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羊と鋼の森

 宮下奈都さんの作品を。1年ぶり?話題になったこの本が文庫化されたので読みました。


羊と鋼の森
宮下奈都 / 文藝春秋,文春文庫 / 2018(単行本は2015)

 北海道の田舎の山で生まれ育った外村は、高校生、17歳の時、たまたま担任から来客を体育館に案内するように頼まれる。やって来た来客はピアノの調律師の板鳥宗一郎。外村は初めてピアノの調律を見て、調律に魅せられる。板鳥に弟子にしてほしいと頼むと、調律師の学校を紹介され、勉強し、卒業後、板鳥が働く楽器店に新人調律師として採用された。毎日、店のピアノを調律し、練習を重ねる。先輩の柳について、主に一般家庭のピアノの調律について回り、学ぶ。一方、秋野は違うスタイルで調律をしている。時々、板鳥にアドバイスを貰う。どんな調律が求められるのか、理想の調律は何か、外村は毎日ピアノと向き合う。


 以前読んだ「メロディ・フェア」と同じく、お仕事小説ではありますが、雰囲気は全く違います。今回はピアノの調律師。主人公の外村は、板鳥の調律に出会うまで、ピアノを弾いたこともよく聴いたことも無く、調律に接するのは勿論初めて。板鳥の調律に偶然立ち合ったことで、いわば運命的な出会いをする。

 ピアノは家にあるので、大人になってからの調律の際にはいつも立ち会っています。トーン、トーンと音を出しながら、調律をしていくのを見ているのは好きです。調律の際の、静けさも好きです。まさに、その調律中の静けさが漂う本です。以前はこのブログのピアノのカテゴリに書いてあるぐらいピアノを弾いていましたが、今はピアノを弾かなくなった。諦めてしまった。これ以上、どうやって進んだらいいかわからない。弾きたい曲はあるけれど、どうやったらたどり着けるのかわからない。そのままピアノから離れてしまいました。今は声楽の練習で、音を取る程度。なので、家のピアノには申し訳ないと思っている。この本を読み進めるのは辛かった。外村も、他の登場人物も、ピアノが好きで、ピアノと向き合っている。もうピアノには熱心になれない(かもしれない)自分には、辛い作品でした。
 そして、ピアノにあまり熱心ではなかった子どもの頃の自分が、外から見ればどう思われていたのだろうと思って辛くなった。外村がもうひとりの先輩調律師・秋野に付いてある家庭のピアノの調律に行った時のこと。ピアノにはバイエルの楽譜が置かれているが、秋野は椅子の高さからその子がもう高学年であることを悟る。高学年にもなってバイエルレベル…ピアノにあまり熱心でない、という。私がまさにそんな子どもだった。ピアノは好きだったけど、練習はあまり好きでは無い。練習してもうまくいかない。自分に合った練習方法、ピアノとの向き合い方がわからなかったのだと思う。小学校低学年からピアノを始めたのに、上達せず、小学校高学年、中学校になってもバイエルレベル。ピアノ教室の先生や、調律師さんにどう思われていたんだろうな…と辛くなった。

 その調律師さんが何をしていたのか。この本を読んで、そういうことをしていたのかとわかりました。調律の過程の描写がかなり詳しく書かれています。何のためにこんなことするのか、どう調律するのか。ピアノの部品についても。タイトルの意味がわかります。以前もどこかで書いた記憶があるのだが、ピアノは他の楽器と違って、弾く人が自分で調律できない。調律師が調律する。基本的に持ち運ぶ楽器ではないので、その場所にあるピアノを、どんな音にしたいか、調律師に伝えて調律してもらう。ピアノは特殊な楽器だなと思う。

 この作品では、ピアノを「森」と表現するが、音楽が「森」のような深いものだと思う。調律に「正解」はない。調律の際に基準音となるラ(A)の周波数は440Hzと言われているけれども、その演奏者や演奏する作品によって微妙に上下する、いや、微妙どころではなくなってきているそうだ。また、外村と柳のピアノの調律とうまいレストランの例えの話にもあったように、客と調律師でピアノの音に対して考えが違うこともある。
 以前、今もまだ続いているが、聴いた音楽の感想が出てこなくなった時期があった。感想を出すのが怖いのだ。外村が調律がうまくならなかったらどうしよう、怖いと思ったように。この演奏は、「いい演奏」か「悪い演奏」か、叩き切るように判断できなければならないと思って、それがわからず、感想を言うのが怖くなった。感想が他の人…ズバッと感想を出している、しかも説得力のある感想を出している人と違えば、自分は間違っていると思えてしまう。その作品を初めて聴く、聴いたことがなくて、判断できないこともある。いい曲だとは思ったけど、感想は…?「いい」「よかった」、でいいの?それだけだと足りない、弱いのではないか。判断基準が自分ではなく、他の人になってしまい、音楽は聴いても、その感想を出すことはなかった。そもそも自分に判断する権利はあるのか。音楽経験も少なく、叩き切るような感想を出せるような説得力も知識も読解力もない。音楽を聴くのが辛かった時期を思い出した。
 このことに関しては、別記事で書こうかなと思います。収拾がつかない。
 「正解」がない、と言われると、困ってしまう。でも、判断基準は自分にある。こんな音が理想だ、こんな音がいい。この人にはこんな音がいいのではないか。そんなお客の要望に応えて、調律する外村や柳、秋野、そして板鳥の一生懸命な姿に励まされる。

 この作品では、「諦めること」「あきらめないこと」の2つに分けられることが出てくる。田舎の山で育った外村は、環境の上で諦めなければならないことも多かった。でも、調律師になり、ピアノと調律は諦めたくないと思った。板鳥にも諦めないことが大事とアドバイスされた。外村の先輩調律師の秋野は、ピアニストを目指していたが、諦めて調律師になった。柳が担当する高校生の双子、和音と由仁に起こったある出来事と、そこから諦めること、諦めないことが生まれる。
 諦めることで、新しい何かが始まることもある。諦めることで、可能性を閉ざしてしまうこともある。諦めないことで、進めなくなった道とは違う、別の道を見出すこともできる。諦めることと諦めないことが紙一重になっている。

 外村は、時々調律をキャンセルされる。理由は様々だ。キャンセルされると落ち込むが、それでも調律することをやめない。外村の静かな生真面目さがいい。外村だけでなく、この作品に出てくる人々は皆、生真面目だ。それぞれのやり方で、ピアノと向き合っている。
 外村のまだ未熟な調律の結果を、ただ失敗と言わず、こんな音にしたかったんだよね、このやり方は好きだ、と認めてくれる双子の和音と由仁。いい耳を持っているだけでなく、ピアノに真剣に向き合っているから、その外村の音がわかるんだろうな、と思う。外村に影響を及ぼし、外村から影響を受ける2人。この双子の存在もいいです。2人ともいい子です。

 外村がピアノ作品にはあまり詳しくないという設定なので、ピアノ作品について詳しいことはあまり出てこなかったのはちょっと物足りなかった。あくまで調律が主役なのだな、と。なので、作中のピアノリサイタルの箇所や、最後の部分の印象が弱く感じた。ちょっと淡々とし過ぎているなぁ…とも。でも、この静かな雰囲気は好きです。


 この本を読む前、宮下さんの別の本を読んでいたのだが、共感できない部分があって、感想を書けずにいた。その後、この作品を読んだら、とても関連があることがわかった。なので、その本についても感想を後日書きます。
 この本です。

神さまたちの遊ぶ庭 (光文社文庫)

宮下 奈都/光文社



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by halca-kaukana057 | 2018-05-03 23:23 | 本・読書

日の名残り

 この本の感想も昨年のノーベル賞授賞式あたりに書きたかった。ノーベル賞関連書をもうひとつ。今まで、カズオ・イシグロ氏の作品は読んだこともなかったし、全然知らなかった(教養がない)。ノーベル文学賞受賞で、代表作の紹介を読むことが増え、読んでみようかなと手にとりました。


日の名残り
カズオ・イシグロ:著、土屋政雄:訳/早川書房、ハヤカワepi文庫

 イギリスの貴族の大きな館、ダーリントン・ホール。この屋敷はダーリントン卿の屋敷だったが、卿の死後、アメリカ人のファラディに渡る。ダーリントン卿の時代から執事を務めてきたスティーブンスは、引き続きファラディの元で働いている。ファラディが少しの間アメリカに帰るので、その間、休暇を取らないかと言われたスティーブンス。ずっと屋敷を守り続けてきたので最初は戸惑ったが、屋敷の召使が次々と辞めてしまい、人手が足りなくなってきた。かつてダーリントン卿の時代に女中頭を務めていたミス・ケントンのことを思い出し、ミス・ケントンに話せば何とかなるかもしれない…。ミス・ケントンに会うため、ファラディに借りたフォードで旅に出たスティーブンス。旅の間、思い出すのはダーリントン卿の時代の屋敷での様々な出来事や人々のことだった…。


 読んで、最初に思ったのが、スティーブンスの生真面目さ。頭が固い…という表現はちょっと違う。執事として、召使たちをまとめ、全員の仕事の状況を把握し、仕事を割り振る。ダーリントン卿や卿のお客(貴族や政治家、有名人も珍しくない)に快適に、居心地よく過ごしてもらうため、滞りなく仕事を進め、何か要求があれば応え、忙しさを表に出したり、何かあっても取り乱したりしてはならない。なので、「頭が固い」という表現は違うだろう。スティーブンスは自分の仕事も、召使たちの仕事も、しっかり把握し遂行していた。でも、やっぱり非常に生真面目である。執事とはこういうものなのかもしれないが、そのスティーブンスの生真面目さ、まっすぐさが滑稽に思えるところがよくあった。不器用にも思える。イギリスのドラマ「ダウントン・アビー」を観ていれば、執事や女中の仕事や上下関係についてもっと知ることができて、楽しめたかもしれないと思う。

 スティーブンスは何度も「品格」という言葉を使う。執事の「品格」、イギリス人の「品格」などなど。「品格」とは何か、と問う。仕事への誇り、その仕事を何があっても完璧に遂行すること、プロフェッショナル、という意味でも使われている。スティーブンスの父も執事で、ダーリントン・ホールで働いていた。しかし、老いは仕事にも影響する。様々な仕事ができなくなったが、執事の仕事を全うした父。父が生死をさまよう中、屋敷では重要な国際会議が開かれていた。その仕事に邁進したスティーブンス。家族よりも仕事を取った(という表現は合っているのだろうか…そういう問題ではないと思うが、現代の私から見ると「家族より仕事を取った」と思ってしまう)。執事の父も、それを望んでいたかもしれない。息子も立派な執事になったのだから。スティーブンスも父を尊敬している。

 そんなスティーブンスにとって、女中頭のミス・ケントンは不思議な存在だったが、本当は信頼できる仕事のパートナーだ。スティーブンスとミス・ケントンはなかなか噛み合わない。でも、どこかで合うところもある。毎晩、ミス・ケントンの部屋でココアを飲みながら打ち合わせをする「ココア会議」でも、意見が噛み合わないことがある。スティーブンスはダーリントン卿の申しつけの通りに仕事をし、決断することがあれば表向きには感情を挟まずに決断する。ミス・ケントンは感情も込めて仕事をしている。でも、ミス・ケントンは仕事はしかりやっていた。新しい女中が入れば、しっかりと教育して、見事な女中に育てた。どちらも仕事には誇りを持っている。ミス・ケントンが「品格」という言葉を使うことはないが、ミス・ケントンにも女中として、人間としての「品格」はある。そのミス・ケントンとの再会は…良い再会だなと思った。スティーブンスが、ミス・ケントンに声をかけられなかったあの日の出来事が、静かなかなしみを誘う。

 この物語で、スティーブンスが旅をしているのは1950年代。ダーリントン卿に仕えていて回想されるのは、第1次世界大戦後から第2次大戦後にかけて。変わりゆくヨーロッパ、変わりゆくイギリス。戦争の足音が屋敷を、ダーリントン卿を巻き込んでゆく。スティーブンスは、執事として、ダーリントン卿やお客のために働く。ダーリントン卿を敬愛し、信じていた。しかし、ダーリントン卿は、どんどん歴史の渦に飲み込まれてゆく。ダーリントン卿に何があったのか、スティーブンスが知らなかったわけではない。お屋敷に何の目的で誰が来て、というのは知っていた。だが、職務なので、深入りはしない。ダーリントン卿の友人であるコラムニストのディビッド・カーディナルがある晩突然屋敷を訪れ、その晩、屋敷で何があるのか探っていたエピソードから、スティーブンスの立場がわかる。スティーブンスの立場では、そうするしかなかった。それも、執事の「品格」だろう。ラストシーンのスティーブンスは、泣いてはいるが、「品格」はそのままだ。ダーリントン卿のもとで職務を成し遂げた。何があっても取り乱さない。過去を振り返り、その過去に何か間違いがあったとしても、生きている限り未来はある。その未来をどうするかは、これから自分が決めることだ。スティーブンスだけの話ではない。ミス・ケントンも。ミス・ケントンはスティーブンスよりも先に、そのことに気づき、決めてしまったが。

 旅の道中のエピソードも面白い。田舎の人々が、スティーブンスのことを紳士と間違えて、恭しく接する。それに対するスティーブンスがまた生真面目で、不器用だ。その不器用さが、心優しくも思える。

 文体は最初は固いかなと思ったのですが、読んでいくととても心地よいです。静けさがちょうどいい。訳者の土屋さんが、この作品を訳すきっかけになったエピソードがあとがきで書かれているのですがこれもまた面白い。まさかフィンランドが関係するとは。他にも読んでみたいカズオ・イシグロ氏の作品があるので、読んでいこうと思います。
 「日の名残り」は映画化もされています。DVDがあるので、こちらも観てみようと思います。原作とどう違うのかな。

 先日の「重力波は歌う」といい、カズオ・イシグロ氏の作品といい、2017年のノーベル賞は早川書房さん大当たりですね。

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by halca-kaukana057 | 2018-04-23 23:26 | 本・読書

青い海の宇宙港 春夏篇 秋冬篇

 久しぶりに川端裕人さんの作品を読みました。最新作でいいんだっけ?しかも、宇宙ものです。


青い海の宇宙港 春夏篇
川端裕人 / 早川書房 / 2016










青い海の宇宙港 秋冬篇
川端裕人 / 早川書房 / 2016










 時は2020年代。小学6年生の天羽駆(あもう・かける)は「宇宙遊学生」として、東京を離れ宇宙港のある多根島で1年間暮らすことになった。「宇宙遊学生」と言っても、駆はあまり宇宙には興味が無く、生き物が好きで、島の生き物に興味を持っていた。同じく「宇宙遊学生」の小学6年、北海道出身の本郷周太は宇宙が大好き。小学5年の「宇宙遊学生」橘ルノートル萌奈美は母親がフランス人、父が日本人で、フランスからやって来た。そして地元の小学6年大日向希実の4人で、「宇宙探検隊」を結成。ロケットの打ち上げを見たり、夏休みに小型のロケットを作って飛ばすロケット競技会に参加したり…。さらに、島の自然、島の大人たちに囲まれて、駆たちは成長してゆく…


 川端裕人さん知ったのは、小説「夏のロケット」。この本を読んだ時のワクワク、興奮を、今も覚えています。前代未聞のロケット作り、ロケット開発の光と影。ロケットについて、よりよく知った本でもありました。この「青い海の宇宙港」は、その「夏のロケット」の後の時代のお話。多根島は、名前の通り種子島をモデルとした想像上の島。現在は、種子島宇宙センターはJAXAの、国の施設ですが、この物語、2020年代では打ち上げ施設は民間宇宙港となり、民間のロケットもここから打ち上げられる。実在の民間の宇宙ベンチャー企業をモデルとした企業も登場します。実在する人工衛星・探査機をモデルにしたものも。私が気に入ったのは、宇宙マイクロ波背景放射探査機。実在する宇宙機では「WMAP」「プランク」を引き継いでいる。日本もそんな観測のできる探査機を上げている未来が来るといいなと思う。それだけじゃなくて、この作品に出てくる宇宙機がある、宇宙港がある、そんな未来にあと10年、20年後になっていればいいなと思った。

 駆、周太、希実、萌奈美の4人が、学校の授業・行事や、放課後や休みの活動で、宇宙、宇宙開発を学び、主体的に関わっていく。最初は宇宙はそれほど興味のなかった駆も、徐々に宇宙に興味を持っていく。周太は大の宇宙好き、とりわけ深宇宙が大好きというだけでなく、宇宙工学に詳しい父の影響で、父が開発したプログラムで軌道計算もこなしてしまうツワモノ。萌奈美が「宇宙遊学生」になって日本、多根島に来たのには、ある理由があった。地元民の希実は、これまで当たり前のように宇宙港がある島で宇宙に接し、暮らしてきたけれど、駆たちが来たことで、自分の将来に真剣に向き合い、やりたいことを形にしていく。
 1年の間に、かなしい出来事、辛い出来事もある。それでも、4人はロケットのように道を切り拓いてゆく。周太が言い出した「宇宙探検隊」は秋冬篇で、あるプロジェクトを立ち上げる。それぞれの願い、想いを胸に、島の人たちを巻き込んで、大プロジェクトはどうなるのか…読んでのお楽しみです。

 島の大人たちもいい。「宇宙遊学生」は島の家庭に預けられ、生活する。「里親さん」だが本当の家族同然だ。学校の先生、宇宙機関の職員・エンジニアたち。島に住み着いた外国人もいる。彼らがあたたかく、時には厳しく、変に子ども扱いしていないのがいい。守るべき時は守るけれども、子どもだからと見下さない。怒る時はちゃんと理由があるし、教え諭す時もある。大人が子どもたちに引っ張られることもある。川端裕人さんは学校と地域が連携して教育に携わることや、PTAについても以前から詳しく取材し、著書もあります。川端さんだからこそ、多根島の地域社会、コミュニティが活きている作品になっていると思う。

 島では、宇宙だけでなく、歴史や民俗・風習についても触れられます。駆は島の自然、生き物にも魅せられる。その代表が、「ガオウ」と呼ばれる神聖な場所。神様が降りてきた場所と言われているが、謎は多い。その謎も、徐々に明かされていくのが興味深い。

 私は、常々、宇宙がもっと身近になればいいと考えている。地上の延長線に宇宙があって、その延長線がどんどん短く、宇宙を身近に感じられるものになればいいと思っている。多根島は、宇宙港があるだけでなはく、様々な面で宇宙を身近に感じられる場所だ。地上と宇宙の延長線が短い。それに駆が気づくところがいい。学校の標語に、「ガッカチチウ(学校・家庭・地域・地球・宇宙の略)」と出てくるが、まさにすべてが宇宙と繋がっていると感じられる。多根島だからだろうか。多根島はより強く、より身近に感じられるだろうが、日本のどこでも、身近に感じられるようになればいいと思った。

 読んでいて、こんな未来が来ればいいのに。こんな未来を作ることができればいいのにと何度も思った。私も何か出来るだろうか。日本の宇宙開発の未来が明るいものであるように…。

 「夏のロケット」に影響を受けた、あさりよしとお先生の漫画「なつのロケット」も少し関連してきます。そのシーンを使うとは…卑怯です…!

 1年間を描いていますが、やはりロケットは夏のイメージがあります。夏の読書に是非どうぞ。

【過去関連記事】
夏のロケット(川端裕人)
なつのロケット(あさりよしとお)
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by halca-kaukana057 | 2017-07-10 22:58 | 本・読書

メロディ・フェア

 以前から読んできた宮下奈都さんの本を読みました。宮下奈都さんといえば、「羊と鋼の森」で本屋大賞を受賞、一気に注目されました。ピアノ調律師のお話と言うことで読みたい!のですが、文庫化待ち。他の作品を読んでいきます。


メロディ・フェア
宮下奈都/ポプラ社・ポプラ文庫/2013(単行本は2011)

 結乃(よしの)は東京の大学を卒業し、化粧品会社に就職。地元に帰り、ショピングモールの化粧品売り場で美容部員として働き始めた。一緒に働いている馬場さんは、「凄腕」の先輩。お客は思うように来ず、化粧品もなかなか売れない。だが、結乃は人をきれいにしたいとカウンターに立ち、お客に化粧品を試してもらい、アドバイスをして、その思いを伝えようとする…。

 このブログでも、ツイッターでも、自分の性別に関する発言はあまりしてこなかった。なので、この本についてどう書こうかと思ったが、書きたいと思った。面白い。化粧に関しては、それほど熟知しているとは思わないし、自信があるとも言えない。使いこなしているとも言えない。でも、この本を読んだら、化粧や化粧品についてもっと知りたいし、うまくなりたい、楽しみたい、チャレンジもしてみたいと思うようになった。

 結乃は本命の大手の高級化粧品を出している会社には落ち、3番手以下のこの会社に就職した。さらに、勤務地も本命のデパートの化粧品売り場ではなく、ショッピングモールの化粧品売り場。お客はなかなか来ないし、来てもなかなか売れない。何も買わず、雑談だけしていく人もいる。それでも、人をきれいにしたいと願いながら、雑談にもけなげに応じたり、様々な一癖二癖あるお客たちに化粧や化粧品についてアドバイスをする。悩みながら、日々仕事する「お仕事小説」でもある。結乃のけなげさが清々しい。お客達も化粧で新たな一歩を踏み出したりする。とても清々しい。

 結乃は化粧品売り場で、小学生の頃の友達のミズキに意外な形で再会する。ミズキの野望、抱えている悩み、本音…。それが化粧に現れているのが面白い。結乃とミズキの友情はコミカルだが、シリアスなところに徐々に踏み込んでいく。
 私も、ミズキのようなところがある。より高く、より遠くに手を伸ばそうとする。背伸びする。でも届きそうもない。「手の届く幸せ」。この言葉にじんとした。

 結乃の大学生の妹・珠美は化粧を強く嫌っている。姉の仕事も理解できない。姉妹の溝はなかなか埋まらない。それには、結乃と珠美の幼い頃の記憶も関係しているのだが、化粧によって、2人の関係も変化していく。
 化粧をしない顔が本当の自分なのか、化粧をしている時の顔は何なのか。一度は考えたことがある。結乃と珠美が出す答えに納得した。納得して、もっと化粧を楽しみたくなった。あと、化粧品売り場にやって来る「マダム」が言った言葉にも。
「そうね、合わなければ取ればいいんだものね。メイクのいいところって、そこよね」
 そう応じてくれた、マダムの言うとおりだ。メイクは何度でもやり直せる。失敗したら取ればいい。そしてまたやり直せる。好きな顔になるまで、好きな自分になれるまで何度でも。
(268ページ)


 結乃の売り場にある化粧品に関する描写も、いいな、その化粧品使ってみたいなと思ってしまう文章で楽しくなる。そんなにたくさん化粧品は買えない、買っても使い切れないので、この本で描かれているように私も試してみたいと思う。そして、気に入ったものを欲しい。

 この本を読んだ後、新しい化粧品を買いました(単純)。
 「メイク・ミー・ハッピー」メイクは自分を幸せにする。そんなキャッチコピーがありましたが、まさにそれだと思いました。化粧をして、明るい表情になって、楽しくなろう、幸せを感じよう。結乃の成長と共に、そんな楽しさが感じられるお話です。

 番外編(文庫本書き下ろし)の馬場さんの番外編もいい。馬場さんから見た結乃もまたいい。
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by halca-kaukana057 | 2017-05-17 22:51 | 本・読書

流れ行く者 守り人短編集 / 炎路を行く者 守り人作品集

 しばらく本の感想を書いていませんでした。でもその間に色々な本を読みました。少しずつ、またここに書いていこうと思います。第1弾はNHKでこの冬に実写ドラマ第2シーズンが放送された「守り人」シリーズより、番外編の2冊を。

流れ行く者 守り人短編集

上橋菜穂子/新潮社 新潮文庫/2013
(単行本は偕成社から、2008年)


 バルサとタンダがまだ10代の頃のエピソードが収められています。「浮き籾」はタンダが主人公。村で家族と暮らすタンダと、遠い親戚の「髭のおんちゃん」オンザの思い出。村と家族というコミュニティで暮らす中で、異質な者がどう扱われるか。夢見がちで、素直で、呪術師の片鱗が見え始めていたタンダの感受性の豊かさに触れられる作品です。無邪気なところもあるタンダがとても可愛らしいけれども、オンザと同じように村で「普通に」田畑で働いて暮らすこととはちょっと外れ始めている…かなしいと言えばいいのだろうか。うまい言葉が見当たらない。
 「ラフラ<賭事師>」は、ロタの酒場で働くバルサと、その酒場の賭事師「ラフラ」のアズノのお話。アズノは老いてはいるが、とても腕のいい賭事師。酒場で行われる賭け事とは別に、お金を賭けずに長年続けるものもある。アズノの腕に魅了されるバルサ。アズノが50年も続けてきたお金を賭けない賭け事は、アズノにとってライフワークのような存在だったのに…最後がさみしい。プロの賭事師だからこそ、酒場の賭け事とは違うものとして、大事にしておきたかったから、あんな最後にしてしまったのかもしれない。
 「流れ行く者」は、実写ドラマのシーズン1の中でも描かれた作品。バルサが初めて人を殺めてしまう。少女時代のバルサの危うさ、感情の起伏、大人びた冷めた考えをしつつも未熟さもある。この話を読んでから、「守り人」シリーズ本編、特に「神の守り人」を読むと、バルサの生き様、生死に対する考え方の根源に触れられる気がする。こんな辛い想いをして、それでも生き延びなくてはならない。バルサの強さと、かなしさを感じます。
 「流れ行く者」の後の「寒のふるまい」はホッとします。タンダがいて、バルサは救われているのだろうな、と。読者も。

 解説は「プラネテス」「ヴィンランド・サガ」の漫画家・幸村誠先生です。幸村先生の絵でバルサやジグロ、タンダを描いたらきっとイメージぴったりだと思う。バトルシーンも「ヴィンランド・サガ」を読めばわかりますが、きっと迫力満点だろうなぁ!

炎路を行く者 守り人作品集

上橋菜穂子/新潮社 新潮文庫/2017
(単行本は偕成社から、2012年)


 こちらは今年文庫化した作品集。「蒼路の旅人」「天と地の守り人」で登場する、タルシュ帝国の密偵・ヒュウゴの生い立ちの物語。チャグムたちの新ヨゴ皇国の元の国・ヨゴ皇国の出身ということはこの2作で触れられていますが、10代の頃、どう暮らしてきたかが明らかになります。ヨゴ皇国の帝を守る武人の一家に生まれ育ったヒュウゴ。ヨゴ皇国がタルシュ帝国に落ち、家族や親戚は皆殺されてしまう。何とか生き残ったヒュウゴが出会ったのは、不思議な女性・リュアン。ナユグが見え、タラムーと呼ばれるナユグの生き物を通じて、ヒュウゴと話ができる。「守り人」シリーズはナユグがあってこその物語だなと思います。そのリュアンに助けられ、ヒュウゴは生きていくために酒場に住み込みで働くことになるのだが…。10代のヒュウゴも、強いけれども、危ういところがあり、家族を殺された怒りや憎しみ、かなしみを抱いて、感情の起伏が激しく、賢く大人びている。ヒュウゴがどんどん変わっていってしまうのが辛い。タルシュ帝国の中でも、ちょっと異質な動きをするヒュウゴですが、その源が伺えます。とても好きな作品です。

 もうひとつ、「十五の我には」はバルサのお話。バルサの10代は本当に過酷だった。だからこその強さと優しさをを持っている。危うさを持った15歳のバルサ。成長の瞬間は簡単に捉えられないが、後から思うとわかることがたくさんある。これも好きな作品です。
 この「炎路を行く者」は「天と地の守り人」まで読み終わってから読むのをオススメします。でないと、ネタバレします。


 「神の守り人」以降は図書館から借りて単行本で読み、文庫が手もとになかったのと、実写ドラマを観て原作を思い出せなくなっていたので、「神の守り人」から再読しました。面白かった。「守り人」シリーズのワクワク感を久々に味わいました。ナユグとサグの壮大な物語。チャグムも凛々しくなっていく。
 実写ドラマの第3シーズンは、「闇の守り人」、そして「天と地の守り人」とクライマックスへ向かうそうです。「闇の守り人」をやらないと、カンバルについて何も語れませんものね。「天と地の守り人」の途中からどう「闇の守り人」を入れるのか、興味深いです。
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by halca-kaukana057 | 2017-05-09 22:51 | 本・読書

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

 今まで村上春樹作品を読んだことはありません(エッセイならある)。話題にはなっているけど、一体何が魅力なんだろう?熱狂的なムーヴメントは、一体何からきているのだろう?ちょうど文庫化されていたのを見つけたので、この作品を読んでみることにしました。舞台にフィンランドが出てくる、というのも理由のひとつです。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
村上春樹/文藝春秋・文春文庫/2015(単行本は2013)

 多崎つくるは、鉄道の駅を設計する仕事をしている。彼は高校生の頃、4人の男女の親友がいた。苗字にそれぞれ色をもっている彼らとはうまくやっていたが、大学の時突然絶縁を申し渡された。理由もわからず、当時のつくるは生きる気力を失い、死を思い続けた。何とか生きる気力を取り戻し、今は2つ年上のガールフレンド・沙羅がいる。沙羅はつくるに、彼らが何故絶縁を言い渡したか探るべき、と促す。沙羅の協力で彼らの居場所をつかんだつくるは、彼らに会いに行く。


 読んで、ああ、これが村上春樹の文章か、と感じました。以前twitterで村上春樹風文章でカップ焼きそばの作り方を書いてみた、というネタがあったのですが、なるほどと思いました。こんな言葉の組み立て方でこんな会話、普通の人はしないよなぁ…、という会話が並んでいる。友情を失うことになった理由は何だろう…?と続きを読むも、うーん…という展開。

 つくるは、苗字に色の名前が入っている4人…男性の赤松、青海、女性の白根、黒埜(くろの)と自分を比べて、個性・色彩がないと思っている。でも、彼らに会うと、皆つくるの個性を誉める。生きる気力を取り戻し、ジムに通ったりガールフレンドもいるのに、心ここにあらずのような心持ちのつくる。沙羅もそれを指摘する。自分自身は自分からはよく見えない、ということだろうか。

 友情を失うことになった理由。4人のひとり、白根(シロ)に起こったまさかの出来事。ピアノが得意なシロが演奏していた、リストの「巡礼の年・第1年 スイス」の第8曲:ル・マル・デュ・ペイ。聴いてみましたが、まさにこの作品の根底に流れている、暗く静かな曲。4人、他にも色の名前を持つ人物が登場するが、この物語はモノクロだなと感じました。つくるがかつての親友たちに再会しても、絶縁の理由を突き止めても、モノクロの世界が続いている。

 黒埜(クロ)に会いに、つくるはフィンランドへ行く。フィンランドの描写は、観光が目的ではないので、そんな期待したほどではありませんでしたが、フィンランドの風景だな、と。クロは、シロのこと、シロに起こった出来事をずっと引きずっていた。つくるが失った過去に向き合うだけでなく、他のメンバーもつくるを失った過去に向き合っている。

 ラストも何だろうこの展開…と思いつつも、ようやく、つくるが過去ではなく、今を生きようとしているのかなというのは感じられました。
 村上春樹は小説よりもエッセイのほうが合うかもしれない…。

 ちなみに、つくるがフィンランドに行った時、車で聴いていたクラシック専門ラジオは、YLE Klassinenのことだろうなと推測。フィンランドには他にもクラシック専門チャンネルがありますが、最大手はフィンランド国営放送のYLE Klassinen.放送される作品も幅広いです。ネット配信もしていて、日本からでも聴けます。
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by halca-kaukana057 | 2016-09-15 22:30 | 本・読書

少女ソフィアの夏

 「ムーミン」シリーズの作者・トーベ・ヤンソンのムーミン以外の作品をあまり読んだことがなかったので読んでみました。タイトルと、簡単なあらすじに惹かれました。


少女ソフィアの夏
トーベ・ヤンソン:作/渡部翠:訳/講談社/1991

 フィンランド湾には、たくさんの島がある。その島のひとつに、少女ソフィアとおばあさん、パパが4月から8月まで住む家があった。ソフィアは母親を亡くしたばかり。70も年齢が異なるソフィアとおばあさん。島には様々な人が訪れ、ソフィアとおばあさんも誰かを訪ねることもある。主に2人の島暮らしは続いてゆく。

 トーベ・ヤンソンさんが、夏の間を過ごす島の話は何度も読んだことも、聞いたこともあります。岩の小さな島に、小さな家がある。そこでヤンソンさんは夏の間、海とともに過ごし、ムーミン物語もその暮らしの中から生まれることもあった、と。この「少女ソフィアの夏」は、ヤンソンさんの周囲に人々をモデルに描かれています。おばあさんはヤンソンさんの母。ソフィアのパパは、ヤンソンさんの弟ラルスさん。そしてソフィアはラスルさんの娘、ヤンソンさんの母の本当の孫娘なのだそうです。ラルスさん一家も、夏の間は島で暮らし、ヤンソンさんの島とも近かったので交流もあったようです。物語も、おばあさんとソフィアの間に実際に起こった出来事を、フィクションも交えて書かれたもの、と。

 まず読んでいて思うのが、ソフィアとおばあさんを取り巻く自然が豊かに描かれていること。ヤンソンさんが暮らしていた島は岩だらけのゴツゴツした、小さな島ですが、おばあちゃんとソフィアが暮らしていた島はある程度大きく、緑も多いとわかります。島の樹木や草花…フィンランドを思わせる白樺やナナカマド、コケモモ、キノコ。森。森に棲む鳥などの生き物。天候に左右される海。凪や嵐。その自然は豊かだが、厳しくもある。生き物も可愛いだけではない。野生の荒々しさを見せ付けられることもある。その豊かで厳しい自然の中で、ソフィアは成長する。おばあさんはさすが年の功、厳しさをわかっていて、自然を冷静に見つめ、なすがままに身をゆだねる。そんなおばあさんを見て、ソフィアは自然の中で生きることを学んでゆく。時にはソフィアが島の中を冒険することもある。それに付き合うおばあさんは、体力面では劣る。自然の中で人間がどう生きるのか。それをそのまま描写している。

 また、自然だけでなく、ボートのエンジンの音、夏至祭を祝うロケット花火の音など、音の描写もいい。物語が五感に語りかけてくる。

 そして、ソフィアとおばあさんの関係。母親を亡くしたばかりで、その死を改めて実感するシーンや、母親のことを思い出しながら、ごっこ遊びをするシーンもある。でも、母親についての言及はそれほど多くない。
 それよりも、おばあさんとソフィアの関係。祖母と孫…孫を可愛がり甘やかすなんて描写は一切ない。おばあさんもおばあさんで自己主張し、体力は衰えているが気はしっかりしている。寧ろ強い。ソフィアはまだまだ少女だけれども、彼女なりにおばあさんにぶつかっていく。また、島の暮らしはあまり他の人に会わないので、おばあさんはソフィアの社会性を心配する箇所もある。おばあさんのソフィアを見守る視線、姿勢、距離感。あたたかく思いやるが、冷静で、あまり深く干渉しない。個として、しっかりと立ち、助け合う時は助け合う。この生きる様はムーミン物語のムーミン谷の仲間たちにも通じるところがある。これが、ヤンソンさんの原風景、ヤンソンさんに見えていた風景と人々の姿なのだなと思う。
 パパはあまり出てこないが、パパのものが鍵になることもある。

 この本全体に流れる静けさや、どこかかなしい、寂しい雰囲気は何だろう。決して冷たい、冷徹ではないけれど、個が個であることを強調しているからだろうか。

 ヤンソンさんによるイラストもところどころに描かれています。この本は児童書扱いになっていますが、ムーミン物語と同じように、どんな人が読んでも、惹かれる部分があると思います。
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by halca-kaukana057 | 2016-02-22 22:59 | 本・読書

日日平安

 久しぶりに山本周五郎を読みました。時代物をしばらく読んでいなかったので、最初は時代物の雰囲気や言葉遣いに慣れませんでしたが、やはり山本周五郎、物語、人間の生きる世界に引き込んでくれます。


日日平安
山本周五郎/新潮社・新潮文庫

 井坂十郎太は江戸に行く途中、切腹しようとしている菅野平野という男に出会う。菅野の切腹しようとした理由に呆れつつも、何故か井坂は抱えていた藩の騒動を菅野に話す。そして、井坂と菅野はある作戦を立て、藩を救おうとする…「日日平安」他、橋本佐内に死罪を言い渡した井伊直弼と佐内の家族を描いた「城中の霜」、徳川光圀と彼の元にやって来た貧しげな浪人を描いた「水戸梅譜」、他全11編の短編集。

 「城中の霜」、「水戸梅譜」、「日日平安」などの歴史上の武家もの、「嘘アつかねえ」「しじみ河岸」「橋の下」などの人情もの、「屏風はたたまれた」の不思議もの。「末っ子」は下町もので実に滑稽でうまい。どれも読ませます。どんな身分の人も、人間である、ということをしっかりと描く山本周五郎の文章、物語には感服します。「若き日の摂津守」は武家もので不思議ものにも読める。光辰(みつとき)の戦略の巧みさに圧倒されました。

 江戸時代を描いた作品なのですが、どこか現代に通じるものがあるとも感じました。「しじみ河岸」のお絹の嘆きは、介護に疲れた現代人の嘆きと変わらない。胸が締め付けられる。「嘘アつかねえ」の信吉は下流社会に生きる者のような。「橋の下」も。"理由あり"で、橋の下でしか生きられなくなった男。その男の言葉は、現実にあるものだと思う。
「この橋の下には、人間の生活はありません」
「こういうところで寝起きするようになってからの私は、死んだも同然です、橋の上とこことはまったく世界が違いますが、それでも私には橋の上の出来事を見たり聞いたりすることはできます、世間の人たちは乞食に気をかけたりしませんし、もうこちらにも世間的な欲やみえはない、ですからどんなこともそのままに見、そのままに聞くことができます、いいものです、ここから見るけしきは、恋もあやまちも、誇りや怒りや、悲しみや苦しみさえも、いいものにみえます」
(355ページ)


 そしてどの話も、ラストが何とも言えない。ハッピーエンドでもバッドエンドでもない。まだこれから、その人の人生は続いていくのだと思う。たとえ何が起こったとしても。確かにそうだ。生きるということは、ハッピーエンドの小説のようになることはまずない。バッドエンドだったとしても、そこが本当に終わりだろうか。「ほたる放生」のような切ない一区切りはあっても、そこからどうなるのかはわからない。生きるということのひとコマを切り抜いて凝縮させた小説の数々。ひとコマだけだから、小説になるのかもしれない。そのひとコマをうまく見極める山本周五郎。うまい。本当にうまい。

 木村久邇典氏の解説の冒頭で、山本周五郎の言葉が記載されています。
「もし君があと数年たって、私の作品を読返してくれるならば、きっと現在読んで感じたものとは別な広がりを発見してくれるだろう。私の作品にはそれだけのものは含まれていると思うんだ」

 山本周五郎も他の作家の作品を読んでそう感じていたのだろうか。そんな作品を書きたいと常々思っていたのだろうか。何年も前に読んだ作品、そしてこの「日日平安」もまた読み返したい。その時、私はどう感じるだろうか。
 ちなみにこの解説、昭和40年(1965年)のもの。初版の解説から変わっていないのが嬉しい。「本当は単行本で買いたいのだが、私のサラリーではイタいので廉価版の出るまで待ちます」という読者の声も記載されている。全く同じです。私も単行本だと高いし、加筆修正もあると思うので文庫本を待つことが多い。50年前から変わってない!リアルタイムで山本周五郎の作品を読んでいた人々の声も読めて嬉しいです。50年前というと結構前のようで、最近のようで…不思議です。
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by halca-kaukana057 | 2016-02-10 23:39 | 本・読書

八月の博物館

 タイトルが「八月」…もう11月ですよ…。でもいいんです。11月にも合う小説だと思います。

八月の博物館
瀬名秀明/角川書店・角川文庫/2003(単行本は2000)

 亨は小学6年生。時は夏休み。本を読むのが好き、特にエラリー・クイーンの推理小説が好きで、別のクラスの友達の啓太と自作の推理小説などを載せた雑誌を出そうと案を練っている。図書室の係で、鷲巣という女子と一緒に貸し出しを担当している。そんな夏休みが始まる日、帰り道で亨はいつもとは違う道を歩く。たどり着いたのは「THE MUSEUM」と書かれた建物。中に入り、しばらくすると不思議な少女「美宇」や「ガーネット」という紳士に出会う。この博物館が何なのか。美宇と一緒に博物館の中を歩くようになる。そして、2人は1867年のパリ万博の会場に向かうことになる。そこで、亨と美宇はフランス人考古後学者・オーギュスト・マリエットに出会う…

 あらすじを書くにもどう書いたらいいのかわからない…。物語のメインは亨と美宇の"ミュージアム"での冒険。そこに同時進行で、19世紀エジプトでのオーギュスト・マリエットのこと。更に現代の"私"という人物、3つの時代の話が同時進行で進んでいく。最初あらすじを読んで、少年少女の冒険物語かと思ったら、どんどん思いもしない方向に話が進んでいって驚きました。

 この本を読もうと思ったきっかけは、オーギュスト・マリエットが出てくるというところ。19世紀のフランス人エジプト学者。サッカラの聖堂・セラペウムを発掘し、現在のカイロ・エジプト博物館の母体となる博物館をつくり、それまで発掘品に関する法も何もなく海外流出してしまっていたのを憂い、発掘を取り締まり出土品を管理するエジプト考古局をつくった人。また、ヴェルディのオペラ「アイーダ」の原作者でもあります。考古局設立のことや、サッカラのセラペウムのことは、以前紹介した山岸凉子作の漫画「ツタンカーメン(旧題:封印)」で登場したので、よく覚えています。でも、それ以上にマリエットのことはよく知らない。マリエットの伝記・歴史小説としても読めます。マリエットの後に考古局の局長になったガストン・マスペロ、そしてハワード・カーターのことも少し出てきます。11月はツタンカーメン王墓発掘月間(4日に最初の階段を見つけ、5日に最初の漆喰の壁にたどり着く。26日に最後の漆喰の壁に穴を開け、カーターとカーナヴォン卿がツタンカーメン王墓を「発掘」する)。なので11月にも合うんです。

 そのマリエットと亨と美宇が出会う。セラペウムに祀られている聖なる牛・アピスも関係してくる。関係ないような世界が関連を持ち始める。現代の"私"とも。SFの要素も入り、さらに博物学、「物語」に関する考察もあり…何度も頭の中が混乱しました。混乱したけど、読み終えた後、面白いと思った。

 「物語」が何故存在するのか。「感動する」とはどういうことか。「物語」をつくる人は、「感動すること/させること」を考えて書いているのか。「物語」はつくりもの、現実にはないフィクションだとわかっているのに、心を揺さぶられる。その心を揺さぶるものとは何なのか。これは瀬名さん自身の作家としての「物語」というものへの問いかけのように読めます。実際、現代の"私"は瀬名さんっぽい。

 私も何度か、絵本を書いた/描いたことがあります。小学生の時のクラブ活動、大学の頃の部活で。その時は、作品のテーマや物語の流れ、子どもたちに読み聞かせたわけではありませんが絵本なので子どもたちが親しみやすいかどうか…などは考えましたが、ただ単純に自分が書きたい/描きたい、面白いと思うものを書きました。自然とペンが進みます。絵本なので、絵や絵と文章の位置も考える必要はありました。後で人に読んでもらい、感想を聞くのは恥ずかしくもあり、面白かったと言ってもらえると嬉しかったです。今こうしてブログを書き続けているのも、時々イラストも描くのも、何かを書きたい/描きたいという気持ちがあるから続いていると思います。その根底に、自分の「面白い」という気持ちがあるから。

 そして、「物語」は人々の心の中に生き続ける。クライマックスシーンで亨が叫んでいた言葉、決意がまさしくそうだと思いました。「物語」は小説だけじゃない。音楽も、博物館も。マリエットがオペラ「アイーダ」の原作者であることも、また関係してくる。様々なものがどんどん繋がっていく様が面白いです。

 この「八月の博物館」という「物語」を純粋に楽しむことも出来る。その一方で、「物語」の中にある「物語」を深読みすることも出来る。今まで読んだことのないタイプの小説でした。

 読後、エラリー・クイーンの推理小説、それから「アイーダ」も観たくなりました。オペラは全幕音声では聴いたことがあるのですが、映像は部分しか観たことがない。有名な「凱旋行進曲」の部分。マリエットが原作者と知った時、ますます興味を持ち始めました。

 あと、この本は新潮文庫からも出ているのですが、どこか違うところはあるのだろうか。何故新潮文庫からも?とは言え、どちらもほぼ絶版というのは何とも…。

・以前読んだ瀬名秀明さんの作品:虹の天象儀
 読んだのは2007年…随分前でした…。
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by halca-kaukana057 | 2015-11-07 23:19 | 本・読書

[NHK人形劇ノベライズ]少年シャーロックホームズ 名探偵、最大のピンチ!

 人形劇本編最終回の放送から約5ヶ月。ようやくNHK人形劇「シャーロックホームズ」のノベライズ5巻・最終巻が出ました。14話から最終回18話まで収録しています。

・1巻(1~3話収録)感想:[NHK人形劇小説版]少年シャーロック ホームズ 15歳の名探偵!! +NHK人形劇版
・2巻(4・5話収録)感想:[NHK人形劇ノベライズ]少年シャーロックホームズ 赤毛クラブの謎
・3巻(6~9話収録)感想:[NHK人形劇ノベライズ]少年シャーロックホームズ 消えた生徒たち
・4巻(10~13話収録)感想:[NHK人形劇ノベライズ]少年シャーロックホームズ こわい先生たちのヒミツ

【5巻・最終巻収録の人形劇本編感想記事】
・第14話「百匹のおたまじゃくしの冒険」:すり替えられない真実 人形劇「シャーロックホームズ」第14話
・第15話「青いシロクマの冒険」:ワトソンが許せないこと、守るもの 人形劇「シャーロックホームズ」第15話
・第16話「ダグラスさんのお屋敷の冒険」:外の世界で見たもの、思い知ったもの 人形劇「シャーロックホームズ」第16話
・第17話「本当に困った校長先生の冒険」:信じているからこそ 人形劇「シャーロックホームズ」第17話
・第18話「最後の冒険」:終わりと始まり、そして希望、再び 人形劇「シャーロックホームズ」第18話[最終回]

少年シャーロックホームズ 名探偵、最大のピンチ!
アーサー・コナン・ドイル:原作/三谷幸喜:番組脚本 / 時海結以:著/千葉:絵/集英社・集英社みらい文庫/2015
 最終巻の表紙はホームズvs.モリアーティ教頭。まさに最後の対決です。表紙を開いたそでの部分には、本の一部分が抜粋されカラーイラストもあるのですが、全く予想していなかったシーンでした。そこか!wいや、とても可愛いので満足です。はいw

 最終巻は5話収録なので盛りだくさんです。他の巻よりも厚い。文中のイラストは少なめになっている気がします。でも、本編の通りではありますが加筆、本編とは少し変えた修正部分もあります。そして、久しぶりなので忘れていました。ノベライズは完全ワトソン視点、ワトソンによる回想風の描写であることを…。これが、どんなに重要な意味を持っているかということを…。

 14話「百匹のおたまじゃくしの冒険」。冒頭部分の、宿題をやらないホームズの屁理屈には本編で笑いましたが、焦って宿題を解いてわからない!!とパニックになるワトソンも笑える。ワトソンは数学は苦手なのか、どうなのだろうか。ワトソンの成績に関しては、一度も言及されなかったなぁ。
 そして、221Bを訪れたアドラー先生を迎えるホームズはいつものようにクールにすましているが…人形劇では表現しきれないこともありました。テキパキと掃除をして、アドラー先生を迎えるこのシーンの操演は見事でしたが、更に裏があったとは…。まさに、「どんなものにも裏がある」。ホームズ自身でさえ。
 他の話でもあるのですが、人形劇本編では省略?された推理などの種明かしも詳しくなっています。バーニコットの絵が盗まれ、ホームズとワトソンで取り返したものの、その絵は…の推理も、本編と少し違っています。確かに本編の盗んだ後に描くのは無理がある。あと、一応盗作はいけない、という明示でもあるのかな(それでも、バーニコットの絵は盗まれたままで、そのまま別の人が描いたものになり提出されてしまいますが…)。ただ、バーニコットの自分の作品への揺るがない想いは小説で読んでも清々しい。
 14話の最後のシーンは、ワトソンは登場しないシーン。それをワトソン視点でどう書くか…読んだ後「ワトソン…!!!」と叫んでしまいましたw役得といえばいいのかwきっとその時のワトソンの表情はニヤついていたに違いないw14話はホームズとワトソンの熱い友情、連携プレーも光る回です。

 15話「青いシロクマの冒険」。これはワトソン視点で読みたかった回。人形劇本編だと、映像で出てくるモノがどんな姿形をしているかわかります。しかし、小説、文章だけ(挿絵はありますが少しだけ)で、「青いシロクマ」や他に出てくるモノを想像するのが楽しい。人形劇本編を観ずに読んだら、どんなモノを想像しただろう?と思いながら読みました。
 人形劇本編を観た時に「アブドラは毎晩月を見ながらヨガをしているというが、月は毎晩見えるわけではない」と指摘しました。天文好きとしてこれはスルーできない。小説では、この部分が修正されていました!どんな風に修正されているかは読んでのお楽しみ。これには私も納得です。が、もうひとつ指摘箇所「グレイ型の宇宙人は、20世紀半ばじゃないと出てこない」のは修正されず…。まぁ、ここはいいか…。
 先ほど、この15話を「人形劇本編を観ずに読んだら、どんなモノを想像しただろう?」と書きましたが、それはワトソンのイザドラに対するイメージでも言える。誰かに初めて会った時、見た目や他の人からの噂で先入観を持つか持たないか。イザドラの部屋でホームズとワトソンが対峙しているシーンでも、ワトソンのイザドラに対する思い・イメージの変化は、いつものワトソンだった。それが、怒りに変わる時。真実を知って、またいつもの心優しいワトソンに戻る時。ワトソンが怒ったのは、どちらにせよ相手を想う優しさからだったのだから、ワトソンはワトソンなのだな、と思う。
 あと、イザドラの罪も本編とは変えてきました。本編のだと警察問題、絶対にやってはいけないこと。ノベライズで修正されたものもやってはいけないことに変わりはないですが…。イザドラの反応も、本編と変えているところがあります。
 15話本編のラストシーンで、何かを思いながら写真を見つめるイザドラが出てきましたが、さすがにこのシーンはワトソン視点では表現できなかった。削除シーンは初めてかも。

 16話「ダグラスさんのお屋敷の冒険」。小説でもスリリングな回です。本編では、殺人現場を見に行こうと張り切るホームズの一方で、やめようよと渋っていたワトソン。しかし、
こうなったら、腹をくくるしかない。ここまでにホームズを止められなかったぼくも悪い。……だって、本物の事件なんだぞってわくわくする気持ちが、ぼくにも、どこかにあったんだもの。
(101ページ)

 ワトソンの冒険好きな面が、本格的に出てきたと思える部分。しかし、お屋敷内の殺人現場のシーンは、本編と同じように、いや、本編以上に逃げ腰。…これが普通の反応、だよなぁ。ただ、ワトソンの父は医者という設定で、この物語が正典に繋がってゆくなら、死体への恐怖だけでなく、命を奪われてしまった、という表現もあってよかったんじゃないかなぁ。
 そして、冒険好きだけでなく、ホームズの親友で相棒、ホームズと一緒に行動すると決意を固めたワトソン。1巻から振り返ると、ワトソンは本当にたくましくなりました。
 本当の殺人事件でもひるむことなく推理するホームズや、ホームズとモリアーティ教頭が対峙するシーンは、小説だとじっくりと読んで味わえます。人形劇でのスピード感溢れる展開も好きですが、言葉や台詞をひとつひとつじっくりと味わうと、また違う面白さがあります。

 17話「本当に困った校長先生の冒険」。校長先生が依頼に来て、事の顛末を話すシーン。人形劇本編でもホームズは呆れていますが、小説の挿絵のホームズの呆れた表情が酷いwちょっと可愛いwいや、これが普通の反応だw
 14話の部分でも書いた、本編では説明しきれなかった詳しい種明かしが、17話にあります。レストレードの協力なくしてこの作戦は成功しなかったということが強調されました。あの生真面目なレストレードが、よくこの作戦に乗ってくれたなぁ…と本編を観た後は思っていたのですが、正義感の強いレストレードに協力してもらえるようにうまく説得していたのでした。なるほど。

 18話「最後の冒険」の前に一文が。これにはしびれました。たった一文なのに。
 ホームズがいなくなった221B。残ったワトソンの不安やホームズを想う気持ちが描かれている…ワトソン視点であることの重要さを実感します。
 18話は一文一文じっくり読みたい。ホームズのこれまでの行動も、表情から伺える感情の描写も、鍵となる人々の言葉も。特にマイクロフトとミルヴァートン先生。ミルヴァートン先生に関しては、本当に、正典の恐喝王はどこに行った…と言いたい。
 16話で再登場、17話で見えないけれども鍵となったホープ君が、18話でも実は活躍していたことが嬉しかった。確かに、あれをどこから持ってきたのか…そういえば謎だった。ホープ君、素晴らしい。
 ラストシーンはかみ締めるように読みました。そうか、このラストが、1巻1話の冒頭に繋がるのか…!そして、2人の冒険は続いていくのですね…!感慨深い…。

 5巻にも井上文太さんの描き下ろしイラストがありますよ。



 さて、この5巻が今出たのは、多分、このためです。
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NHK:シャーロックホームズ:ホームズ&ワトソン 推理(ミステリー)の部屋
シャーロック学園

 待ってました!!夏に人形劇ホームズが帰って来るという話がありましたが、これです!特別編「ホームズ&ワトソン 推理(ミステリー)の部屋」。ワトソンがプレゼンターとなって、推理力を高める技をそっと教えてくれるとのこと。ワトソンからの挑戦状もあるそう。しかも、全10回×30分。本編は20分だったので、本編よりも放送時間が長い!これは楽しみです。
 ところで、NHKの公式サイトにある画像。ワトソンの制服が変わってる!転校前のオーストラリアの学校の茶色の制服では無く、ベイカー寮の紺色の制服…と言うよりは、ホームズと同じ形の制服!以前ベイカー寮制服ワトソンを描きましたが、まさかの予想の斜め上!変化球!でも、ラグビーで鍛えたがっしりとした肩幅と、厚い胸板のワトソンに、ほっそりとしたホームズ仕様の制服は似合うかな…?観てのお楽しみということで。
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by halca-kaukana057 | 2015-07-14 23:39 | 本・読書


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