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秘密の花園 /『秘密の花園』ノート

 プロムス開催中(読み終えたのは開幕前ですが)だからというわけではないのですが、イギリス文学が読みたくなります。


秘密の花園 (新訳)
フランシス。ホジソン・バーネット:著/畔柳和代:訳/新潮社、新潮文庫/2016

 インドで生まれ育ったメアリ・レノックスは、痩せていて不機嫌そうな10歳になる少女。両親はメアリのことは乳母(アーヤ)やインド人の召使いに任せっきり。メアリもアーヤに何でもやってもらっていた。そんな中、屋敷でコレラが流行し、両親も、アーヤも、数多くの召使いたちも死んでしまった。メアリは部屋に閉じこもっていたところを発見される。メアリは叔父のアーチボルト・クレイヴンに引き取られる。本国イギリスに渡ったメアリは、クレイヴンの家政婦のミセス・メドロックに連れられ、ムアにあるクレイヴンの屋敷・ミセルスウェイト邸にやって来る。メアリには女中のマーサがつくことになった。ヨークシャ訛りで、インドのアーヤや召使いたちとは全く性格も態度も異なるマーサに悪態をつくが、次第に心を開いていく。メアリは天気のいい日は屋敷の庭で遊ぶようになる。庭には老庭師のベン・ウェザースタッフがいて、口数は少ないが、メアリに植物のことを教えてくれた。さらに、マーサの弟・ディコンは動植物が大好きな少年で、メアリの友達になった。メアリは、屋敷に10年も閉ざされた庭があることを知る。更に、屋敷の中を歩いていると、どこからか子どもの泣き声がする。メアリは閉ざされた庭の鍵と入り口を見つけ、その泣いていた少年、クレイヴンの息子、メアリの従兄弟のコリンと仲良くなる。コリンは身体が弱く、ミセス・メドロックやマーサもその存在を隠していた。メアリはディコンと閉ざされた庭の手入れをこっそり始め、コリンもメアリと話すようになってから精神的に落ち着いてくる…


 訳は沢山ありますが、今回は新訳の新潮文庫版で。岩波少年文庫版も持っています。

 昔、NHKで「秘密の花園」がアニメ化されたことがありました(あの「ふしぎの海のナディア」の後番組)。その頃は原作を読んだことはありませんでしたが、アニメの内容をおぼろげに覚えています。メアリはおてんばな娘というイメージがあったのですが、原作を読んでみると記憶違いかも?と思いました。

 メアリは「偏屈者」と呼ばれるほど、すぐに機嫌が悪くなる。ミセルスウェイト邸に来るまでのメアリは、正直に言って本当に可愛くない。でも、メアリは両親に育児放棄され、アーヤに身の回りのことは何でもやってもらい、召使いたちは恭順で何でも従う。愛情を注がれることもなく、友達もいない。メアリはとても孤独だ。人との心地よいコミュニケーションを学ぶ場は全くない。更に、その両親もアーヤも召使いたちもコレラで死んでしまう。ますます孤独になってしまった。

 そんなメアリにも救いはある。クレイヴンに引き取られ、イギリスにやって来る。ミセルスウェイト邸は大きなお屋敷で、クレイヴン氏は普段は屋敷にいない。またもメアリは孤独か…と思いきや、マーサやディコンがいる。庭にはベンがいて、メアリはその庭で遊び始め、鍵のかかった忘れられた庭を見つける。その庭を再生させる作業をディコンとするうちに、メアリはどんどん元気になっていく。よく食べるようになる。偏屈者と言われていたが、その不機嫌も徐々に収まっていく。

 一方、屋敷にはメアリと同じように身体が弱く、事あるごとに癇癪を起こし、泣きわめき、屋敷の者たちからは存在を隠されていた少年、コリンがいた。コリンを見つけ出したメアリは、インドの話などをして、コリンと仲良くなる。コリンも、メアリと会い、メアリから外の話を聞く度に、元気になっていく。

 この2人の回復していく様が、とても心に響く。この本を読んだ時、私も元気が無かった。私もこんな風に元気になれたらなと思いながら読んでいた。その2人の回復の糧になったのが、「秘密の花園」、10年鍵をかけられ、誰にも手をつけられなかった庭。メアリはディコンとこっそり庭の手入れを始め、そのことをコリンに話す。コリンもその庭に行ってみたいと、屋敷の外に出ることを目標とする。この庭の由来、何故鍵をかけられることになったのか…重く、かなしい10年だった。寂しく、暗く、心細い。孤独や病弱の辛さを知っているからこそ、再生や回復の過程の喜びは輝かしいものになる。喜びという感情が芽生えていくメアリやコリンは、本当にいきいきしている。2人は自立もしていく。途中、メアリとコリンが衝突する箇所があるのだが、そこもまた回復や再生の過程で通らなければならないものに思える。2人のやり取りが、実に2人らしい。この衝突で、2人は偏屈者の自分と別れることができたのだと思う。
 回復していったのはメアリとコリンだけではない。庭も、ミセルスウェイト邸そのものも、屋敷の人々も、ベンも、クレイヴン氏も、それぞれの「回復」「再生」をしていく。庭や屋敷は人ではないが、人と同じように元の有様を取り戻し、新鮮な空気が入ってきて、暗かった部分に光が当たる。子どもの再生や回復よりも、大人のほうは面倒臭い。なかなか変われず、現実を悲観し、感情に蓋をしてしまう。クレイヴン氏の場合、マーサの母が橋渡し役になって、クレイヴン氏の再生、回復に繋げていくのもとてもよかった。大人も再生、回復していくことができる希望。この辺りは大人の視点で読めます。
 徐々にマーサやミセルスウェイト邸の自然を好きになっていくメアリではありませんが、本当に好きな物語です。



 この「秘密の花園」の読解本があります。著者は梨木香歩さん。

『秘密の花園』ノート (岩波ブックレット)

梨木 香歩/岩波書店、岩波ブックレット773


 物語の隠された背景や、伏線に「そうだったのか!」と物語を読み直しながら読めます。インドというキーワード、屋敷の中と外の生き物、人物像…。イギリス文学が専門で、イギリスにも住んでいた梨木さんだからこその豆知識も。最後の箇所は、読書だけでなく、他のことでも当てはまると思う。「秘密の花園」を更に面白く読めます。


 記事の冒頭で、イギリス文学が読みたいと書いた。イギリス文学の特徴、個性を掴んでいるわけではないけれど、これまでも多く読んできた。庭を手入れしていくように、開拓していきたい。「ドリトル先生」シリーズもイギリス文学ですし、最近読んでいるカズオ・イシグロ作品もイギリス文学ですよね?「シャーロック・ホームズ」シリーズもそうですよね?文学だけでなく、音楽も開拓したい。
 イギリスだけでなく、北欧も…。こっちは音楽は開拓していっているけど、文学はなかなか進まない…(以上独り言)
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by halca-kaukana057 | 2018-07-16 22:57 | 本・読書

獣の奏者 外伝 刹那

 この本も何年も積読にしていました…。


獣の奏者 外伝 刹那
上橋菜穂子 / 講談社、講談社文庫 / 2013 (単行本は2010)

 エリンと結婚したイアル。エリンとイアルはカザルムにおり、エリンは出産の真っ只中。陣痛が弱く、なかなか生まれようとしない。イアルは子どもが生まれるのを待ちながら、エリンとのなれそめを思い出す…「刹那」

 貴族のコルマ家の長女のエサル。貴族の女性らしい暮らしに馴染めず、貴族の女性の結婚も嫌がり、名門タムユアンの薬草学科で学んでいた。一緒にいたのは、代々上級貴族を診る医術師の家に生まれた医術科のユアン、タムユアンの教導師長を数多く輩出している家の出身のジョウンだった。真王ハルミヤの息女、リノミヤ誕生の祝宴に行くことになった3人。エサルはそこで、初めて王獣を見る。それ以来王獣のことが気になって仕方ないエサルは、著名な獣ノ医術師のホクリ師のことを聞く。エサルはホクリ師のもとへ、ユアンと一緒に行き、後に師事する…「秘め事」

 「獣の奏者」シリーズの外伝、4つの短編集です。短編といっても、「刹那」と「秘め事」はそれなりの分量はあります。4つの短編、全てのテーマは女性の性と生。女性として、母親としての面から、エリンとエサルを描いています。

 王獣と闘蛇と、それに関わる国の政治、軍事、秘められた歴史を描いた「獣の奏者」シリーズ。壮大な物語の途中で、もしくはそこに至るまでにあった、2人(+1人)の女性として、母親としての日常。「日常」であってほしかった。しかし、エリンは「霧の民」の血を引き、既に王獣リランと心を通わせ、国を左右する存在となってしまっている。イアルもかつては「堅き盾」で、王家に仕える者だった。過去形であるけれども、過去は消せない。そんな特殊な立場にいる2人が結婚し、子どもをもうけるのは国の今後にもかかわること。なので、出産にも国の使者が控えている。エリンは無事なのか、生まれた子ども(ジェシ)は無事なのかを伝えなければならない。イアルがお互いの気持ちに気づき、エリンと一緒に住み始めたが、自分たちの子どもに生まれた瞬間からのしかかる重圧を思って思い悩む気持ちは痛い程伝わってくる。エリンも同じだが、「国を左右する獣ノ医術師」である自分だけではない、女性として恋をして、想いを伝えて、好きな人と一緒になり、子をさずかる…普通の女性の面もある自分を選んだ。気持ちに素直に従った。王獣は生殖を人工的に制限されていたが、エリンはリランをその制限から解き放った。生命の営みに従った。エリンも、自分を国の制限から解放した。

 エリンとイアルの馴れ初めとなる箇所では、2人のささやかな幸せを垣間見ることができた。エリンは普段の仕事では着ることのない色の衣を着て、お祭りに行き、美味しいものを食べる。イアルは指物師として、黙々と仕事をする。穏やかな日々は2人にはちゃんとある。
 イアルの過去も明らかになります。「堅き盾」ってそういう仕組みなんだ…。このあたりは切ないです。


 一方のエサルの「秘め事」。エサルは結婚はせず、本編では厳しく強くもあたたかな心を持つカザルムの教導師長。これはエサルの青春時代の物語です。エサルがどんな立場にいるのか、王獣との出会い、どんなことを学んでいたのか…こんな過去を持つエサルだからこそ、エリンを受け入れられたのだなと思う(エリンはエサルの学友であるジョウンに生き物のことを学んでいるので、自然とエサルに近くはなりますが)。実際に生き物を観察して研究する姿は、エリンそっくりだと思う。

 そんな学問に没頭するエサルは、「貴族の女性」という枠組みから逃げてきた。馴染めなかった。だが、エサルの家との関係は途切れたわけでは無く、何かあればエサルの実家・コルマ家に影響が及ぶ。そして、エサルは「女性」という枠組みからも逃げ切れたわけではなかった。その時、エサルは家のことも思う。エサルも、エリンほどではないけれど、制限の中にある。「貴族の女性」として生きていれば、「女性」としても生きることができただろう。だが、エサルはそれを選ばなかった。でも、エサルも「女性」だった。エサルが一大決断をした時の箇所は切ないという言葉では足りない。痛いほど苦しい。

 エリンとエサルは正反対のように見える。正反対の選択をした。でも、制限の中で生きているのは同じ。「女性」「母親」だって制限、枠組みだと感じる。もっと風呂敷を広げれば、ジェンダーのことにも繋がってくる(「獣の奏者」の世界にはジェンダーに関わる話は出てこないのでここまで)。その枠組みの中で、自分は何を選ぶか。「獣の奏者」では生命の強さ、多様さも語られるが、エリンも、エサルも、多様な生命なのだなと思う。

 後の2作「綿毛」はソヨンのお話。ソヨンの選択の重さと、「綿毛」というタイトルの言葉の持つ軽やかさ。この対比がいい。「初めての……」では、母親になったエリンの奮闘記。エリンも子育てで悩みます。

 「獣の奏者」シリーズ全巻と一緒にどうぞ。
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by halca-kaukana057 | 2018-07-03 22:05 | 本・読書

無伴奏ソナタ [新訳版]

 あらすじを読んで気になって、しばらく前に買って、積読にしておいた本です。そろそろ読もうかなと。


無伴奏ソナタ 新訳版
オースン・スコット・カード:著、金子浩、金子司、山田和子:訳/早川書房、ハヤカワ文庫SF/2014


 異星人に攻撃されている地球。11歳のエンダー・ウィッギンズはバトル・スクールの指揮官。竜(ドラゴン)隊を率いている。指揮官たちの中では最年少だが、戦闘では連戦連勝、成績はずば抜けて優秀だった。そんなエンダーを、大人の大尉や中尉たちは…「エンダーのゲーム(短編版)」。
 生後6ヶ月でリズムと音程への才能を認められ、2歳で音楽性、創造性の天才と評されたクリスチャン・ハロルドセン。両親と離れ、森の中にある一軒家で、自然の音や鳥のさえずりだけを聴いて過ごし、「創り手(メイカー)」として特殊な「楽器」を使って作曲するようになった。何十年も経ったある日、クリスチャンの前にある男が現れ…「無伴奏ソナタ」他11編。


 オースン・スコット・カードは著名なSF作家だそうですが、私は何も知らずに読みました。あらすじを読んで気になっていたのが、表題作の「無伴奏ソナタ」。音楽が題材の作品であることはあらすじからわかったのですが、読んで、まさかこんな作品だとは思いませんでした…いい意味です。私たちは生まれてから、様々な音に囲まれて暮らしているし、沢山の音楽も聴こうとしなくても耳に入って来る。それを、シャットダウンできたら…? これまでの歴史で、作曲家が他の作曲家に師事していたり、尊敬していたり、影響を受けたりするというのはいくらでもある。そういうのが一切なかったら?そして、音楽を創るな、演奏するな、歌うな、と禁止されたら?優れた音楽の才能がなくても、音楽がないのは退屈だ。演奏したり歌ったりできないのもつまらない。体調不良で一時そんな状態だったのですが、少しでもよくなってくると音楽を聴きたくなる。歌いたくなる。私のような凡人でさえもそうなのだから、優れた音楽の才能のあるクリスチャンにとっては、もっと自然なことだろう。クリスチャンが出会う街の人々もそうだ。ちょっと音程が外れていても、音楽を奏でずにはいられない。最後のギターで歌う少年たちのシーンがグッと来る。クリスチャンの音楽は、何があってもクリスチャンの音楽なのだと。

 11の短編集ですが、どれも面白かった。「エンダーのゲーム」はワクワクして、エンダーやビーンの成長が面白くてたまらない。のに、最後、そういう展開になるとは…!「王の食肉」「磁器のサラマンダー」は、最初、これもSF?と思ったが、見事にSFでした。不条理で、グロテスクな作品も少なくないので、そういう作品に慣れていない私には辛い表現もありましたが、面白い。「深呼吸」「四階共有トイレの悪夢」「解放の時」はホラーっぽくもある。「四階~」は完全にホラーですこれ。「死すべき神々」も面白かった。こういう異星人とのコンタクトがあっても面白い。

 どの物語も、面白いけれども、根底にかなしげな雰囲気が漂っている。「無伴奏ソナタ」の「シュガーの歌」のように。地球は、宇宙は、歴史は人間の力ではどうしようもできない。できないけれども、その時の人々が「よりよく」生きようと毎日を過ごしている。科学技術を駆使したり、宇宙へ出て行ったり、最悪な状況を避けようと逃げたり。人間はなんてちっぽけで、どんな優れた才能や能力を持っていて何かを成し遂げても、不条理なことが待っていたりする。それがわからなくても、わかっていても、毎日を生きる。人間は不思議な生き物だとも思う。

 こんな多彩な作品を創造するオースン・スコット・カードがSFの名手というのも納得できました。いいSFを読みました。
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by halca-kaukana057 | 2018-06-30 21:49 | 本・読書

わたしを離さないで

 「日の名残り」に続き、ノーベル文学賞受賞がきっかけで読み始めたカズオ・イシグロ氏の作品です。


わたしを離さないで
カズオ・イシグロ:著、土屋政雄:訳/早川書房、ハヤカワepi文庫/2008(単行本は2006)

 イギリスに暮らすキャシーは介護人の仕事をしている。世話をするのは提供者と呼ばれる人たち。それも、ヘールシャムという施設の出身者に限って担当していた。キャシーや、親友のトミーやルースたちが子ども時代を過ごした施設・ヘールシャム。彼女はそこでの日々を思い出していた…。







 読んで、「すごい!!おもしろい!!」と思いました。まずその一言。

 そして、感想を書く…あらすじ書けないよこの作品…?と思ったのが次。上に書いたあらすじが限界です。後はネタバレになってしまうので書けません。訳者あとがきで、イシグロ氏は「ネタバラシOK」と言っていて、何だったら帯に何の物語か書いても構わない、とも言っているそうだ。
 だが、もし、まだこの本を読んでいなくて、この記事を読んで、あらすじは知らないという方は、あらすじを知らない方がいいと思います。あらすじを調べる前に、まず読んで欲しい。こんなことを思った小説は久しぶりです。

 この作品は、ミステリのようでもあるし、SFのようでもある。ディストピア作品ともいえる。これ(キャシーたちの存在)が許される世の中、キャシーたちはどう生きたらいいのか…。そして、キャシーたちの立場にいる当人たちが、自分たちのこと、真実をどれだけ知らされるべきか…。最初は、謎だらけで不思議な物語だなぁと読んでいたら、徐々にキャシーたちがどんな存在なのか、ヘールシャムとはどんなところなのかが明かされていく。残酷で、緊張感はあるが、キャシーたちの「日常」は続いていく。キャシーたちは自分たちの立場を淡々と受け入れてしまう。

 少しおおげさですが、何か不運な出来事、めぐり合わせ、理不尽なこと、つらい出来事、苦しい境遇にあって、「なぜ私がこんな目に」「なぜ私は生きているのか」などと思うことがある。でも、悪いことばかりでもない。根本的な救いはないかもしれないが、その時、心を少しでも軽くしてくれる救いはある。自分の今置かれている状況を受け入れたほうが、うまくいくこともある(でも、この作品のキャシーたちの立場は理不尽に思えるが)。どんな状況に置かれても自分の人生を生きる。生きる権利はある。そう感じました。

 でも、…私がキャシーたちの立場だったら、私は怖くて怖くて仕方ないと思うのだが…。世の中を恨みたくなると思うが…。これで助けられた人は幸せになれるのか、とか、科学とは何か、とか、色々考えてしまいます。もう考える幅が広くて、ショックが大きいです。

 ちなみに、調べてみたら、蜷川幸雄演出で2014年に舞台化、2016年にはTBSでドラマ化(舞台は日本に変更、主演は綾瀬はるか)されていたんですね。全然知りませんでした(テレビドラマには疎い)。DVD借りられるかな?




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by halca-kaukana057 | 2018-06-16 22:04 | 本・読書

羊と鋼の森

 宮下奈都さんの作品を。1年ぶり?話題になったこの本が文庫化されたので読みました。


羊と鋼の森
宮下奈都 / 文藝春秋,文春文庫 / 2018(単行本は2015)

 北海道の田舎の山で生まれ育った外村は、高校生、17歳の時、たまたま担任から来客を体育館に案内するように頼まれる。やって来た来客はピアノの調律師の板鳥宗一郎。外村は初めてピアノの調律を見て、調律に魅せられる。板鳥に弟子にしてほしいと頼むと、調律師の学校を紹介され、勉強し、卒業後、板鳥が働く楽器店に新人調律師として採用された。毎日、店のピアノを調律し、練習を重ねる。先輩の柳について、主に一般家庭のピアノの調律について回り、学ぶ。一方、秋野は違うスタイルで調律をしている。時々、板鳥にアドバイスを貰う。どんな調律が求められるのか、理想の調律は何か、外村は毎日ピアノと向き合う。


 以前読んだ「メロディ・フェア」と同じく、お仕事小説ではありますが、雰囲気は全く違います。今回はピアノの調律師。主人公の外村は、板鳥の調律に出会うまで、ピアノを弾いたこともよく聴いたことも無く、調律に接するのは勿論初めて。板鳥の調律に偶然立ち合ったことで、いわば運命的な出会いをする。

 ピアノは家にあるので、大人になってからの調律の際にはいつも立ち会っています。トーン、トーンと音を出しながら、調律をしていくのを見ているのは好きです。調律の際の、静けさも好きです。まさに、その調律中の静けさが漂う本です。以前はこのブログのピアノのカテゴリに書いてあるぐらいピアノを弾いていましたが、今はピアノを弾かなくなった。諦めてしまった。これ以上、どうやって進んだらいいかわからない。弾きたい曲はあるけれど、どうやったらたどり着けるのかわからない。そのままピアノから離れてしまいました。今は声楽の練習で、音を取る程度。なので、家のピアノには申し訳ないと思っている。この本を読み進めるのは辛かった。外村も、他の登場人物も、ピアノが好きで、ピアノと向き合っている。もうピアノには熱心になれない(かもしれない)自分には、辛い作品でした。
 そして、ピアノにあまり熱心ではなかった子どもの頃の自分が、外から見ればどう思われていたのだろうと思って辛くなった。外村がもうひとりの先輩調律師・秋野に付いてある家庭のピアノの調律に行った時のこと。ピアノにはバイエルの楽譜が置かれているが、秋野は椅子の高さからその子がもう高学年であることを悟る。高学年にもなってバイエルレベル…ピアノにあまり熱心でない、という。私がまさにそんな子どもだった。ピアノは好きだったけど、練習はあまり好きでは無い。練習してもうまくいかない。自分に合った練習方法、ピアノとの向き合い方がわからなかったのだと思う。小学校低学年からピアノを始めたのに、上達せず、小学校高学年、中学校になってもバイエルレベル。ピアノ教室の先生や、調律師さんにどう思われていたんだろうな…と辛くなった。

 その調律師さんが何をしていたのか。この本を読んで、そういうことをしていたのかとわかりました。調律の過程の描写がかなり詳しく書かれています。何のためにこんなことするのか、どう調律するのか。ピアノの部品についても。タイトルの意味がわかります。以前もどこかで書いた記憶があるのだが、ピアノは他の楽器と違って、弾く人が自分で調律できない。調律師が調律する。基本的に持ち運ぶ楽器ではないので、その場所にあるピアノを、どんな音にしたいか、調律師に伝えて調律してもらう。ピアノは特殊な楽器だなと思う。

 この作品では、ピアノを「森」と表現するが、音楽が「森」のような深いものだと思う。調律に「正解」はない。調律の際に基準音となるラ(A)の周波数は440Hzと言われているけれども、その演奏者や演奏する作品によって微妙に上下する、いや、微妙どころではなくなってきているそうだ。また、外村と柳のピアノの調律とうまいレストランの例えの話にもあったように、客と調律師でピアノの音に対して考えが違うこともある。
 以前、今もまだ続いているが、聴いた音楽の感想が出てこなくなった時期があった。感想を出すのが怖いのだ。外村が調律がうまくならなかったらどうしよう、怖いと思ったように。この演奏は、「いい演奏」か「悪い演奏」か、叩き切るように判断できなければならないと思って、それがわからず、感想を言うのが怖くなった。感想が他の人…ズバッと感想を出している、しかも説得力のある感想を出している人と違えば、自分は間違っていると思えてしまう。その作品を初めて聴く、聴いたことがなくて、判断できないこともある。いい曲だとは思ったけど、感想は…?「いい」「よかった」、でいいの?それだけだと足りない、弱いのではないか。判断基準が自分ではなく、他の人になってしまい、音楽は聴いても、その感想を出すことはなかった。そもそも自分に判断する権利はあるのか。音楽経験も少なく、叩き切るような感想を出せるような説得力も知識も読解力もない。音楽を聴くのが辛かった時期を思い出した。
 このことに関しては、別記事で書こうかなと思います。収拾がつかない。
 「正解」がない、と言われると、困ってしまう。でも、判断基準は自分にある。こんな音が理想だ、こんな音がいい。この人にはこんな音がいいのではないか。そんなお客の要望に応えて、調律する外村や柳、秋野、そして板鳥の一生懸命な姿に励まされる。

 この作品では、「諦めること」「あきらめないこと」の2つに分けられることが出てくる。田舎の山で育った外村は、環境の上で諦めなければならないことも多かった。でも、調律師になり、ピアノと調律は諦めたくないと思った。板鳥にも諦めないことが大事とアドバイスされた。外村の先輩調律師の秋野は、ピアニストを目指していたが、諦めて調律師になった。柳が担当する高校生の双子、和音と由仁に起こったある出来事と、そこから諦めること、諦めないことが生まれる。
 諦めることで、新しい何かが始まることもある。諦めることで、可能性を閉ざしてしまうこともある。諦めないことで、進めなくなった道とは違う、別の道を見出すこともできる。諦めることと諦めないことが紙一重になっている。

 外村は、時々調律をキャンセルされる。理由は様々だ。キャンセルされると落ち込むが、それでも調律することをやめない。外村の静かな生真面目さがいい。外村だけでなく、この作品に出てくる人々は皆、生真面目だ。それぞれのやり方で、ピアノと向き合っている。
 外村のまだ未熟な調律の結果を、ただ失敗と言わず、こんな音にしたかったんだよね、このやり方は好きだ、と認めてくれる双子の和音と由仁。いい耳を持っているだけでなく、ピアノに真剣に向き合っているから、その外村の音がわかるんだろうな、と思う。外村に影響を及ぼし、外村から影響を受ける2人。この双子の存在もいいです。2人ともいい子です。

 外村がピアノ作品にはあまり詳しくないという設定なので、ピアノ作品について詳しいことはあまり出てこなかったのはちょっと物足りなかった。あくまで調律が主役なのだな、と。なので、作中のピアノリサイタルの箇所や、最後の部分の印象が弱く感じた。ちょっと淡々とし過ぎているなぁ…とも。でも、この静かな雰囲気は好きです。


 この本を読む前、宮下さんの別の本を読んでいたのだが、共感できない部分があって、感想を書けずにいた。その後、この作品を読んだら、とても関連があることがわかった。なので、その本についても感想を後日書きます。
 この本です。

神さまたちの遊ぶ庭 (光文社文庫)

宮下 奈都/光文社



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by halca-kaukana057 | 2018-05-03 23:23 | 本・読書

日の名残り

 この本の感想も昨年のノーベル賞授賞式あたりに書きたかった。ノーベル賞関連書をもうひとつ。今まで、カズオ・イシグロ氏の作品は読んだこともなかったし、全然知らなかった(教養がない)。ノーベル文学賞受賞で、代表作の紹介を読むことが増え、読んでみようかなと手にとりました。


日の名残り
カズオ・イシグロ:著、土屋政雄:訳/早川書房、ハヤカワepi文庫

 イギリスの貴族の大きな館、ダーリントン・ホール。この屋敷はダーリントン卿の屋敷だったが、卿の死後、アメリカ人のファラディに渡る。ダーリントン卿の時代から執事を務めてきたスティーブンスは、引き続きファラディの元で働いている。ファラディが少しの間アメリカに帰るので、その間、休暇を取らないかと言われたスティーブンス。ずっと屋敷を守り続けてきたので最初は戸惑ったが、屋敷の召使が次々と辞めてしまい、人手が足りなくなってきた。かつてダーリントン卿の時代に女中頭を務めていたミス・ケントンのことを思い出し、ミス・ケントンに話せば何とかなるかもしれない…。ミス・ケントンに会うため、ファラディに借りたフォードで旅に出たスティーブンス。旅の間、思い出すのはダーリントン卿の時代の屋敷での様々な出来事や人々のことだった…。


 読んで、最初に思ったのが、スティーブンスの生真面目さ。頭が固い…という表現はちょっと違う。執事として、召使たちをまとめ、全員の仕事の状況を把握し、仕事を割り振る。ダーリントン卿や卿のお客(貴族や政治家、有名人も珍しくない)に快適に、居心地よく過ごしてもらうため、滞りなく仕事を進め、何か要求があれば応え、忙しさを表に出したり、何かあっても取り乱したりしてはならない。なので、「頭が固い」という表現は違うだろう。スティーブンスは自分の仕事も、召使たちの仕事も、しっかり把握し遂行していた。でも、やっぱり非常に生真面目である。執事とはこういうものなのかもしれないが、そのスティーブンスの生真面目さ、まっすぐさが滑稽に思えるところがよくあった。不器用にも思える。イギリスのドラマ「ダウントン・アビー」を観ていれば、執事や女中の仕事や上下関係についてもっと知ることができて、楽しめたかもしれないと思う。

 スティーブンスは何度も「品格」という言葉を使う。執事の「品格」、イギリス人の「品格」などなど。「品格」とは何か、と問う。仕事への誇り、その仕事を何があっても完璧に遂行すること、プロフェッショナル、という意味でも使われている。スティーブンスの父も執事で、ダーリントン・ホールで働いていた。しかし、老いは仕事にも影響する。様々な仕事ができなくなったが、執事の仕事を全うした父。父が生死をさまよう中、屋敷では重要な国際会議が開かれていた。その仕事に邁進したスティーブンス。家族よりも仕事を取った(という表現は合っているのだろうか…そういう問題ではないと思うが、現代の私から見ると「家族より仕事を取った」と思ってしまう)。執事の父も、それを望んでいたかもしれない。息子も立派な執事になったのだから。スティーブンスも父を尊敬している。

 そんなスティーブンスにとって、女中頭のミス・ケントンは不思議な存在だったが、本当は信頼できる仕事のパートナーだ。スティーブンスとミス・ケントンはなかなか噛み合わない。でも、どこかで合うところもある。毎晩、ミス・ケントンの部屋でココアを飲みながら打ち合わせをする「ココア会議」でも、意見が噛み合わないことがある。スティーブンスはダーリントン卿の申しつけの通りに仕事をし、決断することがあれば表向きには感情を挟まずに決断する。ミス・ケントンは感情も込めて仕事をしている。でも、ミス・ケントンは仕事はしかりやっていた。新しい女中が入れば、しっかりと教育して、見事な女中に育てた。どちらも仕事には誇りを持っている。ミス・ケントンが「品格」という言葉を使うことはないが、ミス・ケントンにも女中として、人間としての「品格」はある。そのミス・ケントンとの再会は…良い再会だなと思った。スティーブンスが、ミス・ケントンに声をかけられなかったあの日の出来事が、静かなかなしみを誘う。

 この物語で、スティーブンスが旅をしているのは1950年代。ダーリントン卿に仕えていて回想されるのは、第1次世界大戦後から第2次大戦後にかけて。変わりゆくヨーロッパ、変わりゆくイギリス。戦争の足音が屋敷を、ダーリントン卿を巻き込んでゆく。スティーブンスは、執事として、ダーリントン卿やお客のために働く。ダーリントン卿を敬愛し、信じていた。しかし、ダーリントン卿は、どんどん歴史の渦に飲み込まれてゆく。ダーリントン卿に何があったのか、スティーブンスが知らなかったわけではない。お屋敷に何の目的で誰が来て、というのは知っていた。だが、職務なので、深入りはしない。ダーリントン卿の友人であるコラムニストのディビッド・カーディナルがある晩突然屋敷を訪れ、その晩、屋敷で何があるのか探っていたエピソードから、スティーブンスの立場がわかる。スティーブンスの立場では、そうするしかなかった。それも、執事の「品格」だろう。ラストシーンのスティーブンスは、泣いてはいるが、「品格」はそのままだ。ダーリントン卿のもとで職務を成し遂げた。何があっても取り乱さない。過去を振り返り、その過去に何か間違いがあったとしても、生きている限り未来はある。その未来をどうするかは、これから自分が決めることだ。スティーブンスだけの話ではない。ミス・ケントンも。ミス・ケントンはスティーブンスよりも先に、そのことに気づき、決めてしまったが。

 旅の道中のエピソードも面白い。田舎の人々が、スティーブンスのことを紳士と間違えて、恭しく接する。それに対するスティーブンスがまた生真面目で、不器用だ。その不器用さが、心優しくも思える。

 文体は最初は固いかなと思ったのですが、読んでいくととても心地よいです。静けさがちょうどいい。訳者の土屋さんが、この作品を訳すきっかけになったエピソードがあとがきで書かれているのですがこれもまた面白い。まさかフィンランドが関係するとは。他にも読んでみたいカズオ・イシグロ氏の作品があるので、読んでいこうと思います。
 「日の名残り」は映画化もされています。DVDがあるので、こちらも観てみようと思います。原作とどう違うのかな。

 先日の「重力波は歌う」といい、カズオ・イシグロ氏の作品といい、2017年のノーベル賞は早川書房さん大当たりですね。

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by halca-kaukana057 | 2018-04-23 23:26 | 本・読書

青い海の宇宙港 春夏篇 秋冬篇

 久しぶりに川端裕人さんの作品を読みました。最新作でいいんだっけ?しかも、宇宙ものです。


青い海の宇宙港 春夏篇
川端裕人 / 早川書房 / 2016










青い海の宇宙港 秋冬篇
川端裕人 / 早川書房 / 2016










 時は2020年代。小学6年生の天羽駆(あもう・かける)は「宇宙遊学生」として、東京を離れ宇宙港のある多根島で1年間暮らすことになった。「宇宙遊学生」と言っても、駆はあまり宇宙には興味が無く、生き物が好きで、島の生き物に興味を持っていた。同じく「宇宙遊学生」の小学6年、北海道出身の本郷周太は宇宙が大好き。小学5年の「宇宙遊学生」橘ルノートル萌奈美は母親がフランス人、父が日本人で、フランスからやって来た。そして地元の小学6年大日向希実の4人で、「宇宙探検隊」を結成。ロケットの打ち上げを見たり、夏休みに小型のロケットを作って飛ばすロケット競技会に参加したり…。さらに、島の自然、島の大人たちに囲まれて、駆たちは成長してゆく…


 川端裕人さん知ったのは、小説「夏のロケット」。この本を読んだ時のワクワク、興奮を、今も覚えています。前代未聞のロケット作り、ロケット開発の光と影。ロケットについて、よりよく知った本でもありました。この「青い海の宇宙港」は、その「夏のロケット」の後の時代のお話。多根島は、名前の通り種子島をモデルとした想像上の島。現在は、種子島宇宙センターはJAXAの、国の施設ですが、この物語、2020年代では打ち上げ施設は民間宇宙港となり、民間のロケットもここから打ち上げられる。実在の民間の宇宙ベンチャー企業をモデルとした企業も登場します。実在する人工衛星・探査機をモデルにしたものも。私が気に入ったのは、宇宙マイクロ波背景放射探査機。実在する宇宙機では「WMAP」「プランク」を引き継いでいる。日本もそんな観測のできる探査機を上げている未来が来るといいなと思う。それだけじゃなくて、この作品に出てくる宇宙機がある、宇宙港がある、そんな未来にあと10年、20年後になっていればいいなと思った。

 駆、周太、希実、萌奈美の4人が、学校の授業・行事や、放課後や休みの活動で、宇宙、宇宙開発を学び、主体的に関わっていく。最初は宇宙はそれほど興味のなかった駆も、徐々に宇宙に興味を持っていく。周太は大の宇宙好き、とりわけ深宇宙が大好きというだけでなく、宇宙工学に詳しい父の影響で、父が開発したプログラムで軌道計算もこなしてしまうツワモノ。萌奈美が「宇宙遊学生」になって日本、多根島に来たのには、ある理由があった。地元民の希実は、これまで当たり前のように宇宙港がある島で宇宙に接し、暮らしてきたけれど、駆たちが来たことで、自分の将来に真剣に向き合い、やりたいことを形にしていく。
 1年の間に、かなしい出来事、辛い出来事もある。それでも、4人はロケットのように道を切り拓いてゆく。周太が言い出した「宇宙探検隊」は秋冬篇で、あるプロジェクトを立ち上げる。それぞれの願い、想いを胸に、島の人たちを巻き込んで、大プロジェクトはどうなるのか…読んでのお楽しみです。

 島の大人たちもいい。「宇宙遊学生」は島の家庭に預けられ、生活する。「里親さん」だが本当の家族同然だ。学校の先生、宇宙機関の職員・エンジニアたち。島に住み着いた外国人もいる。彼らがあたたかく、時には厳しく、変に子ども扱いしていないのがいい。守るべき時は守るけれども、子どもだからと見下さない。怒る時はちゃんと理由があるし、教え諭す時もある。大人が子どもたちに引っ張られることもある。川端裕人さんは学校と地域が連携して教育に携わることや、PTAについても以前から詳しく取材し、著書もあります。川端さんだからこそ、多根島の地域社会、コミュニティが活きている作品になっていると思う。

 島では、宇宙だけでなく、歴史や民俗・風習についても触れられます。駆は島の自然、生き物にも魅せられる。その代表が、「ガオウ」と呼ばれる神聖な場所。神様が降りてきた場所と言われているが、謎は多い。その謎も、徐々に明かされていくのが興味深い。

 私は、常々、宇宙がもっと身近になればいいと考えている。地上の延長線に宇宙があって、その延長線がどんどん短く、宇宙を身近に感じられるものになればいいと思っている。多根島は、宇宙港があるだけでなはく、様々な面で宇宙を身近に感じられる場所だ。地上と宇宙の延長線が短い。それに駆が気づくところがいい。学校の標語に、「ガッカチチウ(学校・家庭・地域・地球・宇宙の略)」と出てくるが、まさにすべてが宇宙と繋がっていると感じられる。多根島だからだろうか。多根島はより強く、より身近に感じられるだろうが、日本のどこでも、身近に感じられるようになればいいと思った。

 読んでいて、こんな未来が来ればいいのに。こんな未来を作ることができればいいのにと何度も思った。私も何か出来るだろうか。日本の宇宙開発の未来が明るいものであるように…。

 「夏のロケット」に影響を受けた、あさりよしとお先生の漫画「なつのロケット」も少し関連してきます。そのシーンを使うとは…卑怯です…!

 1年間を描いていますが、やはりロケットは夏のイメージがあります。夏の読書に是非どうぞ。

【過去関連記事】
夏のロケット(川端裕人)
なつのロケット(あさりよしとお)
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by halca-kaukana057 | 2017-07-10 22:58 | 本・読書

メロディ・フェア

 以前から読んできた宮下奈都さんの本を読みました。宮下奈都さんといえば、「羊と鋼の森」で本屋大賞を受賞、一気に注目されました。ピアノ調律師のお話と言うことで読みたい!のですが、文庫化待ち。他の作品を読んでいきます。


メロディ・フェア
宮下奈都/ポプラ社・ポプラ文庫/2013(単行本は2011)

 結乃(よしの)は東京の大学を卒業し、化粧品会社に就職。地元に帰り、ショピングモールの化粧品売り場で美容部員として働き始めた。一緒に働いている馬場さんは、「凄腕」の先輩。お客は思うように来ず、化粧品もなかなか売れない。だが、結乃は人をきれいにしたいとカウンターに立ち、お客に化粧品を試してもらい、アドバイスをして、その思いを伝えようとする…。

 このブログでも、ツイッターでも、自分の性別に関する発言はあまりしてこなかった。なので、この本についてどう書こうかと思ったが、書きたいと思った。面白い。化粧に関しては、それほど熟知しているとは思わないし、自信があるとも言えない。使いこなしているとも言えない。でも、この本を読んだら、化粧や化粧品についてもっと知りたいし、うまくなりたい、楽しみたい、チャレンジもしてみたいと思うようになった。

 結乃は本命の大手の高級化粧品を出している会社には落ち、3番手以下のこの会社に就職した。さらに、勤務地も本命のデパートの化粧品売り場ではなく、ショッピングモールの化粧品売り場。お客はなかなか来ないし、来てもなかなか売れない。何も買わず、雑談だけしていく人もいる。それでも、人をきれいにしたいと願いながら、雑談にもけなげに応じたり、様々な一癖二癖あるお客たちに化粧や化粧品についてアドバイスをする。悩みながら、日々仕事する「お仕事小説」でもある。結乃のけなげさが清々しい。お客達も化粧で新たな一歩を踏み出したりする。とても清々しい。

 結乃は化粧品売り場で、小学生の頃の友達のミズキに意外な形で再会する。ミズキの野望、抱えている悩み、本音…。それが化粧に現れているのが面白い。結乃とミズキの友情はコミカルだが、シリアスなところに徐々に踏み込んでいく。
 私も、ミズキのようなところがある。より高く、より遠くに手を伸ばそうとする。背伸びする。でも届きそうもない。「手の届く幸せ」。この言葉にじんとした。

 結乃の大学生の妹・珠美は化粧を強く嫌っている。姉の仕事も理解できない。姉妹の溝はなかなか埋まらない。それには、結乃と珠美の幼い頃の記憶も関係しているのだが、化粧によって、2人の関係も変化していく。
 化粧をしない顔が本当の自分なのか、化粧をしている時の顔は何なのか。一度は考えたことがある。結乃と珠美が出す答えに納得した。納得して、もっと化粧を楽しみたくなった。あと、化粧品売り場にやって来る「マダム」が言った言葉にも。
「そうね、合わなければ取ればいいんだものね。メイクのいいところって、そこよね」
 そう応じてくれた、マダムの言うとおりだ。メイクは何度でもやり直せる。失敗したら取ればいい。そしてまたやり直せる。好きな顔になるまで、好きな自分になれるまで何度でも。
(268ページ)


 結乃の売り場にある化粧品に関する描写も、いいな、その化粧品使ってみたいなと思ってしまう文章で楽しくなる。そんなにたくさん化粧品は買えない、買っても使い切れないので、この本で描かれているように私も試してみたいと思う。そして、気に入ったものを欲しい。

 この本を読んだ後、新しい化粧品を買いました(単純)。
 「メイク・ミー・ハッピー」メイクは自分を幸せにする。そんなキャッチコピーがありましたが、まさにそれだと思いました。化粧をして、明るい表情になって、楽しくなろう、幸せを感じよう。結乃の成長と共に、そんな楽しさが感じられるお話です。

 番外編(文庫本書き下ろし)の馬場さんの番外編もいい。馬場さんから見た結乃もまたいい。
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by halca-kaukana057 | 2017-05-17 22:51 | 本・読書

流れ行く者 守り人短編集 / 炎路を行く者 守り人作品集

 しばらく本の感想を書いていませんでした。でもその間に色々な本を読みました。少しずつ、またここに書いていこうと思います。第1弾はNHKでこの冬に実写ドラマ第2シーズンが放送された「守り人」シリーズより、番外編の2冊を。

流れ行く者 守り人短編集

上橋菜穂子/新潮社 新潮文庫/2013
(単行本は偕成社から、2008年)


 バルサとタンダがまだ10代の頃のエピソードが収められています。「浮き籾」はタンダが主人公。村で家族と暮らすタンダと、遠い親戚の「髭のおんちゃん」オンザの思い出。村と家族というコミュニティで暮らす中で、異質な者がどう扱われるか。夢見がちで、素直で、呪術師の片鱗が見え始めていたタンダの感受性の豊かさに触れられる作品です。無邪気なところもあるタンダがとても可愛らしいけれども、オンザと同じように村で「普通に」田畑で働いて暮らすこととはちょっと外れ始めている…かなしいと言えばいいのだろうか。うまい言葉が見当たらない。
 「ラフラ<賭事師>」は、ロタの酒場で働くバルサと、その酒場の賭事師「ラフラ」のアズノのお話。アズノは老いてはいるが、とても腕のいい賭事師。酒場で行われる賭け事とは別に、お金を賭けずに長年続けるものもある。アズノの腕に魅了されるバルサ。アズノが50年も続けてきたお金を賭けない賭け事は、アズノにとってライフワークのような存在だったのに…最後がさみしい。プロの賭事師だからこそ、酒場の賭け事とは違うものとして、大事にしておきたかったから、あんな最後にしてしまったのかもしれない。
 「流れ行く者」は、実写ドラマのシーズン1の中でも描かれた作品。バルサが初めて人を殺めてしまう。少女時代のバルサの危うさ、感情の起伏、大人びた冷めた考えをしつつも未熟さもある。この話を読んでから、「守り人」シリーズ本編、特に「神の守り人」を読むと、バルサの生き様、生死に対する考え方の根源に触れられる気がする。こんな辛い想いをして、それでも生き延びなくてはならない。バルサの強さと、かなしさを感じます。
 「流れ行く者」の後の「寒のふるまい」はホッとします。タンダがいて、バルサは救われているのだろうな、と。読者も。

 解説は「プラネテス」「ヴィンランド・サガ」の漫画家・幸村誠先生です。幸村先生の絵でバルサやジグロ、タンダを描いたらきっとイメージぴったりだと思う。バトルシーンも「ヴィンランド・サガ」を読めばわかりますが、きっと迫力満点だろうなぁ!

炎路を行く者 守り人作品集

上橋菜穂子/新潮社 新潮文庫/2017
(単行本は偕成社から、2012年)


 こちらは今年文庫化した作品集。「蒼路の旅人」「天と地の守り人」で登場する、タルシュ帝国の密偵・ヒュウゴの生い立ちの物語。チャグムたちの新ヨゴ皇国の元の国・ヨゴ皇国の出身ということはこの2作で触れられていますが、10代の頃、どう暮らしてきたかが明らかになります。ヨゴ皇国の帝を守る武人の一家に生まれ育ったヒュウゴ。ヨゴ皇国がタルシュ帝国に落ち、家族や親戚は皆殺されてしまう。何とか生き残ったヒュウゴが出会ったのは、不思議な女性・リュアン。ナユグが見え、タラムーと呼ばれるナユグの生き物を通じて、ヒュウゴと話ができる。「守り人」シリーズはナユグがあってこその物語だなと思います。そのリュアンに助けられ、ヒュウゴは生きていくために酒場に住み込みで働くことになるのだが…。10代のヒュウゴも、強いけれども、危ういところがあり、家族を殺された怒りや憎しみ、かなしみを抱いて、感情の起伏が激しく、賢く大人びている。ヒュウゴがどんどん変わっていってしまうのが辛い。タルシュ帝国の中でも、ちょっと異質な動きをするヒュウゴですが、その源が伺えます。とても好きな作品です。

 もうひとつ、「十五の我には」はバルサのお話。バルサの10代は本当に過酷だった。だからこその強さと優しさをを持っている。危うさを持った15歳のバルサ。成長の瞬間は簡単に捉えられないが、後から思うとわかることがたくさんある。これも好きな作品です。
 この「炎路を行く者」は「天と地の守り人」まで読み終わってから読むのをオススメします。でないと、ネタバレします。


 「神の守り人」以降は図書館から借りて単行本で読み、文庫が手もとになかったのと、実写ドラマを観て原作を思い出せなくなっていたので、「神の守り人」から再読しました。面白かった。「守り人」シリーズのワクワク感を久々に味わいました。ナユグとサグの壮大な物語。チャグムも凛々しくなっていく。
 実写ドラマの第3シーズンは、「闇の守り人」、そして「天と地の守り人」とクライマックスへ向かうそうです。「闇の守り人」をやらないと、カンバルについて何も語れませんものね。「天と地の守り人」の途中からどう「闇の守り人」を入れるのか、興味深いです。
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by halca-kaukana057 | 2017-05-09 22:51 | 本・読書

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

 今まで村上春樹作品を読んだことはありません(エッセイならある)。話題にはなっているけど、一体何が魅力なんだろう?熱狂的なムーヴメントは、一体何からきているのだろう?ちょうど文庫化されていたのを見つけたので、この作品を読んでみることにしました。舞台にフィンランドが出てくる、というのも理由のひとつです。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
村上春樹/文藝春秋・文春文庫/2015(単行本は2013)

 多崎つくるは、鉄道の駅を設計する仕事をしている。彼は高校生の頃、4人の男女の親友がいた。苗字にそれぞれ色をもっている彼らとはうまくやっていたが、大学の時突然絶縁を申し渡された。理由もわからず、当時のつくるは生きる気力を失い、死を思い続けた。何とか生きる気力を取り戻し、今は2つ年上のガールフレンド・沙羅がいる。沙羅はつくるに、彼らが何故絶縁を言い渡したか探るべき、と促す。沙羅の協力で彼らの居場所をつかんだつくるは、彼らに会いに行く。


 読んで、ああ、これが村上春樹の文章か、と感じました。以前twitterで村上春樹風文章でカップ焼きそばの作り方を書いてみた、というネタがあったのですが、なるほどと思いました。こんな言葉の組み立て方でこんな会話、普通の人はしないよなぁ…、という会話が並んでいる。友情を失うことになった理由は何だろう…?と続きを読むも、うーん…という展開。

 つくるは、苗字に色の名前が入っている4人…男性の赤松、青海、女性の白根、黒埜(くろの)と自分を比べて、個性・色彩がないと思っている。でも、彼らに会うと、皆つくるの個性を誉める。生きる気力を取り戻し、ジムに通ったりガールフレンドもいるのに、心ここにあらずのような心持ちのつくる。沙羅もそれを指摘する。自分自身は自分からはよく見えない、ということだろうか。

 友情を失うことになった理由。4人のひとり、白根(シロ)に起こったまさかの出来事。ピアノが得意なシロが演奏していた、リストの「巡礼の年・第1年 スイス」の第8曲:ル・マル・デュ・ペイ。聴いてみましたが、まさにこの作品の根底に流れている、暗く静かな曲。4人、他にも色の名前を持つ人物が登場するが、この物語はモノクロだなと感じました。つくるがかつての親友たちに再会しても、絶縁の理由を突き止めても、モノクロの世界が続いている。

 黒埜(クロ)に会いに、つくるはフィンランドへ行く。フィンランドの描写は、観光が目的ではないので、そんな期待したほどではありませんでしたが、フィンランドの風景だな、と。クロは、シロのこと、シロに起こった出来事をずっと引きずっていた。つくるが失った過去に向き合うだけでなく、他のメンバーもつくるを失った過去に向き合っている。

 ラストも何だろうこの展開…と思いつつも、ようやく、つくるが過去ではなく、今を生きようとしているのかなというのは感じられました。
 村上春樹は小説よりもエッセイのほうが合うかもしれない…。

 ちなみに、つくるがフィンランドに行った時、車で聴いていたクラシック専門ラジオは、YLE Klassinenのことだろうなと推測。フィンランドには他にもクラシック専門チャンネルがありますが、最大手はフィンランド国営放送のYLE Klassinen.放送される作品も幅広いです。ネット配信もしていて、日本からでも聴けます。
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by halca-kaukana057 | 2016-09-15 22:30 | 本・読書


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