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 NHKで3月と今月に3話ずつ先行放送していた、三谷幸喜さん脚本の人形劇「シャーロックホームズ」。3月に何気なく観てみたら面白かった。先日放送された4~6話も面白かった!調べてみたらノベライズが出ているので、読んでみることにしました。
NHK:シャーロックホームズ
シャーロック学園
 ↑もうひとつの公式サイト。ツイッター・FBでは各回の元ネタ豆知識などもあって勉強になります。…はい、私、今までホームズシリーズは何ひとつ読んだことも観たこともありませんでしたすみません!!大人になって、この人形劇版が初めてのホームズシリーズ(入れてもいいのか?)とは…。
 

少年シャーロック ホームズ 15歳の名探偵!!
アーサー・コナン・ドイル:原作/三谷幸喜:番組脚本/時海結以:著/千葉:絵/集英社・集英社みらい文庫/2014

 ロンドン郊外の全寮制名門校・ビートン校。医師である父がロンドンで開業したため、オーストラリアから転校してきたジョン・ヘイミッシュ・ワトソン、15歳。学校には4つの寮があり、ワトソンはB・ベイカー寮の221B室に入ることになった。この部屋には、「問題児」「変わり者」と思われている同じ15歳の少年が暮らしていた。彼の名はシャーロック・ホームズ。ワトソンが部屋に入るなり、自己紹介もしていないのにワトソンのこれまでのことを言い当ててしまう。ホームズは友達もおらず部屋で実験をしたり、一人で生徒達を観察したり、考え事をしていることが多かった。しかし、休日になるとたくさんの生徒達が相談にやってくる。ホームズの鋭い観察力・推理力は校内でも有名で、ホームズは興味を持った奇妙な事件を解決してやっていた。そしてワトソンもある”事件”に巻き込まれたことで、ホームズの推理力を目の当たりにし、いつしか共に校内の奇妙な事件に関わることになる…

 あらすじ、物語の内容は人形劇と同じです。この巻では、3月に先行放送された1~3話「最初の冒険」(前・後編)、「困った校長先生の冒険」が収録されています。ただ、人形劇では語られなかった学校の細かい設定や背景、追加シーンもあります。例えば、「最初の冒険」で、卵が一体どこから出てきたのか。ホームズシリーズはワトソンが物語の語り手となりますが、この人形劇版でも同じ。この小説版では、放送された人形劇よりも更にワトソン視点になっています。「困った校長先生の冒険」で、クライマックスとなるシーンを、ワトソンはどう見ていたのか。あのシーンに人形劇ではワトソンはいませんが、小説版ではワトソンもちゃんと見ていたように描かれています。放送された人形劇を観て、「面白い」と思ったら、是非この小説版も読むことをおすすめします。この「シャーロックホームズ」の世界をもっと堪能できます。

 読んで、登場人物の描写が凄く細かく、想像力を刺激するなと感じました。人形劇でもホームズの鋭い眼の動きが印象的ですが、この小説版でも瞳の動き、視線、手の動き、表情、話し口調の描写が本当に細かい。細かいけどくどくなく、ピンと張り詰めた糸のような緊張感がある。文章を、物語を追えば追うほどワクワクドキドキして次のページをめくる。ああ、これがホームズシリーズの面白さなのか。番組で、三谷さんがホームズの物語は「ミステリー」ではなく「冒険・アドベンチャー」と仰っていたのですが、なるほどわかる気がしました。15歳、学園もの、殺人・死人はない設定・でも人の心の暗闇の部分をしっかりと出していることで、「アドベンチャー」である部分が引き立っているように感じる。

 あと、ホームズもだが、ワトソンの描写・設定がとても好みです。オーストラリアの前の学校ではラクビー部に所属し、ラクビーに熱中していた。しかし、足を怪我して引退。目標を見失い、失望し、自暴自棄になっていた。自分はどうあれ、とにかく平穏に過ごせればいい…。そんなワトソンがホームズに出会い、ホームズが興味をもつ「奇妙なこと」に関わるうちに、止まっていた心が動き出す。「最初の冒険」のクライマックスシーンで、ワトソンがホープに話す言葉がとても好きだ。そして、後でその言葉について、ホームズと話すシーンも。「奇妙なこと」が面白くてたまらないホームズ。何気なく見過ごしていることも、よく見たらとても「奇妙」で「面白い」のかもしれない。それと関わることは「冒険」とも言えるような。

 ホームズもクールであまり感情を表に出さない(でもワトソンに表情で読み取られてしまう)、落ち着いていて大人びた少年ではあるのですが、失望しているワトソンやホープに対して語りかける言葉は穏やか。人の話は聞かない、興味がないことは全く興味を持たないけれども、決して「冷徹」なわけではない。そんなところがいい。「困った校長先生の冒険」では、まだ15歳・思春期の少年の一面が伺える。完璧な人間ではない(美術で作った石膏も含めて。あれは笑えるwそして15歳なのでパイプではなく「吹き戻し(ピロピロ笛)」の設定も。時代は原作と同じく19世紀の設定ですが、当時イギリスにピロピロ笛なんてあったのか?w)。
 今後、この2人が協力し合い、成長してゆく過程が観られるのがとても楽しみです。

 人形劇では毎回のゲスト出演者も楽しみのひとつ。原作では警部、この人形劇では上級生で生活委員のレストレード君はもっと出番があるといいなぁ。あの終わり方が切なかったので、ホープ君はまた出てきて欲しいなぁ…。アドラー先生は勿論。ホームズを更に惑わして欲しいwそして、モリアーティ教頭…今後どう絡んでくるんだろう。

 人形劇では音楽も大きなポイント。OPが歌も映像もとにかくカッコイイ。プロジェクション・マッピングの演出は人形劇だからこそ出来る演出。そして、劇判演奏がダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー・オーケストラって何ですか!?(誉め言葉)サントラが待ち遠しい。ハドソン夫人の歌、覚えちゃいましたよ…

 ちなみに原作では、ホームズはヴァイオリン演奏が得意。人形劇でもやるかなぁ。人形劇でヴァイオリン演奏…大丈夫、NHKには「クインテット」の実績があります!!(人形操演をしている団体は別だけど。技術は確立している!)こんなところで「クインテット」の技術が受け継がれれば嬉しいなぁ。あって欲しいなぁ、ヴァイオリン演奏シーン…。パペットの構造を見るに、「クインテット」のアリアさん並みの動きは難しそうですが…。

少年シャーロックホームズ赤毛クラブの謎 (集英社みらい文庫)

コナン・ドイル / 集英社


 小説版2巻は9月に発売予定。4~6話が収録される模様。これも読む。
 先日放送されたその4~6話も面白かった。「赤毛クラブの冒険」特にお気に入りの回です。ホームズがワトソンのことを「親友」と呼び、ロイロット先生に対して「ぼくたちを見くびらないでもらいたい」と言っていたのがとてもよかった。ホームズもワトソンのことを認めている。

 というわけで、こうなったら原作を読もう!読み始めています。原作が人形劇版だとこんな風に変えられていたのかと見つけるのも面白い。
 そして、ホームズシリーズと言えばこちらも。

SHERLOCK / シャーロック [DVD]

ベネディクト・カンバーバッチ、マーティン・フリーマン:出演/角川書店


 BBC制作の現代版。存在は知ってはいたが、ドラマそのものを観たことは無かった。…こっちも面白い!!シャーロックがより「変わり者」で、推理力も鋭い。ジョンも戦場で負った心の傷を抱え、失意の中にいるが、シャーロックと出会い、止まっていた心が動き出す。殺人の描写が苦手でミステリーものは苦手意識を持っていたのだが、こちらは大丈夫だった。第1シーズンを観ているところですが、続きが気になります!

 NHK人形劇版は、10月から本放送開始。先行放送した1~6話も最初から放送されます。10月まで、原作読んで、BBC「SHERLOCK」を観て待ちます。


【追記:関連記事】
 レギュラー本放送がスタートしたので、人形劇本編の感想はこちら。
「最初の冒険」(前・後編)
・1話:視野が増え広がれば、この世の中はつまらないものじゃない 人形劇「シャーロックホームズ」第1話
・2話:終わりと始まり、失意と希望 人形劇「シャーロックホームズ」第2話
・3話「困った校長先生の冒険」:自分の眼で確かめ、観察しなさい 人形劇「シャーロックホームズ」第3話
by halca-kaukana057 | 2014-08-29 23:05 | 本・読書

小説 言の葉の庭

 公開された時から気になっているアニメ映画「言の葉の庭」。気になってるのに、上映館が当地には無く、そしてまだDVDで観てない…。と思っていたら、新海誠監督自らによる小説版を見かけたのでまず小説を読むことにしました。

言の葉の庭:公式サイト
 ↑サイトにジャンプすると、映画の予告動画が再生されるので、音量にご注意ください。

小説 言の葉の庭
新海 誠 /KADOKAWA/メディアファクトリー(ダ・ヴィンチブックス)/2014

 高校生の秋月孝雄は、雨が降ると午前中は学校をサボって、国定公園に向かう。ある日、公園内の東屋にスーツを着た女性がいた。午前中から缶ビールを飲んでいる。孝雄はその女性…雪野にどこかで会っている様に感じる。それから、雨の日になると孝雄と雪野はその東屋で会う。孝雄は母の靴の手入れをしているうちに、独学で靴を手作りしている。そして、いつか靴職人になれたら、と雪野に話してしまった。一方、雪野は「うまく歩けなくなっちゃったの」と孝雄に語る。

 アニメの予告の絵がとてもきれいで印象的だったのですが、小説でもそのきれいな絵が思い浮かぶような物語、文章でした。雨の日、公園の東屋で会う孝雄と謎の女性・雪野。普段ならその雪野について詳しく書こうとするところなのだが、あまり書きたくない。ネタバレ阻止の意味もあるし、私が語るよりも小説で、アニメでその美しさを味わって欲しい、という想いがある。儚く、弱く、傷や陰を抱えている。それが、美しく感じられる。

 孝雄は靴職人を志し、独学で靴を作っている。自分で作った靴を履き、歩いてみてまた改良する。この物語の鍵になるのは、その「靴」、そして「歩く」ことだと思う。外を歩く時、靴を履く。靴を必要としない人もこの世界にはいるが、現代の日本では靴を履かないととても外を歩くことは出来ない。硬いアスファルトは素足では痛い、尖った石ころやガラスの破片などの危険物もある。雨が降れば尚更。靴は歩くための足を守り、体を支え、遠くまで行けるようにしてくれるもの。
 この物語に出てくる人々は、壊れかけの「靴」でうまく「歩けない」人たちばかりだ。表向きは歩いているようでも、心の中、ひとりになると傷や陰が出てくる。壊れかけの「靴」でも歩いていけるように自分の足を強くするか、「靴」を鎧のように頑丈にするか…それが本当に頑丈かどうか、頑丈に見せているだけのこともあるけれども…。または、「靴」も自分も強く「つくっていく」か。その時、一緒に「歩く」「歩きたい」と思う人がいるか。一緒に「歩きたい」と思う人がいれば、そうストレートに簡単にはいかないけれども、「靴」も自分も強く「つくって」いける。孝雄も、雪野も、ひとりで歩こうと思いながら、お互いを気にしている。その想いも簡単には届かない、叶わないが…。

 人と人はどこで繋がっているかわからない。そしてその想いも錯綜する。あちらこちらで絡まり、衝突する。それでも、美しい物語だなぁと思いながら読んでいました。物語に散りばめられた和歌が、その美しさを引き立たせているのかもしれない。

 美しくて、儚くて、辛いけれどもやさしさがある物語。これはアニメも観るしかない。
by halca-kaukana057 | 2014-08-28 22:09 | 本・読書

船に乗れ! 2 独奏

 音楽青春小説「船に乗れ!」の2巻です。
・1巻:船に乗れ! 1 合奏と協奏

船に乗れ! 2 独奏
藤谷治/ポプラ社・ポプラ文庫ピュアフル/2011
(単行本は2009年ジャイブ)

 津島家のホームコンサートで北島先生とのトリオを演奏して以来、サトルと枝里子の距離は縮まり親しくなっていった。2人でオペラを観に行き、喫茶店や電話で音楽のことを語り合う楽しい日々。そして、2人で藝大を目指すこと、これから2人でどんな曲を演奏したいか、将来についても語り合うのだった。
 2年になり、サトルたちは新1年生の演奏技術のレベルの高さに驚かされる。これまでは中等部からはエスカレーター式に進学できたのが、出来なくなったらしい。練習室である”長屋”で練習していると、レベルの高い演奏があちらこちらから聴こえてくる。焦りながらも、今年のオーケストラ演奏曲が発表された。リストの交響詩「プレリュード」。昨年の「白鳥の湖」よりも格段に難しくなった。しかもサトルはチェロのトップ(首席)に。鮎川もコンマスの隣のトップ、枝里子も第2ヴァイオリンのトップになった。今年も”カミナリ”と鏑木先生の厳しいレッスンが始まった…。
 そんな中、サトルはドイツに住む叔父の整と妻でヴァイオリニストのビアンカから手紙を貰う。夏休みにドイツに短期留学しないかという誘いだった。ビアンカが所属するオーケストラのチェリストの指導を受けられる、という。サトルはドイツに行くことを決めたが、枝里子と離れるのが気がかりだった…。


 2巻は物語が大きく動きます。サトルと枝里子はお互いにとって特別な存在になる。負けず嫌いの枝里子の向上心は物凄い勢いで、サトルも刺激を受ける。2人が音楽では刺激し合い、一方で距離を縮めてゆく様がまさに青春。2人でモーツァルトのオペラ「魔笛」を観に行くシーンも、こんな風に気が合う、しかも音楽が好きな者同士でオペラを観に行けたらいいなぁ…と思っていました。1巻感想でも書いた通り、この物語は大人になったサトルが高校生の頃を回想して書いている。昔はオペラに字幕は無かったのか…大変だなぁ。オペラ初心者の枝里子のために、サトルが作ったものがとてもいい。全幕作るのは大変だが、好きなオペラならやってみてもいいかもしれない。…時間があれば。

 2年に進級したサトルたち。佐伯先生のチェロのレッスンも、オーケストラも、どんどん難しいものに進んでいきます。チェロのレッスンではバッハの無伴奏チェロ組曲、さらにフォーレ「エレジー」も登場。フォーレを集中して聴いている現在、これは嬉しい登場でした。フォーレとチェロはよく合う気がする。
 オーケストラは、学校の方針が少し変わったのを示しているような難しい曲に。リスト「プレリュード」…好きな曲です。が、これを演奏する…オーケストラ経験が無いので何とも言えないのだが、悪戦苦闘するサトルたちを応援せずにはいられない。”カミナリ”先生も鏑木先生も1巻以上に厳しい…!!

 そんな中、サトルにドイツ留学の話が。サトルにチャンス到来。しかし、枝里子が気にかかる…。ましてや負けず嫌い、しかも音楽を志すには不利な家庭環境。枝里子がかわいそうに感じました。私が枝里子だったら、きっと同じように思う…かもしれない。サトルは音楽一家に生まれ、しかも祖父は新生高校の創設者。留学も叔父さんと妻のビアンカさんのコネ。きっと私も羨ましがるなぁ…。

 そんなドイツ(ちなみに、この時まだドイツは東西に分かれていた)での留学は…サトルの自信が一気に崩れるものだった。佐伯先生だって(この物語では)N響の楽団員のいい腕のチェリスト。しかし、ドイツでのチェロの先生・メッツナー先生は、サトルにチェロをゼロから始めさせる。これまで積み上げてきたものは何なんだ。更に、これまでのように哲学書を読んでも、「自分は何もわかっていなかった」ことに気付いてしまったサトル。一気に落ち込んでゆく…わかる。成長の過程で避けては通れないけど、なるべくなら気付きたくないもの…「本当は何もわかっていなかった」「わかった・できたフリをしていた」「持っていた自信は別の視点から見れば大したことの無いものだった」サトル、完全に挫いてしまった…。それでも、メッツナー先生のレッスンで、変化したサトル。これがいい刺激になれば、と思ったのだが…。

 帰国後、サトルは更なる困難にぶち当たる。枝里子が…。こんな展開になるなんて…。ワイワイ騒ぐ仲だった鮎川ともギクシャクした関係に。もはやオーケストラ発表会どころじゃなくなった…。枝里子に何が起こったのか、知った後のサトルが更にとんでもないことに。金窪先生の熱心さが、この時のサトルにとって逆効果になってしまった。確かに信じられないような現実に向き合うことになり、サトルがあまりにも混乱していて、周囲はそれを知らず…もう私も読みながら混乱していた。そのとんでもないことの鍵となるのが、サトルの担任で祖父の弟子でもある久遠先生。久遠先生は、サトルの言葉を信じただけなのが、ますます辛い。サトルの行動も、混乱しているのはわかるけど、でも…。混乱しているサトルにとって金窪先生は、力強い味方になってくれそうな存在だったのに…。サトルや鮎川、枝里子がこれほどの目に遭わなければならない理由って何だろう、とも考えてしまった。いくらなんでも、救いが無い、無さ過ぎる。

 終盤で、北島先生と演奏することになったサトル。その演奏が少しは救いになっただろうか。でも、現実は変わらない。その音楽はその時にしか無く、二度と同じ演奏は出来ない。そう思うと、ますますやるせない。これも音楽、なのだろうか…。音楽以外の要素があまりにも強烈過ぎて、どうしたらいいのかわからない…というのが読後の感想です…。

 最終巻となる3巻も読み始めています。サトルはどうなってしまうのか。
by halca-kaukana057 | 2014-08-06 22:58 | 本・読書

船に乗れ! 1 合奏と協奏

 昨年冬に舞台化(音楽が宮川彬良さん)されたことで存在を知った作品です。本屋大賞にもノミネートされた話題作だそうですが、全く知らず…。音楽ものと聞いて、読んでみました。まずは第1巻。


船に乗れ! 1 合奏と協奏
藤谷治/ポプラ社・ポプラ文庫ピュアフル/2011
(単行本はジャイブより2008年)

 チェロを演奏する津島サトルはチェリストを目指して芸高を受験したが、失敗。祖父が創設した新生高校音楽科に入学した。レベルはそんなに高くなく、サトルは入学早々、先輩よりもチェロのうまい新入生として話題になっていた。サトルも、高校生ながらニーチェなどの哲学書を読み、チェロの腕前もよかった。学校では、フルート専攻の数少ない男子のひとり・伊藤慧や、元気なヴァイオリン専攻・鮎川千佳、同じくヴァイオリン専攻の鮎川の友達の南枝里子たちと出会う。毎年、学校では生徒達によるオーケストラ発表会があった。演奏曲はチャイコフスキー「白鳥の湖」から数曲。楽譜を見て簡単だ、副科でオーケストラの楽器をやる生徒にとっても大丈夫だと思っていたサトルだが、オーケストラの練習は予想以上のものだった…。

 この物語は、大人になったサトルが過去を回想する形で書いています。このサトルが高校生だったのは、明記はされていませんがかなり昔。高校生だけで喫茶店(勿論今の大手チェーン店などではなく、「喫茶店」)に入ることは校則で禁止されている。1980年代?多分、そのくらいです。

 サトルはいかにもそんな一昔前の「インテリ」高校生、と言えばいいのか。生まれ育った環境もあり、クラシック音楽に小さい頃から親しみ、英才教育を受けていた。でも、ピアノはいまいちで、ふとしたきっかけでチェロをやってみることになる。N響楽団員でもある佐伯先生を紹介され、先生の指導を受け、サトルはチェロの腕前を上げていく。芸高は落ちたが、落ちた原因は学科試験。そして入学した新生高校音楽科は二流・三流の学校。サトルの自信、自慢げな感じに若さを感じます。別の言い方をすると「痛い」。厭味な感じはしない。

 そんなサトルに、大きな変化が。まず、オーケストラの授業。これまでチェロの腕前には自信を持ち、オーケストラでも1年生ながら首席の隣、トップで演奏することになる。だが、これまでサトルは誰かと一緒に演奏することは無かった。オーケストラで演奏するのも初めての経験。オーケストラで皆が合わせて演奏することがいかに難しいか描かれます。ここまでオーケストラの初歩の初歩から描いた作品は他に無いんじゃないか。楽譜通り、指揮の通り、皆で合わせて演奏することがオケの基本。その基本が難しい。いつも指導している”カミナリ”先生や、指揮の鏑木先生は、その基本をみっちりと叩き込み、厳しく怖い。さすがのサトルも、必死で食らい付いていく。音楽は表現、心が大事と言う。しかし、その前に、楽譜があり、その楽譜には作曲者が込めたものがある。それを忠実に演奏してこそ、その先の表現に進める…。普段何気なく、CDやテレビでプロのオーケストラを聴いてしまっていますが、オケって本当に難しいのだなぁ…と感じました。オケの楽器は何ひとつ演奏できないので、興味もあります。

 もうひとつの変化…同じ1年のヴァイオリンの女子・南枝里子の存在。完全に恋してしまったサトル。しかも、枝里子の友達であり、サトルのクラスメイトである鮎川千佳の働きかけで、2人の音楽への情熱が似たものだと知る。音楽をやるための家庭環境はそんなによくないけれど、負けず嫌いで向上心の強い枝里子は、サトルのチェロに刺激を受ける。サトルも枝里子の熱意に刺激を受け、後にサトルのピアノの先生である北島先生とともにメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲を演奏することになる。ここでも、自分自身の腕前や、アンサンブルの難しさにぶち当たる。が、それ以上に一緒に刺激し合いながら演奏するのが楽しい。いいですねぇ青春ですねぇ。ピアノの北島先生も素敵な先生。アンサンブルの練習以外では、携帯もメールも無い時代。アナログなサトルと枝里子の会話と想いの交流がまたいい。これが携帯でサッと…だったら味が半減してしまいそう。そんな雰囲気。

 サトルが刺激を受けるのは、枝里子だけではない。フルートの伊藤慧。見た目”王子様”で、フルートの腕前もかなりのもの。楽器は違えど、伊藤の演奏にサトルも、ほかの生徒たちも魅了される。
 更に、公民(倫理)の金窪先生。教科書どおりの授業をせず、哲学とは、生きるとは何かをサトルたち生徒に問いかける。哲学書を読みふけっているサトルとも親しくなる。金窪先生のお話がとても面白い。中学高校時代、こういう先生が学校に1人や2人は必要、絶対にいて欲しいと思う。

 オーケストラの合宿練習、文化祭、発表会、そしてとある場でのサトル・枝里子・北島先生のトリオの演奏…。音楽は難しい。なかなか思うように演奏できないし、たくさん練習したからと言ってその分うまくなるとも限らない。でも、音楽は楽しい。誰かと演奏できれば、もっと楽しい。サトルたちトリオの演奏シーンで、音楽で会話するってこういうことなんだろうな…と思いながら読んでいました。

 オーケストラの演奏曲であるチャイコフスキー「白鳥の湖」、サトルがトリオで演奏するメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番、サトルが普段練習しているバッハの無伴奏チェロ組曲…様々なクラシック音楽が登場し、また演奏家もカザルスをはじめ色々な演奏家が出てきます。サトルたちが聴くのはCDではなくレコード。レコードというのもまたいい雰囲気です。

 痛い、苦い、でもどこか微笑んでしまう青春小説。3巻まであって、2巻は既に読んでしまっています。2巻は…大変なことになってます。近々感想書きます。3巻を読むのも楽しみです。どうなっちゃうんだ…。
by halca-kaukana057 | 2014-07-29 22:58 | 本・読書

野川

 ファンタジックでSFな作品で知られる長野まゆみさん。気にはしていましたが、今まで読んだことはありませんでした。そして、何故かこの作品で初めて長野さんの作品を読みます。


野川
長野まゆみ/河出書房新社・河出文庫/2014
(単行本は河出書房新社、2010)

 中学2年の音和(おとわ)は、夏休みに都心から武蔵野のK市に引っ越し、転校してきた。両親が離婚し、事業に失敗した父についてきた。それまでの生活とは一転した新しい環境、新しい町、新しい学校での生活。音和の担任の国語教師・河井は転入の挨拶の際、音和にこう告げる「意識を変えろ。ルールが変わったんだ」
 2学期、音和は河井や3年の吉岡から新聞部に入らないかと勧誘を受ける。新聞部は、鳩を通信員として訓練し、その鳩に通信文を託し、学校から離れたところから飛ばし、帰巣本能で学校へ戻ってくるのを受け取る、という活動をしていた。音和は新聞部に入部し、飛べない小鳩・コマメの世話をすることになる…

 読んでいて、言葉というものの力を実感する作品です。音和君の担任であり、新聞部の顧問である河井先生。作中では「ちょっと変わり者の教師」とされているが、こんな先生はどこの学校にもいてほしい、必要だと思う。実際、私も河井先生とは違ってはいるが「ちょっと変わり者」の先生方に出会い、教えられて、ここまできたんだなぁ…と思い出しながら読んでいました。
 この河井先生は、作中で生徒達にこう問う。
「どこが不足なんだ?自分の目で見たものでなければ、自分のものにならないと、本気で思うのか?」
(26ページ)

 この問いに対して、生徒達は最初は反論する。私もそうだ。これまで、自分の目で、耳で、五感で実際に触れ体験してこそ、自分はそれを見た、聞いた、触れた、と言える。 実際に自分の五感で触れていないものについて、語ったとしてもそれは誰かの受け売りでしかない。自分のものじゃない。自分で触れてこそ、意味がある。だから、行きたいところ、見たいもの、聴きたいもの、触れたいものはたくさんある。そして、それが叶えなられなかった時は酷く落ち込む。叶えられた人を羨ましく思う。自分が、自分が…自分中心なのだ。

 でも、この後に続く河井先生のお話を読んで、この自分の考えがあまりにも傲慢だと感じた。私が生きていられるのはせいぜい60年~80年。もっと早いかもしれない。長生きしたって100年。その間に、自分が触れられるものなんてたかが知れている。日本中、世界中を駆け巡り、できるだけたくさんのものに触れられたとしても、その時…その「今」にしか触れられない。空間と時間、世界は一人の人間には広過ぎるし、生きていられる時間も短い。その、どうやっても触れられない時間や空間にどう触れるか。それに触れた誰かに話を聴き、本を読む。145ページからの、音和が河井先生に体験学習でも体験できないことについて語るシーンの言葉にも表現されている。自分がちょっとだけ体験したからと言って、「知っている」「わかった」と言い切れるのか。以前、このブログで少し書いた「見える」ことは「わかる」ことなのか。見えていても、それが何なのかわからないこともある。ちょっと見た、触れた、体験したぐらいでわかるような簡単なものなんてないと思う。そこで大きな役割を果たすのが、言葉であり、伝えることである。言葉でなくても、音楽や絵などの芸術も含まれると思う。誰かの心の中にあるものを、何かに託して、表現し伝える。言葉・物語や詩、音楽や絵画などは、その人に世界がどう見えているのかを、見せてくれるものなのかもしれない。そして、それは、その人の心の中で、また違う風景として刻まれる。同じ文章を読んでも、同じ音楽を聴いても、同じ絵を見ても、人それぞれ感じ方考え方、受け止め方は異なるから。

 この作品の舞台は東京でも緑豊かな地。東京には、自然なんてないと思っていた(地方民の視点です…すみません!)。東京はビルだらけ、自然と言っても整備された、人間の手が入ったもの。狭い土地を整備して、たくさんの人々が窮屈そうに住んでいる。そんなイメージしかなかった。この物語で語られる東京…関東地方は、もっとダイナミックなものだった。地質学・地学には興味があるので、楽しく読みました。そうだ、東京だって、昔からこんな大都会だったわけじゃない。2月に東京に行った時、スカイツリーの展望台から東京・関東を一望しましたが、この本を読んでいたら、もっと違う視点で見られたかもしれないなぁ。

 音和君は、新しい町を歩き、かつての東京がどんな土地だったかを思い浮かべる。そして、そこには鳩がいる。飛べない小鳩・コマメと触れ合いながら、空からの風景を思う。
 その一方で、多感な時期に両親が離婚し、それまでとは全く異なる父との生活の中で、強くなってゆく。このお父さんも、芯のある強さを持っている。更に、新聞部の先輩である吉岡。吉岡もまた、心に暗いものを抱えていた。吉岡がそれについて語るシーン、それに対して音和が答えるシーンがとても良かった。

 音和たちが暮らす町は、ぬかるんだ道が多い。音和たちは、そんなぬかるみを心の中に持っているのだと思う。扱いがやっかいだが、とりこまれた水分はろ過され、再び沸いてくる。その土壌では、様々な植物が茂り、虫や動物達も集まる。私の心も、ぬかるみのようなものなのかもしれない。音和君たちは中学生、私はいい大人だが、きっと同じだ。

 自然や町並みの描写に惹き付けられる作品でした。言葉って、凄いなぁ。だから私は本を読むんだ。本が好きなんだ。本を読むのが好きなんだ。
by halca-kaukana057 | 2014-07-17 22:33 | 本・読書
 昨年11月に再放送(初回放送は2013年7月6日)されたNHKオーディオドラマ「天空の道標(みちしるべ)」。
・その感想記事:いつの時代も星を見上げる、願いをかける NHKオーディオドラマ「天空の道標」
 この物語に関しての所感は、上記記事に詳しく書きました。

 このラジオドラマの原作が、プラネタリウム番組「戦場に輝くベガ」(制作:山梨県立科学館)。そのプラネタリウムを原作に、もうひとつ、小説も書かれていました。

月刊 星ナビ 2014年 07月号 [雑誌]

KADOKAWA


 天文雑誌「星ナビ」7月号で「戦場に輝くベガ」のことが取り上げられていて、この物語に更に興味をもちました(ただし、この小説やラジオ版の元になったプラネタリウム番組と、現在上映されているリニューアル版は少し違うようです)。
 しかし、私の近隣のプラネタリウムでは上映されそうもない。なので、小説版を読みました。

Facebook:戦場に輝くベガ~約束の星を見上げて
 プラネタリウム上映の最新情報はこちらで。FBアカウントが無くても見られます。


戦場に輝くベガ―約束の星を見上げて
鈴木一美、浅野ひろこ/一兎舎/2011

 山梨県甲府市。織井花音は、プラネタリウムの学芸員をしている。7月のある日、甲府市内で不発弾が見つかった。花音は現場の近くに住んでいる、祖父・勝の姉の久子を案じて家を訪ねる。久子は自宅で待機していた。花音は、久子が作った七夕飾りに、「ありがとう ベガ」という短冊を見つける。何のことかと考える花音。その時、不発弾のことを報じていたテレビから、その不発弾が1945年7月6日、甲府空襲「たなばた空襲」で投下された焼夷弾だという話が聞こえてきた。その話に、久子は空襲のことを思い出し、当時の惨禍をつぶやく。七夕の空襲、「ありがとう ベガ」の意味。久子は、戦時中のことを花音に語り始める…


 物語がラジオ版と大幅に違います。どちらが原作であるプラネタリウムに近いのか…?ラジオ版は50分の物語なのでコンパクトにまとまっていますが、小説版は久子と和夫の家や家族について、学校でのことについても詳しく書かれています。ひとつのプラネタリウム番組から、内容の異なる小説とラジオドラマが生まれる。この「戦場に輝くベガ」という物語(史実を元にしたフィクション)の広さ、深さを実感します。

 物語は大幅に異なりますが、物語の根幹となる部分は勿論変わりません。和夫は海軍で偵察員として爆撃機「銀河」に乗り、「天文航法」を用いて位置や航路を星を使った天測で割り出す任務にあたっていること。和夫を慕う久子は、学徒動員で海軍水路部で働き、偵察員の天測のデータとなる「高度方位暦」をつくる。和夫は出陣前、久子とともに見た夏の天の川の中のベガを、離れていても見つめていようと久子と誓う。和夫は訓練をしている基地や爆撃機の風防から、久子は東京から、「高度方位暦」でも出てきたベガを見つめ、お互いの無事を祈り、手紙をやりとりする。お互いの無事を祈り、戦争とは何かと心の中で問いながら…。

 小説では戦時中の日本の動きや出来事、情勢、戦争に対しての久子と和夫の想い・考え方、戦争に巻き込まれてゆく久子と和夫と2人の家族や友人知人、戦争の惨劇も詳細に描かれています。ラジオドラマでも聴きながら涙腺緩みっぱなしでしたが、小説も涙無しには読めない。戦争で明日はどうなるかわからない時代、星を見上げ、また天文航法や高度方位暦を爆撃のために使っていた時代があった。約70年前のこの日本で。過去に実際にあったこと。あと、物語に出てくる甲府空襲があったのは、1945年7月6日から7日にかけて。「たなばた空襲」とも呼ばれています。

 和夫からの最後の手紙から引用します。
明るく輝くベガは、君が計算してくれた方位暦とともに、いつも夜空の道しるべになってくれました。
 どうか君もベガを見上げてほしい。つらい時、迷った時、きっと道を示してくれることでしょう。
 どこにいても、どんな時でも、私は君の幸せを願っています。どうか幸せに、強く生きてください。
 ベガが、そしてすべての星が武器としてではなく、希望の光を人々にもたらすために輝ける日がくることを祈っています。
(207~20ページ)

 今、私は平和な(身の回りに戦禍は無い)世の中で、平和に星を観ている。ベガもアルタイルも、七夕となれば普段星を見上げない人も探そうとする(はず。探してほしい)。そして星に願いをかける。七夕でなくても、ふと見上げた星空に、疲れや緊張が解けたり、遠くにいる誰かを想ったり、自分を励ましたり、きれいだなと見とれたりする。星はその人の心を映すと思う。希望がほしいと思っている人には希望になる。約70年前も、久子も和夫もベガを希望の光として見ていた。しかし、その一方で、戦争のために使われていたのも事実。昨年ラジオドラマ版を聴いてから、ベガを見るとこの物語のことを思い出すのですが、小説版を読んで、その想いがますます強くなりました。
(このあたりの詳しい感想はラジオ版の記事で。)

 こうなるとプラネタリウムも観たいのだがな…。ちなみに、現在公開されているのは、今年リメイクされた新しいバージョンです。旧版とは変えているところがあるようです。この小説とラジオドラマは、旧版を元にしています。

 「星ナビ」での記事、そしてこの小説版を読んで思ったのは、実際に「銀河」に乗って出撃した方、高度方位暦をつくっていた方の体験の記憶、証言、資料があったからこそ、この物語が生まれたということ。悲惨な過去を思い出したくない、親しい人を亡くして複雑な想いを抱きながらも語り、プラネタリウムを観た方も。久子と和夫はフィクションの人物だが、爆撃機「銀河」も実在したし、その爆撃機を誘導するための高度方位暦も実在した(もちろん、天文航法=戦争というわけではありません。ラジオ版の記事でも書きましたが、今は平和利用されているものも元々は軍事目的で生まれたものがある。それをどう使うか)。次の世代のために、と語ってくださった方々がいることを、忘れてはならないと強く思いました。

 昨晩、晴れていたのでラジオドラマ版を聴きながらベガを見上げていました。
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 今日は雲で見えませんが、ベガは変わらず、明るく輝いていることでしょう。晴れたら、またベガを見ます。
by halca-kaukana057 | 2014-07-07 22:23 | 本・読書
 ツイッター経由で見つけ、気になっていた本です。

最近、空を見上げていない
はらだ みずき/角川書店・角川文庫/2013

 小さな出版社の営業担当の作本龍太郎と、チェーン書店の副店長の野際は、ある日、文芸担当の書店員・保科史江は書棚の前で涙を流しているのを見てしまった。その後、保科は書店を辞めると野際に伝え、静かに書店を去っていった。野際は、ただ本を並べるのではない彼女のつくる書棚が好きだった。一体保科は何故涙をながしていたのか…。

 作本を中心に、出版社と書店、本を巡る短編が4作収められている本です。本と書店が舞台の物語…それだけで気になりました。本と書店が舞台の物語と言えば、漫画「本屋の森のあかり」(磯谷友紀)。この「最近、空を見上げていない」は、出版社の営業マンの視点が中心の作品です。本を直接人に届ける書店とは違う、本に想いを寄せ本でつながる人々が描かれます。

 本は、不思議なもの、存在だと感じる。誰かにとっては、ただの紙に何か書かれたものでしかないかもしれない。でも、その本を心待ちにして大切に読む人がいる。その本がきっかけになって、誰かと出会うこともある。書いてある内容でも、その本を書いた人でも。

 私は、本を読むの好きで、書店や図書館にいるのが好きだ。だが、その本がどうやって書かれ、どうやってつくられ、どうやって書店や図書館に並び、私の手に届くのか…それについてはよく知らない、詳しいことはわからない。そのひとつひとつの過程の中に、想いを込めながら、本を届けようとしている人がいる。作本は、出版社の営業として、そんな仕事をしている。売る、というよりも、届ける。実際、売れればそれが一番いい。売れなければ、出版社も、書店も、どんどん数が減ってしまうのだから。その分、本に出会うチャンスも少なくなる。作本たちが、本を通して、様々な想いを届け、人をつないでいる姿に、この本もそんな想いの中で私の手の中にあるのだなと思う。

 作本が、表題作でこんなことを考えているシーンがある。
簡単にあきらめてはつまらない。どこかでその本を必要としている人がいるかもしれない。
(115ページ)

 次々と新刊が出て、すぐに絶版になってしまう本も少なくないこのご時勢…なんと厳しいことか。読みたいと思っている人は少ないかもしれないけど、いるんだよ。本はただのモノじゃないなと実感する。
 そして、この言葉は、本だけに限らないな、とも思うのです。
by halca-kaukana057 | 2014-06-25 22:12 | 本・読書
 「魔女の宅急便」原作シリーズを読み続けてきましたが、いよいよ最終巻です。

・1巻:魔女の宅急便 (原作)
・2巻:[原作小説]魔女の宅急便 2 キキと新しい魔法
・3巻:[原作小説]魔女の宅急便 3 キキともうひとりの魔女
・4巻:[原作小説]魔女の宅急便 4 キキの恋
・5巻: [原作小説]魔女の宅急便 5 魔法のとまり木


魔女の宅急便 6 それぞれの旅立ち
角野栄子/角川書店・角川文庫/2013
(単行本は2009年福音館書店、その後2013年福音館文庫)


 キキととんぼさんが結婚し、13年後。2人の間には、男の子のトト、女の子のニニという双子の子どもが生まれた。キキはコリコの街でお届けもの屋さんの仕事を続け、とんぼさんは相変わらず昆虫に興味津々の先生。トトとニニは11歳、ニニはそろそろ魔女になるかどうかを決めなければならないが、なかなか決意の言葉を聞けず、キキは不安になっていた。一方のトトは魔女や魔法に興味があり、くすりぐさの世話や刈り入れにも積極的。ただ、男子は魔女にはなれない…キキの血は引いているのに…。
 小さかったおソノさんの娘のノノと、キキの親友モリさんの弟・モリの結婚式、一通の手紙が届く。あのケケからだった。更に、夕暮れ路の家に、ヨモギさんも帰ってくる。トトとニニは、コリコの街で様々な人と出会い、心を通わせながら成長してゆく…。

 この6巻で最後なのか…と感慨深く思いながら読みました。リアルタイムで読み続けてきた人にとっては、もっと感慨深いだろう。あのキキととんぼさんが結婚し、子どもが生まれ、お父さんとお母さんになるなんて。表紙では少女のままのキキ。35歳になったキキを想像してみたが、イメージできなかった…。

 そのキキの双子の子ども達、トトとニニ。お姉さんのニニは元気で快活、様々なものに興味は持つが、長続きはしない。魔女になるかどうかも迷っている。一方、弟のトトは物静かで物事をじっくり考えようとする。魔女や魔法に興味は持っているのに、魔女の子どもでも男子は魔女になれない。

 2回ほど読んだが、どちらもトト目線で読むことが多かった。自分がトトと性格が似ているからか。また、魔女の血を引いているのに魔女にはなれない、というトトが向き合っている現実に思うことが色々あった。でも、男子だから魔女にはなれない、と落ち込むことで終わらない。魔女にはなれないけど、トトはトトだけの”魔法”のような何かを持っている。それを追い求める姿が、いかにも青春。
 一方、ニニはニニで大変だ。魔女の子どもで女の子=魔女になる、と学校の友達に決め付けられてしまっている。ニニは曖昧な返事をするが、これはこれで難しい。親の、代々の家業を継ぐこと。そこにある周囲の期待、もう決まっている道を歩むのが楽そうに見える…ニニは明るくはぐらかしているが、相当のプレッシャーなのだ。そう思うと、ニニのその明るいケロリとした言動の奥に隠れいている気持ちを読み取ろうと読んでしまう。

 母になったキキは、「見えないもの」を大事にする、とトトとニニに話す。ニニは「魔女のお説教」だと逃げ出す。キキがかつて母・コキリさんの話を「古い」「何でも慣習」と思っていたのが、キキもそんなことを言うようになったのかと思うとちょっとおかしい。でも、この「見えないもの」を大事にすること、これはこのシリーズ全体にかかるテーマ。世の中は目に見えているものだけじゃない、目に見えない不思議もたくさん存在している。魔女はそんな世の中にある不思議を伝える役目も持っている。空を飛び、くすりぐさでくしゃみのお薬をつくるだけが魔女の力、魔法ではない。以前、作者の角野栄子さんのインタビューで、キキが魔女であること、キキの魔法は特別なものではなく、ひとつの個性、なのだと読んだことがある。魔女にはなれないトトも、魔女になるか迷っているニニも、キキととんぼさんから引き継いでいる個性。成長の過程で後天的に作り出した個性。個性も目に見えるものばかりではない。世の中、目に見えるものよりも、見えないものの方が多いんじゃないかとよく思う。自分の中に何があるのか、読後、向き合いたくなる。

 この最終巻で、ケケが再登場します。3巻「もうひとりの魔女」で登場した不思議な少女・ケケ。ケケも、結局自分が魔女かどうかはわからない。そのまま、ケケも30代になりました(!!時の流れとは言え…驚きである)。そのケケと、トト。魔女のようだけど、魔女じゃないという共通点を持つ2人の関わり。ケケらしい謎が謎を呼ぶ展開で、ワクワクしました。

 トトとニニの成長、そして、迎える13歳。魔女の旅立ちの年齢。ニニはどうする、そしてトトは…。これ以上の感想は書かないことにしておきます。
 まだ続きが読みたいと言えば読みたいです。終わってしまうのが寂しいです。でも、この物語も、読んだ人、私の心の中で、続いていくんだろうな。そんな読後でした。
 角野先生、素敵な物語をありがとうございました。
by halca-kaukana057 | 2014-06-19 21:53 | 本・読書
 読み進めています「魔女の宅急便」原作、5巻です。

・1巻:魔女の宅急便 (原作)
・2巻:[原作小説]魔女の宅急便 2 キキと新しい魔法
・3巻:[原作小説]魔女の宅急便 3 キキともうひとりの魔女
・4巻:[原作小説]魔女の宅急便 4 キキの恋

魔女の宅急便 5 魔法の止まり木
角野栄子/講談社・講談社文庫/2013
(単行本は2007年福音館書店、2013年福音館文庫)

 19歳になったキキ。これまで通り、コリコの町でお届けもの屋さんを続けている。とんぼさんも学校で昆虫や生き物の勉強を続けている。キキはとんぼさんからの手紙をたのしみにしているけれども、好きな昆虫の話ばかり。会えない日々も続いていて、不満を抱えていた。キキは新婦さんのためにベールのお届けものをしたり、町長さんに恋するウイさんの町長さんへのプレゼントを届けたり、そんなことをしているうちにキキととんぼさんの将来のことも考えてしまう。
 そんな中、ジジも白猫に恋をする。その頃から、キキとジジの関係、そしてとある出来事からキキの空飛ぶ魔法にも変化が…。

 キキが19歳、10代最後の年を迎えました。表紙も、扉絵イラストも、大人っぽくなりました。しかし、おてんばでやきもち焼きなところはまだまだ変わっていません。とんぼさんからの手紙は、相変わらず昆虫や生き物のことばかり。一方、キキは…女心ってやつですねぇ…。

 4巻の副題が「キキの恋」。5巻も恋・恋愛がテーマかと思いきや、それだけではありませんでした。キキの魔法に変化が起こります。まず、ジジとの会話。キキとジジは魔女猫言葉で会話している。ジジの声は、普通の人には猫の鳴き声にしか聞こえないが、キキはジジの言葉がわかるし、ジジもキキの言葉がわかる。しかし、ジジに恋人(恋猫?)ができ、ジジは魔女猫言葉で話しているのを普通の猫語に直そうとしている。普通の猫から聴くと、ジジの鳴き声は異なるものだった。魔女猫であるジジを、普通の猫の視点から見たら、聴いたらどう感じるのか。これが面白い。普通の猫とも違うものなのか…。キキがとんぼさんのことを想うのを時に冷ややかに見ていたのに、恋人の猫に惚れるジジもまた、恋は盲目状態。ジジ、人のことを言えない…w

 もうひとつの変化…キキがうまく飛べなくなってしまった。飛べないことは無いのだが、思い通りに高く飛ぶことができない。その原因はこの5巻の冒頭から出てくるのだが、「ほうきにおまかせ」のところで決定的になる。魔女にとって魔法とは何なのか。そして、思い通りに飛べなくなった理由の解釈も面白い。それが、5巻の副題の「魔法のとまり木」。

 私たち一般人も、様々な分野の第一線で活躍する人も、どんなに得意なことがあっても、スランプに陥ることがある。なぜかうまくいかない。いつも通りにやっているはずなのに、手応えがないと感じたり、不調に陥る・失敗ばかりしたりする。何とかしようと焦り、もがけばもがくほど蟻地獄のように更なるスランプにはまってゆく…。そんな時、原因は何だろう、どうしたらいいだろうと悩む。基本に立ち返ったり、開き直って休んだり、いつもと違うことをして息抜きをしたり。しばらくすると、あのスランプはなんだったんだろうと思うほど、元に戻って驚くことがある。もしかしたら、「魔法のとまり木」のようなことがあるのかもしれない。自分自身を省みる、見つめなおすために。長い目で見るために。

 そんな中でキキはひとつの仕事を引き受ける。デザイナーのサヤオさんのファッションショーを手伝うことに。このサヤオさん、とてもキザ。その態度に反感を抱くキキだが、話を聞くうちにサヤオさんの考えとキキ自身の考えが似ていることに気付く。魔女は、この世界に不思議があることを感じてもらう存在でもある。そしてサヤオさんのデザインしたドレスの色が、そんな世界の不思議と美しさを表現していて…この部分にとても惹かれました。
 あと、「海のかぎ」も。解明されない不思議があると謎を解きたくなりますが、そのまま不思議にしておくのもいいのかもしれない。

 そして、キキは20歳に。とんぼさんも学校を卒業し、卒業後の進路も決定。キキとの未来も…。

 次はいよいよ最終巻。15年後に一気に飛びます。
by halca-kaukana057 | 2014-05-02 21:46 | 本・読書
 実写映画が公開されている「魔女の宅急便」シリーズ(原作。ジブリアニメはまた別物)映画を観に行く予定はありませんが、原作を引き続き読んでいます。

・1巻:魔女の宅急便 (原作)
・2巻:[原作小説]魔女の宅急便 2 キキと新しい魔法
・3巻:[原作小説]魔女の宅急便 3 キキともうひとりの魔女


魔女の宅急便 4 キキの恋
角野栄子/角川書店・角川文庫/2013
(単行本は福音館書店、2004.その後福音館文庫、2012年)

 キキは17歳になり、コリコの街で今日もお届けもの屋さんの仕事をしている。とんぼさんはナルナの町の学校で、虫や生き物、自然の勉強をしている。夏になり、学校は夏休み。とんぼさんがコリコの街に帰ってくるのを楽しみに待っていたキキだが、とんぼさんは夏休み中、「雨傘山」という山に入って山のことを調べたいという手紙が届く。とんぼさんが帰ってこない、とんぼさんに会えないことにひどく落胆するキキ。
 一方、キキと同年代の仲良しのモリさんは、将来の夢のため、隣町のレストランに1ヶ月間住み込みで手伝いをし、料理を習いに行きたいと言う。そこで、弟の8歳のヤアくんをキキに預かってほしいと頼む。ヤアくんと夏を過ごすことになったキキ。ヤアくんはオソノさんの子どものオレくん、ノノちゃんと仲良くなり、毎日冒険をして遊んでいる。
 とんぼさんに会えず、お届けもの屋さんの仕事ではちょっとしたトラブルがあり、くすりぐさの刈り取りのことも忘れ…落ち着かないキキ。
 ある日、キキはお祭りで出会った同年代の友達の集まりに誘われる。しかし、お届けもの屋さんの仕事が入る。コリコの街から離れた遠いところへ向かうキキ。そのお届け先のザザさんは、キキにゆっくりしていって欲しいという。焦るキキ。そして、何故かほうきがなくなってしまう…。


 17歳。とんぼさんへの恋がメイン。表紙のキキも随分と大人っぽく、艶っぽくなりました。扉絵のキキととんぼさんのイラストもいい。
 しかし、17歳…まだ17歳。自分自身の恋心、欲望とうまく付き合えないキキ。とんぼさんは大好きな生物の研究に没頭して、夏休みなのに会えない。同年代のカップルが会うのを引き立てるお届けものをすることになり、嫉妬している。やきもち焼きなところは変わってません。その一方で、キキの評判は今もうなぎのぼり。同年代の若者たちと、お祭りで仲良くなり、魔女として注目の的になる。とんぼさんはいないけど、自分を認めてくれる、褒めてくれる、素敵だ・カッコイイと言ってくれる人たちがいる。…この時、キキは大事なことを見失っていました。

 キキの魔法は飛ぶこと。あと、くしゃみのお薬を作ること。これだけ。でも、「魔女」というだけで特別な存在に見られてしまう。キキ自身は、飛ぶことぐらいしか出来ない、大したことは出来ない、といつもは謙遜するのですが、この4巻の前半では、すっかり舞い上がっている。

 そんな時、山のほうに住むザザさんと出会う。自分を特別な存在と持ち上げてくれる友達との約束のため、早く帰りたい。でも、ザザさんは様々なおもてなしやお話をする。普段のキキなら、そんなザザさんのことを面白がるのに、うっとうしいと思ってしまっている。その時、キキに起こった大事件。置いたはずのほうきがない。ザザさんを疑い、ザザさんの家から逃げる。しかし、外は暗い森。何も見えないまま歩くも、うまく歩けず、身体も冷えてくる…そんな中で、キキが思い出したこと。暗闇の中で自分自身の心が見える、といいますが、まさにその状態。キキはいつしか、心の暗闇の中にいた。大切な人に会えない、仕事もうまくいかないと自分を見失い、自信を失っていた。自分を持ち上げてくれる友達がいても、それは満たされるものではなかった。17歳だからこそぶつかるようなキキの悩む姿と、そこから解放される様が清々しい。

 「夕暮れ路」の先の庭で会ったヨモギさんとのお話も印象的。以前もあったが、キキが運んでいるのは物だけではない。送り主から、受け取り人への気持ち・想いも運んでいる。ヨモギさんへ運ぶモノ、物質ではなく、キキの気持ち、キキの存在そのものだった。「夕暮れ路」は3巻で、歌手のタカミ・カラさんが歌うことを再開するきっかけになった場所ですが、また、この場所が特別なものになりました。読んでいると、光がきらきらしている樹木が美しい小路をイメージします。絵にしたら、どんな路になるのだろう?
 その夕暮れ路での出来事の後、キキが話した言葉が心に留まりました。キキが愚痴を言わなくなった、というジジに対して、
「ダメのつぎは、ダメじゃないわ。トンネルのむこうはいつだって光があるのよ」
「でも永遠にダメってことはないわ。わたしは、そう思うの」
(203ページ)


 そして、この4巻の最後は…恋から愛情を自覚する。母・コキリさんが体調を崩して寝込んでしまう。恋はいつか、愛情に変わる。キキにとって大切な人はとんぼさんだけじゃない。コキリさんがどうなってしまうのか…まさか、まさか…私も不安で、ページをめくりました。先輩魔女として、母として、そしてキキを導く存在。いつかは、その時が来るのだろうと思うと辛いが、キキはコキリさん、そして父・オキノさんからも、愛情・愛することを学んでいる。コキリさんの言葉も、深く深く読みたい。
「そうね、いっぱいしようね。おかあさんの思い出、話してあげるね。出会えて、生まれて……思いかえすとたのしいことばかり。でもね、すぎた日の思い出も魔法だけど、これからつくる思い出こそ魔法なのよ」
(248ページ)


 またひとつ大人になったキキ。それにしても、モリさんの成長も清々しい。立派、立派過ぎるほど…こんな立派でしっかりした人間にはなれないよと思ってしまうが、その境遇を考えると、自然な成長なのかもしれない。モリさんにも注目しています。
 5巻も読むのが楽しみです。
by halca-kaukana057 | 2014-03-10 22:26 | 本・読書

好奇心のまま「面白い!」と思ったことに突っ込むブログ。興味の対象が無駄に広いのは仕様です。


by 遼 (はるか)
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