその子がもう高学年であることを悟る。高学年にもなってバイエルレベル…ピアノにあまり熱心でない、という。私がまさにそんな子どもだった。ピアノは好きだったけど、練習はあまり好きでは無い。練習してもうまくいかない。自分に合った練習方法、ピアノとの向き合い方がわからなかったのだと思う。小学校低学年からピアノを始めたのに、上達せず、小学校高学年、中学校になってもバイエルレベル。ピアノ教室の先生や、調律師さんにどう思われていたんだろうな…と辛くなった。

 その調律師さんが何をしていたのか。この本を読んで、そういうことをしていたのかとわかりました。調律の過程の描写がかなり詳しく書かれています。何のためにこんなことするのか、どう調律するのか。ピアノの部品についても。タイトルの意味がわかります。以前もどこかで書いた記憶があるのだが、ピアノは他の楽器と違って、弾く人が自分で調律できない。調律師が調律する。基本的に持ち運ぶ楽器ではないので、その場所にあるピアノを、どんな音にしたいか、調律師に伝えて調律してもらう。ピアノは特殊な楽器だなと思う。

 この作品では、ピアノを「森」と表現するが、音楽が「森」のような深いものだと思う。調律に「正解」はない。調律の際に基準音となるラ(A)の周波数は440Hzと言われているけれども、その演奏者や演奏する作品によって微妙に上下する、いや、微妙どころではなくなってきているそうだ。また、外村と柳のピアノの調律とうまいレストランの例えの話にもあったように、客と調律師でピアノの音に対して考えが違うこともある。
 以前、今もまだ続いているが、聴いた音楽の感想が出てこなくなった時期があった。感想を出すのが怖いのだ。外村が調律がうまくならなかったらどうしよう、怖いと思ったように。この演奏は、「いい演奏」か「悪い演奏」か、叩き切るように判断できなければならないと思って、それがわからず、感想を言うのが怖くなった。感想が他の人…ズバッと感想を出している、しかも説得力のある感想を出している人と違えば、自分は間違っていると思えてしまう。その作品を初めて聴く、聴いたことがなくて、判断できないこともある。いい曲だとは思ったけど、感想は…?「いい」「よかった」、でいいの?それだけだと足りない、弱いのではないか。判断基準が自分ではなく、他の人になってしまい、音楽は聴いても、その感想を出すことはなかった。そもそも自分に判断する権利はあるのか。音楽経験も少なく、叩き切るような感想を出せるような説得力も知識も読解力もない。音楽を聴くのが辛かった時期を思い出した。
 このことに関しては、別記事で書こうかなと思います。収拾がつかない。
 「正解」がない、と言われると、困ってしまう。でも、判断基準は自分にある。こんな音が理想だ、こんな音がいい。この人にはこんな音がいいのではないか。そんなお客の要望に応えて、調律する外村や柳、秋野、そして板鳥の一生懸命な姿に励まされる。

 この作品では、「諦めること」「あきらめないこと」の2つに分けられることが出てくる。田舎の山で育った外村は、環境の上で諦めなければならないことも多かった。でも、調律師になり、ピアノと調律は諦めたくないと思った。板鳥にも諦めないことが大事とアドバイスされた。外村の先輩調律師の秋野は、ピアニストを目指していたが、諦めて調律師になった。柳が担当する高校生の双子、和音と由仁に起こったある出来事と、そこから諦めること、諦めないことが生まれる。
 諦めることで、新しい何かが始まることもある。諦めることで、可能性を閉ざしてしまうこともある。諦めないことで、進めなくなった道とは違う、別の道を見出すこともできる。諦めることと諦めないことが紙一重になっている。

 外村は、時々調律をキャンセルされる。理由は様々だ。キャンセルされると落ち込むが、それでも調律することをやめない。外村の静かな生真面目さがいい。外村だけでなく、この作品に出てくる人々は皆、生真面目だ。それぞれのやり方で、ピアノと向き合っている。
 外村のまだ未熟な調律の結果を、ただ失敗と言わず、こんな音にしたかったんだよね、このやり方は好きだ、と認めてくれる双子の和音と由仁。いい耳を持っているだけでなく、ピアノに真剣に向き合っているから、その外村の音がわかるんだろうな、と思う。外村に影響を及ぼし、外村から影響を受ける2人。この双子の存在もいいです。2人ともいい子です。

 外村がピアノ作品にはあまり詳しくないという設定なので、ピアノ作品について詳しいことはあまり出てこなかったのはちょっと物足りなかった。あくまで調律が主役なのだな、と。なので、作中のピアノリサイタルの箇所や、最後の部分の印象が弱く感じた。ちょっと淡々とし過ぎているなぁ…とも。でも、この静かな雰囲気は好きです。


 この本を読む前、宮下さんの別の本を読んでいたのだが、共感できない部分があって、感想を書けずにいた。その後、この作品を読んだら、とても関連があることがわかった。なので、その本についても感想を後日書きます。
 この本です。

神さまたちの遊ぶ庭 (光文社文庫)

宮下 奈都/光文社



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by halca-kaukana057 | 2018-05-03 23:23 | 本・読書

メロディ・フェア

 以前から読んできた宮下奈都さんの本を読みました。宮下奈都さんといえば、「羊と鋼の森」で本屋大賞を受賞、一気に注目されました。ピアノ調律師のお話と言うことで読みたい!のですが、文庫化待ち。他の作品を読んでいきます。


メロディ・フェア
宮下奈都/ポプラ社・ポプラ文庫/2013(単行本は2011)

 結乃(よしの)は東京の大学を卒業し、化粧品会社に就職。地元に帰り、ショピングモールの化粧品売り場で美容部員として働き始めた。一緒に働いている馬場さんは、「凄腕」の先輩。お客は思うように来ず、化粧品もなかなか売れない。だが、結乃は人をきれいにしたいとカウンターに立ち、お客に化粧品を試してもらい、アドバイスをして、その思いを伝えようとする…。

 このブログでも、ツイッターでも、自分の性別に関する発言はあまりしてこなかった。なので、この本についてどう書こうかと思ったが、書きたいと思った。面白い。化粧に関しては、それほど熟知しているとは思わないし、自信があるとも言えない。使いこなしているとも言えない。でも、この本を読んだら、化粧や化粧品についてもっと知りたいし、うまくなりたい、楽しみたい、チャレンジもしてみたいと思うようになった。

 結乃は本命の大手の高級化粧品を出している会社には落ち、3番手以下のこの会社に就職した。さらに、勤務地も本命のデパートの化粧品売り場ではなく、ショッピングモールの化粧品売り場。お客はなかなか来ないし、来てもなかなか売れない。何も買わず、雑談だけしていく人もいる。それでも、人をきれいにしたいと願いながら、雑談にもけなげに応じたり、様々な一癖二癖あるお客たちに化粧や化粧品についてアドバイスをする。悩みながら、日々仕事する「お仕事小説」でもある。結乃のけなげさが清々しい。お客達も化粧で新たな一歩を踏み出したりする。とても清々しい。

 結乃は化粧品売り場で、小学生の頃の友達のミズキに意外な形で再会する。ミズキの野望、抱えている悩み、本音…。それが化粧に現れているのが面白い。結乃とミズキの友情はコミカルだが、シリアスなところに徐々に踏み込んでいく。
 私も、ミズキのようなところがある。より高く、より遠くに手を伸ばそうとする。背伸びする。でも届きそうもない。「手の届く幸せ」。この言葉にじんとした。

 結乃の大学生の妹・珠美は化粧を強く嫌っている。姉の仕事も理解できない。姉妹の溝はなかなか埋まらない。それには、結乃と珠美の幼い頃の記憶も関係しているのだが、化粧によって、2人の関係も変化していく。
 化粧をしない顔が本当の自分なのか、化粧をしている時の顔は何なのか。一度は考えたことがある。結乃と珠美が出す答えに納得した。納得して、もっと化粧を楽しみたくなった。あと、化粧品売り場にやって来る「マダム」が言った言葉にも。
「そうね、合わなければ取ればいいんだものね。メイクのいいところって、そこよね」
 そう応じてくれた、マダムの言うとおりだ。メイクは何度でもやり直せる。失敗したら取ればいい。そしてまたやり直せる。好きな顔になるまで、好きな自分になれるまで何度でも。
(268ページ)


 結乃の売り場にある化粧品に関する描写も、いいな、その化粧品使ってみたいなと思ってしまう文章で楽しくなる。そんなにたくさん化粧品は買えない、買っても使い切れないので、この本で描かれているように私も試してみたいと思う。そして、気に入ったものを欲しい。

 この本を読んだ後、新しい化粧品を買いました(単純)。
 「メイク・ミー・ハッピー」メイクは自分を幸せにする。そんなキャッチコピーがありましたが、まさにそれだと思いました。化粧をして、明るい表情になって、楽しくなろう、幸せを感じよう。結乃の成長と共に、そんな楽しさが感じられるお話です。

 番外編(文庫本書き下ろし)の馬場さんの番外編もいい。馬場さんから見た結乃もまたいい。
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by halca-kaukana057 | 2017-05-17 22:51 | 本・読書

はじめからその話をすればよかった

 これまで何作品か読んできた宮下奈都さんのエッセイです。初めてのエッセイ本なんだそう。


はじめからその話をすればよかった
宮下奈都/実業之日本社/2013

 これまで、宮下さんが新聞や雑誌などに寄稿したエッセイ、他の作家さんの作品の解説などを収録したものです。こういう形でエッセイをまとめて読めるように単行本にしてくれるのはとても嬉しい。宮下さんの出身地である福井の地元紙や、過去の雑誌への寄稿など、その時を過ぎれば読めないもの、地域限定のものに、こんな文章を寄せていたんだと思いながら読みました。

 これまで、私は宮下さんを独身女性だと思っていた。しかし、宮下さんは3人のお子さんのお母さん。小説を書き始めたのは、3人目のお子さんがお腹にいた時。その妊娠している時、無性に小説が書きたくなって書き、見事デビューできたのだそうだ。それを「ホルモンのせい」と書いているのが面白い。
 妊娠していなくても、無性に何かをしたくなる時がある。ただ寝ていたい、ひたすら旅をしたい、音楽を聴く…それも特定の作曲家だけや特定の曲の聴き比べ、とにかく料理をしたい、運動したい、歌いたい・演奏したい、読書したい、そして、文章を書きたい。私も無性に文章が書きたくて、思うことを思うまま、ノートやワードで書いている(表には出さない)。

 エッセイの内容は、日常のことも多い。宮下さんはこんな暮らしをしていて、こんな本や物語、音楽が好きなんだ。そしてその中に、これまで読んだ宮下さんの作品に繋がるものがあって「これは!」と思う。ああ、この作品はこんなところから生まれたんだ。宮下さんご自身が自作を解説するものもある。といっても、まだ宮下さんの作品は数作しか読んでいない。これから読むのが楽しみになった。

 エッセイだけでなく、掌編小説もある。「オムライス」が凄くいいなと思った。何だかわからないけど、何かと出会い、それが自分をつくっていく。私にとっての「オムライス」は何だろう?そんなことを考えた。「あしたの風」は、宮下さんもこんな作品を書くのか…詳しいあらすじは書きませんが、宮下さんの視点で今の社会、この国の行き先を考えるとこうなるのか…としばらく考え込んでしまった。

 宮下さんにとって、書くことが生きること、生きることが書くことなのだと感じた。宮下奈都、素敵な作家さんに出会えた、これからの作品を読むのも楽しみだと感じました。

 ちなみに、漫画「宇宙兄弟」のムックに寄稿した文章もあり、お子さんたちは「宇宙兄弟」が大好きなのだそう。様々なタイプの宇宙飛行士になりたいと言っているのを読んで、宇宙好きとして嬉しくなりました。

 宮下さんの作品は、これも読んだのだが、感想がまとまらず書けてない…

田舎の紳士服店のモデルの妻 (文春文庫)

宮下 奈都 / 文藝春秋


 このエッセイを読むと、この作品の背景が広がった気がする。もう一度読んでみる。
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by halca-kaukana057 | 2014-02-14 22:50 | 本・読書

終わらない歌

 先日読んだ小説、宮下奈都「よろこびの歌」。その続編です。早速読みました。
よろこびの歌


終わらない歌
宮下奈都/実業之日本社/2012

 あの「麗しのマドンナ」を合唱してから3年後。20歳になった彼女たちはそれぞれの道を歩んでいた。再び声楽を志し、音楽大学に入学した玲。しかし、クラスのトップとクラスの上位にもなれない自分を比べ、自信を無くしていた。千夏はアルバイトをしながら、劇団に所属しミュージカルの役者を目指して奮闘していた。早希はスポーツ科学を専攻しトレーナーを目指していた。…


 高校を卒業し、20歳になった玲たち。彼女たちの進んだ道は、予想通りのものもあれば意外なものもあり。性格や考え方も、変わっていないところもあれば変わったところもある。成長を読めるのが嬉しかった。

 「よろこびの歌」を読んで、私は彼女たちが「諦め」の気持ちを持っていたと書いた。失敗し、挫折し、行き詰まり、様々なことを「諦め」た彼女たち。そんな彼女たちは「麗しのマドンナ」の合唱を通して、歌うこと一筋で生きてきたのを「諦め」た玲が、歌う気持ちを新たにして立ち上がる姿を見て、その歌声に魅了されていた。そして千夏や早希たちも玲の歌と歌う気持ちに動かされ、「諦め」たことに向き合い、それぞれの答えを出した。

 続編の「終わらない歌」では、「諦め」を通過、もしくは乗り越えたけれども、また新たな壁にぶち当たったり、新しい何かと出会ったり、変わりゆく自分自身に出会ったり…とそれぞれの道で様々です。

 玲はクールそうに見えて、情熱を秘めている。千夏は壁にぶつかってもぶつかっても、やっぱり歌が、音楽が、舞台に立つのが好きだと素直に立ち上がる。早希のまっすぐな熱意は、剛速球のよう。「よろこびの歌」でも惹かれた佳子には、今作でも惹かれてしまった。「よろこびの歌」の感想で、「それぞれの登場人物の要素が、私自身に合致する」と書いた。今作「終わらない歌」でもそうなのだが、佳子には特に自分と似ているところがあるなと思う。私もダラダラと目標も無く歩いている。ただ、佳子と自分の違いは、年齢だと思った。
 「よろこびの歌」ではあまり出てこなかった登場人物も、この「終わらない歌」でメイン登場します。でも、視点はその彼女自身ではなく、会社の先輩というのがうまい。

 自分のやりたいことに、「今」「この時」に、叶えたい未来のために、情熱を傾ける。「諦め」という醒めた姿勢をやめて、今に精一杯ぶつかっていく。20歳の頃は、そんな時期だなと自分の20歳の頃を思い出して読みました。千夏のように精力的に動いていた。玲のように才能や技術を持っている人と自分を比べて落ち込むこともあった。早希やひかりのように目標があっても、その目標の先で思い悩む時も合った。でも、一生懸命で、精一杯。それが20歳の頃。「若いってすばらしい」の歌ではないが、若いっていいな、20歳の頃に戻りたいなと、自分の今の年齢を思うと羨ましくなる。

 いや、玲の母・御木元響のヴァイオリンのように、歳を重ねても深くなってゆければと思いなおした。
 20歳だからできること。歳を重ねたからできること。れぞれ違う「できること」があると思う。

 素直で明るい、輝かしいだけではない希望。希望や夢は儚い。でも、夢や希望を持たずにはいられない。玲が出したこの答えのような気持ちになった。

 続編があって、よかったと思いました。
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by halca-kaukana057 | 2013-03-25 23:17 | 本・読書

よろこびの歌

 以前、宮下奈都さんの小説を読んだのですが、文体や雰囲気が気に入ったので他の小説も読んでみた。2作目がこれ。
・以前読んだ本:遠くの声に耳を澄ませて

よろこびの歌
宮下奈都/実業之日本社・実業之日本社文庫/2012(単行本は2009年)

 著名なヴァイオリニストの娘で、声楽を志す御木元(みきもと)玲は、まさかの音大付属高校の受験に失敗。失意の中、玲は新設されて間もない普通科しかない女子高に進学する。音楽からも遠ざかり、高校での毎日もただ何となく、諦めて過ごしていた。2年の秋、クラス対抗の校内合唱コンクールにも興味を持たずうんざりとしていたが、突然指揮に指名されてしまう。ためらい、自信はないが引き受けることにした玲。そして、玲は以前音楽室でうれしそうにピアノを弾いていたのを見たことがある、玲を指揮に指名した原千夏をピアノ伴奏に指名。しかし、練習にも人は集まらず、練習でも玲の厳しい指導にクラスメイトはついて行けず、結果は散々なものに。しかし、その後のマラソン大会。走るのが苦手な玲がゴールまでもう少しのところで聴いたのは、千夏をはじめとしたクラスメイトたちが合唱コンクールで歌った歌だった。合唱コンクールの時とは全く違う歌声に、玲の心と音楽・歌に対する考え方は変わってゆく…。


 以前、私は「本に呼ばれる」ことがある、と書いたことがある。この本を読んだときも、「呼ばれた」と思った。「遠くの声に耳を澄ませて」も、その時(今でも)の自分にとって、欲していたと思うような登場人物の抱えているものや、言葉・台詞が沢山出てきたのだが、この「よろこびの歌」では全部、と言いたいぐらい。各章、玲のクラスの少女たちがそれぞれ主人公となって、彼女たち自身のことや抱えているもの、高校での日々、合唱のことが語られる。それぞれ、様々なことを抱えて、諦めの気持ちとともにこの女子高へ入ってきた。

 音楽一筋で生きてきたのに、音高受験失敗で挫折、音楽から遠ざかってしまった玲。音楽は好きだが、ピアノが欲しくても買ってもらえない、父のうどん店の手伝いをするしかない千夏。中学時代はソフトボール部でエースのピッチャーだったが肩を故障し、二度とソフトボールは出来ない早希。人には見えないものが見えてしまう史香。大きな挫折や、どうしようもない不満な現状、自分自身や他者に対する不安、どう考えていいかわからないこと、諦め。この物語で少女たちが抱えている様々な「諦め」の数々が、どれも私自身のものだと思えてしまう。それぞれの登場人物の要素が、私自身に合致する。私も様々なことを「諦め」てきた。「諦め」るしかない。自分では納得はいかないけれども、もう先に進めないから「諦め」る。「諦め」たことを思い出し、苦しいと思いつつも、彼女たちが歌い、日々を過ごす中で思ったことを読み続けた。

 「諦め」たのは、過去のこと。でも、今の自分自身に影響を及ぼしている。その一方で、歌うのは、今のこと。マラソン大会での歌声をきっかけに、もう一度歌わないかと音楽教師である担任に言われ、再び歌う少女たち。玲も合唱コンクールの時とは違う指導や指揮を試みる。千夏も玲にピアノや歌を教えてもらいながら、伴奏をする。玲も千夏も他のクラスメイトも、「諦め」の気持ちよりも、今を歌う気持ちが強くなる。玲が指揮・指導の合間に少し歌う歌声に魅了され、玲もこのクラスの歌声に出会ったことで音楽・歌に対する考え方が変わってゆく。「諦め」を解き放つのは、「今」のことだけを思うこと、なのかもしれない。そこに、清々しい空気を感じた。

 特に惹かれたのは、美術部で玲に反抗的な態度を取っていた佳子の「バームクーヘン」。古文の教師の”ボーズ”との会話、出てきた歌の歌詞が印象的だった。ああ、そういうことなんだ。私もこれでいいんだと少し思えた。

 どの章も、挫折や「諦め」とは書いたが、人によっては些細なことかもしれない。でも、私には大きなことで、徐々に変わってゆく彼女たちを見守る気持ちだった。これから、どう進んでゆくのだろう、と。大きな変化は描かれない。日常の小さな変化だけど、その瞬間瞬間はかけがえのないものなのだ、と。史香の「サンダーロード」のような、デコボコだらけの道を歩いているような。

 この小説の続編が出てました。

終わらない歌

宮下 奈都 / 実業之日本社


 昨年11月に出たばかり。文庫化はまだまだだろうから、単行本で買ってしまおうかな。続きがあるなら読みたい。彼女たちのその先を読みたい。
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by halca-kaukana057 | 2013-03-13 23:01 | 本・読書

遠くの声に耳を澄ませて

 最初、この宮下奈都さんの他の作品が気になったのだが、タイトルに惹かれて、こちらを先に読んでみた。初めて読む作家さんです。


遠くの声に耳を澄ませて
宮下 奈都/新潮社/2009

 12の短編を収めた本。旅行雑誌に連載されたものだそうで、旅もテーマになっている。ちなみに、本のタイトル「遠くの声に耳を済ませて」というタイトルの作品は無い。表題作のない短編集です。

 登場人物たちは、仕事や恋愛、家族や友達、同僚などのことで悩んだり、躓いたり、挫折したりしている。どこにでもありそうな、悩みや挫折。思い悩んでいても、躓いて涙を流しても、毎日は続く。日常は止まることなく進んでゆく。

 そんな時、遠くへ行きたいと思う。行けない時は、遠くを想う。「ここじゃないどこか」へ行って、または「ここじゃないどこか」を想って、そこから、「今ここ」を客観的に見る。「今ここ」では気づくことが出来なかったことがあり、がんじがらめになっていた気持ちが解き放たれ、刺々しかった気持ちが丸くなる。何か悩んでいる時、挫折した時は「今ここ」しか見えない、見ようとしないことが多い。でも、「今ここ」だけじゃない場所がある。道がある。可能性がある。時間がある。方法がある。「今ここ」から抜け出して、ちょっとの間遠くへ行く(気持ちだけでも)。それがきっかけで、動き出すことがある。大きな変化じゃなくても、小さな心の中での変化でも。この本の短編では、小さな心の変化のほうを描いていて、最終的なラストはわからないまま終わる。ゴールはどうなるかわからないけど、その小さな心の変化が起こった過程が描かれいているのが、とても印象的でした。

 それぞれの登場人物は、別の作品でも登場することもあるので、その関係を読むのも面白いです。この作品では主人公だったのが、別の作品では客観的に描かれていて、ひとりの人物を多方面から見ることも出来る。連続した作品ではないのに、どこか繋がっているところがある。そういえば、現実でも友達の友達が知り合いだったとか、仕事で会ったことがあるとか、そんな繋がりに驚くことがあります。

 どの作品も印象的で、好きなのだが、「アンデスの声」や「うなぎを追いかけた男」の、行ってはいない(過去に行った)けど、その話を聞くことで遠くを想うこの2作は清々しい気持ちになる。また、「転がる小石」や「部屋から始まった」、「クックブックの五日間」は実際に遠くに行って、その場所に行ったことよりも、行った行動そのものが変化に繋がる過程が描いてあって、わかる、と感じた。旅に出て、その旅の中身も楽しんだけれども、それ以上に旅に出たということ、遠くに行ったということが変化の始まりだったということが私にもある。「転がる小石」の陽子ちゃんのように、見知らぬ場所に来て、「怖がっていたものの正体を見きわめ」、「道草をやめ」て、「簡単には近づけないものから目を背けるんじゃなくて、正面に見据えて半歩ずつでも近づいてゆく」。読んでいて、目を背けていることを正面に見据えたいという勇気が出てきた。

 最後の「夕焼けの犬」の病院の喩え・描写もいいなと感じました。夕焼けは、場所でも時間でも、遠くを思わせる。何か思いつめた時、仕事で疲れた帰り道やちょっとした休憩の合間に夕焼けを見ると心が落ち着くのは、そんな力があるからかもしれない。

 読んでいて、また旅に出たくなりました。遠くに行くことは大事だとも。なかなか行けない時は遠くを想うけど、でも、実際に行ってみるのはまた違う。人生・生きることも旅。「今ここ」と「ここじゃないどこか」を行き来して行くのだなと感じました。

 宮下奈都さんの著作を、また読みたいです。
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by halca-kaukana057 | 2012-12-06 23:12 | 本・読書


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